2014.12.25
「これは一体…何?」
中垣さんのアトリエに一歩足を踏み入れてまず、「えっ!?」という驚きに襲われました。これはご本人曰く、「待ってました」のリアクションだそうです(笑)
壁一面のドローイングと部屋の中央にそびえる天井すれすれのダンボール製の建築物。『油画の卒業制作=油絵』を想像していた人間には、目の前の事実(作品)を理解するのに少し時間を要しました。
後でお伺いしたところによると、油画の卒業制作は油彩というカテゴリーに縛られることなく非常にバラエティに富んでいるそうです。
アトリエの中央にそびえるダンボール製の建築物。これがまさに中垣さんの卒業制作『 生体建築(せいたいけんちく)』
「建物のように見えますが、生きているんです。生命のエネルギーが建物に宿り、自らが成長するんです。そこのところを表現したいと思いました。制作は今年の6月頃から始め、9月の芸祭で展示しました。最初は卒業制作として出品するつもりではなかったですね。2ヶ月ぐらいで作り終わるかな、と思っていたので。でも始めたらどんどんイメージが湧いてきて。まだいける、まだいける、といった感じでここまできました。今もまだここまでできたら終わりという完成のイメージはないです。ただ頭の中に湧いてくるものを描いて、形にしているだけです。」
まさに、作品は未だ成長中。
そして作品を取り囲むように壁一面に貼られたドローイングについては、
「脚立がないと貼れないので」と話すように、床に置かれたままになったドローイングの束が。それらを合わせると既に125枚が描き上がっている。アトリエの壁全面に貼ると150枚貼れる計算とのこと。そしてその125枚は同じものが二つとないというこだわりぶり!
このドローイングとダンボール製の建築物の関係について尋ねると・・・・
「必ずしもドローイングがこのダンボール製の建物の何処かの部分とピッタリと一致するということではないのです。描いていくうちに描ききれない部分をダンボールで作り、作ってはまた自分の中から湧いてくるイメージを描いてという繰り返しです。」
材料にダンボールを選んだ訳は・・・・
「ドローイングの軽さを表現できるかなと思ってダンボールを選びました。ダンボールで正解だったと思います」子供の頃から馴染みがあるというダンボール、ボンドそしてガムテープ。私たちもよく知っている身近にある材料、資材で制作されていました。
そのダンボールにも中垣さんのこだわりが・・・・
「人が使っていたもの、今回はダンボールですが、そういったものには使っていた人の記憶が宿ると思うんです。それを使って制作するとその人の頭の中や心の中を覗いてるような不思議な気分になります。それも楽しいですね」(えっ!? これからはダンボールを捨てる時には注意したいものですね。中垣さんに頭の中を覗かれてしまうかも!?(笑) )
「音楽学部に使用済みのダンボールを捨てるプレハブ小屋があって、それを知った時はものすごく嬉しくなりました(笑) 実は、芸大の廃材置き場にあるダンボールは珍しい形が多くて、テンションが上がります!」
素材としてのダンボールに非常に強い愛着が感じられた瞬間でした。
子供の頃について・・・・
この作品を制作するにあたって影響を受けた人やモノはありますか?という問いには、「特にはないです。ガウディは好きですけど。この作品を作るために何処かに出かけて行ったとかそうゆうこともないですね」
「もしかして育った環境が影響しているかもしれません。」と話してくれた中垣さんのご実家は、造園業を営んでおり、お母様が設計士というご家族。「子供の頃の遊びにあった秘密基地が作れるような資材が家に沢山ありました。木と木に渡す板があったり、変な形の道具が置いてありました」「それから、妹尾河童さんの『河童が覗いた~』というシリーズの本があって、その本には世界中のトイレのスケッチが載っていました。子供の頃夢中になって何度も何度も読みました。沢山トイレのスケッチがあるけど一つとして同じものがないのです! もしかしてその妹尾河童さんの本の影響はあるかもしれないです。それから、子供の頃ロボットなんかで遊ぶ時も、僕は “場所” を重視していたように思います。布団やクッションで山なんかを作って”場所” を作ることに」その全てが今の中垣さんに繋がっているようですね。
宮崎の大学で造園業を学んでいた3年生の終わり頃、絵が上手になりたいというただ純粋な気持ちで美術系の予備校に通い始めたそうです。
予備校時代に通学の車内で描いたポストカード大のドローイングを見せてくださいました。その数はおよそ100枚! ボールペン1本で描かれたそれらの絵は、ファンタジーの世界に「現実」を象徴のようなサラリーマンがたった一人存在するシリーズでした。
芸大に入ってから感じたことは・・・・・
子供の頃から絵が好きで、絵が上手になりたくて入学した芸大。そこで念願の絵に没頭できる環境を手に入れた中垣さんは芸大での4年間をこのようにお話してくださいました。
「面白い人たちが多いなと思います。同じ志で入ってきているので結束感のようなものもありますし、同志のような感じですね。これまで絵が好きだ、制作が好きだという人が周りにいなかったので、今のこの環境がとても嬉しいです」
卒業後については?
「大学院への進学を希望しています。その先はまだ分かりません。その時の直感で決めたいと思います。でも手(描く事)はとめたくないです。これまでと同様自分の子供の頃の記憶、原風景を追求して行くことになると思います。」
これから先もずっと[作り手]として存在し続ける事への力強い言葉を聞くことができました。
こんな風に次から次へと描きたいもののイメージが湧いて出てくるその頭の中を、是非覗かせてほしいと思いました。
「僕の絵や作品を見て何か感じてくれたら、それでいいと思っています。僕も子供の頃そういう経験があって今があるので」その言葉通り、中垣さんの作品にはまず「あっ!」と驚かされて、でも決して威圧的ではないその力強さに慣れてくると、どこか懐かしいと感じるものがありました。もしかして私たちの中にある子供の頃の記憶が呼び起こされたのかも?
卒展では、中垣さんの更に「成長した」作品にお会いできるのが今からとても楽しみです。
(2014.12.5)
執筆:河村由理、鈴木俊一郎(アート・コミュニケータ「とびラー」)
2014.12.20
「ウフィツィ美術館展」開催中の東京都美術館にて、恒例となった子供向けプログラム「とびらボードでGO!」が、11月22日と29日の2日間にわたり実施されました。普段から東京都美術館では、中学生以下の子供たちに磁気ボード(とびらボード)を貸し出して、展覧会場内で絵を描いてもらうということを行っています。そしてこの「とびらボードでGO!」がある日には、子供たちの描いた力作がオリジナルのポストカードに仕立てられ、プレゼントされるのです!
そんな参加して楽しい、もらって嬉しいプログラムですが、実施するとびラーも来館者の笑顔が間近で見られるとあって、ワクワクしながら準備をしてきました。今回のウフィツィ美術館展はイタリアの宗教絵画が中心。はたして子供たちはどんな風に、何に興味をもって観るのかな?とびラーみんなで興味しんしんです。
さて、実施日の朝、展示会場の入り口ではさっそくとびラーが子供たちを待っています。「本物の絵画を見ながらお絵かきしませんか?」「自分で描いた絵をカードにして持って帰りませんか?」と声をかけます。
すると「やってみる~!」という子供たちが続々。とびらボードの使い方や、ポストカードの印刷所について、保護者の方と説明を受けたら、ボードをしっかり首から下げて、さぁ出発です!
ボードを手にしてウキウキ顏の子供たちは、展示会場内で自分の気になる作品の前で、ゆっくりじっくり本物の絵画を観察。会場内のスタッフさんも、子供たちを暖かく見守ってくれます。本物の絵を見ながら自分で描いてみるって、ちょっと特別な体験かもしれません。お母さんやお父さんが「この子がこんなに集中して絵を見れるなんて」とびっくりされることも多いのです。
そうしてできた自分だけの名作を、展示会場を出たらいよいよポストカードに印刷です。印刷所ではとびラーが子供たちを「お帰りなさい!」と待っています。大事な作品を受け取ったらその場で、パソコンを使いオリジナルのポストカードに印刷。
印刷されたカードを子供たちにプレゼントした後、となりの塗り絵ブースで自分で色を塗って仕上げます。ここはどんな色だったかな?まだホクホクの記憶をたよりに、自分なりの色を真剣に塗ります…。
「できた!」と、カラフルになった自慢の作品を手に、笑顔の子供たち。そんな子供たちの姿に、保護者の方々もにっこり。みなさん良い顔してますね!
今回の2日間の開催の中で、93枚もの小さな名作が生まれました。どれもよく観察して描かれた力作ぞろいです。絵画の中の人物を表情までよく見て描いた作品、背景の建物を細かく描いた作品、人物が手に持った道具に注目して描いた作品などなど…。みんな自分の目で観察して描いてくれたんだなぁと、感動するとびラー一同なのでした。
参加してくださったみなさま、どうもありがとうございました!ぜひまたご家族やお友達と美術館にお越しくださいね。そして、また新しい笑顔に出会えることをたのしみに、次回も「とびらボードでGO!」を開催しますので、どうぞよろしくお願いします。
筆者|佐藤菜々子(アートコミュニケーター「とびラー」)
いつもはフリーのグラフィックデザイナー、そして時々とびラーに変身する。
とびラーになってから、あらためて美術館と仲良くなれたと感じている。
実はとびらボードを使える子供たちをうらやましく思っている。
2014.12.20
みなさんは美術館に、作品鑑賞以外の楽しみ方があるのを知っていますか?
東京都美術館は、建築・空間・野外彫刻など、展覧会以外にもアートなこだわりがたくさんあるんです。
「ミュージアム・クエスト」は、そんな鑑賞とは異なる新しいミュージアム体験を創り出そうという、とびラボ企画。その内容をひとことで言うと、「東京都美術館を舞台にして行う参加型の謎解きとカフェタイムを組み合わせたコミュニケーション・イべント」です。
謎解きという切り口で、ふだん美術館に足を運ぶ機会の少ない若者にも来館のきっかけを提供したい…そんなとびラーの思いから生まれました。
今回は、11月30日に一般公開前のトライアルとして、とびラーの友人を対象に実施した様子をご紹介します!
【アイスブレイク】
参加者は受付を終えると、チームごとに分かれていきます。
まずはアイスブレイクを兼ねて自己紹介!
初対面のメンバー同士で緊張している様子でしたが、話しているうちにみなさん笑顔が増えてきました。
【謎解き開始!】
いよいよ謎解き開始です。ファーストミッションが出されます。
時間内に戻って来られるかな?
今回は特別に、謎解き資料の一部をご紹介します。
問題は、建築物や野外彫刻作品がヒントになっているものを中心に用意しました。謎の難易度は適度に抑え、伴走とびラーによる建物や彫刻についての紹介もあわせて、都美に親しむ機会となるよう考えています。
真剣に野外彫刻を見ています。ちょうど紅葉の時期で、打ち込みタイルのレンガ色に映えて綺麗でした。普段見過ごしている野外彫刻をじっくり見るのは新鮮ですね。
普段は展覧会場に直行するという人も、謎解きの答えを探して美術館の中をぐるぐる回っている姿が印象的でした。そこから色や階段のデザインの良さに気づくなど、新たな発見があったようです。
【カフェタイム】
謎解きが終わったらみんなでカフェタイム ♪
お茶を飲みながら、参加者の美術館に対する印象の変化や、謎解きの感想など自由に話してもらいました。
「展覧会目的ではなくふらっと美術館に来てもいいんだと思った」といった美術館イメージの変化や、「グループで協力して解くことが楽しかった」という意見も出ました。
イベントが終わったあとも、ほとんどの人がすぐには帰らずに、あちこちで立ち話が続いていました。主催側としても嬉しい光景です。
どうでしたか?謎解きで新たな美術館デビューもなかなかアリだと思いませんか?
この企画の他にも、とびラーが企画した催し物がたくさんあります。
1人でゆっくり展覧会を楽しむのも良いですが、たまには新しい美術館体験をしてみませんか?
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筆者:アート・コミュニケータ(とびラー)高橋和佳奈
芸術支援を専門に勉強している大学生。
年中、上野とつくばと広島を行き来している。
2014.12.18
11月13日、小春日和の気持ちのよい午後、藝大絵画棟日本画のアトリエを訪問しました。提出日まで一ヶ月を切り、卒業制作も終盤に入ったお忙しい中、時間を作ってくださったのは、日本画専攻4年生の中根航輔さん、林宏樹さん、塚崎安奈さんのお三方です。
藝大日本画の卒業制作作品は、150号という大きなサイズ(日本サイズの風景画の場合は縦227.30 ㎝×横162.10 ㎝)に決まっているそうで、作品が床に置かれたアトリエでは、多くの学生さんが乗り台に乗った姿勢で制作に取り組んでいました。
3つのアトリエを巡り、それぞれの作品の前でお話を伺いました。
— 卒業制作はどんな作品ですか?
「誕生から死までの時間を含んだものと、生命エネルギーみたいなものの表現を試みています。1年生の時から、このようなテーマをもっていましたが、それは東北の震災と身近な人の死(祖母の死)が考えるきっかけになりました。」
「9月中旬頃に漠然とこのような絵を描きたいと思うようになり、10月に入って取材(動物の骨について科学博物館などを訪問)、11月から描き始めました。色はモノトーンに仕上げますが、下地(白)を部分的に削るなどして、重ね塗りをしている下地の下方の色(赤、黒、グレーなど)が、意図的にまたは偶然に見えるようにするつもりです。」
「日本画の絵具に興味があり日本画を選びました。4年間の集大成としての表現に加え、日本画の画材を自分なりに扱った答えとしての表現が作品になればと思っています。」
— 卒業後の進路は?
「大学院への進学を希望しています。その間にロンドンへ語学留学し、その後機会があれば、向こうでも美術の勉強をしたい。立体なども含め様々な分野のことを学び、自分の表現の幅を広げたい。」
— 藝大に入ってよかったことはどんなことですか?
「作家として活動したいという意識を持っている人が多く、そのような仲間たちの中に身を置くことで、自分も意識を高めていけたことです。」
下地にモチーフを転写した段階の作品を前に、いろいろお話を伺いました。丁寧に説明してくださったので、完成像を少し想像してみましたが……。中根さんの完成作品はどのような姿で現れるのでしょうか。楽しみです。
— 卒業制作はどんな作品ですか?
「テーマは裂け目です。日頃から傍観される世界と分断される自己との関係性を意識します。身体の延長上としての世界は、対象化されることで連続性を失い離散的に分節されていく。世界との不連続性や断裂を広大な裂け目の風景に投影しています。モチーフには実際に訪問したアイスランドの風景を用いました。果てしなく続く荒涼とした世界において、自分の存在が薄れていくような世界との繫がりを感じる神秘的な場所でした。絵画空間のなかで再体験するように対象と世界を媒介する意識で描いています。」
「作品は制作途中ですが、距離感というテーマから色彩効果だけでなく物質的な重層構造も意識しています。」
「自分とモチーフの関係性は、自己と対象との距離が知る行為によって離れていくことをベースにして考えると、素描行為もその要素を孕んでいることに気付きます。しかし経験的に素描は連続性を保ったまま写し取っている感覚もある。今後の方向性として、素描を突き詰めることで連続性を獲得するのか、あるいはむしろ連続性を思想的なメタフィジカルな概念に求めるのかは分からない。見た方が絵と連続性を感じてくれるような作品になればいいと思います。」
— 卒業後の進路は?
「現段階では未定ですが、進学先として大学院では保存修復の道を考えています。」
「日本画に入学して伝統的なことよりも、表現効果を模索することが多かったため、4年間経とうとしたときに日本画の伝統的な技法や材料論を多くは知らないことに不安が生じました。もう少し日本画を研究したいし、より専門性を高める方向で考えています。」
— 藝大に入ってよかったことはどんなことですか?
「やはり人と人とのつながりが大きい、互いの価値観や意見を受けとめる関係があります。また、芸大に在籍していることで繋がる新しいコミュニティがあります。旅先で、自身が芸術を専攻していることがきっかけとなって語らいの輪が広がる経験もしました。そのことで興味があらゆる分野に派生し、見えてくる世界が変化しながら広がり続けています。」
塚崎安奈さん
— 卒業制作はどんな作品ですか?
「今まで日本画の手法で描きたいものがなかったけれど、祖母の家の犬が死んだときに真面目に日本画を描きたいと思いました。画材も今は日本画のものしか使っていません。」
「画面全体に花を敷き詰め、淡い色を塗った上から白を塗って見えないくらいにするつもりです。火葬(花葬?)をテーマにしています。愛犬が旅立ってから少し時間が経った今はただ綺麗に描いてあげたいと。そう思ってこの作品に向き合っています。」
デザインやイラストが好きで、「日本画は苦手だという意識をずっと持っていた」という塚崎さんですが、卒展の直前の作品から作風が大きく変わったそうです。
— 卒業後の進路は?
「テレビ局に入局し、映像デザインの仕事に携わっていきます。就職後も個人的に絵は描き続ける予定です。」
「飽きっぽいから」とご自身を表現していましたが、あくまでも自分らしい表現を求める強い意志が伝わってきました。
— 藝大に入ってよかったことはどんなことですか?
「考える時間がたくさん与えられたことがよかったです。絵が好きなので、絵に時間をかけられたこともよかった。藝大の学生はいろいろなことを深く考えていると思います。他科の友人との交流も刺激的で、人とつき合うことが楽しかったです。」
あえて下絵を描かず一瞬一瞬を刻み込むように画布に向き合う塚崎さん。作品完成の瞬間は、どのような形で訪れるのでしょうか。
日本画専攻は1学年25名という少数精鋭。最後に3人に尋ねました。
— 学友はライバルですか?
「お互いの言ったことを聞いて解釈し合える。」
「お互いの価値観を知り、自身の幅が広がる。」
「人と比べてではなく、自分はどうかを大切にしている。」
「皆意識が高い。」
お互いがお互いを認め合いながら自らの芸術性を追究していく、高い意識に裏付けられた学びと創作の場における関係性を垣間見た思いがしました。
完成した作品と「卒業・修了作品展」で対面できる日を心待ちにしています。
長時間にわたり、興味深いお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
(2014.11.13)
執筆|窪田光江・鈴木俊一郎・永井てるみ(アート・コミュニケータ「とびラー」)
2014.12.10