東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

INTERVIEW

21

井上 夏実 さん

「できないことじゃなくてできることをやる」
転んでもただでは起きない7期とびラー

”とびラー”インタビュー
井上 夏実 さん

INTERVIEW

21

井上 夏実 さん

「できないことじゃなくてできることをやる」
転んでもただでは起きない7期とびラー

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「一度落ちてもなお。受け続けるのが大事。」

普段はどんなことをされていますか?

井上 公務員です。都市公園に関わる仕事をしています。

とびらプロジェクトに応募したきっかけは?

井上 「六本木アートナイト」が好きで毎年行っていて、2016年の「六本木アートナイトをもっと楽しむガイドツアー」のボランティアガイドに参加しました。そのツアーは単に作品解説をするものではなく、参加者同士が“見る、考える、聞く、話す”ことを重視する内容だったんです。一昼夜に行われるイベントのために、56回のトレーニング講座が行われるんですが、約1ヶ月半のトレーニング講座内で、作品を巡りながら街中を歩くツアーをまとめなければいけませんでした。同じチームにいた方が、うまくみんなのことをまとめていて、どんな方なのかよくよく聞いてみたら「とびラー」というものをやっていると。しかもそこでは3年間かけて、対話型鑑賞にじっくり取り組んでいると聞いて。それでとびらプロジェクトに興味を持ちました。

10月の六本木アートナイト終了後、年明けにとびラー募集が出たのを見て、書類を送りました。でも、一回目は落ちました。

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一回落ちたけれど、また翌年とびラーに応募したのですか?

井上 はい。六本木アートナイトのボランティアで出会った仲間の2人が、私が落ちた年に6期のとびラーになったんです。そのうちの一人は2回目の応募で、彼女が「受け続けるのが大事だよ」と言っていたので、その言葉を疑わず(笑)。年代や属性のバランスで選考していると聞いたので、落ちてもそういうものかなと思うようにしていました。

2年目は選考結果を受け取った時、明らかに封筒の厚さが違ったので、おおっ!と思いました(笑)。面接の緊張感の中で口に出せた言葉は昨年と変わらないものだったので、ご縁なのかなぁと感じながらとびラー生活が始まりました。

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美術への関心は元々ありましたか?

井上 図工の授業は好きでしたが、元々特に美術に関心があったわけではありません。出身地の滋賀県にも美術館や博物館はありますが、校外学習で行くところ、というイメージでした。高校卒業後、東京にある大学の人間科学部に入学しました。人間と、人間をとりまく環境との関係を様々な角度から研究するため、学際的、複合領域的に学べるところでした。大学の授業を通して、「人間が心地よい空間、建物、デザインってなんだろう?」ということを考えるようになりました。大学の先生に勧められた森美術館の『ル・コルビュジエ展:建築とアート、その創造の軌跡』が初めて一人で行った展覧会で、大都会のビルの高層階というロケーションも含め、すべてが未知の世界ですごい!東京ってこんなに充実した場所に簡単にアクセスできるんだと驚きました。よくある展示形態のみならず、実寸大の展示模型など情報を体感できる展示の工夫も印象に残っていて、以来、美術館に足を運ぶようになりました。
大学を卒業する頃には、友人に「瀬戸内国際芸術祭」に誘ってもらって、美術館・博物館の中だけに留まらないアートの世界にも関心が深まりました。

とびラーになりたいと思ったのはなぜですか?

井上 実践講座の一つに、「建築」があったのが大きかったです。美術館でのボランティア活動って、建築を軸にしているものはあまりないように思います。建築に関心がある人が何かしようとしているということにも惹かれましたし、とびラーになる前に参加した「とびラーによる建築ツアー」(以下、建築ツアー)が楽しかったので、自分も企画側として一緒にやってみたいなと思いました。

「建築実践講座」は建築の捉え方が幅広くて、歴史や作り方だけではなくて、建築というハコがつくる場所だったり、ソフトとハードの両面からの視点で考えていけたのがおもしろかったです。

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どのような活動をしていましたか?

井上 1年目は、実践講座を三つ(鑑賞・アクセス・建築)取りながら、「建築ツアー」や「Museum Start あいうえの」(以下、あいうえの)に参加することが多かったです。これらは自分でプログラムを一から企画するのではなく、スタッフによって骨格がつくられているものに、ファシリテーターなどとして関わる形でした。

以前コーヒーストアに勤めていたときに、お客様とコーヒーを楽しむ「コーヒーセミナー」のファシリテーターを務めた経験がありました。初めて会う方とコーヒーという話題でつながることや、参加してくださった方とのコミュニケーションを通して自分自身も新しいことをたくさん知れるというのがおもしろかったんです。「建築ツアー」もコーヒーセミナーもやっていることの本質にあるコミュニケーションは同じだなと思いました。だったら、自分で建築ツアーのファシリテーター=ガイドとして参加者の方と関わりたい、と1年目の後半でガイドに挑戦したのです。

実際にガイドをやってみて、東京都美術館(以下、都美)のライトアップをみんなで見て感動を共有できる瞬間があったり、旧館時代の都美をご存じの方に当時の思い出を聞かせていただいて、自分だけでは知り得なかった風景を感じたりできました。必ずしも建築好きだけが集まるわけではないけれど、参加者には建築に関する何らかの経験があって、ツアーで同じものを見ながら、過去の経験も重ね合わせて共通点を見つける=つながりを作っていくような楽しさがありました。

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井上さんがガイドをつとめた「建築ツアー」の様子

<つづく>

「開扉(かいぴ)」を意識して活動した3年間

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はじめて立ち上げた“とびラボ”について教えてください。

井上 3年経ったら開扉だよ、あっという間に時が過ぎていくよ、ということを先輩たちからも聞いていたので、1年目の頃から“3年間”という任期を意識していました。
とびらプロジェクトでは、プログラムの実施と同じくらい、次につながる“振り返り”を大切にしています。1年目が終わる頃、同期の二人と、今一旦立ち止まって丁寧に振り返りをしておくと、より2年目が充実する。そうして積み重ねていけば、3年目に心おきなく開扉できるのではないか、という話になりました。それなら、振り返りを“とびラボ”としてやってみよう、と。当時は一人で呼びかける勇気はなかったので、「今の気持ちを残しておこう(仮)ラボ」として3人で「この指とまれ」をしました。「この指とまれ」は、新しい活動のアイデアにとびラーが3人以上集まったら“とびラボ”が開かれるというシステムです。
*「開扉」とは、とびラーが3年の任期を終えることを、「新しい扉を開く」意味を込めて、「開扉(カイピ)」と呼んでいます。

*「とびラボ」とは、とびラー同士が自発的に企画・運営・実施するプログラム。詳しくはこちら

3人のおしゃべりから始まった企画なので(3人集まっているので)“とびラボ”としては成立するものの、自分たちのことをふりかえろうという視点のラボが果たして他のとびラーに受け入れられるのか、「こんなこと思っているの私たちだけかな?」「この指にとまってくれる人が他にいるのだろうか!?」とドキドキしていました。でも、蓋を開けてみれば、掲示板にはたくさんのコメントがあって、当日もたくさんのとびラーが集まってくれました。

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どのように実施したのでしょうか?

井上 例年、その年の任期満了生が3年間をふりかえる“開扉冊子”という卒業アルバムのようなものが作られていました。企画内容を詰めていく中で、このラボでは開扉の年ではないとびラーも含めて、この1年間をふりかえる“開扉冊子のようなもの”を残したいねということになりました。一方で、とびラー活動中になかなか雑談ができていないことに気がつきました。お互いのこと、例えば他にどんな関心を持っているのかや、そもそもどうしてとびラーになりたいと思ったのか、知らないことばかりだったんです。過去の開扉冊子のインタビューを読んで、3年目の終わりになって初めてその人がどういう人だったのかを知るのが非常にもったいないと思ったこともあって、個人でふりかえりをするだけでなく、せっかくならその過程も共有し合おうということになりました。
最終的に、「話そう、書こう、一日開扉冊子ラボ」と名前を改め、ふりかえりに使用する一枚のワークシートができあがりました。

当日は質問ごとにテーブルを設け、テーブルについた23人で話し合い、また違う所に移動しながら自分自身のワークシートを埋めていきました。話した内容はその場にいなかった人にも共有できるよう、付箋でホワイトボードにも残しました。

「一日開扉冊子ラボ」の様子

20193313:0015:00に行われた「話そう、書こう、一日開扉冊子ラボ」の様子。17人のとびラーが参加した。

「一日開扉冊子ラボ」で使用したシート

当日使用したシート。参加できなかったとびラーにも共有された。

私は、雑談が苦手で、テーマや共通の話題がないと何を話していいのかわからなくなってしまうんです。なので、テーマがあるという状況でお互いのことを知れたというのは自分にとってもよかったです。よく顔を合わせるけれど、話したことのないとびラーにも来てもらえたし、とびラー活動に限らない質問も設けたので、その人自身のことを聞けるきっかけになりました。また、「これからやりたいこと」という項目をつくったことで、仲間を見つけやすくなったかなと思いました。

この“とびラボ”で質問項目シートをつくったことがきっかけになって、のちに“とびらステーション”の中で、とびラー同士が改めてお互いに出会い直すためのワークシートがつくられたり、さらに、そのワークシートが「開扉冊子2019」にまとめられたりと、その後の展開に広がっていったようで、ちょっと感動しています。
*「とびらステーション」は、とびラーが1年間を振り返るプログラム。「開扉冊子」は、それまでは任期満了生が中心に取り上げられる卒業アルバムのようなものだったが、「開扉冊子2019」では、その年のとびらプロジェクトをふりかえるものに変化した。

「開扉冊子」に掲載された井上さんの回答

20203月発行の「開扉冊子」に掲載された井上さんの回答

2年目には2回目の“とびラボ”も立ち上げたのですよね?

井上 とびラー同士のための“とびラボ”をやって、次は一般の方向けにやってみたいという気持ちになっていきました。それで、2回目は一人で「コートールド展と建築と鑑賞と」という“とびラボ”の「この指とまれ」をしました。

建築に関するツアーやラボの企画って、「建築専攻してました」「一級建築士の資格もってます」という専門的知識をもった人がやっていることが多くて、初心者には難しいのかなというイメージもあると思うんです。せっかくとびらプロジェクトでやるのだから、専門的な知識をもっていなくても楽しめるようなものにしたいと、広くとびラーに声をかけました。

2019年に都美で開催された『コートールド美術館展 魅惑の印象派』の展示空間は、イギリスにあるコートールド邸に絵が飾られている様子が再現されているような構成でした。美術館の中に展示されている絵を見るだけでなく、その作品がある空間を含めて味わうことが鑑賞の重要な体験であることに気がついたんです。この鑑賞体験を通じて、絵を見ることって、絵を見る「空間」についても目を向けるきっかけになるんじゃないかと、そういう視点で“とびラボ”をやることに漠然とした手応えを感じました。

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残念ながら、この“とびラボ”は展覧会の限られた期間中に実現にまでもっていくことはできなかったんです。作品と空間を軸に知識によらない対話型鑑賞を行いたい、という思いがあったのですが、建築好きのメンバーが多く集まったので、自然と工法や設計意図、歴史的背景の話が始まってしまい、“今目の前にあるものにフォーカスした鑑賞”を実際に形にするのは難しくて。もちろんこれまでの知識や経験を織り交ぜながら鑑賞するということもとても楽しいのですが、そういったことを一旦忘れて、目の前にあるものだけで語り合ってみたいという気持ちが高まりました。プログラムにはできませんでしたが、何度も展示室に足を運んで、アートとアートがある空間についての考えを深めた、かけがえのない時間になりました。

<つづく>

「力の掛け合わせ」があるからできること

コロナ禍での3回目の“とびラボ”はどのようなものでしたか?

井上 3年目(2020年)の10月に、「静寂の美術館を楽しむ」という“とびラボ”を立ち上げました。コロナ禍での美術館の状況を生かしたアイデアでタイトルも決まっていきました。

2030人くらいのとびラーたちと、オンラインで自由に意見を出し合うところからこのラボは始まりました。新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、都美の特別展が中止や延期になったりしている状況があったので、まずは「展示に頼らず美術館でできることって何か」について話しました。かくれんぼをするとか、プロジェクトマッピングしたいとか、いろいろなアイデアが掲示板に書き込まれていきました。そして思った以上に話が広がり、オンラインではまとめきれないような状況になっていったので、リアルに集まって話すことを提案しました。
私としては一般の方に参加してもらって一緒に何かやることを大事にしたかったので、たとえ私たちとびラーが楽しいと思っていても、その楽しいは、アートに興味がない人の楽しいでもあるかというのをもう一度考えてみてほしい、と投げかけました。

とびらプロジェクトの掲示板
オンラインでのとびラボミーティングの様子

コロナ禍でさらに活発化したとびらプロジェクトの掲示板(上)と、オンラインでのとびラボミーティングの様子(下)

11月、改めて都美でリアルに集まったときに、3グループくらいに分かれて話していきました。その中で、写真を撮ってSNS等で共有することは多くの人にとって身近に楽しめる行為になっているよねという話や、過去に行われた「写真を撮って観て話そう」というとびラボで、上野公園の中へ写真を撮りに行き共有したことが楽しかったということが話題にあがりました。また、Museum Start あいうえので実施したプログラムでも、ファインダーを通して撮影場所を探すことが建築をよくみることにつながったという体験があって、3グループそれぞれが「写真」を取り入れるアイデアで考えていました。「美術館でじっくり建築をみて、気になったところを写真におさめるって人の少ない今しかできないかもね。」と、自然と内容がかたまっていきました。

参加者にiPadを持ってもらい、「静寂の美術館で見つけたもの・こと」をテーマに、気になったものを撮ってもらう。それを見せ合うといった内容です。トライアルもしましたが、同じ場所を撮っていても、撮り方や、撮った理由が違うんです。写真をきっかけに見ているものの違いやそれぞれの思いに気がつける。建物自体が作品であるこの美術館を生かす“とびラボ”になりそうな予感がしていました。

井上夏実さん画像8
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コロナ禍での活動で、苦労したことはありますか?

井上 2021年の1月に一般の方を対象に実施予定だった、この「静寂の美術館を楽しむ」は、緊急事態宣言が発令されたため実施できなくなってしまいました。その時は、特別展のない期間は今後も定期的にあるので、今すぐやることにこだわらなくてもよいという気持ちでした。とびラボとして十分な話し合いをしていたので、実施が出来ても出来なくてもどちらでもいい、という気持ちになれていたんです。展覧会に関係する(会期が決まっている)プログラムではないので、私が開扉したあとでも、もしやりたいと思う人いれば実施できるところまで形にできたと思いました。最終的に、緊急事態宣言が明けた後の43日に実施できることになりました。
実施報告ブログ

コロナ禍では、オンラインになった利便性を感じることの方が多かったです。移動時間も考えずに参加できるので、ミーティングへの参加のハードルがすごく下がりました。でも、オンラインだからこその進め方をする必要があるなというのは感じていました。
リアルだと大人数でのミーティング中に隣同士でちょっと疑問に思ったことを確認するような会話が成立しますがオンラインだとそうはいきません。シビアなこともリアルの方が言いやすかったり、雑談もオンラインではなかなか難しいです。会話の密度がリアルの方が上がるのだと思いました。

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“とびラボ”は、集まったとびラー同士の意見を撚り合わせて、太い糸をつくっていくものだと思っているんですけど、オンラインではなかなか撚り合っていかない。リアルに会っているとき以上に人の些細な動きや表情をよく見ようとしないと、ただ自分の言いたいことを言って終わってしまうので、まとめていく気持ちを一人一人が持つようにしないといけないと気づきました。

とびらプロジェクトの魅力とは?

井上 「人」の魅力はもちろんです。そして、一人一人の「力の掛け合わせ」かもしれません。
何かをやろうというときに、自分が手をつけられなかったことをいつの間にかパパっとやってくれる人がいたり、逆に自分が息をするくらい簡単にできることをやっただけで、とても感謝されたり。

過去のとびラーやスタッフさんが築いてきた仕組みがあって、挑戦できる舞台が用意されているので、トライがしやすいです。そこで様々な「力の掛け合わせ」が起こる、とても恵まれた環境です。

とびラーは本当に貴重な経験ができるので、最後にもう一度、落ちても応募し続けることが大事だと言いたいです。とびラーになった人には、環境・機会・立場をフル活用しつつ、ここでしかできないことをやってほしいですね。
<おわり>

井上夏実さん画像11
インタビュー日時:2021324
聞き手・文:米津いつか
撮影:中川正子、とびらプロジェクト

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