ある秋晴れの日の午後、藝大上野校地内の一番奥、チェンソーとノミの音が響き渡る工事現場のような場所で、彫刻科の福島李子さんと出会った。
石を削った屑に汚れた厚手の作業着と灰色のキャップにゴーグルをかけた出で立ちで、チェンソーの音が響く空き地から小さく会釈をしてくれる。小柄で線の細い可愛らしい風貌の福島さんだが、たくましい服装と可愛らしい笑顔のギャップに心がつかまれた。
挨拶もそこそこに、現在取り組んでいる作品を見せていただいた。胸のあたりまである大きな四角い灰色の大理石の塊から、足や車や手などの形が今まさに生まれ出ようとしていた。
ーこの作品はどういうものを表しているんですか?
「これは私の『夢』です。夢と言っても、実際に自分が寝ているときに見た夢です。私はなぜか怖い夢を見ることが多くて、追いかけられたり、車の陰に隠れたり、といった夢のワンシーン、夢のかけらを集めています。何故見たのかわからないような漠然としたものを形にしたらどんな感じなのかな、と思って。自分の好きなカタチが現れてくれればいいな、と思ってやっています。」
作品の、雲のようにもやもやとした部分からリアルな物体が出てきている姿は、福島さんの言うように、もやのような夢の中から夢のかけらが飛び出してきているような、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
作品を眺めていると、福島さんから驚きの一言が。
「わたし、自分の作品があまり好きじゃないんです。愛着がわかないというか…」
思わず聞き返すと、
「今まで、自分の価値観じゃないものを作ってきた。…でも今回はいいものができそうな気がする」
…ということで、どういうことなのか、過去の作品を見せていただいた。
藝大の敷地の隅に、学生たちの様々な過去の作品が野ざらしで置かれていた。その中に、福島さんの作品が2点あった。
まずは、ひとつめ「灰皿」。
ーこのコンセプトは?
「何か実用性のありそうなものを作りたかった。外国の灰皿とか、周りに人がいて作品を囲んでコミュニケーションが生まれるというか。でも、こういう形を作るのは嘘がつけないので難しかったです。」
ふたつめは「クモ」の作品。
入学してはじめて作ったものだそう。
ーこれはどういう作品なんですか?
「はじめての作品では挑戦したいことをやりました。物体がくっついている構造で作ってみたのですが、石は割れてしまうと戻らないし、細い部分は割れやすくて。どう石に負担をかけずに削るかが難しかったです。」
確かに見せていただいた3つの作品は、コンセプトも雰囲気も違い、同じ人物が作ったものとは思えないくらい、振り幅がある。「灰皿」は機能的、「クモ」は精密でリアル、そして卒業制作は幻想的なイメージを膨らませた作品だ。
そこに、福島さんの自分の目指すもの、しっくりくるものを模索している姿勢を感じた。
話を聞いていくと、彫刻に本格的に取り組み始めたのは大学に入学してからとのこと。4年間の学生生活でたくさんの作品ができるのかと思っていたが、実際にはオリジナルの作品を作れるようになるには、長い月日が必要だということだった。
「1,2年生は素材に慣れるまでの実技。道具の使い方から、石、金属、木、テラコッタなど全素材を学んでから、さあどれを選ぼうか、となる。」
ー素材を選ばないといけないんですか?
「素材を絞っていかないと上手くならないし、4 年間だと時間が足りない。3 年生は自由に彫り、4 年生は卒展に向けての作品作りになるので。絵画より時間がかかるので、地道にやらないと…サボると自分に返ってくる。毎日学校開始の9時から来て夜まで制作をする生活が続きます。削ったときにでる粉も体に良くないので粉塵予防のマスクとゴーグルをかけています。外は寒いし、結構忍耐力が要ります。」
ーた、大変ですね…
「基本的にみんな没頭しているので、時間を忘れてやっています。楽しいので。」
と、作品に向かい続ける日々がとても幸せだと微笑む。
ーそもそも、どうして彫刻をやりたいと思ったんですか?
「もともと中学生から藝大に行きたくて、美術予備校で学んでいる中で粘土が一番楽しかったので彫刻にしようと思った。その中で、本物のウサギを見て作る粘土作品は鮮明に覚えています。粘土は焼かないと残らないので一瞬のアートですね。大学に入るための試験はデッサン。でも平面のデッサンからどうやって立体にするのか、これが難しい。立体にすると形の狂いなどの嘘が付けなくなるので。」
ー将来はどのようになっていきたいですか?
「作り続けたい。今やっと見えてきたものを無にするのはちょっと…でもどうしていったらいいかはまだわからない。受験で得た価値観からは一旦離れて、何が自分に合うかチョイスしていかないといけない。合う、合わないは、私はやらないとわからない。まだ今は、ちょっと見えつつあるけど漠然としていて、だけど『これだ! 』はあるんじゃないかと思っています。」
様々な場面で、作り続けたいという熱意と、でもまだ自分の作品には納得がいかずもがいているストイックな姿が映し出される。そういった悩みながらも真摯な姿が常に福島さんを纏う。
ーアイデアの源はなんですか?
「色んな作品を見ました。昔の彫刻から現代アートまで。でも、私は現代アートじゃないな、と感覚的に思っている。社会性が全面に出ているメッセージ性の強いビジュアルではなくて、形そのものが格好良ければいいと思う。コンセプトよりカタチ。そういう考えに至るまでにたくさんの作品を見ました。行ったり来たりです。」
ー好きな彫刻家はいますか?
「ルイーズ・ブルジョワです。女性のアーティストが好きで、フェミニズムアートでも社会性が強いのはちょっと自分の好みと違うな、と思う。ルイーズ・ブルジョワは、六本木のクモの作品などが有名なんですけど、内面の感情が作品を通し出てくるところが好き。女性の立場が弱くて、それを超えるための作品に、強さを感じます。」
と、自分の方向性を模索するように話す姿が印象的である。
ー作品を通じてどういうことを感じてほしいですか?
「自分のために作っていることが多くて。作品を通じて自分をどう見てくれているか知りたいです。」
作品は自分の化身、もしくは自分から出てきた自分の一部なのだろう。確かに今回の作品も、自分の見た夢というまさに自分の無意識世界を具現化した作品だ。
ー作品を作る原動力は何ですか?
「想像力を膨らませても限界があって、素材と向き合ってわかる、自分と素材との対話だと思う。手を動かして、考えて、手を動かして、考えて、の繰り返し。こうやって続けていくことで、表現したいものの方向性がみえてくるんじゃないか。そしたらもう少し答えが出るんじゃないか、素材と向き合うことで、自分が表現したいもの、自分が見てみたいものが見えてくるんじゃないかと思う。」
自分の中の自分を見つけるために、「作り続けたい」と繰り返す。
インタビューを通じて、福島さんの作品作りの原動力は、福島さんの中の「漠然としたキラキラしたモノ」を彫刻作品を通じて彫りだして、カタチにしていく作業ではないかと感じた。
そして、これからも自分の中の原石を彫りだすために、石を彫り続けてほしい、そういう安心して作品に没頭できる場所で、自分と真摯に向き合いながら、幸せに石と向き合っている福島さんと、福島さんから生まれる作品を見ていきたいと思った。
取材:市川佳世子、山本俊一(アート・コミュニケータ「とびラー」)
執筆:市川佳世子
第67回東京藝術大学 卒業・修了作品展 公式サイト
2019年1月28日(月)- 2月3日(日) ※会期中無休
9:30 – 17:30(入場は 17:00 まで)/ 最終日 9:30 – 12:30(入場は 12:00 まで)
会場|東京都美術館/東京藝術大学美術館/大学構内各所
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2018.11.27