2022年3月14日(月)東京都美術館で開催された「ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展」(2022年2月10日〜4月3日)で視覚障害者と作品鑑賞を楽しむワークショップを実施しました。当日は「障害のある方のための特別鑑賞会」*の日でもあり、ゆったりとした環境でアート鑑賞を楽しみました。
私たちアート・コミュニケータ(通称:とびラー)がこれからゼミ*として立ち上げたグループ「gift×gift」(ギフトギフト)は、ダイアローグ・イン・ザ・ダーク「対話の森」*でアテンドをされている5名の方々をモニターに迎え、何度も意見交換をしながら、一緒に「アート鑑賞」プログラムを作りました。
「gift×gift」は視覚障害者と晴眼者がアート作品を通してそれぞれの経験や鑑賞体験などを語り合い、互いの考え方に触れる場を作ることを目指しています。
ここからは当日の様子をレポートします。
青空に満開の寒桜が映える上野駅。公募した視覚に障害のある参加者4名と、一緒に活動するアート・コミュニケータが公園口改札で待ち合わせ。360度目配りをしながら、参加者が来るのをドキドキしながら待っていました。ここから参加者1名(介助者の方もご一緒)、アート・コミュニケータ2名でのグループ活動が始まります。自己紹介やざっくばらんな会話で、徐々に距離を縮めながら東京都美術館に向かいます。
<プログラムメイキングのポイント>
これから一緒に活動するグループメンバーと気軽に話したり、聞いたりできる雰囲気作りに努めます。待ち合わせ場所から会場までの10分間で参加者の方が、肩や腕など、どこに手を置けば歩きやすいのかを確認します。歩幅や歩く速さを合わせたり、エレベーターやエスカレーターに乗るタイミングを計る、その後の展示室でのプログラムに繋がる大切な時間です。
さあ、鑑賞プログラムの始まりです!
まずは作品解説!
展示室に行く前に、落ち着いた空間で参加者が、鑑賞する作品のイメージを描くための
ステップです。
今回は3作品に焦点を当てて鑑賞します。ヨハネス・フェルメール作《窓辺で手紙を読む女》、フランス・ファン・ミーリス作《画家のアトリエ》、ヤーコプ・ファン・ライスダール《牡鹿狩り》です。
「触図」はA4サイズの厚紙に人物や風景などを、手触りの違う紙や布で表現しました。
1作品ごとに解説や触図の分かりにくい部分などを確認するための時間を設けました。
<プログラムメイキングのポイント>
今回のプログラムで鑑賞する作品は、「この作品なら見えない人と見える人が一緒に楽しめる」と選んだ3点です。
作品は、展覧会の主旨に沿ってオランダの風俗を描いたもの、オランダの風景や文化を描いたもの、そしてチラシに載っている目玉の1点。展示空間全体も体感できるよう考慮しながら選びました。
事前に作品研究をし、その魅力の中から、伝えたい要素を数点に絞り、解説と触図に反映させました。
工夫した点としては、例えばヨハネス・フェルメール作《窓辺で手紙を読む女》では、大まかに以下の4点を示しました。
・中央で手紙を読む女性
・修復後に現れたキューピッド
・大きな窓や緑のカーテン
・果物が置いてある布のかかった家具
1番のポイントはキューピッドだけをめくれるようにし、修復前と修復後の画面の変化をイメージできるよう工夫しました。
モニターの方々との意見交換から、触図は参加者の方が気兼ねなく触れるよう丈夫であること、描かれているものの位置関係が伝わること、作品解説との兼ね合いが大切であることが、わかってきました。
情報過多にならないよう、作品解説は触図の起点を決め、ポイントを迷わず辿れるよう最後まで修正を重ねました。
展示室に行く前の最終ステップ、作品サイズを手で触って感じます。
<プログラムメイキングのポイント>
作品のサイズを身体的に体感することで、より作品に近づけるのでは、というアイディアがモニターの皆さんとのトライアルから生まれました。
いよいよ、展示室で本物の作品鑑賞。
トイレ休憩をはさみ、荷物を預けアートスタディルームから企画展示室に向かいます。
上野駅での対面から1時間弱が経ちグループメンバー同士、会話のテンポや歩くスピードも徐々に馴染んできました。
各グループは本物の作品を前にどんな鑑賞の時間を過ごすのでしょうか。
Aさん「作品と私たちの距離は、どれくらい離れていますか?」
アート・コミュニケータ(以後AC)「1メートルぐらいです。足元に華奢な黒い柵があります」
Aさんが白杖で柵を触って、位置を確かめます。
AC「修復後の《窓辺で手紙を読む女》は周りの壁紙よりも一段階濃い色の、厚みのある特別な壁に掛けられています。足元には30㎝ぐらいの高さで奥行きのある台が張り出しています。手を伸ばしても届かないぐらいの距離に作品があり、丁重に扱われている感じがします。」
Aさん「修復前後で何が違いますか?」
AC「色のトーンも違います。」
Aさん「キューピッドが出てきただけではないのですね。まず、どこに目が向きますか?」
AC「やはり、女性です」
Aさん「キューピッドではないんですか?(驚く)」
ACはさらによく観ることに。
女性に光が当たっていたり、窓ガラスに姿が映っている感じを説明し、そこから作品全体の光の陰影や、その中のキューピッドの存在へと話が展開します。
実際の作品の前では、細部に描かれている物、表情や筆のタッチ、展示室内の様子を説明。絵の雰囲気やアート・コミュニケータから見た作品の面白さを主観的に伝えていきます。またBさんからも、服装について質問を受けることで今まで気にしていなかった季節感に気づくなど、絵のイメージがだんだんと固まっていきます。そして、ある瞬間カチっとお互いの見え方が一致するような感覚を覚えました。
AC「手前に川があって奥には森があります。」
Cさん「手前にある/奥にあるというのは、どこからわかるのですか?」
AC「…。」
普段当たり前に思っていることを言語化するのは難しいと痛感しました。
Cさん「目で見ている人たちって、こんな風に見ているのかな。目で見た世界を垣間見ることができ、興味深かったです。」作品の遠近感の表現について、私たちも改めて考える時間となりました。
4グループ目の鑑賞の様子
「美術館にはあまり来ない」というDさん。少し緊張されているようです。
「絵は図録でもいいかなぁと思って」とおっしゃっていましたが、絵の前でアート・コミュニケータと女子トークしながらの鑑賞で表情も柔らかに。一枚の絵の中にたくさんの「謎」を探していらっしゃいました。
「どうしてキューピッドを隠したのでしょうね?」「どうしてこんなに大きなキューピッドなんでしょう?」本物の作品を前にお話をすることで「謎の多い絵は面白いですね」と笑顔になっていました。
視覚障害の有無に関わらず、Dさんが時間をかけて絵画を観察し、味わって下さっていたのを感じました。
<プログラムメイキングのポイント>
ワークショップを作っていく中で、モニターの方々とのトライアルで見えた2つの課題がありました。
初めのトライアルでは、作品情報の共有をせずに、いきなり展示室で作品鑑賞をしました。そこでモニターの方から「キャプションを読んでほしい」「何が描かれているのかの情報は欲しい」「いきなりの対話は難しい」という意見が出ました。
また、混み合う展示室で他のお客様とも場を共有するため、工夫をする必要がありました。
これらのことを踏まえて、①ASRで事前に作品の客観的な情報を伝える②展示室での対話は主観を中心にする。というステップを設けました。また、鑑賞する作品は各階1作品とし、観る位置を適宜移動するなど、他のお客様の様子に気を配りながらの鑑賞を心掛けました。
展示室での鑑賞を持ち寄って語り合おう!
2グループ合同で鑑賞した感想や気づきを語り合う場です。
「自分では見る事のできないものを、他の人の視点を借りてみることが新鮮でした。」
「グループで話すことで6人の目を借りて見ることができました。」
「小さな丸が少しずつ大きくなっていくように広がり、一人のフェルメールからグループ皆のフェルメールのように感じています。」
進行のアート・コミュニケータが参加者を中心に感想を聞きました。
4グループを2グループに編成して、展示室での感想を持ち寄ります。ここで初めて他のグループメンバーとの交流の時間を持ちます。皆さん盛り上がり、時間が過ぎても語り合っています。
<プログラムメイキングのポイント>
作品解説から展示室の鑑賞までは3~4名のグループでの活動でしたが、ここで初めて他のグループの参加者や、アート・コミュニケータと接する機会を持ちます。このグループ対話の時間は、モニターの方々とのトライアルで「○○さんがどう思っていたのか、知りたい」というご意見から生まれました。
気持ちがホットなうちに、アンケートを取ります。
『触図で全体の構図が掴めたことです。これが自分にとって実際に観たことになりました。』
『感想を共有した対話の時間です。一人ひとりの感想を聞くことができたので、その人の絵を想像することができました。』
『晴眼者がどのように作品を見ているか知ることができました。特に遠近感の表現の時、皆さんの目で見た世界を垣間見ることができました。』
それぞれの興味により印象深かったポイントは異なった回答となりました。
また、改善点としては、さらに詳細な触図を希望する方が多く、その中でも光の表現や色のグラデーションが分かるものがあったらより良いというご意見がありました。
<プログラムメイキングのポイント>
今後の活動に繋げるため、ワークショップの中で一番印象に残ったところ、良かったところ、改善点を伺いました。参加者に了承を取りメモと録音で記録しました。
お見送りの時間。
アンケートが終わった後も、名残惜しくお話が尽きない様子。解散場所のJR上野駅公園口改札までお見送り隊がご一緒します。お帰りの際は、美術館のギフトショップに寄り道したりアート以外のお話もしたり、最初に比べると随分と打ち解けた様子が伺えます。
ワークショップを終えて。
私たちは今回のワークショップで見えない人と、見える人がアート作品を通してそれぞれの経験や鑑賞体験を語り合い、互いの考え方に触れる場づくりを目指しました。
その第一段階として、過去のとびらプロジェクトの取り組みを遡ったり、視覚障害の方との関わりをメンバー内で共有し合ったり、ソーシャル・アート・ビュー(アート・コミュミケータが地域で主催する団体)のプログラム体験などをしました。
そして、フェルメール展での実施に向け、鑑賞プログラム作りが始まりました。メンバーの知見を持ち寄っては見たものの、見えない人と見える人が作品の前で互いの気づきや思ったことを言い合える場を作るために、どのようなステップを踏めばよいのか。メンバーだけでは「想像の域を出ない」と先に進むことができませんでした。
そこで、メンバーと繋がりのある視覚障害の方々にお声がけをし、この取り組みに興味を持った方をモニターとしてお迎えしました。モニターの皆さんと美術館でのトライアルやオンラインでの意見交換を重ねていく中で、それまでの思い込みに気づいたり、新たな発見がありました。
例えば、メールで展覧会概要をお知らせする際に、はじめは音声で送ろうとしていましたが、読み上げ機能があるので文章の方が良いということ。
アテンドをされる際、人によって肩やひじなど触れる場所が違うので、初めに本人に尋ねてほしいこと。
触図に必要な情報量や解説とのつながりをもたせること。
対話を重ねることで、徐々に私たちの既成概念が解けてゆき、「視覚障害のあるモニター人たち」からお一人おひとりの人柄を知る機会にもなりました。
また、モニターの方々もプログラムに興味津々で参加し、美術館を楽しんでくれている様子で「互いに贈り合い、受け取り合う」ことを実感する時間となりました。
ご協力いただいたモニターの皆さまに、ここで改めて御礼申し上げます。
本当にありがとうございました。
今回の実施は、とても大きな一歩となりました。
プログラムに正解はなく、その場にいる一人ひとりとの豊かな場を作るために、展覧会の内容や、規模、その環境などに丁寧に応じながらこれからも「gift×gift」な場づくりの活動を続けていきたいと思います。
*障害のある方のための特別鑑賞会
普段は混雑している展覧会を、障害のある方が安心して鑑賞できるよう、休室日に特別に開館して鑑賞会を開催しています。事前申込制で年に4回開催されます。当館のアート・コミュニケータ(とびラー)が受付や移動のお手伝いをします。
障害のある方のための特別鑑賞会 | 東京都美術館 × 東京藝術大学「とびらプロジェクト」 (tobira-project.info)
*これからゼミ
活動任期3年の最後の年は仕上の年。「これからゼミ」は、とびらプロジェクトを離れた後、どのように活動をしていくかについて考え、実施します。例えば、ゲスト講師を招いた勉強会の開催や、ワークショップの実践など、各自が自分たちのスキルアップに必要な講座を自らデザインし、取り組むことができます。「アート・コミュニケータ」としての総仕上げの場です。
とびらプロジェクトってなに? | 東京都美術館 × 東京藝術大学「とびらプロジェクト」 (tobira-project.info)
*ダイアログ・イン・ザ・ダーク「対話の森」
真っ暗闇のエンターテイメントとして知られ、これまで約23万人が体験した「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」。準備期間を経て、暗闇で心地の良い距離(ソーシャルディスタンス)をとりながらでも冒険できる、新たな体験型ソーシャルエンターテイメントとして生まれ変わりました。声や音、あらゆる感覚に着目しながら、人と人とのかかわり、つながりをどう育み、保っていくのかを体感していく。身体的距離が必要なwithコロナ時代だからこそのプログラムです。
対話の森とは? | ダイアログ・ミュージアム「対話の森®」 (dialogue.or.jp)
*アートスタディルーム
東京都美術館交流棟2階にあるアートスタディルームは私たちアートコミュニケータ(通称とびラー)が学び、集い、活動する場所です。
中嶋弘子(8期)
人と出会う、作品と出会う。アートの前での対話は、その人にも、作品にも、新しい自分にも出会えます。
そしてその気持ちは、他の誰かへと繋がってゆきます。アート・コミュニケータとして、このような「gift×gift」な場に立ち会っていきたいと思います。
2022.03.14