東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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Archive for 1月, 2020

2020.01.20

古道具がかかった壁や、歌舞伎役者さんの楽屋のような名札がかかる、とても懐かしい感じがする研究室で、作務衣を着た朱若麟さんは私たちとびラーを温かい笑顔で出迎えてくれました。

「どうぞ座ってください。」と差し出された小さな椅子にかけると、私たちの左側には見上げるような大きな仏像が鎮座しています。この研究室の中で、実物の仏像の修復が行われているのだろうか?そんな期待と不思議がこみあげてくる中、来日されて2年目とは思えない朱さんの流暢な日本語にも驚かされつつ、インタビューは始まりました。

 

まずは来日の経過をお伺いすることに。中国では中央美術学院の彫刻科で学んだ後、中国の映画会社に就職。日中合作映画『空海』では美術担当として、唐時代のセットの仏像や壁画、主要人物のワンシーンの制作などに携わったそうです。

「監督に交渉すると、美術担当者も出演できることになりました。僕は割と存在感がある十数ショットに出演したんですよ。」主演俳優さんの真後ろで睨みをきかした朱さんの写真を見せてもらいながら、映画会社時代のこぼれ話も聞くことができました。

「映画会社を辞めて、もう行きたいところがないくらい旅行しました。その後、30歳前に日本で修復関係の研究に挑戦したいという思いがあったので、ネットで調べ、思い立ってその翌日には日本へ向かいました。藝大の中国人留学生と連絡をとって研究室を見学させてもらい、留学を決意しました。」

 

2017年11月に来日し、3か月後には藝大を受験されたそうです。

当時の大胆な行動をあっさりと振り返る朱さんの穏やかな口調の中には、彼のエネルギーや、興味をもったことに対してまっすぐに進む純粋さが感じられました。

小さな真実をみつける作業

―藝大の文化財保存学専攻 保存修復彫刻研究室で行われている修復作業とはどのようなものですか?

 

「パズルのようなものです。パズルのように解明して、その中にある小さな真実を見つけていきます。」

 

―とてもインパクトがある一言ですね。今まで持っていた芸術作品の「修復」というイメージからは、すぐに想像できないのですが、具体的にはどんな意味なのでしょうか?

 

「保存修復彫刻研究室では修士の2年目から仏像の模刻研究を始めます。これは、対象の仏像が当時どのように制作されたかを調査・研究し、当時の古典技法を用いて再現する研究です。」

「レプリカは形を再現するだけですが、模刻研究は内部の素材や技術、工程までも可能な限り同じ方法で制作します。

仏像にある謎の構造を明らかにするためには、X線撮影などを使います。」

「日本では、重要文化財や国宝に指定されると、美術院(公益財団法人美術院 国宝修理所)しか修理できなくなりますが、この研究室では、寺院の許可をもらって貴重な仏像の調査や模刻研究が行えます。」

 

先程から気になっていた、私たちの傍らにある大きな仏像。これは奈良県聖林寺の十一面観音を朱さんが一から再現したものでした。

実物の像は、かつては大神神社の最も古い神宮寺として設けられた三輪山大御輪寺の本尊だったといわれています。明治時代に初めての国宝として指定された20躯のうちの1躯ですが、廃仏毀釈のため現在の聖林寺へ移され、長い間収蔵庫に収められていたのだそうです。

 

―この像は木を彫刻したものですか?

 

「この像は木心乾漆造と呼ばれるものです。木彫の心木で概形を作り、その後、漆と木の粉を混ぜた木屎漆(こくそうるし)という塑形材料、粘土のようなものをその心木に足していく方法です。まず細く小さい芯をつくって、布張りをして滑らないようにした後、木屎漆で顔などの細部を形作ります。今年2月に撮ったX線で、側面からみると卵みたいな形があって、その上に木屎漆で塑形して均一に盛り上げているのがわかったんです。」

X線写真を見せながら、内部の構造を説明してくださいました。

 

「白い部分は内刳りといって、中を空洞にしています。

今はワインのように木を扱います。新木を伐りだしたら何年かおいておく。でも昔はそうでなかったので、湿度温度を管理しないとすごく割れやすいんです。」

 

―美術修復の傾向は、国によってもその動向が異なると聞いたことがあります。日本での文化財の修復にはどのような特徴があるのでしょうか?

 

「現在はヨーロッパ的な傾向にあると思います。積極的な処置方法ではなくて、剥落止めなどにとどめています。形状には触れません。手がなくなっていてもそのままにします。

もし寺院が所有者で、かつ文化財に指定されていなければ、指など(破損した部分)復元できますが、現在博物館で行われている修理は現状維持が原則なので、一見修復したことが分かりづらいかもしれません。」

「また、日本では仏像などの信仰をともなう文化財は、『秘仏』といってめったに公開しない風習があり、寺社の関係者も見られないことが多く、厨子をあけたら虫食いで原型をとどめていないことも多いのです。」

 

―修復の対象である文化財にも、日本特有の文化や慣習が深く関連しているのですね。「積極的な処置方法をとらない」ことについてもう少し説明いただきたいのですが。

 

「明治・大正時代には積極的に処置した事例がたくさんありますが、現代の価値観でみると相応しくないとされています。自分の好みで修復した結果、どうにもならなくなった例がたくさんあるからです。特に明治時代の修復。どこからどこまでが修復されたのかもわかりにくいです。修理をした人がその記録を細かく書いていなかったら、後世の人が分からない場合もあります。

このような理由で、現在私たちが目にしている姿は、実は当時のものとは全くかけ離れたものであることも多いのです。」

 

―古典技法の研究は後世の修復のために、従来の姿を解明するという目的もあるのでしょうか?またそのような従来の姿は、どんな風に明確になってくるのでしょうか?

 

「従来の姿の解明は研究の第1歩です。例えばこの十一面観音像でいうと、当時、漆は高価だったのになんで木彫にしなかったのか?

仏像には、本体と台座を固定するために足下に彫り出したり別材を差し込む足枘(あしほぞ)というものがあります。この聖林寺十一面観音像が、本体のひざ下から台座内部65センチまで差し込まれています。どうしてこの像でそこまで長い足枘を用いたのか?という疑問からスタートします。」

「空洞を作るのは普通は像の後方からだけですが、この十一面観音には前面と背面に2つの空洞がありました。

普通は正面に空洞があると見栄えが悪いのですが、この像はこれの上から木屎漆をつけるので前面は見えません。前からくり抜くのはすごく楽なだけでなく、空洞部が大きいため、像全体が軽量になり、割れを防ぐ効果もあります。」

 

研究対象の仏像を一から作り上げ、推察力を使って、当時の工人がどんな意図でどんな想いを込めてその像を作ったかを一つひとつ検証していく。膨大なロマンがあふれる工程です。

 

飛鳥時代の工具と材料を再現する

「この像の脚部分は、付け根と膝、足首がすごくゆるく設計されているのですが、最後に大きな釘を打てば動かなくなります。図面を原寸大にプリントアウトして天平時代の釘を再現しました。」

「この像の制作のために、飛鳥時代から室町時代まで使われていた『槍鉋(やりかんな)』という大工道具を使用しました。いま自分が使っている槍鉋は、正倉院のものを参考にして作られています。大変希少な飛鳥時代ののみを溶かして作られています。」

 

そう言うと、朱さんは、手早く棚から工具を取り出して、私たちの目の前で実際に木材の表面を槍鉋で削ってみせてくれました。細長くてきれいな巻き毛のようなおがくずが、くるくると削られて、表面にはなんとも味わい深い溝ができてきます。

「江戸時代に使われていた前挽きの鋸(のこぎり)は、当時の絵巻にもよく描かれていますが、それ以前の時代は前挽き鋸がなかったため、先にのみで切り込みをいれて、楔をいれ、斧で割り離し、最後に槍鉋をつかって表面をきれいに仕上げていました。」

 

―当時は十分な加工技術がなかったため、木の特性を十分に理解して選ぶことが重要だったんですね。

 

「はい。例えば、広葉樹はどんなに楔をいれても切断することが困難なので、奈良時代には檜やカヤなどの針葉樹ばかりが材料として使用されていました。中世にはいると、大きな鋸でないと切断できなかった欅などの広葉樹も使われるようになります。鍛冶の技法が洗練されることにより、木工技術も発達したんです。」

―この針金のようなものは指ですか?

 

「調査により、像の指などの細部には銅線が用いられていることが分かりました。

例えば指も、先に銅線で作って麻布を巻いて木屎漆を盛りつけていきます。木屎漆に使う木粉はアキニレという木の樹皮の木粉で、お線香に使われる原料です。このように、先に水で練っておきますと、とても強い粘りがでます。」

 

木粉と水をあわせたものを、もんじゃ焼きのヘラのような道具で器用に混ぜ合わせていく朱さん。実際に木屎漆を練って、私たちにも触らせてくださいました。なるほど、まだできたてで柔らかいのですが、指にベタベタとつくことがありません。

「そのままだと乾いたら崩れるので、ここに漆をいれます。乾いたら漆をぬって、また乾いたら木屎漆を盛っていきます。奈良時代、漆は金とおなじくらい高価でした。ですが、ニレの木屎漆を使用すると、漆の量を2割~3割減らすことができるのです。」

 

本物の色彩

―最新の調査では、白亜の大理石の印象が強いギリシャ遺跡の彫刻も実は、彩色がほどこされていたとの報告があったと聞きます。仏像も、私たちが現在認識しているものと全く異なる色彩が施されていた可能性はあるのでしょうか?

 

「現在の修復では、古色が好まれる傾向にあります。しかし調査により、飛鳥・奈良時代の多くの仏像の髪は群青、眉毛は緑色など純度が高い色が使われていたことが分かりました。当時の人々は、赤紫と緑を合わせて、『紺丹緑紫』と呼ばれる色の原理をつかって、彩度を引き立てあうようにしていました。」

「建物も派手だったはずで、例えば薬師寺東塔では、部材を外してはめ込んでいるところに多少色彩が残っているところがありました。近年の調査の結果、派手な彩色が施されていたことが判明しました。こんな風に小さい場所から真実を探すのはとても面白いです。」

 

考古学のような検証と、歴史家のような視点、そして芸術家としての知識と技術。

小説の翻訳者は、自分で小説を書きあげるくらいの、作家としての力量も必要とされると聞いたことがあります。仏像を自らの手で古式ゆかしい技法で、時には道具まで再現して仕上げてゆく。朱さんの古典技法の研究には、あらゆる面での圧倒的な力量を感じました。

 

中国と日本と修復

―修復の研究のために、日本に来たかったのはどんな理由からですか?こちらの研究室は、中国からの留学生は多いのですか?

 

「中国からの留学生は私で3人目です。中国では、絵画や建造物の修復の専攻はありますが、彫刻修理の専攻はありません。伝統的な彫刻の調査にとどまり、修復は難しいのが現状です。中国で文化財調査に携わっていたことがあり、3Dデータの画像を撮りましたが、その主な目的は、消滅を遅らせる、または保存記録のためでした。また、中国には山間部の石窟が多いため、調査をしても修理の対策を講じることが困難です。室内にある彫刻も、木彫でなくほとんどが塑像です。湿度温度の環境が悪いと、粉状になって消滅してしまうため、復元することができません。針金だけ残っても解明は難しいですし、そのような状態での修復は事故になるかもしれませんから。今後このような文化財を復元する方法を模索していくしかないと思います。中国の修復も今後発展すると思うので、この研究室で学んで持ち帰りたいと思っています。」

「日本では、大変長期的な視点で文化財修理が計画されます。例えば、京都の三十三間堂の修復は、1943年から去年までという半世紀をかけたプロジェクトでした。

日本では解体修理の時にしか解明できない発見も精密に分析して報告書に記録されています。現場と工人たちが一緒に成長できるので、大変羨ましい環境です。」

 

―修復の方向性というのは、基本的には依頼者の意向によるのでしょうか?文化財でない場合は、信仰の対象である仏像の修復には、さまざまな想いや願いが込められているように感じます。

 

「そうです。でも、お寺の方が仏像を金ぴかにしたからといって、それは悪いことではなくて、修復の対策が全然違うのです。考え方が違うのです。依頼された檀家さんや寺院の方々が笑顔になって喜んでいるというのがいい修復なんだと思います。」

―現在取り組まれている模刻研究の像は、完成後どうされるのですか?

 

「お寺に収める機会を持てる場合もありますが、私は中国に持って帰ろうと思っています。

私はこの像が一番好きです。聖林寺の十一面観音像は、見る人それぞれに違う顔を表します。悪い人には怖い顔。いい人には柔和な顔をしていると言われています。

奈良にいったらぜひ聖林寺に実物を見に行ってみてください。オリンピックが開催される2020年には東京国立博物館でも展示されます。」

 

飛鳥時代や奈良時代、当時の最先端の技術を駆使した匠たちの技術が長い長い年月を経て、令和へと時代が変わり、中国から来た朱さんの手によって、今度は時代を遡って辿られていく。

『空海』にも通じる壮大なロマンがそこにはあると、心が震えたとびラー3人でした。朱さんの研究作品も、1月28日から始まる藝大の卒展で陳列館にて展示されます。

 


取材:中元千亜樹、草島一斗、西村貴暁 (アート・コミュニケータ「とびラー」)

執筆:中元千亜樹

 

とびラー3年目にして初の藝大生インタビューです。
大人も子供もアートをみる時のキラキラした目が好きです。

普段はルーブル美術館のモナリザの作品保護にも使用されている計測器の企業で働いています。

 

 

2020.01.15

12月の暖かな午後、藝大の校門で待っている私たちに、秋良美有さんは軽やかに近づいてきました。「インタビュアーが3人?!」「名前をちゃんと覚えます、えーと〇〇さんと・・・」と、すぐに話し始める秋良さん。明るくて垣根を感じさせない人柄が伝わってきて、あっという間にコミュニケーションスイッチが入りました。修了展での展示場所が12月初めに決まったばかり。これから制作に取り掛かかろうとエネルギーが充満しているのが伝わってきます。早速展示場所に移動。

そこは全面ガラスばりの絵画棟1階アートスペース。作品の力量がはっきりと出る場所だけに、期待が膨らみます。鑑賞者を作品の中に招き入れたい、そのために屋外にも作品を拡張して・・など、作品の構想はすでに浮かんでいるようです。

秋良さんは「今やりたいことで影響を受けた言葉は―『彼らがどの国から来た、よりも本当の意味・価値観でわかりあえない前提がもどかしい』(舞踊振付家 ピナ・バウシュ)なんです」と切り出しました。

「ほんとうの意味・価値観とは……」「わかりあえない前提とは……」「もどかしいとは……」インタビューでこのテーマに近づいていきました。

 

コンビニで働く外国の人々から

修了制作をするために、コンビニでバイトをしました。そこで働いている外国の人々は、日本語を話し、日本のルールで、日本人らしく笑顔でおもてなしすることを強く求められています。それができていない人が、「もっと日本人らしく!!」といって店長に注意される場面に何度も出会いました。外国の人々は、様々な習慣や価値観をもっている生身の人間なのに、彼らはそれを表にださず、「日本人らしく」振舞ってくれている。私たちはそんなことには気づかずに、コンビニの店員が笑顔で接してくれるのは当たり前だと思っています。そこに「もどかしさ」を感じます。

 

対価を支払う価値

私は、コンビニで出会った外国籍の仲間に対価を支払って、作品の中で、私が課した「労働条件」で役割を演じてもらいます。日本人が求める「当たり前」の世界を仲間が「日本人らしく笑顔で演じてくれる」ことで、鑑賞者の中で、居心地の良さ、悪さ、もどかしさ、など様々な感情が交差すると思っています。私は、日本人の居心地の良さを努力で支えてくれる仲間の笑顔や振舞いに、感謝の気持ちを持っています。そのような「笑顔」に対価を支払う価値がある、と思うのです。

 

日常を反転させたい

私たちは、日常でコンビニに行くと、見る側、・要求する側にいるとことが「当たり前」になっています。鑑賞者は私の作品に入ると、そこは「舞台」になっていて、その上で生身の労働をする役者たちに出会うことになります。「舞台」では、鑑賞者も知らず知らずに見られる側、演じる側になります。労働をする役者たちと同じ目線で見えるようになると、境界を超えて労働をする役者たちの側に行けたり、戻ったりすることができます。そんな体験から、今まで「当たり前」だったことを疑う気持ちになったり、ピナ・バウシュのように「彼らがどの国から来た、よりも本当の意味・価値観でわかりあえない前提がもどかしい」気持ちになってもらいたい。作品(舞台)から出た後、鑑賞者の日常を反転させ、日常の風景が変わって見えるような作品(舞台)をつくりたいと考えています。

 

次にこの修了制作に至るまでの経緯を、過去制作した作品のお話も含めお聞きしました。秋良さんは「他者に気づく」をキーワードにして語ってくれました。

 

「自然という他者」に気づく

他人を意識することで、無意識のうちに自分じゃなくなる瞬間があります。絵を描くのが好きで美大に入ったつもりでいましたが、小さいころから「絵がうまいね」と言われているうちに、他人からの意識で自分がつくられてきたのではないか。私は卒業した後アートで何ができるのか、自分は何をしようとしているのか、と考えたとき、ハッとなって絵が描けなくなりました。それが大学2年のときです。

絵が描けなくても、大学の課題は提出しなければなりません。カンバスに水性インクを散らばせ、雨の日に外において乾かして提出したり、錆や雪で描いたものを提出したりしていました。その時「自然が絵を描けるなら、私はいらないじゃん!」と気づいた。そして木とか動物が、「自然という他者」であることに気がつきました。イギリス留学中には、葉っぱのプールをつくってそれに飛び込んだりしながら、私と自然との新しい関係を感じようとしました。

 

「日本という他者」に気づく

留学先のイギリスは、日本と言語がちがい、先生をファーストネームで呼び捨てにしたりと、丁寧語がちがいます。イギリス人の友達がスーパーに寄ってお菓子を買ったので、自分で食べるものだろうと思っていたら、数メートル先のホームレスに渡しました。私は上野公園でホームレスの人を見てもただすれちがうだけなのに。友達の行動を見て、私とはヒエラルキーの感じ方が違う、と思いました。肌の色、女性であること、宗教への考え・・・、それらは自分が自分のアイデンティティとしていませんでした。しかし、「日本人らしい」空気をよむ行為はイギリスで、私は日本を「他者」として意識しました。

 

「人間という他者」に気づく

秋良さんは、作品制作や展示に参加した人たちから様々な気づきを得ています。そしてその気づきが、修了制作にまっすぐにつながっていることを、今までの作品制作を振り返りながら、分かりやすく語ってくれました。 

 

作品「上を向いているのか、下を向いているのか」(2017)

留学を終えて日本に帰ってきて、作品制作の場所と環境を提供していただいたレジデンス先で、いじめについて問題を抱える学校と関わり、「上を向いているのか、下を向いているのか」という作品を制作しました。昔「学校へ行こう!」というテレビ番組で、学校の屋上に生徒が立ってワーって大声で叫ぶコーナーがあったけど、見た目はあんな感じの作品。屋上に上る階段を設置して、首のない制服のマネキンを屋上に並べました。作品制作の過程で中学生にインタビューしたのですが、その時、作品の中に入ってもらいたい、という気持ちが湧きました。中学生たちが「学校へ行こう!」のワンシーンのようにポジティブに受け取るのか、集団自殺のようにネガティブに受け取るのか・・・私は感性をもつ生身の人間が他者として立ち上がるのを感じました。

 

作品「MADE IN JAPAN」(2018)

女の子たちに高い展示台に座ってもらい、鑑賞者がきたらニコッと笑うことを「労働条件」とした作品です。日本人の価値観の中から、女性の笑顔だけを抽出しました。展示台に座った女の子たちからは、「台から降りたら日常が変わってしまった。」「今までどこで笑っていたんだろう?」「ここで笑っていいのか?」「あのとき笑っていたか?」「鑑賞した人と帰りの電車でばったり会ってしまったけど、どんな顔をすれば良かったんだろう?」など様々な問いが起こった、と聞いています。日本を他者として気づくのは、このような問いからだと思います。

 

作品「WORKERS」(2019)

空間、音楽、空調、言葉、店員すべてをコンビニ仕様にした作品です。コンビニの店員の役者には、話せる内容を限定し、区画を設けてここから出ない、を「労働条件」としました。しかし店員役のコが「気持ち悪く」なってしまい、それに私もシンクロしました。明確な境界を設けたため、店員役のコは見られる側だけになったことが原因でした。修了制作では、外国籍の役者たちとの間に境界は感じるけれど、明確な境界はなく、同じ舞台の上で鑑賞者は向こう側へ超えていくこともできる・・・そんな舞台をつくって、リベンジしたいと思っています。

 

修了作品のタイトル

タイトルは「2020’ZOO」としたいと考えています。私は「日常が動物園」だと思っています。たくさんのみえない境界と檻に囲まれていることが当たり前の世界です。日常では「他者」は見えないままで立ち上がってはきません。しかし「日本じゃない」生身の人間を「他者」として展示し、外国籍の役者たちが日本人好みに振舞ってくれることで、鑑賞者のだれもが心の中にある境界を感じとり、他者に気づき、自らのアイデンティティについて考える、という構造をつくりたい。そして私たちが対価を支払っているのは何に対してなのか、本当の意味・価値観を自問できる場にしていきたいと思っています。

 

秋良さんにとっての舞台とは?

-油絵もパフォーマンスも秋良さんの中では同じ枠の中にあるのでは、と感じているのですが・・・秋良さんにとって舞台とはなんですか。

油絵もパフォーマンスも同じ枠だと考えています。私は作品を作る時、まずは見たいビジョンを描いてバーッと並べてみます。それを一瞬で見たい、そのために立体的に起こしているのが舞台、という感じです。舞台装置でフェイクの世界をつくり、そこに生身の人間を展示する、そこに鑑賞者というよそ者が入ってきて、体験したことを日常にもって帰る、というイメージがあります。

-人間を展示する、とは不思議な言葉ですね。

会期中の時間ごと生身の人間を展示する、とも言うのでしょうか。生身の人間はあくびしたりトイレに行ったり、疲れたりだれたり、テンションが上がったりそういった日常の時間を強調するフレームが私にとっては舞台といえるかもしれない。そのような意味で、鑑賞者が道から日常の延長でそのまま作品の中に入ってくる設えが私には必要であると思います。

-労働条件はどのように決めるのですか?

私の作品は場所次第というところがあり、そこの場所が決まったばかりなので、まだ考え中なんですが・・・。街中とか、バイト中とかに、役者をお願いする人と「あのお客さんの時どうだった?」などと会話しています。一緒に過ごす中で共有するものが生まれ、役者自身がその人の方法で鑑賞者に話しかける言葉を見つけるのでは、と思います。

-「労働」という言葉がとても強いですね。作品制作において、ボランティアの人と「労働として対価を支払う人」、どこに違いがあるのですか?

「このコンテナの錆をとってくれたら、何を描いてもいい」とコンテナの持ち主に言われて、錆をとったコンテナの表面に絵を描く活動をプロデュースしたことがあります。その時ボランティアの方々が協力してくれたのですが、自分の作品のためにボランティアをしてくれることが苦しかった。私のアート作品制作で、彼ら彼女らの時間を使ってしまうのは申し訳なかった。ボランティアの方々はあんなに働いたのに、彼ら彼女らの作品にはならない。

それから、もっと作品の中で彼ら彼女らのような人々と関わることができないかな、って思って・・・それからだんだん付近にいる人たちを巻き込み取り入れたくなってしまいました。ボランティアではなく「労働」と言っているのは、その人が作品の中にはいり、作品の構成の一部、価値の一部になることへの対価、ということかもしれません。

 

秋良さんにこれからのことをお聞きしました。

だれでもAKIRAになれる

アーティストの活動名としてAKIRAを使っています。その下に役者や協力者の名前を並べるようにしています。でも卒業後、活動名が必要なのかな、と考え直してもいます。

イギリスでゲリラガールズという、ゴリラのマスクをかぶり身体は女性というフェミニズムの団体がいるのだけど・・・その匿名性ゆえに、日常で「あの人もゲリラガールズの一人かもしれない」という感覚に出会うのがいいなと思っているのです。AKIRAが私個人から離れ、いろんなところにAKIRAがいるような感覚のアーティストになりたい。日常の中で「あの人もAKIRA」というようになりたい、と考えています。

-大学院修了後はどのような進路を予定していますか?

学校を出てからも、厳しいけれど、作品の創り手であることを選びたい。だけどどうやったら自分だけではなく、だれかと関わりながら、制作を続けられるのか、まだ悩んでいます。まだ日本人としての何かを持って海外で勝負できるようなアーティストにはなり切れていないので、国内で何かきっかけを見つけては、喰いついてあがこうと思います。

身軽に、テライなく、謙虚であろうとし、日常生活において漠然と感じている違和感の正体を見逃さずにつかもうとする・・・新しいステージを自らつくり、ポジションを変え、その時見えたものをするっと受け入れ、脱皮し続け、走りつづけようとする・・・この人の器はどこまで大きくなるのだろう・・インタビューしながらそう考えていました。今「アーティストAKIRA」からも脱皮しようとし、新しいステージを目指し、藝大の外に出ようとしています。秋良美有さんに、親しみをこめエールを送ります!

 


取材|東濃誠、内田淳子、竹中大史 (アート・コミュニケータ「とびラー」)
執筆|東濃誠

藝大生インタビューが終わると、ある感覚が残ります。それは、晴天の大海原の船首に立って、強い風を2時間受けていたような、一瞬世界の隅々が見えたような感覚です。これが格別なんです!

2020.01.08

建築ツアー

展覧会だけではなく美術館の建物も楽しんでほしい!そんな思いからはじまったツアー。前川國男が設計した東京都美術館を散策しながら、その魅力をご紹介します。

日時|2020年1月25日(土)、3月21日(土)  14:00-14:45頃(45分間程度)
集合場所|東京都美術館 LB階(ロビー階)ミュージアムショップ前
参加費|無料
定員|30名(当日先着順)
参加方法|当日13:45より、東京都美術館ロビー階ミュージアムショップ前にて受付を行います。定員になり次第、受付を終了します。

トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー

ライトアップされた東京都美術館を散策するツアーです。夜ならではの建物のみどころをご紹介します。

日時|2020年1月31日(金)、2月14日(金)、3月6日(金)
19:15 – 19:45頃(30分間程度)

集合場所|東京都美術館 LB階(ロビー階)ミュージアムショップ前
参加費|無料
定員|15名(当日先着順)
参加方法|当日はツアー開始15分前より東京都美術館ロビー階ミュージアムショップ前にて受付を行います。定員になり次第、受付を終了します。

 


※受付開始後、定員になり次第受付を終了します。
※いずれのツアーも、記録用の撮影や取材等が入ることがあります。

2020.01.07

東京藝術大学卒業・修了作品展の会場で、参加者自身がアーティストになりきって作品を語るワークショップです。自由に想像して、藝大生の作品をあなたが作った作品だと思ってギャラリートークしてください。藝大生とアート・コミュニケータ(とびラー)がサポートします。

 

昨年のプログラムの様子はコチラ

第68回 東京藝術大学 卒業・修了作品展 特設ウェブサイト

 

日時|2020年2月1日(土)10:30 – 11:40(10:20受付開始)
会場|「第68回 東京藝術大学 卒業・修了作品展」会場
集合|東京藝術大学美術館入口前
対象|どなたでも
定員|12名(先着順・定員に達し次第受付終了)
参加費|無料
参加方法|事前申込制。以下の専用フォームよりお申し込みください。


※広報や記録用に撮影・録音を行います。ご了承ください。
※定員に達し次第、申し込み受付を終了します。

2020.01.07

アート・コミュニケータ(とびラー)が、東京藝術大学卒業・修了作品展をご案内します!
学生生活の集大成である卒業・修了作品があふれる藝大キャンパスや東京都美術館を、おさんぽ気分で巡ってみませんか?
みんなで作品をみて感想を共有してみたり、藝大生とお話して作品のコンセプトや思いに触れてみたり、新しい発見や出会いを一緒に探しに行きましょう!
藝大生やとびラーと交流を楽しみたい方、ご参加をお待ちしています。

 

昨年度の「藝大卒展さんぽ」の様子はコチラをご覧ください。

第68回 東京藝術大学 卒業・修了作品展 特設ウェブサイト

 

日時|
①2020年1月29日(水)14:00 – 15:00
②2020年2月1日(土)14:00 – 15:00

会場|東京都美術館・東京藝術大学「第68回 東京藝術大学 卒業・修了作品展」会場
参加費|無料
対象|どなたでも
定員|各日定員20名程度(先着順・定員に達し次第受付終了)

参加方法|当日のプログラム開始10分前より、下記集合場所にて受付を行います。
集合場所|東京都美術館 LB階(ロビー階) ミュージアムショップ前


※広報や記録用に撮影・録音を行います。ご了承ください。
※受付は先着順にて対応し、定員に達し次第締め切ります。
※作品の解説は行いません。

 

2020.01.07

開催日時|2020年1月26日(日)10:00 – 15:00(*印刷受付終了15:00)
ポストカード印刷受付場所|「ハマスホイとデンマーク絵画」展
              展示室2階 休憩スペース
とびらボード貸出場所|「ハマスホイとデンマーク絵画」展示室LB階(ロビー階)エレベーター前
対象|中学生までの方
参加費|無料(中学生以下の特別展観覧料は無料です)
参加方法|事前申込不要・とびらボードの貸出場所に当日直接お越しください。

 

2020.01.05

本格的な冬の訪れを感じる晩秋の午後、藝大絵画棟4階の教室で杉山花さんにお目にかかりました。卒展に向けて制作中の作品のこと、藝大での日々…明るく丁寧に答えてくださる杉山さんに引っ張られるかのように、私たちとびラーも質問が次々湧いて、会話が弾む。そんな素敵な時間となりました。

 

インタビューの場である教室に入り、真っ先に目に飛び込んできたものは壁に貼られた下絵と床に置かれた150号(2273×1818)のキャンバス。作品の大きさに圧倒されつつ、インタビューは始まります。

 


〈制作中の作品について語る杉山さん。とびラーたちの質問にも丁寧に答えて下さいました。〉

 

卒業制作について
今年の冬に家族で訪れた、沖縄宮古島にある「通り池」をメインモチーフに描いている杉山さん。この時はスケッチブックが手元になくとても後悔したそう。あきらめきれず夏に再び訪れ、夏の日差しと闘いながらスケッチを続けたとか。

 

「初めてこの池をみた時、『怖い』って思ったんです。でもずっとみていたら『命』だなと思えてきて。『怖い』という思いは、昔からここにあってすごく偉大な存在ってことから感じるのかなと。」

 


〈作品には野尻湖の資料館でみたという象の牙や鹿の角の他、人間の骨格なども描かれています。〉

 

 

「元々化石が好きなんです。象の牙と鹿の角は並んだ状態で発掘されたそうです。古代の人たちはそれを月と星になぞらえたとの話もあって。それを美しいと思う感性や感情を、人は変わらずに持ち続けてきたってすごいことだなと思ったんです。」

 

「あと、化石と人間を一緒に描くことで、『ずっと繋がってきているんだよ。昔から命は受け継がれてきていて、美しいと思うものや願いは変わらない。』ってことも伝えたいなと。教授からは、ちょっと難しいんじゃない。と言われたのですが。」

 


よくみると池を描いたとされる部分には、小さな2つの×印が。

 

「静かで美しい池の水面をみていたら、(胎児の)エコー写真に似ていると思えてきて。エコー写真と水面の狭間を描けたらな。と。最近、出産間近の友人の姿をデッサンしたのも関係しているかもしれません。」

 

いままでイメージを加えることはあっても実景を中心に描いてきた杉山さんにとって、今回の作品はチャレンジだとか。
「感情を絵にすることはあまりしてきませんでした。でも、風景をみて湧いてきたこの気持ちをどうしても大きなサイズで残したかった。」

 

 

「みたままを描く」から「印象を描く」へ

 

幼いころから絵を描くことが大好きだったという杉山さん。色鉛筆などで愛犬のトムをよく描いていたそうです。そんな杉山さんと日本画との出会いは、高校1年生の時。

 

「高校の先生に美大への進学を勧められました。日本画はデッサン力が必要で、絵を上手に描けるようになると聞いて予備校の日本画コースを選択しました。」

 

「日本画の魅力ですか?岩絵具の持つ質感・物質感が好きです。でも、もう少し描く手間が省けるといいな、と思うこともあるのですが(笑)。日本画の絵具にこだわらず、平滑に描きたい時はアクリル絵の具を使ったりすることもあります。」

 


<岩絵具を触らしてもらうとびラーたち。思ったよりザラザラしている…>

 

 

絵具や墨、硯、筆など普段使う道具の中に、柄にタヌキとキツネが描かれた自作の筆がありました。リアルなキツネとタヌキですね、というとびラーの感想に、もっとかわいく描けばよかったのにと、日本画の血が…笑いながら杉山さんは続けます。

 

「受験時にかなりデッサンを鍛えられたせいか、気付くと写実に描いてしまうのですが、今やりたい表現はそこじゃなくて。パッとみた時の印象を大事にしたい。最近クロッキーが楽しくて。一筆で描いたり左手や目をつぶってクロッキーをしています。」

 

左手?目をつぶって?なんで?と興味津々のとびラーたち。伺うとそれは大学3年生の時、杉山さんが悩んだ結果見つけ出したものということがわかりました。

 

「(予備校時代から)ずっと与えられた課題を描いてきていましたが、急に自由に描いていいよって言われたら何を描いたらよいのかわからなくなってしまって…」

 

悩みを抱え辛くても、絵から離れることは考えなかったのですか?というとびラーの問いかけに、
「描くことで苦しいことをカバーしたい、苦しくても絵は辞めたくない。」
と杉山さん。(鉛筆の端をもってぶらぶらさせながら)

 

「ある日鉛筆のこの辺りを持ってクロッキーを描いたら、楽しいと思えたんです。自分の描いた線、いいな、かわいいな、自分らしいなと。そこでふっきれました。」

 

 

これから

 

「鉛筆の(線が持つ)抑揚を日本画に起こして、その上に感じた色彩を乗せていきたい。まだまだ実験中です。」と話す杉山さんは、院には進まず高校の教員をしながら制作をつづけていくとのこと。

 

「現在も予備校や子供の絵画教室などで教えているのですが、描くことを共有する時間が楽しくて。特に、自分の描きたいように描く子供たちをみていると、これが一番大事!だと思うんです。今自分はちょっと人目を気にしているというか…。自分が楽しいと思った通りに描いたらいい絵になっていた、なんてことがいつかできたらと模索中です。やりたいようにやって結果オーライならOK。」

子供たちと一緒に描いた絵が残るスケッチブックを拝見し、本屋に売っていない教科書ですね。というとびラーに頷く杉山さんでした。

 

クロッキー帳を見せていただきました。一筆書きの鹿の頭部やピンクの線で描かれた恐竜の骨格標本に交じり、かわいらしいイラストも。ご本人のものと知り卒業制作の作品とのあまりのギャップに驚くとびラーたち。

 

「イラストも好きです。藝祭ではTシャツにして販売しました。モノづくりにも興味があって。金工の授業も受けましたし、陶芸なんかもやってみたいです。何でもやりたいんです。わがまますぎて定まらない(笑)。」と杉山さん。

 


<悩み脱出のきっかけになったクロッキー。ピンク色の恐竜の骨格はTシャツなどにも似合いそう。>

 

クロッキー帳には、卒業制作のヒントになった出産間近のご友人のデッサンもありました。
それをきっかけに、話は再び作品に。

 

夏の現地取材後10月に下絵を完成させ、11月に入ってから本格的に描き始めてまだまだ途中ですとのこと。最後は額装して、1月に提出するそうです。教授の講評を受け、卒展では既に完成しているもうひとつの課題の自画像と並んで展示されます。

 

日本画は印を入れたら完成と聞いたことがあるのですが、卒業制作に印は入れるのですか?というとびラーの質問に、
「学生はほとんど入れませんね。卒業制作の作品は習作で、買ってもらうものじゃないですし。『がんばりました。みて下さい。』の作品だと。まだまだ自分の中では途中で、習作です。」
と杉山さん。

「卒業だからといって何かの区切りでもなく、ただの時間の流れでしかない。区切りをつける必要はないと思っています。」

 

 

杉山さんにとって、藝大での4年間は基礎を教えてもらい自分で試す実験の場であったといいます。そして、卒業するからといって切り替えるつもりはない。ときっぱり。

「より実験は深めていきたいです。何も終わらず、何も始まっていない。」

 

最後に卒展で作品をみる人へのメッセージをください、とお願いしました。

 

「何だろう…この作品は自分の中のことを消化する絵で。完成したら家族と話したいというのはあるのですが、難しいですね。」

「作品をみて立ち止まってくれた方と話すことができたら嬉しいです。どうみえたか、を知りたい。」

 

インタビュー中「実験」という言葉を何度も使い、卒業は区切りではなく通過点という杉山さん。卒業制作の作品は4年間の藝大での集大成ではなく、今までもこれからもずっと続く「描く」という道の一部なのだと感じました。

 


<ピンと張った指先から描かれる繊細な線に、見惚れてしまいました。>

 

リクエストで実際に描いていただきました。作品に向かった瞬間、インタビューの時の和やかな表情が一変したのがとても心に残っています。
卒展の会場で完成した作品を拝見しながら、お話できることを楽しみにしています。インタビューに応じてくださり、ありがとうございました。

 


おまけ:杉山さんを見守る大事な相棒のぴよすけ。

杉山さんのInstagramアカウント
絵画作品|Hns87
アクセサリー|a__pom__


取材|細谷リノ、木村仁美、草島一斗 (アート・コミュニケータ「とびラー」)
執筆|細谷リノ

 

とびラー1年目。いろいろな体験をさせていただき、ドキドキ・ワクワクの日々です!アートの面白さを拡散していくことができたらと、思っています。

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