東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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アクセス実践講座②|「経済格差とこどもたちの文化的状況」「多文化コミュニティーとミュージアム的機能」

7月9日(日)、アクセス実践講座の2回目を開講しました。
今回は2つのレクチャーを通して、ミュージアムが社会的課題に関わる方法を考える糧にしていきます。
・NPO法人キッズドア・松見幸太郎さん「経済格差とこどもたちの文化的状況」
・秋田公立美術大学・岩井成昭さん「多文化コミュニティーとミュージアム的機能」

 

アクセス実践講座1回目からつづくこれらのレクチャーを通して、とびラーがこの夏つくりあげていくのがMuseum Startあいうえのミュージアム・トリップ」のプログラム。こどもたちを取り巻く社会のことや、さまざまな現場で起こっていること、実践されている取り組みについて学び、とびらプロジェクトでの活動に活かしていきます。

 

前半にご登壇いただいたのは、NPO法人キッズドアより松見幸太郎さんです。「経済格差とこどもたちの文化的状況」に関するレクチャーを行っていただきました。
「いま、日本のこどもの7人に1人が貧困状況である」という状況があり、「見えない貧困」が日本の中で深刻な課題となっています。相対的貧困とはどのような状況であるか、こどもたちにはどのような影響があるのか。さまざまな問題とその要因について、丁寧に説明していただきながらレクチャーは進んでいきました。

◯さまざまな要因により教育の体験が限られる子どもたち
相対的貧困において不足することは、「もの」ではなく、「体験の機会」なのだといいます。たとえば、両親やシングルペアレントが働きに出て、家にいる時間が短けれは短いほど、一般家庭のなかで行われるような会話や生活習慣は少なくなっていきます。食事の配膳や家族旅行といった、日常的体験の少なさが生活習慣の不利益につながっていきます。

 

◯日本の貧困率
いま、世界全体における貧困率は下がる傾向にあり、改善にむかっているといえます。しかし、世界各国の状況に比べて、日本では最貧困層がもっとも深刻な状態にあります。生理的水準に危険が及ぶ「絶対的貧困」に対して、日本の貧困は経済格差から生まれる「相対的貧困」。とくに、ひとり親家庭の半数が貧困状況にあり、この状況は国内の格差で比較すると、世界のなかでもっとも落差がある国だとわかります。
日本の相対的貧困とは「社会生活の観点から『必要』を欠いた状態」であり、ひいては「社会参加の機会損失」につながることが問題です。

 

◯貧困の背景
日本では教育費の公的負担が少なく、特に高等教育における私費負担がかなり高い現状があります。国公立の大学でも、学費は15年前に比べて60%増。くわえて、母親の社会進出にたくさんの課題があること−小さい子を抱えて正規雇用で働くのが難しい環境である、という背景もあります。日本では少子化が進んでいるにもかかわらず、子どもたちを支える仕組みが弱く、若い世代の貧困が進んでいるのです。

 

◯学力との関係
上記の背景のなかで育つ子どもには、学習の機会や、勉強の動機づけになるような習慣が少ないという現状があります。経済的困窮により修学旅行や合宿にいけなかったり、高校や大学に合格しても進学できない子どもたちも存在するのです。また、彼らが大人になった時に、自分の子どもを同じように育ててしまうため、貧困の循環から抜け出せなくなってしまうのだといいます。この連鎖をとめるために、キッズドアでは「学力」に特化した支援を行っています。

 

◯キッズドアでの支援http://www.kidsdoor.net/otona/activity/index.html
キッズドアでは経済的に困難な状況にある子どもたちにむけて、さまざまな学生や社会人のボランティアと協力しながら、学習の機会を作り出しています。一人一人にあった考え方や過ごし方に寄り添いながら、子どもたちの勉強を個別に支援していきます。
東京都内だけでなく、東北地域の復興では地域にあわせた学習の機会を早出し、子どもたちがその土地で自立していけるような支援もしています。地域に新たなことを起こす選択肢を自ら作り出せるようになったり、これまでにない仕事を作る力を養うことも目指しているそうです。

 

 

◯まとめ:キッズドアの活動と相対的貧困への問題解決にむけて大事なポイント
1.見えづらさを理解する
2.支援者のネットワークをつくる
3.学生ボランティアを支える (ボランティアが社会参加する仕組みを整える)
→学生が中心となりすすめ、社会人はそれをサポートする

 


後半は、アーティストの岩井成昭さんから「多文化コミュニティーとミュージアム的機能」に関するレクチャー。海外にルーツがあり、いま日本で生活しているこどもたちや、家族のことについて学びます。現在、日本には「移民」の定義はありません。しかし外国からさまざまな理由により来日し、日本で仕事をしているにもかかわらず、その家族の生活は非常に不安定である現状があります。このレクチャーでは、移民の文化について扱い、共存する大切さを伝える「イミグレーション・ミュージアム」の存在について語っていただきました。

 

◯日本で開催される海外のお祭り

岩井さんが撮影した写真から講義はスタート。ブラジルとネパールの伝統的なお祭りの様子が写っていました。しかし、この写真が撮影されたのは日本。

現在、日本には多くの異文化コミュニティがあります。在留外国人は238万人を超過しました。日本の法律では、日系3世まで就労・定住できる権利があり、その数字は年々増える傾向にあります。最近ではベトナムやネパールなど、中東系の人がおおく来日している様子。東京をはじめとして、首都圏から地方都市まで、日本の各地域に海外ルーツのある方が居住しています。

 

◯移民の定義と問題

移民(migrant)とは、本来の居住国を変更した人々のことを指します。結婚や仕事など、主に自発的な理由で移動する人のことを移民と呼び、非自発的な理由(迫害、人身売買、戦争、被災、犯罪、貧困など)によって移動する人を主に難民(refugee)と呼びます。移民の中には難民も含まれています。

移民の受け入れにはさまざまなメリットもありますが、ホスト国となる日本が柔軟に対応できていないことも現実です。人種や文化が多様になる豊かさがのぞまれていますが、単一な習慣が根強い地域では、排他的な雰囲気になってしまうこともしばしば。文化的価値観の差が及ぼす影響は大きいのだそうです。文化的な視点よりも、経済的な利益を重視した、労働人口減少の解消策としてのつながりが強いため、実際は受け入れ国の態勢が整っていない状況が多くあるのだといいます。移住する人が「変化と発展の機会」を求めていることに対し、受け入れ国では「停滞と維持への処方」でしかない、という齟齬が生じています。

 

◯イミグレーション・ミュージアムとは

移民の文化を中心に扱い、紹介していくのがイミグレーション・ミュージアムの役割です。欧米諸国を中心に、移民を受け入れて発展・展開した国で主に設立されています。大きな博物館の一部門や、NPOなどの団体が運営を担うこともあるそうです。ここで伝えられるのは「もの・文化を大切にする博物館の機能や意義を活かし、『共存』する大切さ」。それぞれの文化が持つ文化の差異に目を向けることも大切ですが、レッテルを貼ってひとくくりに遠ざけるのではなく、その中にある価値観や概念、背景に目を向け、何か「共有」できるのか?ということを考えるためのミュージアムです。

 

 

具体的に、岩井さんから以下のようなミュージアムをご紹介いただきました。

アンネ・フランクの家(anne frank house)(ドイツ、)

メルボルン イミグレーション・ミュージアム(オーストラリア、メルボルン)

移民歴史館(フランス、パリ)

エリス島移民博物館(アメリカ、NY、エリス島)

 

1980年代ごろから、世界各地で移民に関するミュージアムが設立し、活動を展開してきました。美術館をめぐる多文化共生のあり方が変化してきた経緯をふまえて、移民文化を伝え、教育普及を担う場所として開館しています。1990年代ごろには、個別の文化だけでなく、複合的な文化によって確立されたアイデンティティへの注目が高まっていきました。

 

◯イミグレーション・ミュージアムが示すもの

移民や、多文化・他文化を扱うミュージアムで大切なことは「文化的ステレオタイプの回避」なのだそうです。特定の文化を固定的に語ることを避け、個別の文化の中立的立場から資料や作品を紹介します。また、自分たちがもつ概念のフレーム=ステレオタイプの存在に気づくことが他者・他文化を理解するはじめの一歩になるのだそう。ミュージアムの役割とは、多様なバイアスや視点、価値観の豊かさを示すこと。社会全体の大きな歴史だけでなく、オーラルヒストリーやヒューマンストーリーを通して、個人の声が持つ力を発信し、人と人との共感を深める展示をしています。岩井さんは「美術館は恐ろしい場所ではない。美術館は、現代社会に生きる『あなた』と『あなたの文化』を語る場所である。」と語っていました。

 

◯日本で始まっているイミグレーション・ミュージアムのプロジェクト

岩井さんが現在すすめているのが「イミグレーション・ミュージアム・東京」のプロジェクト。ほかにも、日本国内で移民の人たちと協働しながら、多様な文化を紹介する活動をしています。

最後に、岩井さんが制作したドキュメンタリー映画「Jorney To Be Continued(続きゆく旅)」を鑑賞。海外にルーツをもち、岐阜県可児市に在日するティーンエイジャーたちへの、アートの活動を組み込んだインタビューです。青少年たちが語る言葉からは、アイデンティティや人間関係に悩み苦しむ彼らの姿と、社会の構造的な問題が露呈されてきます。在日外国人がどう日本の社会にとけこむか、という課題を深く考える時間となりました。

 

(とびらプロジェクト・アシスタント 峰岸優香)

 

2017.07.09

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