12月4日、私たちとびラーは東京藝術大学(以下、藝大)取手校地を訪れました。迎えてくれたのは、デザイン科修士2年の柴田美里さん。柴田さんがアトリエのあちこちから椅子をかき集めてくださり、インタビューは車座で始まりました。
― 作品を見る前にまず、卒業制作のテーマを教えてください。
「粘菌木″ャ」レ 曼荼羅(まんだら)」というタイトルで、ギャルのフィギュアを2体作っています。「年金」ではなく生き物の「粘菌」のギャル。「木″ャ」レ」は「ギャル」のギャル文字表記です。
卒業後の自分の人生について思うところがあって。今までは、藝大に入って作品を作るという目標に向かって進んできたけど、今後の生きていく意味をまだ見出せていなかったので、人生の道しるべを作りたいと思って卒業制作を始めました。
私のためだけの仏像というか、偶像崇拝っぽい展示の仕方をしたいと思っています。粘菌とかギャルになりたい願望が以前からあって、そのなりたい姿を私なりに作ってみた、というコンセプトです。昔の人がありたい姿を偶像に投影してお祈りしていたように、私のなりたい姿、目指したいものを形にしています。
「ギャル」、「粘菌」、「偶像崇拝」。インタビューの冒頭から強烈なワードがたくさん飛び出しました。気になることばかりです。
粘菌とギャル、なんで?と思いますよね(笑)。粘菌が元々好きで、学生生活を通してずっと粘菌関連の作品を作ってきました。すごく変な生き物で、菌なのに動くんですね。森の中を自由に駆け巡っている姿がすごく不思議でかっこいいなと思っていて、そんな粘菌になりたいんです。
ギャルも、その存在が好きです。好きな服をまとって、人目を気にせず街中を厚底ブーツで闊歩していたり、その姿がかっこよくて、ああなりたいと思う存在なんです。ギャルの力強くて自由な立ち居振る舞いと粘菌が、私の中ですごくリンクしていて、ある意味似ているのかなと思っています。その2つを組み合わせて作品を作ってみました。粘菌も、進路に虫がいてもアスファルトの上でもガンガン突き進む強さがあります。
― 藝大に入る前はどういったことをされてたんですか?
中学校のときに美大に行きたいなと思って、それ以降真面目に勉強していました。藝大は国立なので試験科目が多いし、そのデザイン科に行くなら実技以外の勉強もある程度必要、と聞いていたので、中学ではセンター試験レベルの勉強をがっつり頑張って、高校からは美術予備校でがっつり実技の勉強をしました。
― 最初に粘菌とギャルに出会ったのはいつ頃ですか?
粘菌は中学校ですね。仲が良かった図書室の司書さんに、新しく配架した粘菌の図鑑を「絶対好きだと思うんだよね」と見せてもらったのが最初です。「なんこれ?うわ!カッコよ!」みたいな出会いでした。どの本かもう忘れちゃったんですけど、何回も読んで粘菌がすごく好きになりました。
ギャルは大学に入ってから、ギャルっていいなと思い始めました。私自身はそれまでそんなにギャルではなかったです。今もギャルではないんですけど(笑)。
「私はギャルじゃない」と謙遜(?)する柴田さん
― 学部時代の卒業制作の写真を拝見したのですが、そちらでも粘菌をテーマにしていたのですよね。
あれは粘菌になるための装置というか、棺です。私が死んだらロープの塊に入って土葬されて、微生物に分解される。そこを粘菌が通ったら、粘菌に吸収してもらえるというコンセプト。粘菌には触れたものを体内に吸収して記憶する性質があるので、そうすれば粘菌の一部として生まれ変われるなという妄想を、そのまま棺の形にして作ってみました。
学部の卒業制作の延長というか、粘菌になりたい同じ思いを持ったまま、修士課程の修了目前まで来ています。
― フィギュアは木彫りで作っているそうですが、どういった形で出会ったり、始めたいと思ったんですか?
元々趣味でフィギュアが好きで、粘土で作ることは良くあったのですが、粘土って足し算の作業で、形がなかなか決まらないのが嫌だったんですよ。毎回おおざっぱに形を作って、粘土が固まってからやすり、形を整えていたんですけど、ふと「初めから彫ったらよくない?」と気づいて、2023年の11月頃から木彫りを始めてみました。完全に独学で、木彫の技術はまだまだです。
素材としての作りやすさだけでなく、「ギャルの格好したやつが木でギャル彫ってたらおもろくね」と思ったのもあります。3Dプリンターで作る樹脂のフィギュアは既にポップアートとして人気だけど、「え、木彫りなんだ」みたいな意外さ、新しさがあるかなと。
― 柴田さんのイメージする具体的なギャル像はありますか?
子どもの頃から好きでした。2000年代のギャル文化は意識しています。時代によってギャルのイメージは変わりますが、そんなに特定の時代のギャルは意識していません。いろいろなギャルがいていい。格好は今っぽいギャルでも、スマホではなくガラケーにキーホルダーをじゃらじゃらつけていたり、混ぜこぜなギャルです。
ギャルの誰かではなく、私がなりたいギャル像を作品にしています。私は最近髪型を姫カットにしているので、彫っている作品をみんな姫カットにしたり、私がよくする格好や着てみたい服装を作品に着せたり、作品と自分を寄せていく意識です。
― 柴田さんはギャルだけでなく粘菌にもなりたいとのことでしたが、なりたいものを作品に投影してる感覚があるのでしょうか。
そうですね、自分の理想としてぼんやりと思い浮かべたものを無心に彫っていって、彫り続けるうちに理想の姿がわかってくる感覚があります。仏像を作っていた人たちも「彫る」行為自体が一種の信仰で、私と近い感じ方をしていたんじゃないかな。
デザインは社会とのかかわりが大きいので、他者のためのものを作ることが多いと思います。私もデザイン科に入りましたが、なかなか社会に興味が向きませんでした。外に向けて作ることが減っていって、内向きで自己表現的な作品が多くなっていますね。
― 作品のタイトルにある「曼荼羅」というのはどういうことですか?
「曼荼羅」の語源に「本質を有するもの」というような意味があるのと、複数のギャルが登場するのが、仏がたくさん描かれている曼荼羅の図にも通じるのではないかと思っています。それから有名な粘菌の研究者で南方熊楠(みなかたくまぐす 1867-1941)という人がいて、粘菌を研究しつつ、宇宙や民俗についても考えていた方です。南方熊楠は宇宙のいろいろな物事の関係性を表した「南方マンダラ」という図を作っていたので、そこから〇〇曼荼羅ということで「粘菌ギャル曼荼羅」というタイトルになりました。
椅子から立ち上がり、いよいよ実物を見ることになりました。
粘菌の中でも特に好きだった2種をギャルにしました。題材にした粘菌の色や見た目の要素をファッションとして取り入れていて、ポージングのうねりも粘菌を意識しています。
こっち(写真左)が、<ルリホコリ>という好雪粘菌、雪が好きな粘菌の子です。多くの粘菌類には子実体(しじつたい)という、キノコみたいな状態になるときがあるのですが、ルリホコリの子実体は虹色っぽくてギラっとしているんです。粘菌好き界では人気の粘菌で、私もこの子が一番好きです。ところどころに銀箔を貼って、硫黄で焼いて虹色にしています。
こっち(写真右)は<ウツボホコリ>という粘菌の子です。子実体がピンクなので、ピンクっぽい木材を組み合わせて寄せ木して、髪型と服装で子実体のモフモフ感を作りました。
「焼き鳥とか刺せそうなまつげですよね」と柴田さん。
― 二体でキャラクターが違う感じがしますね。
性格のコントラストを意識して作っています。この子(右・<ウツボホコリ>)はぶりぶりしているイケイケな感じで、こっちの子(左・<ルリホコリ>)は静かめなダウナー系のギャルです。どちらかと言うとルリホコリの方が私に近いかな。
近頃、ご自身もレッグウォーマーをよく着用するとのこと。
― 首から下もかわいいですね。
体形は私のなりたいむちむちのギャルです。「太ももは太ければ太いほどいい!」、「ギャルはガリガリよりもムチムチ!」という主義で彫っています。そのこだわりは私の願望で、粘菌はあまり関係ないです。
ここでとびラーが気になるものを発見。
― このスケッチは何ですか?
これから仏像(ギャル像)の後光と台座を作る予定で、下書きだけしてあります。
今年度の1学期にこのアトリエで粘菌を観察しながら飼っていたんです。その粘菌に竹の炭を食べさせながら布の上を歩かせて、すると布に粘菌の「足跡」がだんだん残っていくんです。その粘菌の歩いた足跡の模様を後光のデザインにしました。
柴田さんが飼っていた粘菌の「足跡」
― この布には像と同じ2種類の粘菌がいるんですか?
いや、これはイタモジホコリという粘菌です。もうこの布にはいないんですけど、学校の理科の実験などでよく使います。粘菌としては1番オーソドックスで飼いやすい種類です。
柴田さんの机のすぐ隣にあった、生活感あふれる箪笥。以前このアトリエを使っていた学生が持ち込んだものとのこと。この箪笥で粘菌を飼っていた。
― 箪笥で飼っていたんですね。
そうです。日光が当たって子実体にならないように、暗くて温度が一定になる引き出しに入れて、梅雨の時期に合わせて飼っていました。粘菌は温度と湿度が高くないと活発に動かなくて、乾燥している冬は苦手なんです。寒いのは嫌、でもお腹は出していきたい、足も出さないといけない、という意味でギャルと共通点がありますね。
― ご自身では内面もギャルだと思われますか?
ギャルになろうとしてます(笑)。性根は全然ギャルではないので、ギャルになりたいっていう気持ちで頑張ってギャルに擬態してます。もちろん環境的な要因もあると思いますが、ギャルって生まれ持った性質だと思うんです。ギャルはなるべくしてギャルになる気がします。結局ギャルにとって1番大事な要素ってその内面だと思っているので、私はたぶんギャルにはなれない(笑)。私は中身は結局ギャルではなくて、なれたらいいなとは思っています。
― 粘菌やギャルのあり方を聞いてきましたが、社会に出たらどう生きていきたいですか?
そうですね。藝大は自由だし、教授たちも見逃してくれていることが多いと思う。社会人になったら、いろいろなルールの中でしっかりと頑張って生きていかなきゃいけない。私は早めに死んで早めに粘菌に生まれ変わりたいけど、でもギャルみたいに社会を生きられたらそれもそれでいいかなと思っています。
「今後の人生頑張んなきゃ」、「死なないように頑張ろう」、そういう感じですね。この先格好は変わるかもしれないけど、「いつも心にギャルを!」と思ってやっていきます(笑)。
終始笑顔で、粘菌への深い愛情とギャルへの真っすぐな憧れを率直にお話ししてくれました。柴田さんの今後のご活躍を応援しています。
取材:松井健悟、平林壮太、足立恵美子、小林有希子(アートコミュニケータ「とびラー」)
執筆:平林壮太
撮影・編集:竹石楓(美術学部日本画専攻3年)
今でもこんなにも粘菌のことが好き、ということを図書室の先生が知ったら嬉しいだろうなと思います。(平林壮太)
作成途中の背後に立てられるパーツや配置の構想図から作品の今後の展開を垣間見て、完成した姿を見るのが楽しみになりました。
(松井健悟)
「ギャルと粘菌になりたい」という真っ直ぐな想いがとても魅力的でした。これからのご活躍も楽しみです。(足立恵美子)
仏師のように黙々とギャルを木彫りする柴田さんの姿を想像してみると、後光がさしている光景が目に浮かびました。(小林有希子)
2025.01.19