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「最適な修復方法を見つけるまで実験を重ねる」藝大生インタビュー2021|文化財保存学専攻 保存修復工芸研究室 修士2年・趙依寧さん

12月の寒空の下、校舎の前でにこやかに出迎えてくれた趙さんは、保存修復という少し硬いイメージとはかけ離れたやわらかい雰囲気の女性でした。案内された地下の研究室でまず目に入ったのは顕微鏡やその後ろの壁に貼られた元素周期表。奥の部屋には電気コンセントに繋がれた超音波洗浄機や保温槽が並び、何だか理科の実験室のよう。そんな中でインタビューが始まりました。

 

 

保存修復・日本・藝大、それぞれとの出会い

 

―保存修復を専攻しようと思ったのはいつ頃ですか?

高校3年生の時に中国の文化財修復の展示で修復前と修復後の写真を見て、こういう専門分野もあるのだと初めて知りました。それまで文化財には特に興味がありませんでしたが、展示を見た後に興味が湧き、上海視覚芸術学院に入学して陶磁器の修復の勉強を始めました。卒業後、将来文化財保存に関わる仕事につきたいと思い、知識を深めるために藝大の大学院に進みました。日本に来たのは、(修復に対する考え方も様々なので)中国だけでなく他の国の方法も知ったほうがいいと思ったからです。文化財は後世に伝えていくべき貴重なものなので、それを修復することは重要だと思います。

 

―日本語がとてもお上手ですね。どれくらい勉強されたのですか?

大学3年生の時に日本に留学することを決めて、それから日本語の勉強を始めました。

 

―日本と中国の修復に対する考え方の違いはどういうところですか?

私が大学で学んでいた頃は、中国では作品を欠損がなく完璧に、オリジナルと同じように戻そうとしていました。それに対して、日本やイタリアでは、修復した部分がわかるように色を少し変えておくようなやり方が主流でした。中国も今ではそのようなやり方になってきています。完璧に直すにしても、修復部分がわかるように直すにしても、文化財に対する考え方は同じ、後世に貴重なものを伝えたいということだと思います。

 

■修了研究について

 

―卒業・修了作品展(卒展)に出展する作品について教えて下さい。

「瀬戸美濃鳥形陶器皿」という東京都千代田区有楽町一丁目遺跡から発掘された陶器のお皿を修復したものです。藤井松平家の武家屋敷で実際に使われていたお皿で、江戸時代の明暦の大火[注1]で焼かれて処分されたものです。「御深井(おふけ)釉」という尾張徳川のお庭焼き[注2]にも使われた釉薬がかけられた陶器で、素地が白くて釉薬をのせると青っぽくなるのが特徴です。

 

1)1657年に江戸の大半を焼いた大火災
2)大名などが邸内に窯を築いて自分好みに作った焼き物

大学に持ち込まれた時のお皿

 

―面白い形ですね。

鳥が翼を広げた形をしています。真ん中には頭を下げて毛づくろいをするようなポーズをしている鳥の絵がついています。

現在修復中−補填箇所を補彩 よく見ると鳥の絵が…

 

―かわいい鳥の絵が描かれていますね。いくつかの破片が繋ぎ合わされていますが、保存修復の作業は、バラバラになった破片をつなげるところから始めるのですか?

これは出土した文化財で、発掘された時の状態も重要です。まず、考古学の専門家が発掘状態を調査記録し、破片はなくならないように仮止めされます。その後、修復が必要とされて研究室に来ました。土の成分である鉄分が素地に染み込んでいて、出土したことでそれが酸化してちょうど鉄さびのような色が付いてしまっていたため、この作品の修復では洗浄が最も重要な作業になります。私の研究課題が多孔質の陶器の洗浄方法だったので、私が担当することになりました。

 

―多孔質?

磁器は1200〜1300℃の高温で焼かれるので内部が磁器ほど緻密ではなく隙間があるのです。汚れを取り除く方法は磁器でも陶器でも同じで、取り除きたい汚れを溶かしてくれる溶剤を選んで使います。ただ、内部の状態が異なるので使い方に注意が必要になるのです。陶器の場合は汚れを溶かした溶剤が素地の隙間に染み込み、溶剤の揮発するタイミングによっては汚れだけが素地の奥に残る恐れがあります。特に今回のような表面の状態に問題がある場合は、溶剤を繰り返し使用するのも避けたいので、溶剤をゲル状にして上にのせて洗浄します。私はその方法について研究しています。磁器と違って多孔質の陶器の洗浄は処置が難しいですが、それを解決することに興味があります。

多孔質の陶器の断面と表面についてパソコン画面を使い
丁寧に説明してくれる趙さん

 

―破片が仮止めされたお皿を一度バラバラにして洗浄するんですね。具体的に洗浄はどのように行うのですか?

「アガー」という精製された寒天の粉末とEDTAという金属(イオン)と結びつくキレート剤という薬剤の粉末を混ぜたものを精製水に溶かしてゲル状にしたもので洗います。ゲルによる洗浄は液体による洗浄よりも素地への染み込みのコントロールがしやすいので、多孔質の陶器にも安心して使えます。ゲル状にしたものだと、汚れがひどいところだけ部分洗浄ができるし、一度洗って落ちないところにもう一度乗せて洗浄することもできます。このお皿の鳥の絵も出土した時は見えにくかったのですが、洗浄を繰り返していくうちに、絵がはっきり出てきて、御深井釉の特徴的な淡い緑色が再現されました。

破片を接着する前の作品

洗浄に使う薬剤

 

―洗浄したあとは何をするのですか?

洗浄した破片を接着し完全に接着されたら、欠損したところを樹脂入りの石膏で補填して彩色します。補填は、シリコーンで補填する部分の型をとり、その中に樹脂入り石膏を入れて乾かします。そこにオリジナルと近い色のアクリル絵具をエアブラシで吹き付けます。修復したところと作品のオリジナルのところがわかるように、オリジナルと全く同じ色にはしません。この作品は同じ形のお皿が他に2枚出土されたので、そこから欠損する前の形がわかりました。

 

■本当に大変なのは修復方針の決定まで

 

―ここまで修復するのにどのくらいかかったのですか?

作品を実際に調査したのは昨年の12月ですが、作品が藝大にきたのは今年の4月です。まず、作品の情報を調べて計画書を書き、夏休みから洗浄の実験を開始しました。3ヶ月間のテストを経て、10月に洗浄に使う薬剤を決定し、その後、1ヶ月ぐらい先生と諸々の確認をして、実際に洗浄を開始したのは12月に入ってからです。

 

―調査や実験に随分長い時間をかけるんですね。一番たいへんだったのはどこですか?

今回の研究の中心となっている汚れが一番よく落ちるゲルの温度を見つけるための実験です。本物を使って実験することはできないので、鉄さびの汚れをつけた陶器のテストピースを用意して、ゲルの濃度や温度を変えて洗浄を繰り返す実験を数ヶ月間行いました。昨年行った理平焼のお茶碗の修復で、初めて今回と同じETDAを含んだ洗浄ゲルを使用したのですが、室温のゲルで洗浄したら汚れが完全にとれなかったんです。そこで温度をあげたらもっと良くとれるのではないかと思いつき、温度の実験を始めました。洗浄ゲルの温度を40℃〜55℃の間で4段階にわけて、それぞれの洗浄効果を調べました。20分ごとにゲルが乾かないように新しいゲルをのせる作業を、ひとつのテストピースにつき5回ずつやりました。その結果、50℃〜55℃の洗浄ゲルを使用したときに汚れがいちばん良く落ちることがわかりました。

テストピースを使った洗浄効果の実験−緻密なデータがぎっしり詰まっています

 

―修復には決まったマニュアルがあるわけではなく、作品ごとに使う薬剤の配合のレシピや温度などを考え、実験を重ねて修復の方針をたてなければいけないのですね。テストピースを用意するだけでも大変そうですね。

テストピースの制作は、先輩にも手伝ってもらいました。方針が決まれば作品自体の修復作業は早いのですが、その前にいろいろと準備をしなければだめなんです。

これはテストピースのほんの一部です

 

―破片の接着はどのように行うのですか?

アクリル系樹脂であるパラロイドを2種類、B72とB44を溶剤で溶かして混ぜたものを接着剤として使います。このパラロイドは透明感が高く、あまり変色しない利点があります。B72は伸びがよく、B44はB72より硬く、融点が高いものです。この接着剤は世界中の文化財の保存修復に使われている可逆性のある接着剤です。

 

―可逆性?もとに戻せること?

はい。一度修復されたものはもう二度と修復されないというわけではありません。時が経って修復材料が劣化したら修復し直さなければならないし、将来、もっと技術が進んだら、また解体して最新の技術で修復して次世代に伝えることができます。そのため文化財の保存修復には「可逆性」が重要です。

可逆性のあるアクリル接着剤
ビーズみたい…左側(パラロイドB44)はキラキラしていました

 

―ご自分が修復した後のことまで考えて作業をされているのですね。修復作業の中ではどれが一番楽しいですか?

楽しいのは実験です。たいへんだけど、効果があがった時とか自分の仮説が正しかったことが実験で証明された時がうれしいです。

 

■卒業、そして将来

 

―卒展では作品はどのように展示されるのですか?

欠損部分を補填してオリジナルと同じ形になった作品と、修復前の写真や修復の工程を記録したパネルも展示します。修復の工程はすべて記録を取っておかないとならないし、作品自体を修復すると同時に論文も書かなければならないので、やることが多くてたいへんです。

 

―作品のどこに注目してほしいですか?

洗浄してはっきりと見えてきた鳥の絵です。出土直後の写真と比べて、どれくらい鮮明になったのか見てほしいです。

 

―卒業後の進路は決まっているのですか?中国に帰ってしまうの?

具体的には決まっていませんが、できれば日本で文化財修復に関わる仕事に就きたいと思っています。日本の文化も好きだし、せっかく留学したので、中国に帰るにしても日本で仕事をして自分の経験を積んでからにしたいと思います。

 

―以前の中国ではオリジナルと同じように完璧に修復するのが一般的だった、というお話もありました。趙さんは作品を完璧に修復したいですか?

修復の目的によりますね。展示して皆さんにその作品の元の美しさを見せたいのであれば、きれいに完璧に直さなければいけないけれど、作品の時代背景や歴史を知らせるためには、オリジナルと後から修復した部分がわかるように直さなければならないと思います。どちらが良くてどちらが悪いということは言えません。何を伝えたいかによって修復のやり方は違うと思います。

 

―将来、どんな作品を修復してみたいですか?

そういうことは、あまり考えたことがありません。中国の宋時代や日本の江戸時代の作品などに興味がありますが、修復してほしいと言われたものなら何でも修復します。

何やら理科の実験室にありそうな研究室の備品の数々

 

■インタビューを終えて

 

今まで保存修復の作業は、バラバラになったピースをうまく繋げあわせたり、なくなったところを継ぎ足して完成させるところにいちばん力を入れるのだと思っていましたが、それは最後の仕上げの部分で、その前に最適な修復方法を見つけるために長期にわたる地道な実験が繰り返されていることを初めて知りました。「その実験の過程がいちばん好き」と微笑みながら断言する趙さん。貴重な文化財を次世代に伝えていくことを誇りに思い保存修復に励んでいる姿に、筋の通った芯の強さを感じました。

 

修復が終了したお皿がどのようになるのか、今から卒展が楽しみです。皆さまにもぜひご覧いただきたいです。

 


取材・編集:岡野三恵、長尾純子、脇坂文栄(アート・コミュニケータ「とびラー」)

執筆:脇坂文栄

 

とびラー3年目にして初めての藝大生インタビューに挑戦しました。作品を創作するだけでなく、文化財を後世に伝えていくという藝大のもう一つの役割と、それに真摯に取り組む人たちについて、少しでも多くの方に知っていだだけると嬉しいです。

2022.01.25

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