東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

INTERVIEW

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平野 文千 さん

〝ゼロ期〟とびラー、主婦、2度目の大学生

”とびラー”インタビュー
平野 文千 さん

INTERVIEW

1

平野 文千 さん

〝ゼロ期〟とびラー、主婦、2度目の大学生

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「絵は毎日ちがってみえる。」

〝とびらプロジェクト〟に参加した経緯は?

平野 リニューアルオープン前の東京都美術館(都美)にも、ボランティアとしてかかわっていたんです。改修工事で2年間お休みになり、あけるとアート・コミュニケーションという新しい事業が設定されて、それまでとは違う「とびらプロジェクト」という活動のメンバー募集があった。大変な倍率でしたけれど、以前からボランティアをしていた人は選考過程なしで、アート・コミュニケーター(愛称「とびラー」)としてかかわれると聞いて、それはチャンスだなと思って。
私は「特別鑑賞会」という、障害をもつ方を対象にした鑑賞ボランティアをつづけたかったし、新しいプロジェクトになって、また違うステージが待っているかもしれないと思ったんです。(笑)

基本的には主婦ですけど、いまあらためて大学に通っています。20代で最初に通ったときは商学部で会計やマーケティングを学んで。その約20数年後に「美術史を学びたい」と思ったんです。領域はスペイン美術。好きな画家がいて、その人のことをずっと勉強しています。

大学で学び直しまでされるのは、めずらしいですね。

平野 展覧会は好きだったし、主人の仕事で海外に行く機会があれば、美術館めぐりもしていました。でも、ここのボランティアで障害をもつ方々と一緒に美術品をみるようになったとき、自分はすごく中途半端だと気づいた。
それで、絵の見方を基礎から学んでみたいと思ったんです。子供たちもちょうど中学に上がった頃で、いいかなと思って。

もちろんただ自由にみるのも好きですけど、勉強してゆくと、まず自分の見方や興味のポイントが明らかになって面白い。また、たとえば「色」や「形」に気をつけると、それまでの見え方ともまた変わってきます。さらに誰かと一緒に語り合いながら鑑賞すると、相手の見方も入ってくるので、また違う絵に見えてくる。
そういう変化が自分の幅になってゆく気がしています。一枚の同じ絵が、毎日同じようには見えないですよね。

VTS(Visual Thinking Strategies)は、絵の解釈や見方を教えるのではなく、対話を通じて作品を楽しみ鑑賞を深める方法。子供たちが鑑賞する際の伴走役としての力を育成するために、とびラーを対象とする鑑賞講座でVTS対話的手法を取り入れている。

平野 世田谷美術館のボランティアもしているんです。館によって展覧会の様子も違うし、美術館ごとの特色もありますね。

「とびらプロジェクト」はどうですか?

平野 まあ、これが忙しいこと!(笑)<つづく>

「外からは見えない活動にも、いいものが沢山あるんです。」

展覧会ごとに作家やテーマに応じてオリジナルの物語をつくり、紙芝居に仕立てて来館者に披露する。「マウリッツハイス美術館展」(2012)で生じた長い行列に並ぶ家族連れ等の姿をみて、「とびラボ」で形にしたのが始まり。展覧会の担当学芸員とやり取りを交わしながらつくられる。平野さんもメンバーとして参画。

平野 本当にまあ忙しい。自分は「こういうことがしたい」と応募したわけではなくて、「とりあえず巻き込まれてみよう」と思って始めたからでもある、と思いますけど。

「とびラボ(とびラー同士の自発的なプロジェクト)」という形で、次から次にいろんな活動が立ち上がってゆくわけです。それぞれちょっとしたお祭り騒ぎで取り組んでゆくので、結果的に、なんだか一年中文化祭をやっているような気持ちで。とくに最初の一年目はすごかった。

こんなに個性のある人たちがいて、さらにアイデアってこんなに次々と出てくるんだ!
という驚きが大きくて、それに巻き込まれるのが嬉しかった。

アイデアは、ここではどう実現してゆくんですか?

平野 それはもう「思い立ったが吉日」みたいな感じですよね。たとえば私がなにか思い付いたら、まわりに居合わせた人にボソボソッと話すわけです。たとえばミーティングかなにかで都美に行ったときに。すると「あ、面白いかもね」というような反応が生まれて。

「とびらプロジェクト」には〝この指とまれ式〟というルールがある。1人でなく3人以上で始めようということになっているので、思い付きを伝えて人を募ってゆきます。
メーリングリストが使われることもあるけれど、自然発生的に何気なく生まれていることが結構多いかも。そんなところから、ちゃんと来館者にみせるところまで形にできてしまう、というのが面白いですよね。

「とびリア」(2012~)展覧会ごとに制作されてきた、館内全スタッフのためのA4・二つ折り冊子。展覧会・担当学芸員のインタビューや、作品や作家をめぐる豆知識、そのほか「とびラー」や館内スタッフ間で共有しておきたい情報をまとめている。

平野 一つのものをつくるには、10回弱はミーティングを重ねないと形になってゆかない。自分のアイデアではないけれど、かなりかかわってきた「とびラボ」は、たとえば「とびリア」という冊子づくりです。

「とびらプロジェクト」が始まったばかりの頃、「自分たちが活動してゆく上で使い易い都美の館内地図があるといいね」という「とびラボ」が生まれて、その完成後に「次、何しようか?」と交わした話から生まれた企画です。
都美のことも上野のことも、次の展覧会の作家さんやテーマについても、私たちは知らないことが沢山ある。なら、そのトリビアをつくってみようという話になって、原稿から写真、レイアウトデザインまで「とびラー」だけでつくっています。

「マップ&マニュアル」(2012
とびラー用の館内案内図。固めのカバーや、破損せずに広げやすい「ミウラ折り」の採用するなど、凝った仕様で製作。それぞれが自分用の館内図として使い込んでいる。(主たるメンバー:秋本圭美、山近優、平野文千、田中進、島津晃子など)

平野 「とびリア」の読者はまず私たちで、あと美術館の学芸員をはじめ職員や、施設管理、ショップ、レストランなど館内の全スタッフにもお渡ししているけれど、館外や来館者には配りません。そのぶん少しやりやすい。外にも提供してゆく「とびラボ」については、企画書をつくって美術館等と確認をとりながら進める必要があります。

「とびラー」はいろんな仕事をしている人たちで構成されているので、全員が揃うタイミングが少ないし、学芸員さんも忙しくされているので、双方が触れ合える機会をつくるのが難しい。なので「とびリア」には、次の展覧会を担当した学芸員さんのインタビューを載せています。
とはいえ、「とびラー」同士も互いのことをそれほど知らないんですよね。人数も増えて。「たまに見かけるあのひとは誰?」というようなこともある。だからこれからはちょっと「とびラー」に向け直して、互いの顔が見える冊子にしていけたらなと個人的には思っています。

一方で〝この指とまれ〟で始めた活動体を、みずから解散する勇気も要るのかなと思うこともあります。他の「とびラボ」にはイベントの終了と同時に解散するものが多いけど、「とびリア」はその境目なくつづけているので。とくにデザインを担当している人に負担が集まってしまっていて、そこが懸案事項です。
一度解散してまた「もう一回やろうよ」とすれば、新しい人も入ってきやすいんじゃないか、という話もときどき交わしている。

来館者から直接は見えない「とびラボ」もあるんですね。

平野 はい。次の展覧会の勉強会も開かれるし、VTSのスキルアップのための自主的な勉強会を「とびらプロジェクト」のスタッフが用意してくれる公式な講座と別に開いてみたり。
こうした自分たちを高めてゆく活動には、地味ではあるけれど、いいものが沢山あるんです。結局はそこで得たものを使って来館者の方々とコミュニケーションをとってゆくわけだから、大切ですよね。

雑誌等の取材では、外向きの「とびラボ」が紹介されることが多いと思うけれど、そういう外には見えない部分もちゃんと伝わって、この実験的なプロジェクトが認められてゆくといいと思うのだけど。あまりないことが起こっていると思うんですね。<つづく>

「ポジティブな気持ちを、循環させる。」

「とびらプロジェクト」は何に挑戦しているというか、
取り組んでいるんでしょう?

平野 美術館・来館者・とびラーとしての私、の3つが循環している状態をつくっていると思います。スタッフがその潤滑油になって、必要な講座を開いたり、都美や藝大との調整を図ってくれている。

その循環から生まれるのは…、ポジティブな気持ちが増してゆくことですよね。ボランティアとして何かに取り組むというのは、なんであれ善意がもとにある。優しい気持ちや、暖かい気持ちがもとにあって、それが循環して増えてゆく、ということをしていると思う。

一緒にすごした子供がたとえば10年後に「こんな絵があったな」と思い返してくれたら嬉しいし、目が不自由で絵は見えなくても「こんな話を交わして面白かったな」と思い出してくれたら嬉しい。そういう時間をつくりたい。
そんな時間の結果として、とても気持ちのいい社会ができるんじゃないでしょうか。

私はそんなことを思うし、「とびらプロジェクト」はそれができる場だと思う。もとにあるのはみんなの気持ちのいい善意で。あと「とびらプロジェクト」のスタッフが、すごーく無邪気な感じがするんですよね(笑)。二期・三期の「とびラー」が加わって人数も増えて、組織立った仕組みも少しできているけれど。無邪気というか、「一緒にやろう」としている。

3期・とびラーの募集に先駆けてひらかれたフォーラムの第二部「オープンスペース・カフェ」終了後の、1期・2期・スタッフの集合写真。「とびらプロジェクト」の本拠地の一つ、東京都美術館2階のアートスタディルームにて。

平野 スタッフから言われたことを、指示に沿ってボランティアがやるようになっていることが多いと思うのだけど、ここにはそれがあまり感じられない。これはとても自由で、新鮮な体験だった。とくに一年目は、スタッフも手探りだったと思うんですけど、一緒に進んでるっていう感じがしたな。

都美という、集まれる場所があることも大きい。そしてやっぱりここに集まっている「とびラー」の行動力というか、エネルギー。
自分にとっては「こんなに面白い人たちが世の中にいるんだ!」という驚きの2年間でした。若い子に限らず、おじさんたちも結構個性がある(笑)。年配の人の個性ってすごいですよね。長年培ってきたものなので、崩れようがないというか。

こんなにいろんな価値観があり、こんなにいろんなタイプの人たちがいたんだなと。会社勤めをしてもいろんな人に会えるだろうけど、している仕事は同じです。でもここに来る人たちはそれぞれ違う仕事をしていて、違うキャリアがあって、そんな人たち同士が時間を共有できているというのは、私にはすごく有り難い時間であり空間で。残りの1年も楽しみたい。
娘たちに「ママ。社会ともう1回つながったね」なんて言われたんですよ(笑)。

自分が学んだ世界を伝えると、そこに相手の世界がつながって、一つひとつがまた戻ってくる。全部自分に還ってくるんだな、ということを「とびらプロジェクト」を通じてよく実感しています。<おわり>

聞き手・文:西村佳哲
撮影(クレジットのない写真):後藤武浩

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