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11月の終わり、少し肌寒さを感じる秋晴れの午後に彫刻科の工房を訪れました。
校舎の裏手、落葉でいっぱいの敷地には無造作に置かれたたくさんの彫刻とともに、大きな岩やら木材やら様々な素材の塊が点在していました。中には制作途中の彫刻作品とおぼしきものも紛れていて、なるほどここが彫刻家の卵たちの作業場なのかと一層好奇心がそそられます。

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約束の時間に現れた鈴木弦人さんは、頭にキリリとタオルを巻いた作業着姿が凛々しい長身の好青年。

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「工房の方、見ますか?」
案内されるままについていくと、工事中のような騒音が響いてきて、そこはもう大学というよりどこかの町工場のような雰囲気です。

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工房の奥には、ひときわ存在感のある大きな塊が鎮座していました。今まさに鈴木さんが取り組み中の卒業制作作品です。

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「1枚1枚重ねて組み合わせて1個の花をつくってるんです」
大きな一枚板の鉄を叩いて成形し、溶接して何枚も貼り合わせながら作っているという花びらが5枚。その巨大な花びらのなんとも妖しい様子が“ラフレシア”をイメージしたものと聞いて大いに頷けました。想起されたきっかけはなんと“ゲーム”から。

「でっかい花の中に主人公がピュッと入っていくシーンがあって、あぁこれ面白いなって思って」
いかにも現代っ子らしい答えには親近感を覚えますが、デジタルの世界で遊びながら大きな立体作品を想像するセンスはやっぱり芸大生ならではと言えそうです。

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工房の外に移動すると、花芯となるもうひとつの塊がありました。こちらは銅メッキに真鍮を溶接したという不思議な模様が描かれています。これをグラインダーに紙ヤスリをつけて何度も磨いた後、焼いて変色させたら、さきほどの5枚の花びらの中心に組み合わせて完成の予定。仕上がりは3m程となる大作です。繰り返しの緻密な作業はさぞ忍耐力もいることでしょう。

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「鉄は焼いた後真っ青になるので、イメージが全然変わると思うんです。実物はないんですけど、こういう色に・・」
とスマートフォンで示してくれた過去作品がまた興味深い。

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“花”の他には“変わった生き物”などをモチーフにしていたとか。実在しそうだけれどちょっと不思議なものたち・・・鈴木さんの作品傾向の共通項が垣間見えたようでもありました。

1日の制作時間はおよそ10時間。外に持ち出せる大きさの作品ではないので、工房を使える9時から7時までが勝負です。
限られた制作時間での取り組みでは、さぞ規則正しい生活をされているのかと思いきや、
「あまり・・・(笑) 家帰ってから深夜までずっとドラマ観たりとか、あまり規則正しくはないです」
と、大学生らしい素顔を見せてくれました。
でも、工房に来ないと作れないのでは、家に帰ってから閃いたり、やり残したことを思い出してモヤモヤすることもあるのでは? と聞いてみると
「あります・・そういう時はゲームとかして忘れます」
ちょっとはにかむ様子にまたまた親近感が湧きました。

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夏前からおよそ3ヶ月かけているというこの花の制作はそろそろ終盤。来週以降は2つ目の作品に取り組むのだそうです。
「モザイクアートみたいなのをつくろうと思ってて」
そういって見せてくれた2つ目の作品は平面。質感の異なる金属を組み合わせた彫刻で、古墳の壁画のようなエキゾチックな雰囲気を醸していました。

こちらも元は大きな1枚の板。それを4枚に分けてちょっと曲げて、彫って削る。仕上がりは2m弱ぐらいになる予定。
どちらも大きな作品ですが、これほどの大きさのものに取り組むのは卒業制作が初めてだそうです。
「でかいの作ったことないからとりあえず作っちゃおうと思って」
閃いたらまずやってみる、とりあえず手を動かしてから考えるのが鈴木さん流です。

鈴木さんは立体に取り組む前にスケッチすることはなく、まず形をつくってみる、いわば「ぶっつけ本番」で、手を動かしながら考えを巡らせて形にしていくのだそうです。
「なんとな〜く作って、で途中段階でやめてスケッチ描いてみて、こうしようかなとかってまた作ってみる。絵は・・・あんまり好きじゃなくて」
ーーえ〜!そうなんですか?? 意外な発言にインタビュアー一同感嘆の声をあげてしまいました。
予備校時代の先生の指摘が厳しくて、デッサンで苦労して以来、絵を描くことが好きではなくなってしまったのだとか。「一生描きたくない」と思ったこともあったというのはちょっと胸の痛む話でしたが、その頃から立体への興味が高まっていったようです。

立体が好き、それも金属。2年生後期の自由選択以降は、ずっと金属の彫刻に取り組んでいるそうです。
木彫、石彫、塑像・・・一通りの素材を扱ってみて、金属が一番感覚にフィットしたようです。「溶接が楽しい」と、本当に楽しそうに答えてくれました。
ちなみに金属以外で今後扱うとしたら透明な樹脂、水晶のようなものにも少し興味があるそうです。

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現在2つの卒業制作に取り組んでいる鈴木さん、実はもうその次の構想も脳裡に浮かんでいると言います。
新たなプランが生まれるのは主に制作中。特に磨きなどの粛々と続く作業時、手を動かしながらのふとした瞬間に「もうちょっとやりたいことがあるんじゃないかって思ったら次のがパッと浮かんでくる」のだそうです。やはり制作にはものすごい忍耐力が求められるものなのですね。
「ただの流れ作業なんで、さっさと終わらせて次やりたいっていうことしか頭になくなってきて。作ってて次のプランが浮かぶともう(制作中の作品に)あんまり愛着が持てなくなっちゃって」
今までの作品はすべて自宅に保管してあるとはいうものの、完成した作品に特段の未練もない様子。
ずっと前だけを見ている、次々に浮かぶ発想に突き動かされている様子はいかにも若者らしくて清々しい印象を受けました。手を動かしているとインスピレーションが湧いてしまって、いてもたってもいられなくなる感じ。発想に作業が追いつかないスピード感がもどかしいようでもありました。

ところで、進路として芸大を選んだきっかけは何だったのでしょう?
「とりあえずサラリーマンとかにはなりたくないと思ったんで。そのために大学でタラタラ勉強するのは嫌だなと思って、じゃあやりたいこと勉強しようと思って」
さらりと言われてしまいましたが、芸大に入るのは容易ではないはず。技術もセンスも求められると思うのですが、ご自身の一番の才能は?との問いには意外にも「力持ち」という答えがかえってきました。確かに! 彫刻科は体力も必須と見受けられます。
1学年が20人。各々が取り組む作品はもとより扱う機材も重いものが多いので、みんなで運ばなきゃいけない場面も多いのだそうです。それゆえに学生同士の連携が密になるというのは彫刻科の特徴と言えるでしょう。
4年間を振り返っても、飲みに行ったり、登山をしたり、思い浮かぶことは友だちと遊んだシーンばかりとか。
終日誰とも話さないこともあるというくらい制作に没頭する日々を送る一方で、しっかりキャンパスライフも謳歌しているようでした。

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ご自身の芸術的才能にはいたって無頓着で、幼い頃のエピソードを尋ねても「(物作りを)していたらしいけれどあまり記憶にはない」とのこと。気になる作家はラグーザだと語るも特段影響を受けたという程のこともない様子。それでも、あぁ根っから物作りが好きなんだな〜と感じたのは、芸大に入らなかったら何をしていたと思いますか?という質問を投げかけた時でした。
「専門学校とかで特殊メイクとかやってたかもしれないですね」
なるほど、手を加えて形を変えていく点では彫刻に通じるものもありそうです。
また、夏休みなどの長期休暇には美術系の鉄工所でアルバイトをしているとも言います。卒業制作の材料費に10万円以上もかかるとのことですから、そのための資金捻出が第一目的なのでしょうが、物作りの現場も楽しそう。公共のモニュメントなど大きな物を手がける仕事体験は、作品づくりのヒントになっているのかもしれません。

卒業後は大学院に進み、その後はご自身の工房を構えて作家として自立するのが夢だと語る鈴木さん。美術系の素養のあるご両親も、好きな道に進むようにと温かく見守っていてくださるのだそうです。
でも、これから芸大に入って彫刻家になりたいという中高生にどんなアドバイスをしますか? との問いには、「がんばってください」の一言のあと、ちょっと考えて「まあ、やめた方がいいとは言いますね」とも言い添えていました。“彫刻で身を立てる”ことの厳しさについて、自戒も込めてのアドバイスでしょう。

卒展の展示場所は都美館の一番下のフロア。作品のパーツが大きいので運んでから現地で最後の組立を行なうのだそうです。
3m+2mという大きさと、鉄以外の金属を扱ったことが今回初めての取り組みだという卒業制作。焼き込みを入れた金属がどのような色調に変化しているのかを想像してもワクワクします。完成作品を見られるのが今から待ち遠しいです。そして、その頃にはきっとさらに先の構想を練っているであろう鈴木さんに再会できることも楽しみです。ありがとうございました。

(2014.11.27)

執筆:小松 一世(アート・コミュニケータ「とびラー」)

「こちらへどうぞ!」
研究室を訪ねた私たちは、桝永さんが制作をしている部屋へ案内された。
ダンボールや画材などが所狭しと置かれているなか、ドーンと彼女の模型が存在していた。
大きい。これを一人で作ったのか。

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「あー、緊張しますね。来週最終審査なんですよ。持ち時間は8分なので。」
桝永さんは、セミロングのサラサラヘアをゆらしながら、笑顔で制作テーマについて語ってくれた。

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「今年の夏、ラダックというインド北部、ヒマラヤ山脈近くの僧院や民家にホームステイしながらに2ヶ月間調査を行ってきました。」
そう言って取り出して見せてくれたのは、100枚以上もあるスケッチ。現地で毎日スケッチをしていたそうで、よく見ると彩色された部分が何やらキラキラ光って見える。

「ラダックは様々な鉱物のあるところで、そそり立つ青ざめた峰々が鋸歯状になっているところや、黄褐色でとてもキラキラしたところなど、果てしない道を行くと様々な風景に出会います。色付けしただけではその場所の雰囲気が出ないので、大地の砂や石灰を混ぜてスケッチをしました。」
桝永さんのスケッチは、優しい色使いで、何か懐かしい空気を感じる。よく見ると、地面の色は同じ色ではない。なるほど、それだけ鉱物の色をみることができる場所なのだ。更に、大量のスケッチには全てコメントがつけられている。

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「大学4年の時に友人とラダックに行ったのです。ラダックはチベット仏教が浸透しており、僧院が沢山残るところなのですが、そこで私は大地と空に触れながらそれぞれの場を巡るような僧院建築に感動しました。全てを露にしてしまうかのような圧倒的な大地の中で、僧院から一歩も出ずに一生を過ごす人たちがいる。そういう人たちにとって建築は単なる機能性以上に、ある世界観や人生観を反映したものであるかのように感じられました。例えば僧侶が暮らす場所は、大地を背に、谷間から吹き寄せる風を受け入れる簡素さがあすのですが、西に沈む太陽を眺めながら眠る時間の流れが大切にされています。また建物の外壁は石灰を塗られており、補修する際に石灰が撒かれることで建物が大地と同化していきます。私はこうした大地と人、建築の物語のある場所に身を置きたいと思っていました。そこでこの夏、修士制作で再度ラダックを訪れ、実測等を通して大地と建築の関係やそこでの暮らしを分析しながら、砂や建物の外壁として使われる石灰を混ぜてスケッチをすることで光や音、風など様々な現状が立ち現れる素敵な空間を記述してきました。」

どうやら、桝永さんと「大地」とは切っても切れない仲らしい。僧院生活はどのように設計に活かされたのだろうか。

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「僧院で調査をしているうちに遊牧民の友達ができました。話を聞いているうちに彼の実家があるチャンタン高原の標高4500mを越える遊牧地帯には病院がないために年々遊牧民の数が減っていることや、『プガ谷』という温泉が湧き出ている地域は、莫大な地熱エネルギーを蓄えた土地であることから世界的に注目されているのですが、今後の開発のされ方によっては遊牧民の生活を脅かしてしまう恐れがあることがわかってきました。そこで実際に友人の実家や、プガの遊牧民のテントにホームステイさせてもらいながらインタビューしていくと、プガは様々な地域で遊牧する遊牧民が動物に栄養を採らせに来るいわば遊牧民の共有地になっていることや、遊牧民の他にも伝統医のアムチに連れられて病の治療のため、温泉に来る人が沢山いるのに温泉に浸かれず、滞在する場所もないため困っていることがわかってきました。また、外国人旅行者も観光場所の中継地点にあるのに、この場所で滞在に困っていました。そこで私は僧院や民家での体験をもとに、遊牧民と暮らしたプガの地で、様々な人が訪れ、交流する保養地を設計しようと思いました。」

なるほど、これは4500mの高地に遊牧民や療養する人、外国人や地域の人々が集う暮らしと憩いの場を創りたいという模型だったのだ。遊牧民の暮らしとはどんな様子なのだろう。

「山羊は150頭以上、ヤクも飼っています。山羊はチーズやバター、食料となるとともに毛はパシュミナへ、ヤクはテントをつくる材料となり、荷物を運ぶ手段にもなります。ラダックでは11月から翌4月までは冬の時期になり、寒さが厳しいため最近では遊牧民をやめる家族も増えています。この模型のような場所があれば、遊牧民にとっては病気になったときにすぐに療養できますし、地熱エネルギーを利用して電気や暖房が使用できるようになります。」
山に挟まれた土地に、遊牧民のコミュニティができたらどんなに落ち着けるだろう。
集落の中央にある可愛い家が桝永さんの家なのだそうだ。

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「模型の手前が北側で、奥が南側になります。最初に建設する私の家が、治療に来る人と、遊牧民の中間にあるのは、住民とコミュニケーションを取りながら長期の視点を持ってプランニングしたいからなんです。そこで全体計画においては、トップダウンの近代的な都市計画の手法でもなく、ボトムアップであるバナキュラーな自然発生でもない手法を探るため、フェーズによって段階的な発展をみる計画を行いました。例えば現在、温泉が湧き出ているあたりでは治療に訪れる人がテントを張り、温泉の熱源近くで身体を拭いたり、温泉水を汲んでいますが、そこでより快適に過ごせるよう風よけの壁をつくり、それが次第にニーズに合わせて階高を増して建物化していくという計画です。この作り方はラダックが建築をつくる際に用いられている方法を参考にしています。今、求められているものが多いからこそ、最低限必要とされる状態から段階的に地域にある素材を使って作っていくことで様々な人が関わることになりますし、現実的なのではないかなと。」

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「建物の壁は、日干し煉瓦に石灰を塗って固めて造ります。屋根は木の梁を通してワラを乗せ、泥や細い木を混ぜて固めた上に石灰を塗ります。寒さも厳しいですし、あまり大きすぎる窓はとれません。日干し煉瓦は環境にも優しくて、省エネですから、地元にある材料でまかなえます。また、壁の厚みを出すことで断熱効果もあるのです。普通の家でも30cmはありますし、僧院では60cmもありました。この厚みは格段に違います。」

ラダックの人々のこれまでの生活や建築の作り方を大きく変えるということではなく、遊牧民や療養に来る人を少しでも快適にできたらという思いもあるようだ。

それにしても、桝永さんはなぜ「大地」にこだわるのだろう。彼女の言う「大地」とは単なる地面ではなく、自然からの贈り物の「大地」のようだ。

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「小さい頃、家の裏手に空き地がありまして、そこで遊ぶのが好きだったのです。小さな虫のうごめきや、空き地の隅っこにちいさな花が咲いていたり、そんな光景が大好きだったのに、ある日突然冷たいコンクリートに変わってしまいました。とてもショックを受けました。私は大地と接するのが好きなんです。」
どんな小さな虫でも、精一杯生きている。その必死で生きるパワーは尊いもの。ラダックでも桝永さんは、どこまでも続く果てしない大地を渡る動物や遊牧民の姿に感動していたのかもしれない。

「プガの大地で建築を考えた時に、大きな、ただカッコイイ建築をつくるのではなくて、体験に基づいた現実味のある設計をしたいと思いました。そしてラダックでは新たに公共建築を作られたことがないため、初の公共建築をこれまで培われてきた方法で提案することが重要だと思いました。プガは停戦ラインにも近く、現状も共有地として使われていることから、この計画においても公共建築、さらに言えば公共地域となるように想定しています。そこで、例えば最もその象徴である温泉の建物においては、一応、現在ラダックにおいて公共的な役割を果たすものと言える僧院の、さらに象徴でもある曼荼羅壁画の描かれた空間の体験をもとに、お湯に浸かったときの浮遊感、そしてその成分が身体に浸透していく感覚になるような空間にしました。素材や構法はラダックの方法を用いながら、大地で採取した色を設計に取り入れるなど、そこでの空間体験は新しいものにしています。」
「この案は私の調査をもとに現状で考えられるあくまで一案で、実際にはその時々で部分に対応しながら全体を修正していくことが必要だと思いますが、まずはこの案をもって現地で提案できたらいいなと思います。もともと私は地元に入り込んでいく性格なんです。」

だから、桝永さんの家は中央にあって、いつでも相談しに行けるようになっているのだ。
地域に自分を溶け込ませて、そしてコミュニティを作っていく。実際の模型製作に取り掛かるまでにも数段階の変更があり、スタディを重ねてきたという。スチロールの製作は12月からというから驚いた。これが桝永さんのスタイル。それにしても、大きな模型だ。
「発泡スチロールの塊を購入して、部屋のなかでガリガリ削っていたら部屋中たいへんなことになってしまいました。(笑)でも、この山の質感や地面の様子は、ラダックに滞在した私にしかわかりませんから、全部自分で削って着彩しました。」

遠いラダックの大地の公共建築の構想を、自分の家を造るかのように楽しそうに語ってくれた桝永さん。
卒業後は?と尋ねてみると、海外で仕事がしたいという。ラダックでの滞在期間中、一度もお腹をこわさなかったという彼女なら、どこへ行っても大丈夫なはず。

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桝永さんの誠実で、根気強く一人ひとりに向き合っていこうとする姿勢に圧倒された。彼女の話を聞いているうちにどんどん引き込まれ、まるで自分がラダックの住人になるかのようにワクワクしていた。インタビューする側なのに、質問したかったことは陳腐なものに思えた。
桝永さんがラダックで描いたキラキラスケッチ群と、パワーあふれる修了設計を是非ご覧いただきたい。

(2014.12.16)

記事:秋本圭美
インタビュー:秋本圭美・永井てるみ

(卒業・修了作品展での展示場所は、芸大・陳列館2階の予定です。)

冬の曇天を切り裂くような、けたたましいチェンソーや金槌の連続音…をBGMに金工棟での取材は始まった。
まずは、修士2年の阪上万里英さん。
案内された作業場は大きな機械や、重たそうな素材が所狭しとひしめく、工場さながらの熱気に包まれている。阪上さんと、金属との出会いは高校で入った金属工芸科でのこと。「最初はイヤイヤ始めたけど、やっているうちに金属という素材がしっくりきたんです。」
主に、彫金などで小さな作品を作ることから始まった、阪上さんの金属との歩みは、4年生の卒業制作で一つの転機を迎える。
その時の卒業作品は2m四方の真っ白な四角い台をベースにした箱庭のような作品で、「限られた空間、切り取られた空間の存在を見せたい」という想いがあったという。数々の受賞をしたものの、自分の中では美術館の沢山の作品に囲まれての展示、置かれる場所によって作品は受ける印象が変わるんだな、ということを経験した阪上さん。
今回の修了制作では「どういう場所に展示したいか?」というところからイメージを膨らませて、グランドでのスケールの大きな作品展示に行きついた。
「作品そのものだけではなく、地面や空の色を映しこんで周りの景色と一体化して見えたらいいな。」と話す阪上さんの作品に対する想いとは――
「作品に対して〝こう思ってほしい“というのはなくって、ただ見た後に、『ヘンなの』とかでもいいし、何かよくわからないけど観る前と後で『“何か”が違ってるな、自分』って思ってもらえたら…
地面があって、その上に空があって…そしてこの作品が“そこ”にあることで、ふだん意識しない“ここ”にも空間がある、と気づいてもらえたらいいんです。」

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作品名「結びつきをとりもどす」は、高さ3.5mx幅約10mと、制作はもちろんのこと、設置も女性一人の手に余る大仕事だ。「どんどんムキムキになります(笑)」と、阪上さん。
風にたなびくリボンのような鋼材が、幾重にも重なり、巻きつき、はためく。
支柱は表面のコーティングを剥がし錆液をつけ、3ヵ月程屋外に放置し茶色いざらっとした質感を出している。白銀に磨き上げたリボンとの質感の対比で、鉄のもつ素材そのものの特性の両端を魅せる。
中央にぶら下げる石はイメージ通りの質感のものが近郊では見つからず、沼津まで拾いに行かれたそう。
「自分の今いるこの空間と親密になれる、これまでの時間との結びつきをもう一度見つめ直す、そういうきっかけにこの作品がなればいいなと思います。」

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今回、大きな作品ということで「ダイナミックにしなきゃ」とか、「(模型より)リボンの本数増やさなきゃ同じ見えかたにならない」とかその大きさゆえの苦労も多く、つい先日も「普段、大切にしている繊細な部分が作品を大きくすることで薄れてしまってないか?そもそも全部が違うのでは!?という思いにとらわれたばかり…」という阪上さん。外での展示という原点に立ち返り、「どうやったら外でやる意味があるのか?」と自問を重ねる。

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毎回、作品を作り終えると、思うところがあると悔しさを滲ませる。
その満たされなさが次の作品への原動力へと繋がっていくのであろう。
鍛金の魅力を尋ねると「形も大きさも融通が利きやすい。他の金属加工は型を別の素材で取ったりするけど、鍛金は試作の段階から一貫して金属から離れずに試行錯誤してやれるところです。」という答えが。彼女の手によって息吹を与えられた鉄が、グランドに降り立つ日を楽しみにしている。
常に見る人の目線に寄り添って作品を作り続ける阪上さん。作品を人に見せることを今後も続けたいという。
彼女がこの作品の完成の先に、感じた〝何か“を昇華させ、ぎゅっと凝縮させた時、また新たな展開があるような気がしてワクワクしてならない。

 

お二人目は、4年生の佐藤周祐さん。
「世の中のものはほとんどのものって鉄で出来てるんですよ。」「鉄が扱えれば、何でもできんじゃないか。ほとんどのことができるということだと思ってます。」と、ソフトな外見から想像できない、鉄への熱い想いが溢れる佐藤さん。
作品は、「勝利のための偶像」――自分の中にある憧れ“強い存在”を形にしていったもの。
卓上に並べられた甲冑が作品かと思いきや、それを着用させる人形にも同様に思い入れがある。
佐藤さんのお祖母さまの恩人だったという実在の人物がモデルだ。写真等はなく、お祖母さまから聞いた彼女の逸話の数々をもとに自分の中の“強い存在”とリンクさせ、顔立ちや目の色など具体的に作りこんでいる。

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3年生時から何となくコンセプトは決まっていたという佐藤さんは、4月から製作をスタートさせ、蝋細工の頭部のみで3カ月を要した。それもそのはず、眉毛は1本1本、これまた自分で作った専用の道具で植込み、目も眼球を1から作り虹彩も一筆一筆塗り重ねる、といった徹底した理想への追求が各所に行われているからだ。
「ピカピカすぎると形が見えづらいんです」と甲冑の仕上げ磨きにもベストを尽くす。

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「親父が工場をやっていて、小さい頃から遊びの感覚で鉄と触れていた。」と話す佐藤さん。お父さんとお揃いだという上着に、縫い付けたお手製のネームプレートが光る。
進学の際は、テキスタイルの道に進むことも考えたが、商業的なデザインのあり方に疑問を持ち、「もっといろんな可能性を模索できるのでは?」というので、慣れ親しんだ金属の道へ。
数ある科の中で鍛金科を選んだ理由をお聞きすると、「鍛金は一番丈夫な部分を扱える。素材で一番強いのが鋳鉄で、炭素含有量が低い。その次が鋼。これを扱えるんです。粘りもあって硬いという鉄の相反する特性を生かせるんです。」と明解が返ってきた。
宗教や思想といった枠にとらわれない発想の自由度の高さも、その昔武器をつくることから始まったのだと鍛金のルーツも教えて下さった。
オフの時は、You Tubeで鍛造の動画をぼーっと見るという佐藤さん。このまま制作中心の人生を歩まれるのかと思いきや、将来は意外にも「社会に貢献したい、起業しようと思ってます。」とのこと。
具体的にはまだきまってはいないそうですが、「鉄を制する者は、世界を制する」精神で進んでゆく、佐藤さんのこれから向かう先も気になるところだ。
物事の表面だけでなく、骨格から生い立ちまで調べて理解してから取り入れる、佐藤さんの真摯な姿勢と、「周りからの期待に押しつぶされそうな時期があって、自分の理想に近づくためには…って」とふと見せる繊細な部分は、扱っている鉄そのもののようなイメージを受けた。

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佐藤さんは甲冑マニアでも、自分の理想の女性像を求めているわけでもなく、己が己に勝つ=克己の精神を今回の卒業制作で形にすることで、これまでの自分の歩みにも何か区切りをつけられるのかもしれない。
「まだ台の部分が気に入らない。」と話していた佐藤さん。卒展の際に、全てが組み上がったコンプリート状態の彼の“勝利”を観るのが楽しみだ。きっと台の部分も、何らかの進化を遂げているに違いない。

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鍛金科でのインタビューを終え、“鉄”という素材の可能性の奥深さを知ると共に、“鍛金”という技巧の枠の大きさも感じた。鍛金との出会いの時期も、作風も、制作の過程も、全く異なるお二人ではあるが、お二人から出ている“想い”は同じくらい、熱いものである。
“鉄”=硬い、冷たい、という安易なイメージしか抱いていなかったが、お二人の作品を通じて、“鉄”の持つ、体温のようなものを感じた。“鉄”に生命を吹き込む、鍛金。卒業・修了作品展での再会が待ち遠しい。

(2014.12.11)

執筆:新西美樹(アート・コミュニケータ「とびラー」)

毎年1月末、東京藝術大学 卒業・修了作品展(以下、藝大卒展)が東京都美術館および東京藝術大学大学美術館・大学構内で開催されます。「とびらプロジェクト」では、例年、藝大卒展に関連する様々なプログラムを実施しており、今年も企画中のプログラム「藝大 卒展さんぽ」を開催予定です。

今回、このブログでは、2014年に開催した「藝大 卒展さんぽ」をご紹介していきます。記事や写真を通して雰囲気を掴んでいただき、今年、ふるってご参加していただけると嬉しいです。

■ どんなプログラムだったの?

「藝大 卒展さんぽ」は、複数人で展示室をめぐりながら、参加者同士で作品を見て感想を共有したり、作者の藝大生と会話を通じて交流を行うプログラムです。ご参加された方々については、アンケート結果から、年代は10代から60代まで幅広く、参加動機として「作者の話しを聞いてみたい、会話してみたい」などの意見が多くあがっていました。

 それでは当日の活動風景や、ご参加された来館者や藝大生(作者)の方々が、どんな印象だったのか、少しご紹介していきましょう。

 【作品を参加者同士でみて、思ったこと、感じたことを共有しています】
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【作者から作品コンセプトを説明したり、参加者から質問を受けたりなど会話をしています】
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【絵画以外の作品、工芸やインスタレーションも廻ったりしました】
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■ 参加者はどんな印象だったの?

<参加された来館者の感想>
「作者の話しが聞けて、『ものをつくる人って、こんなことを考えているだなあ‥』と気づきました。若い方なのでこれからの伸びしろが感じられて楽しかったです」
「いろいろなアイデアがあって楽しかったです。私も何か作ってみたくなりました」
「作品を見せて頂いて元気を頂きました」

<藝大生(作者)の感想>
「来てくれた方々からとてもいい言葉をもらえたり、応援してくれたりと本当に感謝しております」
「講評や作品解説のように堅苦しくなく、皆さん気軽に一言コメントできるような雰囲気は、作者にも鑑賞者にも気持ちがいいものだと思いました」
「(人と会話することで)自分の考えが整理されてよかったです。また率直な(作品の)感想をきけてよかったです」

<運営側のとびラーの感想>
「作者と話せるのは、作家が生きていないとできないことですので、凄く意味があると私自身も再実感しました」
「参加者にとっても、藝大生にとっても、柔らかな触れ合いができた良い機会になったかと思います。作者の方々は批評を聞きたいし、少し作品について伝えたい気持ちが分かりました。参加者にとって作者のお話を聞けるのは嬉しいし、ちょっと得をした感じがしたと思います」

 

■ おわりに

「とびらプロジェクト」は、東京都美術館と東京藝術大学の連携事業であり、このプロジェクトで活動するとびラーの私は、以前から「藝大の学生さんと何かできたら…」という思いがありました。藝大卒展の会期中は、時間帯によっては展示室に藝大生(作者)が滞在していますので、「作者の藝大生と対話や交流の機会があれば、鑑賞者と作者にとって貴重な場になるのはないか…」と思ったのがプログラムの出発点です。
プログラムの趣旨として「来館者に対して、藝大卒展の作品および藝大生への親近感と興味をさらに持ってもらうことを目的」としましたが、企画・運営側の私自身も活動プロセスを通じて、親近感と興味をさらに持った一人になったと感じています。
今年の「藝大 卒展さんぽ」は、「人(来館者)と人(作者)をつなぎ、双方の考えや思いを共有することで新しい価値の創出ができたら…」、そんな思いを抱きながら企画しています。
そんな場に一緒に立ち会ってみたい皆さん、当日、お会いできることを楽しみにしています。

詳細は後日、とびらプロジェクトホームページにてお知らせします。
 


筆者|アート・コミュニケータ(とびラー) 植田清一
   民間企業で勤めるかたわら、週末はアートを介した学びの場づくりを実践している。

12月初旬、良く晴れた穏やかな午後に、総合工房棟の一階にある鋳金専攻のアトリエに伺いました。金属を扱うための特別な設備が並び、いつもどこかで、叩いたり削ったり熱したり磨いたりする音が鳴り響いています。何かが“作り出される”場であることが強く意識させられました。

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インタビューに応じてくださったのは、工芸科鋳金専攻、学部4年生の加藤佑一さんです。作業服に安全靴、そして頭には手ぬぐい。学校に来たらだいたいこの格好に着替えるとのことです。

 

[卒展の作品について]
卒業制作「私たちは互いに溶け合う」を、3つのパーツを縦に組み立てる前の段階で見学させていただきました。

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手前のパーツから、上、中、下の順に組み立てるそうです。ブロンズ(銅の合金)で作られていて、中は空洞になっています。重さは組み立てると200kgを超すそうです。高さは約2m50㎝ほど、“自分が見上げるぐらい”の高さを意識したとのことです。

— 作品のテーマはなんですか?
“大学で勉強するにあたって、工芸とは何だろうという疑問に行きつきました。工芸という言葉は英訳でクラフトという言葉に置き換えられますが、僕の中でクラフトとは人が使うものや実用性があるものという要素が強くあると思っています。そうではなく純粋芸術としての作品を作っている自分の領域は工芸でなく彫刻なのか、と悩んだ事もありました。なので、本作では区分を分けることなく他ジャンルから様々な要素を集めた作品を作ることで、工芸におけるクラフト要素とアート要素の融合点を見いだす、これがテーマです。”

— なるほど、建築の柱のようにも見えますね。
“建築の柱のイメージはありますが、これは何も支えていない。そうしたときに、どういう物質に見えるのかを考えています。(柱であればあえて注目しない)装飾性とかが見えてくるのが自分の考えに合っているように思います。”

— どこに展示するのですか?
“卒展では東京都美術館に展示します。そのあとは、野外や天井の低いところで支柱のように置くことで、場所によってみせる表情の違いを見てみたいです。”

鋳金がどのような工程で行われるのか、道具や材料を見せていただきました。

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まず、石膏で原型を作るところから始まります。その際、パイプを軸に外形の型に沿わせ、回転させながら石膏を盛りつける事で回転体がつくられる“鳥目箱”という技法を用いたそうです。

“この鳥目箱という技法は、日本の鋳金における伝統技術です。鋳金専攻に入って初めての制作がこの鳥目箱を使って作った花器でした。なので、卒業制作がこのような形で生まれたのも鋳金での一連の制作があったからだと思っています。”

鳥目箱を利用して作った石膏の回転体は彫り込みや粘土を貼付けるなどの加飾を施した後、シリコンゴムで型取りし、ゴムの外型を作ります。さらにこのゴム型からロウを使って原型を作ります。ロウの原型を耐火石膏に埋め込み、窯にて焼成することでロウが消失し、金属を流すための鋳型ができるというわけです。このロウの消失を用いた型作りを、イタリア方式の“石膏埋没技法”というそうです。
そして焼成された石膏の鋳型は、高温に溶けた金属の湯圧で壊れるのを防ぐために土の中に埋められた状態で金属が流し込まれます。一定時間冷ました後、石膏を取り除く事でようやく金属になった姿に出会えるというわけです。
更に金属の変形の修正や部分的な研磨、着色を行うそうです。

 

— この作品について、事前にスケッチや模型を作ってイメージを膨らませるようなことはされたのですか?
“6月に実寸のエスキースを描きました。それまでにスケッチを描いていたのですが、自分の思い描くスケールを体感するには一番の方法でした。小さいサイズではわからないバランスの関係も多々あり、何度も図面の修正は行いました。同じ理由で今回は模型を作りませんでした。”

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— この作品の見どころを教えてください。
“これほどのスケールのものを作るのは初めてで、なかなか客観的な目で見られない気がします。ただ、遠目で見たときに「何かが立ってる」と思うところから始まって、近づくと装飾性に注目するようになる。そういう風に頭の中のスイッチが切り替わる瞬間が何回かあるような作品にしています。また、工芸科ってこんなこともやるんだな、って思ってもらえたらいいなとも考えています。”

— この後に作ってみたい作品はありますか。
“本作のように縦に対しての意識が強い作品とは逆に、今度は細かい物質の集積で横に広がるようなものを考えています。他に2次元的でもっと装飾的なもの、そんなイメージがあります。”

 

[藝大で鋳金を学ぶということ]
— この4年間を振り返ってみてどう思いますか?
“工芸科鋳金専攻では、1年生の基礎実習を経て、2年生で工芸科の中の専攻を決めるために1作品、専攻を決めてから1作品、さらに3年生で4作品を制作してきました。これまではオブジェというか、わりと流動性がある形を作ってきたので、この作品のように無機質なものに帰ってくるとは思っていませんでした。”
“今年1年間は、鋳金に入ってからのことをよく思い返していました。(卒業制作に比べて)小さいものを作っていても工程は同じだったので、あの時やったことが今こうして活きてるんだなと思うことがたくさんあります。”

— どうして鋳金専攻を選んだのですか?
“実家が愛知県の瀬戸で陶芸をやっていまして、もともと粘土を触ることが好きでした。それで粘土で原型を作る行程は自分に向いていて、また鋳肌から研磨面までの金属の変化に魅力を感じました。藝大の鋳金専攻の設備は素晴らしく、何より新しい経験をしたいという気持ちで選びました。”

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— この先、陶芸と鋳金と、どのように取り組みたいですか?
“どちらもできるようになりたいと思っています。互いの技術を身につけて、陶芸の要素と鋳物の要素とをうまく組み合わせられれば、考えています。”

— 技術を学ぶことの多い鋳金専攻ですが、自分の中でアルティザン(職人)とアーティスト(芸術家)とのどちらの要素が強いと思っていますか。
“以前は技術技法を学べればいいかなと思った事もありましたが、(卒業制作を通して)自分の表現を突き詰めていくと、アーティストに近いかなと思っています。そして、藝大は教育機関ではあるけれども、訓練校ではないとも思うようになりました。”

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— アーティストを目指していく中での自分の強みは何だと思いますか。
“諦めないという意思だと思います。僕はここに来るまでに長い間浪人時代を過ごし、この経験は僕の忍耐を強くしてくれたと思っています。そして趣味としてただ作るだけでなく、自分の作品がいかに社会との結びつきをとれるかを考えるため、自分だけの世界に閉じこまらず、他分野で活動されている方との交流や何気ない日常から受ける刺激を大事にしています。そして、ここまで支えてくれた家族や友人に対して、作品を通して感謝を伝えるためにも最後まで自分の意志を貫きたいですね。この気持ちを生涯忘れないで制作していきたいです。”

工芸科の受験は直接工芸にかかわる勉強でないため、基礎力の集積ばかりで焦った時期もあったそうです。それでもあきらめずに、藝大を受験し続けた意地が今、強みとなっています。

(2014.12.9)

執筆:プジョー恵美里(アート・コミュニケータ「とびラー」)

「これは一体…何?」
中垣さんのアトリエに一歩足を踏み入れてまず、「えっ!?」という驚きに襲われました。これはご本人曰く、「待ってました」のリアクションだそうです(笑)

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壁一面のドローイングと部屋の中央にそびえる天井すれすれのダンボール製の建築物。『油画の卒業制作=油絵』を想像していた人間には、目の前の事実(作品)を理解するのに少し時間を要しました。
後でお伺いしたところによると、油画の卒業制作は油彩というカテゴリーに縛られることなく非常にバラエティに富んでいるそうです。

アトリエの中央にそびえるダンボール製の建築物。これがまさに中垣さんの卒業制作『 生体建築(せいたいけんちく)』

「建物のように見えますが、生きているんです。生命のエネルギーが建物に宿り、自らが成長するんです。そこのところを表現したいと思いました。制作は今年の6月頃から始め、9月の芸祭で展示しました。最初は卒業制作として出品するつもりではなかったですね。2ヶ月ぐらいで作り終わるかな、と思っていたので。でも始めたらどんどんイメージが湧いてきて。まだいける、まだいける、といった感じでここまできました。今もまだここまでできたら終わりという完成のイメージはないです。ただ頭の中に湧いてくるものを描いて、形にしているだけです。」

まさに、作品は未だ成長中。

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そして作品を取り囲むように壁一面に貼られたドローイングについては、
「脚立がないと貼れないので」と話すように、床に置かれたままになったドローイングの束が。それらを合わせると既に125枚が描き上がっている。アトリエの壁全面に貼ると150枚貼れる計算とのこと。そしてその125枚は同じものが二つとないというこだわりぶり!

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このドローイングとダンボール製の建築物の関係について尋ねると・・・・
「必ずしもドローイングがこのダンボール製の建物の何処かの部分とピッタリと一致するということではないのです。描いていくうちに描ききれない部分をダンボールで作り、作ってはまた自分の中から湧いてくるイメージを描いてという繰り返しです。」

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材料にダンボールを選んだ訳は・・・・
「ドローイングの軽さを表現できるかなと思ってダンボールを選びました。ダンボールで正解だったと思います」子供の頃から馴染みがあるというダンボール、ボンドそしてガムテープ。私たちもよく知っている身近にある材料、資材で制作されていました。

そのダンボールにも中垣さんのこだわりが・・・・
「人が使っていたもの、今回はダンボールですが、そういったものには使っていた人の記憶が宿ると思うんです。それを使って制作するとその人の頭の中や心の中を覗いてるような不思議な気分になります。それも楽しいですね」(えっ!? これからはダンボールを捨てる時には注意したいものですね。中垣さんに頭の中を覗かれてしまうかも!?(笑) )

「音楽学部に使用済みのダンボールを捨てるプレハブ小屋があって、それを知った時はものすごく嬉しくなりました(笑) 実は、芸大の廃材置き場にあるダンボールは珍しい形が多くて、テンションが上がります!」
素材としてのダンボールに非常に強い愛着が感じられた瞬間でした。

子供の頃について・・・・
この作品を制作するにあたって影響を受けた人やモノはありますか?という問いには、「特にはないです。ガウディは好きですけど。この作品を作るために何処かに出かけて行ったとかそうゆうこともないですね」
「もしかして育った環境が影響しているかもしれません。」と話してくれた中垣さんのご実家は、造園業を営んでおり、お母様が設計士というご家族。「子供の頃の遊びにあった秘密基地が作れるような資材が家に沢山ありました。木と木に渡す板があったり、変な形の道具が置いてありました」「それから、妹尾河童さんの『河童が覗いた~』というシリーズの本があって、その本には世界中のトイレのスケッチが載っていました。子供の頃夢中になって何度も何度も読みました。沢山トイレのスケッチがあるけど一つとして同じものがないのです! もしかしてその妹尾河童さんの本の影響はあるかもしれないです。それから、子供の頃ロボットなんかで遊ぶ時も、僕は “場所” を重視していたように思います。布団やクッションで山なんかを作って”場所” を作ることに」その全てが今の中垣さんに繋がっているようですね。

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宮崎の大学で造園業を学んでいた3年生の終わり頃、絵が上手になりたいというただ純粋な気持ちで美術系の予備校に通い始めたそうです。
予備校時代に通学の車内で描いたポストカード大のドローイングを見せてくださいました。その数はおよそ100枚! ボールペン1本で描かれたそれらの絵は、ファンタジーの世界に「現実」を象徴のようなサラリーマンがたった一人存在するシリーズでした。

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芸大に入ってから感じたことは・・・・・

子供の頃から絵が好きで、絵が上手になりたくて入学した芸大。そこで念願の絵に没頭できる環境を手に入れた中垣さんは芸大での4年間をこのようにお話してくださいました。
「面白い人たちが多いなと思います。同じ志で入ってきているので結束感のようなものもありますし、同志のような感じですね。これまで絵が好きだ、制作が好きだという人が周りにいなかったので、今のこの環境がとても嬉しいです」

卒業後については?

「大学院への進学を希望しています。その先はまだ分かりません。その時の直感で決めたいと思います。でも手(描く事)はとめたくないです。これまでと同様自分の子供の頃の記憶、原風景を追求して行くことになると思います。」

これから先もずっと[作り手]として存在し続ける事への力強い言葉を聞くことができました。

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こんな風に次から次へと描きたいもののイメージが湧いて出てくるその頭の中を、是非覗かせてほしいと思いました。

「僕の絵や作品を見て何か感じてくれたら、それでいいと思っています。僕も子供の頃そういう経験があって今があるので」その言葉通り、中垣さんの作品にはまず「あっ!」と驚かされて、でも決して威圧的ではないその力強さに慣れてくると、どこか懐かしいと感じるものがありました。もしかして私たちの中にある子供の頃の記憶が呼び起こされたのかも?

卒展では、中垣さんの更に「成長した」作品にお会いできるのが今からとても楽しみです。

(2014.12.5)

執筆:河村由理、鈴木俊一郎(アート・コミュニケータ「とびラー」)

「ウフィツィ美術館展」開催中の東京都美術館にて、恒例となった子供向けプログラム「とびらボードでGO!」が、11月22日と29日の2日間にわたり実施されました。普段から東京都美術館では、中学生以下の子供たちに磁気ボード(とびらボード)を貸し出して、展覧会場内で絵を描いてもらうということを行っています。そしてこの「とびらボードでGO!」がある日には、子供たちの描いた力作がオリジナルのポストカードに仕立てられ、プレゼントされるのです!

そんな参加して楽しい、もらって嬉しいプログラムですが、実施するとびラーも来館者の笑顔が間近で見られるとあって、ワクワクしながら準備をしてきました。今回のウフィツィ美術館展はイタリアの宗教絵画が中心。はたして子供たちはどんな風に、何に興味をもって観るのかな?とびラーみんなで興味しんしんです。

さて、実施日の朝、展示会場の入り口ではさっそくとびラーが子供たちを待っています。「本物の絵画を見ながらお絵かきしませんか?」「自分で描いた絵をカードにして持って帰りませんか?」と声をかけます。

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すると「やってみる~!」という子供たちが続々。とびらボードの使い方や、ポストカードの印刷所について、保護者の方と説明を受けたら、ボードをしっかり首から下げて、さぁ出発です!

ボードを手にしてウキウキ顏の子供たちは、展示会場内で自分の気になる作品の前で、ゆっくりじっくり本物の絵画を観察。会場内のスタッフさんも、子供たちを暖かく見守ってくれます。本物の絵を見ながら自分で描いてみるって、ちょっと特別な体験かもしれません。お母さんやお父さんが「この子がこんなに集中して絵を見れるなんて」とびっくりされることも多いのです。

そうしてできた自分だけの名作を、展示会場を出たらいよいよポストカードに印刷です。印刷所ではとびラーが子供たちを「お帰りなさい!」と待っています。大事な作品を受け取ったらその場で、パソコンを使いオリジナルのポストカードに印刷。

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印刷されたカードを子供たちにプレゼントした後、となりの塗り絵ブースで自分で色を塗って仕上げます。ここはどんな色だったかな?まだホクホクの記憶をたよりに、自分なりの色を真剣に塗ります…。

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「できた!」と、カラフルになった自慢の作品を手に、笑顔の子供たち。そんな子供たちの姿に、保護者の方々もにっこり。みなさん良い顔してますね!

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今回の2日間の開催の中で、93枚もの小さな名作が生まれました。どれもよく観察して描かれた力作ぞろいです。絵画の中の人物を表情までよく見て描いた作品、背景の建物を細かく描いた作品、人物が手に持った道具に注目して描いた作品などなど…。みんな自分の目で観察して描いてくれたんだなぁと、感動するとびラー一同なのでした。

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参加してくださったみなさま、どうもありがとうございました!ぜひまたご家族やお友達と美術館にお越しくださいね。そして、また新しい笑顔に出会えることをたのしみに、次回も「とびらボードでGO!」を開催しますので、どうぞよろしくお願いします。

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筆者|佐藤菜々子(アートコミュニケーター「とびラー」)
いつもはフリーのグラフィックデザイナー、そして時々とびラーに変身する。
とびラーになってから、あらためて美術館と仲良くなれたと感じている。
実はとびらボードを使える子供たちをうらやましく思っている。

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みなさんは美術館に、作品鑑賞以外の楽しみ方があるのを知っていますか?
東京都美術館は、建築・空間・野外彫刻など、展覧会以外にもアートなこだわりがたくさんあるんです。

「ミュージアム・クエスト」は、そんな鑑賞とは異なる新しいミュージアム体験を創り出そうという、とびラボ企画。その内容をひとことで言うと、「東京都美術館を舞台にして行う参加型の謎解きとカフェタイムを組み合わせたコミュニケーション・イべント」です。

謎解きという切り口で、ふだん美術館に足を運ぶ機会の少ない若者にも来館のきっかけを提供したい…そんなとびラーの思いから生まれました。


今回は、11月30日に一般公開前のトライアルとして、とびラーの友人を対象に実施した様子をご紹介します!

【アイスブレイク】

参加者は受付を終えると、チームごとに分かれていきます。
まずはアイスブレイクを兼ねて自己紹介!

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初対面のメンバー同士で緊張している様子でしたが、話しているうちにみなさん笑顔が増えてきました。

 

【謎解き開始!】

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いよいよ謎解き開始です。ファーストミッションが出されます。
時間内に戻って来られるかな?

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今回は特別に、謎解き資料の一部をご紹介します。
問題は、建築物や野外彫刻作品がヒントになっているものを中心に用意しました。謎の難易度は適度に抑え、伴走とびラーによる建物や彫刻についての紹介もあわせて、都美に親しむ機会となるよう考えています。

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真剣に野外彫刻を見ています。ちょうど紅葉の時期で、打ち込みタイルのレンガ色に映えて綺麗でした。普段見過ごしている野外彫刻をじっくり見るのは新鮮ですね。

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普段は展覧会場に直行するという人も、謎解きの答えを探して美術館の中をぐるぐる回っている姿が印象的でした。そこから色や階段のデザインの良さに気づくなど、新たな発見があったようです。

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【カフェタイム】

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謎解きが終わったらみんなでカフェタイム ♪
お茶を飲みながら、参加者の美術館に対する印象の変化や、謎解きの感想など自由に話してもらいました。

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「展覧会目的ではなくふらっと美術館に来てもいいんだと思った」といった美術館イメージの変化や、「グループで協力して解くことが楽しかった」という意見も出ました。

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イベントが終わったあとも、ほとんどの人がすぐには帰らずに、あちこちで立ち話が続いていました。主催側としても嬉しい光景です。

どうでしたか?謎解きで新たな美術館デビューもなかなかアリだと思いませんか?

この企画の他にも、とびラーが企画した催し物がたくさんあります。
1人でゆっくり展覧会を楽しむのも良いですが、たまには新しい美術館体験をしてみませんか?

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筆者:アート・コミュニケータ(とびラー)高橋和佳奈

芸術支援を専門に勉強している大学生。
年中、上野とつくばと広島を行き来している。

11月13日、小春日和の気持ちのよい午後、藝大絵画棟日本画のアトリエを訪問しました。提出日まで一ヶ月を切り、卒業制作も終盤に入ったお忙しい中、時間を作ってくださったのは、日本画専攻4年生の中根航輔さん、林宏樹さん、塚崎安奈さんのお三方です。

藝大日本画の卒業制作作品は、150号という大きなサイズ(日本サイズの風景画の場合は縦227.30 ㎝×横162.10 ㎝)に決まっているそうで、作品が床に置かれたアトリエでは、多くの学生さんが乗り台に乗った姿勢で制作に取り組んでいました。

3つのアトリエを巡り、それぞれの作品の前でお話を伺いました。

 

中根航輔さん
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— 卒業制作はどんな作品ですか?

「誕生から死までの時間を含んだものと、生命エネルギーみたいなものの表現を試みています。1年生の時から、このようなテーマをもっていましたが、それは東北の震災と身近な人の死(祖母の死)が考えるきっかけになりました。」

「9月中旬頃に漠然とこのような絵を描きたいと思うようになり、10月に入って取材(動物の骨について科学博物館などを訪問)、11月から描き始めました。色はモノトーンに仕上げますが、下地(白)を部分的に削るなどして、重ね塗りをしている下地の下方の色(赤、黒、グレーなど)が、意図的にまたは偶然に見えるようにするつもりです。」

「日本画の絵具に興味があり日本画を選びました。4年間の集大成としての表現に加え、日本画の画材を自分なりに扱った答えとしての表現が作品になればと思っています。」

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— 卒業後の進路は?

「大学院への進学を希望しています。その間にロンドンへ語学留学し、その後機会があれば、向こうでも美術の勉強をしたい。立体なども含め様々な分野のことを学び、自分の表現の幅を広げたい。」

— 藝大に入ってよかったことはどんなことですか?

「作家として活動したいという意識を持っている人が多く、そのような仲間たちの中に身を置くことで、自分も意識を高めていけたことです。」

下地にモチーフを転写した段階の作品を前に、いろいろお話を伺いました。丁寧に説明してくださったので、完成像を少し想像してみましたが……。中根さんの完成作品はどのような姿で現れるのでしょうか。楽しみです。

 

 

林宏樹さん
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— 卒業制作はどんな作品ですか?

「テーマは裂け目です。日頃から傍観される世界と分断される自己との関係性を意識します。身体の延長上としての世界は、対象化されることで連続性を失い離散的に分節されていく。世界との不連続性や断裂を広大な裂け目の風景に投影しています。モチーフには実際に訪問したアイスランドの風景を用いました。果てしなく続く荒涼とした世界において、自分の存在が薄れていくような世界との繫がりを感じる神秘的な場所でした。絵画空間のなかで再体験するように対象と世界を媒介する意識で描いています。」

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「作品は制作途中ですが、距離感というテーマから色彩効果だけでなく物質的な重層構造も意識しています。」

「自分とモチーフの関係性は、自己と対象との距離が知る行為によって離れていくことをベースにして考えると、素描行為もその要素を孕んでいることに気付きます。しかし経験的に素描は連続性を保ったまま写し取っている感覚もある。今後の方向性として、素描を突き詰めることで連続性を獲得するのか、あるいはむしろ連続性を思想的なメタフィジカルな概念に求めるのかは分からない。見た方が絵と連続性を感じてくれるような作品になればいいと思います。」

— 卒業後の進路は?

「現段階では未定ですが、進学先として大学院では保存修復の道を考えています。」
「日本画に入学して伝統的なことよりも、表現効果を模索することが多かったため、4年間経とうとしたときに日本画の伝統的な技法や材料論を多くは知らないことに不安が生じました。もう少し日本画を研究したいし、より専門性を高める方向で考えています。」

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— 藝大に入ってよかったことはどんなことですか?

「やはり人と人とのつながりが大きい、互いの価値観や意見を受けとめる関係があります。また、芸大に在籍していることで繋がる新しいコミュニティがあります。旅先で、自身が芸術を専攻していることがきっかけとなって語らいの輪が広がる経験もしました。そのことで興味があらゆる分野に派生し、見えてくる世界が変化しながら広がり続けています。」

 

 

塚崎安奈さん

— 卒業制作はどんな作品ですか?

「今まで日本画の手法で描きたいものがなかったけれど、祖母の家の犬が死んだときに真面目に日本画を描きたいと思いました。画材も今は日本画のものしか使っていません。」

「画面全体に花を敷き詰め、淡い色を塗った上から白を塗って見えないくらいにするつもりです。火葬(花葬?)をテーマにしています。愛犬が旅立ってから少し時間が経った今はただ綺麗に描いてあげたいと。そう思ってこの作品に向き合っています。」

デザインやイラストが好きで、「日本画は苦手だという意識をずっと持っていた」という塚崎さんですが、卒展の直前の作品から作風が大きく変わったそうです。

— 卒業後の進路は?

「テレビ局に入局し、映像デザインの仕事に携わっていきます。就職後も個人的に絵は描き続ける予定です。」

「飽きっぽいから」とご自身を表現していましたが、あくまでも自分らしい表現を求める強い意志が伝わってきました。

— 藝大に入ってよかったことはどんなことですか?

「考える時間がたくさん与えられたことがよかったです。絵が好きなので、絵に時間をかけられたこともよかった。藝大の学生はいろいろなことを深く考えていると思います。他科の友人との交流も刺激的で、人とつき合うことが楽しかったです。」

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あえて下絵を描かず一瞬一瞬を刻み込むように画布に向き合う塚崎さん。作品完成の瞬間は、どのような形で訪れるのでしょうか。

 

日本画専攻は1学年25名という少数精鋭。最後に3人に尋ねました。
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— 学友はライバルですか?

「お互いの言ったことを聞いて解釈し合える。」
「お互いの価値観を知り、自身の幅が広がる。」
「人と比べてではなく、自分はどうかを大切にしている。」
「皆意識が高い。」

お互いがお互いを認め合いながら自らの芸術性を追究していく、高い意識に裏付けられた学びと創作の場における関係性を垣間見た思いがしました。

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完成した作品と「卒業・修了作品展」で対面できる日を心待ちにしています。
長時間にわたり、興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

(2014.11.13)

執筆|窪田光江・鈴木俊一郎・永井てるみ(アート・コミュニケータ「とびラー」)

「物を見るときの光が重要なので、窓はすべて北向き。直射日光が差さないようになっているんです」
アトリエに着くなりすこし高めの元気な声で説明してくれた。インタビューに訪れた天井が高いアトリエは、4人で使っているそうだ。

卒展に向け製作中の作品が台の上にある。いやでも目立つ。実物の人体よりかなり大きめの全裸の男性が、しゃがみ込むように体を丸めている像なのだ。
「作り始めたのは、心棒に粘土をつけ始めたのが6月末くらい」
というその像は、立ち上がったら、身長が3メートルくらいにはなりそうな大きさである。像の前方が高く斜めになった台座に乗っているため、背中が強調されている。

「後ろが正面なんです」というのもうなずける。だが、普通の後ろ姿ではない。特徴的なのが、その姿が歪んでいること。
背中側の正面あたりから見ると普通の像に見えるのだが、少し横に移動してみると何やら違和感を感じる。そのまま、像の周りを移動していくと、その像は体の前後方向に薄く作られているのだとわかる。簡単に言うと、前後から押しつぶしたような縮尺の人体像なのだ。

実は、背面の、ある一点から見たときだけ、ほぼ正しい縮尺の人物になるように作られているのだという。

「正面像だけが見えることがテーマなんです。現在は正面像は画像検索などですぐに見ることができる世の中じゃないですか。側面はあやふやというか。見る人に、ゆがんだ側面から正面を捜してもらう、空間を捜してもらう。あらかじめ正面がはっきりしている平面作品でなく、あえて彫刻作品で正面を捜してもらう。見る人にそんな行為をしてもらいたい。立体物としては弱い、よくわからない物、あやふやな立体物をテーマに作っています。正面しかないわけではない彫刻で、あえて正面を作り、捜してもらうんです。しかも、バッチリなものを作ると、そこで見る人の思考が止まってしまうから、あえて正確でない、人間としてのブレが出てくるように。完璧な正面を持っているわけでも、360度説得力があるわけでもないという……」

なかなか難しいけど、なんとなくわかる気もする。正面に背面を選んだのは
「ステレオタイプの正面ではなく、正面に対する原理主義へのアンチテーゼ」でもあるのだという。

どうも額賀さんは反骨精神が旺盛のようである。

タイトルは現在のところ《unclear》。「不明瞭な」という意味だが、文字通り、まだタイトルがこれに決定しているわけでもないらしい。
作品は大きいが、製作に当たって頼んだモデルさんは、「小柄な人」という注文で来てくれた人なのだそうだ。
「私が小柄なので、モデルさんも小柄でないと、体が見にくいんです」という。

額賀さんの作品は最終的にはテラコッタ(素焼き)の作品になる。今はその原型を作っていることになる。この原型から型を作り、型に粘土を詰めて像にして、最後にその像を焼いて完成する。

アトリエにはすでに完成している他の作品もあった。前述の作品とは逆に、実物よりかなり小さめだと思われる、西洋人らしき男女の肩から上の像。特に、頭の禿げた男性の像は、どことなくユーモラスでもあり、魅力的だ。リアルに思える像だが、これはモデルを使わずに、写真から立体像に起こしたのだそうだ。

こちらもタイトルは《unclear》。
「こちらから見ると、やっぱり歪んで見えるんです」
たしかに見る位置によって、こちらの作品も歪んでいる。サイズが小さくて、全体を見渡せるだけに、近くで見ても歪みが大きく感じられる。
「表情は、あまり語りかけてこないように考えています。オマケと言ったらなんですが、見て見苦しくない程度で、ニュートラルな表情にしています」

このような作風になってきたきっかけは、イタリアの彫刻家ドナテロの作品を見たことだそうだ。
「以前は普通の人体を作っていたんですが、イタリアに旅行に行ったとき、ドナテロのレリーフを見て、正面以外から見たらちゃんと像を結ばなくて、正面の説得力というか、魅力が面白いなと思って、私も私なりにレリーフと彫刻を結ぶ仕事ができたら面白いなと思いました」

歪んだ像を作る以前の作品もあった。こちらは、ふっくらとしている全裸の若い女性の座像で、おだやかな表情と、やさしいピンク色の肌が印象的だ。

「このころ、女の子として生きていくには世間からの要求が多いなと思って。やせていなきゃいけないとか、毛はしっかりそらなきゃいけないとか。そういうのが嫌だなと思って。太っていても美しい人というのをテーマに製作しました。ま、わかるかと思いますけど、作るときの原動力がムカついたことや、嫌だなと思ったこと、マイナスなことなんです(笑)。自分自身が、安直に物を見たり、表現したりすることはまずいな、もう一度よく考えよう、ということでもあるんですけど」
そう言っているが、あまり怒りとかを感じさせないほど、やさしい感じの作品だ。それを言うと
「怒っている人が怒っていてもあまり、聞いてもらえないので。動機は怒りですけど、それがテーマではないので。一応、神様をテーマに作ってみたのでこれでいいかなと」
この作品ももちろんテラコッタだ。

「テラコッタって、弱くて重い不便な素材なので、彫刻の学生もあまり使わないんですよ。でも、焼き上がった色がきれいなので、それを見せてもいいかなと思って選びました」
この作品も重さが70 キロくらいあるという。「古事記」に出てくる、口から食べ物を吐き出す神様、保食神(うけもちのかみ)にかけて《うけ》というタイトルだそうだ。とても魅力的な作品だが、今後この作品がどうなるのか尋ねたところ
「展覧会に出す機会があればいいんですけど、今のところないので、実家の“タンスのこやし”というか“駐車場のこやし”というか(笑)。そうですね、彫刻は引き取り手がつかないと……小さいものだと欲しいと言ってくれる人もいるんですが」
という答えが返って来た。

額賀さんによれば、テラコッタの魅力は、水や視線がしみ込んでいくマットな質感だという。また、中が空洞なところが人間に共通する感じがするという。

「作り手のエゴかもしれませんが……」
原型は、型を取ったあと壊してしまうので、その時点では、この世から像の姿は消えてしまうことになる。型から抜いた像ができるとまるで再会したようで、それも面白いという。それが焼かれ、窯から出てくるので出会いを繰り返すようなのだそうである。
これからもこの空間が歪んだような像のスタイルの製作を続けていくのかと尋ねると
「そのつもりなんですが、これ《うけ》を作っていた頃も、このスタイルでずっと続けて行こうと思っていたんですよね(笑)。だからわからないんですけど」

歪んだ形を作るのは、今の時代の反映だと考えたら深読みし過ぎだろうかという質問には
「多少あるかもしれないですね。ただ素直に物を作っていくのが難しい時代で、言い方は悪いですけど、キャッチーにしないと人は見てくれないということがある。もちろん、意識しなくても、今の時代に物を作っているということは、そういう部分もあるかもしれません」

そんな話をしていたところに、偶然、額賀さんの先生である北郷悟教授がアトリエにいらしたので、額賀さんに関して伺ってみた。

「期待の星です。近頃の作品もいいと思いますよ。彫刻って、物と空間の仕事なので、昔は物だけを徹底的に作っていた時代があったんですよ。だけど、今の彫刻のあり方っていうのは、空間を作るために物を表現したり、内面を表現するために空間を使ったりといったことがあるので、空間を刻むっていうか、時間と空間を刻むっていうのが彫刻って考えに、たぶん変わってきていると思います。その方が、インスタレーションなんかも考えやすいですし、特にフィールドワーク的な仕事も、どこかに物があって人がここにいてっていう、関係性がすごくわかりやすいと思うんですね。時間と空間という意味ではね。そういった意味では彼女の仕事は微妙な心理空間を使って、向こう側の世界も感じ取れるようなことに挑戦していますから。しかも、テラコッタという呼吸感のある素材を使ってくれているのも嬉しいですね。テラコッタというのは水をかけるとしみ込むんですよ。本焼きの物は、釉薬をかけるからちょっと息が詰まるような感じになる。物に変わっちゃうんです。テラコッタは、物にならない領域を大事にするというのがあります。テラコッタは壊れやすいのですが、壊れやすいという痛々しさとかが、人の心と重なってくるところがあるので、壊れやすいってこともいいことなんですね、表現として。生活の中でも、壊れやすいもの、燃えやすいものは意外と残ったり、大事にされたりしますから。なんでもかんでも丈夫な物だけが残るというわけではないですね。でも、まぁ、彼女なりの考え方があるだろうから(笑)、そこを聞いてあげてください」

なんとも師弟愛を感じさせる、優しく温かい言葉だ。しかも、額賀さんを理解する上でもとても参考になるコメントだ。

しかも、真面目なコメントだけでなく「これを『進撃の巨人』みたいな大きさで作ってみてはどうかな」とか、「『見返りなんとか』みたいなタイトルにしたくなる」とか、「卒展ではどこに作品が置かれるかは大きいよね。『捜したけどなかった』とか言われるのは嫌だしね」などと言い残してアトリエを去っていった。なかなか頼りになりそうで楽しい先生だ。

最後に、額賀さんに藝大を目指し、彫刻を選んだ理由を聞いてみた。

「もともと、お絵描きとかが好きな子供だったんですけど、高校生になって美大に行こうと思うようになって。もともとはデザインをやりたかったんですけど、高校1年のときに藝大の卒展を観に行ってびっくりしたんです。それまで彫刻って私にとってはどうでもいいカテゴリーで(笑)、興味がなかったんですけど、物を無理やりにでも実在させられるってところに衝撃を覚えて。ブロンズ像とか、仏像とかってすごい偉い人が作るものだと思っていたんですけど、自分とあまり歳も変わらないような学生が、自分の思い描いた形をこの世に厚みとして生み出しているというところに、感銘を受け、何を思ったか彫刻家を目指すようになりました。自分の思ったものを実在させることが魅力だと思います。絵画のように世界を作ることはできないけど、自分の作ったものを世界に放り投げることはできると思っていて、自分の手で全部決定することができるので、彫刻の中でも塑像を選んでやっています」

次々と新しいことを発見して、それに向かっていくところや、怒りをエネルギーにしつつも、そのままを表現にするのではないところに前向きな印象を持った。

広い背中を持った男性像は、世界に投げ出されるまで、もうしばらく時間が必要なようである。それまで、巨大な後ろ向きの男性を相手にした額賀さんの前向きな格闘も続く。

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製作中の粘土を保管するためには水分が必要だが、水をしみ込ませた布を巻いて3 カ月ほど放っておいたところ、粘土にカビとキノコが生えて森のようになっていたことがあるそうだ(そんな所にも上野の森があったとは……)。こういったこともあるので、製作中は常に像のめんどうを見ながら過ごさなければならず、その分、像に対する愛着も湧くらしい。まだ、完成までには7割くらいの段階だというが、手塩をかけて育てた《unclear》が、額賀さんとの何度かの再会を経て、最終的にどんな姿を表すのか。卒展を見る楽しみが、またひとつ増えた。

執筆:小野寺伸二/アート・コミュニケータ(愛称・とびラー)