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「障害のある方のための特別鑑賞会」の先に、
美術館の未来をみる6期とびラー
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「障害のある方のための特別鑑賞会」の先に、
美術館の未来をみる6期とびラー
「自分一人では考えつかなかったようなところにいける」
小寺 仕事は地震の研究をしています。茨城県つくば市の研究機関に勤めていて。平日はそこで働いて、土日は結構ここに来ている生活です。
小寺 美術に興味を持ち出したのは、大学院生のときで、きっかけはテレビドラマでした。当時、岡本太郎の生涯を映像化した『TAROの塔』というドラマをやっていて。それを見て「美術っておもしろいな」と思ったんです。
それまでは芸術とか全然興味がなくて…ずっと理系の人間だったので、数学とか物理とか客観的なことに興味を持っていました。でもそのドラマを見て、「自分を外に開いて表現するのが大事だ」とか「自分の主観から何かをやる」とか、今まで自分が親しんできた、数学とか物理とかとはまったく違う世界があることを知って「あー、なんかすごくおもしろい世界があるんだな」と思って。それから、美術館に行くようになりました。
4年前に人事異動でいまの職種になって、時間的に余裕ができたんですね。それで、展覧会を見るだけじゃなくて、何か違う関わり方ができないかな、もう少し積極的に関わりたいなと思って、インターネットで「美術館」「ボランティア」とかって検索して、とびらプロジェクトのことを知りました。
小寺 最初にウェブサイトを見たときは正直よくわからなかった。でも、過去のフォーラムの動画を見て、人と人の交流にフォーカスしているのがいいなと思いました。
僕自身、展覧会に行くようになってから、各地の芸術祭にも行くようになって。アートを介して、いろんな土地に足を運ぶようになり、普段の生活では出会わないような人たちと交流できるのもおもしろいと思っていたんです。
小寺 とびらプロジェクトには、いろんな人が集まっている。仕事では出会う機会がないような人たちと関われたのは、すごくよかったです。「自分はこれをやりたい」というときも、たくさん人がいるので、誰かは同じようなことを考えていて、一緒に活動できる。でも、そうは言ってもみんな考え方がバラバラなので、企画を考えるにしても自分一人では考えつかなかったようなところにいける。自分が「こんな感じかな」と思っていたところから飛び出ていけるんですね。それがすごくおもしろいと思いました。
それから、知識として学ぶことは多かったなと思います。基礎講座の『「きく力」を身につける』とか、 鑑賞実践講座のVTS(ビジュアル・シンキング・ストラテジーズ)だとか、アクセス実践講座で僕の全然知らなかった社会課題に触れたりとか。
*『「きく力」を身につける』は、西村佳哲さん(とびらプロジェクト・アドバイザー)を講師に迎え、毎年開催している講座。過去の開催レポートはこちら
とびラーになる前は、そんなに知識を得られると思っていなかったけれど、得られたのはとてもよかった。僕はどちらかというと、講義を聞くのも楽しいけれど、自分で何かをやることに関心があって、“とびラボ”を積極的にやりたいと思ってとびラーに応募したんです。でも“とびラボ”で企画を立ちあげて実現するまではハードルがいくつもあるということを実感しました。
小寺 最初は、アイディアを考えついて、少し準備すれば、すぐに実行できるだろうくらいに思ってたんです。でも実際には、細部まで検討する必要がある。さらに、東京都美術館や東京藝術大学は公的な機関なので、そうした機関ならではの制限もある。
1年目のときに、6期のメンバーと、大人のミュージアムデビューを応援する企画をやろうとしたんですね。「大人のあいうえの」と名前をつけて、外部の民間企業と連携して親睦目的で上野に招待してミュージアムを体験してもらうことを考えていました。でも例えば、参加費のことや、飲食のこと(飲食禁止のところが多く、交流目的でお酒を飲むことが難しいとか)など、クリアしないといけない課題が多かった。なんとか形にしようと思って、十数回ミーティングをしたんですけど、結局実現には至りませんでした。でも、実現しなかったのは残念でしたが、実際に進めていくなかで「こういうことを解決しなきゃいけない」というノウハウを学べたことはよかったと思います。おそらく、そういう活動をするには、どこでも同じようなハードルがあるはずなので。
<つづく>
「iPadが、コミュニケーションをとるきっかけになる」
小寺 結果的に、一番力を入れたのは「障害のある方のための特別鑑賞会」(以下、特別鑑賞会)です。初めて参加したのは、1年目のボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展のとき。その展覧会は図像が細かい版画作品がたくさん展示されていたので、弱視の方や車椅子の方が見にくいのではないかということで、作品の細部を拡大して見られるように画像データを入れたiPadを用意していました。それで僕も来館者の方にiPadをお見せしてみたんですが、喜ばれるし、作品についていろんな話ができることがわかって、とてもおもしろかった。2年目になって、立ち上げた“とびラボ”「大人のあいうえの」が実現できずに、次に何をやろうかと思ったときに、特別鑑賞会の体験を思い出して。それからは、毎回参加しています。
「障害のある方のための特別鑑賞会」は、普段は混雑している特別展を障害のある方が安心して鑑賞できるよう、休室日に開催する鑑賞会(事前申込制で年に3〜4回開催)。アート・コミュニケータ(とびラー)が受付や移動のサポートをしている。
小寺 受付や移動のサポートに加え、とびラーとして特別鑑賞会で何ができるか考える、“とびラボ”を立ち上げて活動しています。iPadも、“とびラボ”の一つ。例えば事前準備としては、実際に展示室で車椅子に乗って作品の見え方をチェックします。車椅子だと目線が違うので、ライトの反射の仕方が全然違ってくるんです。座った位置からだと天井のライトの光が入って、作品の真ん中部分が反射しちゃって全然見えないとか、そういうこともあるので。それと、展示室ないの動線も確認する。狭くて通りづらいところはないか、ぶつからないように注意しなきゃいけないところはないかとか。それで、この作品の画像データはiPadに入れた方がいいとか、ここにはとびラーが立っていたほうがいいとか一つ一つ考えていきます。
小寺 僕が思い描いていたアート・コミュニケータのイメージは「美術館で、来館者と気軽に展示作品について話ができる」というものだった。それがまさにできるのがおもしろいなって思いました。
iPadそれ自体は、 弱視の方や、車椅子の方の鑑賞のサポートツールというか、情報保障(※)の役割があるんですが、同時に作品についての対話が生まれるツールにもなっているんです。
作品を目の前にして、「ここに、こんなものが描いてある」とか。僕もそうですけど、作品をパッと見るだけで、細部までしっかり見ていない人も多い。でもiPadだと部分的に拡大して見ることができる。拡大して見たら、気づかなかったけど猫がいたとか、そういうところから「今日はこういう絵が見れて楽しかった」っていう話になることもあるし。iPadが、コミュニケーションをとるきっかけになるんですね。
それから、もう1つのおもしろさは、定期開催しているので経験を積み上げることができる活動だということ。特別鑑賞会は、各特別展で1回、年3〜4回開催しています。他の活動は1回やっておしまいというものが多いけれど、特別鑑賞会は繰りかえしあるので、前回の課題を次で改善できる。毎回実施後に行う、アート・コミュニケータの振り返りでは、当日起こったことを共有したり、来館者アンケートをみたりして課題を抽出し、次はこんなことをやろうかと話をしています。
とびラボ“特別鑑賞会のことを考えてみよう! ”のメンバーの一人として、特別鑑賞会におけるアート・コミュニケータの活動の検討・企画・実施に取り組んだ。
来館者のフィードバックで、印象的だったことがあります。「没後50年 藤田嗣治展」の特別鑑賞会でのことなのですが、iPadが他のプログラムで使用されていて使えなかった。それでiPadは使えないけど、iPadに似たコミュニケーションがとりたいなと思って。結局やりたいことは、来館者と作品について話をすることだったので、「お話ししませんか」という下げ看板をして、作品をみている来館者に声をかけて、話をする活動をしました。が、アンケートを見ると賛否両論あって。お話しできて楽しかったっていう声もあった一方で、あまり話しかけないで欲しいとか、静かに見たいとか…。
それで思ったのは、一つは、結局、来館者にも交流したい人と、静かに作品をみたい人がいるから、来館者に沿った活動をしなきゃいけないなということ。それから、アート・コミュニケータの存在があまり認識されていないんじゃないか、それで受け入れられなかったんじゃないかということでした。アンケートに、スタッフとか、ボランティアとかって書かれていて、アート・コミュニケータという言葉が出てきていなかったんです。それで、とびらプロジェクトの主旨やアート・コミュニケータの活動を知ってもらって、共感してくれる人に、むこうからもアプローチしてもらいたいと思って、次の回から「僕らはアート・コミュニケータと言います。こういうことをやっているんで、よろしかったらどうぞ」と伝えるようにしました。そうしたら、アンケートも少しずつ変わってきて、「アート・コミュニケータの方にお世話になりました」のように、「アート・コミュニケータ」という言葉が出てくるようになりました。
<つづく>
「社会で担っている役割から解放され、
日常とは違う関係性が生まれる場をつくりたい」
小寺 フラットな場ができたらいいなと思っています。僕は、美術館は、いろんな価値観のあるものを提示して肯定するような場だと思っています。日常生活だと、経済的な合理性だとか単一な価値観で判断されてしまうことが多い。だけど美術館は、もっと多様な価値を認めてくれる場。なので、現実社会で担っている役割から解放され、日常とは違う関係性が生まれたり、日常生活とは違った体験ができたりする。
特別鑑賞会には、障害のある方がたくさん来館されますが、例えばiPadを使うことで、「サービスをする側/受ける側」というのとはちょっと違った関係がつくられて、弱視の方や車椅子の方とも対話することができる。一人一人のバックグラウンドに関係なく、来場者の方々とアート・コミュニケータがフラットな立場で美術館を楽しむことができるのがいいなと思っています。
僕は、障害のある方に何かサービスをしたいとは思っているわけではないんです。僕としては、来館者全般と接したいという思いがあった。だから、iPadの活動は、どんな方にとってもおもしろい活動だと思うので、特別鑑賞会の日だけでなく、他の機会にもやりたいなと思っていました。
小寺 どうかな。いろんな人と関わりを持てるのは嬉しいなと思いますね。
僕自身も、とびラーになる前は、仕事が中心で、いま思えば、閉鎖的な人間関係のなかにいました。とびラーになって、いろんな出会いがあって、交流ができて、いままで背負ってきた役割とは違うかたちで社会と接するようになった。いろんなコミュニティと関わると、自分の視野が広がっておもしろいです。
小寺 具体的なことはまだ思いついていません。とびらーの活動ではこれまでとは全然違う世界に入って、いろんな大事なことを学んだような気がしていて。ここで得た知識や経験をまだ消化しきれていないのですが、今後の自分の人生でも、役立つことがたくさんあるような気がします。ちょっと時間を置いてから、次に何をしようか考えたいです。
小寺 「いろんなことを実践できる場が用意されている」こと。「いろんなことにチャレンジしやすい場が整えられていること」かなと思います。自分がやりたいことを、本当にやれる場がある。自分が努力すれば実現まで持っていける。すごく恵まれた環境だと思います。
僕は、「障害のある方のための特別鑑賞会」は、いろいろ思考錯誤できる場だと思っていて。毎回1,000人ほどの人が来館され、70〜80人のアート・コミュニケータが参加する。そういう場で、どういうことができるだろうと考えるのは、とても楽しかったです。将来こんなことができるといいなと思っていることを、あの場だったら実際にやってみることができる。その意味で、未来の美術館のプロトタイプみたいな感じがしています。
<おわり>
インタビュー日時:2020年1月24日
聞き手・文:井尻貴子
撮影:中川正子、とびらプロジェクト
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