東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

INTERVIEW

26

黒岩 由華 さん

ふわっとそこにいてくれる、力強い名サポーター

”とびラー”インタビュー
黒岩 由華 さん

INTERVIEW

26

黒岩 由華 さん

ふわっとそこにいてくれる、力強い名サポーター

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DOORととびらがセットだった」

東京藝術大学 履修証明プログラム
Diversity on the Arts Project(以下:DOOR)の修了後、
すぐにとびラーになったんですね。

黒岩 はい。DOOR3期生です。受講中にとびラーさんと一緒に活動することがあり、そこでとびらプロジェクトを知って、応募しました。とびらプロジェクトの中でもDOORの授業を受けられるので、また受講して。だから、私の中では、DOORととびらは別のものではなくて、ひとつのセットみたいになっています。

では、そもそもどうしてDOORに?

黒岩 1990年代、まだ介護保険制度もなく、「バリアフリーって何ですか?」みたいな時代に、勤めていた企業のショールームで、これからの高齢化社会に向けた住宅を企画提案する仕事をしていて、そこで年齢を重ねても自宅で暮らし続けるための課題や現状について勉強したんです。歳をとるって大変なことなんだ、社会にはこんな問題があるんだと気づいて。その仕事が終わってもやっぱり関心があって、ヘルパーの資格をとったりしていました。
数年前に、長い間勤めた会社を辞めたんです。で、ハローワークでの会話の中で、高齢者施設の認知症棟を紹介されて、週3日程度勤務していました。
私、もともとお年寄りが大好きで。おばあちゃんたちにモテて、みなさん、いっぱいおしゃべりしてくださるんですよ。これ、ちょっと自慢なんです。
で、お年寄りの方々はみんなそれぞれ背景は全然違うけれども、みんなすごい一生懸命生きてきて、お子さんも育て上げていらっしゃる。そういう方々が人生の最終盤を心豊かに暮らせるといいなと思って、それまでの仕事で、ショールームの企画をしたり、イベントなど様々なPR活動をしていたんです。でも、高齢者施設で働き始めてその実状に接したときに、また考え込むことになりました。20年以上前に自分が知った状況から、大事なことがあまり変わってないかもと。

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大事なこと?

黒岩 お年寄りは施設にいらっしゃるから安全だし、何より家族は安心ですよね。でもお年寄り本人が幸せな人生の終盤を送れているかというと、みんなとても寂しそうで、心豊かな暮らしとはなかなか感じられなくて。
家族が来てくれた時は嬉しいけれども、じきに帰っちゃう。残されたおばあちゃんが泣いてると、隣のおばあちゃんが「どうしたの」って声をかけます。すると「息子が帰っちゃった」と。で、そのあと話が「母が帰っちゃったの」とか「母の母が帰っちゃったの」と、だんだん変わってくるんですよ。「90歳のあなたの「母の母」はいったい何歳なの?」って、横のおばあちゃんが突っ込んでるのに私が吹き出して笑ってるのを見て、ようやく泣き止んでくれたりするんですけど、ね。
結局、安全に暮らせる場所というハード的なものと、食事やトイレなどの介護的なものはあっても、幸せそうには暮らせていない。家族で暮らすことや自宅で暮らすことが難しくなった時、もう少し何があればより幸せな人生の終盤を迎えられるんだろう、と考えてしまって。
そのときに、私、これは介護っていうアプローチだけではなく、まったくの直感なんですけど、音楽か、アートか、そういう何かで貢献できないかなって、勝手に思ったんです。

なぜ、音楽か、アート?

黒岩 音楽のほうは、学生時代からずっとバンドをやっていて、シンセサイザーなど鍵盤を弾いているんです。でも、アートのほうは、ぜんぜん。美術館には好きで行くし、落書きみたいなことはするんだけど勉強はまったくしたことがないし、これは少し学んでみたいと思って。
それで、まず臨床美術士の資格をとりました。で、先輩についていって高齢者施設に行ったりとか。おばあちゃんたちと一緒に絵を描いたり、作品を作ったりして。
たまたまご縁があったNPOの活動で、児童養護施設にも行っています。そこで子ども対象の活動もはじまりました。子どもたちの環境も大変なんだと感じながら、はじめは私、こんな接し方でいいのかなと迷っていて。手探り状態だったところに、地元の鎌倉のカフェで「アート✕福祉」と書いてあるDOORのチラシに出会いました。企業勤めをやめてから1年半後のことです。

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で、DOORの受講がはじまったんですね。

黒岩 コロナ前の2019年だったので、毎週上野に通って、みんなといろんなことを勉強しました。自分がずっと関心を持ち続けている高齢社会のテーマの授業ももちろんありましたけど、臨床美術士として活動するうちに関心を持ち始めた子どものこととか、それだけでなくて、本当にいろんなこと学んで、「こういうこと全部が社会なんだな」と感じました。視野がワーッと広がりました。
けれどもあっという間の1年で、物足りなく思っていたんです。DOORにはとびラーさんが来ているので、直接会って話をすることもあって、なんか面白い人たちだなって思っていました。DOORととびラーを同時にやっている同期もいたんです。その人も「とびラー、面白いよ」って言うし。「美術館で、どういう人たちが、どうやってアートと社会を結び付けてるのかな」という関心もあって。それで、とびラーに応募しました。

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<つづく>

「ホンモノがいる!」

とびラー1年目はオンラインではじまりました。

黒岩 2020年、コロナ禍の影響でDOORの修了式は1か月延期してやっぱりオンラインになりました。とびラーは、なったときからいきなりオンライン。美術館は閉まっていて、まったく来られない状態でした。
DOORから一緒にとびラーになった友人もいたので、誰も知らないというわけではなかったんですが、私、ちょっと人見知りというか、自分から入ってくのが苦手なんですよね。スロースターターなので、慣れるのに時間がかかって、最初の頃は画面の中で様子をうかがうみたいな感じになっちゃっていました。
秋になってようやく東京都美術館のアートスタディルームに来ることができて、とびラー証も、はじめて手にしました。そこで、Zoomの画面の中で見ていたとびラーのみなさんにはじめてリアルで会って。「はじめまして、画面ではいつも・・・」みたいな感じで挨拶しました。
そのとき、すっごく感動したのを覚えています。「ホンモノがいる!」「こんなに可愛くてちっちゃい人なんだ!」とか。何だか、昔広告の仕事をしていた時代に、撮影現場でタレントさんに会ったときみたいな感じでした。

いろんなとびラボのなかで重要な役割を担う
「名サポーター」だったと聞いています。

黒岩 名サポーターかどうかはわかりませんが、私、自分では「この指とまれ」(※)していないんです。誰かが「この指とまれ」したら、興味があるとか、そのテーマを考えてみたいとか、人の話を聞きたいみたいな動機で、動いているとびラボの掲示板を見ながら、参加していました。割と積極的にいろいろ首を突っ込んでいましたね。同時に、複数のとびラボをやっていることもありました。
※新しい活動のアイディアがひらめいたら「この指とまれ」で他のとびラーを3人以上集めてチームをつくり、「とびラボ」を始めることができる。

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印象に残っているラボは?

黒岩 たくさんあるんですが、例えば「おいでよ・ぷらっと・びじゅつかん」ですね。とびラー1年目の終わりくらいから始まって、プログラムを合計3回実施しました。子どもや保護者に、美術館を気軽に行ける居場所のひとつにしてもらいたいという趣旨のプログラムです。
「今日はどんな気分?『学校がしんどいな』とか『いつもみんなで行動するのも疲れちゃう』という時、『どこかゆっくり過ごせる場所ないかな』と思ったら、おいでよ、ぷらっと美術館に。」
こんな呼びかけで、小3~中3までの子とその保護者を対象に募集しました。
美術館をいつでも気軽に来られる場所にしてほしい。もちろん、私たちもいつもいられるわけではないのです。ただ、美術館に来たことがない子って、いっぱいいるじゃないですか。子どもにとって、自分の居場所が家か学校かしかわからなくて、学校がしんどいなってなったとき、「社会に自分の居場所がないって思って欲しくないよね」っていう気持ちでした。「いつでも美術館に来ていいんだよ、こういう場所もあるんだよ」と伝えたいって。

それは、とてもセンシティブな発信でもありますよね。

黒岩 そうです。オンラインのミーティングを、何十回やったかな、たぶん30回以上だと思います。
どうしても回を重ねないと進んでいかないところもあるし、すごくセンシティブなテーマというか、考えなきゃいけないことがたくさんあるテーマだったから、本当にいろんなことをよく話し合って一つ一つ決めていきました。オンラインミーティングって、やっぱり時間かかるんですよ。リアルに対面できるようになってから、そう実感したんですけど。
とびラーはいろんな経験を持ってる人たちが集まっているので、自分はこう思うよとか、ここではああだったよとか。そんな話を聞きながら、じゃあどうしようかみたいな感じで進めていったので、時間はかかりました。
だから、実施当日よりも、やっぱりそのプロセスというか、ミーティングで話し合ったことのほうが印象に残っています。普通、企業などでミーティングするときって、自分の所属している組織や自分の立場を背負ったりしながら発言するものですが、とびらプロジェクトではそれがほぼない。みんな美術館や子どものこと以外、余計なものは背負ってないし、納期も期限もあるようなないような。もう全員がすっぴんの、自分の心のまんまで喋っていました。こういう経験は初めてで、大事にしたい議論をみんなで深めることができた思い出深いラボです。

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全員が「すっぴん発言」のなかで、
「人見知り」の黒岩さんとしては?

黒岩 そうですね。私も、子どものことをよく知らないのにこんなこと言っていいのかなとか思いながらも、けっこう発言していましたね。それと、みんなが喋っていることをちょっと図にしてみたら「わかりやすい」と言ってもらったりしました。あと、プログラムのタイトルをつけるとか、告知用の広報文考えるとか、そういう裏方的な部分をやっていました。
「おいでよ・ぷらっと・びじゅつかん」は、『イサム・ノグチ 発見の道』展開催中の2021年の8月に第1回を実施しました。『ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント』展を開催中の同年11月に第2回、『展覧会 岡本太郎』を開催中の202211月に第3回を実施しました。関心を寄せてくれる方も多く、とびラボに参加していないとびラーも応援してくれました。
3回目の時は、私は別のラボにかかわっていて、当日と直前の準備くらいしかやってないんですが、回を重ねて確実に発展してきたように思います。マンツーマン対応のプログラムなので人数はたくさん受け入れられないんですが、SNSの告知を見て周囲の人が「すごくいいね」ってコメントをくださったり、「美術館はそういう場であってほしいね」みたいな反応をたくさんいただきました。これからも続くといいなと思っています。

建築ツアーの新しい企画もあったとか。

黒岩 「Fun! Fan! とび巡り」っていう、各とびラーイチ押しの都美の見どころを組み合わせた建築ツアーです。これはシンプルにすっごく楽しかった。毎週、部活みたいにミーティングをしていました。
都美の中のそれぞれの説明ポイントに「キャスト」と称するとびラーが立っていて、そこに「ツアーアテンダント」が一般参加者のグループを連れて行くんです。それぞれ自分の一番好きなポイントを担当するので、説明が熱いんですよ。

黒岩さんは、ツアーアテンダント?

黒岩 いいえ、私はキャスト、大銀杏ポイントの説明係でした。
前川國男さんが都美の新館を建てるときに、その土地の木を伐っちゃいけないという約束になっていたと。ということは、あの大銀杏はここにずっと昔からいたということですよね。約100年前、建築家の岡田信一郎さんが都美の旧館を建てた話は、今までの建築ツアーでもされていたんですが、「Fun! Fan! とび巡り」では大銀杏の力を借りてそれより前の話をしたんです。
「約150年前、ここ上野公園で戦争があったんです。すぐそこには瑠璃殿という寛永寺の大きな根本中堂があったけど、上野戦争で燃えてしまいました。時を経て今ここには美術館もできて、幸せそうに行き交う人々。あの大銀杏は、ずっとそういう歴史を見てきたのではないでしょうか」みたいな土地の記憶の物語を、古地図とかを見せながら話しました。
このとびラボではみんなでおそろいのサコッシュやプラ板を作ったりして準備も本当に楽しかった。一回きりで終わるのはもったいなくて、解散の打ち上げ会をやったときに、「この指とまれ」したんです。とびらプロジェクトと関係ない場所での「この指とまれ」なんですけど、「Fun! Fan! 鎌倉巡り」っていうのを企画して。後日私の地元の鎌倉めぐりをしました。私の初の「この指とまれ」は、とびらプロジェクトを飛び出したところだったんです。この会、その後も続いていて、千葉や埼玉にも出かけています。
そのほかの活動も、いろいろ広がっています。とびラー8期の方がやっていたこれからゼミの活動や、今年の秋の東京ビエンナーレで対話型鑑賞をやるという計画もあります。任期満了したとびラーたちからも、「今年、開扉したらこっちの企画も参加して欲しいな」って言ってもらって。

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さすが、名サポーター。どんどん声がかかりますね。

黒岩 最初は時間かかりますけど(笑) 23年目とびラーさんとも、活動を重ねるごとに仲良くなってどんどん楽しくなっていきました。
だから3年目は、とびラーの活動と、開扉したとびラーさんとの活動と両方で、毎晩のようにオンラインミーティングをやっていました。

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<つづく>

「アートは、心のやりとりのための必須栄養素」

いよいよ、開扉の春を迎えますが。

黒岩 とびラーに参加して、自分自身何かが成せたというわけではないんですが、DOORからとびらプロジェクトをセットで経験して、「そういうことか」って思ったことがあります。
最初に、高齢者施設で「認知症のお年寄りたちに必要なのはアートか、音楽」と感覚で思った、という話をしましたよね。
その後に受けたDOORの授業で、講師の先生が「感情によってのみ喚起されるのがアートと音楽」と言われていて。「なるほど。そうか」って、納得したんです。
認知症でいろいろなことを忘れても、感情は最後まで残る、人にとってすごく重要なもの。これは重度の認知症の方とも接した私の実感でもあります。
だとすると、その感情によって喚起されるアートや音楽は、人にとって身体や細胞の一部のように重要な、必須の存在だとも思えるんです。
でもこれは、たとえば「認知症の方にとにかくアートが必要だ、提供すればよい」というのとは少し違って・・・。
認知症の方でも、子どもでも、若者でも、大人でも、一番大切なのは人との心と心のやりとりです。そのやりとりが行われるための動力として、アートは必須栄養素のように働いてくれる。だから、人にとってアートってとても大事なものなんじゃないかと。

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感情に作用するアートが、必須栄養素のように働いて、
心のやりとりの動力になる……。

黒岩 感情っていつどういうしくみで生まれてるのかよくわからないんですけど、感情は最後の最後まで人間の中にある大事なものであって、それは人と心のやりとりをするための必須栄養素である音楽とかアートを必要としている。そのことを、DOORととびらプロジェクトの講義や体験を通して、納得させてもらってよかったと思っています。自分で勝手に納得してるだけですけど。
コロナが収まり久しぶりに臨床美術で子どもに接したときに、なんだか気持ちが変わっていたんです。すごく楽しめた。自分がしていることはおせっかいなんじゃないか、アートってそんな大事なことじゃないのかなって心配になったこともあったんです。実際、コロナ禍の中で、アートは不要不急だ、みたいな扱いもあったじゃないですか。
でも実際は全然そうじゃなかった。DOORととびらプロジェクトの合計4年間で、やっぱりアートは人間にとって大事なことだと思った。私は自分の活動をやっていいんだって思えたんです。
それと、声をかけてくれる仲間がいる。ずっと続きそうだな、という関係ができたのは本当に幸せなことだなと思っています。
私、人はほぼ出会った人と食べたものから作られていくと思っているんですが、その意味で、こんなに素敵な人たちと出会えてよかったし、いっぱい栄養をいただいたと思っています。

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インタビュー日時:2023315
聞き手・文:只木良枝
撮影:中川正子、とびらプロジェクト

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