12月23日、年末にしては暖かな日差しの東京藝術大学取手キャンパスのバス停で小佐川さんと落ち合ったのは、とびラー4名とスタッフ1名。校舎内に入り奥まったアトリエの扉を開けると、床に置かれた絵と色とりどりの絵の具皿が目に飛び込んできました。小佐川さんには、1月28日から始まる卒業・修了作品展に向けた締め切りが迫るなか、私たちの質問に笑顔で真摯に答えていただきました。
―まずは自己紹介をお願いします。
出身は、北海道の旭川です。小さい頃から絵を描くことが好きでした。学部は金沢美術工芸大学で日本画を専攻していました。日本画を専攻した理由は、美大受験の際に日本画専攻だと水彩画を描くのですが、油絵よりも水彩画が好きだったからです。今もスケッチは水彩画でしています。大学院から藝大の美術教育に入りました。美術教育に来たけれど教員免許は持っていませんし、研究内容も美術教育とは関係ありません。じゃあ、どうして来たかというと、色々な専攻の人がいて、フラットに芸術ってなんだろう、教育って何だろうと考えられる場所だと思ったからです。
―インスタグラムの写真を見ると、家具や、缶詰のカンなど家の中のものをモチーフとした作品が多い印象ですが、何かこだわりがあるのですか?
他人の部屋を描くのが趣味なんです。(スケッチブックを見せてくれながら)人の生活に合わせて絶えず動き続けるモチーフに魅力を感じています。他人の部屋を観察していると、配置の癖に気が付いたりして、人となりが見えて面白いと思いました。私と同世代の部屋を中心に15軒ぐらいは訪ねたでしょうか。半日ぐらいかけて、彩色までその場でさせてもらっています。
―修了制作の作品について
作品タイトルは『矩形の外』です。タネ明かしをすると、この作品は絵がはけた(搬出された)後の絵で、元々は中央の空間に絵がありました(実は壁に立てかけてあった『ほおずき』がその絵だそう)。作品の中には描かれていませんが、中心にあったはずのものがこの絵の主役みたいなものだと思っています。今はまわりに散らかっている絵皿など、絶えず動いていくものにインスピレーションを貰いながら、描き進めているところです。絵を描いている現実世界から、絵の中にフィードバックしていく過程が楽しいです。現在のところ、トータルの制作時間は1ヶ月。絵と対話する中で構図や色を整理して描いています。
壁に立てかけられた、左から二枚目が「ほおずき」
―日本画の画材
絵皿に出した顔料を温めた牛の膠(にかわ)で溶いて、絵の具をつくります。金沢にいたときは寒さで膠がすぐに固まってしまいましたが、取手の寒さはそれほどではありません。(所狭しと袋や小瓶に入った顔料が散らばったあたりを見回して)顔料はここに何色あるか、ちょっとわかりません。石をトンカチで砕いてすり鉢で粉々にし、水に沈殿させることを繰り返すと、粗さの異なる絵の具ができて面白いんですよ。現在は購入した顔料で描くことがほとんどです。支持体の和紙は楮紙(こうぞし)が多いですね。和紙のふわふわな質感がとっても可愛いなと思っています。今回のパネルは大きいですが、水貼りは一人で行いました。
―どういうふうに絵画を描いているのでしょう?
小さなプロトタイプみたいなものを作ってから、気楽に描いたスケッチをきっかけにしてスタートするのが好きです。最初から力作を描こうとするのではなく、力を抜いて気軽に取り組みたいと思っています。締め切りに追われて辛い時もありますが、やっぱり描いているときは楽しいです。普段はラジオを聴きながら描いています。絵をどこで終わりにするかは、絵を描く人間にとって永遠のテーマですかね…。とりあえず、締め切りというゴールに向かいます(笑)。この絵を描く時はスタイロフォーム(発泡断熱材)に乗りながら座布団に座るような格好で描いています。
―好きな作家はいますか。
画家の神田日勝が好きです。日本画を描いていると、出身地や日本人としてのアイデンティティを問われることがありますが、神田日勝は私と同じ北海道出身でもあるため、好きになりました。ベニヤ板に油彩で絵を描く神田日勝は、馬の作品が有名ですが、画室のシリーズがあるんです。私は学部の卒業制作でも自室のアトリエを描きましたが、そのころから気になっている作家のひとりです。
―どのような修士論文を書かれたのでしょうか。
絵画の空間表現について調べて論文にしました。私達が見てリアルだな、うまいなと思う絵は科学的な遠近法とか立体視が使われて描かれていると思います。例えばビルを見上げた時の傾きをどう表現するか。今では当たり前となっている空間を表現するための手法も、人の長い歴史の中で発見されてきたものです。昔の人には世界がどうみえていたのか、ということに興味がありました。昔の日本の古典絵画は、人の顔がベタッと描かれ、建物も全部斜めだったりして、その違いもどうして起こったのか。東洋と西洋では空間のリアルさを追究する過程もだいぶ違っていて、その違いもどうして起こったのだろうと考えながら論文を書きました。こうみえるという思い込みや正しさが先行してしまい、昔の人が本来みていたような見方ができずに悩みました。美術教育の専攻ですが、理論研究も一つの教育と解釈しています。どのように知見を活かしていけるか、これからも考えていきたいです。
―今まで制作してきた中で、お気に入りの作品はありますか。
やっぱり学部の卒業制作です。今制作している絵と似ていますが、当時は使い慣れたアトリエを描きました。シミや絵の具の溢れた跡や同級生の制作スペースもあるなかで、丹念に描き上げました。とっても上手い作品というわけではないと思いますが、アトリエで過ごした時間も描いているようで、思い入れのある作品です。もしも絵を手放すことになったら、買ってもらうのは有り難いですが、ひとつひとつの作品に時間をかけて制作していて愛着もあるので、嬉しい反面切ないです。
―これからについて
一般企業に就職が決まっていて、働きながら絵を描いていくことにしました。仕事と描きたいものは完全に分けたかったからです。これからも作品を公開していきたいと思っています。
小佐川さんの他の作品が見られるインスタグラムアカウントはこちら:@osagawa0
■インタビューを終えて
制作中の絵をみる機会はほとんど無いので、インタビューは貴重な時間となりました。修了制作は、今回話を伺ったアトリエそのものが描かれているので、制作途中であっても細部までよりリアルに感じることができました。時間の経過とともに絵の制作過程を動画で追っても面白そう。小佐川さんの作品には、繋がったストーリーがそれぞれあるようなので、いつかラフスケッチから、全ての絵を並べてみてみたい、そんな気持ちになりました。
実は、とびらプロジェクトの「鑑賞実践講座」で「対話型鑑賞」に出会っていた小佐川さん。(東京藝術大学の履修科目「美術鑑賞実践演習」では、とびらプロジェクトの鑑賞実践講座を履修することができる。)これまでの美術教育での学びとはことなる作品との関わりに衝撃を受けたとのこと。作品のプロフィールによらない”様々なバックグラウンドを持った複数人で作品をじっくりみて話して、作品と関わりを持つ”ことが、作品への深い理解につながる。この経験をしたことから、展示室で自分の作品をみている方を見かけると、「この人は何を思っているのだろう?」と気になる様になったとか。自分の作品で対話型鑑賞がうまれたら面白いかもしれないと語ってくれました。
卒業・修了作品展でどのように作品が展示されるのか、今から楽しみです。みなさんも作品を前に様々な思いを巡らせていただければと思います。
取材:岡庭正行、朴咲輝、篠田綾子、三宅典子(アートコミュニケータ「とびラー」)
執筆:岡庭正行、朴咲輝、篠田綾子、三宅典子
編集:三宅典子
定年退職し、ボランティア活動、新しい学びや農業に取り組んでいます。インタビューでは面白い、好き、楽しいという言葉が何度も出てきて、本当に描くことが好きなんだなと感じました。(岡庭正行)
NPO法人にて保育園運営業務に従事。インタビューでは自身の好きなことに真っ直ぐ取り組み続ける作家の姿に胸を打たれました。子どもも、親も、「自分の好き」とじっくり向き合える機会を作り続けたいです。(朴咲輝)
とびラー1年目です。描くことを仕事にするのではなく、仕事と描きたいものは完全に分けたいとのお話しが、ずっと絵を描いていく人なんだなと印象深かったです。(篠田綾子)
仕事では、小学生に図工を教えています。小佐川さんの絵画と現実世界の境界が曖昧になるような感覚にワクワク。子どもたちにも紹介したくなりました。(三宅典子)
2022.01.25