12月初旬、良く晴れた穏やかな午後に、総合工房棟の一階にある鋳金専攻のアトリエに伺いました。金属を扱うための特別な設備が並び、いつもどこかで、叩いたり削ったり熱したり磨いたりする音が鳴り響いています。何かが“作り出される”場であることが強く意識させられました。
インタビューに応じてくださったのは、工芸科鋳金専攻、学部4年生の加藤佑一さんです。作業服に安全靴、そして頭には手ぬぐい。学校に来たらだいたいこの格好に着替えるとのことです。
[卒展の作品について]
卒業制作「私たちは互いに溶け合う」を、3つのパーツを縦に組み立てる前の段階で見学させていただきました。
手前のパーツから、上、中、下の順に組み立てるそうです。ブロンズ(銅の合金)で作られていて、中は空洞になっています。重さは組み立てると200kgを超すそうです。高さは約2m50㎝ほど、“自分が見上げるぐらい”の高さを意識したとのことです。
— 作品のテーマはなんですか?
“大学で勉強するにあたって、工芸とは何だろうという疑問に行きつきました。工芸という言葉は英訳でクラフトという言葉に置き換えられますが、僕の中でクラフトとは人が使うものや実用性があるものという要素が強くあると思っています。そうではなく純粋芸術としての作品を作っている自分の領域は工芸でなく彫刻なのか、と悩んだ事もありました。なので、本作では区分を分けることなく他ジャンルから様々な要素を集めた作品を作ることで、工芸におけるクラフト要素とアート要素の融合点を見いだす、これがテーマです。”
— なるほど、建築の柱のようにも見えますね。
“建築の柱のイメージはありますが、これは何も支えていない。そうしたときに、どういう物質に見えるのかを考えています。(柱であればあえて注目しない)装飾性とかが見えてくるのが自分の考えに合っているように思います。”
— どこに展示するのですか?
“卒展では東京都美術館に展示します。そのあとは、野外や天井の低いところで支柱のように置くことで、場所によってみせる表情の違いを見てみたいです。”
鋳金がどのような工程で行われるのか、道具や材料を見せていただきました。
まず、石膏で原型を作るところから始まります。その際、パイプを軸に外形の型に沿わせ、回転させながら石膏を盛りつける事で回転体がつくられる“鳥目箱”という技法を用いたそうです。
“この鳥目箱という技法は、日本の鋳金における伝統技術です。鋳金専攻に入って初めての制作がこの鳥目箱を使って作った花器でした。なので、卒業制作がこのような形で生まれたのも鋳金での一連の制作があったからだと思っています。”
鳥目箱を利用して作った石膏の回転体は彫り込みや粘土を貼付けるなどの加飾を施した後、シリコンゴムで型取りし、ゴムの外型を作ります。さらにこのゴム型からロウを使って原型を作ります。ロウの原型を耐火石膏に埋め込み、窯にて焼成することでロウが消失し、金属を流すための鋳型ができるというわけです。このロウの消失を用いた型作りを、イタリア方式の“石膏埋没技法”というそうです。
そして焼成された石膏の鋳型は、高温に溶けた金属の湯圧で壊れるのを防ぐために土の中に埋められた状態で金属が流し込まれます。一定時間冷ました後、石膏を取り除く事でようやく金属になった姿に出会えるというわけです。
更に金属の変形の修正や部分的な研磨、着色を行うそうです。
— この作品について、事前にスケッチや模型を作ってイメージを膨らませるようなことはされたのですか?
“6月に実寸のエスキースを描きました。それまでにスケッチを描いていたのですが、自分の思い描くスケールを体感するには一番の方法でした。小さいサイズではわからないバランスの関係も多々あり、何度も図面の修正は行いました。同じ理由で今回は模型を作りませんでした。”
— この作品の見どころを教えてください。
“これほどのスケールのものを作るのは初めてで、なかなか客観的な目で見られない気がします。ただ、遠目で見たときに「何かが立ってる」と思うところから始まって、近づくと装飾性に注目するようになる。そういう風に頭の中のスイッチが切り替わる瞬間が何回かあるような作品にしています。また、工芸科ってこんなこともやるんだな、って思ってもらえたらいいなとも考えています。”
— この後に作ってみたい作品はありますか。
“本作のように縦に対しての意識が強い作品とは逆に、今度は細かい物質の集積で横に広がるようなものを考えています。他に2次元的でもっと装飾的なもの、そんなイメージがあります。”
[藝大で鋳金を学ぶということ]
— この4年間を振り返ってみてどう思いますか?
“工芸科鋳金専攻では、1年生の基礎実習を経て、2年生で工芸科の中の専攻を決めるために1作品、専攻を決めてから1作品、さらに3年生で4作品を制作してきました。これまではオブジェというか、わりと流動性がある形を作ってきたので、この作品のように無機質なものに帰ってくるとは思っていませんでした。”
“今年1年間は、鋳金に入ってからのことをよく思い返していました。(卒業制作に比べて)小さいものを作っていても工程は同じだったので、あの時やったことが今こうして活きてるんだなと思うことがたくさんあります。”
— どうして鋳金専攻を選んだのですか?
“実家が愛知県の瀬戸で陶芸をやっていまして、もともと粘土を触ることが好きでした。それで粘土で原型を作る行程は自分に向いていて、また鋳肌から研磨面までの金属の変化に魅力を感じました。藝大の鋳金専攻の設備は素晴らしく、何より新しい経験をしたいという気持ちで選びました。”
— この先、陶芸と鋳金と、どのように取り組みたいですか?
“どちらもできるようになりたいと思っています。互いの技術を身につけて、陶芸の要素と鋳物の要素とをうまく組み合わせられれば、考えています。”
— 技術を学ぶことの多い鋳金専攻ですが、自分の中でアルティザン(職人)とアーティスト(芸術家)とのどちらの要素が強いと思っていますか。
“以前は技術技法を学べればいいかなと思った事もありましたが、(卒業制作を通して)自分の表現を突き詰めていくと、アーティストに近いかなと思っています。そして、藝大は教育機関ではあるけれども、訓練校ではないとも思うようになりました。”
— アーティストを目指していく中での自分の強みは何だと思いますか。
“諦めないという意思だと思います。僕はここに来るまでに長い間浪人時代を過ごし、この経験は僕の忍耐を強くしてくれたと思っています。そして趣味としてただ作るだけでなく、自分の作品がいかに社会との結びつきをとれるかを考えるため、自分だけの世界に閉じこまらず、他分野で活動されている方との交流や何気ない日常から受ける刺激を大事にしています。そして、ここまで支えてくれた家族や友人に対して、作品を通して感謝を伝えるためにも最後まで自分の意志を貫きたいですね。この気持ちを生涯忘れないで制作していきたいです。”
工芸科の受験は直接工芸にかかわる勉強でないため、基礎力の集積ばかりで焦った時期もあったそうです。それでもあきらめずに、藝大を受験し続けた意地が今、強みとなっています。
(2014.12.9)
執筆:プジョー恵美里(アート・コミュニケータ「とびラー」)
2015.01.05