アート・コミュニケータ(愛称:とびラー)がこれからゼミ*として立ち上げたグループ「Flatart(フラッタート)」は、オンライン藝祭をZOOMで楽しむプログラム「藝祭にON-!」を9月5日(日)に開催しました。
Flatartは、学校や社会になじめない若者が、アートに触れ、その過程で保護者・先生以外の大人と繋がることで、一歩踏み出すきっかけとなる機会をつくることをめざしています。今回のプログラムは、東京藝術大学のオンライン学園祭「藝祭」を舞台に、若者、藝大生、とびラーがアートを中心に囲んで出会う場をつくりたいと考えて企画したものです。
日曜日の昼下がり、約30名の参加者がZOOMに集まりました。参加者は、若者の社会参画を支援しているNPO法人サンカクシャが運営する居場所を利用している中学3年生から20歳までの若者5名、東京藝大の学生6名、サンカクシャのスタッフおよびボランティア、そしてとびラーです。
とびラー考案の “アートリーディング”
プログラムの初めには、初対面での緊張を解くアイスブレイクとして、とびラーが“アートリーディング”と呼んでいるオリジナルのアクティビティを行いました。アートリーディングは、占いの体裁を取りながら一つの作品を一緒にみて対話することで、話しやすい空気をつくると同時に、じっくり絵を観察することで、その後の作品をみる姿勢を生み出す活動です。
まず、とびラーが占い師役、相談者役となってデモンストレーションをおこないました。途中で、相談者役の大学生とびラーの通信環境に不具合が生じ、ZOOMから消えるというハプニングも起こりましたが、その場を占い師役とびラーがうまくまとめ、結果的に緊張が和らぎました。
デモの後は、8〜9人のグループ3つに分かれ、アートリーディングをおこないました。占い師役として完璧な役づくりをしたとびラーが、今後の進路や「ゲームをやめられない」などといった若者ならではの相談を受けた後、オンライン藝祭に展示されている作品を一緒にみながら対話し、愛あるアドバイスを導き出すことで場を和ませました。参加者はユニークな扮装をしたとびラーの姿に緊張をほぐされつつ、自分の関心事を中心に話をしたので、初対面でも臆することなく会話が進みました。
オンライン藝祭を共に楽しむ
アートリーディングで打ち解けた後、藝大生がオンライン藝祭のサイトをパソコンの画面上で共有しながら案内しました。多様な展示作品や、藝祭名物のお神輿・法被、藝大生の手作り商品が販売されているアートマーケットなどを覗きながら、藝大生本人の作品やお互いの気に入った作品をみて、感想を伝え合いました。
グループ2の1コマ:藝祭委員のデザイン科 渡邊さんならではの丁寧な藝祭ツアー
グループ3の1コマ:日本画専攻 藤原さんの作品「ヒマワリ」をグループで鑑賞
また、自室にある作品や、3Dプリンターがある制作スペースを見るなど、物理的な距離を超えることができるオンラインならではのコミュニケーションを通じて藝大生の生活を垣間見ることができました。サンカクシャの若者からは、制作に関することや、コロナ禍のキャンパスなど共通の話題について質問があり、同世代ならではの共感も生まれました。
グループ1の1コマ:彫刻科 水上さんの自室におかれた木彫作品
芸術を学ぶ学生たちの制作・研究活動に触れる
その後、全体に戻り、簡単なストレッチ体操と休憩を挟んで各グループの様子を報告しあった後、3人の藝大生から自身の作品や画材、いつも持ち歩いているスケッチブックなどを紹介してもらいました。
大学院ガラス造形研究室のクリスティーナさんは、グループ展に参加しているつくば市のギャラリーからの中継で、ガラスビーズをつなげて焼いた美しい器を紹介しながら、制作過程や素材、技術的な試行錯誤のお話をしてくれました。母国チェコと日本のガラス造形の違いという研究テーマにも触れていただきました。
デザイン科3年の渡邊さんは、持ち歩いているデザインのネタ帳に描かれたスケッチを紹介しながら、ネタの9割は採用しないことなどを教えてくれました。スケッチは臨場感、動きが伝わる描写で、デザインを学ぶ渡邊さんの思考の過程を覗くことができました。
大学院日本画専攻の藤原さんは、作品の前で、日本画の画材である岩絵具や膠、下絵を見せながら、制作方法をわかりやすく説明してくれました。1ヶ月後の個展に向けた大作も紹介していただき、皆で訪ねたいと盛り上がりました。
それぞれ異なる分野の貴重なお話に、チャット欄には続々と質問が寄せられ、時間があっという間に過ぎ、ぜひ、またの機会に続きをうかがいたいという声が聞こえました。
約2時間のプログラムでしたが、名残惜しい雰囲気の中、次はリアルでお会いしましょうという言葉とともに終わりました。
オンラインでつながる
当初はコロナ禍の今だからこそ、本物のアート作品を通した対面での出会いの場をリアル会場での藝祭でつくりたいと考えていましたが、藝祭がオンラインのみの開催となったため、オンライン開催に切り替えました。参加者全員でオンライン藝祭を楽しんで、対面でのプログラムにつなげていくことを目的としました。
パソコンを通して初対面であるサンカクシャの若者、藝大生、とびラーがどこまでコミュニケーションできるのか不安がありましたが、とびラーによる場づくりと、サンカクシャの若者と藝大生の同世代の親近感から会話が広がり、「もっと話したかった」「また参加したい」という感想をもらいました。この繋がりを大切に育てていきたいと思います。
オンラインでは体温は感じられませんが、一方で距離の壁を克服できることに、普段出会えない人と人がつながる可能性、特に社会から孤立しがちな若者にとって新しい世界への入り口となる可能性を実感しました。
世代や環境を超えてつながる
Flatartは、若者がアートを通して保護者でも先生でもない第3の大人と出会う場をつくることをめざしていますが、今回は、藝大生の参加により、若者同士がつながる機会にもなりました。
サンカクシャのスタッフの方からは、
「若者たちが、同年代もしくは少し上の方々の頑張る姿、楽しそうな姿、大学生っぽい姿を見ることができたことは、将来自分はこうなりたい、こういう人達もいるのか、自分とはちょっと違うかな、など、色んな発見を若者に与えたと感じます。」
とコメントいただきました。同世代でも普段なかなか出会うことのない人と共通の体験をすることが、お互いの世界を少し広げ、新しいものの見方につながると思います。これは、私たちもアート・コミュニケータとして大事にしていきたいことです。
また、コロナ禍では、一見元気そうに見える若者も孤立に陥りやすい現状があると思います。今回参加の藝大生からも、
「藝大生の人間関係は意外にも閉じられています…もっとたくさんの人と気軽に交流できる機会が増えればと感じました。」
という感想をもらいました。Flatartとして、今後も機会をつくっていければと思います。
アートを通じてフラットに出会う「gift x giftな場」
活動グループ名のFlatartには、アートを通したフラット(対等)な立場での出会いの場をつくりたいという願いが込められています。発起人の8期とびラー中嶋弘子さんと筆者の、“支援”ではなくアートを通して共通の経験をすることでお互いが何かを受け取る場をつくりたいという想いからスタートしました。支援する・されるといった関係ではなく、お互いに何かを受け取り合う関係が生まれる場を「gift×giftな場」と私たちは呼んでいます。今回のプログラムづくりは、集まったとびラーで、それは実際にどんなことが起こっている場なのかをじっくり話し合い、具体的なイメージにしていくことから始めました。多様なバックグラウンドを持ったメンバーが個々の考えを共有しながら、全員でビジョンを描けたことが、プログラム内容や当日の場の充実へとつながりました。
当日、私たちとびラーは、サンカクシャの若者が積極的に質問する様子、藝大生が真摯に創作・研究活動に取り組み、それを伝える姿、そして若者・藝大生・とびラーが作品へのまなざしを共有しながら笑顔で対話する場面から、それぞれの心に残るgiftを受け取りました。
最後になりましたが、本企画について相談した際に「やりましょう!」と即決で協働してくださったNPO法人サンカクシャの皆さま、それぞれ準備をして楽しい時間を一緒につくってくださった藝大生の皆さまに心より感謝します。
*これからゼミとは、3年の任期満了を前にしたとびラーが、任期満了後のアート・コミュニケータとしてどのように活動を展開していくかを考え、その準備を進めるための取り組みです。
執筆:水上みさ(8期とびラー)
アートや美術館とは無縁の世界から、ふとしたきっかけと勢いでとびラーになり、新しい扉を開きました。これからも、ここで出会った仲間と何かを生み出していきたいと思います。
2021.09.05