東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

INTERVIEW

22

岡森 祐太 さん

誰の意見も素直にきける「コミュ力」抜群のバランス系7期とびラー

”とびラー”インタビュー
岡森 祐太 さん

INTERVIEW

22

岡森 祐太 さん

誰の意見も素直にきける「コミュ力」抜群のバランス系7期とびラー

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「アート・コミュニケータ」の肩書きに惹かれて

ご自身のことを教えてください。

岡森 大阪出身です。生まれつき耳の聞こえが悪く、徐々に進行して高校生くらいのときにほとんど聞こえなくなりました。補聴器を外すと、真横を通過する電車の音がかすかに感じ取れる程度の聴力です。小さい頃に訓練したので、相手の口の動きを読んで会話することができます。発話もできますが、お酒を飲むと声がすごく大きくなったりします(笑)

岡森祐太さん画像1

普段はどんなことをされていますか?

岡森 大学では経営学を専攻していました。現在は大阪のメーカーで主にカタログの校正・校閲などをしています。とびラーとして活動している途中で転勤になり、今日は大阪から来ました。

普段は美術館には特に行かないんですけど、絵を見るのは昔から好きです。高校のときは友達と話しながらお弁当を食べるのが苦手だったので、昼休みによく一人で図書室の画集を見ていたんです。古本屋が学校の近くにあって、安くなっていたロートレックやドガの画集を買ったりもしていました。

とびらプロジェクトに興味を持ったきっかけは?

岡森 東京で働いていたときに、手話サークルの活動場所だった目黒の建物にチラシが置いてあったんです。アートには強い関心はなかったんですけれど、「コミュニケーション」には興味があって。「アート・コミュニケータ」という肩書きがかっこいいなと思いました。チラシを見たのが1月くらいで、応募締め切りが数週間後。ダメ元で書類をバタバタとつくったので、応募書類の控えを取る時間もなくの応募でした。

岡森祐太さん画像2

「アート・コミュニケータ」に抱いた
イメージはどういったものでしたか?

岡森 美術の先生やその助手のイメージがありました。来場者に対して、知識を提供したり、コミュニケーションを促していく役割なのかなと思っていました。
私は元々、教師になりたかったんです。人に尊敬されたいというのがありました。耳が聞こえないと、聞こえる人たちの話に入ることが難しいんです。だから偉くなって、向こうから話を聞きに来てもらえる立場になることが大事だと考えていたんです。
大学で寝てばかりだったので教師になる目標は挫折しましたが(笑)。でも、人の前に立って話をしたり、わくわくしてもらうような話をすることが好きだったので、とびラーになったらそういうことができるのかなって期待がありました。実際の「アート・コミュニケータ」の役割は、想像していたのといい意味で違ってフラットでした。

聴覚に障害のある初めてのとびラーとして、
どのように講座に参加していたのでしょうか?

岡森 とびラーになるときに、スタッフの方とお話をさせてもらって、手話通訳をお願いしたいと伝えました。それで、講座が行われるときにはプロの手話通訳の方に来ていただくことができました。聞こえないとびラーは私だけだったので(*当時)、専属手話通訳がいる状態でしたね。予算のことや手続きはとびらプロジェクトの方で手配していただいたので、自分は特に苦労することなく参加できました。
*岡森さんがとびラーになった翌年、8期とびラーとして聴覚に障害のある方が加わった。

どのような活動をしていましたか?

岡森 1年目は講座に参加することでいっぱいいっぱいでした。実践講座は、「アクセス」「建築」「鑑賞」の3つがある中で、「アクセス」の講座を選択していました。

1年目の終わりに、ある6期のとびラーから声をかけていただいて、「岡森さんと遊びたい!」というタイトルで、“とびラボ”の「この指とまれ」が行われました。
*とびらプロジェクトでは、新しい活動のアイデアがひらめいたら、「この指とまれ」で他のとびラーを集めます。3人以上のメンバーが集まったらチームが成立し、“とびラボ”を進めることができる。“とびラボ”とは、とびラー同士が自発的に開催するミーティングであり、新しいプロジェクトの検討と発信が行われる場。詳しくはこちら

“とびラボ”のタイトル

インタビューの筆談時に書かれた“とびラボ”のタイトル

1回目のラボは、2019年の33日(耳の日)で、その月末には任期満了になる5期とびラーも含め、10人くらいが「遊びたい!」と、「この指とまれ」してくれたんです。そこから半年ほどの間に月に1回集まって、文字通り遊んでいました。
例えば、オノマトペの表現やかるたをジェスチャーでやってみるということをしました。
オノマトペが書かれたカードを20枚くらい用意しておきます。それを一人ずつ順番に引いて、「ゴロゴロ」と書いてあったらそれをジェスチャーで表現してみる。「コロコロ」が出てきたら、「ゴロゴロ」と「コロコロ」の違いは何なのかを話したりしました。

とびラボの様子

<つづく>

「ここには恋人レベルで好きな人たちがたくさんいる」

活動中のとびラー同士のコミュニケーション方法は?

岡森 基本的にはUDトーク(自動音声認識アプリ「UDトーク」)を使っています。とびらプロジェクトにUDトークをインストールすることになったのは自分がきっかけだったようです。「岡森さんと遊びたい!」の“とびラボ”のときも、UDトークを使っていましたし、参加したい“とびラボ”があったら、事前にみんなに協力をお願いしていました。初めはとびラーでUDトークを使ったことがある人はいなかったと思いますけど、今は、世の中で一番UDトークを使える人が多い集団かもしれませんね。とびラーのみんなの臨機応変な対応力に助けられました。

岡森祐太さん画像3

この日のインタビューもUDトークと筆談で行いました。

「遊び」から始まった“とびラボ”は、
その後どうなっていきましたか?

岡森 自分の名前がタイトルに入っている“とびラボ”が毎月行われるというのがプレッシャーになってきたので、半年くらいで名前とともに形を変えました。それが「静けさで遊ぶ」という“とびラボ”です。「岡森さんと遊びたい!」のときに、34人のグループで一つのスケッチブックに感想を書きながら展示室をめぐるということをやってみました。筆談で作品鑑賞をしたときに、これだけで一つの“とびラボ”ができそうだね、っていう話になったんです。

「静けさで遊ぶ」では、作品画像をコピーしたものを模造紙の上に広げ、作品について話ができるかやってみました。付箋が貼ってあるのは、いきなり紙に書くのに抵抗があるという人がいたからです。その方法でやってみたら、最後は文字がはみ出すほどになりました。この筆談用紙(*以下の写真)は、東京都美術館での「ハマスホイとデンマーク絵画」展の開催に合わせて来館者とできないかテストしたときのものです。

筆談用紙

企画書を書いて、とびらプロジェクトのスタッフにも見てもらい、2020年の2月に実施することも決まっていたんですが、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)が拡大し、実現することはありませんでした。残念ですが、企画は練り上げて、直前まで様々な準備をしましたし、やり切った感じはありました。

企画にあたって気をつけたことは?

岡森 筆談で話をすることのおもしろさを体験してもらえるといいなと一番に考えていました。私自身、耳が聞こえなくて筆談が必要な場面がありながらも、日常生活の中で「書いてください」とお願いすることってしにくいんですよね。なにより自分が面倒くさいと思っていることを人に頼めなくて。でも、みんなで集まって書いてみると思ったより楽しかった。紙の大きさだったり、自由に何を書いてもいい雰囲気だったり、いろいろなことが影響していると感じました。自分にとっても筆談というコミュニケーション方法を見直すきっかけになりました。参加者にもその感触を持って帰ってもらうことができるように準備していました。

岡森祐太さん画像4

大阪に引っ越しされましたが、活動は続けられたのでしょうか?

岡森 家族の都合や、遠距離恋愛をしていた彼女との結婚を考えて、大阪へ転職・引っ越しをしました。でも、とびらプロジェクトのような活動ができる場はなかなかないので、大阪から通っていました。ここには恋人レベルで好きな人たちがたくさんいるんです(笑)

ただ、遠くなったことで、参加できる“とびラボ”の数が限られてしまったというのはあります。各ラボはメンバーが固定されているわけではなく有機的に入れ替わるので、いろいろなラボに顔を出すことで緩やかな活動のつながりが生まれていきます。物理的な距離ができて、どうしても自分にとって優先順位の高いもののために通うということになったので、そこは少し残念な部分かもしれませんね。

コロナ禍での活動はどのようなものでしたか?

岡森 3年目の活動は、コロナの影響で活動の大部分がZoom(オンライン会議システム)になりました。リアルな集まりではUDトークのアプリを一人一人に用意するか、発言者にマイクを使ってもらう必要があるのですが、オンライン会議の場合は自分のPCUDトークをつなげばそれだけでみんなの発言が聞けます。それにオンライン会議だと一人ずつ順番に話してくれるので、自分としては楽ではありました。

オンラインで会議の様子

主には「展覧会ができるまで」という“とびラボ”をやっていました。私たちとびラーは展覧会に関連づけて様々な活動をしていますが、展覧会のことを知っているようで知らないんですよね。準備の過程、学芸員の仕事のことを知ってみよう、と他のとびラーが立ち上げた“とびラボ”です。私は、勉強するだけではなく、何か形にした方が学んだことも定着するのではないかとゲームにすることを提案しました。

何回目かのミーティングで、とびらプロジェクトを担当している、東京都美術館の稲庭彩和子さんが以前に手がけた『所蔵品カードで遊ぶ Museum Box |宝箱』(以下、『宝箱』)のことを知りました。学芸員になって駒を進めながら、最終的には展覧会を開催するというすごろくゲームです。遊びながら学芸員の仕事や、セットになっている所蔵品カードを集めて作品のことを知ることができるというものです。
*『宝箱』は東京都美術館の学芸員の稲庭彩和子さんが神奈川県立近代美術館に勤めていたときに制作に携わった鑑賞活動ツール。

所蔵品カードで遊ぶ Museum Box |宝箱

神奈川県立近代美術館発行『所蔵品カードで遊ぶ Museum Box |宝箱』

最終的にはこういうものが作りたいなと、ミーティングを重ねながら稲庭さんへのインタビューも行いました。「これを作った当時よりも、美術館や展覧会にはコミュニケーションの要素が求められるようになっているので、そういった要素を増やしてアップデートしてほしい。」そんなアドバイスももらいました。

<つづく>

「同じ障害を持っている人がいない。
前例がないからこそ、自分がやらなきゃいけない」

進めていく上で、どんなことが大変でしたか?

岡森 私は優柔不断な性格なので、よく迷っちゃうんですよね。リアルにみんなの顔を見ながらだったら、表情や視線を読み取って声をかけて進めていけるんですけれど、PC画面越しには読み取れませんでした。「この意見もいいな」「こっちの意見も聞かなきゃ」と思うと、会話の主導権のバトンタッチが難しくて。決めきれずにズルズルと時間が経ってしまったりしたんです。私自身の性格はどこにいても変わらないのですが、リアルとオンラインでは、やりやすさの違いはありました。

ゲームに関して言えば、最終的にとびらプロジェクト内部向けの限定公開でオンラインで遊べるものになりました。専門家ではないとびラーがプログラムの勉強をして、形にしてくれました。

すごろくゲームの画面

『宝箱』のように、「美術館から作品を借りてくる」というような項目や、「美術館に作品を運び入れる」といった学芸員が行う基本項目もあります。一方、このすごろくでは、展覧会開幕をゴールにしていません。「外国人の方や、耳の不自由な方もスムーズにチケットを買える?」「音声ガイドは誰にとってもわかりやすいものになっている?」など、“とびラボ”のミーティングで話し合った、美術館で求められる要素も落とし込んでいます。

とびラーそれぞれは、自宅などでこのゲームを試してみたのですが、Zoomで画面共有をしながらみんなでやってみたいね、と話して、この“とびラボ”は解散になりました。

環境で苦労したことはありますか?

岡森 スタッフのみなさんの理解や協力が大きいと思うのですが、私が本当に参加したいと思ったものには、環境を整えていただきました。UDトークの使い方も、自分だけではなく、とびラーのみんなもこうしたらいいんじゃないかと提案してくれたり、必要なコミュニケーションは取れていたと思います。

ただ、話し合いが進んでいる“とびラボ”に途中から参加するのは難しかったかもしれません。自分が最初から参加していれば、ラボの進め方についても、UDトークを入れてほしいなど提案しながら活動していけるのですが、途中から参加すると、そのミーティングのやり方自体を変えてもらわないといけなかったりします。UDトークは全員が使い慣れているわけではないですし、特に実施日が決まっているラボの場合は自分が入ることで、活動のペースが落ちて間に合わなくなってしまいかねないですから。

岡森祐太さん画像5

とびらプロジェクトの魅力とは?

岡森 反対意見を言いやすい。嫌がられない(笑)。
例えば会社で研修担当者にUDトークの調子が悪かったことをフィードバックしたときに、「せっかく用意したのに……」と場が暗くなってしまったりします。でもとびらプロジェクトだと、ダメだったということを明るく共有できる。失敗を次に生かそうとする人たちが集まっています。

また、 “とびラボ”では、ホワイトボードの前に立って議論を主導する機会が多く得られました。その経験は会社でもいろいろな場面で活かすことができました。
聞こえないと「配慮が必要」という感じで、下に見られがちなんです。でも、とびらプロジェクトではそういった序列みたいなものはなくて、誰にも平等に機会がありました。

岡森祐太さん画像6

開扉後の予定は?

岡森 本が好きなので、本に関わる活動をしてみたいです。
仲間でオンライン読書会をやっているんですが、本もアートもそれらを介してのコミュニケーションの本質は同じだと思います。ここで学んだような発言しやすい場づくりだったり、そういう場に耳の聞こえない人にも参加してもらえるようなことができたらいいですね。

とびらプロジェクトを離れてしまうと、アート系の活動は難しいかもしれません。でも、私が会社で偉くなったら、とびらプロジェクトのようにみんなが自分の意見を言い合えるようなチームを絶対つくります(笑)。

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最後に何かメッセージはありますか?

岡森 ここには自分と似た人がいない、同じ障害を持っている人がいない。前例がないからこそ、自分がやらなきゃいけないという思いがありました。

どんなすばらしいワークショップを企画しても、それが「耳の聞こえない人のために」となってしまうと、押し付けがましくなってしまいます。企画する側にとっても、参加する側にとっても、その時限りの非日常な体験で終わってしまうと思うんです。
そうではなくて、日々の準備をしていく過程に当たり前に障害のある人がいることで、「障害がある/ない」という日常が混ざり合うことが大事だと考えています。

自分と似た人がいないからこそチャレンジしてほしい。世間ではマイノリティと言われる人たちに。
聴覚に障害のあるとびラーも、もっと増えていいと思います。耳が聞こえないと一口に言っても、その程度は様々ですし、まだ今(2021年度現在)在籍しているとびラー約150人中、2人だけ。これまでの9年間で数えると約400人のうちの2人ですから。
<おわり>

岡森祐太さん画像8
インタビュー日時:2021324
聞き手・文:米津いつか
撮影:中川正子、とびらプロジェクト

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