東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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平田オリザによる演劇の手法を用いたワークショップ(基礎編)

劇作家で演出家の平田オリザさんが、とびラー候補生(以下:とびコー)向けにワークショップを開催して下さいました。7月15日(日)~25日(水)までの11日間、東京都美術館の講堂ロビーにて、平田さんが主宰する劇団「青年団」による「東京ノート」が公演されます。
フェルメールが展示されている美術館のロビーが「東京ノート」の舞台想定となっていますが、この劇中の設定が6月30日から東京都美術館ではじまる「マウリッツハイス美術館展」にて実際のものとなります。本当に「真珠の耳飾りの少女」が展示される美術館のロビーで、「東京ノート」が公演されるのは初めての試み。公演が今から楽しみです。とびコーさんたちもお手伝いをする予定です。今回の演劇ワークショップはこの公演にちなんでアートコミュニケータ(とびラー)育成を目的として特別に行われました。平田さんご自身が講師をされる貴重な機会とあり、多くのとびコーさんが参加しました。

演劇的な手法を用いたワークショップといっても、単に劇の練習をするわけではありません。演劇的な手法を取り入れながらコミュニケーションについて学ぶ内容となっています。実際にとびコーさんらが、ワークショップのファシリテーターとして活動を行う場合に必要となる振る舞いや心構えなども交えてご指導を頂きました。まずはじめは、グループをつくるワークショップからスタート。「好きな色が同じになる人同士、グループをつくって下さい」と平田さんより指示がでます。とびコーさんらは、周囲の人に声をかけあって、好きな色が同じ人を探し歩き、お互い確認し合いながら、共通の答えを持ったひとまとまりのグループをつくります。一見単純な行動ですが、無秩序なところから、声と体をつかって秩序を生み出す体験は、すごく新鮮でした。その他にも「好きな果物」「行ってみたい国」など、いくつものキーワードで試すうちに、とびコーさん同士の意外な共通点や、趣味の一致など、自己紹介などだけではなかなか見えないそれぞれの個性を知る機会となり、ワークショップ開始早々に平田さんのプログラムの効果に感心させられました。
「演劇」と聞いて少し緊張していたとびコーさんたちもすっかりリラックスした様子。そして、ワークショップは次々と展開されて行きます。続いて2人組になり、背中合わせで座った状態から、手を使わずに、お互いの背中同士をタイミングよく押し合わせることで立ち上がれるかを試してみたり、3人組になり、1人が前後に身を任せて倒れてくるのを、前に1人、後に1人と構えた人が交互に受け止めることを試してみたりしました。身体を使って信頼関係を築くことを目的としたワークショップとのことで、実際にサッカーなどチームプレーが必要な競技の練習メニューに加えられているそうです。

 

次はカードを使ったワークショップです。1~50までのカードが配られました。平田さんから「配られたカードの数字の大きさにあわせて、趣味を持った人を想定して演じてください。1に近ければ近いほど大人しい趣味を持った人、50に近ければ近いほどアクティブな趣味をもった人を演じて下さい。ただし、自分のカードの番号は他の人に見せないで下さい」と指示がでます。おのおの趣味を決めて準備ができたところで「では、これからパートナーを探してもらいます。自分のカードの数字とパートナーだと思う方の数字がなるべく近くなることを目指して下さい。」と指示がでました。それぞれ、自分に配られた数字にあわせて想定した趣味(ちなみに伊藤は17でしたので、趣味を将棋にさせて頂きました。探すべきは16か18のカードを持つ方となります)を持つ人を演じながら、パートナー探しがはじまります。恐らくこの人がパートナーだと思った方を見つけたら2人組になって着席。じっくり探し過ぎてあまりもたもたしていると、相手がいなくなってしまいますし、焦って決めてもベストパートナーとは限りません。なかなか難しい。。全員がパートナーを見つけたところで、お互いの趣味と数字を発表します。すると、自分の思っていた趣味の感覚と相手の感覚とに思いがけないほどの違いがあることに気付いたり、意外とぴったりあっていたりと、一喜一憂。イメージを共有することの難しさと楽しさを体験することができました。

 

次は、2人組になって、ボールがあることをイメージして、キャッチボールをします。実際にボールはありません。色々な投げ方をイメージして試してみました。

 

その後、実際のボールを使ってキャッチボールをしました。イメージのキャッチボールと実際のキャッチボールでは少し感覚が違うことに気付きます。実際の動きと演じたときの動作にどのような違いがあるのかを意識し、動作に修正を加えることで、より自然な演技が出来る様になり、相手に見えないボールを見せる(共有させる)演技が可能になるのだと理解することができました。しかし、キャッチボールの様な動作は、個人の経験や記憶により、投げ方などのイメージが異なるため、なかなか「見えないボール」を共有することが難しいことも分かりました。その反面、この後に実践した長縄をイメージして飛ぶ長縄跳び(縄は実際に無いのですが、あることを想定して大縄飛びをします)では、参加者全員でまさに長縄跳びをしているかの様な臨場感を味わうことが出来ました。長縄飛びはキャッチボールとは逆に、集団で行われるため、動作のタイミングやリズムをあらかじめ共有することが前提になっている運動であり、個々人の飛び方の癖などが、全体の見え方に大きく影響しないことから、その場のイメージを容易に共有することができるそうです。
そして、こうしたイメージの共有方法こそが演劇の手法とのことでした。つまり、役者の演技に、観客個々人のこれまでの経験や記憶が投影されることを前提として、徐々に観客が実態化されていないイメージの世界を共有することのできる動作(演技)のプロセスを構築することが、演劇を組み立てるということにつながるようです。
例えば、大縄飛びのようなイメージを共有し易いものからはじめ、イメージの共有し難いものを徐々に共有してゆく様に演劇を組み立てる。すると、役者と観客との間に共感覚が生まれ易くなり、一見共有し難い複雑なイメージ(人の心の動きなど)が設定されていたとしても、徐々に共有可能な状態へと観客を導いてゆくことが出来る。そして、より複雑なイメージを共有できたときこそ、そこにより強い感動が起こるのだなと思いました。平田さんから「これからみなさんはファシリテータとなって、さまざまなワークショップに参加する機会があると思います。そうした時、まずはイメージが共有し易いものからはじめて、徐々に共有し難いものを共有してゆくプロセスをどのように構築してゆくのかを考えなければなりません」とのアドバイスを頂きました。ワークショップを通してイメージを共有できた時の感触や、共有の難しさなどを体験出来たことで、ぐっと実感がこもりました。

 

いよいよ、台詞を渡されました。大学の研究室で交わされる何気ない会話が書かれていました。とびコーさん、はじめてながら相当上手です。

 

しかし、平田さんから「通信販売のカタログを読む様に読んでみて」との指示がでます。床に寝そべって、通信販売のカタログを読む様に台詞を読みます。なるほど、力が抜けてより自然な印象になりました。

 

つぎつぎに平田さんから指示がでます。「白い線の端から端までゆっくり歩きながら台詞を言ってみて下さい」それに加えて、「台詞の途中で、今何時って相手に聞いて下さい。聞かれたら時計をみて答えて下さい」それに加えて、「後ろからどんどん挨拶してくる人が来ますから、台詞をいいながら挨拶を返して下さい」それに加えて、「目の前に恐竜のおもちゃを置くので、凝視しながら台詞を言って下さい」など。とびコーさんも次々に指示がでるので、台詞に集中できません。でも、不思議なことに、指示が多ければ多いほど、固さのないリラックスした会話に聞こえてきます。台詞以外の動作が多く入ることで、意識に負荷がかかり、とびコーさんの集中力は分散されます。しかし、その一方で台詞を保とうとする強い意識も強調されることから、台詞を話すことが他の動作と同等な状態に置き換えられた時、見る側からは柔らかな台詞回しに聞こえるとのこと。なるほど。しかし、演じているとびコーさんはとても大変です。

 

最後は、演劇の視点から日本の教育についてもお話を頂きました。学校で習う花や星の名前よりも、道ばたでお母さんから教えてもらう花の名前や、キャンプ場でお父さんから教えてもらう星の名前の方が、子どもたちはずっと覚えていられるそうです。教科書を覚えようとしても短期的な記憶になりがちですが、体験を通した記憶は長期的な記憶になる可能性が高いとのこと。こうした体験を通した教育は、海外では比較的多く行われているそうで、ドラマティーチャー(演劇専門教員)が様々な科目の先生とペアになって授業を進めるなどの例も紹介頂きました。体験を通して学習し、かつコミュニケーションについて学ぶことのできるプログラムが各国で実践されているようですが、現在、演劇を授業に取り入れている日本の学校は50校程度、しかも、都心に集中している傾向があり、なかなか普及は難しい状態だそうです。
しかし、こうした体験を肥やしにして、鑑賞教育やワークショップなどの実践を積み重ね、多くのとびラーが育って行けば、もしかしたら、日本の教育も今よりももっと素晴しいものになってゆくかもしれません。何せ、未来の教員や学芸員もたくさんおりますので。いろいろな願いを込めながら、これから小中学校との連携プログラムがはじまります。(伊藤)

2012.06.03

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