2024年12月4日、快晴の窓からは利根川がきらきらと輝いて見える東京藝術大学(以下、藝大)取手キャンパス原田研究室で、美術学部先端芸術表現科4年生の杉田 碧(すぎた あおい)さんに、卒業制作や学生生活、これからのことを伺いました。
〇 卒業制作展に向けて制作中の作品の内容について
― はじめに作品を観させていただいてよいでしょうか。
今制作している作品は、会場に設置する映像インスタレーションです。ここには作品を設置していないので、今手元にある映像や記録の写真をご覧ください。会場では、スクリーンを部屋の真ん中に張り、後ろの壁にも映像を映します。手前のブラウン管テレビにも同時に映像が流れます。CGや画像で作った、鑑賞者に語りかけるキャラクターをスクリーンに映し、浮かび上がって見えるようにしつつ、ブラウン管テレビ、スクリーン、壁の三層の映像が同期して鑑賞できるようになっています。映像では自分で作曲した音楽も流れます。
社会に存在する偏見や問題をリサーチし、現実にあるものを非現実的なものに変換して、リアリティを抑えつつ、観ている人にじわじわ影響を与えるという作品をつくっています。
会場で流れるピアノの曲も自身で作曲している
― この作品をつくろうと思ったきっかけはなんですか。
以前、卵子を提供すればお金を稼ぐことができるという発言をしている人を見ました。その発言から、お金に引っ張られて、軽はずみに命が誕生してしまう状態に危機感を覚えました。しかし、この話は自分とはそんなに遠い話ではないと思っています。自分ももし同じ立場だったら、同じこと(卵子提供)をしてしまうかもしれない。そのような懸念を作品で表現できたらと思い制作したのが、〈Gift〉(2023)という2チャンネル・ビデオインスタレーションです。
そこから卒業制作に向けて、遺伝子操作やデザイナーズベイビーについても調べ始めました。そして、誕生する前から、親から子への理想像や価値観の押し付けができてしまうことにも疑問を抱きました。これらが技術の進歩によって不可能ではなくなっていることに対する注意喚起ができたらいいなと思っています。
作品は3部構成で、第1章では生殖医療の進歩によって引き起こされる問題、第2章では世界で起こっている戦争や身近なところに存在する大変なことに気づかないふりをしている人々について、第3章では優生思想やルッキズムといった、他人に自分の理想を押し付けてしまうことをテーマにしています。
人形劇などから着想を得て、できるだけ生身感がなくなることを意識しながら制作をしています。実際に存在する人はコントロールできず、いやでもその人固有の要素が出てきてしまう。今自分がコンセプトをもって作品として出す上で別の要素が入ってほしくない。できるだけ自分の思ったかたちにできるという点で現実にいない人のほうがやりやすいと思っています。
― いつからこのようなスタイルで制作されているんですか。
去年くらいから始めました。それより前は映像の制作はやったことがなくて、平面の細密画を描いたり、立体の作品をつくったり、映像とは違うことをいろいろ試していました。1、2年生ぐらいまでは、こういうものを作ろうと思って作品をつくるというよりは、描くことによって楽になる、救われるという、自分主体の制作でした。でも、あるときから、そのような制作のスタイルは自分をさらけ出す行為で、自分がすり減っている気がして、自分主体でつくることがしんどく感じるようになってしまいました。3年生の時に、他人に向けてアプローチする方法が自分には合っているかもしれないと気づき、テーマは変えずに少し視点を変えて、今の感じになりました。
― 生殖医療や優生思想、ルッキズムに関心をもったきっかけはなんですか。
1年半くらい前からニュース、SF的な小説を好んで読むようになりました。なかでも村田沙耶香さんの小説が好きで、その世界観に触れ、関連するテーマを調べるようになりました。日頃生活する中で、SNSや人との会話で引っかかる発言やちょっとした疑問が積み重なり、なんでルッキズムに支配されなければならないのかとショックを受けることもありました。そうしたことがきっかけだと思います。
― 生殖医療や戦争、優生思想に対する課題をどう感じていますか。
やっぱり、危ういなとは思います。この状況は変えようと思ってもなかなか変わらないし、進み過ぎてしまっている。情報も錯乱していて、消費社会になってきている。子どもも命も自分の都合のよいように扱われてしまう。このことに対して、何にも感じない人はいないと思っています。育ってきた中で培われてしまうものがあり、そもそも社会全体から変わっていかないとどうしようもない。難しいとは思いつつ、なにか少しでも変えられたら。自分への自戒にもなるので、向き合っていきたいという気持ちでいますね。
〇 今の制作スタイルについて
― インスタレーションという方法を選んだのはなぜですか。
大学に入って一時期からずっとインスタレーションをやっていて、空間づくりが好きです。平面の作品も素晴らしいと思うけど、私は(鑑賞者が作品の中に)入ってほしい。世界観として引き込まれる構図にしたい。暗いところで外の情報を遮断するような感じで、いつも空間づくりをしています。
― どのような手順で作品を制作されていますか。
いつも同じようなテーマから作り始めています。最近は生殖医療に関心があるんですけど、もともとルッキズムを作品で扱ってきました。今回も、ルッキズムに含まれる排他性が、優生思想やデザイナーズベイビーにも通じるというところから始まっています。言葉先行なので、基本はテーマを決めて、言葉やストーリーを考えてから全体を組み立てるという作品のつくり方をしています。
— メッセージを伝える時に、他の方法よりもアートがよいと思う部分はどこですか。
アートの好き嫌いは置いておいて、社会問題だけを直接伝えられると気が引けてしまう気がするけれど、アートはビジュアルや、空間、世界観という、社会問題と別のところで組み立てることで相手にとって入りやすくなると思っています。少なくとも私はそのほうが親しみやすい。一見社会問題とは別物だと思って作品を見始めて、あとからじわじわ気づかされるほうが効果的だと思っていて、そのことを意識してつくっています。何これ面白いみたいな感じで見始めたら、実は重たいテーマだったという感じがいいかなと思って。何かを渡せて持って帰ってもらえたら嬉しいなと思って制作していますね。
― 音楽と映像を合わせたことでよかったと感じたことはありますか。
音楽と映像を合わせたことで、今までやってきた中で一番鑑賞者に伝わっている感じがします。映像はやらないと決めつけていたんですけど、いざやってみたら向いているかもと思いました。3年生の時にレディメイドという既成のものを使って作品をつくるという課題がありました。聖母マリアの肖像画に、チャップリン監督・出演の映画『独裁者』の中のスピーチを語らせ、その音声を無理矢理楽譜に起こし、ピアノで弾くというパフォーマンスをしました。聖母マリアからイメージされる理想の母像とは乖離する言葉を語らせることでイメージの乖離を表し、さらに言葉を音にすることで言葉すら原型をとどめていない状態をつくることで、情報を信じることの危うさを表現したいと思って制作しました。周りからよい評価をもらったので、映像をやってみようかなと思いました。
― 作品を展示する際に、好きな場所や理想的な場所はありますか。
まだ経験が浅いので、外部の展示空間で出来ていません。近いうちに何もない、まっさらな展示空間としてつくられたところでやれたらいいなと思っています。
〇これまでとこれから
― 今の作品のテーマと藝大で作品づくりをしようと思った動機はつながっていますか。
どうなんだろ。もともとそんなに美術を専攻しようと思っていなくて。美術はもちろん好きだったし、高校の授業でも楽しくやっていたんですけど。ずっとピアノや作曲をやっていて、どちらかというと音楽の方が得意でした。ピアノも既成の曲を弾くよりは自分でつくったり、即興で弾いたりするのが好きで、あるものをなぞるよりも自分でつくる方が得意という自覚がありました。曲をつくる感覚と映像をつくる感覚は近いと思っています。高校生の頃は、何かに囚われているような感覚を発散するために、定期的に絵に落とし込んでいて、それをポートフォリオとして出したら運良く藝大に合格しました。
ルッキズムは直接的にはつながっているかわからないですが、日々の悶々とした、漠然としたものと、作品に落とし込む前のもやもやは、間接的にはつながってはいたのかなと思います。
― なぜ先端芸術表現専攻を選んだのですか。
純粋に楽しそうと思ったのが一番です。自分の興味範囲が広くて、ドローイングもしながら画像編集も趣味でやっていました。それらを融合できる学科で、何をやってもいいので面白そうだなと思って選びました。
― 原田研究室を選んだのはなぜですか。
原田愛先生は、舞台美術を専門にしている先生で、大がかりな設営に詳しく、自分が制作したいものと近いので選びました。これまでもいろいろと相談に乗っていただき、学びの多い環境です。ゼミの先輩方にも、劇団を立ち上げている人や、暗室空間での作品をつくっている人がいて、自分の作風が演出的な作品づくりという点で合っているのかなと思って選びました。
― 藝大での学生生活はいかがでしたか。
最初は入学できたのが嘘みたいで不思議な感じでしたが、環境にだんだん慣れていきました。周りの人たちは、話したいことが似ているので、とても居心地がよく、充実していたなと感じています。取り組んでいるテーマが同じ人は少ないですが、自身が探求していることでなくても深掘りしてくれて、対話ができる環境なのでありがたいと思っています。
2年生から取手キャンパスに通うようになりましたが、思っていた以上に自然豊かで驚きました。身近に自然があるのは嬉しいです。
― 大学院に進んで、このままずっとアーティストとして活動をされる予定ですか。
結構悩んでいるんですけど、自分のために作るより他者がいる方が作りやすいです。アーティストとして一人で活動していかなくてもいいのかなっていうのがあります。空間づくりに関心がずっとあるので、空間演出にも興味があります。あとは、自分で文章を書いてストーリーを考え、空間をつくることを卒業制作でやっていますが、それらをメディア別に分けて、自分が書いたストーリーを本にしてみたり、空間だけで作品化することにもチャレンジしたいと思っています。
取材を終えて
卒業作品展では、杉田さんが制作された作品である展示空間がどのようになっているか楽しみです。また、杉田さんは、絵画も、映像も、音楽もできる多才な方なので、今後どのような表現活動をしていくのかとても楽しみです。貴重な時間をいただきありがとうございました。
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取材・執筆:正木伶奈、長沼千春、山中大輔
撮影・編集:竹石楓(美術学部日本画専攻3年)
多様な技術を組み合わせて、社会問題に対しての一貫した興味と危機感を表現してきた杉田さん。制作の紆余曲折や背景を知れたことで、卒展が一層楽しみになりました。これからの活動も応援しています!(正木伶奈)
やわらかい雰囲気の中にもしっかりと自分の軸を持って受け答えしている姿が、とても素敵だな〜と感じました!個人的にも興味のあるテーマなので、卒展の会場で実際に展示された作品を見るのがとても楽しみです。(長沼千春)
杉田さんは、ドローイング、映像、音楽をすべて自分でつくられていて、かつテーマが社会的な内容で、それを空間を作品にした時にどのような場になるのか実際に作品を観てみたいと思いました。これから先もどのようなアーティスト活動をされるのかとても楽しみです。応援してます!(山中大輔)
2025.01.19