東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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熊谷 香寿美 さん

大学で刑法を学び、広告業界を経た学芸員

”とびラー”インタビュー
熊谷 香寿美 さん

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6

熊谷 香寿美 さん

大学で刑法を学び、広告業界を経た学芸員

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「法律とアートは根本的には一緒」

「とびらプロジェクト」にかかわり始めたのはいつ?

熊谷 2012年から東京都美術館と関わり始めました。その年の2月にアート・コミュニケーション事業のアルバイトに採用されて、4月に都美がリニューアルし、「とびらプロジェクト」が始まってからずっと一緒にやらせてもらっています。2013年度からは学芸員として採用されました。

「とびらプロジェクト」は東京都美術館と東京藝術大学が連携しているプロジェクト。熊谷さんは東京都美術館側のスタッフとして、アート・コミュニケーション事業に携わっている。

熊谷 私は大学の学部卒業後に一度会社に入り、辞めて、大学院に入りなおしているんです。その大学院のゼミのメンバーの1人が、現在は東京都美術館の学芸員、大橋(菜都子)さんでした。ある日大橋さんが、「2月から東京都美術館のアート・コミュニケーション事業でアルバイトを募集しているので、関心のある方はいませんか」というメールをゼミのメーリングリストに投げてくれたんですね。その時にピンときて、すぐに「私、応募したいです」とメールを大橋さんに送ったのが「とびらプロジェクト」とかかわるきっかけでした。

上野公園の9つのミュージアムが子どもたちのミュージアム・デビューを応援する「Museum Startあいうえの」。その中のプログラムのひとつ「あいうえの学校」には「とびラー」も携わる。熊谷さんはアート・コミュニケーション事業担当の学芸員として「Museum Startあいうえの」の運営を行なう。

なにを学ばれていたのですか?

熊谷 もともと大学は法学部で刑事政策を専攻して、福田雅章教授のゼミでした。結論から言うと、「人には居場所が必要だ」みたいな、愛で法律を語る先生だったんですね。「法律が何を守っているのかというと、誰もが安心安全や人間関係を得られること。つまり、人間の尊厳を法律は守っているのだ」と。

大学卒業後は広告代理店で働き始めました。仕事はとても充実していたのですが、このままでいいのかなという気持ちもどこかにあり、迷いもありました。「なにか世の中のマイナスのものをプラスにはしていない。プラスをどんどん上乗せしていって、消費を喚起しているだけだなぁ」とずっと思いながら。

それで、仕事の他に何か自分でできることはないかと、森美術館で作品解説のボランティアを始めたんです。会社勤めをしながらだったのでかなり忙しかったのですが、すごく面白くて。3年くらいやったあとに、自分の好きな芸術関連で社会の役に立つようなことを職業にしたいと思うようになりました。美術館で勤務するには学芸員の資格に加えて修士卒であることが必要な場合が多いので、会社を辞めて一橋大学大学院の言語社会研究科へ。そこで学芸員の資格も取得しました。

広告代理店を辞め、学芸員として活躍する熊谷さん。

広告代理店時代に美術館のボランティアを選んだのはどうして?

熊谷 もともと美術が好きだったのと、法律とアートは根本的には一緒だなと思っていて。個々人の多様性が認められることを法益の形で守っているのが法律だし、それを表現の形にして「自由につくってもいいし、自由に見てもいいんだよ」と認めているのが美術だと思うんですね。

<つづく>

「単なる自己実現の場じゃない」

熊谷 この間、理系の人と話す機会があって「理系の研究者は世界の真実を求めている」と。「じゃあアートはなんのためにやっているんだ」と聞かれたんです(笑)。3日くらい考えて出た結論が、一つの答えを見つけるのが理系の研究だとしたら、アートは一つの答えを人それぞれがどういう風に見つけていくか、プロセスを大事にすることかなって。

そうした多様性を尊重することが、
「とびらプロジェクト」でも大切にされていますよね。

熊谷 「3つ目の場所」という言い方を「とびらプロジェクト」ではよくしていますね。参加している人たちにとって、会社でも家でもない。会社や家での役割に固定されない3つ目の場。

「とびらプロジェクト」が「とびラー」たちの3つ目の場所であることはもちろん、「とびラー」がそこから周りを見渡して、3つ目の場所が足りてない人に、それをつくってあげられるようになって欲しいんです。現状の環境で、3つ目の場所が足りていないのはどんな人なのか、注意深く耳を傾けて、そういう人たちのためになるプロジェクトを。「とびらプロジェクト」が単なる自己実現の場じゃないのは、そこがポイントなんです。

実際に、そのような活動を行っている「とびラー」も出てきています。例えば1期生の山本明日香さんは、以前から寄付を続けていた児童養護施設の子どもたちを美術館に招いて、VTSの手法を取り入れた対話を通した鑑賞を行うプログラムを始めています。こういう人が世の中に増えると、生きやすくなる人が増えるんじゃないかと思います。

山本明日香さんは「“とびラー”インタビュー5」に登場。VTSは、複数名で対話をしながら作品を観ていく鑑賞方法。ファシリテーターが参加者の発言を受けとめ、つないでいく。その際、正しい答えを発することは求められないため、参加者は正誤にとらわれない自分なりの意見を発言できる。VTSが自己肯定感につながると感じた山本さんは、普段親に話を聞いてもらう機会がない児童養護施設の子どもに、VTSを通じて、自分も受け入れてもらえる存在だということを実感してほしいと考えている。

熊谷さんにとって、他にも嬉しかったことは?

熊谷 「スペシャル・マンデー・コース」で、引率の先生が「普段発言の少ない子どもたちは、知らない大人とは絶対に喋れないと思っていたけど、気負わずとびラーさんと話をして、作品もじっくり見ていて、びっくりしました」という感想をくれたりする。

「スペシャル・マンデー・コース」とは、「MuseumStartあいうえの」の「あいうえの学校」のなかにある学校向けプログラム。普段は混雑する東京都美術館の展覧会会場を、主に月曜日の休室日に開室し、ゆったりとした環境で鑑賞授業を行う。「とびラー」たちが子どもたちの声に耳を傾け、対話によって鑑賞を深める。事前授業から当日、そして事後授業まで、美術館の学芸員や大学の教員が担当の先生をサポートする。都内の幼小中高等学校及び児童養護施設は、学校から美術館までの移動手段として無料貸切バスも利用可能。

子どもたちが、ファシリテーターの「とびラー」に心を開いてるということだと思います。自分が感じたことをありのまま伝えて、「とびラー」が受けとめてくれる体験は、自己肯定感をもたらします。幼い頃を思い出しても、学校から帰ってきたら「今日こんなことがあってね」と母親に話しましたよね。母親は「なんでそんなこと私に話すの?」なんて言わないで、「そうだったんだ」とただ受けとめてくれる。そばにいて話を聞いてあげるのと、その人の存在をまるごと受け入れてあげるのは、近しいことだと思います。

子どもたちがここで、「自分を肯定してくれる人が、世の中のどこかにいる」という発見を持ち帰ってくれている手ごたえはありますね。

「スペシャル・マンデー・コース」では、VTSを用いたグループ鑑賞を行うケースが多い。45人のグループに「とびラー」が1人ファシリテーターとしてつき、ひとつの作品を20分ほどかけてじっくり鑑賞する。作品をよく見てそれぞれが発見したことを「とびラー」たちが受けとめ、編集し、つなぎ合わせながら鑑賞を深めていく。グループで鑑賞したあとは、一人で作品と向き合う時間をとり、さらに鑑賞を深める。

VTSの手法は、「とびらプロジェクト」の「鑑賞実践講座」で学ぶので、しっかり受講すればほとんどの人がファシリテーションをできるようになります。絵を見ながら最初に「この絵のなかでなにが起きていると思いますか?」と聞いたり「どこからそう思いましたか?」と次の質問をしたり、原則はあるのですが、それを応用しながら自分らしく子どもとコミュニケーションをとれるようにもなっていきます。

「とびラー」のVTSは、熊谷さんから見てどうですか?

熊谷 もともと人の話を聞くのが好きな人は、「ちゃんとあなたの話を聞いているよ」というシグナルを出すのが上手ですね。ただ「聞く」のではなくて、聞いていることが相手にわかるように反応をしています。まさにそれを表しているものとして、“responsibility(レスポンシビリティー)”という言葉があります。応答責任を持つこと。「この人の目の前には私がいる。だから私はこの人に応答する責任がある。」と、行動が伴う感じ。みなさん総じて、いい具合になっていると思います。

<つづく>

「もっと実験的なことが起きてもいい」

熊谷さんは「とびらプロジェクト」にスタートからかかわっていますよね。
この3年間をどんな風に見ていますか。

熊谷 最初は本当に勢いだったと思う。「とびラボ」の「あなたも真珠の耳飾りの少女」も、「なんだかよくわからないけど、なにかやろうよ」みたいな。うちわがあり、フェルメール体操があり、音楽隊もありましたね。にぎやかに。

「チラシdeうちわプロジェクト」で、配架期間が終了したチラシを使った手づくりうちわを配る「とびラー」たち。「とびらプロジェクト」初の「とびラボ」は、20126月~9月に開催された「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」に合わせて、「あなたも真珠の耳飾りの少女」「チラシdeうちわプロジェクト」「とびら楽団」などが実施された。

2年目で人が増えて3年目で大所帯になると、勢いで動いていたものが「どっちに向いていこうかな」と、模索しながらぐるぐるしている感じ。

3年で任期満了する方々が出てきて、今までの活動を見てきた人が入ってきているからか、「とびらプロジェクトってこういうものだよね」という枠が、もしかしたらできあがりつつあるのかな。
本当はそんなものはどんどんつくり変えていってほしい。前例踏襲主義じゃないけど、やるべきことがあってそれに即して「これやって、これやって」って回していくようになると、すごくもったいない気がしますね。

なぜもったいない?

熊谷 それって「仕事」だなって思うんですよね。どこかの会社に委託できるようなことは「とびラー」がやらなくてもいい。もっとなんかこう、本当に自由に、発想をクリエイティブにして、いろんな企画をゆっくりじっくり考えていったらいい。
目先のところで「このプログラムだったらできそう」と小さくまとまっちゃうと少し残念ですね。手探りしながらでも、「自分たちが既にできること」を活用してエリアを拡張していく、そういう動きが出てくるといいな。

「とびラー」が自発的に立案するプロジェクトが「とびラボ」。賛同者が3人以上集まったら発足し、話し合いを進めていく。

稲庭(彩和子)さんや西村(佳哲)さんが「とびらプロジェクト」に関して、「ゆるやかな社会実験」という風におっしゃることがありますよね。本当にそう。こういう場だからこそ、もっと実験的なことが起きてもいい。「とびラー」たちにそういう心があると、いまよりももっと広がりが持てるんじゃないかと思います。

今後「とびらプロジェクト」で、
あるいは離れてでも、
ご自身がどういう方向に向かっていきたいか、もしあれば。

熊谷 いつ始められるかわからないんですけど、日本の刑事政策と、文化政策を融合させたいんですね。フランスをはじめ、海外では始まっているんです。受刑者や元受刑者の人たちに、アートを通じた社会更生・社会復帰プログラムを提供していく動きが。

日本における対話型鑑賞のけん引役となったアメリア・アレナス氏も、受刑者を対象としたプログラムをきっかけに、鑑賞プログラムを開発しました。日本にはまだ刑事政策と文化政策の強い接点はないけれど、そこをつなげられるような活動がしたい。
もちろん「とびらプロジェクト」ともつながれたらいいと思います。いつかそういうところに着手して、成し得たいなと思っています。<おわり>

聞き手:西村佳哲
文:吉田真緒
撮影:加藤健、とびらプロジェクト

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