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最年長の70代。5期とびラー
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最年長の70代。5期とびラー
「ひとつひとつが驚きというか、感動的でした」
西澤 教員を定年退職して、ずいぶん経ちます。
退職後、それまで学校と家との往復で、地域とあまり関わっていなかったことに気づいたんですね。地域に関わろうと考え、住んでいる町田市の生涯学習センターまつりの企画運営などに携わるようになりました。それから、町田観光コンベンション協会の養成講座を受講し、「まちだ観光案内人」にもなっています。
いまも町田に住んでいますから、東京都美術館まで片道2時間弱かかるんですね。多い時は週2、3回程来ていますが、交通費もばかにならない(笑)。
西澤 もともと、博物館とか美術館が好きで、若い頃からよく通っていました。
仕事を退職して、自分の趣味みたいなものを始めたときに「東京国立博物館ボランティア」になりました。東京国立博物館(以下 東博)のボランティアも、活動期間が3年間なんです。その活動の任期が終わった後にとびラーになった方が何人かいて、それで知りました。でも、はじめて聞いたときは、実はピンときていなかった。とびラー、とびらプロジェクトというものを、よく知らなかったんですね。
とびらプロジェクトの中で「対話による鑑賞」というのがあるというのは聞いていたんですよ。そういうのは、知識的には知っているし、いろんな美術館でガイドツアーに参加していたので、実際にやっているところに出会ったこともある。
東博では、僕は彫刻と浮世絵と考古の自主活動グループに参加していました。作品の解説をする、いわゆるガイドです。それとはまた違って、対話による鑑賞というのはいいなあ、これからはそういう時代だよね、というふうには感じていました。
当時は、その程度の認識で飛び込んじゃった、というのが本当かもしれませんね(笑)。
西澤 飛び込んでみて、ひとつひとつが驚きというか、感動的でした。
たとえば、「障害のある方のための特別鑑賞会」(以下、特別鑑賞会)。それに関わったときに、ああ、そうなんだ、と。たくさんの方が来館する。それをサポートするとびラーもたくさん関わる。その当日の運営のために、いろんなことが細かくきちっと準備されている。どういうところにどういう配慮が必要かとか、注意点や工夫の必要な点とかね。それがすごいんですよ、とびらプロジェクトは。僕で5期目で、それまでの4年分の、そして今では7年分の積み重ねがある。
ほかのプログラムでもそうです。導入からどういうことをやって、どう終わるか、それぞれの活動はどういう効果があるのか、きちっとできている。それも、1回1回できている。いつものとおりだから、とならないんですね。修正していく能力があるんです。毎回振り返りをして、今日はどうだった、ああだった、ここはこうしたらいいよねというのを、しっかりみんなで出し合う。それが次にちゃんと活かされている。それが毎回積み重なって、プログラムが少しずつよくなっているのを感じるんですね。
西澤 10代から70代までいろんな人がいます。とびらプロジェクトの魅力の1つは、若い人、学生さんから30代、40代が少なくないことですね。5期は、僕が一番年上でした。それで一緒にやっています。
前の職場である学校ではずっと、さまざまな年齢の方々がいましたけど、退職後はやっぱりシニアに偏りがちで、幅が狭い。でもここはいろいろな年齢、いろいろな立場の人がいて、それぞれの知恵や感性が出てくる。そこがすごいところです。そうすると、いろいろ発見がありますよ。ああ、そうなんだ、と。あ、こういうところにこういう知恵があるんだって。そういうところ1つ1つが僕は勉強だと思っています。
<つづく>
「ひとりの、その子と私、というのが生まれていく」
西澤 いちばんは、「Museum Start あいうえの」のスペシャル・マンデーなどで小学生たちとした活動です。
一緒に見ているうちに、作品を前にして湧き上がってきたもの、自分の想いとかを素直に出してくれる。嬉しいですね。表情も、ふつうにしている表情と違うんです。やっていて、輝いてくる。いきいきしてくるんです。それに寄り添う。それがいちばんでしたね。ほかにはない喜びがある。
ガイドの経験はありましたが、対話をしながら鑑賞するというのはまた全然違うんです。とびラーが最初に受ける基礎講座では“きく力”と言って、「人の気持ちをいかにきくか」について考える回があります。基礎講座のあと、鑑賞実践講座でVTS(Visual Thinking Strategy/対話による鑑賞の方法の一つ)を教わって、実際にやっているうちに、そのことが本当にわかってきました。
小学生だから、上手に言えないことも、もちろんある。でも、そこをしっかりきく。きいて返してあげる。そうするとね、また出てくるんです。小学生にしろ、ひとりの個人の想いや、感性に寄り添える。本当にひとりのね、その子と私、というのが生まれていくんです。この喜びや楽しさは、立ち会ってみないとわからない。
対話による鑑賞というのは、単に質問して、答えて、どうですか、ああそうですか、とか、そういう表面的なことじゃないんです。もっと深いところがある。それは大きくいえば、美術鑑賞の、「鑑賞」のところをお手伝いしているということになるのかもしれません。
<つづく>
「変わったというか、押されちゃった」
西澤 これまで自分のなかでは、障害のある方に何かをやるっていうことに対して、随分敷居が高かったんです。立派な人たちががんばってやっているよね、みたいな。でもここにきて、ずいぶん変わりましたね。
いま、東京藝術大学の「Diversity on the Arts Project(愛称:DOORプロジェクト)」の講座も、受講させてもらっています。もう、目からウロコでした。ダイバーシティ、多様性、いろんな人が共生する社会の、実践論なんです。習ったことを、机上の空論で終わらせないで、あなたたち、やりましょうよ、という。そこのところを聞くのはすごく自分のためになる。
特別鑑賞会とか、アクセスの講座とか、DOORプロジェクトの講座を受けて、変わったというか、押されちゃったのかな。そっちのほうへの関心が高まった。実際に僕も携わることに、気持ちがいきました。ここだけじゃなく、外で。とびラーの任期が終わった後に、何か僕が社会の中でできないかと。
それで決断して、去年、音訳ボランティアの講習を受けました。年配になってから目が不自由になった方のなかには、点字ができない方もいる。そういった方たちにも、文字情報を音声情報にして提供するボランティアです。4月から、その活動をはじめます。町田の音訳グループで、市の広報誌やタウンニュースなどの音訳を、定期的にやっていきたいと思っています。
西澤 たぶん、もともとあったんでしょうね。たとえば、排除することについて。老人だから、障害があるからここに入っていなさいというのは、なんで?と思っていましたから。そうじゃなくて、一緒に暮らしていこうじゃないかって。そうすると、いろんな問題も起こってくるかもしれないけど、その問題はその都度一つずつ解決していけばいい。その人たちを隔離して、私たちは違う世界で生きていくっていうのは変じゃないかっていうのは、思っていました。
でも、それはどうやったらできるの?っていうのがありますでしょう。
そこのところで、アートっていうのを切り口にできるっていうことと、もう1つは、福祉とか介護の世界そのものがアートなんだっていう感覚。そういう人たちと何かをしようと思って活動をすることが、すでにアートなんじゃないかという感覚ですよね。そういうふうに考えることができなくはないなっていうのがわかってきたんです。それは、人が書いた本を読んでいたんでは、ちょっと気がつかなかったなあと思いますね。
そういう思いになると、とびラーとしての活動も、3年間では短く感じます。
西澤 「大風呂敷を実現できる」かな(笑)。
ここは、これから先の、50年後、100年後の美術館のありかたを考え直させてくれるようなところ。それを、実践をとおしてやっていくことができるって、すごいことだと思います。やっている活動のひとつひとつを深く考えていくとそこにつながる。
プログラムに参加して楽しかったよってだけじゃない。本当に世の中を動かしちゃうかもしれないよ。それだけのものがあるよって伝えたいですね。
それだけのものが、このプロジェクトのなかにはある。おもしろいよって。
西澤 まずひとつの柱は、「地域で活動すること」ですね。生涯学習センターでの活動はずっとやってきているので、そこの周辺にいることはたしか。それと、もうひとつ。先ほどの音訳のボランティアなどで障害のある方たちに関わることも考えています。
そこにダイバーシティが関係してきて、障害のある人たちだけって考えないで、ひきこもりの人も、おじいちゃんおばあちゃんも、できれば子どもたちだって来られる場を作れたらいいよねって。で、ちょっとお茶がのめて、いろんな話ができて。そういうところができないかと。実は明日も、あるカフェの見学に行く予定です。そこは公民館にあって、障害のある方もない方も一緒にお店をしているんですね。そこで、どういうふうに今のかたちを作り上げてきたのか、金銭面はどうなっているのか、もし町田に持ってくるなら、どこに気をつけたらいいのかなどを聞いてこようと。そういった知恵をこれから集めて、もう実際に町田で立ち上げちゃおうって思っています。生涯学習センター、音訳、それからカフェとなると、けっこう忙しい(笑)。<おわり>
聞き手・文:井尻貴子
撮影:中川正子、とびらプロジェクト
〝ゼロ期〟とびラー、主婦、2度目の大学生
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