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人と人をつなぐ回路をつくる、プログラムオフィサー
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人と人をつなぐ回路をつくる、プログラムオフィサー
「ここに来て、仲間が増えた」
鈴木 「Museum Start あいうえの」というプロジェクトの「プログラム・オフィサー」として、学校と連携するプログラムを主に担当しています。東京藝術大学での肩書は特任助手で今年で着任して4年目です。
「Museum Start あいうえの(以下Museum Start)」は、「ミュージアムでの特別な体験をすべてのこどもたちに届けたい」という思いから始まった、上野公園にあつまる9つの文化施設による、新しい学びの手法を取り入れたプロジェクトです。
その「Museum Start」で、子どもたちの冒険のパートナーとなるのがアート・コミュニケータ「とびラー」。とびラーはこどもたちに寄り添い、はじめてのミュージアムでも安心して楽しみ学べるようにする重要な役割を担っています。とびラーのみなさんにとっては、講座で学んだことをまさに実践する場の一つが、「Museum Start」です。「Museum Start」と「とびらプロジェクト」は車の両輪のように密接に連動していることもあり、私はとびらプロジェクトの鑑賞実践講座もあわせて担当しています(2018年度当時)。
鑑賞実践講座は、対話を通して作品を楽しみ、鑑賞を深める手法を学ぶ講座で、人と作品をつなぐ場づくりを学ぶ講座とも言えます。講座は年間を通じて8回ほどありますが、東京都美術館の学芸員の稲庭さんやこの講座の講師をお願いしているNPO法人芸術資源開発機構(ARDA:アルダ)代表理事の三ツ木紀英さんと共に内容を練りながら組み立てています。「作品と出会う体験が楽しく学びが大きいものにするにはどうしたらよいか?」を考えてみると、参加者がまずはじっくり作品を観察し、そのあと参加者同士が対話をしながら作品を見ていく体験が有効で、ファシリテータがいて複数の参加者が一緒に作品を鑑賞する場づくりを講座でも取り組んでいます。講座は、2018年度で7年目を迎えました。その間、内容も少しずつ変わってきました。私が関わり始めたのは4年目で、ちょうど、とびラー1期が任期満了した年でした。同時に、課題も見えてきた時期でもあります。実践の場である「Museum Start」のプログラムで、とびラーが豊かに活動できるようになるには、講座内容をどう組み立てればいいのか。ファシリテーション力を持続させるためにはどうしたらよいか、とびラーにモチベーションをもって取り組んでもらうためにはどういう声かけをしたらよいか、といったことをひとつひとつ検討し、変えていったんですね。その結果、少しずつうまくいっているなと思えるようになったのが、この一年でした。
鈴木 前職は、神奈川県立近代美術館(以下神奈川近美)で非常勤の学芸員をしていました。大学院の修士課程を修了してすぐに入ったんです。そこでは、教育普及を担当し、学校との連携や、団体来館の対応、ワークショップや講演会の企画運営などを行っていました。神奈川近美の私の前任者が実は「とびらプロジェクト」や「Museum Startあいうえの」を立ち上げた東京都美術館学芸員の稲庭さんだったんですね。その稲庭さんに声をかけていただいたのが直接のきっかけです。
鈴木 学校との連携ということでは前職での経験をいかせる部分もありました。でも、全然違ったのは、とびラーの存在です。前職では、例えば学校に出かけていけば、自分自身がエデュケーターであり、ある意味アート・コミュニケータとして働いていました。だけど東京都美術館には、とびラーというアート・コミュニケータがいる。スタッフとは違う立場で、子どもたちと関係性をつくる人たちがいるので、自分が考えていることをどうやってとびラーと共有し、活動を組み立てていくか、とびラーと同じまなざしを共有するにはどのようにしたらよいのか、最初の1年目は戸惑いつつでしたが、そこにこそやりがいを感じました。
もうひとつ違いとしては、前職では美術館の学芸員という立場でしたが、いまは東京藝術大学の特任助手という立場です。前職でも、人と人をつなぐ回路づくりを美術館側でしていましたが、今はまた違う立場から、より専念して運営をする仕事に変わりました。
鈴木 前職では、自分も含め1人または2人の学芸員で40人くらいの子どもたちに接していた。でもここには、とびラー、アート・コミュニケータが100人以上いる。ひとつのプログラムでも、参加者と同じ数くらいのアート・コミュニケータが集まる。とびラーが、こどもたちの体験をより豊かにしてくれているのを感じます。
それから、私にとっては、とびラーのみなさんは「仲間」だと感じています。ここに来て、「仲間が増えた」という感覚があります。「美術館でこういう場が生まれるといいよね」とか、「こどもたちにこういう経験をしてもらえたらいいよね」という考えを共有できる仲間。彼らが3年で任期満了してここを出ていっても、社会のなかでつながっていられる。美術館を介したネットワークが社会にひろがっていて、何かやってみようかなと思ったときに、声をかけ合うことができるのは、とても心強いです。
鈴木 もともと私は、美大で、「還る場所」というテーマで制作をしていました。人が作品を見たときに、心地いいなとか、自分にとっての居心地のいい場所ってどこだろうと考えて、それが見る人の生きる原動力になっていくといいなと思っていました。その過程で、作品で届けられる範囲には限界があるということに気づき、人と直接コミュニケーションをとりたいな、その場所としては美術館があるんじゃないかなと思うようになりました。
もうひとつは、作家仲間の作品がきちんと見られる状態をつくりたいなと思って。美術館やギャラリーに行く人や、作品を買いたいという人が増えて、文化的に豊かな社会になるといいなと思ったことが、美術館の教育普及の仕事を意識したきっかけでした。そうした関心から、大学院在学中に、美術館でインターンをはじめたんですね。そこで、美術館という場所を社会に機能させていく仕事に取り組む稲庭さんに出会い、感化されて、アート・コミュニケーションやコミュニティづくりに興味を持つようになったというのはあります。だから、「とびらプロジェクト」や「あいうえの」はしっくりきている。楽しいです。
鈴木 この瞬間、という具体的なできごとではないのですが、いつもいいなと思うのは、学校プログラムでの、子どもたちの変化です。プログラムの中で、私は最初と最後だけ子どもたちの前に登場する。最初の挨拶のときは、子どもたちは少し緊張しているんですね。挨拶のあと「いってらっしゃい」って展示室に送りだして、子どもたちはとびラーと一緒に作品を見て過ごして、帰ってくる。その行く前と、帰ってきた後では、温度感がすごく違うんです。表情も、目がきらきらしていたり、頰が紅潮していたり。それを見たときに、「やったな」って思います。アート・コミュニケータと過ごしている時間、美術館で本物の作品と出会ってみたという経験が、子どもたちに大きな影響を与えていることを実感するんです。
あと、子どもたちが緊張しながら、展示室に入っていくときの、「うわっ」ていう声もすごく好きです。展示室にある作品と子どもたちとの最初の出会いのつぶやきを聞くのが大好きで、ここからどう子どもたちは作品と向き合っていくのかなと楽しみになります。でもそこから後はとびラーに委ねるので、私はその準備段階に一番力を注いでいます。
もうひとつ印象に残っていることといえば、とびラーとのコミュニケーションです。とびラーからのフィードバックをもとに、講座の組み立てを変える。改良すると、とびラーの意欲も大きく変わってくる。大人の学びのデザインのおもしろさを、いつもやりがいをもって感じています。
実際に、とびラーに「最初はわからなかったけど、実践を重ねるなかで、最初に言われていたことってこれだったのかって分かった」と言われたことがあって。講座の意図が伝わっているんだ、ということがわかって嬉しかったです。とびラーにこちらの意図が届いて、学びの場が生まれているんだなと感じた瞬間でした。
<つづく>
「とびらプロジェクトの魅力は、
コミュニケーションのゆたかさ」
鈴木 「きく力」ですね。着任1年目のときに、とびらプロジェクトの基礎講座のひとつである<「きく力」を身につける>講座をとびラーと一緒に受けて、大きな影響を受けました。プランニング・ディレクターの西村佳哲さんがされるこの「きく力」の講座はとびらプロジェクトの軸を決めているような重要な講座です。あと、フラットでいること。なるべくどの人とも、対等に上下なく同じ距離感でいるようにしています。それから、カジュアルでいたいとも思っています。講座で話すときも、おちゃらけてみたり。「鈴木さん、ちょっとよろしいですか」とかしこまって声をかけないといけないような雰囲気だと、話かけにくいかなと思って。とびラーから積極的に話かけてきてほしいから、なるべく雑談したり、話がしやすいような関係性をつくったりすることを意識しています。
私が着任する前の、とびらプロジェクトの1年目から3年目はプロジェクトの創世期で、スタッフもとびラーも一緒にプロジェクトをつくっている感覚が強かったのだと思います。でもプロジェクトが育ってくると、仕組みが整って動きやすくなる半面、前提が決められているような感覚もでてきてとびラーも受動的になっていってしまう面が出てくる。また、こちらも、事務的な連絡だけをしていると、反応がかえってこなくなっちゃう。最初、私はそれに苦労しました。いかに「温度感」をもってとびラーとやりとりができるか。だからこそ、私も困っていること、悩んでいることを隠さずに、「とびラーのフィードバックによって、私も考えていきます。みなさんも、一緒に考えていきましょう」と伝えるようにしています。
鈴木 豊かさ。経済的な豊かさではなくて、コミュニケーションの豊かさだと思います。
でも、そのコミュニケーションが豊かな状態って、どういう状態なのか言語化するのが難しい。「おしゃべりではなくて、対話なんです」って鑑賞講座の中で、とびラーに対してもよく言うのですが、イメージとしては、同じようなものがバラバラに横並びに立っているのではなくて、それらがちょっとずつ積み上がって、立体的、あるいは重層的になっていくという感じです。対話を通した鑑賞においては、そうやってお互いの見方や考えを積み上げていって、作品が立体的に見えてくる、鑑賞が深まっていく状態を目指しています。
作品を鑑賞する場だけでなく、そういう豊かな対話がある状態が、「とびらプロジェクト」の一番の魅力だと感じています。それによって、クリエイティブな瞬間も生まれます。
対話の過程で、何かが自分の中で腑に落ちたり、「こうしてみよう!」というアイディアが生まれたり、それが次の行動の原動力になったりするんじゃないかと。それは実は、とびラーだけでなく、プロジェクトに関わるスタッフにも起こっていることです。そういう状態、つまりオフィスで日常的に起こっていることが、私が考える”豊かな状態”だなと、いま話しながら気がつきました(笑)。
鈴木 とびラーが3年で任期満了したあと、それぞれのコミュニティに帰ってちょっと変化を起こしている、関係性を変えようとしているという話をきくと、すごくいいなと思います。
個人的な話になりますが、いま、母が介護施設に入っています。病院に行くことも多かった。そういった介護現場や医療現場で感じたのは、介護士と入居者とか、医者と患者といった関係性に縛られたコミュニケーションのありかたによって、介護を受ける人や患者さんが受動的になってしまっているということ。関係性や、コミュニケーションのありかたがちょっとでも変化したら、もうすこし生きやすくなるのになと思うんです。
そのとき、きく力が重要になる。人が居やすくなるのは、自分のことを受け止めてもらえたときだと思います。「うんうん、そうね」って受け流されるような聞き方じゃなくて、「あなたってそういうふうに思っているのね」ってきちんと応答するような聞き方になるだけでも、変わってくると思います。私自身も、それを実感しているんですね。いまのオフィスでは、自分が何を考えているのか、感じているのかを上司がきちんときいて、汲み取ってくれるし、またその意見の根拠を求められるので、私もどんどん、ああしたい、これはこういうことだと整理して話すことができる。自分の可能性をひろげてもらっていると感じています。
だから、たとえば、福祉施設にアート・コミュニケータの人たちが入って、文化的な関わりをつくることによって、入居者さんや患者さん自身が、自分たちにはこういう思いがあるんだとか、こういう発言ができるんだということに気づくような機会が増えたらいいなと思います。
<つづく>
「関わり合いかたが変化すれば、社会は変わっていく」
鈴木 もともと、あるひとつの価値観や、与える-受けるっていう関係性に縛られるのではなくて、一人一人が対等に、自分の思いを発しやすくなったり、誰かから発せられた思いに動かされたりするような社会になるといいなと、いつも思っていました。
「とびらプロジェクト」や、「Museum Start」でもうたっていることですが、多様性を認めあえるということです。みんな違って当たり前なので、お互いの違いを認められる社会になるといい。そういう考え方をもった人たちが、それぞれの会社や、コミュニティに戻って力を発揮することで、社会が変わっていくと思います。やっぱり“人”なんです。人と人の関わり合いで社会は成り立っているので、その関わり合いかたが変化すれば、社会は変わっていく。それを期待して、またそういう日が来ることを信じて、日々取り組んでいます。
鈴木 ここに着任して、2019年度で5年目になります。「Museum Start」も、はじまって7年目。変化の時だと思います。
「Museum Start」は、これまでこどもたちがミュージアムを介して文化へのつながりを持つことに力を注いできました。毎年2000名のこどもたちとその保護者が参加しています。次は、それをどう継続していくか。「またミュージアムに行ってみたい」と思って、来てもらうきっかけづくりや、こどもたち自身が主体的に文化と出会うための仕組みづくり。そのためにはどうしたらいいかを、いま一生懸命チームで考えています。
たとえば、大きなお祭りの日みたいなのがあって、任期満了したとびラーも、現役とびラーも、あいうえのに参加した子どもたちも、みんながわーって上野公園に集まって、「久しぶり」なんて言いながら、展示室で「ちょっとこの作品について話してみようよ」って感じで自由におしゃべりしている状態があるといいな。それが特別なお祭りじゃなくても、日常的に生まれてもいいのかもしれない。
美術館がみんなの居場所になったらいいな、そのきっかけとして、そこに「迎えてくれる人がいる」という安心感があるといいのかなと思います。ミュージアムが、人にとって安心できる場所になること。それを具体的にしていきたいです。<おわり>
インタビュー日時:2019年1月24日
聞き手・文:井尻貴子
撮影:中川正子、とびらプロジェクト
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