◇Cozy Cozy アート・ワークショップ「ようこ書!美術館」とは……
私たちの「とびラボ」チームの名前は「Cozy Cozy ラボ」です。COZYは「居心地よい」という意味です。このラボは発達の特性があるために、周囲の理解や安心できる居場所を持ちにくい子どもとその保護者を対象に、アート・ワークショップができないかとの動機から生まれました。子どもたちにとって美術館は遠い存在かもしれません。しかし、アートには一人ひとりが異なる多様な人々を多様なまま受け入れてくれる場としての側面があると私は考えています。私たちは美術館で先生でも親でもないアート・コミュニケーターと一緒にワークをしながら、のびのびと自分を表現し、心地よく(Cozy)過ごせるアート体験をしてほしいとの思いでプログラムを考えてきました。
「ようこ書!美術館」とは、上野アーティストプロジェクト2020「読み、味わう現代の書」展(以下「読み、味わう現代の書」展)で「書」を味わい、東京都美術館(以下、都美)の建築や彫刻を鑑賞しながらとびラーと交流するプログラムです。Welcomeの気持ちを込めて「ようこ書!美術館」と名付けました。
今回のプログラムの対象となったのは、とびラーのひとりが所属する療育センターの子どもたちです。
◇この「とびラボ」のラボの出発からワークショップの実施まで、およそ9ヶ月もの時間を要しました。4月からとびラー同士で発達障害に関する学習や実際のワークショップの具体例などの勉強会をしてきました。CozyCozyアート・ワークショップの内容の検討では、100のアイディアが出るほどのトライ&エラーを重ねました。コロナ禍でもあり、活動場所や関われる人数、空間の使い方やワークで使う素材の選定などの難しさがありました。オンラインで行うプログラムの可能性も考えましたが、パソコンなどの環境が一律でないことや子どもたちと直接交流することの意義も考え、毛糸や影絵のワークなどなどアイディアを出し合いトライアルをしてきました。そして本質的に追求したいこと【子どもたちにとってCozyな気持ち】と都美で行う意義とその資源【作品、建築、彫刻など】を生かすことをコンセプトに据えてシンプルに絞り込みました。
その結果、都美で開催されていた「読み、味わう現代の書」展を軸に、子どもたちが自分の「お気に入り」を探すワークショップとなりました。また、保護者にも楽しんでいただけるよう、子どもとは別枠のプログラムを設けました。
10月中旬から具体案に落とし込み、ようやく12月6日にワークショップを実施しました。
これより、「ようこ書!美術館」の当日の様子をお伝えします。
▲▽◆◇▲事前にプログラムの案内を送る▲▽◆◇▲
ワークショップの参加者は全員、都美に来るのが初めてとのこと。
そのことを踏まえ、当日の活動への見通しを持っていただくためのツールとして2つの案内冊子を用意しました。ひとつは【パンダノート】、もうひとつは【ようこそ!東京都美術館 ソーシャルストーリー】です。
これらを事前に子どもたちにお送りするにあたり、保護者へも「待っています」の気持ちを込めて「招待状」を同封しました。
(送りもの一式)
◇【パンダノート】について
当日のプログラムの案内です。駅からの道順、当日の持ち物、どんな場所でどんなことをやるのか、当日一緒に活動するとびラーの顔写真やコメントなども載せ、参加する子ども一人ずつのお名前を入れて作成しました。とびラーからのwelcomeの気持ちを込めて、子どもたちや保護者が楽しみに安心してきていただけるよう工夫を凝らしながら編集をしました。
(パンダノート)
◇【ようこそ!東京都美術館 ソーシャルストーリー】について
ソーシャルストーリーは、目に見えない暗黙のルールや、あいまいな状況、活動などをテキストや写真を使ってわかりやすく視覚化することで、社会的なスキルを学ぶことができるラーニングツールです。
パンダノートの道順案内の先につながるよう、都美に入ったときのイメージをお伝えしました。都美の利用方法を、インフォメーションや展示室など施設の写真を大きく載せて丁寧に説明した16ページの冊子です。都美での過ごし方やふるまい方を事前に伝え、参加する子どもたちが自分の意思で適切な行動を選択できるように手助けするツールとして作成しました。
2つとも単なる案内ではなく、コロナ禍で直接の交流がしにくい中、事前に参加者と「つながれるもの」をと考えた結果、この形となりました。
この2つの冊子は家庭でもしっかり読まれたようで参加者からは「受け入れてくれていると感じた」、「美術館への親しみや見通しもって心の準備ができた」などの感想をいただきました。当日につながる気持ちの贈り物になったと思います。
▲▽◆◇▲いよいよプログラム当日▲▽◆◇▲
初冬ながらとても天気が良く暖かな日でした。参加者は小学校2年生から中学校2年生までの子ども8人とその保護者たち。エントリーしてくれた方全員が参加してくださり、嬉しい気持ちと遠くからよく来てくださったと感謝の気持ちでいっぱいでした。
ワークショップのテーマは「美術館でお気に入りを見つけよう!」です。「書」=「文字を書くもの」との考えを取り払って大きな紙に自由に墨で描いたり、展覧会「読み、味わう現代の書」展や都美建築や野外彫刻の鑑賞をしたりして自分のお気に入りをみつけます。とびラーはこの活動が子どもたちにとって心地よい時間であるようにとの思いを込めて関わりました。
◆参加者は来館後、一緒に活動するペアのとびラーと「はじめまして」の自己紹介に続いて、オリジナルの「はれやか体操」をしました。この体操では、「はれやか」という文字を全身で大きく空間に書き、体と心をほぐします。このことばは「読み、味わう現代の書」展に出品されていた《はれやか》(中野北溟作)からはれやかな気分でワークに入れたらいいなと選んだものです。中野さんの筆運びを追体験するように一画一画を体で表現しました。どの子も恥ずかしがらず体をうごかしてくれて、少し心がほぐれたようでした。
次に、書展につながるワークとして、広げた障子紙の上に薄い墨と濃い墨を使って大きな丸や線を描きました。最初に参加者みんなで空中に円を描いてから紙に丸を描いたためか、親子でのびのびと描き始めました。丸を重ねたり長い線を重ねたり・・・。手作りの毛糸の筆や、段ボールのかけら、スポンジなどを使ってぐいぐい描いていきました。水を使ったにじみにも挑戦! 広がっていくにじみの動きに注目する子もいました。最後に、子どもたちはとびラー手作りの枠を使って大きな作品の中から自分の「お気に入り」の箇所を見つける練習をしました。
子どもも保護者も描くことに夢中になり、もう少し墨のワークを続けたいような雰囲気が感じられるなか、子どもと保護者が別々になって活動する時間になりました。
◆子どもたちはとびラーとコミュニケーションをしながら「読み、味わう現代の書」の作品鑑賞や美術館内外の散策へと出かけました。
プログラムを考えている時とびラーの間では、子どもたちにとって「書」展は少し鑑賞が難しいかもとの懸念もありましたが、プログラムに参加した子どもたちは、本物の作品の持つ魅力や造形的な面白さに気づいて「書を飾る紙がすごく綺麗!」「細い線や太い線も綺麗だな」などつぶやきがありました。また、本文をテキストと見比べながら興味持つ子もいて、それぞれの視点をもって「書」の魅力を発見できた様子でした。
【書展や館内外でのお気に入り見つけ】
野外彫刻や館内の建築を鑑賞しながらiPadでお気に入りを撮影する場面では、枠を使って「この辺かな、ここかな?」とフォーカスし、写真の出来をとびラーと確認して集めていきました。アングルを工夫して様々な目線で撮ろうとしている子もいました。プログラム開始時に比べ、とびラーとの親密度も上がり、子どもたちがどんどんほぐれて居心地よく過ごしている様子が目に見えて分かりました。
【子どもたちが見つけた「お気に入り」の写真の一例】
活動場所にもどった子どもたちは、見つけたお気に入りの写真を自分の「パンダノート」に記録します。iPadで撮ったお気に入り写真を選び、ポラロイドカメラで印刷します。子どもたちはポラロイド写真からジワーっと現れる画像に興味津々でした。
次に、みんなで描いた墨の作品から「お気に入り」の場所を見つけ、切り取って額に入れました。フォーカス用に使った「枠」が「額」に変ることで、また見え方が変わりました。作品にはとびラーが手作りした子どもたちの名前の落款も押しました。
◆一方、保護者は3班に分かれてとびラーとともに「読み、味わう現代の書」展の鑑賞をしました。作品を見ながらお互いに気に入ったところや、「どうしてかな?」と思うところなどを言葉にしていきました。それぞれの感じ方、考え方を味わいながら交流し、鑑賞を深めました。その後とびラーのおすすめの場所などを紹介しつつ都美館内を散策しました。
「読み、味わう現代の書」展は字や文に込められた思いを創造的に表現した作品群であり、絵画と同じような感覚で鑑賞できます。これらを見て回った保護者からは「かきぞめの宿題に悩んでいたけれど、これでいいんだよね、これを学校の先生にもみてもらいたい(笑)」との声や実施後に「子どもとは別時間で、久しぶりに自分の時間を満喫できた」などの感想をいただきました。
◆今日の活動の思い出が一冊になった「パンダノート」。とびラーと子どもたちがお互いのノートを見せ合いっこし、書の鑑賞から戻ってきた保護者にも見てもらいました。
あっという間に2時間半の活動が過ぎ、ワークショップ終了の時間に。子どもの様子をとびラーから聞く保護者の方や最後に得意のけん玉を披露してくれた子もいて、名残惜しいお別れとなりました。出来上がったパンダノートや額付き墨絵、落款を手に嬉しそうに帰っていくみなさんの表情や姿がとても印象的でした。
◆果たしてCozyな機会は作れたのかは参加者一人一人の胸の中だと思います。後日届いた感想は「とびラーが寄り添ってくれて安心できた」、「シンプルな墨の表現は入りやすかった」、「日常ではない出会いや鑑賞を超えた体験に招待してもらえて良かった」、「おうちに帰って楽しかった出来事やとびラーと話したことなどを家庭でも沢山お話した」、「機会があればまた参加したい」、「お正月に家族で書初めに挑戦した」などなど心温まるものばかりで、プログラム終了後も暖かな時間が続いていたのだと、CozyCozyアート・ワークショップに携わったとびラー一同で感激しました。
◇振り返れば、勉強会も打合せもオンラインと今までにない形のラボでしたが、冊子など事前の送りものはすべて手作りで、当日も大道具から小道具までアナログ感満載のラボでした。コロナ禍であっても、人との結びつきはアナログの手触りを欲しています。そんな実感を子どもたちや保護者と共有したワークショップでした。関わったとびラーにとっても学びの多い充実感のあるとびラボとなりました。
◇コロナ禍の中にもかかわらず参加いただいた皆様に感謝いたします。
これからも美術館から心も体も遠く感じる方々のためのワークショップが継続的にできるといいなと思っています。
筆者:7期とびラー:松本みよ子(まつもとみよこ)
美術教師。特別支援学校退職後、教育相談員。とびラー3年目。このラボでは勉強会をしつつ凸凹道をたどってきました。オンラインを交えての歩みは困難もありましたが、とびラーや参加者が協労し交流することの意義を見つめる宝物のような時間でした!
2020.12.06