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「流れる季節と重なる思い」藝大生インタビュー2023 | 美術教育専攻 修士2年・伊藤寛人さん

2023年12月20日、師走にしては暖かく穏やかな晴天の日の昼過ぎ、私たちとびラーは、茨城県にある東京藝術大学取手校地の伊藤寛人さんのもとを訪れました。

作業場に入ると、大きな作品と共に、あちらこちらに布のようなものが見える。何に使うのか興味津々のとびラーたち。

 

ーまず、絵を志したきっかけを教えてください。

中学までは野球小僧だったのですが、体を壊して続けられなくなってしまいました。そのように怪我に振り回されることなく一生続けられる趣味として、絵を始めました。

いざ始めてみると想像以上に没頭してしまって。中学生の頃はバロックなどの写実的な油絵が好きで、いわゆるリアリズム絵画に憧れて油画科に進もうと思っていました。

でもある日、東京の美術館で油絵と一緒に日本画が展示されているのを見て、日本画に抱いていたイメージが変わったんです。油絵具は、絵を見たときに押し出してくるようなイメージがありました。一方僕が見た日本画は、岩絵具が綺麗に輝いているにもかかわらず、油絵のように前に出てくる印象がなく、むしろ画面に引き込まれるような感覚がありました。その時に、こんな素材があるんだと、日本画の魅力に気づき日本画を描いてみたいと思うようになりました。

 

ー今制作している作品について教えてください。

​​​​トルコの伝統的な芸術である「エブル」を用いて制作しています。エブルは日本の墨流しに似ており、ヨーロッパのマーブリングの元になっている技法です。現在は、エブルと日本画を合わせた作品作りを試みています。

伝統的な墨流しとエブルの違いは、色材が染料か顔料かです。墨流しの場合は真水、エブルの場合はとろみのある液体を使います。エブルでは、真水では浮かない少し重たい顔料も使えます。鮮やかな色のエブルと日本画の顔料を組み合わせて絵を描きたいな、というのがエブルを使った動機です。

 

修了制作で用いられる「エブル」

 

「エブルはパターン化された模様が主流」

トルコに留学していた際、ヒカメット先生(Hikmet Barutçugil)という方にエブルを教わる機会を得ることができました。ヒカメット先生は大学の客員教授のような位置づけの方で、僕が帰国して以降は授業を開講していないと聞いたので、受講できたのは本当に偶然でした。エブルは本来、渦巻模様やパターン化された模様を全面に散らすもので、コーランや細密画の装飾として使われてきました。日本のように墨流しをした紙の上に和歌を書いたり、絵を描いたりするような使われ方はありませんでした。

 

トルコの伝統的なエブルについて、スマホを使って紹介してくれた

 

その中でヒカメット先生は、墨流しのような有機的な模様をエブルに導入し、エブルの新しいスタイルを確立した現在のエブルにおける巨匠です。ヒカメット先生は、かなり他分野に理解のあるオープンマインドな方で、絵画作品やアラビア書道の作家とコラボしたり、僕に対しても「いつかいっしょにやろうよ」と声をかけてくださいました。残念ながら留学中にコラボの機会には恵まれませんでしたが、トルコの人間国宝とも言える方が、僕のような若造にも分け隔てなく接してくださることに衝撃を受けたのを覚えています。日本画と組み合わせられるのではないかという思いと、ヒカメット先生のあたたかさに触れたことで、エブルに対する関心がさらに高まりました。

 

「本紙を使うと偶然性のある模様が出てきて面白いが、コントロールしきれない。」

 

 修了制作の作品は、下地に全面銀箔をはり、植物を描いています。その上に、エブルを施した薄くて下の絵が透ける典具帖紙を画面に貼り合わせます。その後さらに植物を描き、また違った模様を貼り合わせて、、、という工程を繰り返し、ミルフィーユのように何層にも重ねていくことで、平面的でありながらも奥行きを感じる画面を目指して制作しています。

 

ー本紙ではなく薄い紙を使うのは、何か理由がありますか?

 今までのエブルを用いた作品制作では、支持体とする本紙に直接エブルを施していました。絵画に有機的で自然な模様を取り入れられるのは良かったのですが、大きな作品になると、あまりにもコントロールができないという課題がありました。そんな折に修士論文を書くために取材した日本画家で、墨流しを制作に取り入れている木下千春さんから、薄い美濃和紙を用いて墨流し模様をコントロールする方法をうかがいました。それを参考に、今回の修了制作では本紙に直接エブルを施すのではなく、典具貼紙などの薄い紙にエブルを施し、上から貼り合わせる方法を用いています。

 

気になっていた布のようなものは、薄い和紙だった。

 

ートルコへの留学は、どんなきっかけがあったのですか?

 修士課程1年のときは、日本画の画材とエポキシ樹脂の異素材で制作したいと考えていました。よく透明な素材の中にキラキラしたパーツが入っているアクセサリーがありますよね、その透明な部分がエポキシ樹脂です。

エポキシ樹脂でよく使っていた表現が、画面にレリーフ状の凹凸をつけて、そのへこんでいる部分に樹脂を流すという手法でした。この場合、樹脂の部分と絵具で描いている部分に境目ができてしまい、その境目の処理について常に悩んでいました。自分の中にある構図の作り方だと、絵の中でその境目が邪魔になり、うまく使えていない感覚があったんです。これを解決するために目をつけたのが、イスラムの模様でした。

イスラム模様は主に植物模様、幾何学模様、文字模様で構成されています。かなり発色の高い色を用いた模様ですが、そのデザイン性によって調和が保たれています。あれだけデザイン性が強ければ、異素材をぶつけたときの違和感を解消できるのかなと思い、イスラム圏のトルコで勉強することにしたんです。

留学中にエブルと出会ったことで、現在は日本画とエブルの混合技法を研究していますが、将来的にはまた樹脂を用いた表現にも取り組みたいと思っています。

 

 「墨流しでは作れない模様のおかげで、自分の感じた「流れ」を表せている。エブルに出会ったからこそやれている。」

 

ー作品はどのようなテーマで制作していますか?

 修了制作で描いているのは取手の風景、河川敷で見かけた草木です。モチーフそのものよりも、制作のテーマとして「流れ」みたいなものを表したいという思いがあります。ススキなどの草木自体を描きたいというより、自然のなかで草木を前にして五感で感じたことを画面に表したいなと思っています。

風景を見た1つの「瞬間」ではなく、ぼーっと眺める中で、その景色の揺らぎや変化を感じて、きれいだなと思う。そういう時に「流れ」を感じて心が動きます。刻一刻と変化する時間を実感しながら、一瞬一瞬を重ねていくことが、自分にとっての「流れ」なのだと思っています。

僕にとっての「流れ」という概念は、日本的な時間概念と密接なものだと思っています。時間の概念は大きく分けて、直線的なもの(過去から未来)と循環的なもの(1日や1年など、周っているように感じるもの)があります。そして日本では循環的な時間概念がより発達しています。循環的な時間の捉え方が発達するためには、一ヶ所にとどまって、景色の移り変わりをサイクルとして見ることが大事なんですね。日本は島国である上に国土の大半が同じ気候帯に属しています。そういった環境要因が日本で循環的な時間概念が発達したことに繋がったのでしょう。時間の概念については、トルコに留学してからより一層意識するようになりました。

日本人は四季をとても大事にしています。そして四季という考え方は循環的な時間概念の上に成り立っているものです。でもトルコでは四季という考え方に馴染みが薄いようでした。留学中、トルコの大学で伝統的なタイルなどのデザインを学び、そのノウハウを活かしてトルコ風の四季を表す屏風形式の作品の制作を試みたことがあります。一緒に授業を受けていたトルコ人の友達に、「どのモチーフがどの季節なの?」と聞きました。すると、彼らは戸惑ってしまって、、、しばらく悩んだ末に、タイルなどの代表的な草花の開花時期などを一つ一つ調べた上で答えてくれた、というエピソードがありました。日本では、例えば「ひまわり」であれば即座に「夏だ」となるし、「春の花」といえば「桜」と連想しますが、トルコではそうではないようです。

日本は同じ季節に国内を移動してもあまり景色が変わりません。一方、トルコの場合は、場所によって気候がかなり違います。だから、彼らにとって景色の変化は、移動をすることで感じるものです。彼らにとっての時間概念の中心にあるものは、循環的なものでなく直線的なものなのではないかと思います。

修了制作作品のタイトルは《日月秋草流景図》。小さなパネルに試作して、大きな本番のパネルに描くための全体像をイメージしている。

 

 修了制作にあたり、取手の野原や河川敷を2023年の9月頃からふらついていました。その中で随所で見つけた草木を、ひとつの瞬間ではなくその年の秋の「流れ」として、1枚の画面の中で表したいと思いました。

取手の自然の中、それぞれの時間で感じた色味を意識して1枚ずつエブル紙を作っていきました。それを1枚1枚重ねていくことが、一瞬一瞬の体験の重なりであり、自分にとっての「流れ」を表現することでもあると思っています。そういう意図で制作しています。

 

ー今、ご自身にとって美術はどのようなものですか?

 絵を描いていて辛く感じる時があるんですよね。でも、辛いのに続けられるのは、結局それだけ描くことが好きだからなんだと思います。他のことなら続けられないし、絵が出来上がった時の達成感は他のことでは得難いものです。自分が満足する絵やいい絵を描きたいという気持ちがあって、それに少しずつ近づいている実感があります。失敗したときには、その失敗から学ぶことも含めて。満足いく絵が描けるまではやり続けたいと思います。その日が来るかはわからないけど。

 

ー今後について教えてください。

 しばらくは同じ画法を続けると思います。もっとこうしたいという気持ちが残っているので、まずはいろいろ試したいなと思います。絵を始めたころは、勉強不足で伝統的な日本の絵は古臭いなと思っていましたが、むしろ今は古い方向に関心が向いています。

日本の美術の特性は色々と指摘することが出来ると思いますが、大きく分けるとわびさびというような簡素な美という方向と絢爛豪華という方向があるように思います。僕の作品はどちらかといえば、絢爛豪華な形にしていきたいですね。僕の中では、日本画はミクストメディアであり、工芸性のある絵画だとも思っています。コンセプトだけでなく、工芸的にもきれいだと思われるようなクオリティを目指していきたいです。自分の表したい「流れ」と、絵として、作品として「きれいであること」が両立できるように、描いていきたいなと思います。

それから、トルコやイスラム圏で展示ができるようになりたいです。トルコは親日国としても有名な国ですが、トルコ人に日本文化が間違って伝わっているのを留学中何度も目にしました。そして日本の美術的な価値観がこんなにも伝わっていないのがもったいないなと感じました。自分の絵を気に入ってもらえたらそれはもちろん嬉しいですが、それだけでなく日本的な時間の概念とか日本的な考え方も含め、僕の作品を通して、現地の人とコミュニケーションをとりながら交流できたらと思っています。

僕が留学していたトルコの美術大学では、和紙を知ってる人は多くいました。でも「ハンドクラフトの紙」程度の知識なんです。和紙の特性はただ手漉きであるってことではなくて、その漉き方や繊維の長さによって得られる強靭さや光沢の美しさもあります。日本の和紙でしかできない技法は沢山あります。それを知ってもらった上で、彼らが何か新しい表現に挑戦したいと思ったときに、選択肢の1つとして和紙を思い浮かべてもらえるようになったら良いなと思っています。僕の作品を通して、和紙に限らず日本の伝統的な素材などに興味を持って日本から取り寄せてくれる人がいたら嬉しいですし、それは社会的に意味のあることなのかなと思います。

 

 終始笑顔で、楽しそうに話してくれた伊藤さん。修了制作と同時に修士論文も書いて大変だったけれど、いろいろなところに取材に行けたことが、とてもよかったと語ってくれました。修了制作の作品は、伊藤さんが在学期間を通して得られた、たくさんの出会いと気づきが感じられる作品になっているような気がしました。制作は現在、7合目とのこと。完成した作品を見させていただくのが今から楽しみです。

 


 


エブルで染めた和紙が重なっていく、深くてそして流れのある表現に魅了されました。
伊藤さんは今でも野球少年のマインドを持ったままの爽やかな人で、気持ちよくお話を伺うことができました。修了展に作品を見にいくことが楽しみです。(山﨑万里子)

 


伊藤さんの一つひとつの出会いを大切にそこから作品を紡いでいくあり方と取手の時が幾層にも積み重なったような作品に魅了されました。完成した作品を見るのを心待ちにしてます!(井戸敦子)

 

 


トルコ留学や修論の取材を通して考えたことを、作品に表現され、それを生き生きと語る姿が素敵でした。貴重なインタビューの機会をいただけて、幸せな時間でした。(設楽ゆき奈)          

 

                       


お話を聞いた2時間弱で、とても率直で誤魔化しのない人だなと感じました。真っすぐな伊藤さんだからこそ、出会った人たちに誠実に向き合い、得たものを素直に吸収できたんだろうと思います。とても気持ちのいい時間でした。(平林壮太)

2024.01.24

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