東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

INTERVIEW

31

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橋本 啓子 さん

仕事ではありえない贅沢な時間を
過ごしたと語るビジネスウーマン

”とびラー”インタビュー
橋本 啓子 さん

INTERVIEW

31

橋本 啓子 さん

仕事ではありえない贅沢な時間を
過ごしたと語るビジネスウーマン

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「私、そこ、やっていなかったな」

会社の経営者である橋本さんが、
なぜとびラーに?

橋本 きっかけは新型コロナでした。人や組織へのコンサルティングを仕事にしているのですが、2020年春に感染拡大でその仕事がすべてストップしました。その時に色々考えたんです。
私、こんなに働いてばかりでよかったのかな。何をやりたいんだっけ。もし人生があと数か月で終わるとしたら、やり残していることは何だろうか。そう考えたときに、2つのことが浮かんできました。
1つめは、市民としての役割です。人間って、生きていく上でいろんな役割を果たしていると思うんです。たとえば、子供としての役割だったり、親としての役割だったり、労働者としての役割だったり・・・、その役割を並べて見比べてみたら、私には、市民としての役割の部分が抜けていたなと気づいたんです。

市民として、というのは?

橋本 市民が社会で果たす役割もさまざまですが、たとえばボランティア活動などの社会貢献活動でしょうか。今まで献血すらしたことなかったんで()、ああ、私、そこの部分はやっていなかったなと思ったんです。
2つめは、学芸員資格です。
ハマりやすい性格で、昔、新卒で務めていた会社を辞めた後に、大学に入りなおして美術を勉強したことがあるんです。その時に学芸員資格も取得しました。結局その後は、学費稼ぎではじめた仕事のほうが忙しくなって起業することになり、美術の世界から遠ざかってしまっていたのですが、それを思い出しました。せっかくとった資格、活かせてないなと。
コロナで世界中が静かになっている中で、数か月の間そんなことを考えていていました。
9月頃だったかな、「美術館 ボランティア」で検索してみました。そこに出てきたのがとびらプロジェクトです。ほかにもいくつかヒットしたのですが、主体的に楽しそうに活動しているとびラーのイメージに惹かれました。

で、応募を決意されたんですね。

橋本 はい。その頃にはコロナも少し緩んで仕事のほうも復活してきていましたが、やってみようと。
そこで、「試験対策」をしました。
まず、とびらプロジェクトの本(※1)を取り寄せてじっくり読みました。で、やっぱりこのプロジェクトはいいなと思いました。一般の美術館ボランティアなどと違って「活動の自由度」が高いことが魅力で、さらに活動の軸の中に、私が今まで生きてきて学んだり培ったりしてきたこととの「接点」をいくつも発見しました。
※1)「美術館と大学と市民がつくるソーシャルデザインプロジェクト」青幻舎,2018

この組織は素晴らしいな、ここに入れたら嬉しいな、と思いました。先が分からない世の中で今後の人生の時間をどう使うか、どうせなら、いい場所で、いい仲間と一緒に何かをしたいな、と。
そんな思いを「接点:橋本啓子×とびラー」と題した1枚のペーパーにまとめて、応募書類として提出しました。とびらプロジェクトの多様性の尊重とネットワーク化に強く共感していること、アートと対話によって社会課題の解決をしたいこと、そして「恩送り」をしたいと伝えました。

「恩送り」?

橋本 誰かから受けた恩を、ほかの誰かにお返ししていく。恩めぐりとも言いますね。私が今まで直接的にしてこなかった社会へ、今まで自分が受け取ったものを届けたいと思ったんです。

熱意が通じて、20214月に
とびラー10期としての活動がスタートしました。

橋本 新たに参加するとびラーの初日には、活動中のとびラー全員が集合します。8期から10期の120人くらいが東京都美術館のアートスタディルーム(以下、ASR)で顔を合わせて、そのあと上野公園のツアーがありました。
笑っている人が多いなあ、というのが第一印象でした。いろんな人がいるなあ。見た目も雰囲気もいろいろ、みんな年齢不詳で、なんだか楽しそうだなと。
基礎講座はオンラインでしたが、「何だ、この研修は」と驚きました。
通常オンラインは、リアルと違って講師側もやりづらい面があったり、それが画面を通じて変に伝わってしまうこともあります。でも、
「きく力」の回で講師をつとめる西村佳哲さんは、画面の向こうでゆったりとかまえていてちっとも気をつかっていない感じなのに、講座はちゃんと進んでいく。そのあり方が自然体で、とても素敵だと思いました。以降、西村さん主宰のインタビューの教室など、様々なWSに参加しています。改めてきくこと難しさを思い知り、一方でその奥深さ、力強さを学んでいる最中です。

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橋本 もうひとつ驚いたことがあります。
選択していた鑑賞実践講座では、午前中にとびラーがあげた気づきを、講師が昼休みの間にまとめてVisual Thinking Strategies(対話を用いた鑑賞方法、以下VTS)の理論に紐づけ、午後の講座はそれを使って進めるというものだったんです。これは、受講生には内容が浸透しやすいけれども、その分、講師の側にとても手間がかかるやり方だということを、私も講師をやっているので経験上想像できます。「この方、プロフェッショナルだ」と感じました。
結果的にその後VTSにもしっかりはまり、後日三ツ木さんが理事長をつとめるARDANPO法人 芸術資源開発機構)の社会人向け講座を受講し、ARDA16期生となりました。

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<つづく>

「仕事じゃありえない、贅沢な時間」

1年目からパワー全開だったそうですね。

橋本 そうですね。活動開始の4月から翌年2月まで活動時間の記録をとっていたんですけど、「とびラボ」や「これからゼミ」が20件、DOOR)の聴講やあいうえのなどが8件。使った時間は、ミーティングだけで155時間でした。
)東京藝術大学の履修証明プログラム「Diversity on the arts projects」の略。「ケア×アート」をテーマに、「多様な人々が共生できる社会」を支える人材を育成している。
たくさんのとびラボに積極的に参加していきました。何もかも魅力的に見えて参加したくなる、まるでデパートの地下食料品売り場をあれこれ試食しながら歩いているみたいでした。

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印象に残っているのはどんなとびラボですか?

橋本 「これからゼミ」で、学校や社会になじめない若者たちを支援する団体と連携し、藝祭(東京藝術大学で毎年9月に開催される学園祭)で、藝大生の作品を一緒に鑑賞するというプログラム(※2)がありました。 Zoom開催だったのですが、一緒に日本画を鑑賞していたとき、私に見えていないものが参加者には見えていたことがありました。「ああ、この人に見せてもらったんだな」と感じたんです。「学校や社会になじめない若者を支援する・される」なんていう関係ではなく、その場にいたみんなが何かを与えあう場になっていたことが、とても新鮮でした。
その後、リアル開催できた別の鑑賞プログラム(学校が「しんどい」と感じている小・中学生とその保護者を対象としたプログラム※3)でも同じようなことがありました。一緒にまわった中学生が自分でも絵を描くらしく、ゴッホや、様々な作品を見ながら「この筆遣いがいいんだよね、これはね…」と細かい技法のことを教えてくれました。
「不登校の子の居場所をつくる」っていうと、その子のためになることをしているみたいですよね。でも、「大人としてそういう場を作ってあげる」のではなく、関わった誰もがいい時間を持てる。自分に見えていないことを見せてもらう時間だったんです。
※2これからゼミ「Flatart(フラッタート)」のチームがNPO法人サンカクシャと協働して実施した「オンライン藝祭を楽しむ『藝祭にON-!
※3おいでよ・ぷらっと・びじゅつかん2021年度〜2022年度に複数回実施。

橋本さんから、はじめて
「この指とまれ」をしたのは?

橋本 「師の建築ツアーを駆け込み体験!」です。
東京都美術館(以下、都美)は、夜間開館時には美しくライトアップされるのですが、それを紹介する「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」に1年目の冬に参加したのがきっかけで、建築の面白さに目覚めました。同時に、「あ、8期の人ってもうすぐ開扉しちゃうんだ」と気付いたんです。
建築ツアー開催中は、とびラーはガイドしたりサポートしたりで、参加者目線で聞いて楽しむことができません。そこで、開扉してしまう前のベテランガイドさんたちに、まだ経験の浅い私たちのためのツアーガイドをしてもらおうと考えて、とびラボ「師の建築ツアーを駆け込み体験!」を同期の池田さんと立ち上げました。みんなベテランのガイドを聞きたかったみたいで、30人以上が集まりました。
ただ、この頃はまだ新型コロナの行動制限があったので、とびラーが館内で固まって行動するわけにはいきませんでした。そこで「S席」と「A席」を設け、S席はお客様としてツアーに参加、A席はインカムを付けてツアー本体から10m離れて回るという苦肉の策をとりました。
このラボを通して、とびラーによる建築ツアーとはなにかを実感できたような気がします。同じ都美でも、ひとりひとり感じるものが違って、「推しポイント」も違います。自分は建築ツアーで何を伝えたいのか、結局最後まで試行錯誤の連続でしたが、参加者の皆さんから学びつつ建築沼にハマっていきました。

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橋本 2年目からは、ビジネスパーソンを対象にしてプログラムを考えるとびラボを中心に活動しました。 特に「大人のミチクサビジュツカン」と、その流れを汲む「大人のOFF~アート・建築を介して、いつもと違う体験や交流を~」は思い出深いです。9期吉水さん、10期高崎さん、森さんと一緒に立ち上げ、ラボメンバーと一緒に苦楽を共にしました。
それと、やっぱり建築の「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」かな。1年半で5回くらい実施しました。このツアーはとびらプロジェクトの初期からの歴史があって、その「秘伝のタレ」みたいなものを残したいと思いました。誰か一人が大変にならないように役割分担できるように、そして知見がたまっていくように、みんなで考えながらそのシステム作りをしていきました。

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普段のお仕事とは全然違う雰囲気のなかで、
プロジェクトを進めるわけですよね。

橋本 そうですね。
仕事ととびらプロジェクトでは、ミーティングや仕事の進め方が違うとよく言われます。
とびらプロジェクトでは、ゴールを決めずにどんどん意見を出していきます。でも、仕事の場面でも、たとえばブレストのようにそういうやり方をすることもあります。だから、一番の違いというのは進め方ではなく、今ここにどんな人が集まっているかという「背景の見立て」かもしれません。

背景の見立て?

橋本 仕事のミーティングでは、過去の知見から、誰がどんな事情をもっているのか、利害関係含めてある程度の想像は可能です。また、大体の流れを決めてから進行されることが多いです。それに慣れきっていた自分もいます。
それが、とびラボのミーティングでは「今、それ言う!?」「ええ、結論はどこだ!?」の驚きも・・ ()

みんな、自由すぎる!

橋本 そうなんです。いろんな人が、いろんな考えをそれぞれ持って参加している。ただ、「この指とまれ」で仲間を募っているので、参加のきっかけには共感があって、大きな方向性は一応ある。そこに向かってみんなで自由に進んでいくわけです。
今まで私は狭い世界にいたんだなあと実感しました。仕事のシナリオを描くときに、そこに関係している人を見立てる幅が広がりました。こんな人もいるかも、あの人はこの部分を大事にするかもしれない、と、それぞれ違う人の考え方や行動をより慎重に考えるようになりました。これは多様な他者と協働するときに、役に立っているなと感じています。
何より、ひとつひとつのプロジェクトにこれだけの工数をかけるなんて、仕事じゃありえない。本当に贅沢な時間を経験できたと思っています。

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<つづく>

「やりたいことはどこでもできる」

仕事ととびラーを3年間両立されたわけですね。

橋本 そうですね、1年目はとびラーの活動と仕事を両立させようと思っていたのですが、2年目以降は「いかに抱き合わせるか」を考えるようになりました。

抱き合わせ?

橋本 たとえば、建築に興味が出てきたので、建築・不動産業界のお仕事を積極的に引き受けたり、出張した先で気になる名建築を見て来たり。
一時期、仕事で5件のプロジェクトと、とびラボで一般来館者を対象にしたプログラム2件、平行して進めていた時期がありました。忙しかったし、睡眠時間も削りました。正直「面倒だなあ」と感じることもありました。でも、体感的には4件同時進行中くらいでした。それぞれの活動のヒントを転用できたのが大きいです。多分、自分の中では仕事とプライベートを分けず、ワーク・ライフ・インテグレーションが上手く成立していた感じです。

さて、これからは。

橋本 はい。4月から、埼玉会館で「建築見学ツアー」をしている「前川國男を知ろう!彩の国探検隊」のメンバーに入れて頂けることとなりました。埼玉会館は前川國男の名建築のひとつで、元とびラーの方々がツアーを実施しています。いずれはガイドにも挑戦したいです。
それと、今、「近代建築と市民の会」という団体で運営委員をつとめています。とびラボ「失われゆく前川建築を考えるラボ」の活動をきっかけにご縁ができたんですが、それをこれからも続けていきます。
もうひとつやりたいのが、建築の勉強です。建築愛・タイル愛が高まって、タイル検定1級を取得しちゃいました。今、大学の建築学科の科目履修生として学ぶことができないかと考えているところです。

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ますます広がっていますね。

橋本 とびらプロジェクトという場で、仲間と出会いました。個性的でいい意味で「変な人」がたくさんいて、正直、私みたいな「面倒くさい人」も。そのとびラーたちの言い分を、何はともあれひとまず受け止めてくれたスタッフのみなさんは本当にすごいし、感謝しかないです。
とびらプロジェクトをきっかけに、講師の西村さんの外部講座や、三ツ木さんが主宰するARDAの講座にも参加し、「近代建築と市民の会」「前川國男を知ろう!彩の国探検隊」「東京建築祭」にも関わることができました。もう、ものすごく友達が増えて、これからも一緒にやっていきたい人がたくさんできました。
人がいれば、やりたいことはどこでもできますよね。だからこれからの活動は、ここからいくらでも広がっていくことができるんだ、と思っています。

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インタビュー日時:2024321
聞き手・文:只木良枝
撮影:中川正子、とびらプロジェクト

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