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「窯の持つ“見えない”力が作品を面白くする―陶芸と過ごした日々の挑戦」藝大生インタビュー2018|工芸・陶芸 修士2年・苅込華香さん

2018年12月某日、冬の肌寒さが日に日に増した頃、我々は東京藝術大学(以下、藝大)美術研究科工芸専攻の苅込華香さんを訪ねました。苅込さんは工芸科で陶芸を専攻している修士2年生です。訪問当時は、修了制作の作品づくりの真っ最中。全力投球で取り組む苅込さんの制作の現場を皆さんにお届けします!

 


苅込華香さん

 

―卒業・修了作品展の展示予定作品を教えてください!

 


焼成前の作品

 

「海の生物をイメージした磁器です。磁器は、石を砕いた粉に水を加えた粘土(磁土)を原料にしているものを指します。陶土を原料にする陶器とは異なり、収縮率が高く形が変形しやすいこと、石の材質の白さや目の細かさから透明感のある硬質な質感になることが特徴です。

 

また、磁器の表面には、私の調合したオリジナルの結晶マット釉を利用しています。この釉薬は、窯の熱で溶けてから冷えて固まるまでの間に、原料のマグネサイトが結晶化し成長します。結晶が大量に発生し表面を覆うことでマットな質感になります」

 

実際に触ってみると、さらさらとした触感で気持ちの良さにおもわず感嘆の声を上げてしまうほど。また、釉薬の薄い水色の発色と表面のキラキラとした細かい結晶の光が相まって、柔らかな色合いを感じることができます。

 


結晶マット釉を施した表面の様子

 

 

―容器など、何かに使うことは想定されているのでしょうか?

 

「今回は観賞用のオブジェとして制作しているので、使い方は全く考えていません。学部の卒業制作のときも同じように、器状のオブジェを制作したので、卒業・修了作品展の来場者の方からどう使うのかという質問をよく受けました。私自身は、用途のあるものとして作品をつくるとき、使用目的や使い勝手をしっかり考えて制作するよう心がけています」

 

 

―最終的な作品のイメージを教えてください!

 

「現在、同じ制作方法で作品を複数制作していて、今は全体で15個程度に及んでいます。器状の作品を組み合わせて重ね、よい組み合わせの3点を選んで最終的な作品として完成させるつもりです。

制作方法は同じでも一つ一つ違った作品になります。成形の仕方もすこしずつ違いますが、窯の焚き方や温度の下げ方を変えることでも、縁の広がり方や表面の釉薬の仕上がりなどが変わります。

 

陶芸での作品づくりは、様々な要因で失敗が起こりやすく、特に、窯で焼く工程は失敗が多いです。窯から出すまでどんな形になるのかわからないのですが、その窯が起こす変化も作品に取り入れたら面白いんじゃないかなと思って、挑戦しています」

 


現在、制作されている作品群

 


一番大きいサイズの作品は両手で持ち上げるほど

 

 

―今回の作品に辿り着くまでどのような道のりがあったのでしょうか?

 

「卒業制作では、水中の微生物をモチーフにした作品をろくろ成形で制作していました。続く修士1年生のときには、海に関する形や自分で調合した釉薬を利用して海の雰囲気を出すような作品をつくり、自分の中での海の表現を深めていきました。今回も海から着想を得て珊瑚をモチーフとした作品としています。

 

最初の試作では、現在よりも厚みがあり加飾の穴は少ない状態でした。当初は、作品に光を当てたときに加飾の穴から光が漏れる、という表現を考えていました。しかし、試作を進める中で、より穴を緻密に開けることによって作品に緊張感を出すことができると気付きました。厚さを薄くし多くの穴を開けることで作品の自重を保つ力が弱くなり、焼き上がりの形状が、焼成前と焼成後でより動きが生まれるようになっていきました。同じように、釉薬の発色も火を入れないと出せない表情です。この動きや発色は、窯の中を見ながらコントロールすることはできません。何度も実験や失敗を重ねることによって出た結果から、温度や焚き方を調整しています。しかし、最終的には窯に委ねるほかありません。

 

火を使って制作するというのは陶芸の一番の特徴だと思います。土の動きも釉薬の表情も変化させてしまう火の力をより意識するようになり、その力も取り入れた作品をつくりたいと思うようになりました。そのような気付きがあり、現在のような薄く外に広がる土の形状に緻密に穴を開ける構成へと決まっていきました」

 


加飾前の状態

 


加飾の作業中の状態

 


現在、制作中の作品は14kgの粘土を利用しているそう

 

 

苅込さんは、よどみのない口調で作品のルーツを答えてくれました。しかし、ここに至るまので道は、決して簡単なものではなかったはずです。陶芸専攻は、基礎的な技術を習得する課題を一通り行うとすぐに卒業制作の時期が来るほど課題の多い専攻だそうです。卒業制作で改めて自身の制作に取り組む際、アーティストとして自分にしか生み出せない作品をつくらなければならない、その時はたしてすぐに作品のアイデアが生まれるでしょうか?生まれたアイデアは、すぐに自分のアーティストとしての軸に成り得るでしょうか?

 

 

―自分の作品のコンセプトはどのように見つけたのでしょうか?

 

「学部4年生のころから、窯で焼くことが陶芸にとって重要だと感じるようになりました。また、私は、微生物が好きなのですが、その理由は、微生物が私の目には見えないけれど実際には存在する、というところにあります。そして、窯の力も、土の動きで目にすることができても、力そのものを見ることができるわけではありません。両者の間に“見えない”という共通点を発見し、微生物を自分の作品のモチーフに決めました。そこが、課題から自分の作品へのターニングポイントですね」

 

 

卒業制作では、微生物というモチーフと窯の力による釉薬の表情で“見えない”という共通点を表現したそうです。今回の修了制作では、さらにその先に進もうと挑戦し、釉薬の表情と土の動きによって、窯の“見えない”力を表現しています。

 

卒業制作を超えての修了制作は、同じコンセプトで進めるのか、全く異なるコンセプトにするのかなど、卒業制作以上に方向性を決めることは難しかったと思います。事実、現在の形で作品の制作が始まったのは、3ヶ月前の9月頃からで、全速力で制作を進めているそうです。

 

苅込さんがここまで辿り着いたのは、常に手を動かしながら、素材と向き合い、陶芸の技法と向き合い、作品と向き合い続けた結果だと思います。作品をつくっては形を調整したり窯の温度を調整したりと何度も実験を繰り返すことは、体力的にも精神的にも辛いと感じるときもあったと思います。しかし、苅込さんは着実に経験を積み重ね、その結果を楽しみながら、作品を作り続けたのです。ひたむきに柔軟に陶芸に取り組み挑戦し続けたことが、苅込さんの自信となりアーティストとしての基盤になっていったのだと感じました。

 

声高らかに話すわけでもなく情熱の固まりをぶつけるわけでもなく、柔らかく控えめに話をされる姿からは、温かく強靭な制作への想いを感じました。苅込さんのように私もなりたいものです。

 

 

―陶芸を専攻に選んだ理由を教えてください。

 

「私の周りには、美大出身という人はいなかったので、つくることが好きというただそれだけの思いで、美大の受験を決めました。受験のときに工芸科を選んだのは、絵を描くことよりも何か形をつくる方が好きだったからです。

 

彫刻科と工芸科で悩んでいましたが、工芸の、素材感や素材ありきの形、使うものもつくるという生活に寄り添っているところに魅力を感じ、工芸科を選択しました。

 

陶芸を選んだのは、入学後の実材実習を経て決めました。実材実習とは、短い期間で工芸科にある6専攻のうち、3つを選んで体験できる実習です。私は、陶芸、鋳金、漆を選びました。実は、入学当初、一番目に興味があったのは鋳金(金属を溶かし鋳型に流し込んで鋳造する金工技法)です。この実材実習で実際に体験してみると、鋳金の型を制作する作業工程と、漆のコツコツと取り組む制作工程が、私の適性には合わないかなと感じました。しかし、陶芸の作品が最も思い通りに出来たわけではありません。むしろ、最初の作品は想像とは違うものが焼き上がりました。その経験が新鮮で、陶芸の奥の深さと難しさに興味を持ち、陶芸専攻に進むことに決めました。

 

陶芸専攻に入ってからは、食器などの生活に紐づく芸術に魅力を感じ、ろくろ成形での土との関わりにより生まれる造形が面白くなっていきました。

 

陶芸の制作工程の中で、一番楽しいタイミングは、作品を作っているときですね。私は、ろくろ成形での作品づくりを主にしています。電動ろくろは手で制作していく感覚がわかりやすく、また、土が動いている感覚を感じることもできるので、面白いです。ろくろ成形は簡単に上手くできるようにならないので、何度も失敗しますが、そこもまた魅力です。

 

陶芸は、続けていると様々な発見や面白いことがたくさんあるので、全く退屈はしないです」

 

 

 

―制作の様子を教えてください。

 

「制作を行う場所は、藝大構内の総合工房棟にある陶芸の共同制作部屋です。共同制作部屋は、陶芸専攻の生徒が共同で利用できるようなつくりになっています。複数のろくろ場と共同の自炊場(通称、お茶台)があり、併設して窯場と釉薬部屋が存在します。窯場には、全部で12個の窯があり、ガス窯、灯油窯、電気窯があります」

 


窯場

 

 


電気窯

 

 


釉薬部屋

 

 

「個人にはろくろ場という作業場所が提供されており、ろくろ場にはろくろ台と収納スペースがあります。収納スペースには、制作道具や粘土などを入れています。ろくろ場の席順は新メンバーを迎える春頃に先生によって決められ、隣通しの学年がばらばらになるように設定します。下の学年の生徒は、近くの先輩の技を見て学ぶようにと」

 

 


ろくろ場

 

 

「陶芸の制作は、他の専攻よりも共同作業が多く生活が共にあります。窯に火を入れる日には、窯の掃除、窯の中を仕切る棚板を組む、窯の中に作品を移動させる、窯番をする、後日窯から作品を取り出す、など一連の窯関連の作業を陶芸専攻メンバーで行います。他にも、陶芸に関わる様々な作業を共同で行います。

 

窯に火を入れて作品を焼成する作業は、いろいろな焚き方がある窯の中で、自分の入れる窯は終始番をする決まりとなっています。同じ窯に入れているメンバー全員で一時間に一回ずつ窯の様子や温度をチェックしているので、当日は泊まり込みになります。窯番の日は、窯番内の下級生がお茶台で夜ご飯を作り窯番メンバーで囲みます。このご飯のことを“窯ご飯”と呼びます」

 

 

同じ“釜”の飯ならぬ“窯”の飯。生活と共にあるとはまさにその通りですね。窯ご飯のときに利用するお茶台近くの食器棚に置いてある食器達は、歴代の先輩や現役生の試作品だそうで、利用しながらつい眺めてしまうのだとか。陶芸の作り出す作品が、日々の生活と密接に関わっていることと、生活がともにある制作現場は切り離せない関係なのかもしれません。

 

苅込さんは、ここにはまだ自分の作品を置けていないとのこと。卒業までに後輩に何か残していけると面白いかもしれませんね。

 


食器棚

 

 

 

―今後はどのような活動を考えていますか?

 

「卒業後は、もう少し作家活動を続けられる形を考えています。陶芸は続けていきたいです。今後も自分の世界観を表現しつつ、陶芸の持つ面白さと難しさの狭間で、より深く陶芸を追及したいです」

 

 

―最後に卒業・修了制作展にご来場予定の皆様へコメントをお願いします!

 

「がむしゃらにやっているので、その結果を見てくれたら嬉しいです。頑張っています」

 

 

少し悩みながら、そう答えてくれた苅込さん。作品に託した言葉では言い表せない思いがたくさんあるのだと物語っているようです。ぜひ、実際の作品を見て苅込さんの思いを感じてみてはいかがでしょうか?

 


取材|木村仁美、西見涼香(アート・コミュニケータ「とびラー」)
執筆|木村仁美

1年目とびラーです。とびらプロジェクトの面白いが力になり形になる様子を見て、こんな世界があるのかと感動しています。誰かの小さな思いが見捨てられないように、活動していけたらよいなと思っています。

 


第67回東京藝術大学 卒業・修了作品展 公式サイト
2019年1月28日(月)- 2月3日(日) ※会期中無休
9:30 – 17:30(入場は 17:00 まで)/ 最終日 9:30 – 12:30(入場は 12:00 まで)
会場|東京都美術館/東京藝術大学美術館/大学構内各所


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