東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

INTERVIEW

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鈴木 康裕 さん

7期とびラー。「笑顔」を絶やさないお茶目な伴走者

”とびラー”インタビュー
鈴木 康裕 さん

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20

鈴木 康裕 さん

7期とびラー。「笑顔」を絶やさないお茶目な伴走者

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「セカンドステージは“美術”でいってみよう」

ご自身のことを教えてください。

鈴木 とびラーになったときに、各期にそれぞれ「鈴木」がいたので、「ヤスさん」と呼ばれています。ビル・ゲイツやMr.ビーンの俳優ローワン・アトキンソンと同じ1955年生まれの66歳、ゾロ目です。製薬会社に38年勤め、2016年に退職しました。

学生時代から歌が趣味で音楽活動を続けていました。演劇、オペラなどをよく観に行っていて、西洋音楽をきっかけにキリスト教のことを勉強していく中で自然と西洋美術への関心も広がりました。転勤で札幌に5年住んだときにアウトドアにも目覚めました。

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定年を目前にして、自身のセカンドステージを考えました。製薬会社に勤めていると調剤薬局や医薬品関連企業に再就職というパターンが多いのですが、長く続けてきた仕事の延長ではなく、もっと別のかたちで自分らしく社会参画したかったのです。とはいえ、75歳くらいまで積極的に社会と関わるとするならば、歌もアウトドアも、体が弱るといつまで続けられるかわからないと思いました。そんなことを考えていた2013年に「美術検定」を受けてみました。翌年の2014年には1級が取れたんです。このことをきっかけに、武蔵野美術大学(以下、ムサビ)の通信教育課程に入学しました。それまで年に数えるくらいしか美術館には行っていませんでしたが、しっかり知識を習得して、「セカンドステージは美術でいってみよう」と決めたんです。

とびらプロジェクトのことはどのように知りましたか?

鈴木 SOMPO美術館で美術ボランティアの「ガイドスタッフ」もやっているんですが、そこでの同期生のなかに3期のとびラーだった方がいて、とびらプロジェクトでの活動のことを「私にとっては宝物だ」と言っていたんです。

美術関連の講座やボランティアの情報については以前から調べていたので、とびらプロジェクトの存在も、倍率がかなり高いということも、知ってはいました。ただその時は、たっぷり勉強をしてムサビを卒業したら、仕上げにとびラーになろうかなという間違った考えをしていたんです(笑)

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とびらプロジェクトに応募したきっかけは?

鈴木 知っていたのに応募しようとは思わなかったのは、とびらプロジェクトの主催に「東京藝術大学」と入っていて、藝大神話というか、東京藝術大学といえば美大の超難関と考えてしまう世代なので、それが敷居の高さにもなっていたのかもしれません。そんな中、20182月に行われた「とびらプロジェクトフォーラム」に、ふらっと足を運びました。「小難しい話が出てくるのかな?」「あの有名な日比野さんがいるじゃん」。そんな軽い気持ちでの参加でした。

実際フォーラムに参加し話を聞いてみると、とびらプロジェクトという本体をどんどん更新しながら、とびラーたちは任期終了後もゆるやかなつながりを持ち続けて各地に広がっているということがわかりました。

美術館のボランティアガイドって期限がないところも多く、先輩後輩とか、どうしても上下関係ができてしまったりするんです。とびラーに任期があることは知っていたのですが、ここはもっと自由に、いろんなことがつながっていくすばらしいモデルだなと感じました。それでもう、迷わず応募しました。

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どのような活動をしていましたか?

鈴木 1年目は、基礎講座に加えて「鑑賞実践講座」と「アクセス実践講座」を取っていました。2年目は「鑑賞実践講座」と「建築実践講座」、3年目は再び「鑑賞実践講座」と「アクセス実践講座」の二つを。私は「鑑賞」から美術への興味が始まっているので、「鑑賞実践講座」は外せなかったです。「アクセス」については、一体何のことだろう?というところからのスタートでしたが、この講座があるということが、プロジェクトの肝だと感じています。

私はつくることが苦手なので、造形活動を中心に行う“とびラボ”ではなく、「鑑賞」と「アクセス」を中心としたものに無手勝流に参加していました。「障害のある方のための特別鑑賞会」は任期中のすべての回に参加しています。「Museum Start あいうえの」のプログラムも出られるものには全部出ました。
*「とびラボ」とは、とびラー同士が自発的に企画・運営・実施するプログラム。詳しくはこちら

<つづく>

「おれがいるからじゃなくて、みんながいるから大丈夫」

「立ち上げない」という関わり方について

鈴木 スタッフやとびラーは驚くかもしれないですが、実は自ら“とびラボ”を立ち上げたことはないんです。あらゆるプログラムに首を突っ込んで参加している中で、1年目は自分がどれだけ貢献できているのかわかりませんでした。何かラボを立ち上げることが生産的なのではないかと焦ったりもしました。でも、“とびラボ”って、対等なんです。参加した時点で、誰かのラボではなくて、みんなでつくるラボになるんです。自分があれやりたい、これやりたいじゃなくて、いろんな人が出してくる面白いことに参加する、そういう関わり方があっていいんじゃないかと気づきました。

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ネームプレートにびっしりとついている缶バッチは、とびらプロジェクトの活動の中で登場するアイテム。

2年目のときに東京都美術館(以下、都美)で開催された企画展『伊庭靖子展 まなざしのあわい』に関する“とびラボ”で、やろうとしたことが大きく変更になって、議論が一進一退するなど、けっこう大変な場面がありました。そのときに、「無駄なことって何もないんじゃない?」って発した自分の一言で場が活気づいたりみんなが団結していく実感があったんですね。これがあるんだったら、やっぱり対等に関われる、むしろそれが魅力だと確信しました。だから、私は自分が立ち上げたわけではなくても、“とびラボ”に参加するときは、絶対引きません。積極的に前に出ていきます。「行きつ戻りつ」は後退ではなく、最後にはいいものができて、「やって良かった!」って、みんなで涙することも知っています。

活動の頻度はどのくらいでしたか?

鈴木 “とびラボ”の活動だけで、土日のどちらかは出ていましたね。回数としては多い方だと思いますが、遠慮なく休めるところもとびらプロジェクトのいいところ。「この間休んだから・・」みたいなつまらないことを言う人はいませんね。

印象に残っている出来事は何ですか?

鈴木 「ヨリミチビジュツカン」という、都美が夜間開館の時間帯に仕事帰りの人がポップインで参加できる“とびラボ”発のプログラムがあったんですが、とびラーになった年(2018年)の7月に開催が決まっているものがありました。5月頃が準備のピークで、基礎講座がまだ終わらないような自分がファシリテータを務めることになりました。ファシリテータ3人のうちの2人が入ったばかりのとびラーで、とびらプロジェクトって本当にフラットだな、なるほどな、と。

SOMPO美術館で対話型鑑賞のファシリテーションの経験があるとは言っても、休館日に主にこどもを対象に行われていたので、開館日に仕事帰りの人を対象に行う今回とは状況が異なっていました。とはいえ、周りに人がいても鑑賞への影響もなく、予想以上に当日は参加者からの反応がよく、うまくいった手応えがありました。
*「ヨリミチビジュツカン」は、2013年にはじめて開催され、仕事や学校帰りに、気軽にふらっと美術館に寄り道してほしいという思いから、金曜夜に不定期に開催されてきたプログラム。

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とびラーの活動もさることながら、展覧会ファシリテータの「フロシキー」にもなったのですよね?

鈴木 とびラー1年目、「BENTO おべんとう展―食べる・集う・つながるデザイン」で、「フロシキー」と名付けられた展覧会ファシリテータとして関わった経験が強烈でした。モノではなくコトを見せる現代美術のファシリテーションは初めてでしたし、任期満了したアート・コミュニケータやとびラーではない一般の応募者の方々など、多くの人と関わることができました。フロシキーの活動をきっかけにとびラーになった人もいるんですよ。会場で大塩あゆ美さんの作品のエピソードを見ながら泣いている人がいたり、マライエ・フォーゲルサングさんの作品で短冊を見ながら「母のことを思い出した」と話してくれる人がいたり、コトを展示するってこういうことなのか、と。

また、「障害のある方のための特別鑑賞会」への参加も、車椅子の動かし方すら知らなかったところから始まりました。美術館でこうした取り組みがあるということは本では読んでいたけれど、実際に美術館でやっている場面を目にして感動しました。障害とはなんたるかを考えるきっかけにもなり、その後は毎回欠かさずに参加しています。

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活動の中で、大切にしていることは?

鈴木 まずは「笑顔」ですね。その上で、とびらプロジェクトでは「飲み込まないで出す」ということを大切にしています。みなさん、基本的に「受け止める」というスタンスがあるので、だからこそ心がけていることです。企画書が通らないとか、うまくいかないこともたくさんありますが、まわり道になってしまうような場面でも、遠慮したり我慢したりせずに、つまり飲み込まずに発せられた一つ一つの意見があることで最終地点にたどり着けるんです。意見を出される側が否定的に受け止めないようにするためにも「笑顔」は大事だと思っています。
おれがいるからじゃなくて、みんながいるから大丈夫。そう思って活動できることも大きいですね。

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<つづく>

「思考停止・行動停止という言葉はとびラーの辞書にはない!」

コロナ禍での活動について聞かせてください。

鈴木 活動の2年目(2019年)の後半はムサビの卒論があって、半年ほどは活動に参加できませんでした。卒論を書き上げて、活動を再開できるというときに新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の拡大で集まることができなくなりました。そんな中、世の中の人たちがオンライン会議などのシステムに慣れていない状況のときに、6期の開扉式で、とびらプロジェクトでは百何十人のZoom(オンライン会議システム)をやったんです。
*とびラーが3年の任期を終えることを、「新しい扉を開く」意味を込めて、「開扉(カイピ)」と呼んでいます。

はじめはみんなやり方を調べながらでしたが、新年度には間髪入れず「ZoomVTSVisual Thinking Strategies)やってみようか」という声が出てきました。コロナの影響で予定していた「VTSフォーラム」という“とびラボ”ができなくなってしまったけど、オンラインで開催する「VTSフォーラム・リターンズ★」という新たなラボとして立ち上がり、ものすごいうねりになりました。Zoomの画面の中で、家にあるものを使い登場人物をまねて作品世界を再現する「おうちでものまね都美術館!」など、楽しみながらコミュニケーションをとっていく“とびラボ”も有効でした。特に、コロナ禍に入ってきた9期のとびラーは仲間のことを知るのに欠かせない時間だったと思います。
VTSVisual Thinking Strategies)とは、とびらプロジェクトの鑑賞実践講座の中で扱っている、複数の人が思考を共有しながら作品を鑑賞する方法。とびラーは講座の中でファシリテータとしてのふるまいを学び実践する。

コロナ禍でわかったこと。

鈴木 「思考停止・行動停止という言葉はとびラーの辞書にはない!」ということがわかりました。コロナ禍での活動の中で、オンラインでやっていくためのプラットフォームの原型が見えてきたんです。VTSのほかに、「とびらプロジェクトフォーラム」だってZoomでできてしまい、ハイブリットなチャンネルが出来上がりました。ピンチを糧にまた一つとびらプロジェクトが進化しました。

ただ、オンラインだといつでも活動できちゃうので、平日の21時〜22時のラボとか、朝8時〜9時とかもあって大変でしたけどね(笑)

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とびらプロジェクトの魅力とは?

鈴木 ここでの活動が「開扉」の仕組みのおかげで、3年周期で生まれ変わっていく、変わり続けているところでしょうか。もともとそのことに魅力を感じてとびラーに応募しましたが、「卒業」=「さよなら」ではなく、「扉を開いてちょっと別の部屋にいく」。特別鑑賞会のような開扉後のアート・コミュニケータが関われるチャンネルもあって、つながろうと思えばいつでもつながれるんです。

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開扉後の予定は?

鈴木 住んでいる世田谷の区立小学校には新BOPBase Of Playing)という学童クラブのようなシステムがあるんですが、そのプレイイング・パートナーに応募して現在活動しています。アートとは直接関係ないのですが、もっとこどもたちと身近なところで関わりたいと思ったからです。また、開扉したとびラーの方との連携を通じて、港区の小学校で学習支援・介助員という道も開かれました。とびラーになっていなかったら、どちらもやっていなかったでしょうね。

「鑑賞」や「アクセス」の講座をきっかけに視野が広がったので、今後はその二つを軸足に活動をしていけたらとは思っています。ただ、ここでの経験を直接的に生かすには、別のプラットホームとつないでいくなどの必要があることも課題です。今は無理にそれをするのではなく、コミュニケーションのチャンネルを増やしていくことで、自分自身の経験値を上げていきたい考えです。そこから必ず次のステップが生まれるでしょうから。

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こどもが大好きな鈴木さん。撮影の日に偶然通りかかったスタッフのお子さんともあっという間に仲良くなっていました。

とびラーになりたい人へのメッセージ

鈴木 自分の人生観とも重なりますが、とびらプロジェクトの活動は、すべてにおいて無駄なことがないんですよね。企画がうまくいかないとしても一人ではないので、辛さは分散できるし、楽しいことは倍増する。少し勇気を出して扉を開けてみると、3年後には必ず別の景色が見えるはずです。みんな違いがあって、そのいろいろな違いのある人たちを受け入れる大前提があるので、安心して応募してほしいです。

インタビュー日時:2021324
聞き手・文:米津いつか
撮影:中川正子

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