東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

活動紹介

「身体に耳を傾けながら、感じながら動きたい。それによって伝わることがあると信じています。」藝大生インタビュー2021|グローバルアートプラクティス専攻・修士2年・中川麻央さん

2022.01.23

都心よりいく分か気温が低く、澄んでキリリとした空気の東京藝術大学取手キャンパス。ドキドキしながら向かうとびラー3人を、中川麻央さんがパフォーマンスに使う機材を念入りに準備しながら待っていてくれました。美術学部専門教育棟内、2体の彫像の置かれた吹き抜けの大空間には3台のモニターが置かれています。インタビューの前に、修了制作のパフォーマンス作品の一部を見せてもらいました。

まず二体の彫像の間に身体を置く中川さん。身体の一部が映されたモニターの裏側で、しなやかな動きで身体を動かします。やがて、モニターを持ちながら彫像前を離れ、中央棟内のエレベーターや、階段付近へと身体を進めていきます。学生や先生方が行き交う専門教育棟内が、中川さんのパフォーマンススペースへと変わっていきました。

―「変容する身体」

作品のコンセプトは「変容する身体性」です。私の表現のバックグラウンドにはダンスがあるで、常に身体(からだ)に耳を傾けるという行為が主軸になっています。その行為は、作品を作ることだけでなく、生活の中でも影響があります。環境が変わると無意識でも自分の身体に反応が出てきて、そこが身体の面白い部分だな、と思っています。みなさんも同じように身体を持っていますが、個人個人で全然違う。環境が変われば、質や存在感も変わります。身体の状態や様子は、毎日違います。2年前の自分の身体と、今の自分の身体とでも違う。自分の身体に耳を傾けていくと自然と変わってきているのが分かって“身体”への興味は尽きません。

―物質としての身体

身体は、すごく流動的でありながら確立した物質である、という面でも面白いな、と思っています。映像の中に、身体のある部位をすごくズームインしたり、逆にフォーカスがぼけているシーンを入れています。それをすることによって、身体の一部だという認識が曖昧になり、すごく物質的に、オブジェクトになってくることを表現しています。また、映像の中にある物質的に見える身体と、実際に私が動いている身体の対比をパフォーマンス全体で表現しています。

オブジェクト(モノ)と身体の存在感

今回のパフォーマンスでは、人形浄瑠璃の主遣いの方の身体の使い方をヒントに、アプローチしています。伝統芸能の人形浄瑠璃の人形遣いで、「主遣い」という、姿が見えたまま人形を遣う方の身体の存在にずっと興味があります。実際には見えているのに、鑑賞していると人形に意識が集中して、主遣いの姿が見えなくなっているように感じる。人形(モノ)の存在感と主遣いの存在感の関係性が変わってくる。そういう身体の存在のさせ方が気になっています。モノと人が存在する場合、どうしても「人がモノを使う」という主従関係になりがちです。それに対して、モノの存在感と身体の存在感の主従関係を曖昧にする、もしくは同等になるような身体のアプローチのさせ方、それによって見え方が変わる、ということにすごく興味があります。

―コロナの影響は?

私の中での作品作りは、パフォーマンスする空間に観る方が一緒にいて、その時間を一緒に体験してもらうというのが基盤にありました。パンデミックという状況に陥って、自分の創作や、パフォーマンスの仕方など、大切だと思っていたことを一から見直して、向き合う機会になりました。人と距離をとって、人の波動を感じられない時間を過ごしたことは、やはり身体の中に記憶として残っていると思います。身体が覚えている。自転車は象徴的で、どうやって乗るか身体が覚えていて、全然乗ってなかった期間があっても乗ってみたらやっぱり乗れる。身体自体が記憶をとどめているコンテナみたいな印象ですね。コロナ渦の経験は、この先何かを表現するのに、無かったことにはできないだろうな、と思います。コミュニケーションがリモートでスクリーン越しになる中で、相手の身体と相手の発している言葉がなんだか噛み合わずバラバラだった印象や、スクリーンに映っている自分の身体と今ここに存在している身体が繋がっていないという違和感など、身体に対する認識の試みをパフォーマンスの中でアプローチしています。

パブリックな場でのパフォーマンス

以前はシアターでパフォーマンスすることが多かったのですが、今は、パブリックスペースに自分の身体をおいて何かを表現する、ということにすごく魅力を感じています。シアターでは観客との間にどうしても壊せない隔たりがあって、物理的な距離と心理的な距離がどうしても埋められなかったんです。それで人々が行き交うようなパブリックスペースで試しています。私がパフォーマンスをしたことによってパブリックスペースの日常的な時間や空間が壊れる、という関係性や、見ていただく方にどうやって/どこから見ていただくかという選択肢があるということも私の中では大きいです。

パフォーマンスとは

私はパフォーマンスの身体の動きだけがコレオグラフィー(振り付け)だとは思っていません。身体に関わっている空間全体、モノとの関係性、その空間に身体を置くことで何が起こるのかということ、全て含めてコレオグラフィーだと思っています。パフォーマンスは、時間の流れをベースにした芸術、表現方法だと思いますが、音、時間、光、身体、匂い、空気感など、いろんな要素が詰まって出来上がっている総合芸術だと感じます。その魅力として、その時に起こったことを、その実感する瞬間に体験する、ということがあると思います。

 

パフォーマンスの途中で中川さんの手のあたりにちょうど光が落ちてきて、とても美しくて、「光」というものを今ここで感じて改めて意識する、というような体験をしました

そうですね。そういう具現性も、パフォーマンスではとても大切になってくると思います。ただ、スクリーン越しには中々お伝えできない部分だな、というのを痛感してもいます。パフォーマンスをしている私自身も、自分の身体と空間の間でその時その時に起きていることをリアルタイムで判断して、反応していく。耳を傾けて、それを汲み取ったり汲み取らなかったり、選択しています。私は、物事を理解して体験する、ということに関して時間を要する人間で、自分が今何を体験して動いているのか、ということにも時間がかかります。ただ、それをちゃんと聞いて、耳を傾けて動いているのとそれを聞かずに動くのでは、出てくる動きや質感が全然変わってきます。私は身体と空間の間で起きていることを、感じながら動きたい。それによって伝わることがあると信じています。

ー日常の動きとパフォーマンス

身体の構造自体にすごく興味があるんです。外側がどう綺麗に動いているか、というよりは、身体の構造が動きにどう影響しているか、ひねりの構造はどうなっているのか、ということに興味があります。身体は皮膚一枚で繋がっているので、ある部分をひねったら違う部分に影響が出ていたりとか、どこかの一部が動くと連動してどこかが動いたりして、本当に面白いです。パフォーマンスの中の動きは、普段何かしていて身体の反応、動きがおかしいな、といったような、日常生活の中で体験した、感覚的なものから派生して出てくる動きなので、日常とパフォーマンス制作をしている時の自分の身体とは繋がっているな、という実感はあります。

ーオランダから藝大へ、そしてその後は…

私は幼少期ものすごい人見知りの子どもだったんです。心配した両親が、人前で何かできるような手段として、クラシックバレエを習わせてくれました。身体を使って表現する楽しさもありますが、いろんな人と関わって何かを作っていくという魅力に取り憑かれてここまできている感じです。

オランダには振り付けの勉強をしに行っていました。アムステルダムに住んでいましたが、本当にコスモポリタンな都市で、あなたはあなた、あなたらしく、というのが自然に身についている。そういう雰囲気が、「許容範囲が広い」という感じの印象を受けました。

ヨーロッパでは、ヴィジュアルアートの方がパフォーマンスやダンスの方へ作品の傾向が移っていったり、ダンスの方がビジュアルアート的な要素でパフォーマンスを作ったり、というのが最近10年くらいすごく活発に入り混じっていて、私もすごく共感しました。アートの境界っていらないんじゃない?というような。GAPがまさに境界がなく、そういう意味でグローバル。いろんな国籍いろんなジャンルの人がいて、そんな中で自分のアーティスティックな部分をより深めたりするような環境がすごく魅力的に感じたのでGAPに進むことにしました。

今まで属していたのがシアター、演劇というジャンルだったので、藝大に来て、GAPでの環境はすごく新鮮で、刺激的でした。オランダの時よりもっと色が濃い感じです。卒業後はまだ具体的な予定は何もないんですが、「身体表現に関わること」で、私が今まで経験してきたことを何かしらの形でシェアするということをできたら、ということは考えています。

ー身体表現を続けているのは?

パフォーマンスはすごく抽象的なものだと思います。その分、いろんな理解の仕方、見方ができるのがすごく魅力的だな、と思っています。パフォーマンスを見て、その方の経験を通して自由に解釈していただく、それが私はすごくうれしい。

作品を見せることで伝わる、理解していただけるという経験をたくさんして、それが心に強く残っています。国籍や文化背景に関係なく、身体表現を通してコミュニケーションできる、人と「何かしら繋がれた」という経験ができる喜びが私を身体表現に向かわせているんだと思います。

ーインタビューを終えて

現地で実際に観るパフォーマンスは本当に素晴らしかった!こちらまで身体の感覚が研ぎ澄まされるような感覚がありました。やはりこの体験は、現地で観ないと体感できないと思います。中川さんのパフォーマンスは、東京藝術大学 上野キャンパス 美術学部中央棟1Fロビーにて、展示期間中毎日14:00〜15:00に実施される予定です。ぜひご覧ください!インタビュー前、パフォーマンス作品はちょっと難しそうだなと思っていましたが、パフォーマンスを観た上でお話を聞いて、私たち誰もが持つ身体をメディアとした表現、という視点を得て、なんだか親近感を感じることができました。

 

■中川麻央さんHP
https://maonakagawa.tumblr.com/

■中川麻央さんインスタグラム
https://www.instagram.com/__mao.nakagawa__/

 


取材:梅浩歌、門田温子、滝沢智恵子
執筆:梅浩歌

 

とびラー2年目、3才になる息子を通して世界と出会い直し中。とびらプロジェクトでの素敵な出会い、体感を伴う学びに感謝しつつ、それを還元していけたらと思っています。まずこの藝大生インタビューでの興奮・感動をお伝えしたい!(梅)

 

 

 

『建築を通して、「人間とは何か」「生きる意味とは何か」を思索する』藝大生インタビュー2021|美術研究科建築専攻 修士2年・伊藤健さん

2022.01.19

「実は、コロナが流行り出した年(2020年度)に、一年間の休学をしていました。

その間に、本を200冊くらい読んだんです。一番影響を受けたのは、フリードリヒ・ニーチェ。自分の「身体」というものは、どれだけ社会が変わろうといつも確かな出発点なんだ、と気付きました。

そこから、もう一度建築を考えてみようと思いました。」

 

柔らかく、言葉を、想いを、丁寧に紡ぐ伊藤健さん。その修了制作に迫ります。

 


「今欲しいものは、コーヒーミル!」と微笑む、伊藤さん。「日常行為の中の儀式的な時間が好きなんです。コーヒーミルを回して、ぼーっとする。そんな五感で楽しめる時間っていいですよね。」

 

 

「生まれは、サーキットで有名な鈴鹿です。昔は、世界一速いF1のエンジンを作りたかった。

でも、小説やSFが好きな自分もいた。好きなことを両方できる分野ってないかな……そう考えていたときに出会ったのが、建築でした。」

 

伊藤さん曰く、建築とは《工学的なものとポエティックなものが融合しているジャンル》なのだとか。

 

学部生時代は京都大学工学部・建築学科で学び、東京藝術大学・大学院美術研究科建築専攻に進学。

その集大成となる、修了制作では『強調譚(きょうちょうたん)』をテーマに、その実践として、「歪形集合住宅(デフォルマンション)」という建築物を構想・設計し、制作されています。

 

はじめに、伊藤さんが修了制作のテーマ『強調譚』に辿りつくまでのプロセスを伺いました。

 


取材日は、修了制作講評の翌日。中央には大きな作品模型と資料、そして壁一面に図面が張り巡らされていた。

 

 

◼重なり合った思索から紡がれる、『強調譚』

きっかけは、「視る」という“行為”に特化した深海生物

 

「東京に来て1年目は、何をやってもうまくいきませんでした。休学していた2年目は、やりたいこととか、これからの人生とか……生き方を含めて悩んでいたんです。」

 

休学期間中の伊藤さんは、「人間とは何か、生きるとは何か」と問いを重ねていたといいます。

 

「古典哲学、社会学、生物学など——さまざまなジャンルの本からインプットを重ねる中で、奇妙な深海生物と出会いました。」

 

「この生物は、ギガントキプリス – Gigantocypris agassizii。

こいつが泳いでいる映像を見て、すごく興味を抱きました。どうしてこんなにも「歪」で不格好なのに、過酷な自然界で生きていけるんだろう、と。それと同時に、この生物に対して、ある種の憧れや共感を覚えている自分がいたんです。」

 


—— ギガントキプリスは、体長3cmほどのウミホタル科の深海生物。身体のほとんどが目でできており、人間の8倍ほどの集光能力をもつ。泳ぐ姿は、とてもキュート。

 

「彼らは、ひたすらに「視る」ことに特化して、身体を強調しています。その代わりに、多くのものを失いました。「視る」ためには最適化されているけれど、ひどく不器用で歪な姿をしています。」

 

しかし、伊藤さんは「歪でも、何かに特化して生きられたら、すごく幸せなんじゃないだろうか」と考えました。そこで、建築を学ぶ中で身に付けた、図面化することで、彼らの“身体”の特徴を紐解くことに。

 

「図面にしていくと、《強調された生物は、“身体”と“行為”の距離がとても近い》ということがわかってきたんです。」

 

生物における、身体の強調と行為の意味とは?

 

求愛行動に用いる大きな手、己を誇示するための巨大な眼——

「試しに他の生物も図面化してみたところ、ギガントキプリスと同じような特徴が確認できました。」

 

 


—— “行為”と“身体”の関係を調べるために、生物の強調を図面化した。

 

 

“身体”を強調することで、何らかの“行為”を手に入れた生物たち……その姿をつまびらかにするなかで、伊藤さんの関心は、「人間の強調」へと移っていきます。

 

「人間の進化を調べたところ、およそ3.5万年前を境に、“身体”の大きな構造上の変化は止まった、ということがいえます。

しかし同時に、この頃から道具すなわち“建築”が大きく多様化しているということも、わかりました。」

 

「歪なかたちの生物は、“身体”のかたちを変えて強調したけれど、人間は第二の身体である“建築”を変化させることで、強調しているのではないか」と、伊藤さんは考えます。

 


—— 多様化する建物の変遷は、生物の強調した身体のようだ。人間の場合、身体のかたちは変わらないけれど、外縁化された身体(建物・道具など)が進化しているという。

 

さらに、人間の“行為”についても調べていったとのこと。

 

「“身体”は進化しましたが、“行為”の数はどんどん減っていますよね。

例えば、昔は『洗濯』をするために、川に行く・洗濯板で擦る・叩くなど、いろいろな動きをしていた。けれど、いまでは放り込んでピッ!で終わりです。そこで僕は、人間にとっての、“行為”とは一体どのような意味を持つんだろうと考えるようになりました。」

 

伊藤さんが特に注目したのは、古から連綿と続く『儀式』という“行為”。

 

「哲学者のウィトゲンシュタインは、あらゆる人間を “儀式的動物”であると定義します。

なぜなら、あらゆる時代に人間は『儀式』をおこない、同時に文化そのものを形成するのもまた、

『儀式』であるからです。

そこから、『儀式』の持つ2つの属性——共同体としての連帯感を生む『横のつながり』と、法悦を生む『縦のつながり』こそが、人間の失いかけている “行為”の意味につながっているのではないか、と考えました。」

 

伊藤さんは、その一例として『入浴』という“行為”について語ります。

 

「人は入浴という“行為”を通して、身体の感覚が鮮明になる感覚を味わいます。

それは、儀式における法悦の感覚に似ている……そこで、入浴という“行為”を強調してみよう、と考えました。その強調した“行為”のことを、僕は『擬儀式』と呼んでいます。」

 


—— コロナ禍で「お風呂に入りたくて入っているのか、それとも入らなければならないから入っているのかがわからなくなった」という伊藤さん。そのことを、「“行為”に消費されている感覚だった」と語っている。

 

 

こうした歪な生物から始まった膨大な思考のプロセスを経て、修了制作のテーマ『強調譚』が生み出されました。

 

◼️ 思索の結実として誕生した、『デフォルマンション』

強調された“行為”を、歪な集合住宅に

 

 

「人間は、“行為”に溢れた、いわば《行為の集合住宅》です。

 

その“行為”の一つを取り出して『強調』してみる——すると、人間とは何か、生きるとは何かということが、浮かび上がってくるのではないかと考えました。

 

人間にとって遠くなってしまった“行為”と“身体”の距離を近づけようとすること、それを一つの物語にすること——それが僕の修了制作のテーマ『強調譚』です。」

 

 

—— 『強調譚』構想資料より。

 

 

「生物の姿にのっとり、この家は『歪』であることを前提にしています。

その名も、マンションならぬ、『デフォルマンション(=歪形集合住宅)』。

住人は、それぞれが愛する“行為”を持っています。」

 

 

—— ネーミングは、フランス語のdéformationに由来。それぞれの部屋に住む住人は、書道家・茶道家のように、『〇〇家』と名付けられている。

 

「例えば、下の図面は『洗濯』が大好きな『洗濯家』の部屋。洗濯の中に含まれる“行為”を分解し、“現象”に左右される“行為”だけを強調しました。ここでは、「干す」ことが特化されています。

 

洗濯物がよく乾くように、左側の壁には風が通り抜けるための大きな空洞が、右側のベランダには洗濯物を干すベランダが。いわゆる生活空間は、真ん中の小部屋だけです。『洗濯家』は、「干す」ことを優先して、生活空間を手放してしまいました。その姿は、まるであの小さなギガントキプリスのようです。」

 


—— 風という“現象”を優先し、風洞実験装置のような形状をとった『洗濯家』の部屋。生活をするには、とても歪だ。

 

 

「今回、一般的な建築の設計とは異なる作り方をしました。“行為”のために必要な“現象”を軸に設計したんです。強調する生物たちと、同じ作り方ですね。

 

そこで、人間の一日を12個の“行為”に分解し、部屋としてまとめました。」

 

 

歪な『強調』が生む、豊かな『協調』

この家の面白いところは、『強調』を寄せ集めた結果、『協調』が生まれたということです。伊藤さんの言葉とともに、『デフォルマンション』の断面図を見ると、部屋の構造とともに、光や風などの“現象”のつながりを見ることができる。

 

壁を無くし、“行為”を支える“現象”でつなげた『デフォルマンション』。そこに住むと、人間は無意識に関わり合ってしまう——不思議な空間について、具体的に話を伺った。

 

 


——『デフォルマンション』の断面図。『洗濯家』の部屋で生まれた風は、タービンを回し、電力を生み出す。その電力を蓄電するための、おもりは『筋トレ家』の筋トレ道具に。『照明家』が電気をつけると、その重りが下り、水道のポンプが開く。すると『植物家』の部屋で、植物の水やりができる。そして、その水はろ過されて、『睡眠家』の部屋にあるプールの水へと落ちていく。

 

 

「世界は、人と人の関係性によってできています。この家も、それぞれの部屋の動きがつながって、関係性を生んでいるんです。光がさす、いい匂いがするなど……誰かのちょっとした動きが、家中に影響を起こすようになっています。」

 


—— 伊藤さんが一番住みたいのは、『照明家』の部屋。大きな電球が一つ、壁はスリット状に。その光は屋外に溢れ、『デフォルマンション』の常夜灯となっている。なお、これらの図面は、実際に建てられるように設計されている。

 

 

それぞれの強調された“行為”と、それを支える“現象”はつなががりあい、大きな円環を生み出す。

 

「住人はお互いのことを知りません。

性別も国籍もわからないけど、相手が生み出す“現象“からの影響で、何を愛しているかだけは知っている——風呂が好きな人がいるから、流れてくる蒸気によって、自分の部屋のカーテンが揺れる、というように。」

 


—— 右の図は設計の着想の発端となったもの。住人それぞれが愛している12個の“行為”の動きを分解し、そこで起きる“現象”のつながりを図式化したもの。これを建築物の設計に落とし込むと、左の断面図になる。

 

「ここで大事なことは、その人が何を愛しているのか、ということ。

お互いの愛する“行為”を前提としてつなががっていく——これって来るべき多様性の社会で、お互いの個性を激しく認め合っていく姿と似ていると思いませんか。」

 

歪な『強調』が、豊かな『協調』を育んでいく——とても素敵な未来が見えますね。

 

「実際に『デフォルマンション』を建てるとしたら、都会のビル街に。

ホテルのように、数日過ごしてもいいですね。日常に戻ったとき、一つ一つの日常の“行為”の意味を考えるようになるでしょう。一日住むだけで、人生が変わるかもしれません。」

 


—— 木漏れ日のような笑顔が印象的な伊藤さん。「藝大の仲間は、みんな秀でたところがあって、一緒にいて楽しくて、大好き。でも、歪なやつばかり。彼らと一緒に生きるためにも、デフォルマンションを作らなきゃと思いました。自分自身を肯定するための家でもあるんです。」

 

◼️これから

究極的には、意図せざる“現象”建築に向き合いたい

 

就職活動は、これから。

こういった作品や考え方に共感してくれるアトリエ事務所で修行したい!と考えているそう。

 

「こういう作品を評価してくれるという点が藝大の良さだと思います。面白いと言ってくれて、最後まで評価してくれる……幸せですね。そんな大学に、とても感謝しています。」

 


—— 「僕自身がcomplicatedなことを考えてしまうので、わかりやすく伝えることを意識しました」と語る伊藤さん。模型に図面、アニメーションを駆使して、説明をしてくれた。徹底的にろ過された思考から紡がれる言葉は、豊かで説得力がある。

 

そんな伊藤さんに、「これから作りたい建築は?」と聞いてみたところ興味深い答えが。

 

「今この瞬間に興味があるのは、『強調』の原理でできるもの。

 

ただ、一番作りたい空間は、沖縄の“御嶽(ウタキ)”のようなものです。そこには何もないんだけど、ただ“現象”がある……僕の中では究極の建築の姿です。」

 

 


—— 右下の画像が、沖縄にある“御嶽”。祈りのための儀式空間だ。人工的なものは何もない……自然があり、移ろいゆく“現象”があるだけ。『強調』について考え続けた伊藤さんは、「儀式という“行為”を『強調』する場合、何もない空間が一番という結論にたどり着いた」と語った。

 

「木陰にいると、風が吹いて気持ちがいいですよね。でも、木は人間を気持ち良くしてやろう!とは考えていません。そういう人を心地よくしてやろうとしたわけではないけれど、そよ風が吹くように心地よくなれる空間を作りたいです。」

 

 

これから伊藤さんが、どのような経験を積み、インプットを重ね、アウトプットに昇華していくのか ——『強調譚』の先にある物語、その未来がとても楽しみです。

 

◼️ 伊藤健さんWEBサイト https://it-itoken.tumblr.com/

 

 


 

取材:鹿子木孝子、林賢、大石麗奈(アート・コミュニケータ「とびラー」)

執筆:大石麗奈

 

 

『デフォルマンション』に住むなら『読書家』の部屋がいい、2年目とびラー。藝大生インタビューは、作家の思考の海を巡る旅——私の身体はひとつだけれど、相手の経験も、その思索の結実も、じっくりたっぷり味わえる。そんな追体験の価値を広めるべく、とびラボを立ち上げ、奮闘中!(大石)

「アノードあるいはカソード ~逆転する彫刻と版画」藝大生インタビュー2021|彫刻科4年・小島樹さん

2022.01.13

イチョウの葉がきれいに色づく11月29日、期待に胸を膨らませ東京藝術大学美術学部にある彫刻棟を訪ねたとびラー3人に、彫刻科 学部4年生 小島 樹さんがやさしく声をかけてきてくれた。

さっそく、屋外の制作現場に案内されたとびラーの目にコンクリートの上に横たわる大きな作品が飛び込んできた。細工が施された大きな鉄製の四角いフレームの中に、厚みのある鉄製プレートの人体が両腕を広げて横たわっている。フレームは一辺が軽く3mを超えている。

 

―これが卒業作品ですね。テーマや素材も含めて作品について教えてください。

「素材はすべて鉄です。テーマは、自分が彫刻科でありながら銅版画を作っていることと関係しています。銅版画は銅板の削った線の溝、凹版にインクを詰めて刷ると印刷物として出てきます。つまり、プラスとマイナスが逆転します。彫刻は複製するものであって、原型の立体物から型を取り、別の素材に置き換えます。作品のメインになるのは、銅版画は原版ではなく印刷物、彫刻は原型の方が作品と言われるものです。彫刻と版画は作品と型の扱いが逆転していて、そこが強くリンクしていると思います」

 

 

「この立体の作品に、水を含ませやわらくした楮(こうぞ)(※1)をかぶせます。その楮の水分によって鉄の作品が酸化した錆を版画に写しとる手法をとっています。写しとった版画をつなぎ合わせて立体と同じ大きさの版画を作ります。展示する際は、構造物を別に作ってフレームを立てて鉄製プレートの人体を上から吊り下げるイメージです。その前に紙の版画を広げて、二つ合わせて一つの作品にします」

※1…和紙の原料としても使われるクワ科の植物

 


(卒業制作のスケッチ 足の両脇にぶら下がるものは今回は制作しない)

 

小島さんのお話は、3人のとびラーの想像を超えるところから始まった。

人体のモデルは、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたウィトルウィウス的人体図にあるという。その人体図のアウトラインを立体にして、人体プロポーションを鉄で制作した。

 

―人体を上から鎖で吊り下げようという着想はどこから?

「大学に入って版画にすごく興味を持ちました。版画の海に飛び込むのか、それとも彫刻にまた引き戻されるのかという時期があって、その時最初に作ったのが、《バンジー オア ダイヴ》というタイトルの銅版画で、逆さまに飛び込む人物像でした。そのイメージがそのまま今回立体になったということです」

 

 

「着想は2次元的なイメージが先にあって、3cmの鉄板から、アセチレンガスと酸素で溶断する技法で鉄板を切って立体作品をつくります。フレームの立体模様も同じ技法です。今回は重いものを高い所から吊るすと見る人の恐怖心を煽る作品です。学生だからそれくらい挑戦的な作品を展示してもよいだろうと思いました。人体はどれくらいの大きさにするか、小さすぎても現実味がなくなってしまうし、大きすぎても把握できなくなってしまうので、結局人体をまず等身大に近いサイズにしました。それに合わせてフレームの大きさが決まってきます。」

 

小島さんは優しい語り口ながらも、制作への熱い情熱を感じさせ、私たちはさらに作品のサイズと重さに圧倒されてしまう。

 

 

フレームは溶断によって作られた細長い2枚のプレートを合わせ、断面的に見ると⊿の底辺のない形になる。そして、その立体からも版画を作るが、紙に透く前の楮(こうぞ)で彫刻から型を写し取ると(版画の)質量が増す感覚があるという。平面なのに質量があるという感覚は、版画と彫刻の両方に関心をもつ小島さんならではのものである。

 

 

 

―彫刻を表現手段としたきっかけは?

「受験時代はデザイン科でやろうとしていたんですが、性に合わなかった。ある時粘土に触ったらこれならやっていけると思った。粘土は感覚的で実感とともに作品が作られていくので、関係性がわかりやすい。大学に入ってからは、粘土は可塑性のある素材だけど、いつでも終われるけどいつまでも終われないところがあって責任が持てないと思った。石や木は後戻りできないが、金属なら思い通りにいかないことがあってもまた戻れる。金属を溶接して盛り付けて、また削ることができる。トライアンドエラーの距離感がすごく性に合っていました」

 

…彫刻棟の一室からしだいに作業音が大きく響いてきたため、3階のアトリエに行って続きの話を聞くことにした。

 

―卒業作品のタイトルは?

「タイトルは《アノードあるいはカソード》元々確かギリシア語で化学の世界で使われる言葉です。簡単に言うとプラスとマイナス。日本語では一応正極と負極という言葉があります。アノードあるいはカソードは、状況や置かれている場によってプラスとマイナスが逆転することがある。「場において逆転」するということが、自分の彫刻と版画にかなりリンクした言葉だと思います。彫刻でもあるし、(彫刻は版画の)原版でもあるし、版画でもあるし、(版画は彫刻のイメージの基となった)型でもある。状況、場において、プラスとマイナスを行ったり来たりする。それで《アノードあるいはカソード》にしています」

 

 

―逆転の着想は元々どんなところから?

「銅版画は、掘った溝にインクを詰めて自分の込めた力の裏側に印刷が出てきます。インクを詰めた溝が山となって、その山がぼくの中ではすごく彫刻的だなと思っています。逆転する着想はそこからですね」

 

―《アノードあるいはカソード》で見る人にどんなことを伝えたいですか?

「そもそもプリントされたもので量産されるものが版画ですが、ぼくは版画を再定義しなきゃいけないなと思っています。版画の技法を利用する人は多いけど、版画としか捉えていないところがあります。ぼくは、溝が山になっているのをこれは彫刻だと思いました。版画であり彫刻であるし、逆も言える。そこで、版画の領域が広がってくるんじゃないかと。このコンセプトは攻撃的なところがあり、かみ砕けていないところもありますが、簡単に言うと版画の領域を広げたい。版画と彫刻が侵食する部分、される部分がぼくの作品から見えてくるんじゃないかと思います」

 

 

 

―制作に当たり膨大な作業がありますが、アーティストとして一番楽しいところは?

「銅板はエッチングをやり、腐食液につけると線の部分が溝になるが、液に任せます。一度自分の手から離れて何かが起きる、出来上がりは摺ってみないとかわからない。現象にその先を見せてもらっている。彫刻にも同じようなことが言えて、鉄の溶断の時、トーチを手に持っている感覚だけなんです。ぼくと彫刻の間には空気の層があり、炎と風に任せて、その現象を利用させてもらっている。そういうところがかなり惹かれているところです。知覚しえない作業があることによって、飽きずにやっていられます」

 

鉄を切ったり、彫刻するには、「トーチ」という道具が使われる。アセチレンガスと酸素で炎を出して鉄を熱して、高圧の酸素で吹き飛ばす。その作業を続けると、遠赤外線がでるので結構体が焼けるという。

今回の制作は、今年6月から構想をまとめるのに取り掛かり、鉄板の切り出しを6月の終わりから始めた。朝の9時から夜の7時まで根気のいる作業だったという。

 

―参考にした作品や影響を受けたアーティストは?

「アメリカのジョナサン・ボロフスキーという板を寄せ集めて人体を作る作家がいますが、その辺から影響を受けていると思います。東京オペラシティの中庭に大きな像があります」

 


(小島さん 以前の作品を前にしながら)

 

―学部卒業後はどうされますか?

「彫刻科の大学院を受験します。今版画の工房も使わせてもらいつつ、彫刻科の制作をしています。院でも彫刻と版画のどっちもやってみたいので」

「鉄のイメージは、重くて固い。作品の表情はトーチから出た風が作った表情。本来なら風が鉄を削ることはほぼないが、そこに鉄のイメージの軟質化と自身の持つイメージの重量化がある」

 

小島さんは、これからも鉄をトーチで溶断する手法を続けていくことの可能性を感じている。

制作に当たり1.5トンの鉄材を30万円で購入したという。作品は総重量580kg、3.7mの大きさである。大型になってしまい、大学に相談して了承をようやくもらったという。

 


(トーチを手に持つ小島さん 左はアセチレンガスボンベ)

 

インタビューを終えて

鉄による彫刻とそこから取った版画の二つからなる作品が、1月28日から始まる「卒展」の会場にどんな風に展示され、どんなライトが当たるのか。「鉄の人体を吊るすインパクト、恐さで、来場者には興味を持ってもらいたい」と制作者としての望みを話してくれた。作品の完成と「卒展」の開催が今から楽しみでならない。

自らが目指す彫刻と版画の創造的な世界を真っすぐに進む小島さんの姿にはすがすがしさがあり、私たちはこれからも注目して応援していきたいと心から思いながら、藝大彫刻棟を後にした。

 


(左から2人目の小島さん、とびラー3人が作品のフレームの中で)

 


 

取材:森奈生美、吉水由美子、中村宗宏(アート・コミュニケータ「とびラー」)
執筆:中村宗宏
撮影:浅野ひかり(とびらプロジェクト アシスタント)

 

 

1年目10期とびラーです。今回のインタビューは、着想のイメージが立体作品となる制作過程や、現場のリアルな空気感を知る貴重な機会であり、版画と彫刻の逆転、侵食という発想がとても新鮮でした。鉄が持つ微妙なグラデーションも、実際に見て気づくことができました。今後、若い制作者によって彫刻と版画の新たなる領域が拓かれることを信じています。(中村)

 

 

2021建築実践講座⑦|建築と美術館とコミュニケーション―お金で買えない「ギフト」に気づく場所とは?

2021.12.11

とびらプロジェクト「オープンレクチャー」
第7回建築実践講座|「建築と美術館とコミュニケーション―お金で買えない「ギフト」に気づく場所とは?」

 

日時|2021年12月11日(土) 16:00~18:00
会場|オンライン(Zoomウェビナー使用)

講師|
佐藤慎也(建築家、八戸市美術館館長、日本大学理工学部建築学科教授)
大澤苑美(八戸市美術館学芸員)
森純平(建築家/八戸市美術館設計者、東京藝術大学建築科助教、たいけん美じゅつ場 VIVAディレクター)

稲庭彩和子(東京都美術館学芸員 アート・コミュニケーション係長、とびらプロジェクト プロジェクトマネジャー)
伊藤達矢(東京藝術大学社会連携センター特任准教授、とびらプロジェクト プロジェクトマネジャー

 

―――――――――――――――――――――

 

今年度7回目となる建築実践講座は、とびらプロジェクト「オープン・レクチャー」として、オンラインの公開講座の形式で開催しました。

 

 

『建築と美術館とコミュニケーション―お金で買えない「ギフト」に気づく場所とは?』と題し、八戸市美術館の館長で建築家の佐藤慎也さんと、八戸市美術館学芸員の大澤苑美さん、東京藝術大学建築家助教で茨城県取手市のたいけん美じゅつ場VIVAディレクターの森純平さんの三名を登壇者に迎えました。

 

導入では、とびらプロジェクト プロジェクトマネジャーの稲庭彩和子さんから、レクチャーのテーマとなる 「ギフト」 について、美術館の役割の変遷と共に、とびらプロジェクトでの活動を取り上げながら紹介がありました。

 

 

続いて、ゲストの3者からのプレゼンテーションとして、「八戸市美術館(2021年11月オープン)」と「たいけん美じゅつ場VIVA(2019年12月オープン)」のそれぞれの建築空間と、そこでの活動について紹介いただきました。地域の拠点となり、様々な人々が ”関わりを作ること” を目指し、そのための場が設計段階から実装されている2つの事例を通して、新たな公共建築について考える機会となりました。

 

 

後半は、とびらプロジェクト プロジェクトマネジャーの伊藤達矢さんも加わり、パネルディスカッションを行いました。前半にプレゼンいただいた2つの事例について、「ギフト」を切り口に、それぞれの視点から議論を深めていきます。その中で、八戸市美術館リニューアルの計画段階から設計プロポーザルの話題についても語られました。建物の中央に市民のための巨大な空間(ジャイアントルーム)が設置されたこの計画は、美術館が展示・収蔵・研究だけではない、豊かなコミュニケーションが生まれる地域の拠点となることを、空間として示しています。

最後には質問応答の時間を設け、参加者からの疑問に登壇者が答えていきました。

 

新たな美術館の実践を聞くことで、社会関係を育む場としての美術館のあり方、そこでの活動の可能性について考える機会になったのではないでしょうか。

 

次回は最終回になります。これまでの学びをふりかえり、考えます。

 

(とびらプロジェクト コーディネータ 山﨑日希)

【開催報告】トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー

2021.12.10

開催報告「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」

2021年11月12・19・26日・12月3・10日の計5回、夜間開館が行われる金曜日に、ライトアップされた東京都美術館を散策するツアー「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」を行いました。申し込み開始早々に満員になるほど人気で、48名の方に夜の都美術館を味わっていただきました。

 

 

「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」の始まりはいつ?

過去のとびラーのミーティング記録をさかのぼると、2013年9月13日に第1回が開催されたとの記録がありました。約10年の長い歴史の中で多くの方々に愛されてきたプログラムですが、コロナ禍で美術館の夜間開館が行われず、約1年9か月間は開催をすることができませんでした。そして、今回ついに再開が叶ったのです。

 

 

ツアー当日は、美術館入り口で参加者の皆さんを迎え、とびラー2名・参加者3~4名でグループを組み、3グループが同時に30分間のツアーに出かけます。ツアーの内容は、とびラー 一人ひとりが考えたオリジナルで、冬の透き通った空気の中、美しく輝く都美術館を少人数でのんびりゆったり満喫できる時間となりました。

 

 

■夜ならではのお楽しみ

紅葉が楽しめる11月中は、暗い中でもほんのり輝く大イチョウの木を愛でることができ、12月はサンタ帽をまとったとびラーと共に、まるでクリスマスイルミネーションのような都美術館を散策しました。

 

設計した前川國男も愛した美術館のレストランはまるで宝石箱のよう・・・

でこぼこしたコンクリート壁の陰影が一番美しく浮かび上がる時間・・・

暗闇に映える公募棟の青・黄・緑・赤・・・

野外彫刻に映る都美術館のキラキラした照明・・・

 

とびラーだけが楽しむなんてもったいない、多くの人に知ってもらいたいこの美しさ、そしてまた足を運んでいただきたい、そんな思いを込めて私たちはツアーを行っています。

 

 

■参加者の皆さんからのコメント

・隠された美の発見、創造の美は無限大!

・会社と家以外の空間や時間を味わえました。

・いつもと違う表情の美術館にドキドキしました。一日中楽しめる場所だと感じました。

・普段見過ごしがちな建物の壁や床・照明など1つ1つを堪能できました。

・公募棟の4色が見えたとき、自然と「わぁ~!」と声が出ました。

・これからもこの建物を残していってほしいなぁ。

 

 

■最後に

参加者の皆さんのコメントを読みながら、都美術館の魅力は建物自体の美しさだけでなく、新たな居場所としての空間や未来につながる建築の意味など人々に届けるメッセージの大きさに改めて気づかされました。これからも、そんなメッセージを発信し続けるツアーを大切に育てていきたいです。

 

 

 


 

 

執筆:向井由紀(9期とびラー)

とびラーになる前、このヤカン・ツアーに参加しました。ちょうどクリスマスシーズンで、サンタ姿のとびラーのキラキラした笑顔に、「私もこの仲間に入りたい!」と感じたのがついこの間のようです。今仲間と共に都美の魅力をお話しできることを楽しんでいます。

【あいうえの連携】誰かに伝えたい!ここから見るといい感じ 台東区立蔵前小学校4年生(2021.11.30)

2021.11.30

2021年度の秋のシーズンの学校プログラム「うえのウェルカム」では、台東区図画工作研究会との連携授業の受入をしました。
10月から11月までの期間、合計4校が来館し、建築と彫刻をテーマに鑑賞プログラムを行います。各校では「新しい見方を獲得すること」を目的として、「マイ・フォーカス」をキーワードに授業内容を組み立てました。授業は全部で3回、美術館でのプログラムは全体の授業の中の2回目に位置します。

美術館でのプログラムの活動のポイントは、大きく分けて2つあります。

プログラムの様子はこちら→
(「Museum Start あいうえの」ブログに移動します。)

【開催報告】アートを対話で楽しもう!

2021.11.21

2021年11月21日、東京都美術館で開催中の特別展「ゴッホ展 ── 響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」(会期:2021年9月18日~12月12日)にて、『アートを対話で楽しもう!』を開催しました。

 


 

『アートを対話で楽しもう!』の開催経緯は、2021年春に特定非営利活動法人三鷹ネットワーク大学推進機構*¹が募集した三鷹ネットワーク大学「民学産公」協働研究事業*²に応募したことにはじまり、採択された後にとびらプロジェクトにおいて「これからゼミ」*³を立ち上げ、とびらプロジェクトの協力を得る形でスタートしました。

 

*1三鷹ネットワーク大学は、三鷹市及びその近隣都市にある20の教育・研究機関を正会員とし、約60の企業や団体等を賛助会員として、平成17年より活動を継続している。「民学産公」の協働により、教育・学習機能、研究・開発機能、窓口・ネットワーク機能を広く地域に提供し、以って市民の生活・知識・経験・交流に資することを目的としている。

 

*2「民学産公」の連携による知的資源を活用した新しい技術やシステムの開発による地域 に根ざした産業の支援・創出に寄与することを目的としている。

 

*3 これからゼミとは、3年の任期満了を前にしたとびラーが、任期満了後にアート・コミュニケータとしてどのように活動を展開していくかを考え、その準備を進めるためのゼミ。とびらプロジェクトでは、社会の中で、人と人、人と場所、人と作品をつなぎ、新しい価値を創出することのできる個人やグループの巣立ちを応援している。

 


 

 

■アート・コミュニケーションを三鷹でも

 

とびらプロジェクトでの2年間の活動を通じて、様々な世代の様々なバックボーンをもつとびラーとたくさんの出会いがあり、共に学び、実践するなかで、アートを介してコミュニティを育むソーシャルデザインを私自身が住む東京都三鷹市でもできないか、様々な世代が交流するきっかけとしてアート・コミュニケーションをまちづくりに活かしたい、そんな思いにいたりました。

そんな中で、その第一歩としてアート・コミュニケーションを三鷹市民に体験してもらえる場をつくりたいと企画したワークショップが『アートを対話で楽しもう!』です。

 

告知ビジュアルは、10期とびラーの牟田真弓さんがデザインを担当してくれました。

 

 

10月12日に三鷹ネットワーク大学公式ホームページを中心に参加者を募集し、応募〆切の10月31日までに、参加者15名の募集に対し、91件の応募がありました。

今回のワークショップの主旨のひとつである多世代の交流を実現するために、世代ごとに抽選を行い、20代30代から5名、40代50代から5名、60代以上から5名の計15名に参加していただくことになりました。

 

 

■ワークショップ開催に向けて

新型コロナウィルス感染症の流行拡大こそピークアウトしていたものの、コロナ禍での開催には変わりなく、東京都美術館の「博物館における新型コロナウィルス感染拡大予防ガイドライン(公益財団法人日本博物館協会)」を遵守しながら、参加者15名を5名ずつの3つのグループに分け、それぞれのグループにアート・コミュニケータが3名ずつの形で少人数、小グループでの活動にしました。

 

事前準備の段階から、アート・コミュニケータも3つのグループに分かれて、それぞれのグループでどのように参加者と寄り添うか、どのような場をつくるか、考えながら準備をすすめてもらい、作品研究なども各グループで進めていきました。

 

ワークショップの主な流れは、下記のとおりです。

 

  1. アートカードを使ったアイスブレイク
  2. アートポスターを使った各グループでの対話を通したアート鑑賞
  3. 特別展「ゴッホ展――響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」を展示室にて各自鑑賞
  4. アートスタディルームにて、各グループでのふりかえり

 

コロナ禍での開催に伴い、美術館展示室内での対話は難しい状況でしたが、アート・コミュニケーションの体感、体験の場として、概ね目的を達成できるプログラムを実施できました。

 


 

■ワークショップ『アートを対話で楽しもう!』の様子

 

アートカードを使った自己紹介からはじまりました。

 

次に作品のポスターを鑑賞します。
対話を通したアート鑑賞は色々な角度からよく見ることからはじめます。

 

作品の解説や情報にとらわれず、自分で見たものを言葉にし、

 

お互いの意見をよくきくことも大切にした鑑賞を行いました。

 

その後、参加者はそれぞれに特別展「ゴッホ展 ── 響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」の会場へ。

それぞれじっくりと作品と向き合った時間を経て、展示室で本物の作品を鑑賞する。

そんな体験で参加者の皆さんはどんな気持ちになったでしょうか。

 

展示室での鑑賞を終えると、展示室で見たこと、感じたこと思い思いに言葉にしていきます。

 

図録やアートカードで作品を共有しながら、対話を進めました。

 

参加者それぞれがじっくりと作品に向き合いました。

 


 

■参加者の声をきく

 

今回のワークショップを通じて、参加者の声を実際にきくことができたのは、私自身にとっても、一緒に活動したアート・コミュニケータにとっても大きな収穫でした。

自分たちの実践が参加者にどのような影響を与えるかも大切でしたが、それ以上にコロナ禍でなかなか直接リアルにリアクションを感じることが少ない中で、参加者の笑顔や目を輝かせて対話をしてくれている様子がかけがえのない財産になりました。

美術館を拠点に人と作品をつなぐ、人と場所をつなぐ、人と人をつなぐ―コロナ禍でいろいろなことをあきらめなければならない時代でも、美術館に来て本物の作品に出会って欲しい、作品を通してコミュニケーションをしたい、そんな自分たちの「ゆるやかな社会実験」が参加者に届いたと実感できる瞬間でもありました。

 

 

 

〈参加者の声〉※アンケートより抜粋

  • 自分ひとりで見ていると気づかないことをいろんな方の目を通して新しい気づきがもたらされ、それをもって展示をみたことが自分にとって宝物になった。
  • 視点、経験が異なるので、見方に幅ができた。そして、いただいた視点をもって実物をみることで、自分だけでは得られないパワーを絵から受けられた。疑問も持てたので深く絵をみることができた。
  • 普段美術館に行くときは、一つの絵について時間をかけて話しあう機会がないので、すごく貴重な体験ができた。自分が思ってもいなかった意見があり、あらためてアートには正解はないのだと思った。
  • 様々な年代の方と対等な関係で、共通のテーマで自由に話をする機会が貴重だった。
  • 人見知りなので最初はどうしようかと思ったが、誰かの話に応える形で少しずつ打ち解けられた気がする。

 

紹介しきれませんが、参加者の多くにアートを介してコミュニティを育むソーシャルデザインの魅力を感じていただけたと思います。

 

 

■アート・コミュニケーションの可能性

 

参加者のなかには美術館に普段はほとんど行かない方もいましたが、ワークショップを通して、自分の気づいたこと、感じたこと、本物の作品から受け取ったものを熱狂的に言葉にしていく姿や、参加者が、時間が経つにつれて、どんどん前のめりになっていく様子はとても印象に残りました。

VUCA*⁴と呼ばれる、先行きが不透明で将来の予測が困難な状態が続く時代でも、アートを介してコミュニティを育むソーシャルデザインが、様々な世代の交流を促し、孤独や孤立の「社会的処方」*⁵となるような、誰かにとっての居場所になるような活動になると信じています。

 

*4 VUCAは「Volatility(ボラティリティ:変動性)」「Uncertainty(アンサートゥンティ:不確実性)」「Complexity(コムプレクシティ:複雑性)」「Ambiguity(アムビギュイティ:曖昧性)」の頭文字を並べたもの。VUCAに込められた4つの単語が示す通り、VUCAとは変動性が高く、不確実で複雑、さらに曖昧さを含んだ社会情勢を示す。

 

*5  社会的処方とは薬を処方することで、患者さんの問題を解決するのではなく『地域とのつながり』を処方することで、問題を解決するというもの。(『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』,西智弘編著,2020年,学芸出版社より引用)

 

そんな活動をまちづくりに活かしていけることができたら、今より少し豊かなまちにできるのではないかと改めて実感することができました。

これからも人と作品、人と人、人と場所を続けていけたらと思いますし、とびらプロジェクトに集う年齢もバックボーンも様々な人たちの交流から、たくさんの活動が生まれ、社会に届けていけることを願ってやみません。

また、このブログをご覧になっていただいた方のおひとりでも、とびらプロジェクトに興味をもち、とびラーとして活動してみたい、そんなふうに思っていただけたら何よりです。

 

 

最後になりましたが、開催にあたって様々なご協力をいただいたとびらプロジェクト関係者各位、三鷹ネットワーク大学関係者各位、一緒に活動を支えてくれたとびらプロジェクトアート・コミュニケータ各位、そして何よりご参加いただいた参加者各位、ご応募いただいた応募者各位に心より御礼申し上げます。

 

 

【参加アート・コミュニケータ】

卯野右子、柴田光規、和田奈々子、大石麗奈、尾駒京子、鹿子木孝子、梨本麻由美、平本正史、堀内裕子、松本知珠、照沼晃子、牟田真弓、野口真弓、中嶋厚樹

 


執筆:中嶋厚樹

とびらプロジェクトでの三年間でたくさんの素敵な出会いがあり、本当に様々な経験と挑戦をさせていただきました。人生変わったかもしれないと感じるくらいかけがえのない宝物のような時間でした。

 

【あいうえの連携】タブレットをつかって観察しよう! 台東区立忍岡小学校5年生(2021.11.16)

2021.11.16

2021年度の秋のシーズンの学校プログラム「うえのウェルカム」では、台東区図画工作研究会との連携授業の受入をしました。
10月から11月までの期間、合計4校が来館し、建築と彫刻をテーマに鑑賞プログラムを行います。各校では「新しい見方を獲得すること」を目的として、「マイ・フォーカス」をキーワードに授業内容を組み立てました。授業は全部で3回、美術館でのプログラムは全体の授業の中の2回目に位置します。

美術館でのプログラムの活動のポイントは、大きく分けて2つあります。

プログラムの様子はこちら→
(「Museum Start あいうえの」ブログに移動します。)

2021鑑賞実践講座⑥|「コーチング/VTSファシリテーションの実践とふりかえり」

2021.11.15

第6回鑑賞実践講座|「コーチング/VTSファシリテーションの実践とふりかえり」

日時|11月15日(日)13:00〜17:00
会場|オンライン
講師|三ツ木紀英(NPO法人 芸術資源開発機構(ARDA))
・鑑賞者の「美的発達段階」について
・10月のスペシャル・マンデーでの実践のふりかえり
・グループ鑑賞の実践
・ふりかえり(コーチング)の仕方について

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第6回となる今回は、ファシリテーションの様子をふりかえり、改善ポイントなどを確認する「ふりかえり(コーチング)」について学ぶことを中心にオンラインで講座を行いました。

 

まず初めに、10月に行ったスペシャル・マンデーでの様子を三ツ木さんとともにふりかえりフィードバックを行いました。

 

また、Visual Thinking Strategiesの前提となる、鑑賞者の「美的発達段階」について、その考え方や、それぞれの段階の特性を生かした豊かな鑑賞について考えました。

 

 

後半は、グループワークでグループ鑑賞とふりかえり(コーチング)の実践を行いました。
それぞれのグループで「鑑賞者」「観察者」「ファシリテータ」に分かれて鑑賞と場の観察をした後、グループ内でそれぞれの役割から鑑賞の場づくりをふりかえり、気づきを共有しました。

 

今後も、一つ一つの実践を自分たちの力でふりかえり、より良い鑑賞に繋げていければと思います。

 

 

(とびらプロジェクト コーディネータ 越川さくら)

2021建築実践講座⑤⑥|ワークショップメイキング

2021.11.13

第5回建築実践講座|「ワークショップメイキング・1」
・ワークショップとは?構造と仕組みを考える

日時|2021年11月7日(土) 13:00~16:00
会場|オンライン
講師|稲庭彩和子(東京都美術館学芸員 アート・コミュニケーション係長)

 

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第6回建築実践講座|「ワークショップメイキング・2」
・美術館建築を活用したコミュニケーションを生む活動を考える

日時|2021年11月13日(土) 10:00~15:00
会場|東京藝術大学 中央棟 第三講義室

 

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建築実践講座の第5回、6回では、「ワークショップメイキング」をテーマに、2週間連続での講座となりました。「講義:オンラインレクチャー」と「グループワーク」をセットに、とびらプロジェクトでの ”ワークショップ” とその目的について考え実践する機会となりました。

ーオンラインレクチャーはアクセス実践講座との合同講座として行われた。

 

 

■ オンラインレクチャー「ミュージアムとワークショップ」

 

11月7日のオンラインレクチャーでは、とびらプロジェクト プロジェクトマネジャーの稲庭彩和子さん(東京都美術館学芸員)より、「ワークショップの構造と仕組みを考える」をテーマに、ミュージアムとワークショップという枠組みからお話しいただきました。

 

社会教育施設であるミュージアムの役割とその変遷を辿りながら、ミュージアムでワークショップを実践する意味と目的への理解を深めます。さらに、とびラーがプレイヤーとして参加した、ワークショップの事例(*)を紐解きながら、活動の構造や対象者との関係性づくりについてなど、ワークショップメイキングの具体的な思考過程を知ることを通して、ミュージアムでのワークショップの仕組みを捉えていきました。

 

(*)Museum Start あいうえの ダイバーシティプログラム「美術館でポーズ!」

 

 


 

■ グループワーク「美術館を活用したコミュニケーションを生む活動を考える」

 

 

11月13日のワークショップメイキングの実践として、“美術館を活用したコミュニケーションを生む活動を考える” グループワークを行ないました。

 

 

この日の活動は、くじでランダムの4人組に分かれ「お互いを知り合う」時間から始まりました。とびラーとしての「自分の強み」を付箋に書いて差し出し合い、そこにいるメンバーで何ができるのか “素材” を並べてグループの土台を作ります。

具体的なワークショップメイキングでは、シニア世代を対象に建築をテーマとしたワークショップを考えました。

 

超高齢化社会の中、私たちができることはなんだろうか。

美術館は「展示を見にいく」場所だと思っている方は非常に多い。そういった方が、美術館の建築をテーマとしたワークショップに参加することで、美術館の「展覧会」以外の関わり方を知ることができる。主体的な美術館との関わりにより社会との新たな繋がりが生まれたり、建築を知ることで新しい視点に気づき、普段の光景が変わって見えたりするかもしれない。

 

美術館を舞台に、身近なコミュニティの枠を超えたつながり・出会いが生まれることで、誰もが生き生きと暮らせる、アートコミュニティを創造する、その一助となるようなワークショップを考えます。

 

最後は、グループで考えたアイディアを発表共有しました。

 

・春夏秋冬とび彩 散歩
・1975都美タイムトラベル
・なりきりアーキテクト …

 

美術館を散策しお気に入りの風景を見つけ、四季の姿を想像することを通して、美術館が居場所となる。美術館の歴史を辿りながら、自分史を重ね対話をすることで、自分と美術館のつながりを発見する。建築家になりきりそこに込められた想いを想像し、自分の言葉として語る。

 

…などなど、ワークショプの切り口はさまざま!
どれも、美術館への新しい視点に気づき、楽しみながら主体的に美術館と関われるアイデアでした。

 

前回のレクチャーで共有された美術館の役割、ミュージアムでワークショップをする意味を踏まえて、参加者を具体的に想像し、これまでの経験や価値観を問い直しするために、何が必要なのかを考え・具体的なプランにすることができのではないでしょうか。

ここまでの学びとワークを活かして、建築を介したコミュニケーションづくりの実践につなげたいと思っています。

 

 

(とびらプロジェクト コーディネータ 山﨑日希)

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