東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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「漆芸は自由で実験的で楽しいものだ」藝大生インタビュー2024| 工芸科漆芸専攻 学部4年・新井紗紀子さん

 

「普段の生活の中で心に響いたものを形にする。それが私の創作の原点です」と語るのは、工芸科漆芸専攻、新井紗紀子さん。日常生活の中で見つけた美しい瞬間からインスピレーションを得て、繊細な乾漆作品を創作しています。私たちとびラーは彼女に会うために東京藝術大学上野キャンパスにある研究室にうかがいました。

 

 

まずは卒業展に向けた3つの作品を拝見しました。

 

卒業制作での新しい挑戦

―こちらが作品ですね。モチーフはありますか?

普段の生活の中で大好きなもの、心に響いたもの、慈しんでいるものをもとに着想しました。

<曲線が美しい壁掛けオブジェ>

 

<水たまりに浸った花から着想を得たオブジェ>

<飼われている愛猫をモチーフとしたオブジェ。制作中の作品を撫でながらインタビューを受ける様子にモチーフへの愛情を感じます>

 

― 作品を作るうえでどのようなことを大切にされていますか


素材を活かすこと、そして佐賀の畑で制作を始めたように、作る場所を大切にしています。東京に出て6年が経ちますが、ずっとホームシックなんです。大好きな佐賀の景色や空気、田んぼを東京に持ってきたらおもしろいだろうと思いました。

―こちらは3つで1つの作品になるのですか?

 

それぞれ別々なものを作っています。ただ同じ世界観で同じ技法でという意味では連作といえないこともない。あんまり同じものを反復して作るタイプではないんです。ずっと同じものを作っていると たぶん1つ1つ違うものが好きなのかな。

―机に猫ちゃんがいますが、これは今回の作品の型ですか?

 

そうです。これが粘土でつくる最初の原型で、次にこの粘土に石膏をかけて型を取ります。原型の粘土を取り出して石膏の雌型が完成です。外す時に原型は壊れることが多いんですけれど、今回はうまく取り出せたので机において愛でています。

こうしてできた型に、布とパテ状にした漆を何度も重ねて層にして固めていきます。ひとつの工程につき0.1㎜~0.3㎜の漆の層が重なって表面の形ができており、乾漆の層の厚みは2~3㎜くらいなので見た目より軽いです。漆の液体はミルクティーのようなこっくりとした色ですが、乾いていくうちに黒くなったり茶色くなったりします。今は黒いのですが、ここからはいろいろな種類の貝を貼って2~3回間を埋めるように漆を塗ります。

 

<白く輝いているところが貝を貼っている場所>

―制作は今まさに貝を貼っていく最中ですか?どんな感じに貼っているのでしょうか。

 

螺鈿(らでん)もいろいろな技法があるのですが、今は貝殻を細かく刻んで貼り付けるという作業をしています。「伏彩色(ふせざいしき)※」といいまして、薄く剥がされた貝の層の片面に色漆を薄く塗り、銀粉のすごく細かくしたものをまぶして漆で定着させていきます。このことによって、貝の種類や加工の仕方によって光の反射や色の出方が変わるんですよ。

※貝の裏から色付けをする方法のこと

<さまざまな螺鈿(らでん)の技法の試作した板を見せてくれました>

―面白いですね!これから貝はどんな風に貼っていくか決まっていますか?

 

今はまだちょっと迷っています。こんな風になったら面白いなって思ったり、 ここどうしよう、グラデーションにしようかどうしようかなって思いながら制作しています。多分じわじわ行くタイプなんです。ちょっと、もうちょっとって考えながら、でもやっぱりやめようかな、って試行錯誤しながら進めています。

 

―今螺鈿にする貝を見せていただいているのですが、貝にもいろんな種類がありますね。貝選びなどで特に意識していることはありますか?

 

 素材が見せる「表情」を大切にしています。同じ貝を使っても、光の角度や加工の仕方で全然違った見え方になるんです。

 

―猫の毛みたいに見えるのは線のように薄貝を細く切っているということですか!細かい!!

 

ひとつひとつ彫刻刀で刻んでいくんですけれども、この通り細かくなります。

―(実演してくれて圧倒される一同)……すごいです!

いろいろな技法を試しましたが、この彫刻刀だと曲線が細く切り出せるんです。

―これから卒業・修了制作展まで制作も佳境だと思いますが、ここまで制作してみてどうですか?

こういう大きい作品をつくることがないのと、今までは平面の作品が多かったので、今回は曲面を使ったものに取り組みたいと思っています。曲面だと光の反射がより複雑になるので、どんな見え方になるのか楽しみです。角度や素材を変えるとどうなるんだろう、どう見えるんだろうなど、確認しながら取り組んでいます。

―卒展が学生時代の集大成ということになると思うんですけれども、創作への思いを教えていただきたいです。

 

集大成というか、たとえば今回の螺鈿の貼り方のような、ちょっと これは面白いぞっていうものを少し過剰にやってみる、っていう新しいことに挑戦しています。今回の作品のように平らなところではなく、曲面になっているところに貼っていったらどのように見えるのかな、っていう試みもあります。あとは、今まで教わったことをどこまで出せるかな、とか。まず乾漆を作り上げるのもひと苦労でしたし、複雑な形のものを抜き取るのも初めての挑戦で結構大変でした。

 

創作の醍醐味

―創作過程では、どの瞬間が一番楽しいですか?

加飾の作業です。貼り付けた貝を研ぎ出した時の発見が楽しいです。思った通りに表現できたり、想定外の出方をしたりすることですね。自分ではこういう色になるんだろうなって予想しながら、慎重に貝を選んで貼っていくんですけど、どうなっていくのかは実際研ぎ出してみないとわからないところがあります。 そこは半分自分の予測を信じながら、あれこうなったんだとか、次にやるとしたら、ここはもうちょっとなんか違う処理にした方が好きかなとか……常に発見ができるところですね。

 

―逆に創作の辛い瞬間はありますか?


最初の粘土原型の時に形が決まらないと辛いです。あとは細かい突起を研ぐ時になかなか砥石がうまく当たらないっていう技法的な面もつらいですね。

学生生活について

―ちょっと話を変えて大学生活のお話を聞きたいのですが、大学4年間、振り返ってみて どうですか?

 

大学生になった時は、まさか自分が漆をするとは思わなかったので、振り返るととても不思議な感じですね。

 

入学していろんなコースを体験して選んでいくんですけど、そこで漆を選んだのは、パッションというか……。漆という素材の変化や性質が、(いままでの)自分の感覚では理解できなかったところや、どうなっているのかわからないからやってみたい、っていうのが1番で、多分化学反応的な感じで漆と出会ったんだと思います。

 

―どうして東京藝術大学に行こうと思ったんですか。

 

美術系のコースが入っている学校に通っていました。友達が美術系だったことと、中学生ぐらいから課外授業でよく美術室にいたので、その流れで進路選択の時になんとなく美術の方にいきました。

進路選択の中では、色々ありました。美術を目指している方はたぶん直面するんですけど、学費が高いということもありますし、身内に美術系の人がいないと、美術系大学の進路への理解を得るのが難しいんです。

 

―入学時にこれをやりたい!とかあったんですか?

 

元々藝大に行きたいと思ったのは、彫金とかやれたらいいな、と思って入学したんです。入学してから、漆はかぶれるから結構大変だぞ、と言われていたのに、漆を選ぶという(笑)

 

―(笑)どんなところが大変だと?

 

一つの作品に長く時間がかかるので、こらえ性が無いといけないですね。まずは素地を作るのですが、これは乾漆という麻布を漆で型に貼り重ねて素地を作っていく技法になります。これはとても時間がかかることで、さらにそのあとに「加飾」といって、表面にどんな装飾をするかということが入ってきます。

 

ーなるほど。長い道のりですね。みせていただいた螺鈿は細かい作業ですもんね。では漆を実際にやってみてどうでした?

 

ちょっとずつ進んでいくっていうのが、自分に合っていたと思います。あとは、技法として本当にまだまだわからないところがいっぱいあって、これからやりようがいくらでもあるっていうのが、とても自由に感じられて私にとってはよかったです。

次はこういうことを実験してみようと思ったり、つくる人と選ぶ技法でそれぞれ違うものになるという可能性も感じられて、そういうところがいいなって思いました。

 

創作と未来への思い

―今後作りたいものはもう考えていらっしゃいますか。

 

乾漆の技法では自由な形のものが作れるので、両手におさまるお弁当箱くらいの箱をいろいろ作ってみたいなっていうのがあります。前回曲面の箱を教えてもらいながら作ったことがあって、面白かったので。

 

―箱がお好きなんですか?

 

うーん、なんていうか何かを閉じ込めている感じが。小世界みたいな感じがあって好きです。 

閉じている感じがいいなって思います。

 

<ふたのある曲線の箱>

 

ー大学4年間の中で、よかったと思うことは何ですか?

 

制作です。大体半年に1個とか、そういうスパンで作品が出来上がるんですが、そのときどきの達成感なのかな。制作時間が長いせいか出来上がった時が一番嬉しい時なんですね。

 

 

―今日お話をしていて、先ほど選ぶ技法によって違うものになる可能性がある、というとこをおっしゃっていましたが、ちなみに「可能性」とはなんだと思いますか?

 

束縛されないことと、毎回発見があるのが楽しいなって思います。昔はなかった色漆の色数が発明されて絵を描いていくように使えるので、可能性を感じられます。いったい、これどうやってやったの?と思わせるようなものがほかにも新しく出てきやすい、そこが「可能性」だと思います。

 

日常から創作のインスピレーション

 

―新しく何かを見つけるのが楽しいっていうことを今日ずっとお話して頂いているなって思っています。

 

発見が楽しいですね。

ひとつのものを作るのに長く時間がかかるからこそ、好きなものでないとできないし、続けられないなって思います。

 

ー身近な存在から着想を得ているということでしたが、それを作品にする際、どのように形にしていくのですか?

 

自分の心に引っかかったものを少しづつ形にしていく感じです。言葉で表現するのは難しいのですが、心が動いた瞬間を追いかけているような感覚です。

 

これから藝大を目指す方へのメッセージ

 

―最後になりますが、これから、漆芸を学びたい人や藝大を目指していこうかなっていう方に、何かメッセージがあったらお願いします。

 

やっぱり時間は無駄にしないでほしいと思います。大学生活は結構あっという間です。やるべきことはちゃんと 自分の中で決めないといけないと思います。藝大にいるとなかなか体験できないことをたくさん体験できるので、それはすごく大事にした方が いいって思っています。楽しいこともあり、苦しいこともあるんですけど、全部贅沢な時間です。

 

―本当に充実した学生生活を送られたんだなってことが伝わってきました。好きを突き詰めているっていうところが すごくいいなと思います。まさにそこが 創作の糧になっているなあと思いました。これから先々のご活躍を楽しみにしています。今日はお時間をいただきありがとうございました。

 

(取材)西田明子、糸井涼哉、久保田裕美(アートコミュニケータ「とびラー」)

(撮影)樋口八葉(美術学部芸術学科2年)
(執筆)糸井涼哉、久保田裕美

 

(以下感想欄)

「漆芸は自由で実験的で発見に満ちている!」とフットワークの軽い笑顔の新井さんに感動しました。卒展で出来上がった「愛するものたち」を拝見するのが楽しみです。これからのご活躍をお祈りしています。(久保田裕美)

 

飼われている猫という存在を非常に精緻に表現しているところに愛着を感じ得ました。また同年代として自身の気持ちやインスピレーションに向き合って作品制作をしているところに尊敬しました。猫、可愛い。(糸井涼哉)

 

漆芸や作品に対する情熱、今それに取り組める楽しさが感じられ、展示が楽しみです。ご自身の気持ちに素直に向き合って作られている様子も素敵でした。(西田明子)

2025.01.19

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