東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

INTERVIEW

12

佐藤 絵里子 さん

現役藝大生の4期とびラー

”とびラー”インタビュー
佐藤 絵里子 さん

INTERVIEW

12

佐藤 絵里子 さん

現役藝大生の4期とびラー

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「今からはじめたらちょうどいいな」

東京藝大の学生さんですよね。

佐藤 学部4年生のときにとびラーになったので、とびラーも大学院もこの春で卒業なんです。
高校時代には現代アートのアーティストになりたいと思っていたのですが、でもいきなりファインアートを目指すんじゃなくて、その前に自分に足りない知識や作法を学ぼうとデザイン科に入学したんです。それが在学中にだんだん変わってきて、学部3年生の頃には、自分でモノをつくるよりも、すでにあるものを人に伝える、キュレーションというか、コミュニティをどうデザインしていくか、みたいなことに興味がうつってきていました。
3年生の11月に西村佳哲さんの集中講義が大学であったんですが、その時に西村さんが「4か月後にとびラーの募集があるよ、藝大生、これやってみると面白いと思うよ」って宣伝されていたんです。そこではじめてとびらプロジェクトのことを知りました。となりの藝大にずっといたのに、実は知らなかったんです。
もともとミュージアムで働きたいと思っていました。そのための準備としての選択肢にインターンもあるけど、とびラーのほうが自分の興味があることを深く知るためのヒントがたくさんありそうだと。大学院に進学しようと考えていたので、学生生活の最後の3年間でとびラーをやってみよう、今からはじめたらちょうどいいなと思ったんです。

佐藤絵里子さん画像1

どんな活動をしましたか?

佐藤 とびラーをはじめる前は、こどもと一緒のワークショップとかを考えていました。たとえばピクニックみたいなワークショップのとき、もし雨になったとしても、参加者の気持ちの持ちようでワークショップはいいものになるんじゃないかと思っていて。雨だから中止じゃなくて、雨なら雨の楽しみ方っていうのがあると思うんですけど、そういう提案の仕方をしていきたいと思っていました。それを面接で話した記憶があります。
基礎講座ではすごく大切なことを学んだと思っているんです。本当に意味があったな、自分の人生がもしかしたらちょっと変わったかもしれないっていうくらいです。
特に、西村さんの「きく力」ですね。人の話をよく「きく」っていうことなんですけど。すでにあるものを人に伝えるときに、そのものの価値を損なわないためには自分の色眼鏡で見ないこと、とか。話をしているときにやってはいけないこととか色々教わるじゃないですか。先回りしないとか、相手の話を聞いてるふりをして聞いてないとか。
この講座を最初に受けて、よかったと思いました。とびラーのなかで対話に関するそういう共有のルールができたことで、その後のコミュニケーションがとりやすかったですね。
あとは、稲庭さんから聞いたVTSVisual Thinking Strategies)の話が印象に残りました。実はVTS、それまで知らなかったんですよ。美術の勉強しているのに。藝大では、みんな作ることしか考えていないのかもしれません(笑)。
3つの講座のうち、建築実践講座は3年間続けました。あとはアクセス講座。鑑賞実践講座は、月曜日なので大学の授業の関係でずっと参加できませんでした。
建築実践講座はずっととっていたのに、都美の建築ツアーガイド、結局できなかったんです。サポートには何回も入ったんですけど。ガイドデビューの前に確認があるんですが、忙しくてその準備ができなくて。これ、1年後くらいに「やっておけばよかった」と後悔するのかもしれません。
あとは、建築実践講座から生まれた「これからゼミ」の藝大ガイドツアーですね。こちらはガイドもちょっとやりました。当時から大学で活動していた藝大保存林(東京藝大上野校地内に残る武蔵野の原生林を再生するプロジェクト)のことや、自分たち藝大生の学生生活の様子も織り交ぜて、藝大のことを好きになってほしいなと思いながら、ツアープランをつくりました。

佐藤絵里子さん画像2

とびラーにはさまざまな年齢層の人がいますが、
若いほうですよね。

佐藤 自分ではあまり年齢のことは意識していなくて、30代の人たちと同じチームくらいのつもりでした。建築実践講座のグループワークで建築見学に行ったとき、おじさんふたりと私という謎のチームになったこともあります。とびラーのみなさんはとても優しくて、逆に年齢とかあまり感じないように接してくれているのかなって感じていました。
藝大にいると、たとえばデザイン事務所に就職することを目指していたり、アーティストになったり、みんなだいたいデザインに関わって生きていく方を向いているのですが、ここに来ると全然違う分野の人と話せます。普段なら出会えない介護職の人とか。そういう、年齢も職種もごちゃまぜの多様な人たちのなかで自分が伝えたいことがあるときに、どういう言葉を選べばより相手とコミュニケーションしやすいか。そういうことを、この場に来て学ぶことができました。
以前は、私の言葉ってこの人に通じているのかな、理解してもらえるかどうかわからないな、みたいな怖さがあったんですけど、落ち着いて順を追って説明すればちゃんとわかってもらえるんだと。まだ全然完全ではないけど、とびラーになる前に比べて、大人の人と話をするのが怖くなくなりました(笑)。

佐藤絵里子さん画像3

<つづく>

「かかわっている人の役割が、うまくはまっていた」

どんなとびラボに参加していましたか?

佐藤 「学芸員カフェ」。立ち上げからかかわっていました。都美の学芸員さんを毎回お招きして話題提供をしてもらい、後半は参加者であるとびラーを交えて語り合うという会です。テーマは、その学芸員さんが担当した展覧会だったり、専門分野の話だったり、毎回変わります。
これはとびラー生活の中で一番楽しかった。毎回、とびラボの開始が告知されるとわくわく、みたいな。ほんとにいいとびラボだったと思っています。
このとびラボにかかわっている人の役割が、うまくはまっていたんです。プログラム全体をディレクションする人がいて、当日のファシリテーションをする人がいて、プログラムのカフェ看板を描く人、資料を用意する人、お茶もお菓子もいつの間にか誰かが用意してくれて。当日の雰囲気も和やかでとてもよくて、毎回期待して行って期待以上のものを持って帰れるっていう感じでした。

佐藤絵里子さん画像4

佐藤さんの特製看板が人気でした。

佐藤 私は毎回の話題をモチーフにした看板をつくって、当日会場であるアートスタディルームの入口に飾っていました。とびラーの掲示板の告知にも使ったり。終了後は、登場してくださった学芸員さんに、記念にプレゼントしていました。
学芸員さんとは事前にカフェの打ち合わせをするのですが、その内容を手掛かりに漠然としたイメージをつめていきます。私は普段は立体作品を作っていますが、作品づくりの出発点は平面だったので、色を決めるのも得意なんです。
カフェのテーマになる展覧会のイメージから作る場合と、来ていただく学芸員さんのイメージから作る場合があって。自分の中で持っている一人ずつの色のイメージを手掛かりに、詰めていきました。漠然としたイメージを可視化してみる、みたいな感じですね。
ちょっと変な言い方だけど、すごいラフな気持ちで作っていたんです。最初からイラストレーターのソフト上で、ちっちゃいサンプルみたいなのをポンポンポンって。その中から好きなのを選んで、それをさらに良くしていく。この作業、毎回ほんとに楽しんで作成していました。自分の持っている力をすごい頑張って出すって感じでもなくて、ちょっとしたサポートみたいな気持ちでした。だからすごく関わりやすかった。
そして、当日のカフェの場が本当にいいものになっていたので。参加者のとびラーのみなさんも、学芸員さんのお話聞きたいっていうのはもちろんだけど、学芸員カフェっていうとびラボ自体のファンになってたんじゃないかなって思います。私がそうだったんですけど。
そういえば学芸員カフェの最終回はすごいことになりました。稲庭さん、河野さん、熊谷さんの学芸員さん3人迎えてグランドフィナーレ、参加者も多くて、しかもテーマがキュッパ展!

佐藤絵里子さん画像5

キュッパ展は、やはり思い出深い?

佐藤 キュッパ展は、私がとびラー1年目の夏に都美で開催されたんです。あたりまえのものを見ることで、どれだけ人が救われるかというか。心の糧になるような体験をさせてくれる稀有な展覧会だったと思います。しかも、結果的にそうなったというのではなくて、最初からそういう狙いでやっていた展覧会だったっていうところがすごいですよね。今ここでこうして話していても、胸が熱くなってくるくらい。
会期中に5回くらい行きました。ずっと後になって、キュッパ展についてまとめた冊子を見たときに、改めてググラン(キュッパ展の会場で鑑賞のサポートをするファシリテーター)の存在が大きい展覧会だったんだなあと思いました。
でも、私はググラン、やらなかったんですよ。やってみればよかったと今でも後悔しています。当時学部4年生だったので、どうしても卒業制作のことが気になっていて。その頃まだ何を作るかも決まっていなかったので、早く決めなきゃとか、ググランとして活動する時間が多くなって制作時間がとれなくなったらどうしようかとか、漠然とした不安があって、躊躇してしまったんです。もしググランをやっていたら、もっと展覧会に近い距離で関われたのに、ちょっと無理してでもやってみれば良かったかなって今でも思っています。

佐藤絵里子さん画像6

<つづく>

「実感としては1年半くらい」

ちょっと心残りもあるんですね。

佐藤 やり残したことはほかにもあります。とびラボを自分で立ち上げて動かすことはできなかったんです。すでにあるとびラボにサポートで加わるのはいいんですけど、自分でやるのはちょっと苦手で。
最後の年は、修了制作が大変すぎて、しばらくお休みさせていただきますという風に休止の報告を掲示板に投稿して、9月から半年くらい活動休止していました。
大学に行くときに上野公園を通るのですが、そのときにアートスタディルームの窓が見えるんですよ、そこの道から。で、電気がついてたりすると、「あー、今日も誰かが活動しているー」って思って。「わー、えらいーすごいー」って。私はとてもじゃないけど顔を見せられないな、みたいな(笑)。

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3年間は長かったですか?

佐藤 実感としては1年半くらいですね。休んでいた期間もあるので。
もし、1年につきあと2回ずつでも出席日を増やしていたら、何か違ったんじゃないかなと思っています。その場その場で出会える人も違うし、天気も違うし季節も違う。だからもうちょっと頑張ってたら、もっと大きいもの得られたかもなーっていう気持ちはありますね。
キュッパ展のググランもそうでしたが、活動に対して、意味もなく消極的になっていたところもあって、もったいないことをしたなあとも思っています。遠慮だったり、「行ったらちょっと大変かも」みたいな杞憂だったり。「やっておけばいいじゃん」みたいに踏み切れずに、ちょっと遠慮してしまっていました。
それと、若いうちに経験できて良かったという気持ちと、自分自身がもうちょっと人として成熟してたらもっと色んな楽しみ方ができたのかもっていう、両方の気持ちがあります。まあでも、それ以上にやって良かった気持ちの方が今は強いんですけど。
年齢が上の方は対応がきちんとしていて、基本的な振る舞いとか、参加の仕方とかも、さすがだな、かなわないなと感じていました。でも、社会人になってから自分がとびラーをやれたかどうか、それはわかりません。

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3月でとびラーも大学院も卒業。
4月から社会人ですね。

佐藤 修了制作は、ずっと関わってきた藝大保存林とかアートコミュニケーションとかの要素がつまった参加型作品です。とびラーの活動の集大成のようになりました。
卒業後は、ソーシャルイノベーションの基盤づくりをしているNPOで働きます。社会的に影響力を持つリーダーに対するリサーチやインタビューのなかから情報を抽出して、このような知見が導きだせますよということをアウトプットする仕事です。リサーチのアーカイヴって、基本文字情報ばかりなので、私がそれを視覚化して整理していくことを期待されています。
とびラーを卒業して、今度はここで自分の考え方をどんどん成長させたい。どういう風に変われるか、楽しみです。<おわり>

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聞き手・文:只木良枝
撮影:中川正子、とびらプロジェクト

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