東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

INTERVIEW

9

藤田 琳 さん

3期とびラー、就活を経て出版社に入社1年目

”とびラー”インタビュー
藤田 琳 さん

INTERVIEW

9

藤田 琳 さん

3期とびラー、就活を経て出版社に入社1年目

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「とびラーの前では、安心して好きなことを好きと言える」

「とびらプロジェクト」に入ったときは、大学生だったそうですね。

藤田 入ったのは大学3年生の4月で、ちょうど就活をしていたときでした。まだ採用が決まっていなくて、いかにも「就活がんばってます!」という感じで、リクルートスーツ姿で講座に参加したりしていました。

大学ではチェコ語を専攻して、チェコのアニメーションを勉強していました。とびらプロジェクトは立ち上げのときに知ったのですが、その年はチェコへ留学に行く予定だったから無理で、帰ってきてまた思い出して応募しました。

最初は「とびらプロジェクト」がなんなのかよくわかっていませんでしたが(笑)、もともと美術が好きなので、お客さんとして行く以外の形で美術館に関われるのだと知って、すごくやってみたいと思いましたね。

「とびラー」になって、どのように美術や美術館と
関わるようになりましたか?

藤田 自分の、美術に対する受け取り方、考え方がすごく変わりました。それまでも美術館が好きでよく行っていたけど、作品に向き合えていなかったというか、見るだけで満足してしまっていた。スタンプラリーみたいに、これ見て、あれ見て、「面白かった」ということしか受け取っていないときもあった。

鑑賞講座でVTSという鑑賞方法をして、一つの絵を15分くらいかけて見るんですね。すごく長いんですけど、見れば見るほど「キレイだな」とか、「最初の印象とやっぱり違うかも」とか発見があって、「なんで自分はこの絵が好きなんだろう」「なんで悲しい気持ちがするんだろう」といったことをたくさん考えた。

しっかり見ると、絵はすごくいろんなものをくれる。「とびラー」になってからは展覧会に行く回数は減ったけど、一つの作品だけを見て「自分の中に残ったな」という楽しみ方ができるようになった。

VTS(Visual Thinking Strategies)は、美術史的な背景から絵を見ていくのではなく、作品を自分の目でじっくり見て、発見したことをそれぞれ発言し、対話をしていく中で鑑賞を深める方法。一つの作品に時間をかけて向き合う。

それから、ほかの「とびラー」と出会えたことも大きかった。これまで小学校から大学まで、ほとんど同年代としか話す機会がありませんでした。でも「とびらプロジェクト」はいろんな年代が集まっている。普段30歳くらいの人と関わることなんてほとんどないし、もっと上の世代になると、共有している世界が違うなって、それぞれ感じていたと思う。

例えば主婦の人だったら、“家庭とその周り”という世界があって、私には“大学とその周り”という世界がある。それだけで話し方とかものの決め方とか、全然違ってくる。会社に勤めたことがある人とそうじゃない人でも違うだろうし。だから大変だけど、新鮮で、面白い。自分が思いつかないことを思いつく人がたくさんいるし、自分ができないことをできる人がたくさんいる。

同世代とのコミュニケーションだけでは得られないことですね。

藤田 本当に、すごく育てられている。とびラーになったとき、就職先が決まらなくてつらい時期だったんですね。みんな「大丈夫?」とか「がんばってね」と言ってくれて、内定が出たら「おめでとう」と一緒に喜んでくれて。社会人になって悩んだときも、アドバイスをくれる人がたくさんいた。

実践講座「建築」にて、東京都美術館周辺をフィールドワークする「とびラー」。

みんなすごく受け入れてくれるんですよ。だから、「とびラー」の前では安心して好きなことを好きって言える、やりたいことをやりたいって言える。みんな一回受け入れた上で「やってみたら」と後押ししてくれたり、「こうしたらいいんじゃないか」と提案してくれたりする。

反対に、「とびらプロジェクト」以外では、
受け入れてもらえないことがあった?

藤田 やっぱり就活はきつかったです。自分ではできると思っていたことが大して評価されなかったり、自分が大事にしていることを、別に大事じゃないと見なしている会社なんて、たくさんあるわけじゃないですか。

でも、その分自分と向き合って、いろんな人と話ができた。就活をして大学を卒業するタイミングで「とびらプロジェクト」に入れて、すごくよかったと思います。

<つづく>

「みんなで川下りをしているイメージ」

今年から社会人になって、「とびらプロジェクト」への
参加の仕方も変わったのでは。

藤田 大学生のときは平日でもある程度参加できたし、土日も行けたんですけど、最近は残業が多くて・・・。「スペシャルマンデー」は平日なので参加するには有休をとらなきゃいけない。金曜日の18:00から始まる「ヨリミチビジュツカン」も、残業が入ると出られない。そういう意味では変わりました。

あんまり時間が取れないこともあって、もう3年目だし、最近は「自分だからこそできることをしたい」とよく考えます。

そう考えるようになったのはどうして?

藤田 「とびらプロジェクト」にはいろんな人がいて、それぞれが得意なことや好きなことを生かしてプロジェクトをしています。それを見ていると、私がここにいる意味みたいなことを意識するようになって。

それまでの私は、今以上にお子様だったので(笑)、なんでも全部自分でやろうとしていた。でも、人それぞれ得意不得意があって、一人ではできないことも、集まるとできたりする。そんなことを、ここで改めて痛感したというか。

大人向け鑑賞プログラム「ヨリミチビジュツカン」本番の前に打合せをする様子。

自分ができないことは周りの人を信頼して任せて、
自分のできることに集中する、ということ?

藤田 というよりは、自分の持っているものを握らないで開く、という感じかな。「とびらプロジェクト」では、「私これ得意だよ。やるよ」というものが、いっぱい持ち寄られている。例えばデザイナーの人が「とびラボ」のプロジェクトでデザインをしてくれたりする。そんななかで、「自分は何が得意なんだろう」と考えるようになりました。

主に東京都美術館のアートスタディルームで行われる実践講座。鑑賞、アクセス、建築の3種類の実践講座があり選べる。

3年目を具体的にどう過ごすかは、これから決めていく?

藤田 そうですね。自分だからこそやるべきことと、「とびラー」が終わっても続けられることをしたいです。例えば鑑賞会はずっと都美(東京都美術館)のなかでやっていたけど、先日は渋谷駅にある、岡本太郎の「明日の神話」という作品をみんなで見に行きました。JR線と京王井の頭線の連絡通路にあるんですが、パブリックアートなので、立ち止まって自由に見ていいんです。まちに出れば、「とびラー」という枠がなくても同じことを続けられる。

場所が都美だからこそできることもいっぱいあるけど、ここで教えてもらったことのアウトプットは、どこででもできますよね。その方法も考えていきたいです。

「とびラー」が終わっても、
何かしら美術に関わり続けていくのですね。

藤田 美術ってお金になるわけじゃないんです。大学で勉強していたチェコのアニメーション映画にしてもそう。すぐにわかる形で効果が出たり、経済的に豊かになったりはしない。けど、やることで自分の視界が開けたり、世界が変わることはあると思う。美術には、目に見えない価値がある。

美術に関わっていくには、例えば学芸員になるしかないと、多くの人が思っているのかな。映画だったら映画会社に就職しないといけないと。

そうじゃなくて、最近、「川下りだな」と思ったんですよね。みんなで川下りしているイメージなんです。船の材料を用意する人がいて、船をつくる人がいて、船に乗る人がいて、その船を漕いだり修理したりする人がいて、途中で船にご飯を持ってくる人がいて・・・そうやっていつかバンッと海に出る。「海に出る」という表現が正しいのかわからないけど。

美術との関わり方も、学芸員としてだけではなく、「とびラー」になったり、お客さんとして美術館に行ったり、ミュージアムグッズを買ったり、いろいろあると思うんです。いろんな人が美術に関わって、船を漕いでいった先には、ちょっと素敵な世界があるんじゃないかな。

それは、どんな世界ですか?

藤田 説明するのは難しいんですが・・・。
なんか、就活のときに、「すぐ死ねちゃうな」と思ったんです。よく就活で自殺してしまう話を聞くけど、他人事じゃないなと。きつくて、何かのタイミングが合ってしまったら、あり得るんじゃないかって。でも、例えば面接の帰り道に面白いラジオを聞いただけでも、ぐっと戻って来れたりする。美術館に来たら、作品とのいい出会いがあって楽になったり。そういうことで人は生きているんじゃないかと思ったんです。

船を漕いでいった先にあるのは、人を生かすような世界。

藤田 そうですね。ちょっと素敵な世界、というか。

<つづく>

「子供たちはかっこいい」

「とびらプロジェクト」の活動のなかで、強く印象に残っている出来事などはありますか。

藤田 なんだろう、いっぱいありすぎて・・・直近では、「Museum Start あいうえの」の「あいうえの冒険隊」でパレードをやったことかな。20人くらいの小学生たちと衣装と音楽をつくって、東京文化会館の前から都美までを笛を吹きながら練り歩いたんですけど、もうトランス状態(笑)!

ボディパーカッションをするんですが、子供たちがすごく恥ずかしそうなんです。私も恥ずかしくて(笑)、でもプログラムに入っているから、大人も子供も必死になって練習した。当日は天気が悪くて「どうしよう」なんて言っていたけど、時間になったら晴れて、「よし、やろう!」となったら、子供たちが「うおー!」「やってやるぞ」って、めっちゃ大きい声で歌い出したんです。
周りからは見られてるし、写真も撮られて恥ずかしいんだけど、子供たちがすごく一生懸命に歌っているから、私も「やったるわ!」ってなって。その後はもう、何があったか覚えてないです(笑)。

「Museum Start あいうえの」は、上野の森美術館、国立西洋美術館、東京都美術館など、上野公園の9つのミュージアムが子供たちのミュージアム・デビューを応援するプロジェクト。「あいうえの冒険隊」は、小学36年生の20名が、国立国会図書館国際子ども図書館・東京都美術館・東京文化会館を舞台に繰り広げた造形と音楽と絵本の要素をつないだワークショップ。「とびラー」5名が参加した。

あの体験は強烈でした。「あいうえの冒険隊」はいっつもそう、もはや「子供たちに何かしてあげている」という感じではないです。私たちの方が刺激をもらっている。

一見「遊んであげている」ように見えても、そうではない。

藤田 むしろこっちが遊んでもらっています。いつも、「子供たち、超かっこいい!」と思います。好きなものは好きってちゃんと言って、好きなことをやっていて、尊敬します。

社会人になった今、そうした「とびらプロジェクト」での経験は、
将来につながっていくと思いますか?

藤田 具体的にすることがあるわけではないけれど、確実に大きい点がひとつできたと思う。大学でチェコ語を勉強したり、「とびラー」になったり、いろいろやってできた点を、どっかでつなげたいなと思っています。

出版社に就職されたそうですね。

藤田 雑誌がすごく好きなんです。楽しいことがいっぱい載っていて、自分にとって大事な本とか、救われる音楽に出会えることがたくさんあった。自分でも友達に本や演劇を勧めて、喜んでもらえることが多くて、自分がいいと思うものを誰かに教えたい、出会って欲しいという気持ちが強くあります。

だから編集の仕事がしたくて出版社に就職したんですけど、実は今はマーケティング部にいるんです(笑)。「とりあえず数字を読めるようになってね」と配属されたときは、「えーー!」ってなりましたよ。私、数学苦手なんですけど(笑)。でも、今の部署で経験のなかったことをして、何かの筋肉はついていると思います。

編集の仕事というのは何かを伝えることだけど、マーケティングの仕事も伝えることだったりするんですよね。例えば化粧品があったとしたら、その商品と、肌荒れに悩んでいる人との橋渡しをするのがマーケティングなので。

美術館とか映画館とか、ずっと続いてほしいものがたくさんあります。もちろん、新しいものが生まれて面白くなったらいいなとも思う。自分がこれからどこへ進んで、何をする人になるのかわからないけど、これまで人がつくった作品にたくさん救われてきたので、そうした大好きなものにお返しがしたいと、漠然と思っています。<おわり>

聞き手・文:吉田真緒
撮影:中川正子、とびらプロジェクト

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