東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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【開催報告】五感で楽しむ朝の都美さんぽ

 

朝の空気の中で、美術館北側にある大銀杏の姿や歴史について参加者と対話するとびラー

 

◆はじめに

午前中のゆったりした時間に都美建築のみどころを紹介する建築ツアーとして、コロナ禍の2021年〜2023年の春まで、季節ごとに数回実施してきた「トビカン・モーニング・ツアー」のプログラム。2023年秋のツアーを準備しようと立ち上げられた新しいとびラボは、予期せぬ長い旅路をたどることになりました。

 

◆「トビカン・モーニング・ツアー」を見直す長い旅が始まった! 

2023年7月、「この指とまれ」で秋のツアー実施を計画するためとびラーを募ったラボが「トビカン・モーニング・ツアーを一緒に考えませんか」です。そのときのとびラー専用掲示板での呼びかけコメントを引用してみます。

 

”今回、タイトルを「トビカン・モーニング・ツアーを一緒に考えませんか」にしたのは、参加するみんなでもう一度しっかりと考えたいと思ったからです。

ツアーを実施するためのルートや時間配分の細かな流れ・作業的な話以外にも「そこにいる人みんなで場を作っていく」ことも考えてみませんか。

私にも明確なビジョンがある訳でもなく、どうなるんだろう?と手探りの状態でこれを書いています。結果的に出来上がるものは同じに見えるかもしれません。

でも、みんなで考えたらその過程は違ったものになるはず。一緒に、トビカン・モーニング・ツアーをつくりましょう。”

 

とびらプロジェクトには、恒例となっている継続的な企画も、プログラム実施が終わったタイミングや、あらかじめ設定した期限などでそのとびラボのプロセスをふりかえり、都度ごとに解散する仕組みがあります。次に同様なツアーやイベントを行う時も、とびラーの誰かが立ち上げを表明して改めて参加を希望するとびラーを募るのです。解散と新たな出発を繰り返すことで、毎回新しいとびラーや視点が加わってラボの内容を見直したり、意義を根源から問い直したりすることにつながり、新しいアイディアを生みやすい環境を作り出します。今回もモーニング・ツアーそのものの姿を問い直すところから始まり、新しい形のプログラムに脱皮するために、苦しくも楽しい道のりが始まりました。

 

◆アイディアを出し合った後、東京都美術館の朝を体感してみた!

「この指とまれ」の呼びかけに「とまった」(ラボに参加表明をすること)とびラーが最初に集まったのが8月15日。アイスブレイクとして、各自の朝のルーティン+好きな卵料理を紹介しあうことで、打ち解けました。その勢いで3つのことが提案されました。

①コロナ禍も明けたので、このツアーを新たに考え直そう!

②より自由度の増した活動ができるのでは?みんなでもう一度考えてみよう。

③ラボの醍醐味である、始まりから企画を作る楽しみをみんなで体験してみよう。

 

「どんな場にしたい?参加者に感じて欲しいこと、届けたい思いは?」をテーマに意見を出し合いました。そして、とびラーからこんなワクワクするような思いが次々とあふれてきました。

*「建築ツアー」にこだわらず、東京都美術館(以下、都美)の朝のゆったりとした空気感を体験してほしい。

*極力、朝早くスタートしたい。

*都美周辺の公園内の木立からスタートしたら楽しそう。

*朝をどう生かすか。人の少ない朝の都美の様子を感じて欲しい。

*時間と空間を楽しむツアー。アートラウンジで参加者とコーヒーや余韻を楽しみたい。

*陽のひかり・匂い 感覚をみんなで体験してみたい。

*モーニングならではのツアーを考えたい。公園にいるような感覚も感じて欲しい。上野の森との融合を考えたい。

*お茶+建築+アートの「とびかんモーニングセット」を参加者に提案したい。

 

アイディアを出し合った後、朝の時間の都美の魅力を実際に体感して、何ができるか考えてみようということになり、とびラー有志で朝の散歩を行いました。

 

東京都美術館に接する上野公園の園路。建物と木々の織りなす景色が素晴らしい。

 

東京都美術館の創設初期に建てられた谷文晁の碑に見入るとびラー。

 

美術館の北側から《my sky hole 85-2 光と影》が望めることを発見。モダニズム建築の特徴である広い窓が生み出す開放感に感動!

 

どこから見ても、木々に囲まれた美術館。朝の光が美しい。

 

朝の光を浴びて、しばし静寂を楽しむとびラー

 

◆「モーニング・ツアー」が「朝の都美さんぽ」に進化した!

 

都美の朝の魅力を体感した後もミーティングを重ねました。美術館の周辺環境を味わえる場所として、建物の北側や外周もコースに加えて、参加者に紹介できたら、朝の静けさや自然とのつながりが感じられるのではと、どんどん案が膨らみました。

 

Zoomでもミーティングを積み重ねました。

 

ここに至るまでに、プログラムの企画書をとびラー自身の手で作成し、とびらプロジェクト運営スタッフ(以下スタッフ)とやりとりを繰り返しました。スタッフからは「朝の魅力とは具体的に何?」「朝の美術館や建物を味わうために、どんな場づくりが必要?」とたびたび問いを投げかけられ、そのたびにとびラーは集まって、ミーティングを繰り返しました。議論が堂々巡りになり、振り出しに戻ってしまったことも度々ありました。

 

ミーティングに行き詰まり、体で朝を表現してみるとびラー。

 

また、プログラムの根幹となる「どうやって朝の都美の魅力を伝えよう?」というテーマでも何回もミーティングで討論し、とびラーの思いを交換しました。

 

話し合いを繰り返した結果、見えてきたものは、このラボが目指すのは建築自体の紹介が主体ではなく
・都美の建築空間に差し込むの朝の光や、朝の静けさや周辺環境からの音、朝しか見られない光景などを五感で楽しむこと。
・展示を見にくるための場所としての都美以外に、美術館の空間自体を味わう。そこに流れる静かな時間や空間を楽しむこと。
・いつもと違う一日の始まりで自分のための時間を過ごし、一日の終わりには「良い一日だった」と思ってもらうこと。
・これまで知らなかった朝の都美の魅力に触れ、「私の一推し」を見つけてもらうこと。

これらが、「都美が持っている“朝の魅力”を来館者へ伝えること」であり、それが都美のファンを増やすことにつながるという結論に達しました。

 

そして、ついにたどり着いたキーワードは「五感で楽しむ」。そして、ラボのタイトルも「五感で楽しむ朝の都美さんぽ」に進化しました。

 

次に、このツアーで大切にしたいこと(このツアーの核となるコンセプト)についても話し合いました。

・朝の都美の魅力は朝の光のコントラスト、建物と自然環境が織りなす風情。感覚がリセットされる朝に、それらの魅力を対話や五感で知り、ゆったりとした時間を過ごしていただくためのプログラムであるというベースをしっかりと持つ。

・対話、時には静かな時間、忘れずに。準備はたくさんした上で、出すものは必要最小限に。新たな魅力への期待を持って再訪いただくための余白を大切に。

・ これまでの建築ツアーは先にガイド役のとびラーが説明し、それを受けて参加者が発見していた。このラボでは参加者が五感を使って先に発見し、とびラーからの必要に応じたプラスアルファ(建築の観点からの話や木々が残っている心意気の紹介など)を紹介する。とびラーとの対話で、さらに感じたい、もう一度見てみたい、知りたい、と思ってもらえるようなやりとりをしたい。

 

以上を踏まえて、本番2日間で5チームのツアーを行うこととなり、早速コース検討に入りました。そして、朝の散歩でその魅力に惹かれた美術館北側(現在、来館者に開放されていないエリア)と美術館の外周の道もコースに入れることを検討しました。最終的には都美建築自体の魅力を伝えるということからも、二つの案のうち、北側エリアをコースに加えることに絞りました。とびラーは話し合いながら、「ゆっくり、欲張らない」「普段の建築ツアーより行く場所は少なめに」を共通項として、美術館北側を中心にエスプラナード(都美正門から建物入口に向かう開放的な空間)や公募棟を組み合わせた5コースを作成し、トライアル実施にこぎ着けました。

 

トライアル実施に当たって、何度も話し合って見出したプログラムの根幹、「朝の都美の魅力を伝えたい。それを五感で感じてもらい、対話で共有する」を体現するために、プログラムの最後にアートラウンジでのゆったりしたティータイムを共通ですべてのツアーに入れることにしました。

 

とびラーがガイド役とお客様役に分かれて、トライアルを実施。

 

コースに追加した美術館北側エリアにて、戦災を生き抜いた大銀杏に見入るとびラー。

 

さんぽの後のティータイムも念入りにトライアルで検証。

 

 

そして、とびらプロジェクトの公式サイトに参加案内を出したのは、プログラム本番を行う12月になってからでした。プログラムが本当にできることになったこと自体にとびラー一同、大きな喜びを感じた瞬間でした。

 

朝日に包まれた都美の魅力が伝わる広報ビジュアル

 

◆苦労の先は、楽しい楽しい本番が待っていた。

広報期間が短かったにもかかわらず、応募者にも恵まれ、本番2日間とも参加者ととびラーは本当に充実した時間を過ごしました。

 

◎日程

・第1回 2023年12月17日(日)9時45分~10時45分

・第2回 2023年12月19日(火)9時45分~10時45分

 

◎参加人数

・第1回 参加者12人 とびラー7人

・第2回 参加者6人 とびラー8人

 

 

実際巡ったコースを2例ご紹介しましょう。

① アートスタディルーム → 東門 → 美術館北側エリア → 公募棟 → アートラウンジ

② アートスタディルーム → エスプラナード → 東門 → 美術館北側エリア → アートラウンジ

 

いずれのコースも通常の建築ツアーより行く場所の数をぐっと絞っています。では、各チームどのように朝の時間を過ごしていたのでしょうか?そのいくつかを紹介しましょう。

・東門の木に囲まれているスペースでゆったりと深呼吸して朝のエネルギーを体いっぱいに取り込む。

・美しいタイルが貼られた建物の壁に体をぴったりと付けて目をつぶって1分間瞑想する。

・道ばたの枯れ葉を集めて、香りを嗅いでみる。

・鳥の声や遠くを走る車の音、かすかに聞こえる地下鉄の音に耳を澄ます。

・北側エリアにある、度々の被災を耐えてきた大銀杏をじっくりと見上げてみる。

 

その時々に、参加者の皆さんとの対話により感想を交換しながら進めました。実施した1時間はゆったりしていたように感じましたが、いざ終わってみれば楽しくあっという間に過ぎた印象を受けました。

予定時間が過ぎても、どのグループも余韻のおしゃべりが長く続いたことが、どんなにこのプログラムが楽しかったかを証明していました。 

 

では、当日本番の様子を写真でご覧ください。

 

 

朝の光と冷気を感じながら、普段は足早に通り過ぎてしまう中庭をゆっくり眺める参加者のみなさん

 

 

大銀杏の落ち葉の前で朝の音や香りを楽しむ

 

 

深呼吸して朝のエネルギーを体いっぱいに取り込む

 

さんぽの後のティータイムはいつ終わるともしれず・・・

 

ツアー途中や終わってからの参加者の皆さんからは「会話が弾んだ」「心の洗濯ができた」「子育てが終わった開放感で『自分の時間』を満喫した」などの嬉しい言葉をいただきました。「途中で料理のスパイシーな香りを感じた」というコメントもあり、レストランから漏れる微かな匂いを敏感に感じ取られた参加者もおられました。ご家族で参加いただいたグループでは、終了後のアンケートの時間にお子様が北側エリアの大銀杏や壁に貼られたタイルを色鉛筆を使って描いてくれたという、とびラーを感激させるエピソードもありました。

 

従来の建築ツアーを発展させた、初めての「五感ツアー」。約50年前、現在の建物を建てる際に考慮された「周辺の木を残す」「公園環境との調和」が今日まで守られてきた東京都美術館だからこそ、このツアーの価値を生んだものと思います。そして何よりも、ツアーを実施した全員が「とびラー」として都美を何よりも愛していることが、素晴らしい時間を創り出しました。

 

 

 

◆参加者アンケートより

 

・何度も訪れたことのある場所なのに、新たな気づきがありました。

・心の洗濯ができました。

・混んでいない静かな美術館は初めてでした。また散歩に来たいと思います。

・朝、早起きして来て良かったです。

・この散歩を体験したことで、何度も訪れていた美術館が、より身近で好きな場所になりました。

・今までにない都美の姿がみられ、心も体もあったかくなりました。朝っていいな~と感じました。

・美術館とそれを取り巻く環境を、五感を意識しながらガイドしていただいて、新鮮でした。

・歴史を感じる銀杏が愛おしく思えました。

・ふだん「五感を使う」ということをほとんど意識していない自分に気づきました。

 

他にも多くの参加者の方が、作品を鑑賞するだけではない美術館の魅力について書いてくださいました。アンケートにご協力くださった17人すべての方から「とても満足」の評価をいただきました。

 

第1日目の振り返りを終えて、充実した笑顔。

 

第2日目の振り返りを終わって、やり遂げた気持ちと少々の疲れが表情に。

 

 

◆終わりに

 

企画、準備、当日のプログラムに続き、最後のミーティングである「解散回」にたどり着いて、とびラーはこんな意見を出し合いました。

 

・ラボのプロセスが紆余曲折を経たけれど、とびラーの知恵が集まって形になった。大変だったからこそ、達成感も大きかった。

・通常のプログラムでは先にガイド役のとびラーが説明し、それを受けて参加者が何かを発見するという過程を経るが、このラボでは参加者が五感を使って先に発見し、とびラーから必要に応じたプラスアルファ(建築のことや木々などの周辺環境のこと)を紹介する。そんな「逆転の発想」が他のプログラムと違って良かったと思う。

・とびラー・スタッフ・参加者とたくさん話をした。参加者と対話をして、私たちが伝えたかったことを感じ取ってもらえてよかった。美術館が人と繋がる場・ひとと対話する場になった。

・「五感」とは何かをもっと深めてから、具体的なプログラムに落とし込みたかった。

 

当日のプログラム成功ももちろんですが、苦労の末にプログラム実現にたどり着いたプロセスにこそ「とびラボの醍醐味と達成感」を感じた半年間でした。

 

今年度、また次のとびラーが再度このラボを立ち上げて、みんなで悩み、より進化した「朝の都美さんぽ」を皆様にご案内できるものと信じています。ご期待ください!

 

 


執筆:12期とびラー 岡 浩一郎

民間企業を定年退職した半年後に出会った、とびらプロジェクトの募集のパンフレット。興味のままに応募して、縁あってとびラーになって、1年が経過しました。自分のための時間が沢山できた時にこのプロジェクトに巡り会ったのも運命と思って、毎週のように上野に通っています。

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