東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

活動紹介

【開催報告】「クリムトに誘われて “かたち”で描こう おとなのワークショップ」

2019.09.09

 

4月から7月に開催された「クリムト展ウィーンと日本1900」に合わせ、表現をする事から遠ざかっているおとなの方に向けたワークショップを開催しました。

 

このプログラムでは、クリムトの作品に描かれている文様や装飾的な形に着目し、参加者が一緒に1枚の大きな布に描く事で、自分のかたちをつくり、みつけていきます。お互いに影響し認め合いながらひとりひとりがかたちをつくり、見つける喜び・達成感だけではなく、共に描いた参加者との新しい関わり合いが生まれる場でもあります。

 

ではまず、どんな背景でこのワークショップが生まれたのかお伝えします。

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

このプログラムの前身に「つくるって?」と言う名前のとびラボがありました。
集まったとびラーで「つくる事のプロセス」に注目してみたい。
そんな想いから立ち上げたとびラボです。

 

このとびラボでは、特に○○をつくりましょう!と言った共通のゴールは決めません。材料・技法などを変えながら、ひとりひとりが自由に手を動かし、発見を繰り返していきます。

 

例えば・・
・布を様々な方法で裂いたり編んだりして「よい形」をみつける
・お菓子の箱を分解して再構築する
・クリムト展のチラシに印刷されたに作品を、要素別に切り出しコラージュする

 

 

この造形活動を通じてメンバーの関心の中に「分解」と言う1つのキーワードが生まれました。
分解する行為からは、更に「解放」「癒し」と言う言葉が浮かび上がり、造形活動を行うことで、様々な枠に囚われてしまった日常の感覚から離れることができるのではないか?と考えました。

 

 

社会環境や価値観の激変した時代、変革と共に生きたクリムトの表現からヒントを得ながら、参加者に楽しんでもらえるワークショップを計画してみることに。

 

正解がないと戸惑ってしまう
作品鑑賞はついついキャプションの情報に頼ってしまう
社会で広く認められている価値と比べる事で自分の持つ価値観に自信が持てない…

 

造形活動に限らず日常の中でも感じられる事ではないでしょうか?
そんな方々にお届けしたい造形ワークショップとして、試行錯誤のミーティングやトライアルを重ね、当日を迎えました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

では、当日の様子を報告いたしましょう!
 

2019年6月16日(日)長梅雨の貴重な晴れ間となった休日。

 

受付開始

 

案内看板を手に笑顔でお出迎え。
会場に着いた参加者から、2つのグループに分かれて座っていただきます。

 

 

グループ毎のテーブルには、クリムトの作品図版と展覧会カタログが置いてあります。開始時間まで手に取って観たり、とびラーとお話ししたり。まだまだ参加者の表情は少々固いでしょうか。

 

プログラム開始
この日の参加者は20代から60代と幅広い世代の方が11名。
「今日は、クリムトの描くかたち文様や装飾に着目して、『かたち』を見つけながら、みなさんと一緒に1つの大きな布に描きます。ここでしか味わえない体験を楽しみましょう」
ワークショップのながれの説明の後、つづいて各グループ毎に自己紹介が行われました。

 

クリムトの作品図版を使って自己紹介

 

 

自己紹介では、好きな・気になるクリムトの作品の作品図版を1人1枚選びます。
「この作品のここが好きです。」
どんな方と一緒に活動するのか、作品を通じてちょっぴり知り合う時間です。
自己紹介を終えると各グループ、二手に分かれ、クリムトの作品をみなさんで対話しながら鑑賞します。
クリムトの作品に描かれる細かいかたちも間近に見ながら、各々がどんな見方・考え方を持っているのか、そして自分はどう考えるのかを知ります。
このグループごとの鑑賞の時間は、後に続くグループで1つの作品をつくりかたちを見つけるワークの大切な道しるべにもなります。

 

作品図版で対話型鑑賞

 

ここでは「クリムトの“かたち”」を見つけます。
鑑賞ファシリテーターであるとびラー1名と、2~3名の参加者とのグループ構成です。
「かたち・色・気になる、好きなところはありますか」の問いかけから、
クリムトが描いたかたち(文様・装飾)に着目していきます。
「やはり金を使った装飾が素敵・・」
「よ~く見るとたくさんの文様が組み合わさっている」
「あら、そんな見方もあるのね」
自分1人では気づかなかった・気に留めなかったクリムトのかたち。
これからの造形ワークにどんな手掛かりを与えてくれるのでしょうか。
参加者のみなさんの表情が柔らかくなってきたところで、いよいよ「わたしのかたち」を見つけに行きます。

 

 

「クリムトの作品の中に気になったかたちはありましたか?これまではクリムトが描いた形を見つけてもらいましたが、これからは手を動かしながら、『わたしのかたち』を見つけていいきます。」

 

かたちを描いて型紙つくり

 

まずは一人一人に画用紙と木炭が用意されました。
木炭はデッサンの経験がない方には馴染みがない画材かもしれません。
さて、どんな書き心地でしょう・・

 

 

「紙の好きな場所に丸を描いてください。」
描きを終わると、
「次は線を描きます。ルールーがひとつあり、司会者が音を鳴らしている間は手を止めずに描き続けてください。」

 

 

初めての木炭、滑らかな書き心地を確かめながら描きます。

 

 

同じ形でも、ひとりひとり違う丸、自由な線・・ちょっと戸惑ってしまった時は、とびラーの声掛けで少しずつ手が進みます。
最後に描いた線をつなげて、ひとつのかたちをつくります。

 

 

これでひとり1枚の作業は終了です。
つづいて大きな紙が登場します!
「この1枚どう使うのかしら?」
B3サイズの画用紙から大きな紙へ・・参加者のみなさんはちょっとびっくり。

 

 

「大きな紙の好きな場所に自分に三角を描いてください。」
参加者は座っていた場所を離れ、好きな場所に移動しながら描きます。

 

 

B3サイズでは見られなかった大小様々な三角。ここで正解はありません。自分にとっての三角が様々な表現で描かれます。

 

 

「音を鳴らす間は描くのを止めず線をつなげて描いてみましょう」
カチカチカチカチ・・・・・・・
移動しながら、心のおもむくままに描いていきます。
大きな紙の上で、他の参加者と関わり合いながら描いていきます。
ぶつかったり重なったり交差したり・・互いの線が生き生きと交わり合います。

 


カチカチカチ。
音が鳴り終わり、ここからもうひとつわたしのかたちをつくります。
自分が描いた線と他のの参加者が描いた線がつながったり。
「この線いいね」
線と線が交わり偶然できた形の中から、気になった形を切り出します。
先に描いたB3の紙からも切り抜き、合計2枚。

 

 

切り抜いた『わたしのかたち』はこれから描く作品の型紙になります。

 

切り終わったらグループ毎に1枚の布の上に配置し、両面テープで固定します。

 

 

「ここがいいかな」「大きすぎるかな」「どちらを置いたらいいかな」
「こっちがいいね」「ここに置いてみたら」「これは動かさないで」
ひとりひとりの『わたしのかたち』。
どの様に置いたらいいか迷った時はグループの仲間やとびラーに相談します。

 

 

大胆なかたち、有機的なかたち、クリムトの作品にあった様なかたち?・・・
ひとつとして同じかたちはありません。
さて、これらはこれからどの様になるのでしょうか?次はいよいよアクリル絵の具を使って描きます。

 

アクリル絵の具でかたちを描く

 

作業台に並ぶ、不思議な道具とたっぷりの絵具。
この材料を使い、スタンピングの技法を中心に、かたちの型紙が置かれた大きな黒い布に描いていきます。

 

 

簡単な使い方のデモンストレーションが終わると、参加者は思い思いに紙パレットに絵具をたっぷり盛り付けます
「布の一番好きな場所から描き始めてみましょう」
参加者は手を動かすことにも慣れ、あっという間に布に描き始めました。
手元のパレットの絵具はいつの間にか混ざり合い、オリジナルの色で描かれて行きます。

 

 

「クリムトと言えば金色でしょ」
絵具係のとびラーにたっぷり盛り付けてもらった金色でかたちを描きます。

 

 

道具だけではなく手も使ってスタンピング。
思うかたちが描けるまで、絵具の感触を確かめながらまずは描いてみてみる。
参加者は手を休めず集中して描きます。
とびラーも一緒に描いて寄り添いながら夢中になっていきました。

 

 

「少しずつ型紙を剥がしてみましょうか」
参加者のみなさんの表情・手の動き、制作の進み具合のタイミングを見て、とびラーが声をかけます。
「おおおおお・・・」型紙を剥がし、最初につくった「わたしのかたち」が、黒く浮かび上がるたびに歓声が上がります
「イメージしていた通り」
「全く違うかたち」
「もう少し手を入れたいかな」
型紙を剥がしてみる事で、もっとこう描きたいという欲求が湧いてきました。
ちょっと離れて作品を見てみたり、また描いたり、制作に没頭する様子が伺えます。

 

 

さあ、完成です。
みんなで描いた大きな作品を展示している間に、お茶を飲みながら感想をシェアすると、率直な感想が笑みと一緒に溢れてきました。
「大きな絵を描くのは小学生以来」
「予想がつかないところが面白かった」
「他の人のスタンピングや色に影響された」
作品の展示が整い、全員での鑑賞会に移りました。

 

 

作品鑑賞
まずは、みんなで描いた大きな作品を眺めます。そして、大きな作品の中の特に好きな部分を選び、タイトルをつけてそれぞれの方が発表しました。

 

タイトル:生まれる
「ハートのかたちを中心に世界が出来ている様な気がするからです!」

 

タイトル:轍(わだち)
「わだちみたいだな・・と。沢山の人が通ったところの感じがしました」

 

タイトル:未来のニケ
「このかたちがニケに見えました。羽根のかたち・・色々なものがなくなって宇宙だけになってもここはあるみたいな感じがして・・・」

 

タイトル:ジュラ紀
「このかたちがジュラ紀からの生命の流れになって見えるからです」

 

自分で作った型紙や描いたかたち、グループの人と混ざり合ってできたかたち、いろいろな部分が選ばれました。
「ここ素敵じゃない」
「この作品とても好きです」
みなさん、お互いの「わたしのかたち」に興味津々です。

 

「ひとつの正解を探すのではなく、正解をつくる事ができる体験」
司会から伝えられたこの言葉を参加者のみなさんにも感じてもらえたのではないでしょうか。

 

 

最後に、開催中の「クリムト展ウィーンと日本1900」のご案内をして、ワークショップは解散となりました。終了後も会場では作品やメンバーと一緒の記念撮影で賑わっていました。

 

 

私たちとびラーが参加者に寄り添い、見守る中で感じた、描く集中力や初めて出会う方々との間で生まれる気づき・共につくる喜び。クリムトのかたちを互いに見つけ合う鑑賞や型紙づくり、手に取ってみたくなる画材・道具の選択、そして当日の場づくりが、今日のこの時間につながったのではないかという手応えを感じます。

 

創作することを通して美術館を体験する。言い変えればつくる事で生まれるコミュニケーション、美術館から生まれるコミュニケーションです。この造形プログラムを通じたコミュニケーションが、子供の頃に無心で何かをつくっていた時の気持ちに立ち返り、表現する事の魅力を見つけること、そして日常に戻ってからも様々なアートに親しむきっかけになって欲しいと願います。

 

さて、最後にこのワークショップに込めた「枠組みからの“解放”」について。参加者のみなさんがどのように解放を感じてくれたのか、アンケートの感想を見てみましょう。

 

◎人と一緒に描くとお互いのアイデアを「いいね」と認め合いながら、意図しなかった面白さと発見がたくさんあった。また参加したい。
◎自分のスキルなどを考えるとためらいましたが、思いのほか楽しくできたのが良かった。
◎初対面の人と1つの作品を創り上げる事が想像以上に楽しかった。
◎作品を通して感想や気づきを語り合えるのが良かった
◎家庭では出来ないダイナミックな創作ができた。
◎たくさんの絵具と思いもよらない描写道具が印象に残った
◎作業が楽しく人それぞれの印象など聞けて全てが正解
◎つくりながら人と関わるのって面白いな・・としみじみ思いました
◎色を自由に塗るたのしさ、思ってもみないかたちの面白さが印象的です
◎クリムトの絵について意見交換は他の参加者と意見が異なり発見があった
◎型紙がどの様に使われていくのか不安もあったが・・「なるほど・そういう事か」とわかったら驚きました。

 


執筆:下重 佳世(アート・コミュニケータ「とびラー」)

ふるいから落とされる事、隙間に挟まれてる事につい目が行ってしまう毎日・・・
そこにある魅力を受け入れてくれる場がアートでそこにある魅力に気づかせてくれるアートとコミュニケーション。さて、これからどの辺りとつながってみようかな?

 

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