東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

INTERVIEW

27

千葉 裕輔 さん

特別支援学校と美術館をつなぎ、自分自身も見つめた教員

”とびラー”インタビュー
千葉 裕輔 さん

INTERVIEW

27

千葉 裕輔 さん

特別支援学校と美術館をつなぎ、自分自身も見つめた教員

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「フェルメールは子どもたちのアイドル」

東京都の特別支援学校の先生なんですね。

千葉 東京都の特別支援学校で美術の教員をしています。特別支援学校にはいろんな種類があるんですが、知的障害の子が通う学校で、高校3年の担任です。
都の教員になったときから、ずっと思っていたことがあったんです。東京って、美術館やギャラリーがすごくたくさんありますよね。欧米に旅行して美術館をまわって東京に帰ってくると、「なんだ、全部あるじゃん」と思うくらい、何でも揃っている。
にも関わらず、東京に住んでいる子どもたちは知らないんですよ。修学旅行で行く沖縄のエイサーは知っているのに、地元東京の美術館を知らない。それがすごく残念で、いつか連れて行きたいと思っていた。とびラーになって、学校と美術館を繋げる活動をしたいと考えたんです。
それと、もともと鑑賞はとても大事だと思っていたので、授業でも対話型鑑賞をずっとやっていました。特に、とびラーになってからの3年間は、きちっとやりました。
鑑賞を記録して記憶にとどめるために、子どもたちと段ボールでオリジナルの「鑑賞ノート」をつくっているんですよ。学校って古紙回収してもらうのにお金がかかるので、段ボールは使ってくれるならどうぞってたくさん置いてあります。それをもらってきて、カバーには自由に色を塗りました。
それを踏まえて「Museum Start あいうえの」のスペシャル・マンデープログラムに応募し、2022228日の学校プログラムで都美の『ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展』に、子どもたちを連れてきました。高等部2年生、39名が参加。とびラーが鑑賞の伴走をしてくれて、子どもたちも安心して鑑賞できました。私たち教員の想像以上に、対話もできていました。(※)
このときの実践は、昨年夏に美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修で「美術館と連携した特別支援学校での豊かな鑑賞教育(ホンモノをみる・きく・はなす)」として発表しました。
(※)当日の様子はこちら

引率教員として、当日の子どもたちの様子を
どのように感じましたか?

千葉 私は、言葉にならないことを表現してアウトプットすることが美術であり、造形であり、作品であるとずっと思っています。同時に、美術鑑賞において言葉にすることによって作品の大事な部分が消えちゃうんじゃないのかなとも思っているんです。
でも、たとえば自閉症の方で、そもそも言葉にならない、あるいは言葉を発しにくい方たちにとっては、美術作品をソースにして言葉にするという形の鑑賞は、やはり有効な手立てなんだと思いました。結果的にそれが、自分の思ったことや感じたことを自分の言葉で話すことにつながるんじゃないかと。美術作品を通した対話的な鑑賞は、ただ単に作品を見てその美しさを見つけるためだけではなく、もっと一般の社会における実践的で具体的な力がつく、効果的な方法だという手ごたえを感じました。
このスペシャル・マンデーのあとに、「特別支援学校のスペシャル・マンデーとその後の話をしよう!」というとびラボ(※)を、同期のとびラーさんが立ち上げてくれたんです。
※新しい活動のアイディアがひらめいたら「この指とまれ!」で他のとびラーを3人以上集めてチームをつくり、「とびラボ」を始めることができる。

当日の振り返りだけでは物足りない、
もっと語りたい「何か」があった?

千葉 そうだと思います。
ラボでは私がスペシャル・マンデー後の子どもたちの様子を話して、当日参加して伴走してくれたとびラーが、それぞれの時間を子どもたちとどのように過ごしたか、あるいは臨機応変に対応したことや工夫したことなどの体験を共有しました。時間がたっていた分、深い振り返りができたと思います。
私自身も、子どもたちにまた美術館に来てほしいなと思っていました。だから、とびラーのみなさんや美術館に、スペシャル・マンデー当日やその後の子どもたちの様子を伝えることで、今後のつながりができればいいなと。

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何か、変わりましたか?

千葉 フェルメール、今でも子どもたちの心の中に残っていて、もうアイドルなんですよ。アートカードを見せると、みんな「あっ、フェルメール!」と大騒ぎです。あの日の展覧会には出品されていなかったはずの「真珠の耳飾りの少女」のアートカードを見せても、やっぱり「フェルメール!」って言うんです。多分、光の感じとか、表現の部分で、これがフェルメールの作品だとわかっているんですよね。
Museum Start あいうえの」のミュージアム・スタート・パックでは、上野のミュージアムの缶バッジをもらえます。それを持ってきて、「上野の動物園に行ってバッジもらってきたよ」と報告してくれた生徒もいるんですよ。
学校の意識も変わりました。教員の中には、最初は「子どもたちにフェルメールなんて難しいんじゃないか」という意見もあったんです。コロナ禍の学校行事ですから、施設の安全性への懸念もありました。でも、移動教室とか修学旅行とかのいろんなイベントがコロナを理由に実施できなくなっていく中で、「こんなプランがありますよ、美術館は安全ですよ」と会議に出して説得して、ようやく実現したという経緯がありました。不安はあったと思います。
それが、終わってみたら同僚から「すごく良かった!」「実は面白くならないのでは?と思っていたけれど、実際に鑑賞を通して、生徒が色々な話を生き生きとする姿を見て驚いた」と言われたんです。そして「とびラーさんたちの話を引き出す力がすごかった」と、とびラーのきく力、寄り添う力を高く評価されました。
その後、美術館に対する学校の意識も変わってきたように思います。先日は、東京都写真美術館の方を学校に招いて、特別授業を実施することもできました。

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<つづく>

「とびラーさんはみんな元気だなあ」

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そもそも、美術の先生がなぜとびらプロジェクトのとびラーに?

千葉 美大でデザインの勉強をしていて大学院修了後に特別支援学校の職員になりました。特別支援学校の校種採用なので、これまでも盲学校とか肢体不自由の学校の職員とかを経験してきました。最初は埼玉、次に横浜、そして東京へ。
さすがに今はそんなことないんですけど、仕事はハードで、帰宅は夜中になることもしばしば。次第に職場と自宅との往復だけの毎日になって、これはダメだ、このままでは自分がすり減ってしまうと危機感がつのりました。実際に身体も動かなくなって病気休職、自分にはサードプレイスが必要だと思って、インスタグラムをはじめました。花の写真を撮り始めたんです。
花には勇気をもらえます。花を撮影するときには、自分のほうも太陽の光を浴びますよね。植物は弱い存在で、そこに来る蝶もまた、もろくて壊れやすい。でも、しなやかで強い。美しい花びらはおしべとめしべを守る鎧です。最近レジリエンスっていう言葉が注目されていますけど、まさにそういう癒しを花から感じていたんですね。
で、その写真をインスタグラムにアップしていたら、たまたま東京藝術大学 履修証明プログラム Diversity on the Arts Project(以下:DOOR)の広告が流れてきて、「やってみよう」と思いました。そのDOORの講座で、とびラーさんという存在に出会ったんです。

ようやくとびラーのお話になりました(笑)

千葉 DOORで出会ったとびラーさんはみんな元気で、主体的に活動しているような印象を受けました。
渡邊祐子先生の「人間形成学総論」でとびらプロジェクトがどうやってつくられたのかという話を聞いて、それで自分もやってみたいなと思ったんです。
もうひとつ、学びには、体験を通した学びと、教科的な学習を通した学びがあるんですが、とびらプロジェクトはその両方をやっている。理論と実践をクロスオーバーしながらやっていくというのも魅力でした。

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<つづく>

「なんだかピントが合ってきた」

とびラーの活動は、コロナ禍に翻弄されたのでしたね。

千葉 最初の1年はほとんど活動できなかったような気がします。まだオンラインとかZoomにも慣れなくて。
そんな中で参加していたのがCozy Cozyというとびラボです。英語のCozy、居心地が良いという意味から来たらしいんですけど。「居心地の良さ」ってどんなこと?とか、合理的配慮って何?とか、あと障害者差別解消法や障害者権利条約ってどんなもの?とか。いろいろなテーマでいろいろ話している中で、障害というものに対する自分の捉え方が、ちょっと変化してきたんです。

障害者に関することは、千葉さんのご専門では?

千葉 いえいえ、一緒に勉強していたって感じです。
私は美大のデザイン科出身なので、障害に関することや法律を専門に勉強したわけではなくて、教員になってから現場の中でやってきたわけです。もちろん、特別支援学校の教員免許を取るために勉強はしましたが、どうもなんか、しっかり頭の中に入ってなかった。実はあんまり面白くなくて、理論はしっかり頭にはいっていなかった。試験が終わったらおしまい、みたいになっていて。
それと、障害というものに対する学校の考え方と、地域や社会における捉え方って何か微妙に違う気がしていたんですが、ラボでそういう自分の違和感について、なんだか、ぼやけていたピントが合ってきたような気がしたんです。
特別支援学校では、社会で生きていくために必要なことを指導します。それは、たとえばアマゾンの奥地とかだったら狩りなどの「食べていくスキル」を指すのかもしれませんが、日本ではどうやってお金を稼ぐかということです。
教育現場では、就労がゴールであり目標であり、夢だという考え方が強い。つねに、そのために何を身につけさせたらいいのかということを考えている人がほとんどです。でも、そういう路線を示して応援して、ゴールさせたとして、その夢の責任はだれがとるんだっていう。

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夢の責任?

千葉 結局、ゴールしたあとはその子が自力で頑張って、その子が責任とるわけです。これ、ある意味残酷だなと思っているんです。こういう路線がありますよ、こう行きましょうね、さあゴールにつきました。で、夢が叶ったね、あとは頑張ってね……。それが果たしてその子の夢だったのか、夢じゃなかったのか。もしかすると、こちらが見させていた夢だったのではないのか。
そういう自分自身の中で何となく抱えていたモヤモヤを、一般の人というか、学校とは関係ない人たちと、とびらプロジェクトでは話し合うことができた。
違いを認め、違いを感じあいながら、違う意見の人と話ができる。「聴」という漢字は「聴す」という送り仮名をすると、「ゆるす」と読みますよね。さらに「ゆるす」にはごんべんの「許す」もある。
だから、聴くこと・対話することは「ゆるしあう」ことなんだということが、何となく見えてきました。それができたのが、とびらプロジェクトだったんです。

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とびラーは「ゆるしあえる」仲間なんですね。

千葉 会社にずっと勤めて管理職をしていた方の経験談とか、大学生の切れ味鋭いレスポンスとか。普通に暮らしていたら、あまりそういう人の話を聞く機会もないし、出会いもないですよね。すごく、面白い。
とびラーは、基本、ボランタリーな活動でありつつも、プレミアムな価値に重きをおいて集まっている方たち。本当に多様で、鋭い方が多くて面白いんです。決して、美術が好きな人だけじゃない。人と話したいから来ている人もいるだろうし。
それぞれが生活している場で、自分が生きてきた歴史とか知恵とか、そういうのをちょっとずつお互いに分け合いながら、ここだけで完結させることを条件に話す場。ここだから話せる、そういう安全が確保された場であるからこそ、深い話がしやすいんです。

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だから、自分を見つめることができた?

千葉 そうですね。とびラー同士の対話から、いろんなことを考え、自分を見つめた3年間でした。
私にとって、とびラボには2つの方向性があるんじゃないかと思っています。来館者や外部の人に向けて何かを発信したり、イベントやワークショップを実施したりといった活動することを目指した“doing”=やること)系。もう1つの方向性として、とびラーの仲間だけの場で、たとえば勉強会や見学会、何かのテーマを設定してのミーティング、あるいは「居心地いい場所とは何か」とか「とびラーが存在している理由は何か」みたいなちょっと深い問いをたてて対話をするのが“being”=あり方)系のラボかな、と。さっきお話したCozy Cozy ラボも私にとっては“being”を大事にしていたラボですね。この3年間、私が参加してきたのは、この“being”系が多かった。
だから振り返ってみると、とびラーとして何かのイベントをやったという経験があまりないんです。
ゴールデンウィークとかの休暇の間は「よし、こんな企画をやろう」と思いついたりすることもあったんですが、結局、休みが明けると仕事が忙しくなってできなくて……。もっと時間があれば、自分で「この指とまれ」してとびラボを立ち上げて、もしかすると“doing”系のイベントもできたのかもしれませんが。
開扉する今になって、「この指とまれ」したいな、と思うこともあるんです。
やってみたいのはモノづくり系ですね。とびらプロジェクトはとびラー同士の対話を大切にしていますから、とびラボも、みんなで何度も話し合いながら進めていきます。普段はそういう言葉のやりとりがとても多いので、私の立ち上げるラボでは、みんなと一緒に口だけでなく手も動かして何かをつくってみたい。
うーん、これも、対象はとびラーの仲間ですね。私が立ち上げるとなると、やっぱり“being”を大事にするとびラボになりそうです。

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インタビュー日時:2023315
聞き手・文:只木良枝
撮影:中川正子、とびらプロジェクト

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