東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

活動紹介

【実施報告】これからゼミ「藝大生インタビュー 〜平山匠さんと場づくりを考える〜」

2021.02.28

2021年2月28日(日)夜、とびラーがZoom上に集い、これからゼミ「藝大生である平山さんと交流して、アーティスト×アート・コミュニケータの社会活動について考えてみよう」が開催されました。

 

この企画は、筆者が開扉後(とびラー任期3年間を終えた後)の活動を考える中で、平山匠さんというアーティストと出会い、その活動や想いに共感をしたことから「これからゼミ:藝大生インタビュー 〜平山匠さんと場づくりを考える〜」を立ち上げ、とびラー同士で考えを深めることを目的として、企画・実施しました。

 

これからゼミとは、3年の任期満了を前にしたとびラーが、任期満了後のアート・コミュニケータとしてどのように活動を展開していくかを考え、その準備を進めるためのとびラー主体で行う取り組みです。

 


平山 匠(ひらやま・たくみ)

東京都生まれ。美術家・彫刻家。東京造形大学彫刻専攻卒業。東京藝術大学 美術教育研究室修士課程修了。主に彫像を用いた表現で作品を制作するアーティスト。小さな頃の自閉症を持つ兄との制作活動をきっかけに、美術の道を選択。社会と人との関係に強い問題意識を持ち、自分の中の疑問や葛藤を作品として表現する制作活動を経て、誰もがフラットでいられる場をつくりたいと思い至り、現在、自身のアトリエ兼交流の場を準備中。

 

平山匠Webサイト:http://takumi-hirayama.site/


 

平山さんの目指す活動の姿が、私たちとびラーの活動や想いに通じるところが多く、お互いが関わることで何かが生まれるかもしれないと考え、とびラーと平山さんの交流の場を開きました。

当日は、平山さんととびラーの総勢26名が参加し、2時間の中で、平山さんの活動のお話を聞き、その後、参加者同士が数名のグループになって特定のテーマについてディスカッションをする、という構成で進めました。

 

 

さて、平山さんとはどんな人物で、アーティスト×アート・コミュニケータの出会いはどんな展開になったのでしょうか?

このブログでは、当日を振り返り、平山さんの活動のお話はインタビュー形式で、とびラー同士のディスカッションはその様子をまとめた形で記載しています。

 

当日のグラフィックレコーディング(とびラー7期松本みよ子さん記録)。

 

■平山さんを知ろう

 

ーはじめに

 

平山 平山 匠と申します。自身の今までの活動と今後の活動について、話していきます。

平山 卒展(2020年度 『東京藝術大学 卒業・修了作品展』)でこの作品を見たことありますか?

平山さんの問いかけに対して、複数人の方から「見たことあるよ」と手が挙がりました

平山 嬉しい〜!ありがとうございます!

自分は、これを作った人間になります。

「この作品は一体なんや?」という話を軸に、この作品ができるまでの経緯を含めて、自分の生い立ちから話したいと思います。

 

ーこれまでの経歴

平山 1994年生まれで現在26歳です。東京造形大学の彫刻専攻を卒業し、経歴の資料には載せていませんが、卒業後1年間、テレビコマーシャルの制作会社で働いていました。働いている中で、「やっぱりアートやりて〜!」という熱が起こり、次に勉強する場所として、東京藝術大学大学院の美術教育研究室を選びました。そして、2020年度、大学院を修了します。

 

ー美術を始めたきかっけ

 

平山 この写真は僕と兄です。粘土をいじって遊んでいます。

平山 僕には兄が二人いるんですが、真ん中の兄が、社会的に自閉症という障害があると分けられている人です。幼少期、兄と一緒に絵を描いたり、粘土で何かをつくっていました。

 

高校生になって将来を考えたとき、自分は勉強が全くできなくて、その代わり、普通科高校の中では、わりと絵を描くことや何かをつくることが得意だったので、自分にはこれしかないと思って美大を目指しました。

 

立体をつくるのが得意だったので、東京造形大学の彫刻科に進学しました。

 

ー原点:つくるとは何か

(高さ:平均35cm程度 横幅:25cm程度)

 

平山 これは大学2年生のときに作った作品で、6体で1つの作品です。

20歳になって、「とりあえず大学で1年間勉強したけど、何でつくっているんだろう?」と思う時期に初めて突入しました。その頃の作品です。

実は、物をつくることは、得意なんだけど、いまだにそんなに好きじゃないんです。

 

当時から、漠然と土偶や岡本太郎が好きでした。上手い下手という表面的な凄さではなく、作品が持つ時間軸や作者の情熱など計り知れない感覚の部分が作品に出力されたものに興味があったので。

『原点』では、縄文時代の前期から晩期までの時代の区分ごとに特徴的なデザインの土偶を引用して、0〜3歳まで、4〜8歳くらいまで、というように20歳までの自分を6つに分割して、それぞれを彫像で表現しました。

 

ーインドの地:人が生きるとは何か

 

平山 インドのガンジャード村で実施されたプロジェクトの中で作った、ピザやクッキーなどを焼くための窯です。ガンジャード村で暮らすワルリ族の文化の根幹にある“人間と自然が共生できる環境を守ること”という精神に感銘を受けて、この場に末長くあってほしいという思いを込めてつくりました。

 

ワルリ族のアースオーブンを利用すると、オーブンで作ったものを人が食べて排泄物になり、それが畑の養分として使われ、畑でできた野菜がオーブンで料理になる、と循環する仕組みになっています。

 

いままで、日本の社会のシステムや、日頃食べているもの、環境について考えることが全くなかったのですが、このプロジェクトでインドの文化に触れ、生きることに関わる様々なことに対して意識的に疑問に思うようになりました。

 

全体を通して、色んな物事を自分の中で変換する思考を身に付け、思考が柔軟になれたと感じます。

 

ー情動:社会とは何か


 

平山 インドの経験で、日本の社会や政治について強く意識を向けるようになっていました。並行して、友人がSEALDsに参加して政治的な活動をしていたことや、母(が実施している障害がある人を対象に美術のワークショップを通して支援する社会活動)のプロジェクトを本格的に手伝うようになったこともあり、人に対する差別意識や社会のシステムへの意識はより強くなりました。

 

当時、SEALDsのデモが国会議事堂前で実施されていて、SNS上はカオスな状態になっていました。現場はどんな様子なのかと思い見に行ったら、スピーチしている人もいれば、参加している風の様子をSNSに投稿をするだけの人もいました。

 

作品の猿は、そのデモの場にいた日本人を象徴していて、鑑賞者がどこから見ても猿と目が合うようになっています。上から投影している映像は、国会議事堂の近くにある日比谷公園の噴水でできた波紋を撮ったものです。

作品では、本質ではない問題が発生していることや声を荒げたところで何も変わらないこと、そして、自分を含めたそこにいる人たちの感情の起伏を表現しています。

 

一番尖っていた時期の作品ですね。この時期は、バンド活動で演奏していた曲も尖っていたような気がします(笑)。

 

ー手のひらと足の裏:人が求めるものは何か

回帰/2018 ◎野焼きした粘土、iPad

 

享受する層形/2019 ◎野焼きした粘土、液晶モニター

 

平山 初めて開いた個展で、大学院二年目のときに実施しました。

 

壁のiPadと机の液晶モニターには、焼成前の土像の写真が映し出されています。

オリジナルの土像を作って、縄文時代の土器の焼成方法である「野焼き」で焼成し、火入れにより破裂したその状態のまま展示しています。

 

作品では、人間の様々な欲求を表現しています。

モニターに映し出されている焼成前の土像は、モニターという媒体の持つ特徴と焼成前という姿を通して、理想を追い求めるという欲求を。その欲求は、土偶が持つ特徴である、縄文時代の人々が生活への祈り(理想を求める思い)を込めて土偶を作ったというエピソードともリンクします。

しかし、焼成後の土像は破裂してしまっています。出来上がった現実は、理想は異なることを明示した上で、それでも人々が現実を受け入れようとする欲求を表します。

 

理想と現実の対比は、窓から見える、遠くのきらびやかな渋谷のヒカリエ、ヒカリエから展示場所までの街並みに広がるビルを取り壊す工事現場、そして展示後に取り壊し予定の展示会場のビルという、まさにスクラップアンドビルドの街並みからも人の欲求を表現していたそうです。

 

平山 色んな視点で色んなレイヤーの欲求を、良くも悪くも詰め込みまくったので、今でも一番説明しにくいです。いままでの作品から受けた影響はすべてこの作品に反映されていると思います。

 

ーハカイオウ:兄と自分の関係性とは何か

 

平山 大学院二年目のとき(2019年度)に、ゲンロン カオス*ラウンジ 新芸術校(以下、新芸術校)に入りました。カルチャースクールに似ていますが、1年間を通じたコンペティションに参加するというような形式でした。

そのコンペで、金賞をいただくことができ、最終展示「プレイルーム」で展示しました。その時の作品が、卒業展示の最初の形態の「モンスター大戦記ハカイオウ」です。

 

平山 兄は僕のほっぺたをさすることがあった。これは、兄の造語で「シュリュー」と呼ばれる行為らしく、僕にしかやらなかった。

作品では、「シュリュー」を自分に対しての親しみの合図と定義した上で、自分が学んできた彫塑という文脈に載せ、粘土を指で触って物をつくる動作で手を介すことで、自分なりの「シュリュー」を兄にし返すという内容になっています。

 

モチーフにしたものは、兄の作品で、僕の作品を制作しようとした当時に描き進めていた絵が「モンスター大戦記ハカイオウ」でした。

ハカイオウの登場人物たちは兄の物語に登場するもので、ただ立体化しているわけではなく、兄との対話を通して生まれた兄を理解したいという気持ちの痕跡で構築されています。そのため、展示会場では、兄との対話の録音も流していました。

 

平山 これまでの制作における色んな問題意識や思考の視点の違いについて考えたときに、そもそもなぜ考えているのかについて問い直しました。

そして、自分の中のセンシティブな、本質的な問題だと思っていることを、いままで違う問題に変換して考えていたと気付きました。

格好をつけずに「本質的な問題は何か」を苦しみながら考えたら、兄に対する社会のあり方への問題意識があり、それを感じている自分の逆説的な差別意識がありました。

 

自分の持っていた解決方法は、美術のツールを使って何か表現することでした。

兄の絵を通じて兄を理解すること、兄と自分のペインターと彫刻家という家族ではない関係性を用いて互いの関係を捉えて出力すること、それらに突破口があるのではないか。

加えて、幼い頃の関係性を持ち出すことで、自分の差別意識や兄の作品の見られ方の解体になるのではないか。

そのように、方向性が決まっていき、作品となっていきました。

 

平山 この作品によって、兄の絵は”障害者”というステータスが含まれた絵ではなく、僕が兄を理解しようとした痕跡としていままでと異なる作品として見られることができ、また、自分もその痕跡を客観的に見ることができ、兄への理解の助けになると感じています。

 

これをアップデートしたものが、藝大の修了作品展で展示した作品です。

 

<ここで、とびラーから「兄の絵を再構築することで自分の解決になったのか」という質問が挙がりました。>

 

平山 作品をつくる前とは違う関係性になっていると感じます。

この作品をつくったことで、美術をやってきてよかったと思えたし、母の活動を通して問題意識を感じていた「アール・ブリュット」や「障害」の捉えられ方に対してもカウンターにもなれたと思っています。

 

<質問をしたとびラーからは、最初はどう作品を見たらいいのかわからなかったが、謎が解けてきて、平山さんご自身の今後の活動の目指す概念の解体にも繋がると感じた、とのコメントがありました。>

 

ー今後の展開

 

現在、自分を取り巻くアートの環境では、グループで活動をしている人が多い。あえて、僕は、一人で「アトリエ・サロン-交新局 こうしんきょく」を近日中に開場しようと考えています。(実施日時点では、名前は未定でしたが、決定したようで、徐々に活動を進めているそうです。)

自分のアトリエでもありつつ、だれでも気軽に人と会うことができる場所にしたいと考えています。

 

コンセプトは決まっていない、はっきり決めたいとも思っていない。

「美術」「教育」「福祉」などの境界を意識しすぎてしまうと、それらの概念が解体されず、新しいものが生まれない気がしています。もっと柔軟に捉えて、境界を意識せずに、ただ人と人が交流することが目的になったときに得られることは、本質的な学びがあるんじゃないか。概念の解体にもなり、自分の活動に通じるものがあると考えています。

 

 

■アーティスト×アート・コミュニケータの社会活動について考える

 

ここには載せきれないほど、たくさんのお話を聞けてお腹一杯な状態でしたが、とびラー同士で意見を交換しながら、アーティスト×アート・コミュニケータの可能性にちょっとでも踏み込んでいきます。

 

ここからは、とびラー同士が4〜5名程度のグループの部屋に分かれて、テーマについて話をするワークに進みます。

テーマは、「平山さんの作ろうとしている場所でアート・コミュニケータとしてできること・やりたいこと」です。場所の物理的な情報や目的などの情報が共有された上で、20分間、4つのグループに分かれてディスカッションをしました。

 

グループトークが終わったら、ディスカッションの結果をグループの代表者から発表をしてもらい、平山さんから感想や意見をもらいました。

 

全てのグループで、平山さんが目指す場所はこんな場所だろうか、と場所の定義が議論されたようで、考えたイメージを平山さんにぶつける形となりました。その考えを受けて、平山さんが概念的に説明していた部分をより具体的に開示していく対話が生まれ、徐々にお互いの解像度が上がっていきました。

 

最終的に、サードプレイスの中のさらに細分化された平山さん中心のサードプレイスにしたい、場と活動のバランスの取り方は自分が楽しくあることを大事にしたい、と目指す姿を共有することができました。

 

ディスカッションのテーマは、アート・コミュニケータとしてできることを考えることでしたが、お互いを知らないうちに考えられる話ではなかったという結果となってしまいました。しかし、この日の出来事が、お互いの理解を深め、次のアクションの礎になったことは参加者の多くに感じてもらえたと思います。

とびラーにとっては、作家の背景や視点の変遷を聞くことができる機会となり、作品への理解やこれからの活動への理解を深めることができたこと、さらには、対話を通し、アーティストから恩恵を享受するだけではなく、同じ世界線で生きる人としてフラットな関係性を実感できたこと。

アーティストにとっては、話を聞いてくれる人を通して自身の考えを整理する場を得られ、直接的な支援でなくても、理解を示し社会とつないでくれる存在がいることを認識できたこと。そのような存在は作品作りにも大きな心の支えとなると、平山さんからもコメントがありました。

 

とびラーが普段接するのは、いわゆる特別展に展示されるような歴史的な⽂化財であることが多く、⽣⾝のアーティストと接する機会は多くありません。しかしながら、歴史的な文化財もすべては誰かの⼿によって制作されたもの。そこには作り⼿の歴史があり志があったはずです。とびラーが美術館から外に出たときには、社会の中にいる現役のアーティストと接点を持つ活動も多くなると考えられます。

そんなときに、アート・コミュニケータは率先して、アーティストへの理解を深め、それを他の人に繋ぎ、アーティストの活動を支えることができる存在だと、私は思います。

 

 

最後に、平山さんからあっという間の2時間で、貴重な経験になったとコメントをいただき、大変楽しいでいただけた様子でした。

締めは、恐竜のポーズで記念写真!

ご参加いただいた皆様、ありがとうございました!

 

 

 

平山さんの活動と、開扉したとびラーの社会での活動はまだまだ続きます。

ここで出会い考えた時間が、また繋がりたくなるきっかけになったはず。

どこかで交差し、一緒に誰もが参加できる場を作っていける日を願います。

 

 


 

執筆:木村 仁美

7期とびラーです。
とびらプロジェクトに参加して得られた数々の出会いを大事にして、次の活動にまた進めたらと思います。

【実施報告】「おく?」 あなたも置く?藝大生のパフォーマンスに参加。

2018.09.09

9月7日(金)~9日(日)の藝祭の3日間、藝大生を中心としたグループによるパフォーマンス作品とコラボレーションし、ワークショップを開催しました。
パフォーマンスのタイトルは、『おく』。

「向かい合うふたりは、
交互に「もの」を「おく」。

その場所に在った「もの」を手に取り、
再び位置を決める。

それは「作品」と言えるだろうか?

日常の仕草と創作行為の境界が曖昧になるとき
作品は日常へと溶け出してゆく。(『おく』conceptより)」

 

パフォーマンス『おく』は、2人のパフォーマーが無言のまま登場し、向き合って礼をするところから始まります。2人のパフォーマーの後ろに配置してある様々な「もの」を、先行のパフォーマーから選んで交互に空間に置くことを繰り返しながら進行し、「おく」と言うシンプルな即興の行為により作品が構成されていきます。

「言葉は交わさずに行われるため、囲碁の対局のような様子に見えるかもしれませんが、決められた手数の中でものを交互におく以外のルールはなく、パフォーマー同士、自らの造形感覚を頼りに盤面に対してアプローチしていくことになります。それは造形的なセッション、またはラップバトル的な美術だと言えるかもしれません。」

作者の言うように、「おく」という単純でシンプルな動作の中にある奥深さと芸術性にいつの間にか引き込まれていきます。

今回コラボレーションにより開催したワークショップでは、藝祭にお越しいただいた皆さんに彼らのパフォーマンスに参加していただき、「おく」ことを体験してもらおうというものでした。そして、体験していただいた方々に「鑑賞と参加の体験を通して、様々な視点から“もの”を眼差すことで、日常に未知の価値が潜んでいる可能性を提示する」ことを目的とし開催しました。

 

9月7日(金曜日)、初日であるこの日のワークショップは、14:10~と15:35~の2回開催しました。

「おかれる」ことを静かに待つ「もの」たち。

静粛な時間である。やがて、パフォーマーが現れ「おく」が始まる。

最初にワークショップに参加していただいたのは、以前に『おく』パフォーマンスアートを見て、また見たいと藝祭に来ていた方々でした。ワークショップ「おく?」への参加は、まず、パフォーマンスを鑑賞します。どんなものをどのように置いていき、作品が構成されているのかをみていきます。残りが8手になるととびラーが合図し、参加者が順番に一つだけ「もの」を選び、場に置いていきます。参加者が置いている間もパフォーマーはパフォーマンスを続けていきます。

「おく」のために用意された「もの」たちを、一生懸命選別し置いていく参加者の方々。

みなさん、とても楽しんでいた様子でした。また「ものをおく」というシンプルな動作について、深く考える時間を過ごしていただけたようでもあります。最後に、作者である藝大生と「おく」の体験を通して感じたことや質問などの交流をして記念写真を撮りました。

 

9月8日(土曜日)
この日のワークショップは
11:20~、14:10~、15:35~、の3回行いました。

2日目は小学校低学年のこどもが多く参加しました。最初にルールを説明するときちんとそれを守りながら楽しそうに参加していました。また、「おく」ことにとても楽しみを見出しているようで、ワクワクした様子でものを選び置いていく姿が印象的でした。参加していた子を見ていたら自分もやりたくなって飛び入りで参加してくれた別のこどもがいたことも忘れられません。後で彼らに質問をしてみると、「色味を揃える」や、「対比」などをしっかりと考えて置いていたとのことで感心させられました。この日は参加者の方々だけでなく鑑賞していた皆さんともお話しする機会を設け、たくさんの方々と交流することができました。皆さんからいろいろな質問が投げかけられ、藝大生の考えを聞くことができ、鑑賞者のみなさんにとっても充実したひとときとなったのではないでしょうか。最後の回では、自分を置いてしまう人が現れたりと驚きの展開もありました。

 

9月9日(日曜日)
最後の日曜日は10:00~、12:45~、15:35~の3回行いました。

この日も各回3~4名の参加者を迎え行いました。みなさん、パフォーマーの一手一手をよくみて、時間をかけてものを選び、且つ、おく場所も深く考えていたように感じました。ワークショップ後の藝大生との交流でも活発に意見が交わされました。このワークショップに関わったとびラーである私も、最後に実際に自分で「おく」を体験してみました。作品制作に加わることができる喜びはありながらも、一つ一つが考え練られていき構成されていく様をみていると、その意味合いや意図を考えて置かねばというプレッシャーに最初はとても緊張しました。しかし、2人のパフォーマーの思考を想像する楽しさがある「おく」の、シンプルでありながら奥深い一面を体感し、とても充実した気持ちになりました。参加者の皆さんがそれぞれ家に帰って「おく」というシンプルな日常の行為を行った時に、この体験を思い出し、その中に潜む何かをふと感じてもらえたら嬉しいなと思います。


◇今回のワークショップに参加した皆さんからの感想・コメントです。

 

<参加者より>

 

「飛び入り参加でしたが、日々の行為やものの意味性を考えるきっかけになりました。」

 

「作品が成長してゆくプロセスがとても興味深かったです」

 

「ベルをおいて楽しかった」

 

「アートに自分が関われて良かったです」

 

「芸術家の卵に混じり貴重な経験をさせていただきました。置くだけの単純な事象ですが楽しかったです」

 

「不思議な空間にいた気分でした。ものを置く行為について今後注意を向ける体験となりました。ありがとうございました。」

 

 

<とびラーより>

 

「楽しいひと時を体験させてもらいました。藝大生とのコラボ、とっても刺激的で凄いなぁー。」

 

「『おく』の作品自体がそもそも面白いという魅力があってこそだとは思いますが、ただ見て自分だけで考えるのではなくて、アーティストからネタばらしが聞けたり、観客が作品に影響を及ぼすことができたり、アート・コミュニケータがいたからこそ、あの場がどんどん拡張しているなと感じました。」

 

「藝大生の発想って私のような凡人では考えもしないようなことを思いつくんだなーと、しみじみ感じておりました。そして今回の藝大生とのワークショップ、とてもいい経験になりました。」

 

<パフォーマーとして参加した藝大生より>

 

「元々、一年前に芸祭でおくを見た事をきっかけに、今回パフォーマーとして参加させて頂きました。2人のパフォーマーが交互に物を置いていくという行為の中から見えてくるモノは、鑑賞者によってさまざま。『おく』が、『将棋』『ラップバトル』『仕事のグラフィック構成』『枯山水』色々なものに見えるようです。決められた手数を交互におく事以外ほぼルールがなく、感覚の共有に近い。つまり、パフォーマンスを理解するのに前知識を必要としないことで、鑑賞者は『アートがわかる、分からない』といった優劣を感じる事がない。
鑑賞者の様々な連想がひとつの空間に共存しており、それを良しとされている感じがありました。そういった開けた空気感が今求められているものだと思います。楽しかったです、またやりたい。」((euglena)さん / 東京藝術大学 大学院 デザイン専攻 空間演出研究室

 

 

◇最後にこのパフォーマンス作品の作者のみなさんからのコメントをご紹介します。

 

「昨年の藝祭から始まった活動が発展し、企画が実現できたことがとても嬉しいです。ワークショップ参加者が作品に介入することで、これまでにない予測不能性が生まれました。こうした経験は作品の幅を広げ、自身の今後の活動にも大きく役立つと思います。作品と人との関わりを意識する良い機会になりました。」(藤中康輝さん / 東京藝術大学 工芸科鍛金専攻 3年)

 

「パフォーマンスの中に参加してもらうことで、物を置くという行為にある創作性を感じてもらえたのかなと思います。パフォーマー以外の人が置くことでより「あの人はどのように置くのか」といったあらゆる状況を想像する体験に繋がったと思います。なにより多くの人に参加していただいたことはとても嬉しく感じています。」(板倉諄哉さん)

 

「“おく”ことでの価値の変化、独特の空気感、作品が変化していく過程などを疑似ではなく、リアルな体験で感じていただけたのではないかと思います。外からの手による創作が入り込むことは、自分たちの作品にとって思いがけない発見や展開の可能性を得る貴重な機会でした。ありがとうございました。」(金森由晃さん)

 

 

以上、3日間とても楽しいワークショップを開催できましたのも作者のみなさんの協力と参加してくれたみなさんのおかげだと思っています。
ありがとうございました。


 

執筆:上田紗智子(アート・コミュニケータ「とびラー」)
アートを介してのコミュニケーションの広がりを追求する。またコミュニケーションしながら鑑賞
するその深さを探求していきたい。そして世界に笑いを!

【開催報告】長生村鑑賞会

2017.11.12

11月12日、これからゼミ「長生村鑑賞会」を開催しました。

千葉県の長生村では、毎年秋になると生涯学習課主催の「展覧会鑑賞会」が実施されています。昨秋、村のみなさんをお迎えして開催した鑑賞プログラム「よく見て話して」に続き、今年は「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」展を舞台に「長生村鑑賞会」を実施しました。

 

<プログラムについて>
◯これからゼミ「長生村鑑賞会」の目的
美術館を訪れることが少ない方々に作品とより深く向き合う時間を過ごしていただき、これからの美術館体験を豊かに広げていっていただけることを目指し、このプログラムはその入り口となる機会として実施します。

 

◯参加者の特徴に合ったプログラムをデザインする
昨年のプログラムでの経験を生かし、長生村生涯学習課ご担当の方とも相談をしながら参加者のみなさんに合わせたプログラムをデザインします。
今回参加いただいた23名の参加者の特徴は、30代から90歳近くの方までと、幅広い年齢層にありました。
もう一つの特徴は、ゴッホの作品を見たいと思って参加してくださっていることです。
そのため、特に移動と安全への配慮を検討し、活動の項目を極力減らしシンプルにすることで、展示室で鑑賞を深める時間を増やしました。とびラーと関わる充分な時間も確保し、参加者に合わせた鑑賞プログラムがデザインされました。

 

プログラム タイムテーブル
9:50   東京都美術館到着、とびラーがお出迎え。
10:15 館内のアートスタディルームに集合、本日のプログラムについて、展覧会のみどころをお話。
10:40 グループごとに展示室へ移動、とびラーと一緒に展示室をまわります。
12:00 アートスタディルームに戻り、鑑賞をふりかえる。
12:30 プログラム終了

また、<これからゼミ>として、長生村生涯学習課担当者の方との共働も視野に入れたプログラム作りを進めていきました。
担当者の方には、一般参加者と一緒にプログラムに参加していただき、体験を通して「地域の行政との連携活動とその継続」について共に考えていきます。

 

<当日の様子>
◯車中での活動1|安心した気持ちで美術館に向かう
当日、参加者は、村から都美までを大型バスで移動します。
バスにはとびラー1名が村から同乗し、一行が一緒に過ごす車中での時間を<美術館に行く準備>の時間に充てます。
参加者の中には、初めて美術館に行く方もいらっしゃいました。
美術館へ向かう気持ちをつくるために、展覧会のチラシやガイドを配ります。
展示室での6つのルールを書いた資料も配布します。初めて美術館に行く方にもわかりやすく、また緊張を和らげるために役に立つと考えました。

このように、全員で事前に美術館の話を聞くことは、参加者にとって、安心した気持ちで美術館へ向かうことに繋がります。

 

◯車中での活動2|作品鑑賞の準備
美術館へ向かう準備の次は、みんなで展覧会鑑賞の準備をします。
展覧会図録を見て、 「本物を見てみたいと思った作品」を選び、更に、「何故そう思ったのか?」「どこが気になったのか?」を考え、メモしておきます。
この活動は作品鑑賞の準備となり、参加者自身が行うことで、プログラムへの参加と作品への関心を高めることに繋げていきます。
前もって、展覧会にどんな作品が展示されているか、や、プログラムの流れを知ることは、大切な準備の時間となります。

 

◯全体活動1|とびラーと出会う
都美に到着すると、とびラーが参加者を迎えます。
降車地点から館内に向かう僅かな時間ですが、都美を囲む上野公園の環境についてお話しながら歩きます。
今回駐車場所となった都美の駐車場は、一般の方にとっては興味深い見どころの一つとなっていました。

 

◯全体活動2|プログラムスタート

参加者にとっては、初めて訪れるアートスタディルーム(以下ASR)。
グループに分かれて着席し、安心してプログラムに参加していただけるようグループ担当のとびラーから声かけをします。
プログラムが始まり、全員で学芸員の稲庭さんから「ゴッホ展の見どころ」を聞きます。
車中で図録を見る、作品を選ぶなどしてきた参加者にとって、この話は、鮮やかに心に沁み込み、展示室への期待が更に膨らんだようです。

 

◯グループ活動1|鑑賞の導入

4人の参加者と2人のとびラーでグループになります。年代はバラバラに組まれています。
図録を広げながら、参加者が選んだ「本物を見てみたいと思った作品」とその理由を、1人ずつお話し、グループ内で共有します。こうして、他の人の話も聞きながら、作品を見る期待感を高めていきます。

 

◯グループ活動2|展示室へ

グループ毎に、展示室へ向かいます。鑑賞時間は約80分。
とびラーは、参加者ごとのペースを大切に、参加者の作品鑑賞が深まる手助けをします。
混雑した展示室では参加者の鑑賞のペースを見守りながら、ゆとりのある展示室では参加者と作品についての話をしながら、状況に合わせて伴走します。 「本物を見てみたい作品」の前では、とびラーと参加者が一緒に作品に向かい合います。
図録をみてから本物の作品に出会った時の、様々な発見や驚きが語られます。

 

◯グループ活動3|鑑賞のふりかえり「話す・聞く」

鑑賞を終えた参加者は、作品について自分の感想を言葉で「話し」、他の人の言葉を「聞き」ます。
とびラーは時間配分も考えながら、図録を使い、その人が選んだ作品をグループ全員に示し、話を促します。
展示室で本物の作品を見た感動がグループで語られる時間でした。

 

◯プログラムの終了とその後
参加者の感想は尽きることはありませんが、
このプログラムで「作品を見てみんなで話をする」という、あまり経験のない鑑賞体験を共有できたことを確認して、プログラムを終えます。
そして 都美からの帰路の車中では、今回のプログラムについての感想をアンケートで答えていただきました。

 

<プログラムを終えて>
鑑賞プログラム「長生村鑑賞会」の一番の特徴は、大型バスで長生村を出発した時から、帰路のバスの中でアンケートの記入が終わるまでがプログラムとしてデザインされている、ということです。また、とびラーと一緒に活動することや、展示室で本物の作品を見て感想を言葉にするという体験は、昨年に続き今年も活動の柱となっています。
昨年の実施プログラムからの成果と課題に対する方策、村の担当者の希望をできるだけ組み入れながら、新たに今年のプログラムイメージとタイムスケジュールを考えました。
最後まで検討を続けたのは、「混雑した展示室での伴走の方法」という課題です。
展示室の混雑は避けられない状況のなかでも、より豊かな美術館体験をしていただくために、私達とびラーができることを検討し続けました。プログラムについて話し合いを始めてから、実施日に至るまでの間、16名のとびラーとスタッフ(延べ61名)で話し合いを重ね、長生村生涯学習課担当者とも打ち合わせをしてきました。
課題に対しては、決定的な解決策は見つかりませんでしたが、いろいろな方法をシュミレーションしながら「とびラーとしてこれまで学んできたことや、経験してきたことを活かして、参加者と関わる中で、それぞれの参加者に合った伴走のあり方を、それぞれのとびラーが探っていこう」ということになりました。
これまでの鑑賞方法を主体に、伴走の方法を工夫し、できるだけ興味深い美術館体験も組み込みました。
当日は、とびラーやスタッフの内容共有と充分な人数で迎え、余裕を持って対応することができました。
終了後の参加者からのアンケートには、今年も「とびラーさんが一緒にいてくれたお陰で、良かった、助かった、楽しかった、分かり易かった、充実していた、安心だった」とあります。
しかし、こうして振り返ってみると、「とびラーのお陰で」ではなく、参加者自身のプログラムへの関わりこそが、成果を生み出していることに気付かされます。事前に図録を見る、図録の中から作品を探す、理由を考える、本物を見る、感想を言葉にするなど、全て参加者自身の能動的な活動だったのではないでしょうか。とびラーの役割は、「参加者に何かをしてあげる」のではなく、「参加者が能動的に活動できる場を作ること」と改めて確認する機会になりました。

 

 

文:中島惠美子(アート・コミュニケータ「とびラー」)

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