東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

INTERVIEW

4

亀山 麻里 さん

2期とびラー、家庭と会社と3本柱

”とびラー”インタビュー
亀山 麻里 さん

INTERVIEW

4

亀山 麻里 さん

2期とびラー、家庭と会社と3本柱

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「新しいことを始めているんだよ」

どんなペースで、「とびらプロジェクト」に
かかわっていますか?

亀山 月に23回は必ずここ(東京都美術館)に来ていると思います。対話型鑑賞の実践講座と、それを実践する「スペシャル・マンデー・コース」にもできるだけ出席するようにしていて。

月曜の休館日を利用して、子どもたちが学校のクラス単位で美術館を訪れ、ゆっくり展示鑑賞を楽しむプログラム。「とびらプロジェクト」が軸に据えている対話型鑑賞法「VTS(後述)」が用いられる。

亀山 いくつかの「とびラボ」にも都合のつく範囲で。たとえば「授乳室を可愛くしよう」というプロジェクトとか。
小さなお子さんのいるお母さんが「とびラー」にいて、都美の授乳室を使ったとき「あまりに殺風景で可愛くなかった(笑)」と。「あそこの居心地をもう少しよくできないかな」という声を彼女が掲示板に上げてくれたんです。わたしもすごく共感できたので賛同して。56名が集まって話を交わしています。

亀山 かなりのペースで参加しているように見えると思いますが、普段はフルタイムの会社員です。そのうえ、夫と小学4年生の男の子と2年生の女の子の家族もいて(笑)。プライベートな生活と、日中の会社の仕事と、そのあいだに「とびらプロジェクト」がある。

立ち入った質問になりますが、
時間のやりくりはどうなさっているんでしょう。
ご家族の反応は?

亀山 うちは保育園に預けて働きながら育ててきたので、やっぱり朝ご飯と夕ご飯の時間がいちばん密度の高い家族タイムなんです。そこで子どもに、「とびらプロジェクト」のことをすごく喋るようにしている。
たとえば「昨日の月曜は、どこどこの学校の4年生の子どもたちと半日すごして、こんなことがあってね」とか、わりと全部話したり。理解しているかはわからないのだけど、「楽しいんだよ」「新しいことを始めているんだよ」ということを伝えたくて。

やりくりについては、子どもが放課後お稽古ごとに行っている間に都美に来て、帰宅時間に合わせて切り上げて、彼らが一人で留守番をすることにはならないようにしている。

亀山 会社には、「とびらプロジェクト」の活動や経験から返せるものがいろいろある気がしたので、「自分のスキルを上げるため」という理由を添えて申請して、正式に了解をとっているんです。ミュージアムの展示に関連する職種で、ずっと博物館や美術館にたずさわってきました。

「スペシャル・マンデー」は平日の月曜日だから、会社で働いていると参画が難しい。けど関連する講座も月曜午後にひらかれるので、試しにその時間帯の外出申請も出してみたら、「そういうことならいいよ」と言ってもらえた。なので平日の午前中は会社で働いて、なにかある日には午後からここに来るスタイルを取れているんです。あのときは本当に「いい会社だなあ」と思いました(笑)。

<つづく>

「どうしたら、博物館や美術館がもっと機能するんだろう?」

「とびらプロジェクト」では、
とくに対話型鑑賞に焦点を合わせて参加しているんですか?

亀山 それだけではないけれど、実践講座では「鑑賞」を選んでいるし、その自主練習の「とびラボ」にも中心的にかかわっています。

わたしはここの講座を通じて、初めて対話型鑑賞(VTS/ビジュアル・シンキング・ストラテジー)という手法を知って。それまでまったく知らなかったけど、「面白いなあ!」とすごく興味を持ったんですね。

別の「とびラー」による対話型鑑賞(Visual Thinking Strategies)の様子。

亀山 VTSの手法では、一つの作品を数名で一緒に見る。それまでわたしが馴染んでいたのは、一人で見るか、あるいは親しい人と二人で静かに見るものだったけれど、そうではなく67名のグループで一つの作品をみて。
その後、それぞれが思ったことを発言し合う。
ファシリテーターの「なんでも言っていいです」という促しに応じて、感じたことや気づいたことを口にしてゆくのですが、この「思ったことをなんでも言える」機会って普段の生活の中に実はあまりなかったかも、と思った。「この絵はあまり好きじゃない」というようなことも素直に言える雰囲気があって、それがとても良かったんですよね。

「発言を否定しない」というルールをファシリテーターが持っているというのは後から知ったんですけど、知らずに参加しながら「これは自己肯定感が生まれる絵の見方だなあ」と思った。臆せず自由に自分の意見を言えて、それを他の人が「うんうん、なるほどね」と共有できる場のありようが、すごく新鮮でした。

また複数名でみることで、自分は気づかなかったその絵の面白さに気づけたり、他の人の話を通じて、自分の興味の幅がさらに広がるチャンスが得られたというか。

亀山 そんな鑑賞を初めて体験して「すごく面白いなあ」と思ったんです。普段の仕事に戻ってしまうんですけど、こういう手法を使うと、たとえば地方にたくさんある小さな郷土資料館のような場所で、子どもたちとお婆ちゃんが一緒に昔の民具をみながら語り合う、そんな時間もつくり出せそうだなと思ったり(笑)。
絵画に限らず、「いろんな現場でコミュニケーションの幅を広げうる手法かもしれない」と、勝手に面白さを感じていた。

VTSの自主練習会も始められたんですよね。

亀山 はい。もう一人の「とびラー」と一緒に中心になって。1期の人たちがVTSの勉強会をひらいていて、それに参加したとき「自主練はまだやっていないから、2期の人たちで始めてみない?」と言われて。
毎月2回はやろうと話し合い、「今月は○○日にやるよー」とみんなに声掛けしてコーディネートしています。「不特定多数の人々がたくさん集まっている場所で、なにがしかのプロジェクトを進めてゆくにはどうしたらいいんだろう?」「どうすれば、みんなが参加しやすい場ができるんだろう?」とか。

今にして思うと、わたしはそこを模索したくて「とびらプロジェクト」に応募したのかもしれない。「参加しやすさとは?」ということを探って、その方法を見つけ出したかった。

多様な人が、互いに参加してゆける状態をどうつくり出せるか?
という関心が「とびらプロジェクト」に限らずある。

亀山 そうですね。そしてなんとなく「見えて来たかな?」という気もします。
VTSの自主練の日取りの決め方を、他の活動がある日とわざと一緒にしてみるとか。ウェブで告知するだけでじゃなくて、直に会ったとき「今度やるから」と一声掛けると違うんだなとか。細かい話ですけど。
自主練にはスキルを高めたい人が出席率高く集まるので、そういう人が自然と常連さんっぽくなりやすい。けど、もしそれが参加しにくい雰囲気をつくってしまったら元の目的とは少し違ってしまうので、そういうときはどうしたらいいかな? とか。

亀山「VTSは、部屋の中で美術作品のスライドを見ながら練習します。けどそればかりではマンネリ化してしまうので、展示室に出かけて、実際の照明の下で、本物の作品との距離感とか声の反響の具合を感じながら練習することもある」

亀山 そもそもあったのは「公共の文化施設の運営に市民の活動が入ってきたとき、果たしてそれがどんなふうに回ってゆくんだろう?」という関心でした。そのことをすごく知りたかった。
自分が長くたずさわってきた博物館や美術館は、できたあとどこまで活用してもらえているんだろう? とか。本当にみんなの役に立っているのかな? とか。その手応えがないというか、自分で情報収集するすべを持っていなかった。

じゃあ現場では実際にどんなことが必要とされていて、そこに人々がかかわってゆくときに何が起こるのか、良いところも悪いところも含めてリアルに見てみたかった。使いやすいとか見やすいというのはもちろん大事なことだけれど、その先の価値を自分がすごく知りたくて。
でも学芸員になるのはいろんな意味で難しいし、それより「とびラー」として体験してみるのが面白いなあ、と考えたんです。

博物館や美術館のような文化施設が、どうしたらもっと機能するんだろう? という関心がわたしにはあるんです。これからもっともっと、活用していった方がいいんじゃないかと思う。そこにあるものを活かして、いろんな人がコミュニケーションをとってゆける、そんな場になってゆくといいんじゃないかって。
ミュージアムはこれから、これまでと少し違う使われ方をされるようになってゆく気が、ここで最初にVTSに触れた瞬間からハッキリしてきた感じがあるんです。<つづく>

「風通しがよくなっているというか」

「とびらプロジェクト」が美術館のあり方や、
機能の探り直しを行っているとして、
この試みをなにが可能にしていると思いますか?

亀山 都美のスタッフと、藝大のスタッフの両方の臨機応変さというか、ものごとを受け入れる態度、気持ちのありようがすごく広い印象があります。狭くない。「とびラー」から新しい「とびラボ」の企画書を提出するときにも、当然細かいチェックバックはあるけれど、「それはやっちゃだめ」という反応は自分は一度も聞いたことがなくて、まず一度は全部受けとめようという姿勢がすごくあると思う。
あと最初の年の「基礎講座」はとても勉強になったし、影響も受けていると思います。

基礎講座には、1年目の「とびラー」は全員必ず参加する。美術館での活動とはどのようなものか? 対話やクリエイティブなコミュニケーションが起こる場づくりとは? など、活動を支える基礎的な考え方を、講師や先輩「とびラー」から学ぶ、全624時間のプログラム。

亀山 講師の方々はここでないと聞けないような、めいめいの具体的な話を聞かせてくれて。たとえば日比野克彦さんは、美術館を飛び出した美術活動の話を聞かせてくれた。朝顔を植えたり、船のようなオブジェを屋外につくりながらいろんな人にかかわってゆく。「とびらプロジェクト」は都美館でやっているけれど、それを考えた人の一人は、建物の外でもこんなに自由にやられているんだなあというところが印象的でした。
他人の話を「きく」力に関する講座も「とびラー」同士のミーティングに効いている印象があるし。「基礎講座、面白いよね!」って、ほかの人とよく話していたのを憶えています。

注)都美学芸員の稲庭彩和子は「とびらプロジェクト」の年次報告書に、「普通のボランティア講座だと、まず〈どう接遇するか〉〈来館者に対応するか〉を教えることが多いと思うが、とびらプロジェクトの基礎講座では、自分たちが考えているビジョンや理念の共有を大事にしている」と書いている。

亀山 あとこのプロジェクトを実現しているのは、さまざまな細かい工夫の積み重ねですよね。
たとえば「とびラー」のミーティングは、誰かがその場で板書きして、写真に撮って、非公開のサイトの「本日のホワイトボード」というコーナーにすぐ公開するルールがあるんです。

ある「とびラボ」のミーティングの、ホワイトボード。

亀山 ここを見れば、どんなミーティングが行われていたのかなんとなくわかる。自分がかかわっていない「とびラボ」のホワイトボードを見ることもあります。「こんなことやっているのなら今度行ってみたいな」と思うこともあるし、「○○日に○○○のミーティングをします」と誰かが投稿すると「その日は行けないので、ホワイトボード待ってます」というコメントが付いたり。そんな具合に機能している。

「とびらプロジェクト」で自分が接している人たちは、すごく活発というか、生き生きと活動しています。たとえば昨日は「今度、視覚障害のある方々のための鑑賞会をひらいてみよう」というミーティングがあったのだけど、そこでも「やらされてる感」を醸している人は誰一人いなくてみんなすごく熱心にかかわっていた。

亀山 123期という年毎の分かれ目も、わたしはあまり感じない。「とびラボ」でも互いに混ざっているように見える。すごくいい雰囲気だなと思います。

任期が終わったあとどうなるのかな? というのが、いま自分の関心事ですね(笑)。それぞれ3年間を通じていろんな体験をして、たぶんみんなその蓄積を活かしてゆきたい。ただ「はい終了」としてしまうのはもったいない。

ここでの体験は、
亀山さんにどんな影響を与えていますか?

亀山 子どもが生まれるまでは本当にワーカーホリックで、土日も盆暮れもないくらい仕事ばかりしていました。そんな自分のありようが、家族ができてまず一度劇的に変わった。その上に「とびらプロジェクト」にも参加するようになって、すごく忙しそうに見えるかもしれないけれど、むしろバランスがとれるようになった。

仕事と家(家族)だけだった頃は、「こっちもきちんと、こっちもきちんと」と、二つのあいだで躍起になっていたけれど、そこにもう一つ要素が加わったことで、より全体的なバランスを取ろうとしている自分がいて。
とても個人的なことなんですが、風通しがいいというか、息苦しさがなくなっている。そんな感じがしています。<おわり>

聞き手・文:西村佳哲
撮影:後藤武浩、とびらプロジェクト

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