とびラーが3年の任期を終えることを、「新しい扉を開く」意味を込めて、「開扉(カイピ)」と呼んでいます。
開扉したとびラーたちに、3年間のとびらプロジェクトでの活動によって得られた価値や本プロジェクトの魅力、今後の展望等を語ってもらいました。

はじめての「Museum Start
あいうえの」から、未来の
「スペシャル・マンデー」へ。
東 希美さん


はじめての「Museum Startあいうえの」から、未来の「スペシャル・マンデー」へ。
東 希美さん
小学生の時に初めて「あいうえの」に参加し、そこから幾つものとびらプロジェクトのプログラムを体験しました。少し人見知りだった私は、そこでたくさんのとびラーさんに出会い、その「まなざし」に自分の気持ちを言葉にする勇気と受けとめてもらう嬉しさとを覚え、東京都美術館や藝大は子供ながらに身近な安心できる楽しみな場所となりました。長年憧れていたとびラー証を手にした時には、今度は私が子供たちにあの時の温かな気持ちを贈るのだと期待で胸が躍っていました。想像以上に大学生活が忙しく、とびラー活動の期間がしばしば空いてしまうこともありました。続けていけるか悩むこともありましたが、講座でもラボでもプログラムでも、いつでも同じように温かく迎えてくれた仲間やスタッフの皆様に支えられた貴重な3年間だったと思います。
講座の課題で東京藝術大学卒業・修了作品展の鑑賞ツアーを企画し、とびラーの皆さんと古くからの友達のようにおしゃべりができたことはとても楽しかった思い出です。また、自身の大学の授業との兼ね合いで、とびラーになれたら是非やりたいと思っていたスペシャル・マンデーに参加できなかったことは心残りですが、参加した「あいうえの」プログラムで出会った子供から満面の笑顔で「楽しかった」と言ってもらえた時には、自身の経験を他者に繋げることができたことに感激しました。そして、専門的な知識を十分に理解した上で一般の方をガイドするということに高いハードルを感じていながらも、建築ツアーでサポート役として参加できた達成感は大きな財産になりました。アクセス講座では、アートの視点から社会を捉え、ウェルビーイングとアートの関係について考えることができました。
将来は、小学校の教員として子供と関わっていきたいと考えています。とびらプロジェクトで学んだ「モノから何を感じ、何を考えるか」のスタンスを大切にして、いつの日かスペシャル・マンデーで児童たちと都美を訪れたいなと思います。



はじまりはほんの少しの〇〇
猪狩 麻里子さん


はじまりは
ほんの少しの〇〇
猪狩 麻里子さん
とびラーになれたこと、それはこの上ない幸運なことでした。
以前は展覧会の開催場所という認識でしかなかった美術館。そこで活動する機会をいただいたことで美術館という建物とそれを取り巻く人々の存在を知り、仲間が出来ました。全ては、ほんの少しのがんばりで始まりました。とびラーの応募にダメもとで2回目のチャレンジをしたこと、熊野古道の旅行翌日、疲れで行くのを迷った面接にそれでも行ったこと。結果、ほんの少しのがんばりで新たな世界が広がったのです。
とびラーになりたての1年目。夏から早速、はじまり展やAC展での実践が始まりました。展示室に飽きてきたのか兄弟でふざけ合って、パパからも注意を受けていた小学生の男の子に荒木珠奈さんの1枚の絵を紹介しました。興味を持ってくれ、ご家族4人と鑑賞が始まりました。続けて隣の絵も、その隣の絵も一緒に鑑賞しました。作品との出会いにほんの少しのきっかけを渡したことで、パパたちよりもじっくりみることができて、怒られていた子供がご両親から褒められる。そんな場面に立ち会えました。
2年目は前川國男の建築を味わう建築ツアーのガイドデビューをしました。もともと建築は好きでしたが建築家についての知識はゼロ。それでも、知れば知るほど面白くなり、遠方まで建築を見にいくようになりました。それもほんの少しの勇気でガイドに手を挙げたことにより世界が広がったのです。
3年目の今年度。今まで訪れる機会のなかった公募展にみんなで行こうというとびラボをこのゆびとまれしました。展示室では作家さんとの会話がとても楽しいです。製作秘話をお話してくださいますが、ご高齢の作家のみなさんがお元気なのが印象的です。これもほんの少しのアイデアから生まれた楽しいとびラボ活動の一つです。
世界はほんの少しの行動から広がっていくものだと実感しています。今後、この広がった世界のどの方向に向かっていくか、楽しみです。



アートといつまでも
石井 真理子さん

写真:中島佑輔

アートといつまでも
石井 真理子さん
何かアートに関する活動ができたらいいな、と漠然とした思いを抱いていた時に出会ったのが「とびらプロジェクト」でした。「美術館で活動できるなんて」「対話型美術鑑賞って楽しそう」というワクワクと、アート・コミュニケータという新たな一歩を踏み出す期待に胸を躍らせて、私のとびラー生活が始まりました。
1年目の「はじまり展」で、作品と鑑賞者を繋ぐファシリテータとして初めて展示室に立った時のこと。「鑑賞中の来館者さんに話しかけるなんて…」と戸惑い、それでも、「作品をみて何を感じているのかな?」という好奇心に駆られ、お声がけしてみると、「私はこう感じる」とお話ししてくださり、その内容にどんどん惹きこまれていき、想像すらしなかった世界に到達していることに気づきました。その後も、Museum Startあいうえの、ずっとび鑑賞会、誰かとおしゃべりミュージアム(とびラボ)など「誰かと対話しながら鑑賞する」ことの楽しさを積み重ねてきた3年間でした。
鑑賞実践講座では対話型美術鑑賞の手法と理論を学びました。素晴らしい講師陣、スタッフさん、パワーあふれる仲間とともに切磋琢磨し、実践の場でトライし、ふりかえる。特に、Museum Startあいうえので子どもたちと対話を通して作品鑑賞をしたことが印象に残っています。美術館に初めて来た子・なじみのある子、個性豊かな子どもたち。いつも「はじめまして」で、作品を介して対話をし、「また美術館に来てね」と手を振って送り出す。彼らの記憶のどこかに、今日の活動のほんの一瞬でもいいから、何かが残ってくれたらな、と思いながら。
この3年間は夢の世界にいるようでした。他では得難い仲間や人々との出会い・体験がぎっしり。「アートは人と人を繋ぐ」ことを学んだからこそ、アートの力を信じ、アート・コミュニケータとして歩んで行きたいと思います。たくさんの「ありがとう」を胸に。



アートのチカラ
井戸 智子さん

写真:中島佑輔

アートのチカラ
井戸 智子さん
ー学びのアンテナ
大学で学び直しをしていた時にとびラーを知りました。こんな場所が美術館にあるんだ!と気になりつつもその時は応募できず、数年後ちょうど良いタイミングで再び募集案内を見つけ、今だ!と応募しました。学びの楽しさを知ったことがとびらプロジェクトにつながったと感じています。
ー忘れられない瞬間
ひとつは「障害のある方のための特別鑑賞会」です。とびラー1年目の秋、父が病に倒れ障害をもちましたが、父の好きなマティスの絵を見せたところぱっと笑顔になり、アートは生きていく力になるのだと感じました。退院後の目標だった特別鑑賞会に参加したその日、鑑賞を終えて車椅子の父と中庭からエレベーターでエスプラナードに出た時の開放感は心のバリアも一緒にとれたような感覚がして忘れられない瞬間です。とびラボ「都美のいいトコ建築鑑賞スタンプラリー」では美術館のあちこちで笑顔が溢れ「子どもと久しぶりに良い時間を過ごせました」という参加者さんの言葉に、みんなと試行錯誤して創ったラボが形になった達成感がありました。認知症が気になる方とその家族を対象としたプログラム「ずっとび鑑賞会」も印象に残っています。発話が難しいと聞いていた認知症の方が鑑賞時に発言された瞬間は忘れられません。誰もがいずれ迎える老後、その時にアートが果たす役割は想像以上に大きいのではないかと感じる出来事でした。この3年間にあった沢山の忘れられない瞬間がこれからの私も支えてくれる気がします。
ーこれからのこと
ここで出会ったとびラーと「アート・コミュニケータ」をずっと続けていくと思います。みんなと一緒に取り組めば、私たちを取り巻く社会課題を少しずつでも変えていけるかもしれない、そう思える仲間に出会えたことに感謝しつつ、アートのチカラを信じて、扉を開けて!進んでいきます。



面白がれば、世界は拡がる
今井 久夫さん


面白がれば、世界は拡がる
今井 久夫さん
とびラーになったキッカケは
「とびらプロジェクト」の案内に「福祉×ART」のワードを見つけたこと。いまどこの自治体も少子高齢化の課題を抱えていて東京23区も例外ではない。行政主導の様々な活動にも関わらせてもらってきたが、正直、福祉や介護という言葉からは明るい展望を描き出すことは難しいと思っていた。けれど、ARTの要素を掛け合わせることで、ひょっとすると少子高齢化への見方や解決への可能性が拡がるかも知れないと思ったから。
3年間の経験と変化
活動2年目に入ったある日、バス停でバスを待っているときに、突然、意識を失い(後の記憶なし)、次に意識が戻ったのは某大学病院のICU(集中治療室)だった。よほど打ちどころが悪かったようで、診断は鎖骨骨折と、外傷性頭蓋骨陥没によるくも膜下出血に視神経断裂と惨憺たる内容だった。最終的に失神の原因究明と再発防止のための手術が終わるまでに8ヶ月かかった。結果は、右眼失明とペースメーカー装着ということでいまも通院とリハビリが続く。この経験から、これまでのケアラー(ケアを提供する側の人)から、ケアド(ケアを受ける側の人)の立場へと変わったことで、それまでの知識ベースの見方や考え方が一変した。
これから
隻眼となったことで遠近感や立体感の掌握に手間取って反応が遅くなることや、ペースメーカーは磁場の影響を受けやすく電子機器の扱いにも細心の注意が必要なことから、これまでの生活スタイルの見直しが最優先事項になった。スマートホームを目指してセンサーを張り巡らせてきた我が家には電磁波が飛び交っていて、環境的によろしくないとのことで「つくるよろこび、生きるためのDIY」の第2幕を、自宅舞台に始めることになった。想定外の環境変化ではあったけれど、これから先も「面白がれば世界は拡がる」をモットーに、開扉します。



自分のたなおろし
大槻 理恵さん


自分のたなおろし
大槻 理恵さん
子育てをしていると、どうしても滅私奉公になりがちな自分。我が子の卒業・入学と同じタイミングで、自分も何か始めようと思った事が、とびらをノックしたきっかけでした。
ちょうど小学校の授業アシスタントに入る機会が増えてきていたため、こどもとのコミュニケーションの取り方のヒントが沢山あるのではないかと思ったことも理由の1つです。
「なぜ?」を問われる
とびらプロジェクト内では、常に、「自分は何が好きなのか?」「何故それが好きなのか?」「それをどのように人に伝えるか?」を問われ続けていた気がします。
この十数年、自分の意志は後回しにして、目前のタスクを処理していく生活に慣れていた私には、突然マイクを渡されてステージで歌えといわれたような感覚に近く、プレッシャーを感じたり自信を持てなかったりする時もありました。
でも、とびラーのみんなは、どんな時でも、どんな事でも、笑顔で頷いて話を聞いてくれました。年齢も経験も志向も多種多様なメンバー、個々を尊重して理解しようとするフラットな場に身を置いたことで、ぼんやりしていた『自分』の輪郭に少しピントを合わせることができました。
「好き!」が伝わる 伝える
みんなからは沢山の刺激を受けました。中でも、何度かサポートで参加した建築ツアーでは、ガイド役の皆さんの「好き」という熱意に心を射られ、私も建築鑑賞を続けていきたいと思うようになりました。
「なぜ?」「どのように?」を熟考して言語化することが重要な一方で、まずは「好き!」という直感や気持ちが何よりも大切だということに気付かされました。
ひろげる
3年間で、建築鑑賞が好きなとびラー、生活圏が近いとびラーなど、繋がっていられる仲間に出会うことができました。開扉後は、自分の生活する地域にもっと目を向けて、できることから一歩踏み出したいと思います。



人生のリニューアル期間
岡 浩一郎さん


人生のリニューアル期間
岡 浩一郎さん
3年前、明確な目的があった訳でもなく、偶然出会ったチラシを見て面白そうという軽い気持ちで、とびラーに応募しました。その時はまさか、年間100日近く上野に通うことになるとは夢にも思いませんでした。
【1年目】
講座やプログラムそしてとびラボ、それらの全てが新鮮で、生活の中のアートの割合が急に大きくなりました。その中でも印象的だった展覧会は「はじまり展」でした。初めて参加したとびラボが「荒木珠奈研究会」でしたし、実際の来館者に対して初めて対話型鑑賞を行ったのもこの展覧会においてでした。
【2年目】
とびラーを一般の方にどう説明するか?外国からの来館者とどのようにコニュニケーションするか?などをテーマに、とびラボに取り組み、その醍醐味に触れました。行き詰まりや戸惑いも度々ありましたが、仲間のとびラーと助け合いながら一つのものを創っていく喜びを知りました。そして、自分の中でアートが目的から手段に移行していくのを感じました。アートを介して社会課題を解決して、誰もが住みやすく居心地よい場を創ることがとびラーとしてのミッションであることが見えてきました。
【3年目】
最後の1年を充実させるために、子どもと建築に活動を絞ることにしました。開扉後の役割を意識しながら、参加するプログラムやとびラボを選択したつもりが、結局欲張りすぎて、「やりきった」と思える活動ができなかったのが心残りです。それでも、Museum Start あいうえののプログラムやとびラーによる建築ツアーなどに参加し、充実した最終年だったと思います。
この3年間は私にとって、人生のリニューアル期間だったと感じています。ひとつのことの本質をとことんまで話し合って見つける。結果より経過が大切。話すより聴く。36年間の会社生活でたたき込まれたことと全く異なる価値観で活動した300日間。それはこれからの生き方を見直す契機でもあり、かけがえのない多くの友人を得た機会でもありました。



アートは日常を豊かにした
小倉 聡子さん

うえののそこから「はじまり、はじまり」荒木珠奈 展(2023年)

アートは日常を豊かにした
小倉 聡子さん
だれかと鑑賞すると世界はもっと面白い
とびラーになってよかったことは、だれかとアートをはじめとして何かを鑑賞する面白さを知ったことだと思います。これまでは、美術館では会話ができないところが多く、また会話が盛り上がると注意をされていたので、いつの間にか一人で美術館を訪ねるようになっていました。対話型鑑賞を学んで、実践をしていく中で、一人での鑑賞には思いぐせや自身の興味が大きく影響していることに気付かされました。だれかと一緒に鑑賞すると、額縁の側面や絵画の中の人の目線の先の風景など、これまで気にしたことのなかったことに視点や想いがいくようになりました。また、一緒に鑑賞する人が変わるたびに新しい発見があり、同じ絵画・彫刻・景色なのにいつも異なる鑑賞時間になるのが面白いです。そんな一期一会の出会いに感謝しながら、これからもだれかと鑑賞をしていきたいです。
鑑賞仲間の存在は心のケア
とびラー仲間との全国津々浦々の美術鑑賞や建築巡りは、訪ねたことのないまち・食・人を知るきっかけとなり、そこから興味が派生して学びにつながるだけではなく、一緒に訪ねてくれる仲間がいることそのことが有難く、いつも元気をもらっていたように思います。アートを楽しむ仲間ができたことは一生の宝です。
世界はアートであふれている
美術館の館内作品だけではなく、建築や敷地内外に目を向けた三年間を通して、展示される作品だけではなく、公園の噴水、木々に差し込む太陽の光や派生する影、イチョウの葉一枚、歩く足音など、だれかが鑑賞し、言葉や表情で表現したら物や事象から人や自然が創造したアートになるのではないかと思うようになりました。だから今はアート三昧な日々です。これからもアートを介して日常が豊かになるお手伝いをやっていきます。



「ともにいる」ことの難しさ
河邑 祥子さん


「ともにいる」
ことの難しさ
河邑 祥子さん
「私、アート・コミュニケータなんですけれど、こちらで鑑賞プログラムをやらせていただけませんか」。当時勤めていた若者支援の職場にひょっこり現れた元とびラーさんとの出会いが「とびらプロジェクト」応募のきっかけをくれました。他者とのかかわりに苦手意識をもつ若者たちが、初対面のその人とアートを介していきいき語り合う姿を目の当たりにし、「なんだこのパワーは」と驚き、私もやってみたいと飛び込んだのです。
けれどもいざ活動が始まると、思っていた以上に動けない自分がいました。「ゆびとま」を思いついても、こんなことに人が集まるのかという不安もあれば、集まったとしてもその場をどうしていけばいいのかとためらってしまう。「そこにいる人が全て式」に魅力を感じる一方で、自分の差し出したものが他の人たちの価値観と混ざり合い、変化していくことへのためらいもありました。変わることを面白がるよりも、自分の思いつきのまま留めておきたい気持ちの方が強かった。自分のそんな頑なさをどうにもできず、立ち止まっていたように感じます。大勢のメンバーと軽やかにかかわり、ラボが形づくられていく過程を楽しんでいるとびラーの姿を、すごいな、いいなと思いながらも、自分とは遠い存在のように思う感覚もありました。
大事に守りたいものがある自分への気づきと、ここでしか出会えない人たちと存分に語り合って新しいものを生み出すことへの憧れ。そのどちらも手放せず、揺れ続けた3年間でした。様々な人とともにいることの意味と、自身の在り方を問い続けたかけがえのない時間は、次の扉の先で出会う人や場とのかかわり方に確かにつながっていく。今はそう思っています。



みんなでみるって楽しい!
木原 裕子さん

マックス・スレーフォークト《自画像、ゴートラムシュタインの庭にて》、印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵(2024年)

みんなでみるって楽しい!
木原 裕子さん
「美術館を、子どもたちが新しい発見や仲間に出会える楽しい場所にしたい」というのが、私がとびラーになった動機です。当時、私自身が親子で美術館を楽しむ術を知らず、我が子に「美術館きらい」と言われてモヤモヤしていたのです。
この3年間は、子どもたちに美術館でワクワクしてもらいたい!とあれこれ試行錯誤しつつ、やりたいことに思い切り取り組んだ幸せな時間でした。特に思い出深いのは、Museum Start あいうえのやとびラボで、沢山の子どもたちとみんなでみる時間を共にしたことです。
Museum Start あいうえのでは、年長さんから高校生まで、美術館に初めて来た子、発達特性のある子、みえない・みえにくい子、きこえない・きこえにくい子、外国ルーツの子など、様々な子どもたちと一緒に活動しました。そして、子どもたちの作品をみる力にいつも感動し、場づくり次第で誰もがみる力を発揮できるのだと実感しました。みんなでみるって楽しい!
とびラボでは、「親子で楽しむ まるごと野外彫刻 〜あなたの気持ちはどんなかたち?」ラボで、みんなの力でプログラムを作り上げたことが一番の思い出です。ゴールありきではなくみんなで進むとびラボの仕組みが難しく感じることもありました。でも、みんなで試行錯誤する中で、鑑賞して感じたことを形にするって面白い!と気づき、話し合いを重ねることで届けたい価値や場づくりがどんどんクリアになりました。みんなで進むことで「野外彫刻をみんなでみて、感じたことを形にして伝え合う」「未就学児も含む親子にのびのびと美術館で楽しんでもらう」という二つの挑戦をすることができました。フラットでオープンで多様な仲間がいるからできる、とびラボっていいな、と心から思います。そして、とびラーという大切な仲間に出会えたことに心から感謝しています。
これからも、とびラーマインドを大切にしつつ、アートを真ん中に、みんなでみて、感じたことを自由に表現して伝え合う場づくりを、楽しく続けていきたいです。



とびラーの学びが
私に与えてくれた変化
倉持 由美子さん


とびラーの学びが
私に与えてくれた変化
倉持 由美子さん
とびラーとして過ごした3年間は、私にこれまでにない学びと大きな変化をもたらしてくれました。これまでの私は「答えがある学び」に慣れていましたが、とびラーの講座は正解のない問いに向き合う場であり、視野の狭さや思い込みに何度も気づかされました。鑑賞実践講座も3年間受講し、覚えの悪い私でも繰り返し学び直せたことは大きな支えでした。上達を実感することは少なかったものの、堅く考え過ぎていた私の解釈が、仲間の伸びやかなファシリテーションに触れる中で少しずつほぐれていきました。失敗して落ち込んだときも、温かい励ましによって「また挑戦したい」という気持ちを保つことができ、学びを続ける勇気を持ち続けられました。
展覧会前の事前勉強会は、学芸員や作家の方から直接お話を伺える貴重な時間でした。作品背景を知ることで理解が深まり、興味が広がって新たな作家の世界に夢中になることもありました。家庭や地域の中の小さな世界にいた私にとって、とびラーでの学びにより心の地図と行動範囲が大きく広がりました。都美の豊富な情報に背中を押され、各地の美術館を仲間と巡った青森・新潟・愛知への旅は、朝から晩までアート三昧のまるで合宿のようで、本当に忘れられない思い出です。
これからも種をまくぞ‼
この3年間で多くのプログラムに参加し、年代も背景も異なる人同士をアートがつないでくれたように感じました。私は、アートが誰かにとってのサードプレイスとなり、心を整えたり、一息ついたりできる場であってほしいと願っています。これからも、出会った人の心に小さな種をそっと置いていけるような存在でありたいと思います。その種がいつか芽となり、新しい視点をもたらすきっかけになれば嬉しく、私自身も学びを深めながら、種を丁寧にまき続けたいと思います。



みんなと一緒に、
幸せな居場所を
後藤 麻木さん


みんなと一緒に、
幸せな居場所を
後藤 麻木さん
レモンイエロー色の階段を上ってスタスタと向かうのは、大好きなとびラー仲間が待っているアートスタディールーム。愛称で呼び合い、自分らしくいられて、圧倒的な信頼関係のもとで過ごせる居場所。なんだろう、この懐かしい感覚は?と思い返したら、楽しかった高校のクラスルームと似ていました。3年間限定で、常に焦燥感がつきまとっているのも同じ。開扉までに「もっと学ばなくては」「何かをしなくては」と、任期を大切にしようと思っていました。
それにしても、人生半ばを過ぎてこんな青春みたいな日々がやってくるとは。元々「モダニズム建築にしびれる」「アートって面白いなぁ」とぼんやりと好んできたことや、「マイノリティの生きづらさはなんとかならんのか」「高齢化社会どうなるの」と気になっていたことが、とびらプロジェクトにぎゅっとつまっていて、人生の伏線回収をしているかのよう。好奇心が止まらず、週末がワクワクでいっぱいになりました。
実践講座では、世の中を良くするために奮闘する講師陣の熱い想いに、心が震えることもありました。特に忘れられないのは、1年目の建築実践講座に登場した田中元子さんの言葉。「あなたがしたいことは、あなたにしかできないこと」。そのメッセージに思いがけず涙腺が崩壊し、ムクムクと勇気が湧いてきました。
たくさんのとびラボに参加しましたが、最も印象に残っているのは「都美のいいトコ 建築鑑賞スタンプラリー♪」です。ときには冗談を言って大笑いしながら準備を進め、メンバーみんなの思いを結集して、最高の当日を迎えることができました。館内のあちこちで、参加者の皆さんが楽しそうに建築鑑賞している様子はとても素敵な光景でした。
これからも、ここで出会った大好きな仲間たちといろんなことに挑戦できそう。良き市民として、そしてアート・コミュニケータとして、幸せな居場所をつくりたいと思います。



『場をつくる側』への3年間
是川 詩乃さん


『場をつくる側』への
3年間
是川 詩乃さん
コロナ禍の影響が色あせたようなころ、私はとびラーになりました。私が生業にしようとしている演劇が不要不急なものと定義され、仕事と生活以外の居場所を求めていました。はじめはサードプレイスという場に身を置くことに惹かれました。ここでの出会いや学びから、“場を作る側”に憧れるようになりました。
とびラーとして活動していると、「いま、こんな事に興味がある」が次から次へと飛び出します。それらに対して、「それはどこから?」が飛び交います。何かが好きだ、何かのようになりたい、何かをやってみたい。曖昧な欲求を口に出しあいやすい心理的安全性が保たれている場、そこに輪郭を持たせる場、それを実行する場……あらゆる場が自然発生します。
しかし、場を作るための土壌作りは一朝一夕では完成しません。私はとびらプロジェクトでの活動の中でも、たくさんの躓きを経験しました。でもいつも手を差し伸べ、背中を押してくれるとびラーの皆さんがいました。
あるとき「今までは遠心力の中にいたでしょう。そこに身を委ねていることってとても気持ちいい。それを続けるために君は行動しているんだろうけど、それってつまり、遠心力を作る側にならなければならないということなんだよ」というお話を頂きました。
“場を作る側”になりたいと一目散に駆け出した頃、そしてとびラー活動での身の振り方に戸惑っていた頃で、とても腑に落ちたことを覚えています。
3年間という短いような、長いような時間のなかで、受け取ってばかりだった自分が、少しずつ“遠心力をつくる側”として動き出した実感があります。自分や誰かの「いま、こんな事に興味がある」を受けとめ、言葉や場としてかたちにしていくこと。その積み重ねが、私の作りたいお芝居の芯になる姿勢だと感じています。正解のない興味や違和感をそのまま持ち込める遠心力を生み出す場として、お芝居を続けていきたいと改めて気付かせてくれたこの"場"に、大きな愛をこめて。



珠玉の3年間がくれたもの
斎藤 朱織さん


珠玉の3年間がくれたもの
斎藤 朱織さん
第二の人生は何をしていこうか、好きなアートと関わりながらそのヒントが掴めたらという思いでとびラーになりました。でも、こんな3年後の自分は予想しませんでした。
金融業界の企画畑が長かった私の会社員生活は、リアルな現場感が圧倒的に希薄でした。自分のしたことの手応えは、数値とお客様の声というレポートデータでした。そして生きる世界はよく似た思考回路の人で構成されたモノクロームの様相でした。
ですから、とびラーとしての活動はそれまでの経験を活かすことのできない新鮮な出来事に溢れていました。当初は自分の持ち味は企画や分析であって、予測不能で気まぐれな子供と歩調を合わせるなんて、共通言語のない人・バックグラウンドの異なる人に働きかけてそこに場を創り出すなんて、引き出しがない!と思っていました。ところが・・・楽しいのです。個々の場面はうまくいかないことも多いのに続けたくなるのです。自分に引き出しがないことも吹き飛ぶのです。計画通りにはいかないという現場感、まさに生き物のようなコミュニケーションの現場こそリアルな社会だと感じました。
と同時に、いつも思い至ります。楽しいのは、失敗も成功も信頼しあえるとびラー仲間と一緒に経験するから。自由に思える活動は確かで安定した都美という舞台上で与えてもらっている裁量だからだと。そして、もちろんアートが演出する場の力だと。
学んだことを生きた現場で実践して学びが体に定着してくる実感を得た3年間でした。私も何かができるのではと思え、社会に働きかける具体的な手掛かりをいただいたと思います。地区の運営体に委託され、とびラボでの経験を参考に地元資源を活用した住民交流イベント(「まち歩き」「消しゴムはんこ」「スタンプラリー」)を企画・運営することになるなど想像もしなかった成り行きです。
都美という本物の美術・建築と出会う舞台を離れると同時に失うものがあります。でも、とびラー仲間との繋がりと一緒に紡いだ記憶や展望は生き続けます。これこそが今後の私の支えになると信じています。



軽井沢と上野をつないだ3年間
坂井 雄貴さん

東京都美術館開館100周年記念 スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき(2026年)

軽井沢と上野を
つないだ3年間
坂井 雄貴さん
新幹線で何往復したかわからない、軽井沢と上野。季節によって、駅を降りれば気温も、空気も違う。時にワクワク、時にドキドキ、上野はこの3年間で、僕にとってもう一つの居場所になりました。
軽井沢に住み、医師として働きながら参加した藝大のDiversity on the Arts Project(通称DOORプロジェクト)で、とびらプロジェクトと出会いました。講座で一緒になったとびラーの皆さんの生き生きとした表情に惹かれ、自分も実践する立場になりたいと思い応募、2度目のチャレンジでとびラーに。カラフルな封筒と共に合格通知が届いたときの嬉しさは忘れません。せっかく選んでいただいたからには、自分の存在がとびラーの多様性の一部になれたらと思いながら活動してきました。
一番印象に残っているのは1年目で参加した、はじまり展のケエジン(展覧会ファシリテータの愛称)。基礎講座を終えて、初の実践の場でした。人生で初めて美術館という公共の場所に立ち、スタッフでも鑑賞者でもない、アート・コミュニケータとしての振る舞いに戸惑ったことを覚えています。あの場で来館者と交わすことができた言葉一つ一つが、今でも宝物です。また、とびラー2年目で「性・ジェンダーとアートコミュニケーションを考えるラボ」をゆびとまできたことも思い出です。社会に不安が渦巻き分断が加速していく今の時代だからこそ、アートや対話の場が持つ力を感じられた、社会実験でもありエンパワメントしてくれる場でもある、まさにとびラボの醍醐味を味わいました。
開扉後はイギリスの大学院に進みます。アートやコミュニティづくり・文化的処方を、より学術的な面からぐっと学び深めたいと思っています。3年間のとびラー活動を通して、沢山のアートコミュニケーションを経験させていただきました。対話の場を通して生まれた素敵な景色たちを、日本中・世界中にも広げていきたい。医療とアートの架け橋として、その価値をもっと伝えられる人になりたいです。



「扉」を開いて
笹村 曜子さん


「扉」を開いて
笹村 曜子さん
私にとっての「扉」。とびラーになる前は「その先に進もうとする時に立ちはだかるもの、越えねばならぬもの」でした。その色は暗く重いもので、自分の体重でこじ開けたり、少しのすき間から身体を押し込んだりして、何とか先に進んできた気がします。
3年間のとびラー活動を終えた今、その「扉」は明るくぼんやりと光って見えます。少しのすき間が私を手招きしているようで「扉」自体が緩んでいます。そう見えるようになったのはなぜか。この3年間の講座での学び、実践、とびラボで出会った人からもらった熱、笑顔、それと同時に私にとっての「違和感」があったからです。
楽しく気づきが多い現場は、多くの人の心が集結した「贅沢な場」だったことは確かです。一方でいつもそこには「違和感、モヤモヤ、落ち着かない感じ」が裏打ちされていました。開扉を迎えた今、それが私の原動力、背中を押す力だったと気づきます。「問題意識」ということでしょうか。「安易にわかったような気にならない」。基礎講座でもらった言葉は常に胸にあります。とびラボでご一緒した方から「とりあえずやる、いつも全力投球のよーこさん」「わからないことをわからないと言ってくれるから助かります」とのコメントは「ほめ言葉」と受け取っています。
「する・される」を越えた関係、フラットな場づくりとは何かは、開扉後も探り続けていくことになると思います。その時にいちばん必要になるのが「きく力」。周りの手を借りながら、3年間で緩んだ「扉」を開いて、その先の景色を見に行って来ます。「これからの人生の方が長いんだよ」というスタッフさんの言葉を胸に。
東京都美術館が私にとっての「アートの入口」「心のゆたかさの拠り所」になったことを実感できたことに感謝しています。



楽しさと好きが詰まった3年間
重田 美代子さん

写真:中島佑輔

楽しさと好きが
詰まった3年間
重田 美代子さん
とびラーに応募したきっかけは、22年度のプログラムに参加して、とびラーの楽しそうな笑顔に出会ったことです。参加者として楽しかったのはもちろんですが、とびラーの生き生きとした表情を見ていて、思わずその仲間に入りたい、一緒に活動したいと思いました。
とびラー1年目、ラボでたくさんの方とつながりができましたが、この時点で自らラボを立ち上げる「このゆびとまれ」をすることなく開扉すると思っていました。それが3年目で「ゆびとま」しようと思ったのは、たくさんのラボに参加してメンバーみんなで考えて進めていく過程から「ゆびとま」する勇気をもらったからです。22年度の「とびらプロジェクト」フォーラムで、一般来館者向けプログラムを企画したとびラーが、そのラボに参加していないとびラーたちの応援もあったから実施できたとの発言がとても印象に残っています。暖かく見守ってくれる人たちの応援コメントやトライアルへの協力、お手伝いはどんなにありがたかったか私も実感しています。「そこにいる人が全て式」と、周りにいて見守ってくれる仲間の気持ちがもう一押し背中を押してくれました。
「MuseumStartあいうえの」「CreativeAgeingずっとび」「障害のある方のための特別鑑賞会(以下特別鑑賞会)」などプログラムでの子どもたち、高齢者の方々、障害のある方々との出会いも貴重で楽しい時間でした。特に印象に残っているのは、特別鑑賞会でアテンドした高齢の視覚障害のご主人と介助の奥様です。長時間にわたり鑑賞されて、最後に「鑑賞して元気になりました。」とコメントをいただき、感動しました。
とびらプロジェクトに参加することで多様な方々、様々なバックグラウンドを持つ方々とのつながりが開扉後も続き、活動できることは、会社を退職して人とのつながりが減っていく私にとって大切な宝物になりました。人とつながりたい、楽しいことをやりたい、それがこの後も続く。とびラーになった時の願いが叶いました。みんなで一緒に考えて実施したプログラムは、この後の活動の大きなエネルギーにもなると思います。



わたしが出会ったみちくさ道は、
“ここから”のはじまり
柴田 麻記さん


わたしが出会った
みちくさ道は、
“ここから”のはじまり
柴田 麻記さん
ーとびラー以前ー
いわゆる社会人(テレビの番組制作)を経て、結婚・出産。気づけば、主婦としてのキャリアだけは順調に右肩上がりな日々でした。コロナ禍には、都内の幼稚園に通う保護者向けの講演と、子どもも楽しめる動画配信を友人と引き受けることとなり制作。アンケートの感想にじんわりと心が芽吹き、“何かしたい・学びなおしたい”という思いに火がついて辿り着いたのがとびラーでした。
ーとびラー満喫期ー
1年目:“実験”してみた日々。これまでの思考回路とは異なる物事の進め方に戸惑いながらも得るものも多く、家族との関わりで試してみました。なかでも『グッドミーティング』と『きく力』はいい化学反応を起こしてくれました。2年目:多くのことを体験した年。アンバサダーや興味のあるプログラム・とびラボにとにかく参加して新しい発見に心躍らせました。3年目:仲間とゆびとまをしたラボに注力。来館者に向けたプログラムの実施を目指し走り続けましたが実現には至りませんでした。しかし、当初と違う形ではありますが『美術館をたのしむガイド』を作るというゴール設定に変更し、最後まで走りきると決めました。合意形成のもとで進めていくとびラボは、仕事での推進力とは違い、もどかしい瞬間もありましたが、立ち止まってじっくりと思考したり、自分にはなかったアプローチの仕方や意見と出会える貴重な機会となり、愉しい時間でした。
ーとびラー以降ー
この3年間、年齢・立場を問わず“こうあれたらいいな”と思わせてくれる人たちに囲まれて過ごせたことでいくつかの扉が出現しています。どれもぼんやりとしていて混沌としてるともいえますが(笑)どの扉のノブに手をかけるのか、自問自答の時間も楽しもうと思います。目の前の扉を開ける勇気だけはとびラー応募時に培ったので、もう怖いものなしです♪



ゆるくつながる
柴山 泉さん


ゆるくつながる
柴山 泉さん
退職後よく行くようになった近くの図書館で手にとったとびラー募集のフライヤー。漠然と退職後は誰かの役に立つことが何かできたら、と思ってはいたもののアートに詳しいわけではない私がアート・コミュニケータになるなんて。今思えばその年の募集時に開催された「とびらプロジェクトフォーラム」でのディスカッションテーマ「おせっかいマインドでいこう!」がつないでくれたのでしょうか。
それまで訪問看護事業所で仕事をしてきたので病気や障害、高齢者の情報などが日々身近だったこともあり「Creative Ageingずっとび」や「障害のある方のための特別鑑賞会」に関心がありましたが、実際にプログラムに参加してみると、これまでとは違う関わりで新たに知ることがたくさんありました。盲学校鑑賞教室に参加した時には見えない、見えにくい小学生たちの活発な会話や表現力に驚き、そのエネルギーに満ちた様子は今まで抱いていた固定観念をひっくり返すものでした。講座で学んだこと、プログラムやとびラボで体験したことをどのように生かしていけるのか、何ができるのかを考え続けていきたいです。
色々な年代や背景の人たちとフラットな関係で活動することができ、様々な得意分野があるとびラーの中でこれといった得手がなくても、みな違っていていい、あなたのままでいいんだよという場であったことがとても有難く、一緒に観たり聴いたり考えたりの活動ができたことが、かけがえのない時間でした。3年任期でとびラーが入れ替わっていく中で前後5期分の方々と知り合い、開扉後の方たちとも出会える機会があったことも幸せなことでした。ここで活動できたことであらためて居場所の大切さを実感しました。この3年間一緒に活動し、サポートしていただいた皆さんすべてに感謝します。
これからもここで得た縁とゆるくつながりながら、自分の住む地域で私にできることを探していきたいと思います。



新生《ドラ》誕生
杉山 佳世さん


新生《ドラ》誕生
杉山 佳世さん
新聞のとびラー募集記事と代表&私以外は元とびラーという衝撃的な構成の神奈川県立音楽堂建築ガイドグループで、とびラーの存在を知ったのが数年前。ちょうど仕事の過渡期でとびラー活動以外にも色々な扉を開けてしまい、活動が無尽に増えた。都美館通いと共に上野エリア点在の図書館、博物館、藝大なども私的に大活用。手帳には迷路のような活動の軌跡が増え続け、そのまま作品になりそうである。
★今の自分が一番好き★
3年前から今に至る過程で人間的にもかなり変わった。好みがより明確になり、直感的にひらめくことを全身で楽しんでいる自分がいる。これも幼少期に両親がこだわりを持って身の回り品を揃えてくれたおかげと深く感謝。
★音楽、アート両面に回帰★
「ここが私のいる場所」と強く感じたアートスタディルーム。創る事に目覚めさせてくれた空間でもある。とびラー×DOOR、鑑賞・ケアをテーマとした学び講座の一つ・クロッキー体験@藝大。かつて受験した場所に再度足を踏み入れるとは思いもよらなかった。天井高く、採光を考慮した特別な部屋でのクロッキー体験は、最高の宝物の一つとして記憶に残っている。
文章、音楽での表現に加えて、描く事、作る事にようやく回帰しつつある。これもとびラーになったことでより活性化。
様々な上下の期を跨いだとびラーの面々との「とびラーということで成り立つ」フランクな人間関係。大人になっても、まだまだ有形無形なものに出会える新鮮な感動。そんな人間になっている私に感激をしている。
★空間作りと人との繋がり★
これからは音楽とアート両面で活動していきたい。
本来の目的だけに留まらない美術館、コンサートホール、図書館などの概念が変化してきている昨今、美術、音楽、舞踊,演劇等アート全般を活かせる空間作り、人との繋がりに関わっていきつつ、その空間にずっと身を置けたら嬉しい限りだ。



初年度スタッフに言われた
「ガチ」をまっとう!
染谷 都さん


初年度スタッフに言われた
「ガチ」をまっとう!
染谷 都さん
▽サードプレイス
近所にサードプレイスを求め応募したとびらプロジェクト。アートやアクセシビリティに学びを求める人の多さに驚いた初回!共創、包摂…自分が使わない単語だらけで私はちょっと萎縮。ただラジオ番組のディレクターという仕事柄、場作りは得意!とにかくプログラムとラボに参加する日々…自転車で10分以内に到着できる環境が災いし!?回数を重ねることができました。台東区民歴15年、上野公園一帯は散歩コース。森の中で飲むビールを楽しみに毎年参戦する藝祭。そんな私が藝大の森を世話するボランティアに加入!おばあちゃんになっても通えそうなサードプレイスに出会いました。
▽アクセシビリティを考える
義母の介護で世話になった区内の包括支援センターと連携した認知症老齢者とのずっとび鑑賞会、アクセス実践講座での区内のダイバーシティ問題など居住地域のことにふれたのは財産に。様々な問題を仕事で取り上げてきたが現場の声は制作者としてもたくさんの学びがありました。
▽仲間に感謝!ガチなとびラボ
ろう者、全盲のとびラー2人のコミュニケーションを考えるラボはいい意味で障害を気にせず活動。帰り道ファミレスで食事をしたフラットな場は忘れられない思い出に。やりたい!よりやるべき?と思いラボをやっていた気がします。3年間続けた「とびdeラヂオぶ〜☆」はAC展の来館者インタビュー番組をプロジェクトのサイトで広くシェアすることが!2年目の「ミーハー建築ラボ」は東京建築祭も重なり仲間でまち歩きを開始!建築熱に火がつき、「都美のいいとこスタンプラリー」は参加者の車椅子の少年との交流で建築巡りの様々な可能性を感じた。3年目の「上野の森と建築を考えるラボ(モリケン)」はゼロから建築ツアーを創る難しさを体験…ツアー開催へ至らなかったがこれからゼミに発展!建築でのコミュニケーション活動は続きます。ラボはプロセスを楽しむが大事!



学ぶよろこび
谷口 圭さん


学ぶよろこび
谷口 圭さん
ーきっかけー
職場の同僚が、通りすがりに机上に置いていったとびラー募集!のチラシ。なんだか呼ばれているような、運命的な流れを感じ、あまり悩まず自然と応募を決めました。美術の教員として、鑑賞活動に行き詰まりを感じており、チラシを見たことで、かつて参加者として体験した、Museum Start あいうえののスペシャル・マンデーに参加したの子どもたちの笑顔や、鑑賞活動に寄り添うとびラーの存在を思い出したことも、大きな理由のひとつでした。
ー講座についてー
東京都美術館や東京藝術大学に、学びたいことを学びに行くのは、想像以上のよろこびでした。スタートの基礎講座は特に熱量が高く、これまでただ「好き」で終わらせていたことにもアクションを起こしたくなり、虫観察会やらバレエやら、肝心のとびラーとしての活動が細くなってしまいました。でも、私にはそれでちょうど良かった気がしています。サードプレイスどころか第4、第5の場所へも導いてくれたとびらプロジェクトには、感謝しかありません。3年目にようやく選択できた鑑賞実践講座では、課題に毎回苦しみました。けれど、学んだことを授業で還元しようともがく中、段々と作品を見る子どもたちに変化が起き、コメントが溢れるようになったのは、大きな感動でした。知識がなくても美術鑑賞はできること、いろんな見かたがあっていいこと、伝えたかったことが少し伝わったのかなと感じられました。これからも細く永く、対話型鑑賞を続けていきたいです。
ーこれからー
アートを介してコミュニケーションを深めたい、自分自身の学びを深めたい、応募動機にも記したふたつのことを軸に、次は、様々な理由で学校に通えなくなり、ふたたび学び直そうとする子どもがいる現場に行ってみようと考えています。美術の時間が、「心のゆたかさの拠りどころ」となるよう、まずは子どもたちの心の声にしっかり耳を傾けたいと思います。



いろいろなギフトをもらった日々
西山 美香さん


いろいろなギフトを
もらった日々
西山 美香さん
『あなたの好きな人は、あなたの好きな場所にいる』3年前にとびラーの志望動機に書いた最初の文章です。大好きな美術館でこれから出会う大好きな仲間と活動したいという期待を、どこかで聞いて心に残っていた誰かの言葉に託しました。とびラー2年目のある日、友人から「みかっちょはどうしてとびラーになったの?」と聞かれました。冒頭の文章を伝えてその時の気持ちを説明したところ、「なるほど。それなら自分の『好き』がなんなのか、ちゃんとわかってないとあかんよね?」そう言われてドキッとしました。何をもって私は「好き」と言っているんだろう・・・問いを立てるのが苦手な私が、講座で知った「クリティカルシンキング」。「なぜ?」「本当に?」という問いで「好き」の根拠を深掘りすることを意識するようになりました。
忘れられない展覧会があります。1年目の夏、右も左も分からないまま、はじまり展の会場ファシリテータ(ケエジン)とAC展のサポートにいきなり参加。そこでたくさんの来館者の方々と作品の前で行った初めてのコミュニケーションの時間。正解のない心地よさ。楽しすぎて頭の中でイイねボタンがピコピコ押されていました。この3年間、見たことのない景色にわくわくし、講座やとびラボ、プログラムでは今まで知らなかった考え方にハッとさせられ、味わったことのない感情にたくさん触れることができました。
そして、私はちゃんとここでリスペクトできる大好きな仲間たちを見つけることができました。仲間づくりの目標達成!職場や家庭以外のコミュニティに価値を見い出し、新しい場所に飛び込むことのできる人はそんなに多くないと思っています。だとしたら、誰かと繋がりたいけどその一歩が踏み出せない誰かのための場づくりをしたい。アートは、空や風や太陽の光など自然と同じように誰にでも平等にそこにあります。それに気づいてもらいたい。そんなことを今ぼんやりと考えています。



アートなコミュニケーションを
体感した3年間
額賀 咲さん


アートな
コミュニケーションを
体感した3年間
額賀 咲さん
とびラーになる前から海外旅行では必ず美術館を訪れ、日本でも美術館巡りが好きだった私ですが、新型コロナウイルスの流行で人の集まる場所に行くこともなくなり、Webで作品を見てみるもやっぱり本物が見たいんだよなぁとモヤモヤしていた頃、とびらプロジェクトの存在を知りました。それまでものづくりをする私にとって美術館はインスピレーションやヒントを得る場所でした。それが今ではすっかり作品を通してコミュニケーションが生まれる場所という存在に変わりました。実際に作品を目の前にして誰かと話をするってこんなにも活き活きとした時間で楽しいんだと知ることができて、新しい扉が開けた気持ちです。
いちばんの思い出は1年目に展覧会ファシリテータのケエジンとして、はじまり展に関わらせてもらった時。体験型の展示で作品の灯りが灯った時の子供たちの表情がパッと明るくなった瞬間が忘れられません。何が中にあったか教えてくれる人、メキシコの思い出を語ってくれる人、何度も灯りを灯したくて列に並び直す子供たち、作品を通してたくさんの笑顔に出会いました。アートの力を強く感じる経験となりました。
とびラーになってはじめての第1回基礎講座全員集合での「ガチで」というやや強めなキーワードが飛び交う中スタートしたとびラー生活ですが(どんな回だったか詳細は10、11、12期かスタッフさんまで 笑)働きながら活動する私は果たしてガチで活動できただろうか、と振り返るとやや疑問は残るものの、出来る時に出来る形で関わらせて頂いてどんな形でも活動を受け止めてくれるのがとびらプロジェクトの良さだと改めて感じています。「みんなちがってみんないい」まさにそんな場所なのだと思います。
これからは自分なりにアートコミュニケーションに関われればと思っていますが、一緒ならなんでもできる気がする仲間が出来たことが大きな財産だと思います。ありがとうございました。



とびらプロジェクトで
過ごした時間は
野上 玲子さん


とびらプロジェクトで
過ごした時間は
野上 玲子さん
とびらプロジェクトで過ごした時間は、数多くの新しい出会いと経験に満ちていました。同時に、それは自分自身と徹底的に向き合う時間でもありました。
はじめはぼんやりとしていた物事の輪郭が、多様な仲間との対話と思考を重ねるうちに鮮明になり、それを共感し合うことで人ともつながる。私はこの感動的なプロセスを、何度も体験することができました。
例えば、「模写美術館| とびらプロジェクト編」後半で模写に選んだ作品の暗い背景に、ふと何かが描かれた微かな線を見つけたこと。「性・ジェンダーとアートコミュニケーションを考えるラボ」に参加し、数名で作品を鑑賞するうちに、徐々に多様な性の形が浮かんできたこと。「とびラーによる建築ツアー」のガイドに取り組む中で、なぜ自分が前川國男の建築に「居心地良さ、ちょうど良さ」を感じるのか、1年かけて体感し言語化できたこと。もちろん、これらはその場にいる誰かと話し、何度も咀嚼するように考えるからこそ、ようやく光が当たるように見えてきたものなのです。
一方、とびラボやプログラムでそこにいる仲間と共に試行錯誤した経験は、自分の内面を映し出す鏡にもなりました。そこからは、いわゆる「嫌な自分」とも向き合うことになりましたが、今度は自分との対話と思考を重ね、いつしか自分自身に共感することができたのです。
良くも悪くも気づかなかったことが鮮明に見えるようになると、人は安心へと心が動くのだと知りました。対話した人たちの記憶も経験も、どれも今の私につながっています。
同期みんなで開けると思っていた「次の扉」は、実はそれぞれが異なる扉から出ていくのかもしれません。そこからまたどこかでつながったり、広がったり、新しい入口を作ったりしていくことを想像すると、ワクワクします。たとえ周りに何も見当たらない時があっても、もう不安はありません。「気づかないことが見えるようになる方法」を私は知ったのだから。



3年間での出会いに感謝
馬場 里美さん


3年間での出会いに感謝
馬場 里美さん
とびらプロジェクトに出会ったのは、仕事を変えて家業に入り、地元のまちづくりの会にも事務的な手伝いとして参加し始め、どちらも取り組み方に迷っていた頃。美術館を「アートを介したコミュニケーションの場に」という想いに何か惹かれるものがあったことがきっかけでした。本で知ったので実際の活動は入ってから初めて体験。感じたことを言葉にして共有することや場の熱量に、しばらくは戸惑いもありました。
そんな中、まず印象的だったのが対話型鑑賞。いつの間にか効率化や正解を求めがちで、まず感じる・考えて言葉にして伝え合うこと自体さぼりがちになっていたことに気づきました。「同じものを見ていても人によって見方は違う」、「みんな違って、みんないい」。学生時代に「いいな」と思っていたのに大人になって忘れていた考え方を思い出させてくれた場でした。
もう一つ印象的だったのは、まちあるき。特に、あるとびラボの中で、お試し的に都美の近くの地元のまちを皆で巡った回がありました。著名な建築家が建てた建物などない住宅街。いざ繰り出してみると、私が普段5分もかからず通り過ぎるだけの道を、自ら色々発見して倍以上の時間をかけて味わう。地元のまちづくりの会でいくら考えても言葉で出てこない地元らしさ・いいところを、色々教えてくれる。驚くと同時に、自分がこのまちを「いいな」と思う理由にも気づかせてもらった体験でした。
元々、石橋を叩いても渡らないかもしれない位、慎重派。自分とは違う視点をもった人が集まる場だからこそ、周りの人のおかげで、一人ではできなかった経験をさせてもらえました。先のことはまだわかりませんが、ここで学んだことを忘れずに、まずは今関わっている場で少しずつ的を絞りながら、自分ができることを考えていきたいと思っています。
3年間で出会った全ての方々に感謝しています。本当に、ありがとうございました。



とびラーになって、挑戦する人生へ
林 由美さん


とびラーになって、
挑戦する人生へ
林 由美さん
母の死後、コロナ禍も重なり家に閉じこもりがちだった父を外に連れ出すきっかけとなったのが上野の文化施設でした。そこでアートが人を支える力を強く感じ、娘が参加していたMuseum Starあいうえので親しみがあったとびラーに応募。運良く12期の一員になることができました。とびラーとして多様な背景をもつ人々と関わる中で、社会とのつながりを強く感じる一方、自分も世の中の役に立ちたいという思いが次第に高まっていきました。
2023年8月のアクセス実践講座で「社会的孤立」について学んだことは大きな転機となりました。コミュニティナースという存在を知り、看護の道を志すきっかけとなりました。ギリギリのタイミングで看護学校の社会人入試に出願し、面接ではとびラーの活動について熱く語った結果、無事に合格。2年目の活動と同時に看護学生としての生活が始まりました。
学業と活動の両立は正直とても大変で、1年目ほど積極的にプログラムへ参加することは難しくなりました。それでもアートスタディルームや講座に参加すると仲間たちがあたたかく声をかけてくれ、それが大きな励ましになりました。素晴らしい仲間に出会えたことは私の何よりの財産です。学業が忙しくプログラムに参加できないことにもどかしさを感じることも多かったですが、学校で得た知識がとびラー活動に、活動での経験が看護の学びにそれぞれ還元され、相互に作用していることを実感しました。
開扉後は臨地実習、卒業研究、就職活動など慌ただしい日々が続きますが、2027年2月の国家試験合格に向けて走り続けます。
とびラーになったばかりの頃には想像もつかなかった未来を歩む中で、挑戦する勇気を与えてくれたのは間違いなくとびラーの経験だと思います。ここで得たつながりと学びを力に、これからは私自身が誰かの背中をそっと押せる存在になりたいと考えています。



社会を知り、人を知り、
自分を知った3年間
前田 浩一さん


社会を知り、人を知り、
自分を知った3年間
前田 浩一さん
何かいま、3年前まであった外皮を一枚脱いだような感じがしている・・・。
とびラー1年目はいつもワクワク。鑑賞実践講座にしっかり向き合い、ローマ展で初めてMuseum Start あいうえののスペシャル・マンデーでのファシリテータを任され、ウーンと苦戦しながらも最後に聞いた小学生の一言「自分の考えをちゃんと話せて、みんなにちゃんと聞いてもらえたのが嬉しかった!」に大きな感動をもらいました。以来、Museum Start あいうえのでは毎回子どもたちの新鮮な視点やまっすぐな意見に目を見開かされ、楽しい時間を過ごしました。2年目、どっぷりはまったのはアクセス実践講座。多くの社会課題の実情にあらためて驚き、ずっとび鑑賞会では高齢者の皆さんの別れるときの力一杯の笑顔に癒されました。しかし3年目の春、大腿骨骨折の大けがをして3か月の活動休止!復帰後もなかなかとびラボなどの活動に参加できず、モヤモヤしながらこの原稿を書いています。
思い返せば3年間、このすばらしいとびラーコミュニティーにどれだけ救われてきたか!多くの新しい仲間と出会い、バックグラウンドが異なる老若男女がその場面ごとに集まって熱くディスカッションをする、ここでは自然と「素」になれる、飾らなくていい、気を使う必要もあまりない、初めての人とも「そこにいる人が全て式」、等々。あれ?これまでの自分とは違う考えになっているかも、と気付くこともしばしば。今のありのままの自分、以前とは違う今の環境で素直に考えて行動している自分がいる。すばらしいコミュニティー!仲間との間で「素」の自分でいることは何と気楽で自由なんだろう。
こうしてふりかえると、これからの長い人生の在り方に新たな指針を与えてくれた3年間だったように思えます。4月から週末の過ごし方はどうしよう?きっと新しい自分を見つめてまた何かに取り組むのでしょう。出会った仲間をこれからも大切にしながら。みんな、心からありがとう!



出会い・気付き・学び
村上 剛英さん

写真:中島古英

出会い・気付き・学び
村上 剛英さん
出会い
とびラー1年目のとある「Museum Starts あいうえの」のプログラムにサポートとして参加したときのこと、その生徒は欠席するということでしたが、その後、遅刻して来るという連絡がありました。息を弾ませて講堂に入ってきたその子は、ただならぬ雰囲気を放ちながら促すままに席に座りました。帽子を深々と被り、下を向いて、ふてくされている様子がありありと感じられたので、帽子についての注意をすることもなく、隣でそっと様子を見守りました。手にしたスマホのケースを開いてアニメのキャラクターステッカーを愛おしそうに触っているのを見て、「よし。」と思いました。
気付き
この子には「好き」があって大切にしている。何があったかはわかりませんが、遅刻までして鑑賞したいという気持ちがあることに気付きました。くしゃくしゃになった名札をポケットから出し、上着のパーカーのフードを帽子の上からすっぽり被って、講堂の扉や外の壁にわざと体当たりしていたので、「肩、大丈夫?」などと声をかけながら付き添うことにしました。案の定、展示室散歩やグループ鑑賞では団体行動をとることや発言はありませんでしたが、フードと帽子の奥にある目は、熱心に作品を追っていました。しだいに展示室や作品についての声かけに、うなずいてくれるようになり、ひとりでみる時間では、お気に入りの作品の前でじっとたたずみ、目を輝かせてつぶやきシートに取り組んでいました。講堂に戻ってから「アートを見るのは好き?」と問いかけたら大きくうなずいて柔和な顔を見せてくれました。
学び
とびラーは人の何を、もの、人、場所とつなげるのでしょうか。この問いを考え続ける契機となった出来事でした。今では人の「センス・オブ・ワンダー」、「好き」に付き添うことが無類の幸福と感じています。



何も、知らなかったんです。
矢野 和絵さん


何も、知らなかったんです。
矢野 和絵さん
基礎講座①の前日、私は、通勤途中に転倒しました。2ヶ月続けての転倒だったので、何か病気ではないかと不安でした。そして、けがをした不安顔で撮影された写真が、3年間使われることになりました。忘れられません。
「おせっかい」に関心があり、この言葉がタイトルに入った「とびらプロジェクト」フォーラムに参加した際、隣の席の方が、とびラーになりたいと話してくれました。それなら私もと、軽い気持ちで応募しました。とびラーになりたい人はたくさんいる、ということを知るのは、基礎講座以降でした。何も、知らなかったのです。
とびラーになれなかった人がたくさんいるのに、私で良かったのだろうか等という思いは、3年間消えませんでした。職場では、休みがとりにくい部署へと異動となりました。それでも1年目は、私なりに頑張ってみたのですが、寝不足で疲れた心と体で、活動に参加する方が申し訳ないくらい、思考が停止している様でした。2年目は無理しない、3年目はもっと無理しない…ただただ、申し訳なかったです。
しかし、仕事仲間や友人に、とびラー等について話すと、とても興味をもってくれました。教えてもらわなければ知らなかった世界だ等と言い、プログラムに参加してくれたり、業務に活かしたりもしてくれました。申し訳ない3年間でしたが、身近な人に何か届けることはできたのかなと感じます。
私が住む家は、親戚の工務店の亡き棟梁が建てました。その後、リフォームを担当してくれた他の大工さんたちは、こんな仕事ができる職人はもういないだろうと、棟梁を褒めてくれます。粋で、曲がったことが大嫌い(でぇきれぇ)だった棟梁が残してくれた宝ものです。東京の東の端っこで、まるで過疎化していくような街とこの家を守りたいです。華やかな活動には縁がなさそうですし、地元で静かに、下町っ子として、地域活動をしたいです。そんなときに、とびラーの3年間も活きてくるかな、と思っています。



つながりつながる、
今とこれから。
矢吹 美樹さん


つながりつながる、
今とこれから。
矢吹 美樹さん
わたしの活動のテーマは「つながり」です。アート・コミュニケータには、ひとと何かの架け橋的役割がありますが、とびラーとしての活動は、わたしにもたくさんのつながりをもたらしてくれました。たくさんの出会いと過ごした時間、これからのワクワク。とびラーであれたことは、人生のご褒美のように感じています。
だれかとみることの楽しさを知ることができたのは大収穫。きっととびラーの多くもそうであるように、これからの楽しみとなっていくことと思います。たくさん考えることができたのもとびラーの醍醐味でした。そして都美。こんなにも隅々までじっくりみて、話して、味わう(笑)ことになるとは、夢にも思いませんでした。勝手ながら、都美は母校のような存在になりそうです。それから、上野公園がとっても素敵なところだと気づけて、はるばる上野までやってくることにも彩りが加わりました。季節の移ろいとともに、森と共存するここでのひとの営みに、時の流れをしみじみと感じ入ることもできました。上野を通して自然や時世の感じかたも見かたも変わったように思います。
とびラーの募集をみたとき、さまざまな思考がつながった感覚があり、このとびらを叩くことができました。ひと、もの、場、時など、世の中はなんらかのカタチでつながっていて、それを実感できることの大切さを感じていました。あらたなつながりやその気づきによって、心が動く可能性が生まれます。つながりが増えればその機会も増え、新しいとびらが開かれるかもしれません。人生を変えるほどの体験でなくとも、心が少し豊かになる。そんな積み重ねがウェルビーイングのひとつのアプローチだと考えています。そのために何ができるのか、ずっとの問いをもって、未来につながることを考え続けたいです。自分自身もつながりを大事にし、楽しんでいきます。とにもかくにも仲間たちに感謝!そしてこれからもよろしくです!



舞台は東京都美術館から地域へ
山中 大輔さん

大地に耳をすます 気配と手ざわり(2024年)

舞台は東京都美術館から
地域へ
山中 大輔さん
とびラー活動の3年間を振り返って、3年前にとびラーを始めた時には、想像できないところまで来たと感じます。これは、ひとえに、とびらプロジェクトでの活動のための、学びと出会いの機会をいただけた結果だと言えます。
学びの機会では、とびラーとして活動する上で必要なことを学ぶ基礎講座、作品をみんなで鑑賞する場づくりの方法や考え方を学ぶ鑑賞実践講座、美術館を誰もがアクセスしやすい場にするためのアクセス実践講座のほか、プログラムでも実践での学びを得られました。
出会いの機会では、楽しく充実したとびラー活動をともにしていただいた、これからの活動にもつながる素晴らしい皆さんと出会うことができました。具体的には、日頃の活動をしやすいように場を整えていただいたスタッフの皆さん、思いついたことを次々とゆびとましたとびラボに、懲りずに参加いただいた皆さん。また、鑑賞実践講座の課題をきっかけに、大地の芸術祭、瀬戸内国際芸術祭、国際芸術祭「あいち2025」、DIC川村記念美術館、青森県内の4つの美術館などを一緒に巡ってくださった皆さんです。
この2つの機会をきっかけに現在、地域での対話型鑑賞を中心としたアート・コミュニケータの活動を始めています。他にも、とびラーとして活動したことで、地域での文化芸術を調べる中で、アート・プロジェクトに出会い、学びを深めています。また、自身の社会福祉協議会での仕事にも文化芸術の切り口を取り入れられるようになりました。今後も、誰もがどのような生活環境であっても文化芸術を享受できるように、日常生活の中でアートと出会えるきっかけづくりに取り組んで行きたいと思います。スタッフの皆さん、12期の同期をはじめ、一緒に活動をしてくださったとびラーの皆さん、大変お世話になりました。とびラーとしての活動は、ひと区切りですが、開扉後も末長くよろしくお願いいたします。


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