東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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「建築的な手法を通して、街に広がる人々の暮らしを記録し、様々な人と共有したい」藝大生インタビュー2023 | 建築専攻 修士2年・白家銘さん

模型、図面など まだ、物量としては全体の一割未満

 

横浜市・相鉄線天王町駅と星川駅間の高架下スタジオ「Pile」は、採光抜群で外からも展示が見える開放空間。このアトリエで東京藝術大学(以下、藝大)大学院美術研究科建築専攻・白 家銘(ハク ジャミン)さんは作品制作をしている。

 

「私は現在、横浜・中華街をテーマとしたフィールドワークを修了制作の一環として行っています。その作品の大きさ、規模のほか、横浜という場を研究の対象としている以上、横浜で制作することが最も理にかなっていると思い、大学や自宅での制作ではなく、ここで多くの人に囲まれ作品の制作と展示をしています」

 

アトリエへ一歩入ると、左右平行に分かれて人の背丈を超える木のパネルが展示されている。パネル上には約200枚の白いA3ぐらいの方眼紙に、中華街の状況を記録した生のスケッチ図が鉛筆で描かれている。平面・立面・断面など手法はさまざまだ。

 

その実店舗スケッチが展示されている2列のパネルの間には500分の1中華街の模型が。中華街に関する雑誌や書籍が置かれている台には白さんの作業中のスナップも貼り付けられ、さらに手前の台にはビルの上階フロア内の模型が目に飛び込んでくる。

どれが作品?と戸惑っているとー

 

「これら全てが作品です。でもこの研究に「完成」という概念はなく、続けようと思えばいくらでも細かく掘り下げられるものだと思っています。なので物量としてはまだまだ。記録できている店舗・施設空間の数は、まだ中華街全体の1割にも遠く及ばない。ですが、群れとして何かが見えてくると思います」と白さん。

 

このスタジオ「Pile」のアトリエは一般の人にも公開。外から見える位置に立体模型が置かれたことによって、街を歩く人々にも関心を持ってもらえることが多いのだとか。

 

 


誰が見てもわかりやすく、興味を持ちやすい中華街・立体模型の威力

 

中華街の街並みが再現された立体模型は、俯瞰的にエリアでの位置関係、様々な通り、個々の店舗の並び、公園、空き地、駐車場まで把握でき、誰が見てもわかりやすく、興味を持ちやすい。

故国の文化を保持しながらも、その時その時の横浜、日本および世界の情勢にあわせて姿を変え、発展してきたという横浜中華街。

 

その中華街を通りごとに手広くリサーチし、建築の知識・教養からの視点で図面を、絵画テクニック・言語等を駆使して街の歴史や文化の記録を美術として表現しているのが白さん。

 

「中国で生まれ、初めて日本に来たのは4歳のときです。小学四年生まで中華街の成り立ちと深い関わりをもつ中華学校に在学し、その後、中学を卒業するまで中国に帰国していましたが、高校生になってまた横浜へ戻ってきました。子供の頃から絵を描くのが好きで、中国での中学時代から専門的な美術教育を受けていて、横浜の高校に通っていたときも絵は描き続けていました」

 

 

設計図プラス目で見たものが描ける。それが強み

 

藝大・美術学部建築科の特徴は?

 

「日本において建築科は多くが工学部に属していますが、藝大の建築科は美術部に属しています。建築科には建築の流れから入った人と、美術の流れから入った人がいます。私は美術の流れから入った方でした。藝大には藝大特有の実測の授業があり、それによってすばやく正確なスケッチや見取り図が描けるようになります。建築をやっていないと断面・平面図が描けない。藝大での実測授業のおかげで表面的なスケッチだけではなく、目で見たものを正確な描写で構造的に描くことができ、それが私の強みになっています」

 

学部での授業・実測では、後から寸法を追って記載できるように、方眼紙を使って可能な限り正確なプロポーションでスケッチを描く。このようなフィールドワークのノートは「野帳」と呼ばれている。こうして描かれたものが、現在、展示されている中華街の実空間を記録したスケッチなのだ。

 

「一般的な建築学生は、何か新しい空間や建築を提案設計することがメインであり、私自身も学部時代はそうでした。今回のスケッチ群も当初は新しい建築を提案する下地として始めましたが、すすめていくうちに、街を記録すること自体が目的になってきました。新しい建築を提案するためには、まずそれが置かれる環境を理解し、フィールドワークをしなければいけない。この考え方のもとで行われた一連の調査手法は「デザイン・サーヴェイ(※1)」と呼ばれていますが、これは藝大出身の建築家たちが牽引してきた手法でもあります。
修了制作においてなかなか設計が始まらないことに不安や焦りもありましたが、「リサーチは必ずしも結論に直結するとは限らず、当然のことを当然にやるだけの地道な作業だが、そこに必ず意味がある」という先人たちの姿勢や「焦って結果を急ぐ必要はない」という先生方の言葉が私の背中を押してくれ、今の制作につながっています」

 

 

中華街での作品展示 様々な人との出会いがあった

 

2023年8月に、白さんは中華街のギャラリーでこれらの作品の当時の進捗を展示した。

 

「これも、藝大の別の科(出身)の友人たちが中華街で展示をしたほうが良いと助言してくれ、実現しました。さらに中華街で展示したおかげで、小学校時代の恩師、研究者、横浜市民、アーティスト、アート関連者など様々な人と出会うことができ、大盛況のうちに終わりました」

 

現在の共同アトリエを、この展示で知り合ったアーティストに紹介してもらったといううれしい縁もあった。しかもここ天王町が白さんの日本で初めて住んだ地ということも運命的だ。

 

「そのアトリエでもやはり様々な出会いがあり、作品の一部となっている私の作業スナップや記録映像なども、アトリエで私の制作に共感してくれた写真家さんの助力のおかげです」

 

 

会話から広がる伝統・伝承 建築の視点で記録をフィードバック

 

大学院に入るころになんとなく中華街をテーマにとは思っていたけれど、当初は自分のルーツをテーマにしようとは思わなかったそう。

 

「学部2年の時に中国人向け美大予備校講師のアルバイトをしたのですが、そこで出会った中国人は華僑とも違うし自分とも違う。一口に「中国系」の人と言っても様々な環境によって各人は違う、華僑と自認する人々は日本にいながら日本という国や日本人と融合し自分たちの伝統が醸し出されていると感じました」

 

さらに大学院時代に2021年から2022年夏まで交換留学でヨーロッパへ滞在してきた。

 

「ウィーンを拠点に16ヵ国60以上の都市を訪ね、様々な国の人と会いました。見知らぬ地で見知らぬ人と会話をすることで、民族・人種・育ち・どこから来て何をしている等の話題が広がることにびっくりしました。それぞれの人には、ルーツや伝統はもちろん、暮らしてきた異国の地で自然の流れに沿って生まれた新しいものもあり、それらが混ざり合いながら伝承していくものがある。そういう視点から、自分自身のルーツにも興味が芽生えてきました」

 

街だけではなく、どんどん研究対象が広がっている。

 

「中華街の空き地に立ってみると住民の生活がよくわかります。特に店舗の二階部分から上を見ると、今の状況が浮き彫りになってきます。例えば、空き室があれば、人が住んでいない、放置されている、経営に苦戦しているのかなとか。観光客ではない生活者の人間模様、何度も様変わりしている街や通りのことなどもよく見えてくる。だからこそ、私は自分の足で街の中を歩いています。
街並みの記録・研究ができるということを建築の視点に立って展示し、より多くの人たちに見て興味をもってもらい、感じたこと、気が付いたことなどを私にフィードバックしてほしいと思っています」

 

 

 

恩師である符さんが始めた中華街の塾・寺子屋

 

ビルの上階フロア内の模型は、小学生時代の恩師・符 順和(フ ジュンワ)さんが始めたアフタースクール「塾・寺子屋」の現状を再現した模型である。

中華街での制作がきっかけで符さんにも再会できた。その符さんの蔵書や研究記録の一部が、模型の隣の台に置かれていて、自由に手に取って読むことができる。中華街や華僑の歴史が書かれた今では手に入らない古い本や雑誌、昔の中華街を偲ばせる貴重な広報チラシ、横浜の風土に関連する本、白さんのような学生やプロの研究者による論文や研究記録、さらには先生ご自身の趣味であつめられた書籍や小物が「塾・寺子屋」という狭い空間に雑然と堆積されている。
白さんが試しにここにある本棚を“あいうえを”順にナンバリングしてみたところ、その棚は“め”行まであったという。その一つの棚ごとに数百冊の蔵書があるというから驚きだ。

 

 

 

建築業界において 研究する価値を広めたい!

 

「この“塾・寺子屋”は、今年度で現在の建物から退去することが決まっています。符先生の膨大で貴重な蔵書をどこへ持っていこうか考え中です。本をきちんと保管する必要があるし、どのような内容かを把握しつつ、どこへ置くかを提案していきたいと思っています。現在、リストを作成中です。研究仲間も増やしたい。そしてこういった街の歴史を留めることを研究する価値を建築業界に広めたいですね。考えてみたら、横浜・中華街の中には歴史や文化を展示・公開する施設がないのですよ」

 

 

 

柔軟な姿勢 人へ働きかける力


人とのつながり、柔軟な姿勢、広い視野等々、白さんの中にまだまだたくさんの空きスペースがある。


情報収集し、人々へ還元していく。そんな人へ働きかける力を白さんから感じた。プロセスを大事に人の言葉に耳を傾け、周りの人との協同、コミュニケーションから生まれるものを大事にしている白さん。わたしたちアート・コミュニケータ「とびラー」と似ているかもしれない。

 

「卒展ではアートに興味を持っている人はもちろん、とにかく芸術のある空間を楽しんでほしい。さらにその空間の中で、内面も含めた表現、という点にも注目してほしい。ぜひ、感想やアドバイスも欲しいです」

 

このような言葉にも白さんの柔軟性が現れている。

 

実は白さんは2024年度、三菱地所賞(※2)を受賞予定。今後さらに発表の機会が増えるだろう。

 

卒展では、取材時の展示よりもさらに増大している作品群が楽しみ。スタジオ内に展示されていた巻物も別の形で展示されるかもしれない。となると、今後ますます目が離せない。


黒ぶち眼鏡、チャイナ風上着にちょっと短めのズボンと短靴のおしゃれな白さん。近くにいたら、ぜひ、声掛けしてみてください。作品についてフランクに語ってくれると思います。


唯一、心残りは白さんのお得意料理の麻婆豆腐。今度、ぜひ、味わってみたいです。

 

 

(※1)デザイン・サーベイ:建築物を設計する時に、建築予定地の周辺地域の街並みや歴史などを調査すること

(※2)三菱地所賞:若手芸術家を支援するため、東京藝術大学を卒業した若手アーティストの中から、丸の内より発信する文化・芸術の担い手としてふさわしいと認められるものを選考・授与する賞

 

 

取材:池田智雄、志垣里佳、曽我千文

執筆:杉山佳世



建築を街まるごと研究する白さんの視点の広さに驚きました。作品はずっと見ていたくなるほど濃密な展示でした(池田智雄)

 

 


人との繋がりを大切にされているお人柄と、まろやかな語り口に引き込まれました。建築を生活・文化にまで研究を広げ表現される白さんの作品が、これからますます楽しみです(志垣里佳)

 


街と人々の歴史をヒューマニズムと建築で記録する、白さんが紡ぐアートに圧倒されました。目を閉じると今も中華街のにぎわいが聞こえる気がします。この街の営みがいつでも続きますように(曽我 千文)

 


白さんの店舗正面図の美しさ!建築視点からの“街”は、人の営みを含めアートそのもの。浜っこにとって特別な街・中華街も含め、今後も何かの形で繋がれることを願っています(杉山佳世)

 

 

2024.01.26

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