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3期とびラー、タイでボランティアを8年間したクラフト好き
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3期とびラー、タイでボランティアを8年間したクラフト好き
「自分から動きたいと思った」
牧 2015年まで「立教セカンドステージ大学」という、シニア向けの大学のコースに2年間通っていて、そこに「とびラー」募集のパンフレットが置いてあったんです。なんの気なしに見たら面白そうだったので、フォーラムに参加して、応募してみました。本当に偶然でした。
実は私、立教セカンドステージ大学に通う前は、タイにいたんです。JICAってご存知ですか? 国際協力機構。青年海外協力隊は39歳までですが、40歳を超えると「シニア海外ボランティア」という制度があって、それで派遣されていました。1回の期間は2年間で、最終的に4回、毎回面接をして通算8年間タイにいました。
牧 いま私は60歳を過ぎていますが、40代半ばのときに主人の母が病気になって、同居することになったんですね。彼女はちぎり絵とか、革工芸とか、いろんな趣味を持っていて、「あなたも自分の好きなことをやりなさい」と言ってくれていたんです。
彼女が亡くなったあと、自分の時間もできたし、私もいままでやりたかったことをやろうと、ラッピングやカリグラフィーを習い始めました。
そんなある日、たまたまテレビで女性が外国で洋裁を教えているシーンを見たんです。「ああ、こういうの、やってみたいな」と単純に思いました。それが、JICAのシニア海外ボランティアの宣伝でした。
募集していた派遣先はタイの地方都市で、手すきの紙が重要産業でした。それにかかわる人が欲しいということだったから、ちょうど習っていたラッピングやカリグラフィーが役に立つんじゃないかって。
家族はいるし、外国だし、すごく迷いました。でも主人に相談したら、「応募するだけしてみたら」と言ってくれて。合格してからはもうドタバタ! 一歩踏み出したら新しいことが待っていました。
基礎講座にて、新しく入った「とびラー」に自身の経験談を語る牧さん。
それまでは私、自分から動くことってあまりなかったんです。女性ってしがらみがいっぱいあるでしょ? 私は仕事もしていたけれど、昔はいまみたいに女性がキャリアを積むことはほとんどなかったし、やりたいことがあっても言っちゃいけない雰囲気があった。だから自分で自分を縛っていたのかな。
でも、母のことがあって「自分から動きたい」と思って、JICAに参加して、自分が動けばそこから状況が少しずつ変わっていくことがわかった。
牧 もともと美術館は好きだったんです。いままでは、美術館ではアートを見る側だったけど、「とびラー」はお客さんと美術館の中間の立場にあるわけですよね。その視点が面白いと思いました。美術館の事情ももちろんあるでしょうけど、「とびらプロジェクト」に参加することで、美術館に対する「こんな風になったらいいな」を実現できるんじゃないかなって。
<つづく>
「なにかひとつの “もやもや”へ、みんなで向かっていく」
牧 これまでの日本の美術館って、行ってもただ静かに見ているだけで、開かれてないというか。海外旅行でいろんな美術館に行ったとき、「ああ、日本の美術館って堅苦しいんだな」と感じました。「ここでお茶を飲んで、お庭でも見て、その後はさっき見たあの作品をもう一回見に行こう」というふうに、自由に過ごせるような場所には、なっていない。
でも、2012年にタイから戻ってきて、改めて美術館を巡ってみたら、カフェが併設されていたりして、昔よりも美術館が私たちの身近に歩み寄ろうとしているのを感じられた。さらに「とびらプロジェクト」のチラシを見て、「ああ、やっぱり日本の美術館も変わってきているんだな」って。
牧 もっと気軽に行ける場所であってほしいですね。みんな特別展を目当てに行って、それが終わったら行かなくなるでしょ。私は常設展が好きで、学生の頃からよく行くんですけど、特別展に比べると人が少ない。美術館がもっと、「今日はなにもないけど行こう」という場になればいい。行ったらワークショップかなんかがやっていて、ふらっと参加できるとかね。
東京都美術館の東門近くに展示されている最上壽之氏の彫刻作品《イロハニホヘトチリヌルヲワカヨタレソツネ・・・・・・ン》がお気に入り。
「とびらプロジェクト」に参加がてら、上野公園の木々の間を散歩することもある。
とはいっても、「とびらプロジェクト」に応募した時点では、具体的に自分がどうかかわるか全然決めていなくて、「入れたらどうにかなるだろう」みたいな(笑)。面接のときにすごい倍率だということを知って、「もしかしたら無理かな、でもとにかく動いてみればいい」、そんな流れでした。
振り返ると、「とびらプロジェクト」も、やっぱり自分から踏み出したことが始まりになっている。
牧 意外と楽観的だったんですかね。私のことをよく知っている友人なんかは、「あなたらしい」って。「向こう見ずでよく考えないで動いちゃうんだから」と言われます(笑)。
鑑賞実践講座の一幕。相手にアートカードを見せながらファシリテーションをする。
牧 いろんな「とびラボ」があって、面白そうと思ったものには時間があれば参加しているんですが、一番しっくりするのは「缶バッジプロジェクト」かな。
特別展で缶バッジをつくって持って帰ってもらうというプログラムです。例えばモネ展だったらモネ展を見た印象を紙に描いて、その中の一部を缶バッジの柄にする。思いや表現方法はみんな違って、手を動かしながら深まっていく。子供から大人まで楽しんでもらえるし、事前に申込む必要もない。
特別展で得たなにかを、形にして持ち帰ってもらいたいというのが、私たちの思いなんですね。缶バッジはいつも身に着けられるし、つくる過程も楽しい。もともと私はものづくりの過程を通して人とかかわるのが好きなんです。
プロジェクトの中心となるメンバーの人数は5〜6人で、企画の目的が達成されると、プロジェクトは解散します。例えば、モネ展で缶バッジのプログラムを実施したメンバーがいても、ボッティチェリ展ではまた新たに立ち上げる。だいたいいつもかかわっているコアメンバーがいて、そこに新しいメンバーが加わります。毎回ゼロからスタートするところも面白い。
コアメンバーとして他のとびラーに「缶バッジプロジェクト」の説明をする牧さん。
「次の企画展で缶バッジのプログラムを考えてみると、内容はどんなものがよいかな?」ということから、みんなでひとつのなにか見えない“もやもや”に向かっていくんです。いろんな意見を言い合って、自分の意見が通らなくても、「あ、それいいね」と修正していくうちに、どういう内容のプログラムにするか見えてくる。
それで「とびらプロジェクト」に企画書で提案して、更に美術館での調整を経て、いろいろな指摘や意見が戻ってくるから、またみんなで話し合う。
なにかをつくるときに、年齢って関係ないんですよね。私は年はいっているかもしれないけど、だからって意見が通ることはない。問題があれば、ちゃんと「それはダメだよね」と言い合える、フラットな関係もすごくいいです。
<つづく>
「自由度が高い方が、自分に合っている」
牧 そうそう。「大英博物館展」の時に考えたプログラムは実現に至りませんでした。すごく話し合ったけど、時間切れもあったんです。あとは「なぜその展覧会で缶バッジのプログラムをやるのか?」という落とし込みが弱いとか。
実現に至らないとなったときは、みんな落ち込んだんですけど、でも明るいタイプの方たちだったから(笑)。
極端な話、きっと結果はどっちでもいいんですよね。年齢を超えて、なにかひとつの“もやもや”に向かっていくのがいいんです。でも最終的には、缶バッジのプログラムを通して、多くの人に展覧会をより楽しんでもらいたいという思いは、ちゃんとある。
「缶バッジプロジェクト」のプログラム当日。「とびラー」が参加者をサポートする。
特別展に合わせて実施する缶バッジのプログラムに向けて集まるのは、土日にだいたい10回くらい。都合がつく人が来ればいい形式で、例えば企画を練るのは苦手だけど、プログラム当日は来ますという方もいるし、企画は考えたけど当日は仕事で来れないという方もいる。
話し合いが終わって帰ろうとしているときに、何人かは「まだ足りないからもう少しやっていこうよ」となったり。アートスタディルームが使えないときは、上野のカフェに行ったりしながら。
話し合った内容は「とびラー」専用の掲示板でほかのメンバーと共有して、「次回の話し合いはいつです」と伝えると、次回また都合がつくメンバーが来て、続きから進めていく。自由度が高くていいな、と思います。
牧 私はもともと、かっちり決められるよりは、自由がある方が楽なタイプなんです。
JICAの前にラッピングを習っていたとき、教室のメンバーでデパートへ行って、その日お客さんが買ったものをラッピングする機会があったんです。そうすると、現場で細かい材料があまるんですよ。もったいないから、それを使って自己流でラッピングしていたら、先生が「あなたはそこにあるものを活かすタイプね」とおっしゃってくれたんです。基本を守ってきっちり包むのは上手じゃないかもしれないけど、そこにある材料でどうにかする。
その場その場に合わせてやるという意味では、「とびラボ」も同じなんです。集まると、誰がどの役割か決まってなくて、そのときどきで決める。しかも、あなたはこれをやってくださいと指示されるのではなくて、自分からやるんですね。それぞれがスキルを持っていて、例えばパソコンができる人が自然と議事録をとったりする。そういう自由がある方が、私は合っています。
年に4回開催される、障害のある方のための特別鑑賞会。「とびラー」が受付や移動の手伝いをする。
牧 それも結局、自分から動かないと変わらない。
「とびらプロジェクト」って、いつ来てもウェルカムなんです。しばらく間があいても、みんなあたたかく迎えてくれる。だから、疎外感はないんですよ。
でも、自分で壁をつくっちゃったら、ね。悪く思うのもよく思うのも、きっと自分が判断していること。だから、ポジティブでいるのが一番なのかなって思います。<おわり>
聞き手・文:吉田真緒
撮影:中川正子、とびらプロジェクト
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