東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

INTERVIEW

7

越川 さくら さん

子育て中の1期とびラー、言葉にしない“共感”の名人

”とびラー”インタビュー
越川 さくら さん

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7

越川 さくら さん

子育て中の1期とびラー、言葉にしない“共感”の名人

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180度くらい変わっちゃった気持ちでいる」

「とびらプロジェクト」に入る前はなにを?

越川 武蔵野美術大学の油絵学科を卒業して、ずっと油絵を描いていました。けど、こどもが生まれてから描かなくなってきたので、「やめよう」と決めて。それで、自分が住んでいる三鷹市の市民大学に通っていたんですね。40数年前にお母さんたちが始めた場で、託児をしながら学ぶことができる。そこで子育てについて学んでいるときに、掲示板で「とびラー」募集のチラシを見つけた。

美術館というのと、“とびラー”という言葉が、すごく引っかかりました。ちょうど「次に行かなきゃ」という気持ちもあって、応募しました。絵をやめた自分が、もう一度美術と付き合える方法は、こういうことかもしれないと思ったのかな。

実際に「とびらプロジェクト」に参加してみて、どうでしたか?

越川 基礎講座からもう目からウロコの連続。まず「きく力」のところで、普段自分がいかに人の話を聞いていないかわかって、反省しました(笑)。

とびラーになると、まずは全6回の基礎講座でコミュニティづくりの基本を学ぶ。そのひとつ「きく力」を身につける講座では、聞くことの重要性を理解するためのワークショップを行う。このときは21組になり、聞き手と話し手に分かれ、聞き手は話し手の話をわざとうわの空で聞くようにこっそり指示された。

越川 「スパゲッティ・キャンティレバー」という、23人で一組になってスパゲッティの束で構造物をつくる講座も、面白かったですね。どんなものをイメージしているのか、パートナーにちゃんと伝えてから進めると結果が出るんだけど、わからないままだとうまくいかない。イメージの伝え方の練習になった。

「スパゲッティ・キャンティレバー」のワークショップでは、23人で一組になり、30分の制限時間のなかで、パスタ、糸、テープを駆使し、テーブルから水平にのびる構造体をつくっていく。より長くつくることを目標にし、制限時間終了時の長さを競う。その後、それぞれの組で起こった議論や作業を振り返り、どういうプロセスを踏むと、どんな成果が得られるかを確認する。

越川 あとは、「まずは3人で始めましょう」とか、プロジェクトの進め方みたいなことをみっちり。講座でみんなのなかに共通のベースができたから、そのあとも「とびラボ」が生まれやすかったと思う。

個人的にも、講座を受けたことで180度くらい変わっちゃった気持ちでいる。自分の本質的な部分はたぶん変わってなんだけど、良いところも悪いところもよく見えるようになった。

変わった先にあったのは、いろんな人と一緒になにかができるということ。それまで、絵は一人で描いていたし、学生時代に人と組んでなにかをしたことはあったけど、「自分がやりたいことを、自分がどうやるか」が中心で、ほかの人はその周りにいる感覚だった。それが「とびらプロジェクト」では、人とすること自体が楽しくなった。

どんな「とびラボ」をしたのでしょうか?

越川 最初にしたのは「チラシ de うちわ」といって、配布期間の過ぎた美術館のチラシでうちわをつくって配るプロジェクトでした。ちょうど「マウリッツハイス美術館展」が開幕する前で、混雑することが予想されたので、もとは「長蛇の列対策」というプロジェクトだったの。

「チラシ de うちわ」は、1期生による最初の「とびラボ」。配布期間の過ぎたチラシを2つ折りにして、「こんにちはとびらプロジェクトです」と書いた厚紙を持ち手にとめたうちわを、約1000枚制作。配り始めるとあっという間になくなった。

越川 このときはすべての基礎講座が終わったばかりで、もうみんなやる気満々、「とにかくなにかやりたくてたまらない!」という状態だった。

「あなたも真珠の耳飾りの少女プロジェクト」は、とびラーの一人がいてもたってもいられなくなって、青ターバンを持ってきたことが発端でした。「もう、私つくってきた!」って言うから、みんなで「とりあえずかぶるか!」って頭に巻いて、写真を撮って(笑)。

マウリッツハイス美術館展では、「チラシ de うちわ」のほかにも、「あなたも真珠の耳飾りの少女プロジェクト」や「とびら楽団」といった「とびラボ」が実施された。「あなたも真珠の耳飾りの少女プロジェクト」は、お客さんが真珠の耳飾りの少女と同じ格好をし、記念撮影をするというプロジェクト。「とびら楽団」は、「とびラー」がリコーダーや鍵盤ハーモニカで賑やかな演奏を披露した。

<つづく>

「一番大事なのは“わー”ということ」

越川 それから、「トビラノクニ」という「とびラボ」もありました。こどもと美術館の関係を考えようという主旨だったんですが、自然消滅しちゃって、実施できていない。最初に、レッジョ・エミリア・アプローチという教育方法の保育園を見学する企画が、ぽんと持ち上がったんです。それに行った人たちで、「で? どうする?」となって、特にすることが決まっていなかったので「なら考えよう」と。

いろんなことをコネコネコネコネしましたね。考えて、考えて、よくわからなくなっちゃった。話を詰めていくうちに、「ついていけない」という雰囲気になって、最終的に集まりに来るのが2人になって・・・。でも、話し合いはすごく有意義でした。内容は今も「とびラー」専用の掲示板に残っています。

各プロジェクトの進行は、インターネット上のとびラー専用掲示板「本日のホワイトボード」で共有している。写真は「トビラノクニ」第一回ミーティングの記録として残っている、越川さんの概念図。

「とびラー」2年目に、新しい仕事を始めたそうですね。

越川 はい、学校支援員といって、教育委員会から小学校のクラスに派遣されて、支援を必要とする子の側にいる仕事です。曜日ごとに違う学校に行って、それぞれの子に一日中ついています。

学校支援員は、自分の中では「とびらプロジェクト」で学んだことの延長なんです。教室の後ろの方で、その子の横にずっといるんです。本当に、ただいるだけ。ほかにできることはあまりない。
そこで、「いるだけでもいいんだ」と心に持てたんですよね。学校って、すべての人が役割をもってその場所にいるんです。だから、私みたいになにもしない人って、すごく貴重だと自分では思ってる。

「とびらプロジェクト」にいたおかげで、そう思えたんですよね。学校支援員は、仕事を探しているときにたまたま見つけたんですが、飛び込むとき、「今の自分だったら、おどおどしないで、ちゃんと自信を持ってその場にいられる」と思えた。

なにもしなくても、いるだけでいい、という気づきが、
「とびらプロジェクト」であった。

越川 例えば「スペシャル・マンデー・コース」では、“サポート”ということをします。サポートの人はすることが具体的に決まっているわけではありません。けれど、鑑賞中に集団から外れてきちゃった子がいたら隣に行ったり、しかもそのときに立つんじゃなくて屈んでみたり。サポートがどれくらい場づくりを意識しているかで、その場の空気もこどもたちの鑑賞自体も変わってくる。
そういう、することがない状態をどう過ごすか、どう自分で定義するのかを、いまはすごく大事にしています。

「スペシャル・マンデー・コース」は、「Museum Startあいうえの」の「あいうえの学校」のなかにある、都内の幼小中高等学校を対象にしたプログラム。東京都美術館の展覧会会場を、主に月曜日の休室日に開室し、鑑賞の授業を行う。このとき「とびラー」がこどもたちの鑑賞をサポートする。

今日もさっきまで「スペシャル・マンデー・コース」に出ていたんです。来ていた子のなかに自由な子が一人いて、ずっと落ち着きがなかったんですが、最後は絵の前でじっと佇んでいた。そういう姿を見ると「おお、いいなあ」と感動します。常に動いていた子が止まっているときには、たぶん心の中がフル回転しているから。

感動する瞬間は、学校支援員をしているときにもあります。私、よく植物を使うんです。全然近くに寄らせてくれない子とか、コミュニケーションが取れない子に、そこら辺で摘んだ植物を差し出すんですよ。こう、下から。それがくると、フワって溶ける子が多くて。自然のものってすごく美しい。存在感があるというか、整理されていない、ちゃんとしたものがある。良いんですよね。たぶん、それが学校の中に足りてないから、気に入ってくれるんだと思う。

学校って、やらなきゃいけないこと、型に入らなきゃいけないことが多くて、入るのにそんなに抵抗がない子はいいけど、嫌な子ももちろんいる。なんでも言葉にして説明するように先生に言われていて、ずっとそれをするのは疲れるだろうなあと。

必ずしも言葉で説明しなくてもいい?

越川 いいと思います。「わー」でも。スペシャル・マンデーのときも、こどもたちはよく言っています。「わー」とか「すごーい」とか。VTS(Visual Thinking Strategies:対話を中心に据えた鑑賞)のように、それを言葉にしていく作業をすれば、感じたことを誰かと共有して、関係をつくりながら作品を観ることができる。けど、一番大事なのはその「わー」ということ。

その「わー」って、学校では全部説明しないといけないんです。作文で原稿用紙に「わー」とだけ書くわけにはいかないので。でも、私がかかわっている子たちは、まずは隣で一緒に「わー」と言っているだけの方がいいみたい。

言葉にせずに、共感するということ。

越川 とびらプロジェクトでも、共感は大事にされている気がします。「こどもに寄り添う」という言葉がよく使われていたかな。「なにかをする」じゃなくて「寄り添う」。私、こどもって嫌いだったんです(笑)。わけがわからないから。けど、いまは好きです。

<つづく>

「こどもを連れて来れる場所に、だんだんなっている」

お子さんを「とびらプロジェクト」に連れて来ていたそうですね。

越川 「とびらプロジェクト」はこどもを連れて行ける場所になんなきゃと思って、娘を抱えて発表とかしてましたね。本当はその方が大変なんです。ベビーカーで電車に乗せて、午前中は上野動物園へ行ってから参加したり。彼女もね、荷物じゃないから。

越川 「『とびらプロジェクト』でできなかったら、どこへ行ってもできない」という認識が、みんなのなかにあったりします。でも、こどもを連れて来るハードルに関しては、やっぱり厳しいと感じることが何回かありました。なんとなく邪魔になってる気がしちゃう。特に講座はみんな集中して受けているので。

でも、それでもめげずに連れて行ってたんですよ。そしたら、だんだん2期の方もこどもを連れてきているのを目にするようになって、スタッフの方も、こどもの扱いが上手になってきている気がして。こどもたちが楽しそうに安心してそこにいて、みんなから「〇〇ちゃん」って呼んでもらっているのを見て、「ああ、だんだんこどもを連れて行ける場所になっているのかもしれない。よかったなあ」と思うこともありました。

卒業してからも「とびらプロジェクト」の活動は続ける?

越川 三鷹で3人組を作って、活動を始めたところです。「とびラー」が一人と、そうではない三鷹に住んでいる妊婦の方が一人。「三鷹アートコミュニケーションズ」という名前をつけて、アートの「地産地賞」、この地で産み、この地ででるというのをテーマにしています。
三鷹って本当にギャラリーが少ない。誰かが「つらいなあ」って感じたときに、すぐ行ける場所にちゃんとアートが開かれているようにしたいと思っています。

つらいときは、アートに触れるといい。

越川 自分もやっぱり助けられてきたので。特に子育てがつらかったとき。専業主婦だったから、24時間一人でこどもを受け入れ続けなきゃいけない状況で、あるとき「もう無理、何としてでも美術館に行きたい!」って、東京国立近代美術館に行ったんです。そのときはこどもを置いて行けたの。作品の前に立ったとき、どおんって最初は息ができなくなって、そのあと久しぶりにちゃんと呼吸ができた気がした。

でも、いま考えると、そんなに頑張って遠くの美術館まで行かなくても良かったんじゃないかって(笑)。少ないけど家の近くにギャラリーあったの。
そのときは自分が好きな作品にしか興味が持てなかったんですよね。「とびらプロジェクト」に入って、VTSでいろんな作品とかかわって、身近な作品とも付き合えるようになった。そしたら三鷹にも素晴らしい作家さんがたくさんいることに気づいたんです。

いまは三鷹を自転車で回って写真を撮ったり、作家さんに話を聞いたりしています。作家さんの奥さんとか、作品をつくらない人にも話を聞きたい。やりたいことのイメージが、だんだん固まってきていています。いろいろとつくるものがありそうです。<おわり>

聞き手・文:吉田真緒
撮影:加藤健、とびらプロジェクト

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