東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

INTERVIEW

5

山本 明日香 さん

1期とびラー、家族で会社運営、もとテレビ局勤務

”とびラー”インタビュー
山本 明日香 さん

INTERVIEW

5

山本 明日香 さん

1期とびラー、家族で会社運営、もとテレビ局勤務

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「なにかができる、というフレーズはなくてもいい」

「とびラー」に応募したきっかけは?

山本 もともと美術館に行くことが好きでした。けれど、そこに自分がかかわって発信する側になることは考えたことがなくて。
普通、美術館にかかわるには学芸員になるとか、専門知識を求められるイメージがあったけど、「とびらプロジェクト」はそうじゃなさそうだなって。「それって面白そうだな、じゃあやってみようか」という感じでした。

実際に3年間過ごしてみて、「とびらプロジェクト」では
どういう人を求めていると思いました?

山本 美術館に来た人に「へぇ、面白いじゃん」と思ってもらう。そんな機会の提供を、プロジェクト側は「とびラー」に求めていると思います。しかもなんでもOKというか、「これは(方針に)合致しない」と提案をはじくことはしない。来館者を1万人増やすとか、数値で測れる成果を求めているわけでもない。
美術館とその周辺にまつわることに愛情を持っている人であれば。なにかができる、というフレーズはなくてもいいのかなと思うんですね。

どのようにかかわっていますか?

山本 メインの実践講座は、1年目に「建築」と「鑑賞」を選択しました。1年目は特に講座が多かったこともあり、両方やっていくのがちょっとしんどくなってしまったので、2年目は「鑑賞」だけを。

「鑑賞」講座の様子。「とびラー」になると、年間を通して軸足となる3つの実践プログラムのうち、1つ以上を選択して受講する。プログラムは、対話を通した鑑賞方法を体得する「鑑賞」、障害のある方と美術をつなげる「アクセス」、建築を楽しむ目を持つ「建築」がある。

山本 「とびラボ」では1年目に「建築」をとったこともあって、「建築MAP」をつくりました。

実践プログラムとは別に、「とびラー」がそれぞれやってみたいことを自発的に提案して、小さなプロジェクトを立ち上げていくのが「とびラボ」。「建築MAP」は、東京都美術館に来た一般の方々に、作品を見るだけではなく、建築そのものも楽しんでもらいたいという目的で、さまざまな見どころを紹介した冊子。

山本 普段は家族でやっている会社でイベントの企画・運営をしています。それまでは民放のテレビ局に勤めていました。
テレビ局にいた頃は、まず視聴率を上げるとか、売り上げを上げるとか、絶対的な目標があって、それに対して仕事の進め方を決めていました。「決めたからにはとにかくやる!」ということをずっとしていた。

だから「建築MAP」も、まずはコンセプトを決めて、担当者やスケジュールを決めていくのだとばかり思って最初のミーティングにのぞんだんです。そしたら、みんなやりたいことをただ喋っているだけ(笑)。

でもだんだん方向性が固まっていって、「じゃあやってみますか」という展開になって。私びっくりしちゃって、発言できなかった。なんじゃこの進め方は(笑)。

それで、終わってから話をリードしていた人に個人的にメールをしたんです。「この進め方で期日までに終わるんですかね」と聞いたら、「ここは会社と違って、主婦とか、学生とか、いろんな人がいるから」。「全員の意見を聞きながら進めればいいんじゃないですか」というようなことを言われて。
なるほど、じゃあそれに一回乗ってみようと。

「建築MAP」ミーティング風景。

<つづく>

「自分も受け入れてもらえる存在なんだと、感じてもらえたら」

山本 一回乗ったら、なんだかんだで形になっていったんです。いや、すごい! と思って。しかも、時間はかかったけど、全員が参加している感じがあった。ああでもない、こうでもないと議論を繰り返していると、みんな発言しやすくなる。

会社だと取引先の意向とか、部署の上下関係とかありますよね。そういうことがまったくないなかで、本当にフラットな一個人として、対等に知恵を出し合っていく。こんな物事の進め方もあるんだって、始めて知りました。
最終的には作品はできあがったし、全員の満足度ってこっちの方法の方があるんじゃないかとも感じたりして。いまはこのやり方がなじむ。

制作途中の「建築MAP」。

自分が知っているミーティングの進め方を
押しつけてくるような人はいませんでした?

山本 みんなのしたいことができなくなるほどの人はいませんでした。自分の意見をすごく主張される人とかはいましたけど、そこは受け止めたり、受け流したり(笑)。

回数を重ねていくと、誰がなにを得意なのかがだんだん見えてくるんです。「誰々さんは話をまとめるのが上手だから、ミーティングのときはリーダーシップをとってもらおう。そのかわり、記録は他の人がやろう」というふうに、みんなが察してくる。
結果的にリーダーシップをとる人が出てくるけど、みんなもその人が適役だとわかっているので、「なんであの人がいつも…」と嫌な気持ちになることはなかったですね。

健やかですね。
「建築MAP」以外にも、「とびラボ」に参画されていますよね。

山本 最近は「3年目ゼミ」です。3年で満期を迎えたあと、どういうことをやっていこうか考えながら「とびらプロジェクト」にかかわる。

3年目の「とびラー」が任期満了後の活動について考える「3年目ゼミ」では、藝大教授の日比野克彦氏やスパーバイザーの西村佳哲氏、森司氏による少人数制のゼミが開催される。翌年度以降にそれぞれが独自で展開する活動の立ち上げ準備を進めるなど、アート・コミュニケータとしての仕上げの場となっている。

山本 私の場合は、「養護施設の子どもたちを美術館に呼んで、初めての美術館体験をしてもらう」という企画を、卒業してからもやっていきたい。同じような考えを持っている「とびラー」2人と進めています。

というのも、「とびらプロジェクト」の実践講座で練習した対話型鑑賞(VTS/ビジュアル・シンキング・ストラテジー)に感銘を受けて。

VTS(Visual Thinking Strategies)は、絵の解釈や見方を教えるのではなく、対話を通じて作品を楽しみ鑑賞を深める方法。作品を一人で鑑賞するのではなくて、何人かで対話しながら視点が広がる鑑賞をしていく。

山本 いまの世の中って、仕事で成果をあげなきゃいけないとか、子どもでもクラスで正しい発言をしなきゃいけないとか、評価や〇×を気にしながら生きてる人が多いと思うんです。けど、対話型鑑賞で作品の前に立ったら、正しさは求められない。
たとえば一本の大木を描いた絵を見て、「象の足に見える」とか意外なことを言っても、誰も否定しない。素直に発言できて、それを受け止めてくれるファシリテーターという存在がいる。その環境がすごく素敵だなって。

ファシリテーターは、その人が言いたいことを全身で聞いて、よりわかりやすい違う言葉にして、他の見ている人たちに返す。「こういう見方の人がいました。じゃあ次、他の見方をした人はいますか」と聞いていく。そのときに「面白いですね」とか「いいこと言った!」とか、主観は絶対に挟まないんですよね。
ファシリテーションのテクニックはまだ練習の途中なので、これからも磨いていかなきゃいけない。

福田美蘭展の「見楽会」でファシリテーターを務める山本さん。

養護施設との接点はこれまであったのでしょう?

山本 34年前から、都内のとある養護施設に定期的に物品の寄付をしています。DVなどの事情で親と一緒に生活できない子どもが、そこを家にして学校へ通っている。

一番寄りかかりたい親に拒絶された子どもにとって、自分の気持ちを表現するってきっとものすごく大変なことだと思うんです。なので、対話型鑑賞を経験して、自分が感じたことを言ったときに、それを誰かが受け止めてくれる場があることを覚えてくれたら。なにかプラスになるんじゃないかと。

なんかこう、寂しいとか、辛いというときに、美術館に来てみてもいい。なんとなく周りに人がいて、作品を見る時間の豊かさだったり、対話型鑑賞だったりがあって、自分も受け入れてもらえる存在なんだと感じてもらえたら。一回やってみて、そう簡単にはいきませんでしたが。

簡単にはいかなかったとは?

山本 その施設に住んでいる中学生と高校生4人の女の子を、私たち「とびラー」3人で美術館に招いたんです。まずびっくりしたのが、その子たちがお互いにしゃべらないんですよ。一緒に暮らしているから姉妹みたいな雰囲気を想像していたんですけど。
対話型鑑賞ではみんなでひとつの作品を見るのに、行動がバラバラになってしまって、誰かが作品について話しているときに、他の子は全然違う方を見ていたりとか。

養護施設の子どもたちと。

山本 でもここで行動を強制するのはかえってその子たちにとって苦痛になってしまう。そこで、そのときは「とびラー」が分かれることにしました。2人組になっていた子がいたので、そこに「とびラー」が1人、残りの2人に1人ずつついて、直接受け取る。対話型鑑賞の超凝縮版です。そうするとやっぱり言葉が出てくるんですよね。

みんな楽しかったと言って帰ってくれましたが、違う人の視点を楽しむところまではいかなかった。長いスパンで考えていかなくてはいけないと感じました。

その場でフォーメーションを変えていくのは、
力が求められることですね。

山本 どんな反応があるかわからなかったので、一回目は流れに任せようと決めていました。その子たちが快適だと思ってもらわない限り次がない。とにかく自分たちのイメージ通りになるよう仕向けることはいっさい止めようということだけ、もともと3人で話していました。

<つづく>

「『いいんじゃない、なんでも』という感じ」

以前から養護施設に寄付をしている。
その動機は、どういうところから来ているのでしょう?

山本 なんでなんでしょう…。やっぱり施設の子どもの話を聞いてるとすごく心が痛みますよね。その子の人生を背負うことも、問題を解決することもできないけれど、少しでも自分にできることはなにかって考えて。

自然な発動。

山本 はい。あんまり「こうだから」っていうのはなかったです。

たとえば「とびラー」にしても、無償でされていることですよね。

山本 確かにお金はもらっていないし、時間とエネルギーは結構さいていますけど、そうは言っても、やっぱり場として守られているなかでやっている。

こうして「とびラー」に選んでいただいたからこそ、堂々と都美館(東京都美術館)で活動できる。予算についても、そんなに非常識でない範囲であれば、やっていいよと言ってもらって、ミーティングのスペースを借りたり、細かい話ですけどコピーもさせてもらって、いろんなものを使わせてもらっている。

「とびらプロジェクト」の拠点ともいえる、東京都美術館交流棟2階のプロジェクトルーム。

「とびラー」は、東京都美術館のコピー機や事務用品を利用することができる。

山本 これが満期になって外に出たら、いままで「とびらプロジェクト」だからできていたことを、すべて自分たちでしなきゃいけなくなるので、それを考えると恵まれていると思います。

3年目の満了後をどんなふうに過ごしていきたいですか?

山本 ひとつは、先ほどの施設の子どもとの鑑賞を継続してやっていきたい。あとは、物事に対して、興味があったらあまり構えないでその世界に入ってみて、いろんな人がいても受け止められる幅の広さというか。そういう姿勢は身についたように思うので、持ちつづけられたら。

肩書きも年齢も関係ない、いろんな人がいるなかだと、自分じゃ想像もしなかったことができたり、新しい視点を得られたりする。これは「とびらプロジェクト」で学んだことです。

それから、最初からあんまり考えないようになりましたね。最初から考えすぎると予想外のことが起こったときに「げっ」ってなっちゃうけど、最初からあまり考えていないと平気だということがわかって。
会社に勤めていたときから、私はなんでも完璧にやろうとしちゃうタイプだったので、「とびらプロジェクト」の「いいんじゃない、なんでも」という感じで、すごく楽になりました。<おわり>

聞き手:西村佳哲
文:吉田真緒
撮影(クレジットのない写真):後藤武浩

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