東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

活動紹介

【開催報告】ベビーとゆったり美術館

2022.06.27

ベビーとゆったり美術館とは、「赤ちゃんを育てている保護者の方に、美術館でゆったりした時間を過ごしてほしい」「⾚ちゃんと保護者が、いつでも安⼼して美術館へお出かけできるように、最初の⼀歩をお⼿伝いしたい」という気持ちから生まれたとびラボです。

 

このブログでは、6月27日(月)に実施した「都美セレクショングループ展2022」でのプログラムの様子をお伝えします。

 

「ベビーとゆったり美術館」を企画するとびラーは、未就学児、小中高校生、社会人のお母さん、長年保育士として活躍していた方など、自然と子育て経験者が集まりました。自分たちが赤ちゃんを育てていた時に感じた、美術館から遠ざかってしまった寂しさや、大人と会話ができない日が続く辛さなどを、毎日赤ちゃんと向き合って奮闘している保護者の方も感じているのではないか…。それをこのプログラムで少しでも和らげられたらという思いがあったからです。そして何より、毎日大変な保護者の方に笑顔になってもらいたいという気持ちがありました。

 

記録的な暑さが続くなか、本番の日がやってきました。大人だけでも外出をためらうような暑さです。赤ちゃんとのお出かけは難しいかもしれないと考えていました。

 

しかし申し込みをしてくださった3組全ての皆さんが、美術館にご来館されたのです。熱中症に注意しながらのお出かけは、保冷剤に扇風機に水分補給に…と、とても大変だったことでしょう。そのような中でこのプログラムに足を運んでくださったことをとてもありがたく思いました。

 

今回は、参加された3組のファミリーそれぞれ1組につき、とびラー1名がご一緒することになりました。赤ちゃんと美術館に来た時に利用できる設備の説明を確認したり、作品についておしゃべりをしたりして、とびラーとゆったり美術館で過ごします。

 

とびラーは緑のバンダナを巻いて準備万端。

 

まずは参加者の皆さんとごあいさつ。一緒に楽しみましょう!

 

ギャラリーに行く前に、今回の展示の簡単な説明や、展示室でのお約束などを簡単にシェアします。

 

東京都美術館の自慢できる設備の一つ、授乳室。どこにあるのか、どうやったら使えるのかをお伝えしています。(小さなお子様連れの方へのバリアフリー情報はこちらからご覧ください)

 

授乳室やおむつ替えスペース、ベビーカーの借り方などをインターネットで一生懸命調べてから来ても、実際に使うとなると戸惑ってしまいますよね。このプログラムではそのような不安も解消したいと考え、場所や利用方法を直接お伝えしています。

 

いよいよ、今回の展示「都美セレクショングループ展2022」へ。
ここでは3つのアーティストグループが、それぞれのテーマで絵画、立体、映像、インスタレーションなど様々なジャンルの作品展示を繰り広げています。

 

気になるものがたくさん並ぶ展示に、赤ちゃんも興味津々。

 

展示についてお話ししていたら、もうすぐ赤ちゃんのお誕生日とのこと!

おめでとうございます。とても嬉しいことですね。

 

実際に手を触れながら鑑賞することができる人の形をした作品の前では、赤ちゃんの顔にそっくり!とお話ししながら作品を味わいました。

 

一緒にじっくり見て味わいます。

 

ある組では、参加されたご夫婦から「美術館やアートの楽しみ方が夫婦ともによくわからなくて・・そのあたりも教えてもらいたくて参加しました」というお話を伺いました。

 

とびラーからは、

「難しく考えず、自由に見ていただいて大丈夫ですよ!」

「家に飾るならどの作品?」みたいなテーマをもって鑑賞することで、またちょっと違う視点を持てたり、共有する楽しさも生まれますよ!」

とお伝えしました。

 

ご夫婦ともに驚かれて「そんな気軽な楽しみ方をしてもいいんですね〜!」と喜んでいただけました。ぜひ、いろんな楽しみ方を試して欲しいと思います。

 

昼下がりということもあり、赤ちゃんたちは割と落ち着いていて、抱っこされて安心して展示室をまわる子、ベビーカーでお昼寝をする子もいました。

 

鑑賞が終わったあとは、ちょうど赤ちゃんのお腹がすく時間ということで、授乳室を利用する参加者もいました。私たちとびラーが普段活動の拠点としている東京都美術館 交流棟内にあるアートスタディールームで、アンケートを記入をしたり、おしゃべりで一息つくファミリーも。

 

プログラムを終えた後には

「元々美術館が好きだったが、子供が生まれてからは来る機会がなかった。子連れでのハードルが下がり、また来たいと思えた。」

 

「(とびラーの)サポートがありがたく、安心して見ることができました。」

「美術館を家族と楽しめるイメージが持てた。」
などの感想もいただきました。

 

参加した皆さんと、美術館を楽しみながら、一緒にゆったりした時間を過ごすことができたのではないかと思います。

鑑賞を終えた後、「ここなら、午前中は動物園で遊んで、ベビーカーで昼寝をしてる間に美術館に来れるんじゃない!?」と、今後のイメージをお話しされている参加者のお声を耳にして、とても嬉しくなりました。

 

東京都美術館のある上野公園には、子どもと一緒に楽しめる施設がたくさんあります。お隣の上野動物園や、国立科学博物館、児童公園は、幼児から大人まで大人気です。東京都美術館をはじめ、上野公園でたくさんのホッとできる場所、楽しめる場所を見つけてみてください。

 

 

私は今、4歳の子供を育てています。自分の好きな時に、好きなように出かけていた生活が、子供が生まれてから一変しました。特に、あれほど好きだった美術館になかなか足が向きませんでした。泣いたらどうしよう…自分の都合で子供を連れ回していいのかな…。不安で一歩を踏み出せなかったのです。

 

 もし、その時の私と同じような気持ちの人がいたら、このプログラムで「大丈夫ですよ」と、背中を押せたらと思っています。自分の目で一度、赤ちゃんのための設備を確認しておけば安心だし、もし赤ちゃんがぐずったりひどく泣いてしまったら一度退出して、野外に展示している彫刻をみたり、上野公園の緑を眺めたりして、可能ならまた展示室へ戻ってもいい。

 

自分ひとりの時とはまた違った「赤ちゃんと一緒の楽しみ方」も、結構いいものです。

 

いつもの公園、児童館、お家から少し離れて、心がホッと落ち着く時間を、美術館で一緒に過ごせたら、とても嬉しく思います。

 

 


 

文:郷美潮

とびラー10期、2年目。工芸の仕事をしています。子育て・仕事・とびらプロジェクトを楽しんでいます。

 

基礎講座①|とびラー全員集合!オリエンテーション

2022.04.09

日時 | 2022年4月9日(土)10:00~15:00

場所 | 東京都美術館 講堂

 

東京都美術館と東京藝術大学と市民が協働する「とびらプロジェクト」新年度が4月9日から始まりました。とびらプロジェクト マネジャーの東京藝術大学 特任助教 小牟田です。

 

今日から活動をスタートさせる11期とびラーは49名です。総勢139名のメンバーで2022年度のとびらプロジェクトがスタートしました。

全6回で構成されている基礎講座の第1回目は、オリエンテーションです。

午前中は11期とびラーへこれから必要な基本情報を共有する時間です。東京都美術館の講堂に集合しました。

  

まず、とびラーとして活動していくにあたって大切な「とびらプロジェクトの約束」をみなさんと確認しました。

その後、とびらプロジェクトマネジャーで、東京都美術館 学芸員の熊谷さんより東京都美術館の説明があり、その後、館内を知るためのツアーを行いました。

  

   

館内ツアーでは、9期、10期のとびラーが案内役を務めました。

これからの活動の舞台となる東京都美術館を知るところから活動はスタートします。

 

午後は、9期・10期・11期が勢ぞろいし、新たな顔ぶれとなったとびらプロジェクトを運営する東京藝術大学、東京都美術館のスタッフ紹介を行いました。

 

11期とびラーは、4月から6月にかけて基礎講座に参加します。基礎講座終了後は3つの実践講座から1つ以上を選択し、関心のある分野について学びを深めていきます。「学びの場」と並行して、障害のある方のための特別鑑賞会、「Museum Startあいうえの」のスペシャル・マンデー・コース、建築ツアーなどの「実践の場」が開かれており、とびラーは学びと実践を繰り返していきます。

昨年の様子をふりかえりつつ、今年の1年間の流れを共有しました。

その後、9期・10期・11期で「Museum Startあいうえの」のミュージアム・スタート・パックを使って上野公園を散策するワークを行いました。出かける前に、あいうえの担当チームの河野さん、石丸さんより「Museum Startあいうえの」のプロジェクトの説明があり、散策のテーマとミュージアム・スタート・パックを持って、快晴の上野公園へとグループで出かけました。

   

 

コロナ禍のこの2年間は、オンラインでのコミュニティの可能性が広がる一方で、対面で出会うコミュニケーションで得られる情報量の多さを改めて実感し、その機会があることの価値を感じた時間でもありました。美術館を舞台に文化資源を介したコミュニティを考える上で、改めて「リアルに出会う」ということをキーワードにこの一年を始めたいとおもっています。

とびらプロジェクト10周年、Museum Start あいうえの10年目を迎える2022年度。この一年を通して「これまでの10年があるからできること」と「これからできる新しいこと」をとびラーとプロジェクトスタッフで発信していけたらとおもっています!

 

(とびらプロジェクト マネジャー 東京藝術大学美術学部 特任助教 小牟田 悠介)

 

【開催報告】見えない人と見える人が一緒に楽しむアート鑑賞

2022.03.14

 

2022年3月14日(月)東京都美術館で開催された「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」(2022年2月10日〜4月3日)で視覚障害者と作品鑑賞を楽しむワークショップを実施しました。当日は「障害のある方のための特別鑑賞会」*の日でもあり、ゆったりとした環境でアート鑑賞を楽しみました。

 

私たちアート・コミュニケータ(通称:とびラー)がこれからゼミ*として立ち上げたグループ「gift×gift」(ギフトギフト)は、ダイアローグ・イン・ザ・ダーク「対話の森」*でアテンドをされている5名の方々をモニターに迎え、何度も意見交換をしながら、一緒に「アート鑑賞」プログラムを作りました。

 

「gift×gift」は視覚障害者と晴眼者がアート作品を通してそれぞれの経験や鑑賞体験などを語り合い、互いの考え方に触れる場を作ることを目指しています。

 


 

ここからは当日の様子をレポートします。

 

青空に満開の寒桜が映える上野駅。公募した視覚に障害のある参加者4名と、一緒に活動するアート・コミュニケータが公園口改札で待ち合わせ。360度目配りをしながら、参加者が来るのをドキドキしながら待っていました。ここから参加者1名(介助者の方もご一緒)、アート・コミュニケータ2名でのグループ活動が始まります。自己紹介やざっくばらんな会話で、徐々に距離を縮めながら東京都美術館に向かいます。

 

3人の人が駅の改札前に立っている写真。真ん中の方は白杖を持っている。

「はじめまして」の最初の出会いは、お互い少し緊張している様子がうかがえます。

 

4人の人が上野公園を歩いている写真。左から2番目の人が白杖を持っている。

当日は快晴。銀杏の緑が青空によく映えて、春の日差しが眩しいお天気でした。上野のこと、美術館のことなどたわいのない会話をしながら、会場に向かいます。

 

 

<プログラムメイキングのポイント>

これから一緒に活動するグループメンバーと気軽に話したり、聞いたりできる雰囲気作りに努めます。待ち合わせ場所から会場までの10分間で参加者の方が、肩や腕など、どこに手を置けば歩きやすいのかを確認します。歩幅や歩く速さを合わせたり、エレベーターやエスカレーターに乗るタイミングを計る、その後の展示室でのプログラムに繋がる大切な時間です。

 

 

さあ、鑑賞プログラムの始まりです!

 

広い部屋に十数名の人々が座っている。テーブルごとのグループになっている。床は鮮やかなオレンジ色の部屋。

東京都美術館に参加者が揃いました。プログラムはアートスタディルーム*で始まります。

 

プログラム内容を書いたホワイトボードの写真。

当日の進行スケジュール。作品解説、作品サイズの体感をした後、展示室での鑑賞、グループでの感想を持ち寄った対話の時間という流れです。

 

まずは作品解説!

展示室に行く前に、落ち着いた空間で参加者が、鑑賞する作品のイメージを描くための

ステップです。

 

3人の人がテーブルに向かって座っている写真。真ん中の人は目を閉じてテーブルの上の絵に触っている。

1作品3分ほどの解説を聞きながら、触図を使ってこれから鑑賞する作品のイメージを頭の中に描いていきます。

 

今回は3作品に焦点を当てて鑑賞します。ヨハネス・フェルメール作《窓辺で手紙を読む女》、フランス・ファン・ミーリス作《画家のアトリエ》、ヤーコプ・ファン・ライスダール《牡鹿狩り》です。

「触図」はA4サイズの厚紙に人物や風景などを、手触りの違う紙や布で表現しました。

1作品ごとに解説や触図の分かりにくい部分などを確認するための時間を設けました。

 

 

<プログラムメイキングのポイント>

今回のプログラムで鑑賞する作品は、「この作品なら見えない人と見える人が一緒に楽しめる」と選んだ3点です。

作品は、展覧会の主旨に沿ってオランダの風俗を描いたもの、オランダの風景や文化を描いたもの、そしてチラシに載っている目玉の1点。展示空間全体も体感できるよう考慮しながら選びました。

事前に作品研究をし、その魅力の中から、伝えたい要素を数点に絞り、解説と触図に反映させました。

工夫した点としては、例えばヨハネス・フェルメール作《窓辺で手紙を読む女》では、大まかに以下の4点を示しました。

・中央で手紙を読む女性

・修復後に現れたキューピッド

・大きな窓や緑のカーテン

・果物が置いてある布のかかった家具

 

1番のポイントはキューピッドだけをめくれるようにし、修復前と修復後の画面の変化をイメージできるよう工夫しました。

モニターの方々との意見交換から、触図は参加者の方が気兼ねなく触れるよう丈夫であること、描かれているものの位置関係が伝わること、作品解説との兼ね合いが大切であることが、わかってきました。

情報過多にならないよう、作品解説は触図の起点を決め、ポイントを迷わず辿れるよう最後まで修正を重ねました。

 

 

展示室に行く前の最終ステップ、作品サイズを手で触って感じます。

3人の人がホワイトボードに向かって立っている写真。ホワイトボードには赤いテープで四角い枠が貼られている。真ん中の人が赤い枠を触っている。

耳からの作品解説と、触図で作品のイメージを頭に描いたあと、3作品のサイズ感を体感します。こちらは、フランス・ファン・ミーリス作「画家のアトリエ」の大きさに触れているところ

 

 

<プログラムメイキングのポイント>

作品のサイズを身体的に体感することで、より作品に近づけるのでは、というアイディアがモニターの皆さんとのトライアルから生まれました。

 

 

いよいよ、展示室で本物の作品鑑賞。

トイレ休憩をはさみ、荷物を預けアートスタディルームから企画展示室に向かいます。

上野駅での対面から1時間弱が経ちグループメンバー同士、会話のテンポや歩くスピードも徐々に馴染んできました。

各グループは本物の作品を前にどんな鑑賞の時間を過ごすのでしょうか。

美術館の展示室の中で3人の人が作品を鑑賞している写真。展示室の壁は赤い。真ん中の人は白杖を持っている。

1グループ目の鑑賞の様子

 

Aさん「作品と私たちの距離は、どれくらい離れていますか?」

アート・コミュニケータ(以後AC)「1メートルぐらいです。足元に華奢な黒い柵があります」

Aさんが白杖で柵を触って、位置を確かめます。

 

AC「修復後の《窓辺で手紙を読む女》は周りの壁紙よりも一段階濃い色の、厚みのある特別な壁に掛けられています。足元には30㎝ぐらいの高さで奥行きのある台が張り出しています。手を伸ばしても届かないぐらいの距離に作品があり、丁重に扱われている感じがします。」

 

Aさん「修復前後で何が違いますか?」

AC「色のトーンも違います。」

Aさん「キューピッドが出てきただけではないのですね。まず、どこに目が向きますか?」

AC「やはり、女性です」

Aさん「キューピッドではないんですか?(驚く)」

ACはさらによく観ることに。

女性に光が当たっていたり、窓ガラスに姿が映っている感じを説明し、そこから作品全体の光の陰影や、その中のキューピッドの存在へと話が展開します。

 

 

 

 

展示室で3人の人が作品を鑑賞している写真。真ん中の人は白杖を持っている。

2グループ目の鑑賞の様子 「触図からイメージした印象が大きく変わりました!」

 

実際の作品の前では、細部に描かれている物、表情や筆のタッチ、展示室内の様子を説明。絵の雰囲気やアート・コミュニケータから見た作品の面白さを主観的に伝えていきます。またBさんからも、服装について質問を受けることで今まで気にしていなかった季節感に気づくなど、絵のイメージがだんだんと固まっていきます。そして、ある瞬間カチっとお互いの見え方が一致するような感覚を覚えました。

 

展示室で2人の人が作品を鑑賞している写真。

3グループ目の鑑賞の様子

 

AC「手前に川があって奥には森があります。」

Cさん「手前にある/奥にあるというのは、どこからわかるのですか?」

AC「…。」

 

普段当たり前に思っていることを言語化するのは難しいと痛感しました。

Cさん「目で見ている人たちって、こんな風に見ているのかな。目で見た世界を垣間見ることができ、興味深かったです。」作品の遠近感の表現について、私たちも改めて考える時間となりました。

 

4グループ目の鑑賞の様子

 

「美術館にはあまり来ない」というDさん。少し緊張されているようです。

「絵は図録でもいいかなぁと思って」とおっしゃっていましたが、絵の前でアート・コミュニケータと女子トークしながらの鑑賞で表情も柔らかに。一枚の絵の中にたくさんの「謎」を探していらっしゃいました。

「どうしてキューピッドを隠したのでしょうね?」「どうしてこんなに大きなキューピッドなんでしょう?」本物の作品を前にお話をすることで「謎の多い絵は面白いですね」と笑顔になっていました。

視覚障害の有無に関わらず、Dさんが時間をかけて絵画を観察し、味わって下さっていたのを感じました。

 

<プログラムメイキングのポイント>

ワークショップを作っていく中で、モニターの方々とのトライアルで見えた2つの課題がありました。

初めのトライアルでは、作品情報の共有をせずに、いきなり展示室で作品鑑賞をしました。そこでモニターの方から「キャプションを読んでほしい」「何が描かれているのかの情報は欲しい」「いきなりの対話は難しい」という意見が出ました。

また、混み合う展示室で他のお客様とも場を共有するため、工夫をする必要がありました。

これらのことを踏まえて、①ASRで事前に作品の客観的な情報を伝える②展示室での対話は主観を中心にする。というステップを設けました。また、鑑賞する作品は各階1作品とし、観る位置を適宜移動するなど、他のお客様の様子に気を配りながらの鑑賞を心掛けました。

 

展示室での鑑賞を持ち寄って語り合おう!

 

2グループ合同で鑑賞した感想や気づきを語り合う場です。

「自分では見る事のできないものを、他の人の視点を借りてみることが新鮮でした。」

「グループで話すことで6人の目を借りて見ることができました。」

「小さな丸が少しずつ大きくなっていくように広がり、一人のフェルメールからグループ皆のフェルメールのように感じています。」

進行のアート・コミュニケータが参加者を中心に感想を聞きました。

 

 

4グループを2グループに編成して、展示室での感想を持ち寄ります。ここで初めて他のグループメンバーとの交流の時間を持ちます。皆さん盛り上がり、時間が過ぎても語り合っています。

 

 

 

<プログラムメイキングのポイント>

作品解説から展示室の鑑賞までは3~4名のグループでの活動でしたが、ここで初めて他のグループの参加者や、アート・コミュニケータと接する機会を持ちます。このグループ対話の時間は、モニターの方々とのトライアルで「○○さんがどう思っていたのか、知りたい」というご意見から生まれました。

 

 

気持ちがホットなうちに、アンケートを取ります。

 

3人の人がテーブルに向かって座っている写真。テーブルの上には何枚かの紙が置かれている。右側の人はペンを手に持っている。

「今日はありがとうございました。一番印象に残ったのはどんなところですか?」

 

『触図で全体の構図が掴めたことです。これが自分にとって実際に観たことになりました。』

『感想を共有した対話の時間です。一人ひとりの感想を聞くことができたので、その人の絵を想像することができました。』

『晴眼者がどのように作品を見ているか知ることができました。特に遠近感の表現の時、皆さんの目で見た世界を垣間見ることができました。』

それぞれの興味により印象深かったポイントは異なった回答となりました。

また、改善点としては、さらに詳細な触図を希望する方が多く、その中でも光の表現や色のグラデーションが分かるものがあったらより良いというご意見がありました。

 

<プログラムメイキングのポイント>

今後の活動に繋げるため、ワークショップの中で一番印象に残ったところ、良かったところ、改善点を伺いました。参加者に了承を取りメモと録音で記録しました。

 

 

 

お見送りの時間。

 

アンケートが終わった後も、名残惜しくお話が尽きない様子。解散場所のJR上野駅公園口改札までお見送り隊がご一緒します。お帰りの際は、美術館のギフトショップに寄り道したりアート以外のお話もしたり、最初に比べると随分と打ち解けた様子が伺えます。

 

ワークショップを終えて。

 

私たちは今回のワークショップで見えない人と、見える人がアート作品を通してそれぞれの経験や鑑賞体験を語り合い、互いの考え方に触れる場づくりを目指しました。

その第一段階として、過去のとびらプロジェクトの取り組みを遡ったり、視覚障害の方との関わりをメンバー内で共有し合ったり、ソーシャル・アート・ビュー(アート・コミュミケータが地域で主催する団体)のプログラム体験などをしました。

 

そして、フェルメール展での実施に向け、鑑賞プログラム作りが始まりました。メンバーの知見を持ち寄っては見たものの、見えない人と見える人が作品の前で互いの気づきや思ったことを言い合える場を作るために、どのようなステップを踏めばよいのか。メンバーだけでは「想像の域を出ない」と先に進むことができませんでした。

そこで、メンバーと繋がりのある視覚障害の方々にお声がけをし、この取り組みに興味を持った方をモニターとしてお迎えしました。モニターの皆さんと美術館でのトライアルやオンラインでの意見交換を重ねていく中で、それまでの思い込みに気づいたり、新たな発見がありました。

 

例えば、メールで展覧会概要をお知らせする際に、はじめは音声で送ろうとしていましたが、読み上げ機能があるので文章の方が良いということ。

アテンドをされる際、人によって肩やひじなど触れる場所が違うので、初めに本人に尋ねてほしいこと。

触図に必要な情報量や解説とのつながりをもたせること。

対話を重ねることで、徐々に私たちの既成概念が解けてゆき、「視覚障害のあるモニター人たち」からお一人おひとりの人柄を知る機会にもなりました。

また、モニターの方々もプログラムに興味津々で参加し、美術館を楽しんでくれている様子で「互いに贈り合い、受け取り合う」ことを実感する時間となりました。

ご協力いただいたモニターの皆さまに、ここで改めて御礼申し上げます。

本当にありがとうございました。

 

今回の実施は、とても大きな一歩となりました。

プログラムに正解はなく、その場にいる一人ひとりとの豊かな場を作るために、展覧会の内容や、規模、その環境などに丁寧に応じながらこれからも「gift×gift」な場づくりの活動を続けていきたいと思います。

 

15人の人が写っている集合写真。

「gift×gift」を作ったアート・コミュニケータ。みんな、笑顔です!お疲れさまでした。

 

 


 

*障害のある方のための特別鑑賞会

普段は混雑している展覧会を、障害のある方が安心して鑑賞できるよう、休室日に特別に開館して鑑賞会を開催しています。事前申込制で年に4回開催されます。当館のアート・コミュニケータ(とびラー)が受付や移動のお手伝いをします。

障害のある方のための特別鑑賞会 | 東京都美術館 × 東京藝術大学「とびらプロジェクト」 (tobira-project.info)

 

*これからゼミ

活動任期3年の最後の年は仕上の年。「これからゼミ」は、とびらプロジェクトを離れた後、どのように活動をしていくかについて考え、実施します。例えば、ゲスト講師を招いた勉強会の開催や、ワークショップの実践など、各自が自分たちのスキルアップに必要な講座を自らデザインし、取り組むことができます。「アート・コミュニケータ」としての総仕上げの場です。

とびらプロジェクトってなに? | 東京都美術館 × 東京藝術大学「とびらプロジェクト」 (tobira-project.info)

 

*ダイアログ・イン・ザ・ダーク「対話の森」

真っ暗闇のエンターテイメントとして知られ、これまで約23万人が体験した「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」。準備期間を経て、暗闇で心地の良い距離(ソーシャルディスタンス)をとりながらでも冒険できる、新たな体験型ソーシャルエンターテイメントとして生まれ変わりました。声や音、あらゆる感覚に着目しながら、人と人とのかかわり、つながりをどう育み、保っていくのかを体感していく。身体的距離が必要なwithコロナ時代だからこそのプログラムです。

対話の森とは? | ダイアログ・ミュージアム「対話の森®」 (dialogue.or.jp)

 

*アートスタディルーム

東京都美術館交流棟2階にあるアートスタディルームは私たちアートコミュニケータ(通称とびラー)が学び、集い、活動する場所です。

 


 

中嶋弘子(8期)

人と出会う、作品と出会う。アートの前での対話は、その人にも、作品にも、新しい自分にも出会えます。

そしてその気持ちは、他の誰かへと繋がってゆきます。アート・コミュニケータとして、このような「gift×gift」な場に立ち会っていきたいと思います。

 

2021建築実践講座⑧|1年間のふりかえり(最終回)

2022.02.05

第8回建築実践講座|「1年間のふりかえり」

日時|2022年2月5日(土) 15:30~16:00
会場|東京都美術館 アートスタディルーム

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最終回となる今年8回目の建築実践講座は、とびらプロジェクトの活動の拠点である、東京都美術館アートスタディルームに集まって1年間の学びと実践をふりかえる機会となりました。

 

 

これまでの講座や実践をキーワードからふりかえります。1年間の講座と実践を通して、”もの”としての建築だけではなく、多様な視点から「建築」について考え・学び・実行する機会があったことがわかります。

全体でふりかえった後は、参加したとびラー 一人ひとり中で芽生えた ”気づき” を確認しました。

 

ーー“建築を介して人々をつなぐ場” について考えたことで、どんな気づきがありましたか?

今年の講座目標である “建築を介して人々をつなぐ場” について、年間を通して気がついたこと・考えたことを思い出しながら、3人組になり共有しました。

 

 

それぞれの学びと気づきを共有したら、続いてとびラー同士で「問い」を立てて、「建築」についてさらに考えを深めていきます。

 

ーー問いを立てて話し合う。
「建築」をテーマに、とびラー同士で考えを深めたいことは?

 

講座に参加するとびラーと“建築”との関わりはそれぞれ。仕事などで専門的に建築と関わっている方から、「建築って難しそう…」と苦手意識を持っていた方、東京都美術館・前川國男建築が大好き!な方、様々な “建築” との関わり方や考え方を持ったメンバーが集まっています。

それぞれの視点で、この1年間で考えたことを「問い」と言う形で差し出し合い、ランダムの5〜6人組で約1時間じっくりと話しあいました。

 

・建築を楽しむってなんだろう
・建築の知識がなくても楽しむには
・美術館と芸術祭ではアートを見る場としてどう違うのか
・建築を語るとどんな場がうまれるのか
・もう一度行きたくなる建築体験とは
・公共の建築にとって居心地のよさとは

 

この対話の目的は、答えを出すことではありません。建築はアートであり、体験であり、文化であり、人々の営みであり、他者を想うこと、…です。

「美術館を拠点にコミュニティを育む」とびらプロジェクト、その活動の場である “建築” そのものの役割に丁寧に目を向け、考え語り合うことは、今私たちが生きる社会そのものを考えることにつながるのではないでしょうか。

 

 

 

今年度の建築講座もこれにて解散ですが、これからも、建築を介したアクションを共に考え実行していきましょう!
1年間、様々なシーンで共に「建築」を学び・考えたとびラーのみなさん、ありがとうございました。

 

(とびらプロジェクト コーディネータ 山﨑日希)

「絵を描くという道は定まっている。今は引き出しを多く作っておく時期」 絵画科日本画専攻 学部4年・坂本皓平さん

2022.01.28

穏やかな冬の午後、東京藝大上野校地絵画棟のアトリエで行われた、絵画科日本画専攻学部4年の坂本皓平さんへのインタビュー。

 

卒業・修了作品展(卒展)に向けた制作に取り組む学生の方々の熱気あふれるアトリエで、坂本さんに作品への思いや制作スタイルなどを語っていただきました。

 

<卒業制作の作品を前に行われたインタビュー>

 

Ι卒業制作の作品のテーマは「モラトリアム」

 

――初めまして。今日はよろしくお願いします。早速ですが、こちらの作品のテーマを教えていただけますか?

「自分の心情・心境を通して、最近の(世の中の)人の心境を表すことに通じるものがあればと。自分の心象風景をイメージして描いています」
「タイトルは《モラトリアム》。『自分がこうなりたいと決めるまでの猶予期間』という意味が当てはまっていると思って」
「絵を描くという道は定まっているけど、何を描きたいとか画材を含めてどう描きたいを考える時間が大学生活。まだ自分も決まっていないし悩んでいて。核がなりきっていないというところを表現したいです」
「周りの人を見ても、一旦学力を蓄えるために大学に入ってそこから考えるという人が多いイメージですね。大学4年間でやりたいことはつかめないんじゃないかな、という気持ちがすごくあるので、自分の世代に向けた絵でもあります」

 

Ι自分の挑戦をキャンバスに

 

<柔らかな色の中どこか少し不安な感じが>

 

 

――描かれている人物はご自分ですか?

「自分ではなく誰でも投影しやすいようにと思っています。モデルはロン毛の男性だったのですが、もう少し中性的でもいいかな。シルエットはあるけど中はもっとぼやかして、もやがかかった感じであいまいさを表現したい」

 

―― なんかこの人物と視線が合わない感じです。表情はあまり描き込んだりしないんですか?

「手数はめちゃくちゃ入ってるんですけど、表情は限りなく抑えたい。一枚すりガラスがある、そのぐらいの感覚でいます」

 

――あんまり嬉しそうでもないけど悲しそうでもない。そんな遠い感じがします。

「それがモラトリアムにもつながってくるのかな。結構自分がドライな人っていうか、感情はあるんですけど、関心のない事には本当無関心なんで。そんな意味もあったりします」

 

――右上の窓の外に描かれた光あふれる風景と、室内のギャップも気になります。

「窓の外は理想ですね。『楽しい未来があるだろう』という明るい将来図は誰でもあると思います。『でも今の自分は未確定』というところを表したい」

 

――コラージュのように組み合わせていますね?

「この絵の前にコラージュっぽい絵を描きたいなと思ってやったんですが、うまくいかなくて。その意識が多分入っています」

<様々な要素を1つの画面に。描かれている情景にとびラーの興味は尽きません>

 

 

――作品は、特定の場所を想像したり個人的な昔の記憶を投影して描いてるんですか?

「特にここっていうのはないんですけど…強いて言えば左の水辺は葛西臨海公園的なところです。曇ってるけど、すごい見通しがいいのが面白いなって思って」

 

――画面左の色が重なっている部分は、何を描いているのですか?

「実は決まってなくて(笑)自分の心象風景というテーマで描いているので、他の人とリンクしないところもあっていいのかなと。このどろどろとした感じの技法を使うのはまだ2枚目。(作品は)こういうことも研究してます。っていう発表の場でもありますね。」

 

――ほかに技法でこだわったところは?

「手前のここはキャンパスを立てて絵の具を垂らしました。紙の凹凸や先に塗った絵の具の上に垂らした絵の具が溜まって、まだまだ途中なんですが、独特のマチエールが生まれたと思います。フィルターみたいな感じで質感を変えて描いていて。ピントが合わない感じでやりたいです」

<近づいてみると絵の具が溜まっているのがわかりました>

 

 

――フローリングの木目にも工夫が?

「最初白っぽい色をびちゃびちゃに塗って、絵の具を上からかけて重力で垂らしたんです。うまくいけば木目ができるんじゃないかという気がして」

 

――描いたんじゃないんですね!

「水の作用で描いてます。そういう試みをやってみました」

<水を使ってこんな風に描けるとは!>

 

 

――タイルの部分の質感も気になります。粒子が残ってる。

「盛り上げるっていう1つの最近主流な技法なんですけど。絵の具を盛り上げて上から色を塗ってやすったりすると、下の盛り上げた絵の具の色が出てきてなんか面白い表現になるんです」

 

―― タイルの目地もすごい。近づくと質感の違いがよくわかります。多彩な表現をされていると思いました。

「やれることはやってみようかなっていう感じで進めてます」

<描き方の違いをぜひ卒業・修了作品展の会場で>

 

 

Ι試行錯誤しながら描く

 

坂本さんにとって卒業制作(卒制)の230cm×180cmという作品サイズは初挑戦。色々試行錯誤があったようです

 

――初めて描く大きな作品。大変だったことなど教えてください。

「なかなか思ったようにいかず、『画面がもつか』とかのやりとりもありちょっと難しかったですね」

 

――画面がもつ?

「なんていうか…単調にみえても『もっている』ところはあるので『単調=もってない』ではなくて。手つかずだったり未完成にみえたら『もってない』かな。他の画面との比較にもなりますが」

 

作品の横にスケッチを見つけたとびラーからこんな質問が。

 

――こちらは習作でしょうか?現在の作品とずいぶん違いますね。描きながらイメージが変わってきていますか?

「そうですね。自分の好きな絵の具や偶然できた色がよかったりするので、そちらに重きを置きながら(描いています)。これはかなり(初期の)イメージすぎて、もはや気にしていない(笑)画面がよくなる方に進めばいいかなと、いじりながら考えてます。」

 

――卒制に取り組み始めたのはいつ頃ですか?

「夏休み途中の9月くらいから練り始めていました。10月になって『なんか違うな』と(自分でも)思ったり、先生のアドバイスもあって、考えやモチーフは変えず配置とかをガラッと変えてみました。10月半ばに入ってから描いてます」
「時間もなかったんで、イメージができたら大きな下絵に移って、微調節したり位置関係を直しながら直接描いていきました」

<初期に考えていたという、部屋の中でくつろぐ人物がいる日常風景のスケッチ>

 

 

――こちらのスケッチは、キャンバスなど坂本さんご自身を想像させるものも描かれていますね。それと比べると今の作品はずいぶん客観的ですが、その作業は難しくなかったですか?

「特には。客観視することは好きなので、難しいとは思いませんでした」

 

――色の計画や構成などは事前にきっちりされてるんですか?

「基本は本物寄りで描きます。形や色をめちゃめちゃ変えて、本物からかけ離れていくというのは苦手。ちょっと変えたいとかこうした方が良いなという時、色を変えるぐらいです」

 

――卒制の進捗状況は?

「昨日は90%ぐらい完成のつもりだったけど今朝見たら70%後半くらいかな。特技なのか自分の中の完成度とかっていうのが、頭のどっかにあるんで、それとパーセンテージを比較して。でもほかが進んだことで足りてなくなって、下がってみえたり」
「詰めの作業に近くはなってくるんですけど、まだ自分の中で終わりって感じはないですね。1個1個は面白いんですけど、親和性が描かれてなかったりと完成し切れてないっていうのがあります」

 

Ι表現方法を探した4年間

 

日本画との本格的な出会いは藝大入学後だった坂本さん。チューブに入った絵の具とは違う、岩絵の具の粒子感や物質感に魅力を感じ「日本画の魅力=岩絵の具」とも仰っています。

 

――色はご自分で作るのですか?

「基本混色して色を作っています。やっている人はあまりいないかもしれません。微妙な色味を表現したり、大きさの違う粒子の岩絵の具を混ぜることで、塗るときのまぜこぜした質感を出したいですね。」

 

「量の調整が苦手で」と苦笑しながら、整然と並べられた岩絵の具を小皿に出して混色のやり方を見せてくださった坂本さん。混ぜた岩絵の具に溶かした膠を入れて絵の具は完成。使う時は水を足し、色を重ねるときは上の層ほど水の量を多くするそうです。 

 

―― この4年間どんなことにチャレンジされましたか?

「ここ3年間は表現の模索だったり、今につながってくることを中心にやってました。3年間でいろんな表現方法を探して見つけて、それがまだ続いているしこれからも続いていく感じ。そうあるのがいいなと思っています」
「こういう技法をやりたいと思ったら一旦それで試して。失敗は失敗でいいやと。ただあんまり成功例が無いっていうか…そういう感じで過ごしてますね(苦笑)」
「完全に『終わった』っていうのは最近描けてないです。3年生の時はたぶん1枚ぐらいかな」

 

――ずっと続けて行く途中だから、試していく、チャレンジできる時間とご自分では捉えられてる気がしました。

「そういうところで、題名《モラトリアム》とも繋がっているんですけど…引き出しを多く作っておく時期ですね」

 

――自分の引き出しが全部1つの作品の中に親和性を持って収まったら?

「それがたぶん完成です。そこ目指して頑張っています」

<とびラーからの質問に真摯に答えてくださった坂本さん>

 

 

――藝大卒業後は?

「大学院への進学希望です」

 

――次は院で、今のチャレンジを続けて自分の本当にやりたい事を掘っていく感じですか?

「もう最悪(院には)そのまま(課題を)持っていってもいいくらい」

 

Ι卒制の裏モチーフは「水」

 

話は再び目の前の作品に戻ります。

 

――人物は水に浸かってるようですが?

「水は、イメージですけど時間の流れという表現の意味合いを持たせながら描いていて。最初言ったモラトリアムのところに通じています。自分は曖昧というかまだ決まってない状態だけど時間としては進んでいく。そんな意味合いを込めながら、水はかなり意識しながらいろんなところに入れてますね」
「浴槽からあふれている水は、絵の具に使う水の量を多めにして描いていて。そういうところも含めて、裏モチーフという感覚の(もう一つの)主題として水っていうのは扱ってます」
「フローリングの木目も、感覚的に水っぽく見えるって感じて描きました。模様、年輪とかが波の軌跡みたい見えて面白いなって。そのイメージを水と融合できないかな、と試してみました。それなら家の中が水浸しになっても。と発想を広げてみました」
「水が世の全てというか。普段意識されないけど、必要不可欠なもの。案外こういうとこに水の作用があったりするのかな」

 

浴槽からあふれる水を描く技法、フローリングの木目と重なる水のイメージ、水と時間の関係…お話からこの作品にとって「水」が重要なモチーフであることがわかりました。

 

最後に、卒業・終了作品展に来場される方に「ぜひここをみて欲しい」というところを伺いました。

 

「完成したら全部見て欲しいです。いろんなこと試してるんだな、って感覚を少しでも持ってもらえれば。表現に重きを置いているので、いろんな表現だったり質感を描いてるんだな、というのを観て貰えると描いた甲斐はあるかな、と思います」

 

「絵を描くという道は定まっている」と仰る坂本さんは、既に目指す方向を示す羅針盤を手にされているようです。自分を客観視し自らの表現を探求する姿は、ストイックなアスリートと重なりました。

 

提出までの日数が残り少ない中のご対応、ありがとうございました。4年間の挑戦の集大成である《モラトリアム》。東京都美術館の展示室で拝見するのを、楽しみにしています!

<最後に記念撮影!>

 

 


インタビュー&執筆:石山敬子・細谷リノ・遊佐操

 

アートを介して多くの人たちと関わり、素敵な時間をたくさん共有できていることに感謝しています(石山)

 

 

 

藝大生インタビューは、とびラー冥利に尽きる時間。3年連続で貴重な機会をありがとうございました(細谷)

 

 

とびラー活動で出会う人や作品にパワーを貰っています。感じた豊かさ、喜びを皆さんとシェアできたら!(遊佐)

「異種との新たなありかたを模索する、築150年の古民家での制作と生活」藝大生インタビュー2021|先端芸術表現専攻・修士2年・菅谷杏樹さん 

2022.01.27

2021年12月27日。修了作品の最終審査を目前に控え、どこか慌ただしい取手キャンパス。忙しい時期に私達・とびラー5人をこころよく迎え入れた菅谷杏樹さん。菅谷さんは、2019年より東京都西多摩郡檜原村にある築150年の古民家に居住し、養蜂、養蚕、農業を実践しながら、制作活動を行っている。檜原村での生活は、まず家を直すことから始めたという。生活・制作拠点を整え、満を持して制作された修了作品《霧を縫う-Sew the haze》藝大入学から檜原村での生活、お祖母様のご実家で養蚕を行っていたという自身のルーツに影響を受けて制作された修了作品への思い、修了後の展望をうかがった。

 

―なぜ藝大に入学されたのですか?

「美術史が昔から好きで。美術から各時代・各土地の人間がどんなことを考えていたのか、どういった感覚だったのかを実践的に学びたいと思い、高校卒業後、絵画修復・保存の道に進みました。

長い年月を経て劣化した作品を発表時の状態に近づける絵画修復・保存は、もちろん必要な分野です。ですが、絵画修復・保存を学んでいくなかで、作品が風化していく、自然に還っていくことをおもしろいと捉えるようになり、自分が目指す道とはちょっと違うなと思う部分がありました。そこで絵画修復・保存の道を離れ、原点に立ち返り、美術史を学ぶべくドイツに留学しました。ドイツで2年、美術や哲学を学ぶなかで、インスタレーションに興味を持ち、学びたいなと思うようになりました。ただ、どこの大学で学んだらよいのかわからなかったので、帰国後、瀬戸内国際芸術祭で制作ボランティアをしながら、作家のみなさんに、私のやりたいことが実現できそうな、おすすめの大学はどこかをうかがいました。そこで東京藝術大学美術学部先端芸術表現科をすすめられまして。

芸術祭終了後、そのまま藝大に受験票を出して、今に至るという感じですね。」

 

―高校から藝大を目指して、入学されたというわけではないのですね。現在は古民家で暮らしながら制作されていますが、それは偶然なのでしょうか?それとも何かきっかけがあるのでしょうか?

「私はもともと、農業や養蜂に興味がありました。学部生の時から畑を借り、農業をやってみたり、取手キャンパス内でミツバチを飼い、卒業制作を行ったりしていました。生活と創作、そして養蜂や農業を同じ場所で行いたいと思うようになり、それに適した場所を探していたところ、檜原村に行き着きました。」

幼い頃は羊飼いにあこがれていた菅谷さん。それが現在につながったのかも…。

 

―檜原村の古民家での暮らしはいかがですか?

「私が暮らしている古民家は、築150年で、本当にボロボロでした。柱も腐っていて、床も抜けていて…。修士課程を2年間休学して、家をまず直しました。

檜原村は、すごい山奥で、暗くなると、何も見えなくなってしまう。他の動物は外の状況が、自分以外の動植物がどこで何をしているかが見えているけれど、人間だけは何も見えない。火を焚かなければ、死んでしまう。ちょっとしたことから人間は非常に弱い、無力な存在だなと感じさせられます。

山で人間は、動物や植物、異種と共生しなければならない。自身の音や匂い、身体性を否応がなく共有する。都会では同種である人間に囲まれて生活しているため、なかなか気がつきませんが、山では自身の身体性を再認識するとともに、人間優位ではない世界の存在を日々感じています。

人間中心である現代において、私は異種と新たな関係性を築く必要性を感じています。ただ昔に戻るのではなく、彼らと共生していた時代、昔を見つめ直すことで、新たな関係性を築きたい。異種、とくに家畜化された生き物と人間の関係のありかたを制作から模索し、次の世代に繋いでいけたらと考えています。」

もともと古民家にあった小道具を用いて、修了作品は制作された。

 

―なぜ今回、養蚕を修了作品で取り上げたのでしょうか?

「はじめから養蚕を修了作品のテーマとして取り上げると決めていたわけではなく、檜原村への転居、祖母から養蚕を行っていた高祖母のエピソードを聞いた、という2つの事象のタイミングが重なったことから、今回の制作に至りました。

檜原村は戦前までは養蚕が盛んに行われていた場所で、私が暮らしている古民家でも養蚕が行われていたことがわかりました。そこから私が今、暮らすこの家で、昔はどんな風に養蚕を行っていたのだろうと想像するようになり、養蚕のことを少しずつ調べていくようになりました。

また今年の3月に他界した私の祖母の実家でも養蚕を行っていたことがわかりました。祖母が亡くなる前に、養蚕を行っていた祖母の祖母、私にとって高祖母にあたる人、が繭を口に含み、口から糸を出して、それを巻き取る光景を目にしたという、祖母の幼少期、4歳ぐらいの時の記憶を話してくれました。私はその光景を不思議に思い、繭を口に含み、糸を巻き取る行為についても調べるようになりました。」

 

―実際に蚕も育てられたのですよね?蚕を育ててみて、いかがでしたか?

「大変でした、とても…。私は初心者だったので、1回に50〜70匹を育てることを何回か行ったのですが…。蚕は非常に手間が掛かる、なかなかわがままな生き物で、餌として新鮮で濡れていない桑の葉をこまめにあげないと死んでしまう。体に光を当ててもいけない、温度湿度管理にも気をつけなければいけなくて…。

蚕は、人間が快適だと思う温度湿度で過ごすことが最適な生き物で、昔は人間と同じ居住空間のなかで育てられていたそうです。この手間が掛かる養蚕を、高祖母の時代には40%近くの農家が行っていたことを知りました。昔の人達の大量の虫を育てて一緒に暮らすという異種への距離感、彼らが異種との密接な暮らしを受け入れていたことが非常に興味深いなと思いました。

養蚕は「お蚕様(おこさま)」と称され、聖徳太子も「子どもを育てるように、蚕を育てなさい」という言葉を残していています。

近代以前、蚕は多くの人間にとって近しい生き物であった。一方、現代、多くの人間は蚕だけでなく、虫を子どものように育て暮らす感覚をあまり抱かないのではと思います。その隔たりから、私の創作テーマである家畜化された生き物と人間の関係についても改めて考えました。「家畜」と聞くと、人間が搾取している印象が強いし、そういった側面が実際にあると思います。この搾取構造は必ずしもいいものとは言えず、変えるべきだと思います。

しかし馬や牛を見ると、原種は絶滅しているけれど、家畜化された種は人間による種の繁栄に成功している。もはや可哀想だとか、私達人間が抱く一元的な印象だけで、家畜化された生き物と人間の関係は捉えることができないものになっていると考えながら、作品を制作しました。」

意外としっかりしている、固い感触の蚕糸に驚くとびラー。

 

― 修了作品《霧を縫う-Sew the haze(とくに映像、壁に掛けられた喪服に関して)を紹介しながら

「高祖母は祖母が9歳の時に亡くなりました。

今回、高祖母が幼い孫である祖母にむけて残してくれた喪服を私が着て、こちらの映像に出演しました。この喪服は、高祖母が育てた蚕の糸から作られています。私は、蚕が繭を作るまでの行為と高祖母がこの喪服を作った行為を重ねて捉えています。

蚕が口から体液を外に出し、外に出された体液が繊維化することで糸となり、やがてその糸が繭へとまとまるように、祖母は繭を口に含み、その祖母の唾液が含まれた蚕糸が外に出され、紡がれ、喪服となった。この喪服は、いわば高祖母にとっての繭であると。

私は、祖母の葬儀で初めてこの喪服を身に纏ったのですが、不思議な感覚に包まれました。そこで私は高祖母の行為をなぞるように、繭を口に含み、外に出す行為を映像に残したのですが、これは高祖母と蚕が近しかった感覚を体感的に理解すると同時に、私もまた次の世代に自分の繭を残したいと思ったからです。なので、あえて今回はこの糸で何かを作るのではなく、糸だけを残して、作品としました。」

菅谷さんが実際に育てた蚕の糸で制作された修了作品

 

―映像制作で苦労されたり、悩まれたりした点はありますか?

「私は今回初めて映像作品に出演しました。それに関して葛藤がありました。本当は制作だけで、映像出演はしたくなくて、他の方にお願いしようかなとも思ったのですが、この映像は私の家族のお話なので、私が高祖母を演じることに必然性を感じて、出ることにしました。

実はこの撮影はすごく難しくて…。暗い部屋で黒い喪服を着て、細い糸をうまく光らせることができず、何回も撮り直しました。糸を光らせるためには部屋を暗くする必要があるけれど、あまりに暗いと、今度は喪服が同化して見づらくなってしまう。私の映像技術では難しかったです。」

菅谷さんが口から糸を出して、巻き取るシーンは必見!

 

―ご自身が育てた蚕が作った繭から糸を紡いで作品を作られた思い、感想はいかがですか?

「卒業作品でミツバチを扱った時にも感じたのですが、私だけでは確実に作れないものを作ってもらっている、私一人が完全にコントロールすることはできない生き物に関わる作品制作のプロセスが私にとっては楽しかったです。

ミツバチの時同様、蚕を飼いだした時も私が蚕をしっかり飼えるのか、どういう感情が湧くのか、全く未知数の段階ではじめました。実際に飼い、養蚕について調べていくなかで、昔の人が抱いた“お蚕様”、子どもを育てるように蚕を飼う感覚を確かに実感し、養蚕はこの心理的な近さがなければ成り立たないものだなと思いました。高祖母が繭を口に含んだという行為もこの距離感でずっと暮らしていたのならば、自然な流れによるものだったんだなと納得できるようになりました。」

 

―家畜化された生き物のなかでも、ミツバチや蚕、虫を作品に取り上げられてきたのはなぜでしょうか?

「哺乳類は比較的コミュニケーションがしやすいため、家畜、家族として受け入れられやすいと思いますが、虫はコミュニケーションがしにくく、異種としての印象が強いと思います。虫とどのように繋がり、家畜としてきたのか、それが非常に興味深いなと思い、作品に取り上げるようになりました。」

 

―お祖母様もまた養蚕を行われていたのでしょうか?

「いえ、行っていません。ただ高祖母の繭を口に含んだ行為は、本当にあったことか、それとも祖母の記憶違いなのか、気になって、親戚にも確認しました。親戚はみな「見たことがある」と言っていて。ただ見たことはあるけれど、それぞれ、高祖母の行為に対する意見が異なりまして。「あれはただの子どもの遊びだ」、「そうやってちょっとした縫い物をしていた」という人もいて。本当のところは分からず。他にもいろいろな史実資料を調査したのですが、祖母のような行為をしていたという記録は見つけることができませんでした。

「日本書紀」には養蚕起源神話が残されています。月夜見尊(つくよみのみこと)は、天照大神(あまてらすおおかみ)に命じられて保食神(うけもちのかみ)を訪ねました。保食神は自身の口からごちそうを出して、月夜見尊をもてなそうとしました。しかし月夜見尊はごちそうではなく汚れた吐物を出されたと思いこみ、保食神を殺してしまいます。天照大神は、月夜見尊に代わって天熊人(あめのくまひと)を殺された保食神のもとへ派遣したところ、保食神の体の各部位から牛や馬、さまざまな穀物が生まれており、繭からは蚕が生まれたことがわかりました。天熊人は天照大神のために保食神から生まれたものをすべて持ち帰りました。そこで天照大神は蚕を口に含んだところ、口から糸を引き出すことができ、ここから養蚕がはじまったとされています。この起源から考えるならば、高祖母の行為もありえなかったものではなく、起源に近い行為であったのかなとも思うようになりました。」

―学部から大学院前期課程まで8年、藝大で過ごされてみて、いかがでしたか?

「長かった…。ともに制作して、いろいろ言い合える仲間ができたことはかけがえがないですね。やっぱり同期生、一緒にやってきた仲間が、私のやってきたこと、やりたいことを一番わかってくれる。「こうしたいなら、もっとこうすればいいんじゃない?」と的確にアドバイスをくれることはありがたいです。」

 

―修了後の展望は?

「修了後も引き続き檜原村を拠点に活動していきたいです。檜原村では『ひのはらアートプロジェクト』という現代アートの展覧会が今年初めて開催され、私も作品を出展しました。今後もこのプロジェクトに出展したり、現在の家はすごくいいロケーションなので、お宿を営めたらと思ったり…。

檜原村を一時的な祭が開催される場所としてではなく、細く長く、そこにいくと誰かが何かをやっている状態にしていけたらと考えています。」

檜原村に転居しても藝大の友人との交流は続いているという。友人が檜原村に遊びに来てくれたり、緊急事態宣言中の買い物に困った時には、友人に檜原村で取れた竹の子を送ったそうだ。

 

 

—インタビューを終えて

お話を聞けば聞くほど、菅谷さんが描く世界に魅了され、「もっともっとお話を伺いたい!菅谷さんの他の作品も見てみたい!」と思った1時間半。私達とは異なる視点で、この世界を捉えている菅谷さん。一度、菅谷さんの目になってこの世界を見てみたら、どんな風に見えるのだろう。養蜂、養蚕、農業も実践し、作品制作にとどまらない菅谷さんの活動。彼女の今後が楽しみでたまらない。

(インタビュー・文・とびラー)


取材:有留もと子、安東豊、佐々木杏奈、竹中大史、松本知珠
執筆:松本知珠

 

9期、活動2年目のとびラーです。

私も幼少期に蚕を飼っていたことがあります。蚕が小さい箱のなかで立てていた「カサカサ、カサカサ…」という音は今でも耳に残っています。山と海に囲まれた伊豆で育った私は、登下校中に猿や野犬、ヘビなど様々な動物と遭遇したこともあります。台風が発生した時には、家から見える波の高さに驚き、安全な場所に逃げたいけれど逃げることはできない…、なんとも言えない恐怖を感じたこともありました。菅谷さんの作品とお話から、いつもは気に留めていない幼少期の記憶がふわっと浮かび上がりました。ぜひ菅谷さんの作品を実際に鑑賞し、多くの方にも、「いま・ここ」を離れて、自分自身しか思い描くことのできない情景を描いていただけたらいいなと思っています。(松本)

2021鑑賞実践講座⑦|「1年間のふりかえり」

2022.01.27

第7回鑑賞実践講座|「1年間のふりかえり・この活動の目指すところ」

日時|2022年2月14日(日)13:30〜16:30
会場|オンライン
講師|稲庭彩和子(東京都美術館 学芸員・とびらプロジェクトマネジャー)、三ツ木紀英(NPO法人 芸術資源開発機構(ARDA))
内容|
・「作品選び」について
・1年間のふりかえり・この活動の目指すところ
―――――――――――――――――――――

今年度の鑑賞実践講座最終回となる第7回では、稲庭彩和子さん、三ツ木紀英さんを講師に迎え、あらためて1年間の学びと実践をふりかえり、この活動の目指すところについて、みなさんで考える時間になりました。

 

 

稲庭さんからは、歴史的な流れの中で「対話的な学び」が必然性をもって生まれてきた背景について、また、ミュージアムが今なぜ「民主的な対話の場」として価値づけられようとしているのかについて、とびらプロジェクトのあり方と結びつけてお話しがありました。

 

とびラーは、稲庭さんからの話を受け、「とびらプロジェクト」で対話的に学び、アートを介して民主的な対話の場を生み出していく活動がどんな意味をもつのか、あらためてこの「活動」の目指すところについて、この1年の体験をもとに話し合いました。

 

とびラーは、1年間の講座やとびラボやプログラムでの活動の中で、とびラー同士やプログラム参加者とともにモノを見つめ、対話する実践を繰り返してきました。
その中で、固定化しがちな一方向的なモノの見方に自ら気づき、
他者と一緒にさまざまな視点からもモノをみつめる楽しさや、
そこから生まれるウェルビーイングな状態を実感したとびラーも多かったと思います。

 

 

後半は、2〜6回の講座を担当してきた三ツ木さんと、稲庭さんによる対談を行いました。

コロナ禍で一般化したオンラインでの作品鑑賞とホンモノの作品を前にした鑑賞との明確な違いについて、また、アートを鑑賞することの魅力の本質について、実感をもって語られる三ツ木さんと稲庭さんのトークにとびラーが耳を傾けました。

 

 

講座の間、Zoomのチャットには、とびラーからの声がたくさん届けられました。それぞれの体験から講座での学びを振り返る言葉の数々に、とびラーが一年間体験してきた場の一つ一つが「民主的な対話の場」となっていたことを実感できる最終回でした。

 

オンラインでの学びと、美術館での実践の積み重ねてきた2021年度鑑賞実践講座、これにて解散です。みなさん、ありがとうございました!

 

(とびらプロジェクト コーディネータ 越川さくら)

「絵を描いている世界と、絵の中の世界。ふたつの世界を行き来しながら描いていく」藝大生インタビュー2021|芸術学専攻 美術教育研究科 修士2年・小佐川 麗さん

2022.01.25

12月23日、年末にしては暖かな日差しの東京藝術大学取手キャンパスのバス停で小佐川さんと落ち合ったのは、とびラー4名とスタッフ1名。校舎内に入り奥まったアトリエの扉を開けると、床に置かれた絵と色とりどりの絵の具皿が目に飛び込んできました。小佐川さんには、1月28日から始まる卒業・修了作品展に向けた締め切りが迫るなか、私たちの質問に笑顔で真摯に答えていただきました。

 

―まずは自己紹介をお願いします。

出身は、北海道の旭川です。小さい頃から絵を描くことが好きでした。学部は金沢美術工芸大学で日本画を専攻していました。日本画を専攻した理由は、美大受験の際に日本画専攻だと水彩画を描くのですが、油絵よりも水彩画が好きだったからです。今もスケッチは水彩画でしています。大学院から藝大の美術教育に入りました。美術教育に来たけれど教員免許は持っていませんし、研究内容も美術教育とは関係ありません。じゃあ、どうして来たかというと、色々な専攻の人がいて、フラットに芸術ってなんだろう、教育って何だろうと考えられる場所だと思ったからです。

 

―インスタグラムの写真を見ると、家具や、缶詰のカンなど家の中のものをモチーフとした作品が多い印象ですが、何かこだわりがあるのですか?

他人の部屋を描くのが趣味なんです。(スケッチブックを見せてくれながら)人の生活に合わせて絶えず動き続けるモチーフに魅力を感じています。他人の部屋を観察していると、配置の癖に気が付いたりして、人となりが見えて面白いと思いました。私と同世代の部屋を中心に15軒ぐらいは訪ねたでしょうか。半日ぐらいかけて、彩色までその場でさせてもらっています。

 

 

―修了制作の作品について

作品タイトルは『矩形の外』です。タネ明かしをすると、この作品は絵がはけた(搬出された)後の絵で、元々は中央の空間に絵がありました(実は壁に立てかけてあった『ほおずき』がその絵だそう)。作品の中には描かれていませんが、中心にあったはずのものがこの絵の主役みたいなものだと思っています。今はまわりに散らかっている絵皿など、絶えず動いていくものにインスピレーションを貰いながら、描き進めているところです。絵を描いている現実世界から、絵の中にフィードバックしていく過程が楽しいです。現在のところ、トータルの制作時間は1ヶ月。絵と対話する中で構図や色を整理して描いています。

 

壁に立てかけられた、左から二枚目が「ほおずき」

 

日本画の画材

絵皿に出した顔料を温めた牛の膠(にかわ)で溶いて、絵の具をつくります。金沢にいたときは寒さで膠がすぐに固まってしまいましたが、取手の寒さはそれほどではありません。(所狭しと袋や小瓶に入った顔料が散らばったあたりを見回して)顔料はここに何色あるか、ちょっとわかりません。石をトンカチで砕いてすり鉢で粉々にし、水に沈殿させることを繰り返すと、粗さの異なる絵の具ができて面白いんですよ。現在は購入した顔料で描くことがほとんどです。支持体の和紙は楮紙(こうぞし)が多いですね。和紙のふわふわな質感がとっても可愛いなと思っています。今回のパネルは大きいですが、水貼りは一人で行いました。

 

 

―どういうふうに絵画を描いているのでしょう?

小さなプロトタイプみたいなものを作ってから、気楽に描いたスケッチをきっかけにしてスタートするのが好きです。最初から力作を描こうとするのではなく、力を抜いて気軽に取り組みたいと思っています。締め切りに追われて辛い時もありますが、やっぱり描いているときは楽しいです。普段はラジオを聴きながら描いています。絵をどこで終わりにするかは、絵を描く人間にとって永遠のテーマですかね…。とりあえず、締め切りというゴールに向かいます(笑)。この絵を描く時はスタイロフォーム(発泡断熱材)に乗りながら座布団に座るような格好で描いています。

 

 

―好きな作家はいますか。

画家の神田日勝が好きです。日本画を描いていると、出身地や日本人としてのアイデンティティを問われることがありますが、神田日勝は私と同じ北海道出身でもあるため、好きになりました。ベニヤ板に油彩で絵を描く神田日勝は、馬の作品が有名ですが、画室のシリーズがあるんです。私は学部の卒業制作でも自室のアトリエを描きましたが、そのころから気になっている作家のひとりです。

 

―どのような修士論文を書かれたのでしょうか。

絵画の空間表現について調べて論文にしました。私達が見てリアルだな、うまいなと思う絵は科学的な遠近法とか立体視が使われて描かれていると思います。例えばビルを見上げた時の傾きをどう表現するか。今では当たり前となっている空間を表現するための手法も、人の長い歴史の中で発見されてきたものです。昔の人には世界がどうみえていたのか、ということに興味がありました。昔の日本の古典絵画は、人の顔がベタッと描かれ、建物も全部斜めだったりして、その違いもどうして起こったのか。東洋と西洋では空間のリアルさを追究する過程もだいぶ違っていて、その違いもどうして起こったのだろうと考えながら論文を書きました。こうみえるという思い込みや正しさが先行してしまい、昔の人が本来みていたような見方ができずに悩みました。美術教育の専攻ですが、理論研究も一つの教育と解釈しています。どのように知見を活かしていけるか、これからも考えていきたいです。

 

 

今まで制作してきた中で、お気に入りの作品はありますか。

やっぱり学部の卒業制作です。今制作している絵と似ていますが、当時は使い慣れたアトリエを描きました。シミや絵の具の溢れた跡や同級生の制作スペースもあるなかで、丹念に描き上げました。とっても上手い作品というわけではないと思いますが、アトリエで過ごした時間も描いているようで、思い入れのある作品です。もしも絵を手放すことになったら、買ってもらうのは有り難いですが、ひとつひとつの作品に時間をかけて制作していて愛着もあるので、嬉しい反面切ないです。

 

これからについて

一般企業に就職が決まっていて、働きながら絵を描いていくことにしました。仕事と描きたいものは完全に分けたかったからです。これからも作品を公開していきたいと思っています。

 

小佐川さんの他の作品が見られるインスタグラムアカウントはこちら:@osagawa0

 

 

■インタビューを終えて

 

 

制作中の絵をみる機会はほとんど無いので、インタビューは貴重な時間となりました。修了制作は、今回話を伺ったアトリエそのものが描かれているので、制作途中であっても細部までよりリアルに感じることができました。時間の経過とともに絵の制作過程を動画で追っても面白そう。小佐川さんの作品には、繋がったストーリーがそれぞれあるようなので、いつかラフスケッチから、全ての絵を並べてみてみたい、そんな気持ちになりました。

 

実は、とびらプロジェクトの「鑑賞実践講座」で「対話型鑑賞」に出会っていた小佐川さん。(東京藝術大学の履修科目「美術鑑賞実践演習」では、とびらプロジェクトの鑑賞実践講座を履修することができる。)これまでの美術教育での学びとはことなる作品との関わりに衝撃を受けたとのこと。作品のプロフィールによらない”様々なバックグラウンドを持った複数人で作品をじっくりみて話して、作品と関わりを持つ”ことが、作品への深い理解につながる。この経験をしたことから、展示室で自分の作品をみている方を見かけると、「この人は何を思っているのだろう?」と気になる様になったとか。自分の作品で対話型鑑賞がうまれたら面白いかもしれないと語ってくれました。

 

卒業・修了作品展でどのように作品が展示されるのか、今から楽しみです。みなさんも作品を前に様々な思いを巡らせていただければと思います。

 


取材:岡庭正行、朴咲輝、篠田綾子、三宅典子(アートコミュニケータ「とびラー」)
執筆:岡庭正行、朴咲輝、篠田綾子、三宅典子
編集:三宅典子

 

定年退職し、ボランティア活動、新しい学びや農業に取り組んでいます。インタビューでは面白い、好き、楽しいという言葉が何度も出てきて、本当に描くことが好きなんだなと感じました。(岡庭正行)

 

 

NPO法人にて保育園運営業務に従事。インタビューでは自身の好きなことに真っ直ぐ取り組み続ける作家の姿に胸を打たれました。子どもも、親も、「自分の好き」とじっくり向き合える機会を作り続けたいです。(朴咲輝)

 

 

とびラー1年目です。描くことを仕事にするのではなく、仕事と描きたいものは完全に分けたいとのお話しが、ずっと絵を描いていく人なんだなと印象深かったです。(篠田綾子)

 

 

仕事では、小学生に図工を教えています。小佐川さんの絵画と現実世界の境界が曖昧になるような感覚にワクワク。子どもたちにも紹介したくなりました。(三宅典子)

「作品を見て、なんで?なぜ?と問うてほしい」藝大生インタビュー2021|絵画科油絵専攻・学部4年・奥村研太郎さん 

2022.01.25

昭和生まれの私たちとびラーが訪れたのは、昭和感が漂うショッピングセンターを改修し2007年にオープンをした「井野アーティストヴィレッジ」。東京藝術大学と茨城県取手市が連携して、若いアーティストのための共同アトリエとして貸し出している。
その一室が絵画科 油画専攻・学部4年の奥村研太郎さんの創作場(アトリエ)です。
床一面に平置きされた大きな卒業制作の作品の前でお話を聞きました。

印象的な黒くすすけた柱が3本不規則に並んでいて、周りを囲む額縁のような板の上全体には隆起した山や蛇行した線がついた白い砂が枯山水のように広がっています。
「これが卒業制作の作品ですか?」
「そうです、これに映像を重ねます」
と挨拶も早々に、部屋の電気を消してプロジェクターからの映像を重ねて見せてくれました。
次々と変わる地図のような映像が映し出され、「おおおおっ」と声が出てしまった。

(私たちの)この反応は正解ですか?と、問いかけると、部屋は暗くて表情は見えませんが、「えぇ、はい…」と照れたように答えてくれました。そして静かな口調で丁寧に作品について語ってくれました。

作品の材料を教えてください。

砂・木材・映像です。
砂は「寒水石」といって日本庭園や枯山水で使われる砂の一種です。この柱は藝大の上野キャンパスの近くの木造アパートを解体しているところからもらってきました。柱は不規則に削って表面を焼いて、設置しています。映像は都市や銀河の名前や場所などを板の上に投影しています。柱の木材としての物質性や、解体前の記憶をいくつかの地図の映像と組み合わせて、展示したいと考えています。作品の舞台部分は、大きな4つのパネルが組み合わさってできています。卒業・修了制作展では、これを解体して持って行き設置します。

その都度、イメージが変幻していく感じですか?

はい、この砂は撒いてあるだけで固定していません。規則を作るのではなく、自らの身体の変化や環境の変化が間接的にこの砂の部分に現れます。絵を描く行為と似た感覚で、箒を使って形をつけています。

 

柱をそのままでなく、黒く焼いたのはなぜですか?

“表面的な死”という意味を込めています。燃やされる前も、建物の一部だった柱が解体されて、機能面での生を失ったものと言うことができます。柱の表面のみを燃やした段階では、木材の芯の部分はまだ生きている。この柱が生きているのか死んでいるのか、どちらとも言い難いような、揺れ動く状態に持っていくために燃やしています。

柱の上部だけを彫ってあるのは、角材から人のカタチを彫り出すようないわゆる彫刻作品とは違って、一部だけ自分の生々しい手つきが入っているようにしたくて行いました。実際に彫ってみて初めて柱が自分のものになるみたいな気がします。

―柱は最初から構想にあったのですか?

そうですね、過去に作った作品でも欠けて折れたりした上で燃やされた木の柱を白いバックグラウンドに貼り付けて、映像と組み合わせています。そのような過去作品の流れで、卒業制作でも炭になった柱という物質を使っています。

 

《森森流熵(しんしんるしょう)》というタイトルの作品になります。この作品は遠くから見ると平面として映像が見えてきて、近くから見ると木材の質量感があり、2つの視点での見え方を狙いとしています。タイトルの最後の一文字の「熵」は中国語でエントロピーという意味です。エントロピーは熱力学で使われている概念で、簡単に言うと物のランダム性の度合いを指しています。たとえば、同じ容器の中で温度の高い水と低い水が仕切りによって隔てられているとします。その仕切りを取ると自然と中くらいの温度に落ち着きますよね。この状況を説明する際に、分子の運動の激しさが高いことを「エントロピーが高い」とし、逆をエントロピーが低いとするような表現方法です。時間的にマクロの視点で見ると分子の乱雑度がどんどん増大して発散していくと言われています。

 

人にしても木にしても、生まれてからしばらくしたら死んでいきます。最終的には燃やされて、煙になって空に登っていく。人が自然に感覚できるスケール感からすると、空に登っていく時点が同一の生命に関して最もエントロピーの高い状態だとも言えます。死してもなお、この体を構成していた分子は他の生命の一部になる。それは、エネルギーによってエントロピーが再び低い状態にもどる現象が起きているということです。タイトルについて説明すると、「森森」で森羅万象のイメージ、そして森羅万象が「流」れるという意味になっています。柱を燃やし、映像によりその欠落を補完するという行為で、生と死に直接アプローチできるのではないかと思います。

過去の作品《森森琉熵》をタブレットで見せてくれた。

 

焼いた柱に惹かれるのは?

細長く立っているという形態が大事で、ポツンと屹立しているとじっと見てしまう。人も同じく細長い形をしていて、柱が擬人的に見えるっていうのもあるかもしれないです。一個の生きているもしくは死んでいるものの象徴として、僕には人に見えてしまいます。

 

記憶のうつり変わりや時間の流れみたいな感じですか?

そうですね、確かにその部分も大事です。しかし、一番大切にしたいのはある対立なんです。どんどん移り変わっていく儚い要素と、それに対する素材の重さや、質量。どうしてもその儚い部分として、炭の柱を使う必要がありました。

展示では、映像を床に投影するのと同時に、壁にも投影して全体感が見えるようにしたいと思っています。

 

―今回の作品のタイトルはなんというタイトルですか?

長いタイトルを付けてしまいました・・・笑

《写像形式的沖火―Ⅲ.消去の論理像 Animortem of Pictorial Form―III.Logical Picture of Delection》といいます。

一つのシリーズとして自分の最近の制作を捉えたいなと思っていて、「写像形式的冲火」というシリーズの「Ⅲ」番目に位置付けました。先ほどお話しした《森森流熵》よりさらに前に、同じく炭の柱を使った作品があります。それをこのシリーズの最初とし、《森森流熵》がⅡで、今回の作品をⅢとしました。

 

この作品のデッサンとかはしましたか?

構想の段階ですね。最初は小さいスケッチブックにドローイングして、こういう景色を見たいというイメージを描くということをしました。一番始めのドローイングの段階では、「白い海みたいな砂が柱に打ち寄せていたらいいな」みたいなぼんやりしたイメージを持っていました。そこから時間をかけて、パソコンで3Dを使って試してみたりして、シミュレーションしていました。

 

生と死を取り入れようと思ったのは?

この主題を扱おうと思ったのは大学に入ってからです。もともと、粘菌みたいな生物の複雑性やビジュアルが好きでした。粘菌というのは、少量をシャーレに放置しておくと自然と東京の路線図みたいな複雑な形に派生していくような不思議な生物です。絵を描くときもそのように複雑な視覚効果を求めて作品を作ることが多かったのですが、他のメディアの魅力にもだんだんと触れるようになりました。

メディウムから出発した実験を色々している中で、複雑性を持つということ、また、情報という概念自体が、生命に特有のものであることに自覚的になったんですね。そこで、DNAというモチーフを使って制作をしてみた作品があります。DNAは、A、T、C、G四種類のシンプルな塩基で構成されながらも、その組み合わせによって物凄い種類のアミノ酸やそれをさらに組み合わせてタンパク質が生成されています。精巧なシステム自体の素晴らしさもありますが、やはりこの複雑性は生命であるからこそ可能なのだという気づきがありました。このような過程を経て、「生命とは、非生命とは何だろう」という改まった問いの立て方をしてみるようになりました。

生や死を身近に御経験されたのですか?

祖母が亡くなったことは大きなきっかけの一つでした。長男として、お葬式で初めてお骨を拾うという最後のところまで参加しました。その時、人が死んでしまった後の儚さを感じました。拾えるぐらいのお骨は遺るけれど、他の物質はほとんど全て無くなってしまったように思えた。しかし理性的に考えると、無くなるというより、見えないぐらい細かくなって移動して、他の物質とつながっていくと言った方が正しいですよね。物理的に人間を捉えるなんて言うと冷たく聞こえますが、お骨と空に登っていき拡散する物質に関しては、そのような視点が救いになることもあると思います。

 

油絵専攻ですが、この形に進化した経緯はなんですか?

色々なメディウム(媒体)を試したいという思いが強くありました。油絵具も、様々な表現方法があって楽しいのですが、重量、質量をそのまま扱う立体や、時間軸が付加される映像など他のメディアを作品に使いたいと思いました。

 

現在は制作のために取手に引っ越したそうですね

井野アーティストヴィレッジの近所に住んで制作をつづけています。上野キャンパスのアトリエは、時間の制限もあってそれに左右されてしまうので、時間を気にせず制作したいと思って借りました。今年の初めに4ヶ月ほどシンガポールのラサール芸術大学へ交換留学で行きましたが、本格的な一人暮らしは今回が初めてです。

シンガポールでの留学生活は作品作りに影響はありましたか?

今回、地図を立体物の上にマッピングしようと思ったのはシンガポールでの気づきが大きい影響を持っています。シンガポールではCOVID対策の一つで国民の位置情報を把握するアプリを国民全員がスマホにダウンロードしていて、感染者が出た場合の追跡を可能にするために、建物やお店の入退場時刻などを毎回記録するというのがスタンダードになっていました。そのアプリで常に動きが俯瞰的に把握されているのだなというなんとなくの実感をもとに、現地では地図を重ねてドローイングしていました。「地図」、というのがキーワードになりそうだ、というくらいの感覚です。そこから、「マッピング」=地図を描くという行為が、「投射する」「写像する」という動詞に翻訳されることもあるということを知り、今回の作品で地図を扱う根拠になりました。ある情景を文章に起こすのも、写像の一種と言えます。通常の地図は、私たちが歩きまわっているこの立体的で五感的な環境を、必要な道路・建物などの要素だけを抽象して二次元に写し出した像です。つまり、現実世界から像に置き換わる時に、ある解釈が必ず入っているわけです。この、地図に代表されるような写像行為における解釈のレイヤーを見つめていきたいという思いがあります。

 

今流している映像では、地図は4種類あって、コロンビアのどこかの都市だったり、いくつかの銀河の名前を宇宙マイクロ波背景放射という画像に重ねて「宇宙の地図」と自分で呼んでいるものがあります。さらに、消防用のマンハッタン市街地の地図と、金星の地表の航空写真にグリッドや架空の地名を加えて自分の頭の地図と呼んでいるものがあります。このようにスケール感が違うのは、地図行為、写像行為の恣意性を意識したためです。都市の地図がゆらゆら写っているところから、パッと銀河規模の地図に移り変わるようになっているのですが、一瞬でこのようにスケールを飛び越えられるのは、いくらでも細かく、あるいは大きく世界を写像することができるということに起因していますよね。この不確かさ、世界を「解釈する」というレイヤーが、そのままで見えるわけではないけれど確実にあるということをこの作品の根幹としています。

 

日々入ってくる情報によって作品は変化していきますか?

関心があることは勉強していくようにしています。今、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインというオーストリアの哲学者が大事だなと思っています。《消去の論理像》のマッピングという行為に彼の「像理論」が深く関係しています。

 

ウィトゲンシュタインは、数学や論理学をバックグラウンドにした哲学者です。『論理哲学論考』という有名で賛否両論な著作があるのですが、その中で彼は、語りえることだけを語ろう、語り得ないことは確実にあってそれは語ろうとしない方が良い、という主張をしています。その際に中心となっているのが、「像」の理論です。数学の集合論の一番基礎で紹介されるような概念ですが、集合論が数学の根っこであるということもあるくらい大事な概念です。ウィトゲンシュタインよりも前の哲学者も似たような概念を使って世界を説明していましたが、その記述の正確性と、言語によって語り得ないことの線引きをしたという点において重要な哲学者だと言えます。像理論を、リンゴを例にして説明してみます。目の前にリンゴがある。そこで僕が、「リンゴがある」という文字を書いてみたり、発声してみたり、その光景を絵を描くというのがリンゴを写像するという行為です。現実世界という状況がまずあって、そこからリンゴという事物を切り出して何かしらの表現をすることで、表現された結果の方が像と呼ばれます。そして、この行為が写像と呼ばれます。ウィトゲンシュタイン自身はこの像を命題と言って文章のみで考えていましたが、とりあえず今は絵で考えてもいいと思います。さらに、現実のリンゴからリンゴの像が作り出される時、どうやって変換されているのか?少しゴツゴツした球体のような形態を持って、赤い色彩、斜め上の光源から生まれる陰影が、そのように捉えられる時、どうやって絵として変換されるのか?この形式のことを写像形式といい、写像形式は言語自体では(絵を描くという言語の中では)語ることができない、形式自体を描くことはできないということです。この像理論が大きな重要性を持っています。

(奥村さんのKindleから)

 

写像はこの作品の裏テーマですか?

はい。むしろ、作品の根幹になっています。「写像」という言葉は、数学や哲学の文脈で出てくることが多いため小難しく聞こえますが、元の英語だと「Mapping」なんですね。つまり、地図のことなんです。さらに、「像」というのも、元は「Picture」なんです。リンゴをみて、リンゴのPictureを作る。それがMappingです。だから、地図を作り、地図を投影することも、マッピングしたものを改変しさらにこの現実世界に再びマッピングするという行為なんです。

ただ、ウィトゲンシュタインは「語り得ないものについては沈黙するしかない」と言いながらも、『倫理学講話』という講演の中では語り得ないものについて必死に語ってみようとする、語り得ないということは知りつつもなんとかつかまえてみようとするような、ひたむきな姿勢を支持しています。《消去の論理像》においても、写像形式が、示されるだけではなく、語られ、立ち上がってきてくれたら、という思いを持っています。

 

―制作をしていないときは何をしていますか?

本を読むことが多いです。理系ではありませんが、科学的な世界の捉え方と、その限界に興味があります。

 

将来は?

外国に拠点を置いてみたいと思っています。計画では、再来年ロンドン芸術大学のセントラルセントマーチンズに行こうと準備をしています。英国英語が好きなのと由緒ある大学で学びたいと思いました。1年半ほどフリーターをし、準備を整えてマスターを取りたいと思っています。今のような形でやっていけるのかわかりませんが、何かしらお金を得て制作を続けられるようにしたいです。

―インタビューを終えて

奥村さんとインタビューしながら穏やかで落ち着いたその口調から語られる熱い思いはまさに彼そのものがエントロピーのようだと思いました。目の前の作品とそのプロセスの複雑さは、説明されても容易にはわからないかもしれない。けれど、わかったふりはしなくていい。それだけはわかった気がします。

(インタビュー・文・とびラー)


取材:藤田理子、中島弘子、水上みさ
執筆:藤田理子

 

ものすごいスピードでいろいろなことを吸収して消化していく奥村さん。静かに語る口調の中に秘めたる情熱を感じ、アトリエの冷えも相まって青い炎のように感じました。私の生きている時間とは違う速度で暮らしているのではないかと思っていたら、得意料理は豚バラキムチと聞いてほっこりしました。(藤田)

 

 

「最適な修復方法を見つけるまで実験を重ねる」藝大生インタビュー2021|文化財保存学専攻 保存修復工芸研究室 修士2年・趙依寧さん

2022.01.25

12月の寒空の下、校舎の前でにこやかに出迎えてくれた趙さんは、保存修復という少し硬いイメージとはかけ離れたやわらかい雰囲気の女性でした。案内された地下の研究室でまず目に入ったのは顕微鏡やその後ろの壁に貼られた元素周期表。奥の部屋には電気コンセントに繋がれた超音波洗浄機や保温槽が並び、何だか理科の実験室のよう。そんな中でインタビューが始まりました。

 

 

保存修復・日本・藝大、それぞれとの出会い

 

―保存修復を専攻しようと思ったのはいつ頃ですか?

高校3年生の時に中国の文化財修復の展示で修復前と修復後の写真を見て、こういう専門分野もあるのだと初めて知りました。それまで文化財には特に興味がありませんでしたが、展示を見た後に興味が湧き、上海視覚芸術学院に入学して陶磁器の修復の勉強を始めました。卒業後、将来文化財保存に関わる仕事につきたいと思い、知識を深めるために藝大の大学院に進みました。日本に来たのは、(修復に対する考え方も様々なので)中国だけでなく他の国の方法も知ったほうがいいと思ったからです。文化財は後世に伝えていくべき貴重なものなので、それを修復することは重要だと思います。

 

―日本語がとてもお上手ですね。どれくらい勉強されたのですか?

大学3年生の時に日本に留学することを決めて、それから日本語の勉強を始めました。

 

―日本と中国の修復に対する考え方の違いはどういうところですか?

私が大学で学んでいた頃は、中国では作品を欠損がなく完璧に、オリジナルと同じように戻そうとしていました。それに対して、日本やイタリアでは、修復した部分がわかるように色を少し変えておくようなやり方が主流でした。中国も今ではそのようなやり方になってきています。完璧に直すにしても、修復部分がわかるように直すにしても、文化財に対する考え方は同じ、後世に貴重なものを伝えたいということだと思います。

 

■修了研究について

 

―卒業・修了作品展(卒展)に出展する作品について教えて下さい。

「瀬戸美濃鳥形陶器皿」という東京都千代田区有楽町一丁目遺跡から発掘された陶器のお皿を修復したものです。藤井松平家の武家屋敷で実際に使われていたお皿で、江戸時代の明暦の大火[注1]で焼かれて処分されたものです。「御深井(おふけ)釉」という尾張徳川のお庭焼き[注2]にも使われた釉薬がかけられた陶器で、素地が白くて釉薬をのせると青っぽくなるのが特徴です。

 

1)1657年に江戸の大半を焼いた大火災
2)大名などが邸内に窯を築いて自分好みに作った焼き物

大学に持ち込まれた時のお皿

 

―面白い形ですね。

鳥が翼を広げた形をしています。真ん中には頭を下げて毛づくろいをするようなポーズをしている鳥の絵がついています。

現在修復中−補填箇所を補彩 よく見ると鳥の絵が…

 

―かわいい鳥の絵が描かれていますね。いくつかの破片が繋ぎ合わされていますが、保存修復の作業は、バラバラになった破片をつなげるところから始めるのですか?

これは出土した文化財で、発掘された時の状態も重要です。まず、考古学の専門家が発掘状態を調査記録し、破片はなくならないように仮止めされます。その後、修復が必要とされて研究室に来ました。土の成分である鉄分が素地に染み込んでいて、出土したことでそれが酸化してちょうど鉄さびのような色が付いてしまっていたため、この作品の修復では洗浄が最も重要な作業になります。私の研究課題が多孔質の陶器の洗浄方法だったので、私が担当することになりました。

 

―多孔質?

磁器は1200〜1300℃の高温で焼かれるので内部が磁器ほど緻密ではなく隙間があるのです。汚れを取り除く方法は磁器でも陶器でも同じで、取り除きたい汚れを溶かしてくれる溶剤を選んで使います。ただ、内部の状態が異なるので使い方に注意が必要になるのです。陶器の場合は汚れを溶かした溶剤が素地の隙間に染み込み、溶剤の揮発するタイミングによっては汚れだけが素地の奥に残る恐れがあります。特に今回のような表面の状態に問題がある場合は、溶剤を繰り返し使用するのも避けたいので、溶剤をゲル状にして上にのせて洗浄します。私はその方法について研究しています。磁器と違って多孔質の陶器の洗浄は処置が難しいですが、それを解決することに興味があります。

多孔質の陶器の断面と表面についてパソコン画面を使い
丁寧に説明してくれる趙さん

 

―破片が仮止めされたお皿を一度バラバラにして洗浄するんですね。具体的に洗浄はどのように行うのですか?

「アガー」という精製された寒天の粉末とEDTAという金属(イオン)と結びつくキレート剤という薬剤の粉末を混ぜたものを精製水に溶かしてゲル状にしたもので洗います。ゲルによる洗浄は液体による洗浄よりも素地への染み込みのコントロールがしやすいので、多孔質の陶器にも安心して使えます。ゲル状にしたものだと、汚れがひどいところだけ部分洗浄ができるし、一度洗って落ちないところにもう一度乗せて洗浄することもできます。このお皿の鳥の絵も出土した時は見えにくかったのですが、洗浄を繰り返していくうちに、絵がはっきり出てきて、御深井釉の特徴的な淡い緑色が再現されました。

破片を接着する前の作品

洗浄に使う薬剤

 

―洗浄したあとは何をするのですか?

洗浄した破片を接着し完全に接着されたら、欠損したところを樹脂入りの石膏で補填して彩色します。補填は、シリコーンで補填する部分の型をとり、その中に樹脂入り石膏を入れて乾かします。そこにオリジナルと近い色のアクリル絵具をエアブラシで吹き付けます。修復したところと作品のオリジナルのところがわかるように、オリジナルと全く同じ色にはしません。この作品は同じ形のお皿が他に2枚出土されたので、そこから欠損する前の形がわかりました。

 

■本当に大変なのは修復方針の決定まで

 

―ここまで修復するのにどのくらいかかったのですか?

作品を実際に調査したのは昨年の12月ですが、作品が藝大にきたのは今年の4月です。まず、作品の情報を調べて計画書を書き、夏休みから洗浄の実験を開始しました。3ヶ月間のテストを経て、10月に洗浄に使う薬剤を決定し、その後、1ヶ月ぐらい先生と諸々の確認をして、実際に洗浄を開始したのは12月に入ってからです。

 

―調査や実験に随分長い時間をかけるんですね。一番たいへんだったのはどこですか?

今回の研究の中心となっている汚れが一番よく落ちるゲルの温度を見つけるための実験です。本物を使って実験することはできないので、鉄さびの汚れをつけた陶器のテストピースを用意して、ゲルの濃度や温度を変えて洗浄を繰り返す実験を数ヶ月間行いました。昨年行った理平焼のお茶碗の修復で、初めて今回と同じETDAを含んだ洗浄ゲルを使用したのですが、室温のゲルで洗浄したら汚れが完全にとれなかったんです。そこで温度をあげたらもっと良くとれるのではないかと思いつき、温度の実験を始めました。洗浄ゲルの温度を40℃〜55℃の間で4段階にわけて、それぞれの洗浄効果を調べました。20分ごとにゲルが乾かないように新しいゲルをのせる作業を、ひとつのテストピースにつき5回ずつやりました。その結果、50℃〜55℃の洗浄ゲルを使用したときに汚れがいちばん良く落ちることがわかりました。

テストピースを使った洗浄効果の実験−緻密なデータがぎっしり詰まっています

 

―修復には決まったマニュアルがあるわけではなく、作品ごとに使う薬剤の配合のレシピや温度などを考え、実験を重ねて修復の方針をたてなければいけないのですね。テストピースを用意するだけでも大変そうですね。

テストピースの制作は、先輩にも手伝ってもらいました。方針が決まれば作品自体の修復作業は早いのですが、その前にいろいろと準備をしなければだめなんです。

これはテストピースのほんの一部です

 

―破片の接着はどのように行うのですか?

アクリル系樹脂であるパラロイドを2種類、B72とB44を溶剤で溶かして混ぜたものを接着剤として使います。このパラロイドは透明感が高く、あまり変色しない利点があります。B72は伸びがよく、B44はB72より硬く、融点が高いものです。この接着剤は世界中の文化財の保存修復に使われている可逆性のある接着剤です。

 

―可逆性?もとに戻せること?

はい。一度修復されたものはもう二度と修復されないというわけではありません。時が経って修復材料が劣化したら修復し直さなければならないし、将来、もっと技術が進んだら、また解体して最新の技術で修復して次世代に伝えることができます。そのため文化財の保存修復には「可逆性」が重要です。

可逆性のあるアクリル接着剤
ビーズみたい…左側(パラロイドB44)はキラキラしていました

 

―ご自分が修復した後のことまで考えて作業をされているのですね。修復作業の中ではどれが一番楽しいですか?

楽しいのは実験です。たいへんだけど、効果があがった時とか自分の仮説が正しかったことが実験で証明された時がうれしいです。

 

■卒業、そして将来

 

―卒展では作品はどのように展示されるのですか?

欠損部分を補填してオリジナルと同じ形になった作品と、修復前の写真や修復の工程を記録したパネルも展示します。修復の工程はすべて記録を取っておかないとならないし、作品自体を修復すると同時に論文も書かなければならないので、やることが多くてたいへんです。

 

―作品のどこに注目してほしいですか?

洗浄してはっきりと見えてきた鳥の絵です。出土直後の写真と比べて、どれくらい鮮明になったのか見てほしいです。

 

―卒業後の進路は決まっているのですか?中国に帰ってしまうの?

具体的には決まっていませんが、できれば日本で文化財修復に関わる仕事に就きたいと思っています。日本の文化も好きだし、せっかく留学したので、中国に帰るにしても日本で仕事をして自分の経験を積んでからにしたいと思います。

 

―以前の中国ではオリジナルと同じように完璧に修復するのが一般的だった、というお話もありました。趙さんは作品を完璧に修復したいですか?

修復の目的によりますね。展示して皆さんにその作品の元の美しさを見せたいのであれば、きれいに完璧に直さなければいけないけれど、作品の時代背景や歴史を知らせるためには、オリジナルと後から修復した部分がわかるように直さなければならないと思います。どちらが良くてどちらが悪いということは言えません。何を伝えたいかによって修復のやり方は違うと思います。

 

―将来、どんな作品を修復してみたいですか?

そういうことは、あまり考えたことがありません。中国の宋時代や日本の江戸時代の作品などに興味がありますが、修復してほしいと言われたものなら何でも修復します。

何やら理科の実験室にありそうな研究室の備品の数々

 

■インタビューを終えて

 

今まで保存修復の作業は、バラバラになったピースをうまく繋げあわせたり、なくなったところを継ぎ足して完成させるところにいちばん力を入れるのだと思っていましたが、それは最後の仕上げの部分で、その前に最適な修復方法を見つけるために長期にわたる地道な実験が繰り返されていることを初めて知りました。「その実験の過程がいちばん好き」と微笑みながら断言する趙さん。貴重な文化財を次世代に伝えていくことを誇りに思い保存修復に励んでいる姿に、筋の通った芯の強さを感じました。

 

修復が終了したお皿がどのようになるのか、今から卒展が楽しみです。皆さまにもぜひご覧いただきたいです。

 


取材・編集:岡野三恵、長尾純子、脇坂文栄(アート・コミュニケータ「とびラー」)

執筆:脇坂文栄

 

とびラー3年目にして初めての藝大生インタビューに挑戦しました。作品を創作するだけでなく、文化財を後世に伝えていくという藝大のもう一つの役割と、それに真摯に取り組む人たちについて、少しでも多くの方に知っていだだけると嬉しいです。

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