東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

INTERVIEW

25

野嵜 辰巳 さん

「通訳」であることを志し、プロジェクトを耕した8期とびラー。

”とびラー”インタビュー
野嵜 辰巳 さん

INTERVIEW

25

野嵜 辰巳 さん

「通訳」であることを志し、プロジェクトを耕した8期とびラー。

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「この美術館の中で一体何が起きているんだろう」

第一線でご活躍中の50代ビジネスマン、
そんな野嵜さんがなぜとびらプロジェクトに興味を?

野嵜 電機メーカーで、商品企画や事業企画の仕事をしています。もともとは営業職で、地方の支社長とか本社の営業部長などをやっていたこともあります。そうやって長年仕事をする中で、ずっと考えていたことがあるんです。
取引先からのクレームがあって、技術者を連れて出向きますよね。でもそれって、あまり解決にならないことが多い。言葉が違うんですよ。

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言葉?

野嵜 はい。言葉が指している意味が違うんです。例えば調子が悪い機械を前にして「どうなっているんだ」「早くなんとかしてくれ」と言っているお客様に、技術者が「いや、このシステムはこうなっています」とか「法的基準に従って計算してありますから、心配いりません」とか説明しても、何の解決にもなりません。そこで、僕ら営業は「お客様の希望はこうだからこう対応して」と技術者に伝え、お客様には「こういう理由で今こうなっています、だからこう対処します」と、「通訳」をしないといけないんです。
これは社内でも同じで、工場の開発部と製造部の間とか、品質保証部と設計部の間とかでもしばしば起こる現象です。そういう時、両方の言葉がわかる人がいると物事がスムーズに進むという経験を、何度もしてきました。

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なるほど、「通訳」とはコミュニケーションを
仲立ちする役割ですね。

野嵜 昔から写真芸術にとても関心があって、中学生ぐらいからは自分でフィルムから現像もしていました。大人になってからは暇もなかったのですが、仕事がある程度落ち着いて若干自分の時間がとれるようになったときに、もう一度写真や芸術を学びたいという気持ちになって、数年前から芸術大学の通信講座を受講していたんです。そうしたらそこで「目からうろこ」みたいなことがたくさん起きて。
僕は、芸術を学ぶということは、技法とか技巧とか、あるいは美術史とかを勉強するものだと思っていました。要は、うまく描けるように、あるいは深く研究するという目的のために。でもその講座では、「芸術」というものをもっと広い範囲で捉えていたんです。時間の中にも芸術があり、文学の中にも芸術が隠れているんだと。そうか、僕は今まで、ものすごく狭い範囲で「芸術」を考えていたんだとわかったんです。
ちょうどその頃、とびラーの募集をどこかで知りました。インターネットで発見したのかな。東京都写真美術館にはよく行っていたけど、東京都美術館(以下、都美)には正直行ったこともなかったんですが、この美術館の中で一体何が起きているんだろうと。
とびらプロジェクトのコンセプトにも、とても惹かれるものがありました。今まで自分が仕事を通してずっと考えてきた「通訳」という役割が、この場にもあるんじゃないかと思ったんです。美術館って、ただ絵が飾ってあって勝手に来館者が見ていくだけっていうイメージがあったんですが、誰かが「通訳」をすれば鑑賞が深まるし、「絵や彫刻なんてハードル高いな」と思っている人もぐっと近づけるんじゃないかと。そういうプロジェクトなら、ぜひやってみたいと思ったんです。

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それにしても、時間やエネルギーの
やりくりが大変だったのでは。

野嵜 仕事と、大学と、とびらプロジェクト。とびらプロジェクトは、仕事とも大学とも全く違うサードプレイスで、違う人に会って、違う話ができて。仕事のことを考えない場所、息抜きの場所でした。
とはいえ、1年目の基礎講座はめちゃくちゃ面白かったんですけど、2年目にはちょっとダレちゃったこともありましたね。でも活動はサボっていても、とても印象に残る出会いがありました。岡森さんと伊東さんという、耳の聞こえないとびラー二人と親しくなって、手話も勉強しはじめました。

手話。それもある意味、「通訳」ですね

野嵜 そうなんです。もちろん手話通訳士なんていうレベルではないんですけど、カタコトの手話みたいなことでも、結構コミュニケーションできるんですよ。
そしてこの出会いは、大学での研究に結び付くんです。岡森さんや伊東さんと接するなかで、障害などの理由でまだまだ美術館にアクセスしにくい、遠いところにいる方がいっぱいいらっしゃるということが実感としてわかって、いろんな本を読んで勉強しました。今は大学院に進んで修士課程の2年ですが、博物館のアクセシビリティの研究をしています。
伊東さんは別の大学の博士課程を修了されていて、歳は僕よりもずっと若いんですけど、博物館学の研究をしている専門家です。まさに僕の研究テーマとも重なるので、議論をしたり、学術的なこともたくさん教えてもらいました。

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専門的な話題についてしっかり議論できる友人が
得られる機会なんて、なかなかありませんよね。

野嵜 そうなんですよ。「日本の博物館どう思う?」とか、「イギリスの最近の例では…」みたいな、とっても濃い話ができるんです。しかも彼は外国の美術館をたくさん見に行っているので、たとえば「スミソニアンは、見えない人や聞こえない人にこういう対応をとっている」とかの事例を、詳しく教えてくれます。素晴らしい出会いでした。これからもお付き合いさせてもらいたいなと思っています。
僕、英語はほとんど喋れないんですけども、英語よりも手話を覚えた方がよっぽどいいなと思いましたよ。同じ日本の中で、障害を理由にコミュニケーションできない人がいるっていうのは、本当にもったいない。

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<つづく>

「みんな本気出してきたなあ」

岡森さんと一緒につくりあげたのが「すごろく」ですね。

野嵜 岡森さん30代の青年で、寡黙で真面目、本が大好きなとびラーさんです。「展覧会のなりたちをゲームにしよう」というとびラボを運営されていました。
このとびラボは、僕が気付いたときにはすでに始まっていて、ホワイトボード*で存在を知りました。最初のうちはホワイトボードを追いかけながら見守っていたんですが、そのうちに、岡森さんがすごく悩んでいる様子が見えてきたんです。美術展の成り立ちをゲームにしようというコンセプトのもとに、具体的なアイディアが活発に出すぎて乱立していたんですね。プロジェクトを進めるために次に何をやるべきかということも見失って、ちょっと停滞しているような感じでした。
僕、これは大変だからぜひお手伝いしたいなあと思って。で、まとめる方向についてアイディアを出したんです。
*とびラボのミーティングで話し合った記録を掲載する専用ウェブサイト。ホワイトボードの板書を写真にとってアップする仕組み。

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でも、今まで参加していなかったプロジェクト。
割って入ることに、躊躇しませんでしたか?

野嵜 さすがにいきなりミーティングで「まあまあ、みなさん」と仕切るのは失礼かなと思ったので、岡森さんにだけメールを送りました。「こういうやり方もありそうだけど、どうだろう」と。で、とびラボのみなさんには、岡森さんから今後の方向性を提案していただくという形をとったんです。

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岡森さんとは、それまでにお付き合いがあったのですか?

野嵜 いいえ。それまで特に個人的なかかわりはありませんでした。でも岡森さんは受け入れてくれて、これをきっかけにぐっと仲良くなりました。
そういう関係って、仕事ではあまりないですよね。よく知らない年上の人間からいきなりアドバイスなんか受けたら、本当は聞きたくないけどこの人の顔を立てなきゃなーと思ったり、あるいはパワハラにもなりかねない。役職とか社歴とか、出身部署とか、いろんな問題がありますよね。でも、そういうことを一切気にしなくてよいとびらプロジェクトの空気感は、やはり素晴らしいと思います。

その後、すごろくプロジェクトは?

野嵜 半年くらいかけて成果品ができ、2021年のとびらフォーラムでお披露目しました。Web上で動くすごろくで、タイトルは「目指せ!!とびマスター」。展覧会の準備をしながら、東京都美術館の中の場所やイベントをたどってポイントを集めていくという、もりだくさんの内容です。

すごろくプロジェクトの画面

とびラーの活動もあちこちに散りばめられていますね。
たしかに、とびマスターになれそう。

野嵜 ただ、完成品をつくったことがよかったのかどうかは、ちょっとわかりません。
企業や団体では、ともかく期日までにまとめる、少々不完全であっても出来上がるということが重要視されますよね。これに対してとびラボは、完成することが絶対条件ではないんです。それを、無理やりというか、収束に持っていったことがよかったのかどうか。もちろん強引にやったつもりはないんですけど、そこはちょっと反省もあります。

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このすごろくがお披露目された2021年のとびらフォーラムは、
新型コロナ禍でオンライン形式での開催になりました。
準備に追われていた時、スタッフ宛に野嵜さんから「大丈夫?」とメールが来たと。

野嵜 もともとリアルで開催するはずだったのが、2週間前くらいに突然オンライン開催に決まりました。
とびらフォーラムは例年第1部と第2部に分かれていて、第1部はゲストスピーカーを交えたシンポジウムです。一般の参加者もたくさんいらっしゃるので失敗が許されないし、スタッフはもう、そちらに集中せざるを得なかった。
とびラボ紹介の第2部も当然オンラインになります。最初、スタッフの方が掲示板に「オンラインでどのように進めれば良いでしょう?」って問題提起をしてくれて、そこにみんなアイディアを書き込んでいきました。
ところが、何しろ時間がありません。これはちょっと間に合わないなと思ったんです。仕事でオンライン展示会運営の経験があったので企画書を作り、スタッフに「大丈夫?こうやったらどう?」とメールを送りました。
「それで行きましょう」ということになり、ブレイクアウトルームの割り付け、時間割、台本、運営マニュアルと、いろんなものを2週間で整備しました。とびラー側は私が窓口になって進めました。

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ある意味、とびらプロジェクトらしくない進め方では?

野嵜 そうですね。みんなで相談する時間が絶対的に足りなかったので、話し合って物事の方向性を探りながら進めていくことが多いとびらプロジェクトとしては、非常に特殊なケースだと思います。
もちろん僕だけが動いたわけではありません。たとえば「Zoomの壁紙がいるかな」「壁紙にUDトークのQRコード入れておこうよ」などとアイディアが出ると、「こんなの、どう?」と誰かがサッと作ってくれる。実際の画面でテストもやりました。みんな、それぞれ自分ができることを必死でやりました。

で、当日を迎えた。

野嵜 はい、終わってみたら楽しいお祭りでした。
運営マニュアルはバージョン7くらいまで修正を重ねたんですが、それでも詳細が決まっていなかったところも結構あったんです。当日どうなるかと思っていたんですが、みんなやっぱりピシッと行きましたねえ。それぞれのとびラボで上手に調整しあって、最後、合わせなきゃいけないところは、きっちり合わせてきました。内容的にも、それぞれのラボの特色がうまく出ていたと思います。とびラーの柔軟さと発想力がいかんなく発揮されて、「みんな本気出してきたなあ、たいしたもんだ」と思いました。
参加者の満足度もとても高かったと聞いています。参加人数は過去最高だったそうです。オンラインだから全国からいろんな美術館関係者も参加されたようで。とびらプロジェクトへの関心の高まりを実感しました。準備中、夜中の1時とかにメールをやり取りしながら、「みんなから注目されているんだから頑張ろう。リーディングプロジェクトとして、いいところ見せなくちゃ」と励ましあっていたのですが、これで報われましたね。

野嵜辰巳さん画像11

進め方はちょっと違ったけれど、
やはりとびらプロジェクトらしさもありますね。

野嵜 そうですね。なんというか、プロジェクトの危機に、とびらプロジェクトらしさのようなものがすごく出ていたなあという気がします。
みんなテンションがあがっていて、とびラーの中では「フォーラムが失敗したらスタッフが左遷されちゃうかも」「みんなでスタッフを守らなきゃ!」みたいなブラックジョークも飛び交っていました。スタッフととびラーが一体となって、頑張りました。

<つづく>

「アートを学ぶことは、間違いなく社会や経済の役に立つ」

野嵜さんは自らプロジェクトをつくりだすよりも、
すでに動いているプロジェクトの中で気づいたことを
実現してきたのですね。

野嵜 自分ができることを思いついてお手伝いをしたといえば絵本プロジェクトですが、こちらは、僕は中身の制作にはまったく関わっていません。
「ねずみくんのものがたり」という、たくさんの素材を張り付けた立体感のある、大判の素敵な絵本ができていたのですが、都美のアートスタディルームに来た人しか見ることができない。それではちょっともったいないなと思ったので、Webサイトをつくってアップしたんです。で、「こんなの作ったよ」とメンバーに見せたら、とても喜んでもらえました。

絵本プロジェクトの様子

Web公開もある意味「通訳」というか、
作品へのアクセスの可能性を広げますね。

野嵜 そうですね。もっとたくさんの人に気軽に見てもらえるようにと。パソコンを使った作業は得意なので、僕のその力がお役に立つならどうぞ使ってね、という気持ちでした。

Webサイト画面1
Webサイト画面2

「通訳」野嵜さんは、作品と人をつなぐだけでなく、
プロジェクトやコミュニティを耕してきたんですね。
では、これからは?

野嵜 大学院は今年卒業ですが、仕事は定年までまだ数年間あります。その後は、NPOか任意団体的なものをつくって、美術館のコミュニケーション活動を支援していきたいと思っています。具体的には、とびらプロジェクトの鑑賞講座とか、あるいは美術館ボランティア活動のようなものになるかなと。
日本の美術館は、ボランティアやアート・コミュニケータを組織できない美術館が圧倒的に多い。小さい館はやりたくても物理的にできないんです。お金もない、人もいない。その上予算を削られて、どんどんどんどん廃れていっています。そういう館を支援できる組織をつくりたいのです。方法は、オンラインでもリアルでもいいと思っています。

それは、この3年間にアート・コミュニケーション活動に
手ごたえを感じたから?

野嵜 そうですね。とびらプロジェクトにかかわって、僕は美術とかアートを学ぶことや、それらを介したコミュニケーションが間違いなく社会や経済、仕事の役に立つという確信を得ました。
たとえばVTSVisual Thinking Strategies)という鑑賞方法は、「この絵の中で何が起こっているだろう」と問い、よく見て考えることを促します。これ、すごく想像力を働かせますよね。
一般に、「アートって社会では何の役に立つの?」と言われることが多いです。でもね、社会に出てからする実際の仕事って、想像力が必要なことばかりじゃないですか。お客様は何を求めているのか、何が売れるのか、会社はどういう戦略を立てればいいのか、社員は満足しているのだろうか。
だから、想像力を鍛えることは重要で、それができるアートは、もう間違いなく社会の役に立っていると思うんです。
趣味とか教養の範囲を超えて、企業とかお医者さんとかの研修にアートの鑑賞を役立てる動きも出てきています。アートはどんどん世界に浸透して、一部の人や単なる趣味のものではなくて、身近なものになりつつある。
それがもっともっと広まっていってほしいし、自分もその中で何かができればいいなと考えています。

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インタビュー日時:2022324
聞き手・文:只木良枝
撮影:中川正子、とびらプロジェクト

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