東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

活動紹介

「“まだ、誰もみたことがない絵”を求めて、絵を描く機械をつくり続けています。」藝大生インタビュー2022|美術学部 先端芸術表現科 修士2年・高橋瑞樹さん

2023.01.25

12月26日午後、晴天の東京藝術大学取手校地。メディア教育棟校舎から小走りに待ち合わせ場所へ高橋瑞樹さんがやってきました。作品は野外にあるとのことで、校舎の階段を上りさっそく案内されたその先に、シンボリックな黄色のドラム缶が設置されている作品が目に飛び込んできました。インタビュアーであるとびラー4名は存在感あふれる作品を前にし、高橋さんが制作に込めた思いやプロセスを聞かずには居られない、全員がそう感じた瞬間でした。

作品名《いつかすべて消えてしまうけど》

■〜振る舞いを感じさせる作者としてのドローイングマシーンを目指して〜

高橋さんの拘りと一途な思いに迫る

―これはどんな作品ですか

絵を描くドローイングマシーンです。最初に武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科に入って、現在の東京藝術大学美術研究科先端芸術表現専攻に至るまで、ずっと「絵を描く機械」をつくり続けています。

 

―「絵を描く機械をつくる」という発想はどこから来るのでしょう

目指しているのは、誰も見たことのない絵画を生み出し、それを見ることです。自分自身が描くのではなく、機械を使って描くということに挑んでいます。「誰も見たことのない絵画」というのは、自分も含めてということで、好きな作家が居なかったということも、きっかけとしては影響していたと思います。完成した絵を見た時にも、自分自身を驚かせられるような絵画をつくりたい。それを実現するには自分以外の存在を介して絵を生み出す=絵を描いてくれること、すなわち絵を描く作家自体をつくる事が一番良いのではないかと考えました。

 

―この作品で一体どのように絵を描くのですか

下地処理されたキャンバスを、上部に取り付けている大きなフックへ下向きになるよう吊るして設置します。

風などの偶発的な要素を取り入れるように設計されたキャンバスを吊すフック

 

1分間に120リットル噴射できるポンプを使い、容器の中にある染料をキャンバスに向かって噴射して描きます。それに対して反対側にある大型のモーターを使った装置を往復運動させ、噴射している染料を時々塞ぐように設計しています。染料はつねに大きな容器の中に溜められて過剰に供給され噴射されてゆく。噴射の強弱をランダムにプログラムで設定し、キャンバスに噴射された染料で痕跡を残していきます。「画家の振る舞いの痕跡が残る事」で絵画となると考えているので、機械の振る舞いを通して絵画を描くことを大切にしています。単純に染料を噴射して、一定の動作を繰り返すのではなく、機械だけどちょっとだけ意思や感情があるのではないか?と錯覚させるような動きをさせることで、機械に振る舞いを与えるようにプログラミングをしています。ドラム缶は「循環させる・過剰に供給している」というイメージを表すシンボルです。キャンバスを高い位置から吊るすのは、風などがキャンバスに与える影響を取り入れることで自分の意図しなかったものが偶然に入り込める、その隙のある状態を作っています。本当は出来る範囲で限りなく高い5メートルのタワーにキャンバスを吊るして染料を噴射したり揺らしたりするつもりでしたが、危険だということもあり新しい形状に変えて高さは抑えて制作しました。もしかしたら、卒展の頃にはさらに異なる形状になっているかもしれません。

 

以前の作品では油絵具を使用していましたよね。今回使用するのは染料なのですね。

油絵具だと痕跡を残すという意味では一番適しているのですが、粘性が高いために機械では扱いにくい。逆に染料だとさらさらしているので電動ポンプでは扱いが容易なため、今回は過剰に噴射するという目的で、染料を使いました。人間だと筆を持って描きますが、機械では自分の内部から噴射するという動作が出来るので、機械にしかできない事を生かして、人間ではできないアプローチで制作することも意図しています。

寒空の中、手際よくポンプを動かすための準備をする高橋さん

 

染料はこのようにノズルからキャンバスに向けて噴射される。

 

 

また、同じ事をアクリル絵の具で行うと、顔料に対する展色材(※1)の影響で泡がたつので、この作品では染料を水に溶かし、少しだけアルカリ性の溶剤を混ぜています。染料なので顔料と比較すると、どんどん変化して色褪せたり、少し変色したりしてしまう。いつか消えてしまうかもしれないけど、それに対して過剰な強いエネルギーで絵を描き、痕跡を残そうとするという作品です。この作品のタイトルは《いつかすべて消えてしまうけど》と名付けています。色があせたり変色したりする染料で描くけれど、過剰なパワーで噴射させて描くことで、見ている人にどこかエモーショナルなものを感じてもらえたらと思っています。

 

※1…絵の具・塗料などで、顔料を均等に分散・付着させる媒体となる液状成分

 

―機械に振る舞いを与えるということを、もう少し詳しく教えてください。

単純に機械が回転している或いは動いているというだけではなく、ひょっとしたら何かを考えて描いているのではないか?という一瞬見た人に振る舞いの意味を喚起させることを考えています。そして、どれだけ見出せるのか、プログラミングする上で余白として残せるのかということも。どういう絵画が出来るのか?という事は全く想定していません。型にはめた振る舞いをプログラムするのではなく、素朴に止まる、動く、正転・逆転などのプリミティヴな動きをどれだけ意味深に連続させていけるかを追求しています。自分の設定したルールの範囲の中でランダムに機械自身が動作するようにプログラミングしているので、常に電源を付けたら同じ動きをする訳ではなく、ランダムに時間の間隔や動きの連続の仕方が変わってくるという事です。機械の中に偶発的に得られる表現をどれだけ取り入れるかを重視して、見た人が、「あ、これってもしかすると、今機械が自ら考えた動きなのでは・・・」と思ってもらえるような振る舞いを生成できることを目指しています。

 

―この機械は何台目でしょうか?最初の作品も気になります。

大体6〜8台ぐらいは作っていると思います。最初の作品はポール・ジャクソン・ポロックから着想を得て制作した作品でした。ポロックの高度なテクニックは新しい技法を発明したというだけではなく、実際その絵も科学的に見て凄い。「フラクタル」という部分と全体とが同じ形となる自己相似性を示すフラクタル構造を作品の中に含んでいて、人間が好ましく思うような性質を持っているものを理解したうえで作品の中に紛れ込ませていたのかもしれません。

機械の作家が描いた過去作品の絵具を転写する側のパネル。このパネルの向かい合わせに位置するパネルに転写することで絵を描く。この時は油絵具で描いたという。

 

進行形なことが印象に残りました。 油絵具で描いた作品の機械をみんなで拝見。

 

ポロックの試みは新しい描き方を開発しただけではなく、絵画的に見ても素晴らしい。そうしたポロックの高度な技術が数値制御のコンピューターに近いと感じ、一見意味の無いような振る舞いも、実は意味があるというようなところから、それに近い形で機械の作家を作ってみようと思って、最初の作品を制作しました。フラクタルはフランスの数学者ブノワ・マンデルブロが発見したのですが、ポロックの絵画はマンデルブロが発見したよりも前に、そういう構造を実現できていた。ポロックがドローイングマシーンだったら完璧だと思います。

 

■一貫して絵を描くドローイングマシーンを創り続ける高橋さん
その源と今後の活動について伺う

 

―美術大学への進学は最初から考えていましたか

実は全く美術とは関係無い高校生活を送っていました。何でもできそうなところを探していて、それがたまたま武蔵野美術大学のデザイン情報学科でした。大学のパンフレットをみて魅力的に感じ、気づいたら入学していました。絵画は昔から好きでしたが、大学に入学してからもこれといって好きな絵画が見つからず、自分の描く絵もいまいち納得がいかなかった。ならば自分が、絵を描いてくれる存在自体をつくり出そうと思い、設計やプログラミングも勉強し始めました。それから今までずっと一貫して絵を描く機械を創り続けています

 

―プログラミングや設計はどこで習得しましたか

機械を動かす為に必要な工学的なことは、ゼロから美術大学に入ってから始めて、何度も失敗しながら身に付けていきました。今のプログラミングが本当に合っているかはわからないのですが、自分が機械に実現させたい動きはすでに出来あがっています。誰かが特別に教えてくれるわけではないのですが、藝大にはいろんな事をやっている人がいるので、藝大の中の人と話していく中で教わったり、時には自分が教えたりしながら出来るようになって行きました。

過去の設計図。全て大学に入ってから習得したというから驚きです。

 

―作品をつくる中で一番楽しい時や興奮する瞬間はどんな時ですか

機械で絵が完成した時より機械を作っている時の方が好きです。作品を展示する場合は安全に配慮して展示するのですが、作っている時は機械の限界を探りながら作っているのでその時が一番楽しいです。ものすごい速さでモーターやポンプを回転させたりすると危なくて展示できないので、自分がみている時だけで、展示できないぐらいのギリギリのラインで動かしたりしています。過去に自分だけしかいない状態で、ポンプの威力を最大にして操作した時は、塩化ビニールの管が破裂したことがありました。そのぐらい強いパワーが出せるポンプを使っているので、本当は限界ギリギリの威力を出して展示したいのですが、安全性なども考慮して展示する場合は少し抑えています。

 

―機械の作家がつくり出す絵について高橋さんご自身は気に入っていますか

機械に描かせた絵はまだ全く気に入るものが出来ていません。絵に対しては満足するものが作れていないので、機械の作家を育てています。自分も含めて「まだ誰も見たことの無いような絵画」を生み出すことを目指しているので、死ぬまでに満足する絵が出来るか?出来ないのか?という感じだと思っています。常に成功しないし完成しない、いまだに全然満足のいくものが出来ていないので、いつか完成したら良いという気持ちで創り続けています。

 

―成功するまで機械自体も進化し続けていくということでしょうか

絵を描く機械は初号機から連続しています。1つ機械をつくるとダメな部分と良い部分が生じるのですが、次に機械を新しくつくるときには、機械だけれども作家として誰かがいる感じや佇まいを感じさせてくれる「だれか」の気配の断片を拾い集めて残して次につなげていくことを意識しています。機械というよりも、進化した作家を完成させたいという気持ちです。

―今後の活動について教えてください

絵を描く機械の制作は今後も続けていきたいです。日本で材料を揃えると高いので、海外も視野に入れて資材が豊富で安く調達出来る場所に移動してつくり続けていきたいと思っています。本当は、キャンバスの大きさや展示場所の制約が無ければ、もっと大きくて、もっと危険なもの、場所を汚しちゃうようなものを制作したい。機械を使って作家をつくり続けるからには、大掛かりな事を制約なくやりたいという願望は持っています。自分が扱える制御できるギリギリのラインでモーターやポンプを使って、それを最大限に生かして創りたいですね。

 

■インタビューを終えて

絵を描く機械の作者であり、同時に機械が制作した作品を見る鑑賞者でもあり続ける高橋さん。インタビューを通してまだ世の中の誰も目にしたことのない絵画に出会う為の一貫した思いを感じました。機械にしかできない可能性を探りつつ、作者の痕跡や振る舞いという、対極の事柄を共存させようと奮起している姿を見ていると、いつか私たちを「まだ見ぬ世界」に連れて行ってくれるのではないかと思えてなりません。高橋さんが理想とする、限界ギリギリのパワーと人間らしい振る舞いを兼ね備えた最高の作家に出会えることを、私たちも心待ちにしながら、今後も注目し続けていきたいと思っています。

取材・編集:藤牧功太郎・吉水由美子・小屋迫もえ・山田理恵子

執筆:山田理恵子

 

藤牧功太郎 とびラー2年目になりました。藝大生インタビューは、作者の制作意図など生の声が聞けて、とても楽しく、意義深いひとときを過ごせました。寒風吹きすさぶ屋外で「もっと危険なものにしたい。」と熱く語ってくださった髙橋さん。偶然を微妙に制御しながら制作する姿が活き活きとしていました。

 

吉水由美子 仕事柄(マーケティングです)、インタビュー大好き、人の話を聞くこと大好きです。今回の高橋さんのお話から、アートというと作品としてのアウトプットがあるイメージですが、進行形なこと、そのプロセス自体アートなのが今の感覚だと、あらためて感じました。

 

小屋迫もえインパクトのある巨大な機械から、風や波紋といった“その瞬間”を閉じ込めた繊細な絵が生まれる。なんてワクワクするのでしょうか。まだ見たことのない絵を追い求め続けたいという高橋さんの姿が印象的でした。

 

山田理恵子 とびラー1年目として今回インタビューに参加しました。作品に対して自分が見て感じた最初の印象と、とびラーと高橋さんご本人を交えた思いやプロセスを伺った後では全く見方が変化する。まさに現代アートを生々しく体感出来る幸せを感じました。高橋さんのことを心で応援し続けていきたいです。

「藝大で自然科学って、どういうことですか?」藝大生インタビュー2022|文化財保存学専攻 修士2年・寺島 海さん

2023.01.25

 

まず、どんな研究をしているのか教えてください。

「スマルト」という青色ガラス顔料を専門に研究しています。これはコバルトを含むカリウムガラスの粉末で、合成顔料として15〜19世紀にアジア・ヨーロッパで使われていました。ウルトラマリンやアズライトなどの天然顔料に比べ安価で手に入りやすいことから、16世紀頃からはヨーロッパで主に油彩画顔料として使われるようになり、日本にも輸入されます。油彩画で使うと乾性油と化学反応を起こし、短期間で茶色く変色してしまうことが知られています。また、ガラス顔料なので透過性が高く下地が透けてしまうので、仕上げに使うには適さないという特徴もあります。これらの理由に加えて、18世紀にプルシアンブルーが発明されるなどより良質な顔料が登場したことで次第に使われなくなりました。

 

一方、ガラスを細かく砕いて作るので、光に反射してキラキラと輝く特徴も持っています。日本画においては水面の描写に使われている事例も見つかっていますが、これも輝きや立体感を表現するための技法として使われていたと言い切れるほどに事例の研究が進んでいるわけではありません。日本におけるスマルトの使用や流通に関する先行研究はほとんどないため、この顔料がどのように使われたのか、今後さらに調査を積み重ねていきたいと考えています。

 

たくさんのスマルト(全部違う種類!)

 

作品の色材を調査することで、なにが分かるのでしょうか?

ある作品に使用されている色材を特定することで、その作品の劣化状況やそれに応じた修復方針、今後の適切な保存方法を考えることができます。また、スマルトのように経年で褪色や変色が生ずる色材が使用されている場合は「制作当初はいま見えている色ではなかった」という可能性を示すことができます。さらに、作品中の色材が限られた時期に使用されたことが分かっている場合は、作品の制作年代を絞り込むこともできます。

 

色材分析のために作品の一部を採取して分析すればより精度の高い情報が得られますが、私が行っている調査は「非破壊・非接触」の調査法です。具体的には光を使った分析手法で、現在国立西洋美術館で展示されている《悲しみの聖母》の色材分析を行った際には、蛍光X線分析と顕微ラマン分光分析という2種類の分光分析法を中心に実施しました。また、修士研究では主に蛍光X線分析と反射分光分析を使用しました。

 

この「非破壊・非接触」の分析方法は試料採取をしないので、精度の高い分析結果を得ることは難しいのですが、大切な作品を非破壊で分析できることに意味があると考えています。現在の技術で分からないことは無理に知ろうとせず、将来の技術に委ねるというのが、私たちの基本的なスタンスでもあります。

 

謎の計測機器(実は携帯型の蛍光X線分析装置)

 

作品の制作者や美学・美術史の研究者などが集まる藝大という環境は、寺島さんの研究にどのような影響を与えていますか?

顔料の分析を進めていくにあたっては、日本画や美術史など各分野の専門家にご相談できることがとても重要です。実験に必要な模擬試料作りでも、保存修復日本画研究室の同級生に手伝ってもらいました。今の研究室にも制作出身や考古学出身などいろいろな専門分野の経験者がいて、分からないことをすぐに聞ける環境が整っているのがありがたいですね。作品制作の経験者には実験用の治具(補助工具)作りのアドバイスをもらったりします。

 

実験に使う模擬試料

 

修論ではスマルトの組成分析をメインに行なっています。ガラスは人工物なので、時代と場所で原料や製造方法が異なるのですが、組成分析をすることで原料の製造地や輸入経路の推測ができる可能性があると考えています。そうすると、例えば江戸時代の輸入記録や顔料の製造レシピなど、文献調査を進める必要性も感じていて・・・今回は顔料の分析調査を中心に行っていますが、さらに研究を深めるためには自然科学だけではなく、人文科学の側面からのアプローチも必要になってきます。そう考えるとやはり、藝大という環境だからこそできた色々な人との出会いや関係性が、私にとってとても重要な財産になったと感じています。

 

実験室の一隅でお話を伺う

 

美術的な関心と自然科学的な関心は、寺島さんの中でどのように結びついたのでしょう?

もともと、子供の頃から近くに美術館や博物館がある環境で育っていて、遊び場のような感覚でいたんです。その頃から、なにかを明らかにしたり発見したりすることが好きで、はじめは動物の研究をしたいと思っていました。骨からその生態を明らかにするような。大学では一般大学の理学部で化学を専攻して、自然科学のベースとなる化学の知識や経験を身につけました。今の研究室に入ったのは、大学3年生の時に文化財科学に関わったのが直接的なきっかけです。ずっと好きだった自然科学と芸術のどちらも扱えるなんて、「私のためにある学問じゃないか!」と思いました。大好きな美術館や博物館にある大切な作品や資料を、これからも多くの人が見られるように守っていきたい、というのが一番の思いです。そこに自分がこれまで学んできた化学的な研究調査を通じて貢献したい、と。

 

ただ、残念ながらあまりこの研究分野が知られていないということもあり・・・今回インタビューをお受けしたのも、「もっと文化財科学や保存科学という分野の存在を知ってほしい」という思いがあったからです。例えばヨーロッパでは文化財の科学分析が広く知られていて、調査することの敷居も低いと思います。美術館でも展示をしながら調査や分析が行われていて、その過程自体を展示として見せているような状況があります。日本でもフェルメールの塗りつぶされたキューピッドの修復はニュースになっていましたし、少しずつ状況は変わっているのかなと思います。

 

 

最後に、この研究を通じてやりがいを感じるところと、今後の展望や活動予定について教えてください。

同じ分野の研究者だけでなく、一般の方からもこの研究に興味を持ってもらえることが一番うれしいです!自分の研究が社会に貢献していることを感じられる機会はなかなか多くないので、私が参加させて頂いた作品調査の分析結果が、展示パネルとして美術館で作品と共に展示されているのを見た時には、「私も貢献できるんだな」と思えて本当にうれしかったです。

 

いまは科学分析に理解のある所有者の作品を分析対象としていますが、今後は私たちも科学分析の意味やリスクをしっかり説明して、より幅広く、多くの作品について分析調査の協力を得ていく必要があるなと感じています。顔料の研究もまだまだやりたいことがあるので、来年度は博士過程に進学してさらに研究を続けたいと考えています。また、どうしたら一般の方たちに私たちの研究をおもしろいと思ってもらえるか、常に考えています。制作が華やかで発信力の高い藝大だからこそ、私たちの研究も美術の一分野としてもっと知っていただけるといいなと思っています。

 

由緒ありそうな実験室の看板

 

 

■インタビューを終えて

 

ほとんど先行研究のない「国内におけるスマルトの使用例」の調査に取り組み、将来的にはスマルトを系統化して分類するという壮大な目標を視野に入れている寺島さん。「研究時間が足りなすぎるんです!」と言いながら、目を輝かせてご自身の研究内容を話してくれる姿が印象的だった。

 


取材:石川泰宏、篠田綾子、曽我千文(アートコミュニケータ「とびラー」)
執筆:石川泰宏

 

動物にも興味があるという寺島さんと恐竜の話で盛り上がりました。確かに、「色材から作品のあり方を知る」のと「骨から動物の生態を知る」のはほとんど同じことですね!(石川泰宏)

 

西美で展示されている『悲しみの聖母』の色材調査(寺島さんも参加)を熱心に見る人たちを見て、修復という分野は人々の関心が無いのではなく、知る機会が少ないだけなのだなと思いました(篠田綾子)

 

 

植物ホルモンをガスクロで分析していた学生時代を思い出す研究室。寺島さんが見つける科学の力で、芸術がより多くの人と繋がっていくことを心から願うひと時でした。(曽我千文)

 

「作品をつくり、場もつくる――それぞれを行き来しながら融合していけたら」藝大生インタビュー2022|美術教育専攻 修士2年・保坂朱音さん

2023.01.24

「作品をつくり、場もつくる――それぞれを行き来しながら融合していけたら」 美術教育専攻 修士2年・保坂朱音さん

 

温かい日差しが降り注ぐ冬の昼下がり。東京藝大上野校地にて大学院美術研究科 美術教育専攻修士2年、保坂朱音(ほさか あかね)さんへのインタビューを行いました。

 

┃一人一台のろくろ、手作りの道具

総合工房棟陶芸研究室を訪れると、ストーブを囲み学生たちが何やら真剣に話し込んでいます。その輪の中に保坂さんはいらっしゃいました。

 

――こんにちは!今日はよろしくお願いします。

「こちらこそよろしくお願いします。」

 

柔らかい物腰の保坂さんが笑顔で迎えて下さいました。保坂さんは現在、2つの場所で制作を行っています。ここでは主にろくろを挽いたり、形を整える造形作業を行ったりするそうです。まずはろくろについて説明をしていただきました。

<実際にろくろを回す保坂さん。さながら足踏みミシンのようでした>

 

「ろくろは一人一台いただけています。造形作業はここで行うのですが、彩色などの作業は別の場所で行っています。ここだと土が舞ったり、他の学生の場所を取ることになってしまうので。」

 

――2つの作業場を行ったり来たりして制作しているんですね。

「最近は家でも作業しているので、道具も持ち歩いています。道具によって作れるものが変わるので、みんないろんな種類の道具を持っていたり、自分で作ったりしています。」

 

たくさんの道具を広げて見せてくれました。初めて見る数々の道具に、とびラーは興味津々です。

<一番手前の道具は、保坂さんの手作り。竹を削って作られたそうです。>

 

 

┃陶芸×音

一通り道具の説明を受けた後、制作中の作品を見せていただきました。

研究室に繋がった屋外には、窯で焼く前の作品がズラリと並んでいます。

「最近は陶器で楽器を作っているんですよ。」

<壺型の陶器を軽く叩くと「ぶおんぶおん」という音が聞こえてきます>

 

――音が出るような焼き物を作っているというのは意図があるんですか? 

「2022年4月に羽田空港で『美×音×うたをみる』展という藝大生による展示がありました。音楽学部の学生・卒業生の有志と一緒に展示と演奏会をするという企画で、音楽と作品をどう組み合わせるか悩んでいました。もともと私はワークショップもやっていたのですが、“人との繋がり”が作品を作る大きなモチベーションになっていて。そこから、陶器で楽器を作れるんじゃないか、作った楽器を実際に触ってもらえるんじゃないかと考えたんです。」

 

――作品に触れることでコミュニケーションが生まれると考えたんですね。

「陶芸って人に使ってもらうという部分がすごく大切なんですけど、ただ使うのではなくて、楽しく使ってもらいたい。人とコミュニケーションが取れるようなものを作りたい、というところから、触れてもらえる楽器の制作がしっくりきたんです。」

 

 

┃同じ窯の友との「窯会議」「窯ごはん」

次に窯を見せていただきました。大きな窯が何台も並んでいます。

 

――先ほどの作品はどの窯で焼く予定なんですか?

「1号の窯で焼こうと思ってます。焼く時は私だけじゃなくて、他の人の作品も入れて一緒に焼きます。温度によって仕上がりが変わるので、温度調節や窯の予定もみんなで決めます。」

――チームでの作業という感じがしますね。

「翌月の窯予定を決める会議のことを私たちは“窯会議“って呼んでいるんですよ」

――窯会議!!!

「上級生が窯を立てて予定を組むのですが、みなさんが来る前もちょうど“窯会議”を行っていました。」

――作品を作る人って、ひとりで全部を作り上げているイメージがあったのですが、制作の過程でもコミュニケーションをとって作り上げていくのですね。

「工芸分野っていうのは、ひとりでは作れないことがたくさんあって。例えば大きなものを作る時は作業を手伝ってもらったり、窯もひとりじゃ埋めきれないので一緒に焚かせてもらったり。“協力”というのはずっと意識しているかもしれないですね。」

 

――電気窯の他にどんな種類の窯がありますか?

「ガス窯や灯油窯、取手キャンパスには薪を使う窯もあります。実際の炎で焚くものは、コントロールをするのがすごく大変で。先生の意見を仰ぎつつ、みんなで格闘しながら焚いています」

――どの窯を使うかは、どうやって選定するんですか?

「窯によって出てくる表情が変わるんですね。電気窯で表情が出る作品もあれば、灯油で火を使わないと出ない作品もあって。特に電気窯と薪窯では全く違います。自分が狙いたい表情に合わせて窯を選定します。」

――陶芸は凄く奥が深いですね。

「私は学部までしか陶芸に触れていないので、深く追求まではまだできていないなと思うことがあります。院では美術教育に進んでいるので、それまで得た知識や経験を、“人との繋がり”のなかでどう展開していくのかを考えていこうと思っています。」

<数年前に設置された新しい窯は、自動で温度調整ができます。一方、一部の窯はダイヤルで温度設定する必要があり、コロナ前は作業場に泊まって1時間に1回窯チェックをしていたそうです。>

 

制作にあたっても、他の生徒たちとの連携や協力が必要となる陶芸科。コロナ前は、窯の日にみんなでご飯を作って食べていたそうです。

「窯ご飯っていうんですよ。コロナ前は1〜2週間に一回、みんなで作って食べていました。」

 

――自分で作った器で食べるんですか?

「歴代の先生、先輩たちが作ってくれた器があるんです。今はコロナで集まることは少なくなっているのですが、この棚から自由に使っています。」

 

<中には助手さんの似顔絵の描かれた可愛らしい湯呑もありました>

 

――受け継がれていく感じで、歴史を感じますね。

 

「それでは美術教育実習室に移動しましょう」

保坂さんの声掛けで、紅葉が残る小径をおしゃべりしながら中央棟へ移動します。

 

 

┃触れてもらうことで、「人と繋がる作品」をつくりたい

 

「こちらにどうぞ!今ここで作業してます。」

 

入ってすぐの机に、彩色されたいろいろな形の楽器が並んでいました。

その愛らしい形と色に興奮を抑えきれないとびラーたち。

 

――可愛い!これは卒制に展示する作品ですか?

「これも何個かは飾ります。これからもっと作ろうと思っているので、数が増えると思います。

修了作品は大学美術館のエントランスに展示して、実際にお客さんに触ってもらおうと思っています。

もしよかったら鳴らしてみますか?」

<思い思いの作品を手に取り、音を楽しむとびラーたち>

 

――叩き方によっても音が違いますね。これはポヨンポヨンって、まるで赤ちゃんのお腹を叩いてるみたいです!

「厚みや形によって音が変わることが作っているうちに分かってきました。アフリカのウドゥという楽器を参考にしています。それはもっとふっくらとした丸い形だったんですけど、形を変えてもいいかなと思い、工夫しました。」

――触り心地もそれぞれ違いますね。こちらはなんですか?可愛い音がしますね。 

「これはマラカスです。この前のワークショップにいくつか作品を持っていったんですけど、子どもたちは『どんぐり!』と嬉しそうに反応してくれました。」

<中には土を細かく丸めた陶器が入っています。>

 

――作品を作る上で保坂さんが大切にしていることはなんですか?

「今までは作品を作る時、“自分の中の何か”を絞り出すような過程が苦しく感じられることがありました。一方ワークショップでは、美術の楽しさを伝えると同時に、人と繋がることで得られるものも多くありました。

それらを大切にして作品を作りたい、というのが今回の制作で大事にしていることです。また、今後作品制作を続ける中で、自分の作品を人に使ってもらい、可能性を探ってみたいと考えたんです。だからこそ『触れる作品』であることが自分の中で大きなテーマなんです。」

 

 

┃土の偶然性を楽しみたい

――楽器もいろいろな音がしたり、形も様々です。それはコミュニケーションがどんどん膨らんでいくように工夫しているんですか? 

「それもありますが、形を決めて作るっていうよりも、作っていてこんな音が出てきたとか焼いて初めてわかることとか、それを作品にいい具合に落とし込めないか探りながら作っています。今回は『土の息吹』というテーマにしました。ろくろを挽いていると、思った形にならない時があるんですね。でも、ちょっとした歪みが可愛く思えちゃって。今までは、しっかりとしたイメージで作ろうと思ってきましたが、制作中の『分からないけどなんかいい!』みたいな気分を大切にしています。」

――制作中も土と対話をしてる、そんなイメージなんでしょうか?

「そうですね。今まで土と向き合いきれていない部分もあったので、修了するタイミングで一度、土を触りながら『陶芸好きだな』と思えるような作品を作りたいと思っています。いろんな形や、土が出す音に向き合って作っています。」

 

 

┃卒制の展示について

――会場での展示イメージを教えてください。

「思わず『触りたい』『これ触ったらこっちも触ってみたくなる』というような、来場者が“遊べるスペース”を作りたいと思っています。楽しんでもらうことが一番大事だと思うので。」

――お客さん同士も、作品を手に取ってセッションっぽくなるかもしれないですね。そこで見知らぬ同士が繋がったり。人と人を繋いでくれる作品って素敵ですね。

「そんな場ができたら嬉しいですね。」

 

 

┃学校の先生に憧れて……子どもから学ぶことが多くある

――美術教育に興味を持ったきっかけを伺いたいです。

「美術教育に行くことは学部に入学する前から決めていました。学校の先生に憧れを持っていたのですが、そんな中、美術を専門的に学んだら教えられることが広がるのではと思ったんですね。でも美術というものが自分の中で分からなかった。だから藝大を受験しました。予備校時代にお世話になった美術教育出身の先生の影響も大きかったと思います。」

――そもそもの方向性が「作ることを極める」というより、「コミュニケーション」に向いていたということでしょうか?

「そうですね。一年生の時からワークショップもやっていました。そのときに制作した陶器の楽器も持っていったんですけど、子どもたちが物凄い勢いで叩いていて『こんなに叩いても割れないんだ』と発見がありました。あと『ここツヤツヤだけど、ここザラザラだね」など思ったことを全部口に出してくれるので、そこでまた会話が広がって、次こういう素材で作ったら違う反応が見られるかもしれないなど、気づくことが多いです。」

――コミュニケーションの中からインスパイアされている感じですね

「そんなやりとりが好きなので、ワークショップは今後も続けていきたいと思っています。」

    

 

子どものワークショップの話をうけ、保育士とびらーが日頃考えている疑問をぶつけてみました。

――普段保育の中に「制作」を取り入れているのですが、大人の一方的な押し付けになっていないか、疑問に思いながら試行錯誤しています。保育の中に美術を取り入れる中で、どんなことを大切にしたらよいと思われますか?

「作ることも、もちろん楽しいんですけど、ワークショップはきれいに仕上げることが目的ではないんです。私の想像しないところで、子どもたちが何か学びを見つけてくれることが大切なことだなと思っています。

実は私の母が保育園の先生で、保育園で制作のお手伝いをすることもあります。この前は、“廃材で楽器を作るワークショップ”をしました。一日だけの日程で陶芸は難しかったので、ダンボールなど保育園でいらなくなったものを集めて楽器を作りました。楽器を作って満足してしまうのはもったいない気がしたので、『音を聴いて音を形にする』というワークも行いました。」

―― 具体的にどんなワークをしたんですか?

「例えば大きい丸と小さい丸を用意し、丸を見せながら『今から先生が音を出します。最初の音はどちらの大きさでしょう』と問いかけます。すると、音の大きさを形で表現できる。次に『バリバリ』『シャカシャカ』といった擬音を表現した絵を見せる。そして『バリバリの音はどれでしょう』と問いかけます。どの音がどの形にリンクするのかを子どもたちが考え、表現できるようになればいいなと思います。」

――形と音とをリンクさせるということですね

「そうです。でも別に正解はないんです。例えば『ふわふわ』の音に対して『バリバリ』という形を選んでもいいんです。次に、廃材でつくった楽器の音を絵にするワークを行いました。そうしたら、みんな違う絵を描けたんです。似たような作品ができるかなと思ったんですけど、全然お友達と被る子がいなくて驚きました。」

<ワークショップの様子を写真で見せていただきました>

 

――保坂さん自身も新たな発想を得ているんですね。

「子どもたちの発想はすごいです。最後は廃材で作ったステージで、クリスマスソングをかけながら、それぞれが作った楽器を演奏しました。クリスマスソングなんか聞こえないくらい盛り上がり、子どもたちは素直で自由だなと思いました。そういう経験が、私の作品作りにもつながっているんだと思います。」

――予想できない感じがワクワクするということですね。

「参加するひとりひとりが違うし、その子のその日のコンディションによっても、ワークへの関わり方が違ってくる。その日できなくても、時間をおいたらできることもあります。いろんな子がいますが、自分のペースでつくれることがすごいなって思います。そんなきっかけ作りができればいいなと思います。」

 

 

┃作品をつくり、場もつくる人になりたい

――将来のご予定を聞いてもいいですか?

「はっきりとは決まってないんですけど、今後も美術教育に携わることができそうです。創作を続けるのはもちろんのこと、 “つくる”ということをゆっくり一緒に考える立場、またはそういう場を作る人になりたいです」

――作品もつくるし、場もつくるということですね

「そうですね。“場をつくるために、ものをつくる”という感じかもしれないです。

学部で学んだ陶芸と、今学んでいる美術教育では、同じ美術といっても違うことを学ぶ分野なんですね。

だから美術教育と陶芸を行き来していると学ぶことが多くあります。」

――それぞれどんな学びを得ていますか?

「美術教育ではいろんな感覚を味わうことができています。例えば、陶芸以外にも、油画を書いている学生や、写真に刺繍している学生が同じ美術教育の中にいます。一方陶芸では、制作を通して『この感覚大事だったな』という素材の向き合い方に気づくことがあります。」

――それぞれのいいところを持ちながら行ったり来たりしてるわけですね。

「どっちつかずになりたくはないですけど、いい塩梅に融合して納得できる作品を作りたいと常に思っています。」

――「陶芸」「美術教育」と分けて考えるというより、その奥にある美術の根っこのような「根底」を大事にしたいということなんですね。

 

美術教育では、ワークショップなど参加者とのコミュニケーションを取りながら場を作り、

陶芸では、同じ釜を使う仲間や、素材である土との対話を通して作品と向き合っている。

保坂さんの陶芸と美術教育に向き合う姿勢に共通点を感じます。

 

――では、最後に卒業制作を見た方に伝えたいことやメッセージをお願いします。

「触ってみないとわからないことがいっぱいあるので、ぜひ触ってください(笑)コロナの関係で自由に触っていただくのは難しいと思うのですが、私がいるときはいつでも声をかけてください。近づいてきてくだされば、私から声をかけます。」

 

――目で見て耳で聞いて手で触って、楽しい時間を過ごすことができました。この感覚をぜひみなさんにも味わっていただきたいです。今日は貴重な時間をいただきありがとうございました。

 


 

 

場をつくり、その場のコミュニケーションからインスパイアされて作品をつくり、それがまた場をつくる。その循環がきっと素晴らしい場・作品を作っていくんだろうなとこれからの活動に期待がいっぱいです!(梅浩歌)

 

 

 

「藝大生インタビュー」を3年連続で体験できたのは、ラッキーでした。毎回学生さん達の創作に向き合う姿勢や、情熱に刺激をもらってます。(遊佐操)

 

 

 

 

普段保育士をしています。子どもたちのリアクションを楽しむ保坂さんの姿勢が、とても参考になりました。子どもたちが学びを見つけられるようなワークショップを、私も保育の中で実践していきたいです。(小木曽陽子)

 

「『私になりたい』~人とのつながりを表現し続けてきた想い」藝大生インタビュー2022|デザイン科4年 新海友樹子さん

2023.01.24

 上野公園も冬の装いを纏い始める11月下旬、デザイン科4年生の新海友樹子さんにお会いしました。インタビューが行われた藝大総合工房棟にある広い部屋の中は段ボールで仕切られた空間となっており、新海さんの制作スペースは、色づく樹々が見渡せる明るい窓際にありました。(後でお聞きしましたが、インタビューのために作品のスケッチを壁に貼ってくださったそう!)

 

1.過去の作品から新海さんを知る

ー今までの作品を見ると、人との関係性や繋がりが可視化されているように感じられ、そこがとても魅力的です。その原点はどこにあるのでしょうか?

 入学して直ぐに100枚ドローイングという課題がありました。自由なテーマで100枚の絵を描くという課題だったのですが、私は自力で老人ホームにアポを取りお年寄りの絵を100枚描きました。その時、世の中にはいろいろな場所で、自分より長く生きてきた人がこんなにもいる、という事実に衝撃を受けました。同じ人間だけど、お年寄りは自分よりも死に近い人たちだと感じ、同時に自分自身の命のはかなさも実感しました。この体験が、自分と人との関わりについて、強く意識するようになった原点だと思います。

作品「死ぬのに 生きてた おじいちゃん」

ーこの作品で「死」についてどのようなことを感じたのでしょう?

 自分の祖父が亡くなったとき、人の死に初めて触れ、火葬場で見た真っ白なおじいちゃんの骨の美しさに驚きました。どんな人生を歩んだ人にも、最後は死という美しい終末がパッと訪れる事を、ポジティブに捉える事ができました。苦しみや悲しみにも終わりがあり、死によって綺麗さっぱりなくなってしまうのであれば、多少山あり谷ありの人生でも、楽しめる気がします。恥ずかしいことがあってもあと60年くらい経てば消えるので、最後は大丈夫だという感覚です。

 

ーこの「死ぬのに 生きてた おじいちゃん」というタイトルに込めた思いは何でしょうか? 

 ちょっと冷たく聞こえるかもしれませんが、自分が素直に感じたことをそのままタイトルにしました。人は死ぬと決まっていて、いつかは終わりが来ると分かっている。それなのになぜ生きているのだろう、なぜ頑張るのだろう、でも自分も同じだよな、と思うとなんだか面白く感じ、そういう不思議さを伝えたいと思いました。

作品「わざとハンカチを落としたら私の声が聞こえた」

ーハンカチを落とすことで、人はどう反応するのかを表現した作品にも魅かれます。この作品を作ろうと思ったきっかけは何だったのでしょう?

 路上に落ちているもの、例えば片方だけのイヤリング、片方だけの靴下など、どういう人がどういう事情で落としたのか・・そして、それは自然に存在するものではなく、人がいるからこそ、存在できたもの。そこに興味が湧きました。普段ならわざわざ確かめないような事を突き詰めると、より人を理解することに繋がるかなと思いました。

 

ー制作する中で、どんなことを感じたのでしょうか?

 100回やってみて、ほっこりしてみたり、しょんぼりとしてみたり、いろいろな気持ちになりました。拾う、拾わないの割合は6:4でしたが、ハンカチを拾う人は善い人、拾わない人は悪い人と考えるのは違うなと思いました。拾わない理由にもいろいろあり、拾わなかった人なりの「拾えなくてすみません」という感情や、微妙な仕草の中にある人の温かさを感じることができました。

 

ーどういうふうに人を見ているのでしょう?

 どちらかと言えば、人は「善いもの」だと信じています。疑ってかかると不安が生まれて、その不安が相手にも伝わってしまう気がするので…できる限り先に「いい人に出会ったぞ」と信じて決めてしまうと、とても楽しい気分になります。悪い人に騙されてしまったら…その時はその時です。目の前の人をどう捉えるかは大抵自分次第だと思うので、「私はそう信じる」ことができればそれでいいと思っています。

 

ーいろいろな体験を通じて、多くの人と関わることで、最後にはそれが一つの作品になっているのですね。ご自身で制作することを大切にしているのですか?

自分がやったという痕跡が消えてしまうと、何をしてきたのか分からなってしまうので、自分の手で作るということを大切にしています。自分で考えて手を動かしていると、自然にいろんな感情になって伝えたいことが生まれてくる気がします。作品の中に素朴な自分の気持ちがちゃんと詰まっているかをいつも気にかけています。

 

2.卒業制作の話

ー卒業作品はやはり人との関係をモチーフにしたものなのでしょうか?

 卒業制作を始めるにあたり、これまで一貫してやってきた事は何だろうと考えました。色々な作品を作り、なるべく色んな技法に手を出してきましたが、最終的にはそれを通して自分自身を作ってきたということに気が付きました。様々な人と関わりながら作品制作と向き合ったことで、ようやく自分らしさが見えてきたので、勇気を持って作品タイトルを「私になりたい」にしました。卒業制作展では、空間の中に30体の私を模した人形を配置し、それを作る過程をまとめた映像を流す予定です。3分ほどの映像がループしているので、ぜひ立ち止まって見て頂きたいです。

〈インタビュー当日が提出〆切だった、作品の縮尺模型(試作品)〉

 

 

ー「私になりたい」という思いはどういうふうに表現されているのでしょうか?

 なかなか一言で表すのは難しいですが、このタイトルには「そのままでいいよ」というメッセージが込められています。私が自分を受け入れた過程を映像にして見せることで、どこかの誰かにもこの考え方が届けば良いなと思っています。あとは、作者がやりたいことを自由にやっているという喜びが人形のテキスタイルや形から直感的に伝われば嬉しいです。

〈制作した人形を説明する新海さん・・・模型の中に配置されていた人形は実際には こんな大きさですよ!〉

 

〈作品のイメージを見せてくださいました〉

 

〈人形の中に入れる紙には新海さんの想いが綴られています〉

 

 

 今日が作品模型の〆切です。本当は一部屋全部を使って展示をしたい作品なのですが、もう少し小さな空間での展示になりそうです。

 

3.新海さんが藝大を目指すまで

ーもともと芸術に興味があって、この道を選んだのでしょうか?

 最初は大学進学に全く興味が無く、とにかくバレエに夢中でした。ただただバレリーナになりたかったです。でも、現実的にバレエで食べていくのは難しいと思い始め、「大学はとりあえず行ってみたら?」という親のアドバイスもあり、高校2年生の頃、大学への進学を考え始めました。4年間も学ぶなら興味のあった芸術がいいな、ということで藝大を目指すようになりました。それまで本格的に絵を描いたことがなかったのですが、お試しに美術予備校の体験授業で絵を描いてみたら、意外と楽しかったんです。木炭デッサンで食パンで線を消したり、粘土をこねて物を作るのが楽しくて、どんどんのめり込んでいきました。藝大を受験すると親に報告した時は、「何を言っているの?」という反応でしたが、あの時、私のはじめの一歩を止めなかったことに感謝しています。

 

ーかなり大きな方向転換ですね!

 そもそも藝大の存在を知らなかったのですが、ネットで藝大神輿を見て感動し、この大学面白そうだなと思いました。入るのがとても難しいと言われても、そもそも知らなかったので、運よくチャレンジできたんだと思います。

 

ーバレエに一所懸命に取り組んできた経験が、この先、また繋がっていくのではないでしょうか?

今、バレエを踊っても技術的には絶対上手に動けませんが、人前で自分を表現することは4年間みっちりやってきたので、なんだか昔より魅力的に踊れる気がしています。ダンサーは自己表現をしながらも舞台上で作品の一部になっていると思うのですが、私も作品の全体を見つつ「自分はこれをやりたい、これで幸せになるぞ」という積極的な気持ちを持っていたいと思います。

 

4.藝大に入ってからの思い出と今後の目標

ー藝大に入って、どんな刺激を受けましたか?

 大学では、教授は技術的な事をあまり教えてくれません。「あなたはどう考えたの?」と問われることが多く、私個人の視点が求められていると感じます。私にはそのスタイルがとても合っていたので、そういう環境で他の学生が作った作品を見る事ができたり、先生にコメントをいただける事はとても嬉しかったです。

 

ーフリーのデザインの仕事をされていましたが、きっかけは?

開業したきっかけは、ハンバーガー屋さんの仕事です。この仕事自体も、音楽学部の友達の友達の友達…みたいな、人とのつながりの中で生まれたものです。最初は友達の手助けのつもりでアイデアを出していたのですが、知らぬ間にそれが採用試験を兼ねていて実際の仕事に繋がりました。

 

ー作品作りと同じ感じですね。石川さゆりさんのプロジェクトへの参加も人とのつながりからでしょうか?

 それは大学のプロジェクトに応募したものです。このプロジェクトには、私以外にも6人の学生が参加しており、全員それぞれが作品をデザインするということだったので、作品として世に出るかわからない状況でした。そういう中で、どういう気持ちでデザインすればいいのか悩みました。描いても無駄になるかもしれないし、何を求められているのかよく分からない。いろいろと考えてしまいましたが、最後は自分の好きなことを描くしかないと思いました。迷ったときは、自分の好きなことをすることで前に進んでいます。

 

ー次に挑戦したい表現手段はありますか?

 今、音楽学部の先生の繋がりで、舞台美術を制作しています。舞台芸術にとても興味があるので、いつか自分で脚本を書いて、舞台をデザインして、演出してみたいと思っています。

 

ー今後も人間関係をモチーフにした作品は作っていきたいと思いますか?

 是非作っていきたいです。ただ、決め過ぎてしまうと上手くいかないので、そのときそのときに自分の心に響くものを表現していきたいです。その表現手段は、もしかすると絵を描くことではないかもしれません。今やっていることがずっと続くか分からないので、興味があることにはなんでも挑戦して、自分が納得するまで続けたいです。

インタビューを終えて

新海さんは、自分の中にしっかりと芯があり、自分が信じたことに一所懸命取り組むという姿勢にインタビュアー3人ともすっかり魅了されました。これからも大きな転機があるかもしれませんが、新海さんならば、ぶれずに乗り越えていくと思います。そんな新海さんの集大成である作品を、是非卒展でご覧になって下さい。

新海さんの作品は、Instagramでも見れますので、ご興味のある方は是非ご覧下さい!https://www.instagram.com/yukiko_shinkai/

 


自己紹介

インタビュアー 滝沢智恵子

私自身、ずっと「ご縁」を大切にしてきて、「人の優しさ」に支えられてきました。初めてお会いする新海さんが同じようなことをお話しされて、とても嬉しくなってしまいました。明るく優しくそして強さも備えた新海さんのこれからがとても楽しみです。

 

 

インタビュアー 井戸敦子

新海さんの作品に惹きつけられたご縁でインタビューとなり、柔らかで忘れられない時間を過ごさせて頂きました。新海さんのお話と作品を通して、わたし自身もこれまでの出会いや経験がネックレスのように繋がって思いもかけない「自分」になっていることへの、感謝や発見がありました。ありがとうございました。

 

執筆 菊地一成

とびラーの活動では日々新しい気付きをもらいますが、今回のインタビューでは人生を楽しく生きる方法を今更ながら教えてもらった気がします。新海さんより遥かに短いものの、残りの人生、この心持で臨みたいと思います。

「『今ある世界から作り始める』という設計者・研究者としての眼差し」藝大生インタビュー2022|建築専攻 修士2年・鶴田 航さん

2023.01.23

漁網や漆など普段は建築に使われない素材を手に、材料と建築を結びつける研究の話から始めてくれた鶴田さん。彼がインタビューを通じて何度か繰り返す「今ある世界を受け入れ、そこから作り始める」という言葉。その言葉がどのような事を意味し、彼がどのようにしてその考え方に至ったのか、さらに修了制作にまでどう繋がっていくのかお話を聞きました。

 

建築に興味を持ったきっかけは?

きっかけは進路を模索している高校生の時に、街の書店でたまたま手に取った一冊の本です。その本は構造設計家のセシル・バルモンドの「informal」という本で、エンジニアリングの内容でありながらグラフィカルでとてもおしゃれでした。内容は詳しくわからなくてもとにかく楽しくてどんどん読み進めてしまいました。本に出てきている建築や建築家を調べることから始め、本の日本語版監修者である藝大の金田充弘さんのことも知りました。直接研究室にメールを送ったところ、高校生ながらいきなり講評会に参加できることになりました。その講評会で教授と学生が垣根なくフラットに議論している様子を見て「これは藝大しかない!」と思いました。最初に出会ったのが「ものがどう成り立つのか」ということを考える構造設計家であったことは、建築を学ぶ上で大きく影響しました。

 

一冊の本との偶然の出会いから建築の世界へ「自分でもでき過ぎていると思う」と笑う

 

留学していたとのことですが、どのようなことが印象に残っていますか?

トータル2年間スイスに滞在しました。留学先では、国も年齢層もバックグラウンドもバラバラな人たちと一緒に研究することで大いに刺激を受けました。建築だけでなく、グラフィックデザインや材料エンジニア、AI研究者もいて、その人たちが一つになることで今までにないもの、どの視点から見ても質の高いものが生まれることを体験できました。特に刺激を受けたのは、彼らが「一見取るに足らないように見えるものの中に、建築としてのポテンシャルを見出す力」に長けていることで、どんな物でも常に可能性を捨てずに一度テーブルの上に置いてみる姿勢を学びました。それは研究をするにあたりとても大切な能力だと思っています。今まで建築に使われなかった材料を建築に用いようとすれば、誰もやったことがないので失敗するのが当然です。ただ、その失敗の中にヒントが必ずあるので、「失敗という価値ある情報」が増えたと捉えて、へこむことなく淡々と前へ進む姿勢が身についたかなと思います。

 

 

留学2年目は「助手」の立場だったとのことですが、その経験で得たことはありますか?

自分が一番若かったこともあり、教えるというよりも協働して一緒に進めるコラボレーターとして関わる方が良い結果になることに途中で気づきました。今思えば、それは金田さんが自分にフラットに接してくれていたことと同じなのですが、自分自身の体感として得られたことは大きかったです。また、教えることで俯瞰した視点を得られ、数多くのアイディアの中から「今は取るに足らないものでも宝物になるかもしれないもの」を判断できるようになりました。そのことによって、製作者として集中する視点と評価者として引いて見る視点の両方を得て、自分の中で役割を変えながら製作を進められるようになりました。

 

留学中の作品を動画を使いながら説明

 

研究対象を決めるときの基準はありますか?

まず大事なのは本当に自分が没頭できるかどうかです。一方で、個人的な興味を掘り進めた先に、他の人も共感できる普遍的な領域に広げていける可能性があるかどうかを同時に考えています。建築の普遍的な価値という意味では、環境に良いだけでなく、建築的にどう面白いものになっているかという点を大切にしています。そうすることで初めて建築として普遍性を持つものができると考えています。

素材については、今まで見過ごされていた素材を「見方を変えることで新しい使い方ができること」に関心があります。そのときにコンピューターによる解析を行って、より深く今までとは違う視点で見ることができたり、ロボットを用いることで人の手ではできないレベルで再現することができると感じています。今までは職人が体で覚えてやっていたこともデジタルの力を使うことで違う領域まで到達できるのではないかと思っています。

 

初期に検討していた砂の構造体の痕跡

 

修了制作について教えていただけますか?

《人間の土地》という作品で、サン=テグジュペリの本からタイトルをとっています。その本の中に砂漠の話があり、「砂漠の砂」をテーマとしています。砂漠の砂は大量にあるにもかかわらず、角が削られて丸く摩擦力が弱いため工業的に使えないのですが、それを建築に使えないかと考えました。当初は、砂自体を構造材として使うことを想定していましたが、何度実験をしても建築構造材としての強度を得ることができませんでした。そこで視点を変換して、砂をコンクリートの型枠として使うこととし、さらに鉄筋の代わりに麻繊維(ヘンプ)を使ったコンクリート「ヘンプクリート」を利用することで、型枠もコンクリートも100%現地調達でき、分解・再利用もできることを考えました。この砂の研究をベースとして、形と工法、建築設計にどう落とし込めるかを考えていきました。

 

砂漠の砂の主成分が二酸化珪素(石英SiO2)であることに注目し、二酸化炭素と反応して炭化ケイ素というガラス質になり硬化する性質を利用

 

 

砂による形とは?

砂によって作られる形を建築に活かせないかと思い、「風」と「重力」の2つの力でできる砂独自の形を建築に応用しようと考えました。まず「風」でできる形は、砂と風によってできる、いわゆる砂紋や砂丘の形を応用しました。砂と風の方向をプログラムすることで、風によってできる砂の形をシミュレーションできます。そこへ何か物を立てることで、欲しい砂丘の形ができることがわかりました。簡単な壁を立てて置くだけで、あとは風によって形ができ、それを固めていけば自然と協働して独自の形を作れるのではないかと考えました。

 

風によって砂の独自の形ができることをシミュレーション

 

次に「重力」によってできる形は、砂を穴から落とすと自然に止まる時の安息角という角度を利用して、柱と屋根の接合部の形を決めました。砂の入ったプレートの柱位置に穴を開けておくと安息角で自然に砂が落ちるのが止まります。その砂の形状を型枠とし、コンクリート(※)で固めて屋根面と柱を作ると柱上部に分厚い形状ができます。造形的に自然に作られた形が、同時に構造的にも柱周りの強度を高める形になるのが面白いと思っています。
(※厳密には砂利の入らないモルタル。以下同じ。)

 

左上が砂による型枠。右がその型枠からコンクリートで作った屋根形状。手前は安息角の説明

 

施工方法としては、砂の上にコンクリートをそのまま流すと落ちていってしまうため、砂にコンクリートを吹き付ける工法を考案しました。吹き付けるためのノズルを3Dプリンターで作成したり、吹き付けたコンクリートの厚さを計測する3Dスキャナとそれを投影するプロジェクターの仕組みも自ら手作りをし、必要なコンクリート厚を確認しながら、繰り返し吹き付ける施工装置を作りました。

 

3Dスキャナ(写真中央上)とプロジェクター(左)を組み合わせた施工装置

 

最後に、今まで検討した造形と工法をまとめて、どのような建築ができるかを考えました。風によってできる砂丘を活かした構造体を3箇所組み合わせて、屋根状の砂丘が山脈のように連なった形をデザインしました。できた模型だけ見ると荒々しくて、テクノロジーを使っているようには見えませんが、実際は裏ではテクノロジーが支えています。また出来上がった形が完成ではなく、形状を反復して拡張させていくことや、できた建築が次の形状を作るきっかけとなり自然と次々と繋がっていく可能性も想定していて、移り変わりの激しい砂漠ならではの形ができるのではないかと思っています。

 

型枠であった砂を掻き出した後の模型。洞穴のような内部空間ができる

 

どのような用途の建築ですか?

用途としては、砂漠の強い日差しを防ぐ半屋外の休憩所です。地下水を利用した灌漑施設であるカナートを稜線に沿って配置することで屋根の下に湖ができ、そこでラクダのキャラバンとかが水を飲んだり泳いだりできる砂漠のオアシスのような空間になります。

 

建築の模型と図面。オアシスの周りに人や動物が集まり、畑で麻を栽培すれば、材料の現地調達も可能に

 

そしてここまでだと「本当につくれるのか?」となるので、実際のスケールでも作ってみました。

 

実寸模型の表面にはまだ砂が残っており、古代遺跡の一部のようにも見える

 

実寸模型は型枠を外す時までちゃんと立つのかドキドキでした。表面を触ると型枠だった砂がまだ残っていますが、その砂を洗い流してコンクリートだけにしても良いですし、CO2を吹きかけて砂を固定するという選択肢もあると思っています。今回の研究は、材料の研究から始めて、形の決め方のスタディと施工方法、そして提案の形にまとめ、実際に製作まで一連のパッケージとしてできたと思っています。

 

柱の脇に残された初期のスタディ。「次につながる可能性を見出すプロセスを大切にしたい」という鶴田さんの姿勢が表れている

 

現代的な建築とは趣がかなり違う建築ですね

それは意識的にしています。一般的な建築は作りたいものが先にあってそれを実現しやすい形や素材を選んでいきますが、そうではなく、既にあるものを用いることから建築ができないかということを根本的な問いとして考えていて、それが今回は砂だったということです。そして、コンピューターを用いることで再現性のある形で、ある種普遍的な材料として提案することができ、出来上がったものは「既に存在しているこの世界から建築を始める」ことになる。自分の周りにあるものを受け入れ、読み取り、理解することから建築の一歩を始める、これほど魅力的なことはないと思っています。

 

 

これからについて教えてください

スイスで博士課程として研究を続ける予定ですが、今回の修了制作で実際の建築の作り方を知らないことを痛感したので、建築の現場を知る必要性も感じました。正直なところ、研究と建築の実務をやりたい気持ちが半々で、研究を進めつつ建築の実践もしたいと思っています。
今後も「今ある世界から作り始める」というテーマは大事にしたいと思っていて、そこにある世界を認め受け入れることで、自分の固定概念や先入観から解放される瞬間を感じられるよう活動を続けて行きたいと思っています。

 

金田研究室の修士1年生が主体となって行う、藝大工芸科の鍛金技術を参照した金属仕上げの研究。コンピューターによって伝統的技術の可能性が広がることが面白いと語る

 

 

■インタビューを終えて

 

砂が風に流されて美しい形を作るという、コントロールされていないところに材料としての砂の面白さを感じたという、鶴田さんの視点の斬新さ。そして、扱いにくいという理由で建築的にあまり利用されてこなかった「砂」で建築ができるのであれば挑戦する価値があると語る鶴田さんに、未知のものへ挑戦する強さを感じました。高校生のとき偶然出会った構造設計家の本から出発した彼が、これからどのような作品でまだ見ぬ新たな景色を見せてくれるのか楽しみでなりません。

 


取材:飯田倫子、尾駒京子、中村宗宏(アートコミュニケータ「とびラー」)
執筆:飯田倫子

 


一つ一つの経験が全て作品に繋がっていく、鶴田さんのお話はまるで小説のようで、インタビューを通じて作品だけでなくそのプロセスをとても魅力的に感じました。(飯田倫子)

 

 

「『違う人の視点』を紡ぐ、物語」藝大生インタビュー2022|グローバルアートプラクティス専攻 修士2年・橋場 みらんさん

2023.01.21

「修了制作は、VR作品になります。」
事前に美しい油絵のポートフォリオを見せてもらっていた私たちは、そのメールに驚いた。

 

12月初旬の取手キャンパス——出迎えてくれたのは、今日お話を伺う、東京藝術大学大学院美術研究科 修士課程 グローバルアートプラクティス(以下、 GAP)専攻の橋場みらんさん。素敵な笑顔と、鮮やかな金髪が印象的!
油絵からVRへ…… 一体何が彼女を新たな道に導いたのか、昼下がりの教室でゆったりとお話を伺った。

 

「まずは、ぜひ作品をみてください」
壁には映像が投影され、椅子の上にはVRゴーグルが置かれている。

橋場さんが制作した作品は、 映像とVRを組み合わせたインスタレーション。とある1つの物語を、異なる角度——すなわち平面と立体(VR)という2つの形態の映像で鑑賞する、という作品だ。

 

 

—​ 物語のあらすじ​ —

 

《We are Avatars, We are Avatared》

 

その部屋には、メガネを装着し、一心不乱にキャンバスに向かう2人の女性がいる。メガネを装着した彼女たちは、その中に映し出された自身の『アバター』しか見えていない。

 

 

あるとき、2人はメガネを外す。2人は初めて『アバター』ではなく、本物の『他人』と出会う。そこにいたのは、思い描いていた『アバター』とは様子が異なる、現実のなかの『他人』。

 

 

「何かが違う……」

メガネの中でみていた『アバター』と、目の前にいる『他人』との違いに混乱する2人。やがて、メガネの中の世界=自分のなかの世界には存在しなかった、『境界』に気づき……

 

 

この続きは、ぜひ修了作品展にてご覧いただきたい。

 

展示室に入った鑑賞者は、まずはじめに壁に投影された平面の映像を​鑑賞​する。それはまるで、実況​のような映像​……キャンバスに向かう​2人の女性の様子を、ワイプに現われたそれぞれのアバター達が解説する、というものだ。平面の映像という形態自体は、見慣れたもののはずなのに、そこには強烈な違和感が残った。

続いて鑑賞者は​、同じ世界観・同じ設定で描かれた別視点の立体映像を、VRゴーグルを被って鑑賞する。こちらには実況をするアバター達はいない。まるでその世界に入り込み、2人の様子を覗き見しているかのようだ。

だんだんと現実と非現実、自分と他者の視点、その境界が曖昧になっていく、不思議な感覚が残る……

 

 

◼️違う視点を持つ人間同士の関係性を描く

 

 

興味深く、ドキドキしました。この作品をみていると、​私とあなたの間にある​『境界』​というものを​考えさせられます。作品を作ろうと思ったきっかけについて、教えていただけますか。

ありがとうございます。​確かに​​​、​『境界』​というキーワードは​意識していました。私は学部時代、多摩美術大学の油絵専攻に所属していました。当時​も『境界』を意識していて、特に『違う視点を持つ人間同士の関係性​』ということを制作​のテーマにしていました。

私が油絵で描く人物や風景は、架空のものです。『存在しない世界』を、自分で構築していました。けれど、GAPでの2年間で、実はその『存在しない世界』も現実の自分の身体に関係して生まれたもの——『無意識』に関係して生まれたものなのではないか、と感じるようになったんです。

 

 

今回、作品の形態は油絵ではありませんが、制作テーマは一貫している、ということでしょうか。

そうですね。この作品でも『違う視点を持つ人間同士の関係性』というテーマを意識しましたが、特に今回は『同じ』と『違う』という二つの矛盾した要素を両立させる作品を作りました。そのきっかけは、自分が双子だということ。作品に登場している2人の人物のうち、1人は私で、もう1人は私の双子の妹です。双子は、外見などの要素から『同じ』人物であるかのように一括りにされてしまうことがありますが、全く『違う』人物です。

実はここ2年間、作品に出演した妹と二人暮らしをしているんです。ずっと長く過ごしてきたけれど、二人暮らしをすることによって、改めて自分たちが『違う』人物なんだということを意識しました。

 

 

具体的にどんな出来事から『違う』と感じられたのでしょうか。

例えば、ケンカをするということ。ケンカって、相手とのズレがあるからしてしまうんですよね。二人暮らしをはじめて、結構考え方のズレがあるんだなあと感じました。『違う』けれど、『同じ』ところがたくさんある双子同士ということもあって、相手に対して理想を抱いて期待してしまっていたんだと思います。他人を理想化することによって、無意識に相手を「アバター化」していたんです。

 

 

「アバター化する」というのは、自分の都合のいいように、無意識で他人を理想化し、別の人物のように仕立て上げてしまうということでしょうか。妹さんに対して、ズレを感じるということは、理想を抱いて「アバター化」していたのでしょうね。

そうですね。元来、私は「自分と妹は別々の存在だ」と思っていました。けれど、二人暮らしを始めてからは、逆に「互いに切り離せないものだ」と意識するようになったんです。そこで、「自分にとって双子の妹は、自身のアバターのような存在なのではないか」と考えるようになりました。こうして振り返ると、2年間の二人暮らしがなければ、この作品は生まれていなかっただろうと思います。

 

 

なるほど。アバターは、自分の分身であり、理想の投影とも言えるということなのでしょうか。

はい、そうです。タイトルの「Avatared」という言葉は、「アバター化する」という造語です。

作品自体は、双子であるという自身の生まれ持った特性を活かして撮影しましたが、こういうことって誰にでも当てはまるんじゃないかな、と思うんです。双子だけでなく、日常の現実世界でも「他者に対してアバターを作り出す」ということってあるよなあと。また、インターネット時代の現代においては、誰でも理想の自分を仮想世界にアバターを作ることができますよね。そういうことも、アバターを意識するきっかけになりました。

 

 

作品としても、前半は見慣れた平面の映像なのに、アバターに実況されているということで、不思議な印象を受けました。

前半とは対照的に、後半はVR。仮想世界として、立体的に見せています。作品の形態を工夫することで、鑑賞者の中の『境界』を曖昧にしたいと考え、映像とVRを組み合わせた作品にしました。

 

「VRゴーグルをつけた人間ってすごく異星人みたいなんです。同じ人間のはずなのに、違う人間・違う人種みたい。アバター的ですよね。」と語っていた。なるほど、確かにVR星人は、なんだか不気味だ

 

『境界』というキーワードは、ずっと意識しているんですか。

はい、そうですね。私は帰国子女です。幼い頃から海外で暮らしていました。その頃のことを思い返すと、無意識的に違う文化で生まれ育った人たちに対して『境界』を作っていたんです。

例えば、アメリカに住んでいた時のことなのですが、私は英語がうまく話せているのかがわからず、不安でした。そうしてどんどん引っ込み思案になり、あまりしゃべらなくなってしまったんです。心の中では相手に近づこう!と思っていたはずなのだけれど、実際には自分自身が壁=『境界』をつくっていたんですよね。こういう経験も、作品の中に落としこまれています。

 

 

橋場さんは『境界』というキーワードに対して、どのような印象を持っているのでしょうか。

私が感じているのは、あくまで『境界』は事実としてそこにある、ということ。それを作品の中で提示したいんです。『境界』は、良い面も悪い面もあります。それが両立して存在しているものです。けれど、『境界』のもつ分断性が目立ってしまうんですよね。本当は『境界』は、分断するだけのものではない、ということを示すことができれば……と考えています。

 

 

そうだったんですね。では、橋場さんが作品を作る上で、内からこみ上げてくる「何かを表現したい」という思いは、どこからきているのでしょうか。

私の原点は、絵です。幼稚園から小学校の途中までアメリカに住んでいたのですが、その時にたくさんの習い事をしていました。なかでも、1番好きだと感じたことが、「絵をかくこと」だったのです。当時、あまりおしゃべりではなかった私ですが、絵はよくかいていました。

 

 

橋場さんにとっては「絵をかくこと」が、おしゃべりをすることのような存在になっていたんですね。

私にとっては「絵をかくこと」も、言語の一つだったのかもしれません。日本語と英語、そして絵も……自分を表現するツールだったのかな。

 

 

その話を聞いて、橋場さんのポートフォリオを思い出しました。油画の作品とともに紡がれる言葉が、とても丁寧ですよね。心のうちにあるものを表現するために、絵と言葉どちらも使っているんだなぁと感じました。

 

 

◼️自らの作品から新たなインプットを得て、また新たな『物語』のページをめくる

 

 

油絵の作品から、VRへ。そこにはどんな心境の変化があったんですか。

映像作品を作ること自体、初めてです。これまで描いてきた油絵作品では、自分の意識をインプットして、絵画としてアウトプットしていました。

映像作品の面白いところは、そこに『次元』が生まれるところです。この経験も、今後作っていく油絵作品のためのインプットになると感じました。近い将来、今回のインプットが新たな作品としてアウトプットされるといいなと思っています。

 

 

鑑賞前は、油絵とVRは形態が全く違うので、それぞれ分断されたものなのかなと思っていました。けれど橋場さんの中では、作品の形態による違いはなく、つながったものなんですね。橋場さんの中には、「こういう表現・形態でなければならない」という固定概念がないんだなあと感じました。

自分の作品を、自分の経験にしたかったんです。自分自身の経験が、別の形態の作品のインプットになるということを目指していました。油絵は二次元ですけど、バーチャルリアリティという違う次元を扱った経験から、新しい異次元が生まれるかもしれない。自分が描く油絵の中の架空の世界に、うまく影響しないかなと狙っていました。だからこそ、特に作品の形態には拘っていません。「絶対に、これだ!」というものはないんです。

 

 

自分の作品からのインプット、という考え方が興味深いです。自分が生み出した作品なのに、そこからもインプットがあるんですね。橋場さんは自身の経験を作品に活かすことが多いようですが、経験から制作までの間に時間は空いているんですか。

そうですね……経験したことから、作品に落とすまではちょっと時間が空いています。私は作品の内容を考えてから、作品の形態を考えるんです。それが油絵とは限らない。1番大事なことは、最適化。どういうメディアなら、自分の伝えたいことが最も正確に伝わるかを考えながら、作品にあった形態を考えています。この選択には、正解がありません。正解があったら、きっと辞めちゃいますね。正解がない世界だからこそ、続けたいと思う。油絵を描いて、インスタレーションを作って、また油絵を描いて……そういう制作する流れ=サイクルは、自分の中で正解を決めていないから、続くんです。

 

「次は絵画を描きたいな。でも、まずはこれをやり切らないと!VRは作り直す予定なんです。でも、髪型変えちゃった。」と笑う橋場さん。こうしてみると髪色が違うだけなのに、映像の中の黒髪の女性とは、別人に見えるから不思議だ。

 

 

◼️新しい形態の作品を作り続けたい

 

 

最後に、「これから先、こんな風に過ごしていきたい」という将来像があれば教えてください。

今は油絵を描いたり、VRと映像でインスタレーションを作ったりしているんですけど……私の制作の基本として、「新しいカタチを作りたい」という思いがあります。だからこの先も、新しい形態の作品を作っていきたいです。

 

 

これから先、橋場さんが紡いでいく『物語』の続きが楽しみです!今日はありがとうございました。

 

 

■インタビューを終えて

 

VRを使ったインスタレーションということで、メカっぽい無機質な質感の作品を想像していた私たち……けれど、実際の作品はとても温度感のあるものだった。そこには、鑑賞後も思わず「どう感じた?」と誰かと話したくなる、余韻があった。その奥行きは、橋場さんの人がらや経験から生み出されるものなのだろう。(取材を終えた3人は、すっかり彼女の虜になっていた!)

橋場さんの作品は、東京藝術大学卒業修了作品展にて鑑賞できる。この先、橋場さんがどんな形のどんな『物語』を紡いでいくのか……今後の更なる活躍が楽しみだ。

 


取材:大沼隆明、設楽ゆき奈、大石麗奈(アートコミュニケータ「とびラー」)
執筆:大石麗奈

 

インタビュー前、自己と他者の境界について云々考えていたところで、橋場みらんさんの作品を拝見することとなり、セレンディピティを感じずにはいられませんでした。(大沼隆明)

 

 

作品そのものとその制作過程に、みらんさんの素敵な世界が広がっていました!最後にみらんさんから、話せて楽しかったと笑顔をいただきました。とびラーと藝大生の対話、素敵な時間でした!(設楽ゆき奈)

 

 

「とびらプロジェクトは、gift×giftな場!」と感じている、3年目とびラー。三年間での出会いや変化が、自分の視野も広げてくれました。藝大生インタビューもそんな素敵な場。これからの未来の可能性に、ワクワクしています。(大石麗奈)

 

【開催報告】『おいでよ・ぷらっと・びじゅつかん』

2022.11.12

今日はどんな気分?

「学校がしんどいな」とか

「いつもみんなで行動するのも疲れちゃう」と思ったら、

おいでよ、ぷらっと美術館に

 

秋晴れの11月、土曜日の午後、私たちのこんな呼びかけに応募してくれた

3組の親子が東京都美術館のアートスタディルームに来てくれました。

「おいでよ・ぷらっと・びじゅつかん」は、学校が「しんどい」と感じている小学生・中学生とその保護者を対象としたプログラムで、2021年度から始まり今回が3回目の実施になります。

参加者ととびラーが1対1でペアになり、東京都美術館や展覧会を一緒にお散歩することで、美術館での過ごし方をみつけていく、オーダーメイドのプログラムです。

学校に行っていても、行っていなくても、何かしら「しんどさ」と感じている子供たちに対して、「社会の中には学校と家だけじゃなくていろんな場所があるよ」「美術館は『自分の居場所』のひとつになれるかもしれないよ」ということを伝えたいと思い企画しました。

 


美術館へようこそ!

 

子供たちがゆっくりと来られるように、受付は14:3015:0030分間設けました。美術館に来るのが楽しみで受付開始した直後にきてくれる子もいれば、あまり乗り気そうではなく受付時間ぎりぎりに連れて来られた子も。どんな状況でも来てくれただけで私たちは嬉しくて、少しでも緊張を解きほぐせるよう笑顔でお出迎えしました。

担当とびラーと参加者が席に着いたら、お互いに呼んで欲しい名前を付箋に書いて交換し、このプログラムの特別パスポートをお渡ししました。この特別パスポートは、お散歩の中で見つけた「お気に入り」を記録するために使います。また、参加者は初めての場所や初めて会うとびラーに緊張しているだろうと思い、まずは少しでも安心感を持ってもらえるよう、これからプログラムでやることをフリップを使って説明しました。

 

お互いを知り合う時間

次に、アイスブレイクとして、岡本太郎の作品や東京都美術館の写真を使って、どんなものが気になるかについてお互いに話しました。テーブルに並べたたくさんのカードの中から、まずはとびラーが好きなカードを紹介します。次に子供に興味があるものや見たいと思うものを選んでもらい、どんなところが気になるかを聞きます。名前を書いた付箋を指人形のように使いお話しするペアもあり、カードを通じてお互い興味があることを話すことで、とびラーと子供の距離が少しずつ縮まっていきます。

熱心にお話ししてくれる子もいる一方で、なかなか話そうとしない子もいました。初めて会う人といきなり仲良くなるのは大人でも難しいので、そんな子がいてもおかしくありません。本人のペースで心が開くまで、時間をかけて話しかけていきました。その子もきっと話しかけられる言葉を聞きながら、とびラーがどんな人かを知ろうとしてくれていたのだと思います。一言、二言と少しずつ話してくれるようになり、20分間のアイスブレイクが終わる頃には、最初の頃の緊張は解け、とびラーとお散歩に行く気持ちができているようでした。

 

お散歩へ出発

心の準備ができたら、お散歩へ出発です。ここからは保護者とは離れて、とびラーと子供だけの時間が始まります。みんなしっかりとした足取りで「展覧会 岡本太郎」に向かっていきました。会場に入り岡本太郎のエネルギッシュな作品の数々を見ると、元々楽しみにしていた子はもちろん、最初は興味なさそうだった子も一気に作品の魅力に惹きつけられたようでした。それぞれお気に入りの作品を見つけて、熱心に観察したり写真を撮ったりしながら鑑賞しました。一つの作品をじっくり見る子もいれば、多くの作品に興味が止まらない子もいて、作品の鑑賞の仕方にも一人ひとりの個性が出て、一緒に回るとびラーにも発見のある楽しい時間となりました。はじめは一言だけだった感想も、展覧会の最後には「作品のこんなところがが好き」という話から、普段の好きなものの話までたくさんお話ししてくれるようになっていました

展覧会の後には美術館内を一緒にお散歩しました。東京都美術館には心休まる空間がたくさんあります。とびラーおすすめの場所に案内すると「わぁ」と声を上げ、展覧会とはまた別の表情を見せてくれました。

 

 

今回は、保護者にも美術館が居場所になり得ることを知ってほしいと思い、「参加者」としてとびラーと二人で活動する時間を設けました。なぜ私たちがこのプログラムを作ったのか、それぞれの個人的な思いも含めて伝えることから始め、1対1でじっくりとお話をしました。保護者からも、このプログラムへの応募動機や美術館への関心についてお話ししてもらい、子供と離れ、一人の大人として非日常のリフレッシュする時間を体験してもらいました。

 

 

お気に入りボードとパスポートの作成

 

一組、また一組とお散歩を終えた子供たちが、目を輝かせてとびラーと楽しそうにアートスタディルームに戻ってきました。ちょっと休憩をして、美術館で見つけたそれぞれの「お気に入り」からお気に入りボードを作成する作業に取り掛かります。撮影した写真の中から1枚選んでプリントアウトし、岡本太郎の消しゴムハンコを押したり、絵を描いたりとそれぞれの方法で、「お気に入り」を思いっきり表現してくれました。子供たちはプログラム当初の緊張していた様子とは打って変わり、周りのとびラーにも何が気に入ったのか、何を作っているのかを元気よく話してくれ、部屋全体が賑やかな空気に包まれました。最後に保護者と子供それぞれにアンケートを回答してもらい、全部で90分のプログラムが終了しました。

 

おいでよ・ぷらっと・びじゅつかんに込めた思い

私たちはこの企画を進めるにあたり、どうしたら参加者が「自分の居場所」と感じられるようになるか、何度も何度も話し合いました。その中で出てきたキーワードは、「子供と真剣に向き合い続けること「違いをありのままに受け止め、肯定すること」「正直に向かい合い、取り繕わないこと」でした。子供たちがどんな心の状態で来てくれるのかわかりませんでしたが、どのような状況でもこれらのキーワードを守り、あとは柔軟に対応することに決めていました。

実際に、学校が「しんどい」理由も性格や興味も参加者それぞれ違い、想定していなかった状況も多々ありましたが、参加者にとって安心できる場にすることを何よりも大事にしました。参加者全員が最後に笑顔で帰っていった姿を見て、また、保護者から「新しい場所に行くことを少し躊躇するようになっていたが、初めての美術館がとても楽しい時間となったようです。」「美術館がお気に入りの場所になりそうです。」という声をいただき、私たちの想いを十分に届けることができたと感じています。

 

おいでよ、ぷらっと美術館に。

 

美術館がそんな場所となれることを願い、今後もっと多くの人に私たちの想いを届けていきたいです。


 

執筆:飯田 倫子(アート・コミュニケータ「とびラー」)

とびラー2年目。とびらプロジェクトを通じて色々な人に出会い、日々刺激を受けると共に、美術館が自分にとっても「居場所」になりつつあることを感じています。

 

2022鑑賞実践講座⑥|「コーチング/VTSファシリテーションの実践とふりかえり」

2022.10.31


 

第6回鑑賞実践講座|「コーチング/VTSファシリテーションの実践とふりかえり」

日時|2022年10月31日(月)13:00〜17:00
会場|東京都美術館 アートスタディルーム、スタジオ
講師|三ツ木紀英(NPO法人 芸術資源開発機構(ARDA))
・グループ鑑賞の実践
・ふりかえり(コーチング)の仕方について

 


 

第6回となる今回は、ファシリテーションの様子をふりかえり、改善ポイントなどを確認する「ふりかえり(コーチング)」について学びます。

グループワークで、グループ鑑賞とふりかえり(コーチング)の実践を行いました。
それぞれのグループで「鑑賞者」「ファシリテータ」「コーチ」に分かれて鑑賞と場の観察をした後、グループ内でそれぞれの役割から鑑賞の場づくりをふりかえり、気づきを共有しました。

 


 

 

(とびらプロジェクト コーディネータ 越川さくら)

2022鑑賞実践講座⑤|「ファシリテーション事前準備」

2022.10.10


 

第5回鑑賞実践講座|「ファシリテーション事前準備」

日時|2022年10月10日(月・祝)13:00〜17:00
会場|東京都美術館 アートスタディルーム・スタジオ
講師|三ツ木紀英(NPO法人 芸術資源開発機構(ARDA))
内容|
・作品に近づく事前準備(ひとりVTS)
・作品選びのポイントを学ぶ

 


 

第5回の講座では、ファシリテーションの事前準備について三ツ木紀英さんのレクチャーが行われました。

 

Visual Thinking Strategies(ビジュアルシンキングストラテジーズ:複数の人で対話をしながら作品を鑑賞する手法。通称:VTS)のファシリテーションは、事前の準備を行うところから始まります。

 

対象者を想像し、その人に合った作品を選ぶことも事前準備の一つです。

 

事前にじっくりと時間をかけて、作品を鑑賞・観察・分析する準備を、ファシリテータがひとりで作品をよく見ることを「ひとりVTS」と呼んでいます。今回は各自で事前に行ってきた作品分析をグループでより深めながら、「ひとりVTS」の方法を学びました。

 


 

 

(とびらプロジェクト コーディネータ 越川さくら)

【開催報告】聴く 視る 話す 鑑賞を深く味わおう

2022.09.16

2022年9月16日、東京都美術館で開催された『ボストン美術館展 芸術×力』展(会期:2022年7月23日~10月2日)に合わせ「聴く 視る 話す 鑑賞を深く味わおう」を開催いたしました。

 

このプログラムには、ふたつの目指すところがありました。

・普段の鑑賞に「聴く」「視る」「話す」を意識するパートを加えることで「作品を深く味わえた」と実感していただきたい。いつもと違う美術館での過ごし方を体験することで、鑑賞スタイルの幅を広げて欲しい。

 

・参加者やとびラーとの交流を通して、美術館が「作品を鑑賞するだけの場ではない」人々の交流の場となり、新しい価値観を生みだす「心のゆたかさの拠り所」となることを感じていただきたい。

 

それでは、このプログラムが創り上げられていく過程からお伝えしたいと思います。

 


 

▶ワークショップ開催までの流れ

春先にラボを起ち上げ、集まってくれたメンバーで「作品を味わえた」と感じた経験について、共有することから始めました。

その中で、メンバーからはこんな意見が聞かれました。

・グループでの「対話型鑑賞」での体験。他の人の意見から異なる視点を得られた

・全ての作品ではなく、心に残った作品をじっくりと時間をかけて観察。新たな発見や気付きを得ることができた

・鑑賞後、他の人と感想を共有。多様な意見を交わし合うことで、作品への理解が深まった

 

メンバーのそれぞれの体験談から「聴く」「視る」「話す」という、3つの要素を軸にプログラム構成を考えよう、という方向に決まりました。ワークショップの流れと内容は下記の通りです。

 

聴く 『ボストン美術館展 芸術×力』展の作品画像をモニターに画像を映す。少人数のグループに分かれ「対話型鑑賞」を行う。グループで同じ作品を鑑賞しつつ、他の人の発話からいろいろな視点があることを実感してもらう

 

視る 『ボストン美術館展 芸術×力』展の会場に足を運び、本物の作品を観察、鑑賞する。同じ作品でもいろいろな意見がある、もっと自由に作品を鑑賞してもいいんだ、という「聴く」での体験を元に今度はひとりでじっくりと作品を鑑賞する

 

話す 本物の作品を鑑賞しての感想や、気になる作品をグループで共有する。他の人と感じたことを分かち合う楽しみと喜びを味わってもらう

 

 

参加者に、いかに心地良くストレスなくプログラムを楽しんでいただくか?

来場者が少ないことが予想される金曜夜の「夜間開館」の時間帯にプログラムを開催することにしました。

メンバーで何度もミーティングやトライアルを繰り返し、プログラムを練り上げていきました。

 

それでは、当日の様子をお伝えします。

 


 

暑さも少し和らぎ、過ごしやすさも感じる日和となりました。夜間開館の時間帯に展示室へ足を運べるよう、17時に受付開始です。20代~70代までの幅広い14名の方がご参加。参加者4~5名、とびラー3名の3グループに分かれます。

 

▶アートカードを使って自己紹介

 

受付をすませた参加者さんから、ゆるやかに輪になって座っていただきます。「東京都美術館へはよくいらっしゃるんですか?」初めて訪れる場所、初めて出会う人たち。緊張気味な参加者にとびラーがにこやかに話しかけ、リラックスしていただけるよう心掛けます。

参加者の表情が和らいできたところで、自己紹介タイムです。あらかじめ『ボストン美術館展 芸術×力』展の作品の図版が、ホワイトボードに貼りだしてあります。選ばれた作品は絵画のみならず、服飾や工芸品なども含まれる、幅広いラインナップが特徴となっている6点です。本展覧会への期待感を持ってもらうために何度もメンバー同士で話合い、作品を選びました。

 

まずはじめに参加者に「気になる作品」を選んでいただきました。なぜ、この作品が気になるのか?理由を話しながら自己紹介。見知らぬ参加者同士がお互いを知り合う、プログラム冒頭の大切な時間です。自分が選ばなかった作品への視点を知ることで、この後に控えた展示室での鑑賞にも興味が膨らみます。

 

▶モニターに作品を投影し対話型鑑賞

 

 

とびラーのファシリテーションで「対話型鑑賞」を行います。まずは作品をじっくり観察。参加者同士、感じたことや気になることを共有します。対話型鑑賞が初めての参加者がほとんどでしたが、自己紹介の時間ですっかり打ち解けた参加者より次々と発話が続きます。

 

▶展示室で「ボストン美術館展 芸術×力」展を鑑賞

展示への興味が充分高まったところで、いよいよ本物の作品を鑑賞します。

展示室で鑑賞する作品の作品名と、気付いたことをメモするコンパクトなメモ帳をお渡ししました。

 

 

安心して鑑賞に集中できるよう、展示室ではとびラーが見守る事をお伝えしました。皆さん、メモ帳片手に熱心に作品を鑑賞してくださったようです。

 

▶展示室から戻り感想を共有

「お帰りなさい!」60分間、本物の作品と向き合った参加者を笑顔でとびラーが迎えます。戻ってきた参加者の表情より「はやく見つけたこと、感じたことを話したい!」という高揚した気持ちが伝わってきます。

 

 

まずは「対話型鑑賞」を行った作品の共有から始めます。ひとつの作品を10分以上掛けて鑑賞する体験は皆さん初めてだったと思います。描かれている場面や人物から当時の時代背景、権力の構造にまで話が及んだグループもありました。短い時間で『ボストン美術館展 芸術×力』のテーマに迫る視点を共有できたことは、予想外の展開で充実した時間となりました。

 

 

 

場が温まったところで「自己紹介」の時間に選んだ作品について共有します。

隅々までじっくり観察することで、色彩の鮮やかさや構図の奥行き、描かれている絵画の空気感まで感じ取ってくださったようです。「他の人の感想を聞いて、もっと作品が観たくなってきた。また、展示を観に来ます!」という嬉しい言葉も飛び出しました。

 


 

今回は、冒頭の自己紹介から「対話型鑑賞」まで『ボストン美術館展 芸術×力』に展示されている作品を選びました。その流れによって、展示に向けての期待感が高まり展示室で鑑賞する時間もより深く興味を持って、過ごすことができたと思います。

 

皆さん、普段と違う美術館での過ごし方をどのように感じたのでしょうか?アンケートをみてみましょう。

 

・明るく楽しい雰囲気で、感じたことを遠慮なく話せました。皆さんの感想に「おお、なるほど!」となったり別の視点からの見方を知って、よりいっそう鑑賞の楽しみが増しました。

 

・ひとつの作品とじっくり向き合う時間。ひとりであるいは友人と一緒でも、今までこんなに長い時間を掛けて作品を観ることはなかった。いろんな角度で見て感じることで、より一層作品の印象が深くなった。

・スケジュールも細やかに検討されていて、流れるようなあっという間の時間でした。初めてで、不安に思っていましたが安心して参加することができました。

 

約半年にわたって練り上げた鑑賞プログラム「聴く 視る 話す」。無事に開催することができました。

最後にたくさんのアドバイスを下さった「とびらプロジェクト」スタッフの皆さま、一緒にプログラムを創り上げてきた仲間たち。当日参加してくださった皆さま、全ての方に心より御礼を申し上げます。

 


【参加アート・コミュニケータ】
岡田、栗山、小屋迫、長尾、堀内、山中、吉水、遊佐、井上、梅川、隈井、高崎、高橋、宮林、山本

 

 


 

執筆:遊佐 操(アート・コミュニケータ「とびラー」)

とびラー3年目。活動の中で「アートってひとを変えるチカラがあるんだ!」と実感する場面が何度もありました。これからもそんな奇跡のような、喜びに満ちた瞬間に関わり合っていきたいです。

 

 

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