東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

INTERVIEW

8

小林 雅人 さん

2期とびラー、経験を持ち帰りながら
テーマパークの運営会社に勤務

”とびラー”インタビュー
小林 雅人 さん

INTERVIEW

8

小林 雅人 さん

2期とびラー、経験を持ち帰りながら
テーマパークの運営会社に勤務

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「美術館は宝物が隠されている場所」

普段どのような仕事をされていて、
「とびらプロジェクト」に興味を持ったのですか?

小林 会社では、テーマパークのエンターテインメントショーの企画から運営までを、一通りやっています。そうした仕事をしていくなかで、もう一歩進んだ、リアルな生活での文化とのかかわりに興味を持つようになりました。テーマパークは一瞬一時の華やかな夢。そこでの夢物語を、心のお土産として持ち帰ってもらいます。その心のお土産の余韻がもう少し長く残るのが、美術館での体験、アート作品との対話だと思っていて。

芸術は、表面的な世界ではなくて、きれいも汚いもひっくるめて、より内面的なものを見せてくれる。そこから、視野の広がりというか、考え方の深まりというか、自分のなかで変化が起こる。

しかも、美術館での体験は、受け身ではなく自らつかんでいくものです。テーマパークはその場にポンと入れば、ほかの人とだいたい同じような楽しさを与えられる良さがある。一方で美術館は、自分から作品にヒントを探して、感じて、初めてなにかを発見する。発見の仕方は人それぞれ。だから、美術館は宝物が隠されている場所というイメージがあります。

小林 芸術のそうしたところに惹かれて、2010年から3年間、京都造形芸術大学の通信講座で芸術学を勉強しました。アート・コミュニケーションで社会に貢献したいという思いが芽生えて、3.11のあと、被災地に仮設住宅を建設するという、建築家のプロジェクトにボランティアとして参加した。そのあと、もっと継続的にできる活動はないかと探していたときに、「とびらプロジェクト」の募集を見つけたんです。

美術館はなにかの帰りにぷらっと寄れる身近な場所。「こんな良いところがあるんだから、もっと使おうよ」という気持ちがすごくあります。

実践講座では「建築」を選択されていますね。
東京都美術館という建築に関しては、どんな発見がありました?

小林 東京都美術館は、上野公園と調和のとれた建物にしたいという、建築家前川國男さんの思いが込められていると思うんですね。赤茶けた素焼きのタイルの床面は、落ち葉のような色彩で、しかも建物の外にもしばらく続いている。建物の内と外を隔てない感覚って、これまでの自分にはありませんでした。

「建築」実践講座では、東京都美術館が建てられた時代背景を学び、建築の楽しみ方を体得する。

小林 さらに言うと、東京都美術館は60%くらいのスペースを地下に設けています。区の条例で上野公園にある建物は高さ15メートルまでと制限されているからなんですが、僕はほかにも理由があるんじゃないかと思っていて。東京って日本のなかでもすごく坂の多いまちなんです。それをこの建物で表現しようと、前川さんはされたんじゃないかな。だから、入ってすぐにエスカレーターで地下に降りるような、勾配を意識させる構造になっている。

当たっているかわかりませんが、そんなことも「建築」を通じて考えるようになりました。「建築ツアー」のガイドをしているときに「僕はこう考えているんですけど、どう思いますか?」と話して、お客さんが考える様子を見るのも楽しいですね。

東京都美術館では、一般の方々に展覧会だけでなく美術館の建物そのものも楽しんでもらうため、「建築ツアー」を実施。「とびラー」の一人ひとりがオリジナルの内容を考え、ガイドを務めている。

<つづく>

「自分とは違う考えを受容する大切さ」

1年目に「建築」、
2年目からは「鑑賞」の実践講座も
選択されているそうですね。

小林 1年目に「建築」を選んだ一番の理由は、あんまりいい理由じゃないんですが、講座が土日中心だったから。僕は平日が仕事なので土日の方が出やすいんです。もちろん、建築が好きだったというのもあります。

「とびらプロジェクト」の活動は、なにか芯になるものがあると続けやすい。僕にとってはそれが「建築」。「建築ツアー」のガイドも何回もしてるし、「建築といえばそのなかの一人は小林だよね」と思ってもらえている。なので、仕事で忙しくてあんまり参加できない時期があっても、すぐに戻っていける。もう一つ挑戦しようと2年目に始めたのが、「鑑賞」です。

「とびらプロジェクト」の3本柱になっている実践講座(建築・鑑賞・アクセス)の基本は、対話だと思うんですね。なにごとも対話をしていくのが「とびらプロジェクト」の良いところで、そのベースとなるのが「鑑賞」講座で行う対話型鑑賞だと思うんです。「そこに触れずしてとびラーを卒業できない!」という気持ちがありました。

「鑑賞」講座では、作品を介して信頼、対話、共感ができるプロセスを学び、まなざしを共有する場をデザインしていく。

小林 ただ、「鑑賞」の講座って基本は月曜日に実施するので、参加しづらいんですよ。だから、午前中は会社に行って、午後に有給を使ったりしながら、だましだまし……。自分がいる部署は業務形態が少し不規則なので、比較的やりやすい方かもしれません。

「とびらプロジェクト」の経験が
仕事に生かされることはありますか?

小林 いま人事の仕事も少ししていて、研修プログラムをつくっているんですが、まさに「とびらプロジェクト」で学んだことが役立っています。基礎講座の「きく力」や対話型鑑賞を参考にして、コミュニケーションをテーマにしたワークショップを若手社員にしたら、「すごくいい」と言ってもらえた。たまにお昼休みに来たい人だけ集めて、プロジェクターを使いながら対話型鑑賞もしています。

反応は?

小林 2種類のタイプがいますね。一方は徹底的に楽しんじゃおうとするタイプ。「別に正解を見つけなくてもいいんだよね」「こんな発想もあるんじゃない」と、面白い意見をぽんぽん出してくる。かたやもう一方は、「答えがないのは気持ちが悪い」と難しい顔をして終わって、次からは来なくなるタイプ。後者をくすぐることができたら勝ちかなと思うんですけど(笑)。大概そういう社員に限って、会社でうまくコミュニケーションがとれていなかったりします。

彼らの気持ち悪さはわかるんです。僕も「とびらプロジェクト」に入った初期に感じました。打ち合わせをするにしても、みんなの意見がフラット過ぎちゃって、決定打がないもどかしさ。でも、それでも対話を続けていくと、誰かが一方的に決めたわけではない、予想外のものが生まれる楽しさがある。社員にも、自分とは違う考えを受容すること、コミュニケーションの大切さを伝えたいですね。

「とびラボ」ではどんなことを?

小林 僕が立ち上げて、いまはやっていない「とびキリはりキリわたしの小さな美術館」という「とびラボ」があります。スケッチブックや画用紙を用意して集まって、まずは東京都美術館の企画展を観る。そのあと、チラシや絵葉書を切り貼りして感じたことを用紙にまとめる。最後に全員でお披露目をして、それぞれの小さな美術館のキュレーターとして質問し合うというもの。とってもカラフルなものができて、「とびラボ」内で試したときはすごく盛り上がった。

でも、それが特別画展の担当の学芸員さんから見ると、作家に対してリスペクトが足りないという話になり……。たとえチラシに使われている画像であっても、それを切り刻むワークショップというのは、もう一歩深い思考をして取り組まなければいけない、と。言われてみれば。

「とびキリはりキリわたしの小さな美術館」は、2014年に東京都美術館で開催された「バルテュス展」をテーマに、「とびラー」だけで行われた。

小林 全ての「とびラボ」がうまく進むものではないでしょうし、消えていく「とびラボ」もあってしかるべきだと思います。「とびキリはりキリわたしの小さな美術館」については、もう少しメンバーなりに考えて、違うアプローチを見つけたらまた始めればいいということになりました。完全になくなるのではなく、他の形になるまで一旦やめる。やめるときにも、そういう気楽さがあっていいと思います。

<つづく>

「自分も『とびらプロジェクト』も変化していくワクワク感」

「とびらプロジェクト」での時間を
とても満喫されていますね。

小林 「とびラー」としての経験のなかで、自分の外見は老けていくだけなんですけど、ボディの中身といいますか、内面が変わっていくワクワク感があります。講座や「とびラボ」を通して、新しいことに気づくパーツパーツが増えていって、どこかでパズルのようにつながって、「こんな素敵な世界があったんだ」と発見できる。

それと同時に、「とびらプロジェクト」も広がり、深まる。そこに一緒にいられることが嬉しいですね。

ご自身の変化と「とびらプロジェクト」がリンクしていると。

小林 「建築」実践講座であれば、「前川さんには実はこんな考えがあったんじゃないか」という僕の発見があって、「とびラー」に話します。すると、次に会ったときにその「とびラー」が「小林さんが言っていた前川さんの師匠のル・コルビュジェって、こんな考え方を持っていたみたいだよ」と資料を持ってきてくれたりする。そこから、僕たちの「建築ツアー」の内容もさらに充実していく。

「建築ツアー」のガイドをする小林さん。

小林 「とびらプロジェクト」は会社と違って、3年後は売り上げ1億円とか目標がないですよね。「とびラボ」がそうであるように、決められたゴールに向かうのではなく、一人ひとりが自ら発案して、プロジェクト化して、推進していくもの。携わっている人それぞれの個性が良い化学反応を起こして、常に変化をしているのが「とびらプロジェクト」なんだと思います。

僕は2期生ですが、自分がいる間にもずいぶん変わったんじゃないかな。「Museum Start あいうえの」では上野の他の文化施設との連携も深まっているし、最近参加している「まちミューガイド」という「とびラボ」は、上野公園エリアからさらに外の地域に出て行く試みで、それも変化の一つでしょうし。

上野公園の9つのミュージアムが連携して行っているプロジェクト「Museum Start あいうえの」には、「とびラー」も参加。そのなかの一つ「Hi! Zai アートラボ」は、こどもたちが<はいざい>に触れ、想像を広げながら手を動かしていくワークショップ。

「まちミューガイド」は、まちをミュージアムとして捉えてガイドブックをつくり、目からウロコの発見を提供しようというプロジェクト。メンバーがまち歩きをして、そのまちを知ることからスタートした。

変化を柔軟に楽しまれていますね。

小林 そうですね、「とびらプロジェクト」には、自由に変化できる心地良さがあります。

先日、「とびらプロジェクト」に興味がある人へ向けたフォーラムが開催されて、僕は第二部の司会をしました。そのときも、ほぼアドリブでやらせてもらいました。会場に来ている人と自分は近い立場だということを表現したくてそうしたんですが、これが仕事だったら、もっと立場を作り込んでいたと思います。

仕事は自分よりも大きな意思のもとでするので、「勤めを果たさなければ」と多少無理して演じる。今回のフォーラムでは、事前に「小林さんやってくれませんか?」と言われたとき、自分がこうするべきだと思っていることが、そのまま「とびらプロジェクト」として思っていることだと受け止めることができた。だから、リラックスして素の自分を出せました。

とびラー募集の説明会を兼ねた「とびらプロジェクト」フォーラム。2014年度のプログラムは、講師陣が登壇する第一部と「とびラー」が登壇する第二部があり、小林さんは2名の「とびラー」ともに第二部の司会を務めた。

いまは、仕事と「とびらプロジェクト」の活動で、予定がない日は一日もありません。でも、苦ではないんです。スケジュール的には隙間がなく大変ということになるんでしょうけど、仕事と違うコミュニティに身を置けることが、心地良いですね。ここに戻ってくると、ふわっとなれるというか、変化に対して開かれた、素直な自分がいます。<おわり>

聞き手・文:吉田真緒
撮影:加藤健、とびらプロジェクト

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