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『建築を通して、「人間とは何か」「生きる意味とは何か」を思索する』藝大生インタビュー2021|美術研究科建築専攻 修士2年・伊藤健さん

「実は、コロナが流行り出した年(2020年度)に、一年間の休学をしていました。

その間に、本を200冊くらい読んだんです。一番影響を受けたのは、フリードリヒ・ニーチェ。自分の「身体」というものは、どれだけ社会が変わろうといつも確かな出発点なんだ、と気付きました。

そこから、もう一度建築を考えてみようと思いました。」

 

柔らかく、言葉を、想いを、丁寧に紡ぐ伊藤健さん。その修了制作に迫ります。

 


「今欲しいものは、コーヒーミル!」と微笑む、伊藤さん。「日常行為の中の儀式的な時間が好きなんです。コーヒーミルを回して、ぼーっとする。そんな五感で楽しめる時間っていいですよね。」

 

 

「生まれは、サーキットで有名な鈴鹿です。昔は、世界一速いF1のエンジンを作りたかった。

でも、小説やSFが好きな自分もいた。好きなことを両方できる分野ってないかな……そう考えていたときに出会ったのが、建築でした。」

 

伊藤さん曰く、建築とは《工学的なものとポエティックなものが融合しているジャンル》なのだとか。

 

学部生時代は京都大学工学部・建築学科で学び、東京藝術大学・大学院美術研究科建築専攻に進学。

その集大成となる、修了制作では『強調譚(きょうちょうたん)』をテーマに、その実践として、「歪形集合住宅(デフォルマンション)」という建築物を構想・設計し、制作されています。

 

はじめに、伊藤さんが修了制作のテーマ『強調譚』に辿りつくまでのプロセスを伺いました。

 


取材日は、修了制作講評の翌日。中央には大きな作品模型と資料、そして壁一面に図面が張り巡らされていた。

 

 

◼重なり合った思索から紡がれる、『強調譚』

きっかけは、「視る」という“行為”に特化した深海生物

 

「東京に来て1年目は、何をやってもうまくいきませんでした。休学していた2年目は、やりたいこととか、これからの人生とか……生き方を含めて悩んでいたんです。」

 

休学期間中の伊藤さんは、「人間とは何か、生きるとは何か」と問いを重ねていたといいます。

 

「古典哲学、社会学、生物学など——さまざまなジャンルの本からインプットを重ねる中で、奇妙な深海生物と出会いました。」

 

「この生物は、ギガントキプリス – Gigantocypris agassizii。

こいつが泳いでいる映像を見て、すごく興味を抱きました。どうしてこんなにも「歪」で不格好なのに、過酷な自然界で生きていけるんだろう、と。それと同時に、この生物に対して、ある種の憧れや共感を覚えている自分がいたんです。」

 


—— ギガントキプリスは、体長3cmほどのウミホタル科の深海生物。身体のほとんどが目でできており、人間の8倍ほどの集光能力をもつ。泳ぐ姿は、とてもキュート。

 

「彼らは、ひたすらに「視る」ことに特化して、身体を強調しています。その代わりに、多くのものを失いました。「視る」ためには最適化されているけれど、ひどく不器用で歪な姿をしています。」

 

しかし、伊藤さんは「歪でも、何かに特化して生きられたら、すごく幸せなんじゃないだろうか」と考えました。そこで、建築を学ぶ中で身に付けた、図面化することで、彼らの“身体”の特徴を紐解くことに。

 

「図面にしていくと、《強調された生物は、“身体”と“行為”の距離がとても近い》ということがわかってきたんです。」

 

生物における、身体の強調と行為の意味とは?

 

求愛行動に用いる大きな手、己を誇示するための巨大な眼——

「試しに他の生物も図面化してみたところ、ギガントキプリスと同じような特徴が確認できました。」

 

 


—— “行為”と“身体”の関係を調べるために、生物の強調を図面化した。

 

 

“身体”を強調することで、何らかの“行為”を手に入れた生物たち……その姿をつまびらかにするなかで、伊藤さんの関心は、「人間の強調」へと移っていきます。

 

「人間の進化を調べたところ、およそ3.5万年前を境に、“身体”の大きな構造上の変化は止まった、ということがいえます。

しかし同時に、この頃から道具すなわち“建築”が大きく多様化しているということも、わかりました。」

 

「歪なかたちの生物は、“身体”のかたちを変えて強調したけれど、人間は第二の身体である“建築”を変化させることで、強調しているのではないか」と、伊藤さんは考えます。

 


—— 多様化する建物の変遷は、生物の強調した身体のようだ。人間の場合、身体のかたちは変わらないけれど、外縁化された身体(建物・道具など)が進化しているという。

 

さらに、人間の“行為”についても調べていったとのこと。

 

「“身体”は進化しましたが、“行為”の数はどんどん減っていますよね。

例えば、昔は『洗濯』をするために、川に行く・洗濯板で擦る・叩くなど、いろいろな動きをしていた。けれど、いまでは放り込んでピッ!で終わりです。そこで僕は、人間にとっての、“行為”とは一体どのような意味を持つんだろうと考えるようになりました。」

 

伊藤さんが特に注目したのは、古から連綿と続く『儀式』という“行為”。

 

「哲学者のウィトゲンシュタインは、あらゆる人間を “儀式的動物”であると定義します。

なぜなら、あらゆる時代に人間は『儀式』をおこない、同時に文化そのものを形成するのもまた、

『儀式』であるからです。

そこから、『儀式』の持つ2つの属性——共同体としての連帯感を生む『横のつながり』と、法悦を生む『縦のつながり』こそが、人間の失いかけている “行為”の意味につながっているのではないか、と考えました。」

 

伊藤さんは、その一例として『入浴』という“行為”について語ります。

 

「人は入浴という“行為”を通して、身体の感覚が鮮明になる感覚を味わいます。

それは、儀式における法悦の感覚に似ている……そこで、入浴という“行為”を強調してみよう、と考えました。その強調した“行為”のことを、僕は『擬儀式』と呼んでいます。」

 


—— コロナ禍で「お風呂に入りたくて入っているのか、それとも入らなければならないから入っているのかがわからなくなった」という伊藤さん。そのことを、「“行為”に消費されている感覚だった」と語っている。

 

 

こうした歪な生物から始まった膨大な思考のプロセスを経て、修了制作のテーマ『強調譚』が生み出されました。

 

◼️ 思索の結実として誕生した、『デフォルマンション』

強調された“行為”を、歪な集合住宅に

 

 

「人間は、“行為”に溢れた、いわば《行為の集合住宅》です。

 

その“行為”の一つを取り出して『強調』してみる——すると、人間とは何か、生きるとは何かということが、浮かび上がってくるのではないかと考えました。

 

人間にとって遠くなってしまった“行為”と“身体”の距離を近づけようとすること、それを一つの物語にすること——それが僕の修了制作のテーマ『強調譚』です。」

 

 

—— 『強調譚』構想資料より。

 

 

「生物の姿にのっとり、この家は『歪』であることを前提にしています。

その名も、マンションならぬ、『デフォルマンション(=歪形集合住宅)』。

住人は、それぞれが愛する“行為”を持っています。」

 

 

—— ネーミングは、フランス語のdéformationに由来。それぞれの部屋に住む住人は、書道家・茶道家のように、『〇〇家』と名付けられている。

 

「例えば、下の図面は『洗濯』が大好きな『洗濯家』の部屋。洗濯の中に含まれる“行為”を分解し、“現象”に左右される“行為”だけを強調しました。ここでは、「干す」ことが特化されています。

 

洗濯物がよく乾くように、左側の壁には風が通り抜けるための大きな空洞が、右側のベランダには洗濯物を干すベランダが。いわゆる生活空間は、真ん中の小部屋だけです。『洗濯家』は、「干す」ことを優先して、生活空間を手放してしまいました。その姿は、まるであの小さなギガントキプリスのようです。」

 


—— 風という“現象”を優先し、風洞実験装置のような形状をとった『洗濯家』の部屋。生活をするには、とても歪だ。

 

 

「今回、一般的な建築の設計とは異なる作り方をしました。“行為”のために必要な“現象”を軸に設計したんです。強調する生物たちと、同じ作り方ですね。

 

そこで、人間の一日を12個の“行為”に分解し、部屋としてまとめました。」

 

 

歪な『強調』が生む、豊かな『協調』

この家の面白いところは、『強調』を寄せ集めた結果、『協調』が生まれたということです。伊藤さんの言葉とともに、『デフォルマンション』の断面図を見ると、部屋の構造とともに、光や風などの“現象”のつながりを見ることができる。

 

壁を無くし、“行為”を支える“現象”でつなげた『デフォルマンション』。そこに住むと、人間は無意識に関わり合ってしまう——不思議な空間について、具体的に話を伺った。

 

 


——『デフォルマンション』の断面図。『洗濯家』の部屋で生まれた風は、タービンを回し、電力を生み出す。その電力を蓄電するための、おもりは『筋トレ家』の筋トレ道具に。『照明家』が電気をつけると、その重りが下り、水道のポンプが開く。すると『植物家』の部屋で、植物の水やりができる。そして、その水はろ過されて、『睡眠家』の部屋にあるプールの水へと落ちていく。

 

 

「世界は、人と人の関係性によってできています。この家も、それぞれの部屋の動きがつながって、関係性を生んでいるんです。光がさす、いい匂いがするなど……誰かのちょっとした動きが、家中に影響を起こすようになっています。」

 


—— 伊藤さんが一番住みたいのは、『照明家』の部屋。大きな電球が一つ、壁はスリット状に。その光は屋外に溢れ、『デフォルマンション』の常夜灯となっている。なお、これらの図面は、実際に建てられるように設計されている。

 

 

それぞれの強調された“行為”と、それを支える“現象”はつなががりあい、大きな円環を生み出す。

 

「住人はお互いのことを知りません。

性別も国籍もわからないけど、相手が生み出す“現象“からの影響で、何を愛しているかだけは知っている——風呂が好きな人がいるから、流れてくる蒸気によって、自分の部屋のカーテンが揺れる、というように。」

 


—— 右の図は設計の着想の発端となったもの。住人それぞれが愛している12個の“行為”の動きを分解し、そこで起きる“現象”のつながりを図式化したもの。これを建築物の設計に落とし込むと、左の断面図になる。

 

「ここで大事なことは、その人が何を愛しているのか、ということ。

お互いの愛する“行為”を前提としてつなががっていく——これって来るべき多様性の社会で、お互いの個性を激しく認め合っていく姿と似ていると思いませんか。」

 

歪な『強調』が、豊かな『協調』を育んでいく——とても素敵な未来が見えますね。

 

「実際に『デフォルマンション』を建てるとしたら、都会のビル街に。

ホテルのように、数日過ごしてもいいですね。日常に戻ったとき、一つ一つの日常の“行為”の意味を考えるようになるでしょう。一日住むだけで、人生が変わるかもしれません。」

 


—— 木漏れ日のような笑顔が印象的な伊藤さん。「藝大の仲間は、みんな秀でたところがあって、一緒にいて楽しくて、大好き。でも、歪なやつばかり。彼らと一緒に生きるためにも、デフォルマンションを作らなきゃと思いました。自分自身を肯定するための家でもあるんです。」

 

◼️これから

究極的には、意図せざる“現象”建築に向き合いたい

 

就職活動は、これから。

こういった作品や考え方に共感してくれるアトリエ事務所で修行したい!と考えているそう。

 

「こういう作品を評価してくれるという点が藝大の良さだと思います。面白いと言ってくれて、最後まで評価してくれる……幸せですね。そんな大学に、とても感謝しています。」

 


—— 「僕自身がcomplicatedなことを考えてしまうので、わかりやすく伝えることを意識しました」と語る伊藤さん。模型に図面、アニメーションを駆使して、説明をしてくれた。徹底的にろ過された思考から紡がれる言葉は、豊かで説得力がある。

 

そんな伊藤さんに、「これから作りたい建築は?」と聞いてみたところ興味深い答えが。

 

「今この瞬間に興味があるのは、『強調』の原理でできるもの。

 

ただ、一番作りたい空間は、沖縄の“御嶽(ウタキ)”のようなものです。そこには何もないんだけど、ただ“現象”がある……僕の中では究極の建築の姿です。」

 

 


—— 右下の画像が、沖縄にある“御嶽”。祈りのための儀式空間だ。人工的なものは何もない……自然があり、移ろいゆく“現象”があるだけ。『強調』について考え続けた伊藤さんは、「儀式という“行為”を『強調』する場合、何もない空間が一番という結論にたどり着いた」と語った。

 

「木陰にいると、風が吹いて気持ちがいいですよね。でも、木は人間を気持ち良くしてやろう!とは考えていません。そういう人を心地よくしてやろうとしたわけではないけれど、そよ風が吹くように心地よくなれる空間を作りたいです。」

 

 

これから伊藤さんが、どのような経験を積み、インプットを重ね、アウトプットに昇華していくのか ——『強調譚』の先にある物語、その未来がとても楽しみです。

 

◼️ 伊藤健さんWEBサイト https://it-itoken.tumblr.com/

 

 


 

取材:鹿子木孝子、林賢、大石麗奈(アート・コミュニケータ「とびラー」)

執筆:大石麗奈

 

 

『デフォルマンション』に住むなら『読書家』の部屋がいい、2年目とびラー。藝大生インタビューは、作家の思考の海を巡る旅——私の身体はひとつだけれど、相手の経験も、その思索の結実も、じっくりたっぷり味わえる。そんな追体験の価値を広めるべく、とびラボを立ち上げ、奮闘中!(大石)

2022.01.19

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