2022.11.12
”今日はどんな気分?
「学校がしんどいな」とか
「いつもみんなで行動するのも疲れちゃう」と思ったら、
おいでよ、ぷらっと美術館に”
秋晴れの11月、土曜日の午後、私たちのこんな呼びかけに応募してくれた
3組の親子が東京都美術館のアートスタディルームに来てくれました。
「おいでよ・ぷらっと・びじゅつかん」は、学校が「しんどい」と感じている小学生・中学生とその保護者を対象としたプログラムで、2021年度から始まり今回が3回目の実施になります。
参加者ととびラーが1対1でペアになり、東京都美術館や展覧会を一緒にお散歩することで、美術館での過ごし方をみつけていく、オーダーメイドのプログラムです。
学校に行っていても、行っていなくても、何かしら「しんどさ」と感じている子供たちに対して、「社会の中には学校と家だけじゃなくていろんな場所があるよ」「美術館は『自分の居場所』のひとつになれるかもしれないよ」ということを伝えたいと思い企画しました。
■美術館へようこそ!
子供たちがゆっくりと来られるように、受付は14:30〜15:00の30分間設けました。美術館に来るのが楽しみで受付開始した直後にきてくれる子もいれば、あまり乗り気そうではなく受付時間ぎりぎりに連れて来られた子も。どんな状況でも来てくれただけで私たちは嬉しくて、少しでも緊張を解きほぐせるよう笑顔でお出迎えしました。
担当とびラーと参加者が席に着いたら、お互いに呼んで欲しい名前を付箋に書いて交換し、このプログラムの特別パスポートをお渡ししました。この特別パスポートは、お散歩の中で見つけた「お気に入り」を記録するために使います。また、参加者は初めての場所や初めて会うとびラーに緊張しているだろうと思い、まずは少しでも安心感を持ってもらえるよう、これからプログラムでやることをフリップを使って説明しました。
■お互いを知り合う時間
次に、アイスブレイクとして、岡本太郎の作品や東京都美術館の写真を使って、どんなものが気になるかについてお互いに話しました。テーブルに並べたたくさんのカードの中から、まずはとびラーが好きなカードを紹介します。次に子供に興味があるものや見たいと思うものを選んでもらい、どんなところが気になるかを聞きます。名前を書いた付箋を指人形のように使いお話しするペアもあり、カードを通じてお互い興味があることを話すことで、とびラーと子供の距離が少しずつ縮まっていきます。
熱心にお話ししてくれる子もいる一方で、なかなか話そうとしない子もいました。初めて会う人といきなり仲良くなるのは大人でも難しいので、そんな子がいてもおかしくありません。本人のペースで心が開くまで、時間をかけて話しかけていきました。その子もきっと話しかけられる言葉を聞きながら、とびラーがどんな人かを知ろうとしてくれていたのだと思います。一言、二言と少しずつ話してくれるようになり、20分間のアイスブレイクが終わる頃には、最初の頃の緊張は解け、とびラーとお散歩に行く気持ちができているようでした。
■お散歩へ出発
心の準備ができたら、お散歩へ出発です。ここからは保護者とは離れて、とびラーと子供だけの時間が始まります。みんなしっかりとした足取りで「展覧会 岡本太郎」に向かっていきました。会場に入り岡本太郎のエネルギッシュな作品の数々を見ると、元々楽しみにしていた子はもちろん、最初は興味なさそうだった子も一気に作品の魅力に惹きつけられたようでした。それぞれお気に入りの作品を見つけて、熱心に観察したり写真を撮ったりしながら鑑賞しました。一つの作品をじっくり見る子もいれば、多くの作品に興味が止まらない子もいて、作品の鑑賞の仕方にも一人ひとりの個性が出て、一緒に回るとびラーにも発見のある楽しい時間となりました。はじめは一言だけだった感想も、展覧会の最後には「作品のこんなところがが好き」という話から、普段の好きなものの話までたくさんお話ししてくれるようになっていました。
展覧会の後には美術館内を一緒にお散歩しました。東京都美術館には心休まる空間がたくさんあります。とびラーおすすめの場所に案内すると「わぁ」と声を上げ、展覧会とはまた別の表情を見せてくれました。
今回は、保護者にも美術館が居場所になり得ることを知ってほしいと思い、「参加者」としてとびラーと二人で活動する時間を設けました。なぜ私たちがこのプログラムを作ったのか、それぞれの個人的な思いも含めて伝えることから始め、1対1でじっくりとお話をしました。保護者からも、このプログラムへの応募動機や美術館への関心についてお話ししてもらい、子供と離れ、一人の大人として非日常のリフレッシュする時間を体験してもらいました。
■お気に入りボードとパスポートの作成
一組、また一組とお散歩を終えた子供たちが、目を輝かせてとびラーと楽しそうにアートスタディルームに戻ってきました。ちょっと休憩をして、美術館で見つけたそれぞれの「お気に入り」からお気に入りボードを作成する作業に取り掛かります。撮影した写真の中から1枚選んでプリントアウトし、岡本太郎の消しゴムハンコを押したり、絵を描いたりとそれぞれの方法で、「お気に入り」を思いっきり表現してくれました。子供たちはプログラム当初の緊張していた様子とは打って変わり、周りのとびラーにも何が気に入ったのか、何を作っているのかを元気よく話してくれ、部屋全体が賑やかな空気に包まれました。最後に保護者と子供それぞれにアンケートを回答してもらい、全部で90分のプログラムが終了しました。
■おいでよ・ぷらっと・びじゅつかんに込めた思い
私たちはこの企画を進めるにあたり、どうしたら参加者が「自分の居場所」と感じられるようになるか、何度も何度も話し合いました。その中で出てきたキーワードは、「子供と真剣に向き合い続けること」「違いをありのままに受け止め、肯定すること」「正直に向かい合い、取り繕わないこと」でした。子供たちがどんな心の状態で来てくれるのかわかりませんでしたが、どのような状況でもこれらのキーワードを守り、あとは柔軟に対応することに決めていました。
実際に、学校が「しんどい」理由も性格や興味も参加者それぞれ違い、想定していなかった状況も多々ありましたが、参加者にとって安心できる場にすることを何よりも大事にしました。参加者全員が最後に笑顔で帰っていった姿を見て、また、保護者から「新しい場所に行くことを少し躊躇するようになっていたが、初めての美術館がとても楽しい時間となったようです。」「美術館がお気に入りの場所になりそうです。」という声をいただき、私たちの想いを十分に届けることができたと感じています。
おいでよ、ぷらっと美術館に。
美術館がそんな場所となれることを願い、今後もっと多くの人に私たちの想いを届けていきたいです。
執筆:飯田 倫子(アート・コミュニケータ「とびラー」)
とびラー2年目。とびらプロジェクトを通じて色々な人に出会い、日々刺激を受けると共に、美術館が自分にとっても「居場所」になりつつあることを感じています。
2022.09.16
2022年9月16日、東京都美術館で開催された『ボストン美術館展 芸術×力』展(会期:2022年7月23日~10月2日)に合わせ「聴く 視る 話す 鑑賞を深く味わおう」を開催いたしました。
このプログラムには、ふたつの目指すところがありました。
・普段の鑑賞に「聴く」「視る」「話す」を意識するパートを加えることで「作品を深く味わえた」と実感していただきたい。いつもと違う美術館での過ごし方を体験することで、鑑賞スタイルの幅を広げて欲しい。
・参加者やとびラーとの交流を通して、美術館が「作品を鑑賞するだけの場ではない」人々の交流の場となり、新しい価値観を生みだす「心のゆたかさの拠り所」となることを感じていただきたい。
それでは、このプログラムが創り上げられていく過程からお伝えしたいと思います。
▶ワークショップ開催までの流れ
春先にラボを起ち上げ、集まってくれたメンバーで「作品を味わえた」と感じた経験について、共有することから始めました。
その中で、メンバーからはこんな意見が聞かれました。
・グループでの「対話型鑑賞」での体験。他の人の意見から異なる視点を得られた
・全ての作品ではなく、心に残った作品をじっくりと時間をかけて観察。新たな発見や気付きを得ることができた
・鑑賞後、他の人と感想を共有。多様な意見を交わし合うことで、作品への理解が深まった
メンバーのそれぞれの体験談から「聴く」「視る」「話す」という、3つの要素を軸にプログラム構成を考えよう、という方向に決まりました。ワークショップの流れと内容は下記の通りです。
聴く 『ボストン美術館展 芸術×力』展の作品画像をモニターに画像を映す。少人数のグループに分かれ「対話型鑑賞」を行う。グループで同じ作品を鑑賞しつつ、他の人の発話からいろいろな視点があることを実感してもらう
視る 『ボストン美術館展 芸術×力』展の会場に足を運び、本物の作品を観察、鑑賞する。同じ作品でもいろいろな意見がある、もっと自由に作品を鑑賞してもいいんだ、という「聴く」での体験を元に今度はひとりでじっくりと作品を鑑賞する
話す 本物の作品を鑑賞しての感想や、気になる作品をグループで共有する。他の人と感じたことを分かち合う楽しみと喜びを味わってもらう
参加者に、いかに心地良くストレスなくプログラムを楽しんでいただくか?
来場者が少ないことが予想される金曜夜の「夜間開館」の時間帯にプログラムを開催することにしました。
メンバーで何度もミーティングやトライアルを繰り返し、プログラムを練り上げていきました。
それでは、当日の様子をお伝えします。
暑さも少し和らぎ、過ごしやすさも感じる日和となりました。夜間開館の時間帯に展示室へ足を運べるよう、17時に受付開始です。20代~70代までの幅広い14名の方がご参加。参加者4~5名、とびラー3名の3グループに分かれます。
▶アートカードを使って自己紹介
受付をすませた参加者さんから、ゆるやかに輪になって座っていただきます。「東京都美術館へはよくいらっしゃるんですか?」初めて訪れる場所、初めて出会う人たち。緊張気味な参加者にとびラーがにこやかに話しかけ、リラックスしていただけるよう心掛けます。
参加者の表情が和らいできたところで、自己紹介タイムです。あらかじめ『ボストン美術館展 芸術×力』展の作品の図版が、ホワイトボードに貼りだしてあります。選ばれた作品は絵画のみならず、服飾や工芸品なども含まれる、幅広いラインナップが特徴となっている6点です。本展覧会への期待感を持ってもらうために何度もメンバー同士で話合い、作品を選びました。
まずはじめに参加者に「気になる作品」を選んでいただきました。なぜ、この作品が気になるのか?理由を話しながら自己紹介。見知らぬ参加者同士がお互いを知り合う、プログラム冒頭の大切な時間です。自分が選ばなかった作品への視点を知ることで、この後に控えた展示室での鑑賞にも興味が膨らみます。
▶モニターに作品を投影し対話型鑑賞
とびラーのファシリテーションで「対話型鑑賞」を行います。まずは作品をじっくり観察。参加者同士、感じたことや気になることを共有します。対話型鑑賞が初めての参加者がほとんどでしたが、自己紹介の時間ですっかり打ち解けた参加者より次々と発話が続きます。
▶展示室で「ボストン美術館展 芸術×力」展を鑑賞
展示への興味が充分高まったところで、いよいよ本物の作品を鑑賞します。
展示室で鑑賞する作品の作品名と、気付いたことをメモするコンパクトなメモ帳をお渡ししました。
安心して鑑賞に集中できるよう、展示室ではとびラーが見守る事をお伝えしました。皆さん、メモ帳片手に熱心に作品を鑑賞してくださったようです。
▶展示室から戻り感想を共有
「お帰りなさい!」60分間、本物の作品と向き合った参加者を笑顔でとびラーが迎えます。戻ってきた参加者の表情より「はやく見つけたこと、感じたことを話したい!」という高揚した気持ちが伝わってきます。
まずは「対話型鑑賞」を行った作品の共有から始めます。ひとつの作品を10分以上掛けて鑑賞する体験は皆さん初めてだったと思います。描かれている場面や人物から当時の時代背景、権力の構造にまで話が及んだグループもありました。短い時間で『ボストン美術館展 芸術×力』のテーマに迫る視点を共有できたことは、予想外の展開で充実した時間となりました。
場が温まったところで「自己紹介」の時間に選んだ作品について共有します。
隅々までじっくり観察することで、色彩の鮮やかさや構図の奥行き、描かれている絵画の空気感まで感じ取ってくださったようです。「他の人の感想を聞いて、もっと作品が観たくなってきた。また、展示を観に来ます!」という嬉しい言葉も飛び出しました。
今回は、冒頭の自己紹介から「対話型鑑賞」まで『ボストン美術館展 芸術×力』に展示されている作品を選びました。その流れによって、展示に向けての期待感が高まり展示室で鑑賞する時間もより深く興味を持って、過ごすことができたと思います。
皆さん、普段と違う美術館での過ごし方をどのように感じたのでしょうか?アンケートをみてみましょう。
・明るく楽しい雰囲気で、感じたことを遠慮なく話せました。皆さんの感想に「おお、なるほど!」となったり別の視点からの見方を知って、よりいっそう鑑賞の楽しみが増しました。
・ひとつの作品とじっくり向き合う時間。ひとりであるいは友人と一緒でも、今までこんなに長い時間を掛けて作品を観ることはなかった。いろんな角度で見て感じることで、より一層作品の印象が深くなった。
・スケジュールも細やかに検討されていて、流れるようなあっという間の時間でした。初めてで、不安に思っていましたが安心して参加することができました。
約半年にわたって練り上げた鑑賞プログラム「聴く 視る 話す」。無事に開催することができました。
最後にたくさんのアドバイスを下さった「とびらプロジェクト」スタッフの皆さま、一緒にプログラムを創り上げてきた仲間たち。当日参加してくださった皆さま、全ての方に心より御礼を申し上げます。
【参加アート・コミュニケータ】
岡田、栗山、小屋迫、長尾、堀内、山中、吉水、遊佐、井上、梅川、隈井、高崎、高橋、宮林、山本
執筆:遊佐 操(アート・コミュニケータ「とびラー」)
とびラー3年目。活動の中で「アートってひとを変えるチカラがあるんだ!」と実感する場面が何度もありました。これからもそんな奇跡のような、喜びに満ちた瞬間に関わり合っていきたいです。
2022.04.17
心地よい春の日、「車いすで楽しむ都美散歩」を実施しました。
このプログラムは、アート・コミュニケーター(愛称:とびラー)とのんびりお散歩しながら、東京都美術館(以下、都美)の建物や彫刻の魅力を味わうものです。
車いす経験のあるとびラーの「車いすユーザーのみなさんにも、もっと都美の魅力を伝えたい」という想いからスタート。それぞれのお気に入りポイントを持ち寄って散歩コースを考え、トライアルを重ねてチェックすることはもちろん、毎回のミーティングで「プチ勉強会」という学びの場を作っていました。都美のバリアフリーガイドURLや世の中の車いすにまつわる様々な取り組みを題材に車いすのことを考えたり、アプリを使いながら都美のバリアフリー状況を調査してみたり。参加者のみなさんに会えることを楽しみに、準備を重ねていきました。
それでは、当日の様子を写真とともにお届けします。
2022年4月17日(日)午前の回は11:00、午後の回は14:00からプログラムが始まります。来館方法に合わせて事前にお伝えした場所で待ち合わせ。自己紹介をした後は、参加者ととびラーがペアになって、お話しながら都美を巡ります。
▲天気にも恵まれ、正門から広がる屋外広場(エスプラナード)を散策中。
▲野外彫刻を目の前に、とびラーとお話しながらじっくり鑑賞しているところ。誰かと一緒に作品を見るのも、様々な発見があって素敵な時間です。
▲都美のランドマークにもなっている野外彫刻《my sky hole 85-2 光と影》
建物や自分たちが映り込む姿が楽しい作品です。
▲館内から野外彫刻を鑑賞できるスポットも。作品を味わいながら、
ゆったり静かな時間を過ごすことができました。
▲実は、外壁や館内の壁に見られるこちらのタイルにも秘密が…!
じっくり見ながら、その秘密に迫ります。
▲アーチ型の天井と照明がなんとも美しい空間。
特別展が開催されていない期間に実施したことで、普段よりゆっくり眺めることができました。
参加者のみなさんからは「良い休日が過ごせました」「建築にフォーカスしたことがなかったのでとても楽しかったです」「ゆっくり見て回れました」「また参加したいです」といった声を寄せて頂きました。ご参加ありがとうございました!
私も車いすユーザーの1人です。大好きだった美術館からも足が遠のいてしまい、アートを通して社会とつながれる場を増やせたらいいなと思って、とびラーに仲間入りしました。都美は展示室にとどまらない様々な魅力があるのが素敵なところ。建物や野外彫刻をじっくり味わうのもよし、眺めのよいレストランで食事を楽しむのもよし、アートラウンジで素敵な家具に囲まれてホッと一息休憩するもよし、とびラーが携わるイベントに参加してみるのもよし!ぜひ車いすからあなたの都美のお気に入りに出会ってみませんか。
◯とびラーによる建築ツアー :https://www.tobikan.jp/learn/architecturaltour.html
◯障害のある方のための特別鑑賞会:https://www.tobikan.jp/learn/accessprogram.html
並木 彩(とびラー10期)
電動車いすと共に生活しています。
とびラーになって、出会う世界がぐんと広がりました!
2021.12.10
開催報告「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」
2021年11月12・19・26日・12月3・10日の計5回、夜間開館が行われる金曜日に、ライトアップされた東京都美術館を散策するツアー「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」を行いました。申し込み開始早々に満員になるほど人気で、48名の方に夜の都美術館を味わっていただきました。
■「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」の始まりはいつ?
過去のとびラーのミーティング記録をさかのぼると、2013年9月13日に第1回が開催されたとの記録がありました。約10年の長い歴史の中で多くの方々に愛されてきたプログラムですが、コロナ禍で美術館の夜間開館が行われず、約1年9か月間は開催をすることができませんでした。そして、今回ついに再開が叶ったのです。
ツアー当日は、美術館入り口で参加者の皆さんを迎え、とびラー2名・参加者3~4名でグループを組み、3グループが同時に30分間のツアーに出かけます。ツアーの内容は、とびラー 一人ひとりが考えたオリジナルで、冬の透き通った空気の中、美しく輝く都美術館を少人数でのんびりゆったり満喫できる時間となりました。
■夜ならではのお楽しみ
紅葉が楽しめる11月中は、暗い中でもほんのり輝く大イチョウの木を愛でることができ、12月はサンタ帽をまとったとびラーと共に、まるでクリスマスイルミネーションのような都美術館を散策しました。
設計した前川國男も愛した美術館のレストランはまるで宝石箱のよう・・・
でこぼこしたコンクリート壁の陰影が一番美しく浮かび上がる時間・・・
暗闇に映える公募棟の青・黄・緑・赤・・・
野外彫刻に映る都美術館のキラキラした照明・・・
とびラーだけが楽しむなんてもったいない、多くの人に知ってもらいたいこの美しさ、そしてまた足を運んでいただきたい、そんな思いを込めて私たちはツアーを行っています。
■参加者の皆さんからのコメント
・隠された美の発見、創造の美は無限大!
・会社と家以外の空間や時間を味わえました。
・いつもと違う表情の美術館にドキドキしました。一日中楽しめる場所だと感じました。
・普段見過ごしがちな建物の壁や床・照明など1つ1つを堪能できました。
・公募棟の4色が見えたとき、自然と「わぁ~!」と声が出ました。
・これからもこの建物を残していってほしいなぁ。
■最後に
参加者の皆さんのコメントを読みながら、都美術館の魅力は建物自体の美しさだけでなく、新たな居場所としての空間や未来につながる建築の意味など人々に届けるメッセージの大きさに改めて気づかされました。これからも、そんなメッセージを発信し続けるツアーを大切に育てていきたいです。
執筆:向井由紀(9期とびラー)
とびラーになる前、このヤカン・ツアーに参加しました。ちょうどクリスマスシーズンで、サンタ姿のとびラーのキラキラした笑顔に、「私もこの仲間に入りたい!」と感じたのがついこの間のようです。今仲間と共に都美の魅力をお話しできることを楽しんでいます。
2021.11.10
2021年6月、8月、11月に、東京都美術館(以下、都美)にて「都美の野外彫刻を味わう」というワークショップを開催しました。
2020年から続いた新型コロナウイルスの影響で、美術館が休館したり、展示室内での対話が難しい状況が続いていました。
そうした中でもできるアートを介したコミュニケーションの場として、私たちが注目したのが都美の収蔵作品であり、常設展示されている「野外彫刻」でした。野外彫刻は全部で10点あり、そのうちの6点が正門から広がる空間(エスプラナード)に展示されています。
感染症予防対策の点でも、屋外だったら、ソーシャルディスタンスに気を付けながら参加者と安全に対話できるかもしれません。しかも観覧料が不要です。
このように考えて、3月にエスプラナードの野外彫刻を鑑賞するラボを立ち上げました。
いつも通り過ぎていた野外彫刻
東京都美術館にある野外彫刻といえば、真っ先に思い浮かべるのが、ランドマークにもなっている大きな銀色の球体《my sky hole 85-2 光と影》。
しかしそれ以外の作品は、あまり気に留めることもなく、素通りしていました。
そこでまずはラボのメンバー自身が作品に親しむため、作品研究からスタート。作品について調べていくうちに、どんどん愛着がわいていきました。
右上から時計回りに
堀内正和 《三本の直方体 B》(1978) ステンレス
五十嵐晴夫 《メビウスの立方体》(1978) 花崗岩
鈴木久雄 《P 3824 M君までの距離》(1977) 花崗岩
保田春彦 《堰の見える遠景》(1975) 花崗岩、ステンレス
堀内正和 《三つの立方体 A》(1978) ステンレス
井上武吉 《my sky hole 85-2 光と影》(1985) ステンレス、鉄
立体作品での対話型鑑賞に挑戦
とびらプロジェクトの活動のベースに、初年度にとびラーとしての基本的なコミュニケーションの在り方を学ぶ「基礎講座」と、実践的な活動の場を想定した「実践講座」があります。実践講座の中には「鑑賞実践講座」があり、対話を通した作品鑑賞のファシリテーションを学びます。
このラボに参加したとびラーの多くは鑑賞実践講座を受講していましたが、立体作品の対話型鑑賞のファシリテーションの経験がほとんどありませんでした。
野外彫刻で対話型鑑賞の場を作るために、とびらプロジェクトのスタッフと一緒にファシリテーションのコーチングを2回ほど行い、少しずつ立体作品の鑑賞に慣れていきました。
ファシリテーションの練習をしながら動線も確認。参加者を迎えて狭いエスプラナードの中で6点の作品をうまく鑑賞していくために、3チームで2作品ずつ回ることにし、それぞれのチームの動線がバッティングしないようにコースを検討しました。
参加者には「今日呼んでほしいお名前」を書いていただき、ネームフォルダに貼ってお渡しすることにしました。他に消毒用のアルコールも用意。
梅雨の晴れ間に実施した第1回目
5月開催を目指して準備を進めてきたものの、緊急事態宣言及び都における緊急事態措置等に基づき、新型コロナウイルス感染症拡大を防止する観点から、4月25日から5月31日まで東京都美術館が臨時休館。
6月13日に開催を目指すも、季節は梅雨。前日のお天気判断により、残念ながら中止となってしまいました。次のチャンスは6月30日。なんとかお天気も持ちそうだということで、無事に開催の運びとなりました。
日時:6月30日 10:00~11:00
参加者:募集により9名
《my sky hole 85-2 光と影》を鑑賞中。お互いの言葉に耳を傾け合います。
《メビウスの立方体》を鑑賞中。参加者が何かを見つけたようです!
《三本の直方体》を鑑賞中。参加者は作品の周りをまわりながらお気に入りの鑑賞のポジションを探しています。
各グループでは、参加者とともにいろいろな角度から野外彫刻をじっくりと鑑賞。対話も盛り上がっていました。
久しぶりのリアルでの交流に、とびラーたちも対話型鑑賞の楽しさを再認識!
アンケートのコメントも、「もっと見たかった」、「こんなにじっくりと野外彫刻を見たのは初めて」、「その場でご一緒した方たちとの意見交換が楽しかった」「見る場所により印象がガラッと変わった」など、好評でした。
第2回目は盛夏バージョン!
続く2回目は、真夏に実施しました。
午前、午後、夕方とエスプラナードの気温を測り、最も気温が低かった夕方に行うことに決定。2グループで1作品だけ鑑賞する、ショートバージョンに変更しました。
日時:8月20日 16:30~17:00
参加者:募集により7名
受付設営中。
《メビウスの立方体》の前で参加者と楽しそうに対話していたら、他の来館者も集まってきました。
《堰の見える遠景》を離れて見たり、覗き込んで見たり。ちょうどオリンピックの開催時期で、《my sky hole 85-2》の後ろに手荷物検査のテントが設置されていました。
暑さが心配でしたが、30分のプログラムが無事に終了しました。
アンケートには「今まで通り過ぎていた野外彫刻に興味が持てた」、「みんなで見る楽しさを知った」、「ほかの作品も見てみたい」など、嬉しいコメントをいただきました。
対話型鑑賞の面白さは、誰かの一言で作品の見方がガラッと変わることにあると思います。
参加者の言葉を拾い、集めて、みんなで作品に迫っていく。
ファシリテータの難しさとやりがいも同時に感じました。
第3回目は秋バージョン!
エスプラナード周辺の樹々も美しく紅葉する秋。空間と共に鑑賞を楽しむ「野外彫刻を味わう」ラボには最適な季節!3グループで2作品を鑑賞する、通常のバージョンで実施しました。
この秋バージョンより主な運営が8期より9、10期に受け渡されました。新たに参加してくれたメンバーと力を合わせ、試行錯誤を重ね開催を迎えました。
日時:11月10日 11:00~12:00
参加者:募集により10名
プログラム開始前まで、入念に進行を確認します。
プログラム前にエスプラナードを散策。参加者と笑顔でコミュニケーションをはかります。
《P 3824 M君までの距離》を観察中。作品から離れることで新たな見方がうまれます。その声掛けもファシリテーターの大切な役目です。
いろな角度から観察中。《三つの立方体A》は観察位置によって見え方が大きく変化する作品です。
《P 3824 M君までの距離》のポーズで記念撮影。
新たに参加したメンバーにとっても「鑑賞実践講座」で学んだことを磨き、実践できる貴重な機会となりました。参加した皆さんにも楽しんでいただけたようです!
コロナ禍の中、コミュニケーションをしながらの作品鑑賞が楽しめるプログラム「野外彫刻を味わう」ラボ。次年度も気持ちの良い季節にエスプラナードで「対話型鑑賞」を楽しみたいです。
執筆:有留もと子(とびラー8期)
雪の日の夕暮れ、ライトアップされたエスプラナードにたたずむ野外彫刻たちの姿が目に焼き付いています。
執筆:遊佐みさお(とびラー9期)
野外彫刻にはまったく興味がなかったのに、今では彼らが愛おしくて、しかたないです(笑)みなさんにもっとその魅力をお伝えしたい!
2021.09.17
開催報告「トビカン・モーニング・ツアー」
2021年4月と8月の第2水曜日の朝に、東京都美術館の建築を巡るプログラム「トビカン・モーニング・ツアー」を行いました。これは新型コロナウィルス感染症の拡大によるいわゆるコロナ禍がきっかけで生まれた新しいプログラムです。
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■ 新しいプログラムをつくる
以前から東京都美術館で開催されていた土曜日の「とびラーによる建築ツアー」と、夜間延長開館時の「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」といった建築ツアーは、これを目指して遠方から来館する方もいる人気のプログラムでした。
しかし、コロナ禍の2020年度、東京都美術館でいくつかの展覧会が中止あるいは延期され、館そのものが休館する時期もありました。建築ツアーも中止が相次ぎました。
そのような状況下で、新しい生活スタイルに合わせて何か形を変えた建築ツアーを行えないか?と考えてみると「平日の朝に開催するプログラム」にたどりつきました。リモートで仕事をするワークスタイルの広まりとともに、必ずしも週末や夜間でなくとも余暇時間を取れる人が増えたり、混雑を避けた時間帯を選んで行動する人が増えたり、といった行動パターンの変化が背景にあります。
ツアー自体も、完全予約制にする、少人数での開催にする、ガイドは無線機を使用して話す、というように安全に留意した運営に変更しました。緊急事態宣言の発出などで中止せざるを得ない回もありましたが2021年4月からようやく実施が叶いました。
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■ 朝の魅力発見!
こうして始まった「トビカン・モーニング・ツアー」は今まで紹介してこなかった東京都美術館(トビカン)の建築の魅力がつまっていました。
それは朝の光で見えてきた魅力です。公募棟(正門を入って左の建物)では東からの光がその輪郭を際立たせ建物の形を意識させてくれます。ここの外壁仕上げは1975年の竣工時からのオリジナルの打込みタイルですが、陽を受けて形や焼き色のグラデーションもくっきりと見ることができます。同じ壁面には大きなガラス窓を持つ休憩スペースもあり、その奥深くにまで光が差し込むことで室内の赤・緑・黄・青の壁の色が際立ち、空間の大きさも感じられます。また朝の時間には、ガラス張の中央棟では、後ろに広がる上野公園の木々をはっきりと見ることができ、設計者前川國男の意図した外部空間とのつながりを体感することができます。
これまでの建築ツアーは午後や夕方に開催されていたので、朝のトビカンの魅力は私たちとびラーにとっても新たな発見でした。
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■ ツアーと参加者の様子
平日朝のプログラムは初回から人気を博し、募集定員はすぐに埋まりました。建築ツアーはガイドによってツアー内容が異なるため、これまで体験された方のリピート参加という嬉しい例もいくつかありましたが、参加しやすい時間帯だからと初めて参加された方も多かった印象です。
実際のツアーは参加者3名ととびラー2名の5名チームで行います。30分間というコンパクトな時間のツアーですが皆さん朝のトビカンの魅力をとても楽しんでいただけたようです。
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■ 美術館も来館者もとびラーも「つなげていく」
今回ご紹介した「トビカン・モーニング・ツアー」のように、世の中の変化や私たちのニーズにあわせて「とびラーによるプログラム」はまだまだ変化していきます。この他にも開催日時にバラエティを持たせたプログラムは増え、またオンラインで配信するプログラムも生まれました。展覧会が再び開催されるようになってからは、プログラムの題材も建築だけでなく、展覧会の作品だったり、野外彫刻だったりと様々です。こういった動きは、より多くの年齢層、多様なライフスタイルの人の来館の機会を増やしているように感じています。
いずれのプログラムも美術館という場(あるいは存在)をつかってアートを介して人と人、人と作品、人と場所がつながる瞬間を作ることを目的としています。コロナ禍で「つながる」ことが薄れてしまった状況で、少しずつまた「つながる瞬間」に立ち会えるようになり、私たち自身も勇気やエネルギーを得ています。
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■ トビカン・モーニング・ツアーは次回10月開催
トビカン・モーニング・ツアーはただいま10月13日(水)開催に向けて準備中です。
今後も偶数月の平日午前中で継続開催を目指していきます。
お時間のある時にぜひ参加してみてください。
▶︎参加申し込みはこちらから!
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執筆:河野さやか
色々な目的や興味を持ってさまざまな人が集まってくる美術館という場に興味がある8期とびラーです。 美術館に来たあの人はどんな体験をして、どんな話をして、何を食べて過ごすのか?それはこれからの人生にどうつながっていくのか?また美術館の中を自由に行き来して、思い思いに過ごす人たちが見られる時を待っています。
2021.08.24
■ ■ 参加者ととびラー それぞれの発見の道 ■ ■
2021年8月24日(火)、東京都美術館で開催中の「イサム・ノグチ 発見の道」展(会期:2021年4月24日(土)~8月29日(日))にあわせて、とびラー発のプログラム【発見をわかちあおう ~イサム・ノグチの作品を辿る~】を実施した。
「ようこそいらっしゃいませ!」
「『イサム・ノグチ展』の入場予約はお済みでしょうか?」
「テーブルAにお座りください」
午後1時開始のプログラムを前に、アート・コミュニケータ(通称:とびラー)がにこやかに参加者をお出迎え。会場となるアートスタディルーム(ASR)は東京都美術館の交流棟2階に位置する。
■ コロナ禍中のプログラム開催 ■
コロナ禍中の開催であったため、感染予防対策を万全にと準備していた。ソーシャルディスタンスを考慮し、スペースに余裕をもった参加者人数の受け入れであったが、日に日に増える感染者数に申し込んでくださった方々は果たして来館くださるのだろうか・・迎え入れるとびラーの心配をよそに、参加者ほぼ全員が揃いプログラムがスタートした。
「コロナ禍に足を運んでくださって、本当にありがとうございます!」司会者の声が弾む。「東京都美術館に初めていらっしゃった方は?」半数ほど手が挙がる。「2回目?」「3回目の方は?」パラパラと手が挙がっている。10回以上にも一人!初めての方も、リピーターの方も、来館くださったことがただただありがたい。
「発見をわかちあおう ~イサム・ノグチの作品を辿る~」と題されたプログラムは、イサム・ノグチの作品と出会い、よりよくみることができるように、また自分自身の自由な感じ方のみならず他の参加者とお互いの気づきや発見を対話により共有できるように計画した。プログラムは以下の3部構成となる。
■ よくみるためのプログラム構成 ■
冒頭第1部、彫刻作品の鑑賞の手がかりを得るパ―トでは、作品をみるためのヒントとなるように石を使った。参加者同士が知り合うためのアイスブレークと自己紹介を兼ねて、様々な色や形の石から好きな石を一つ選んでもらう。どこに惹かれたのか?なにを感じたのか?ざらざら、すべすべ、つるつるなどの手触りや、石そのものの温度、手にした時の重さなどを感じてもらう。
加えて、イサム・ノグチ作品《不思議な鳥》をいろいろな角度から撮った写真4枚をグループで見ながら、見つけたこと感じたことを共有しあった。みる角度が違うと同じ作品でも全く違った感じを受けることに、参加者も驚いていた。
続いて第2部、展示室でいよいよ本物の作品に出会う時間。第1部で得た鑑賞のヒントをベースに、ワークシートを使っての個別鑑賞となった。コロナ禍中でなければ、作品を目の前にVTS(Visual Thinking Strategies 和訳:対話による美術鑑賞)という手法を用い、参加者と一緒に対話ができたはずだった。しかし展示室での話し合いは難しい状況だった。代わりに、第一印象や、近づいたり離れたり、違う角度からみて感じたこと、思ったこと、発見したことを、絵でもスケッチでも自由にワークシートに書き込んでもらい、展示室を出てから参加者同士で対話する時間を取ることにした。
参加者は、各グループのファシリテーターが事前に選んでおいた2作品を展示室で観察しワークシートにメモを記入する。時間は1作品10分を目安としていた。一人静かにじっくりとひとつの作品に向き合う経験は、滅多にない貴重な体験と考えていた。その2作品以外にも、様々なイサム・ノグチの作品を楽しんでもらえる贅沢な第2部となっていた。
第3部は、展示室での鑑賞を終えてアートスタディルーム(ASR)に戻り、グループで発見したことを共有する時間。どんな気づきがあったのか、どのように感じたのか、これまでの鑑賞と違いはあったのか? ワークシートのメモをみながら話し合うチームもあった。メモをみなくても次から次へと感想が出てくる参加者も多く見られた。イサム・ノグチ作品のエネルギーに触発されたかのように、どのグループの話し合いにも熱がこもっていた。
第3部の終わりには、テーブルに広げられた模造紙に、それぞれが発見したことを付箋に書いて貼りだしていった。AからEグループが鑑賞した2作品は異なるため、他のチームがどの作品を鑑賞しどんな発見があったのかを、参加者全員で共有するためだ。テーブルを順々に巡る時間も活気に満ちていた。「これはどういうことですか?」「確かに!」「えっ!そんな見方が!」など質問や感想が飛び交い、短い時間での全体共有も充実したひと時だったことが伺えた。
■ よくみるとは? ■
時間を少し戻そう。イサム・ノグチ・・名前は聞いたことがあったが、これ!といった作品はすぐに思い浮かばなかった2020年6月、同期のとびラーの呼びかけで実施した「とびラボ:イサム・ノグチ発見研究所(IDL)」で、イサム・ノグチの生涯と作品をとびラー同士が研究し学びあった。
日本人の父とアメリカ人の母のもとに生まれたイサムは、二つの祖国どちらにも受け入れられず孤独な幼少期・青年期を過ごす。さらに両親の祖国が戦争で敵国となるという辛い体験を経ながらも、フランス、アメリカ、そして日本での様々な出会いを通して、彫刻のみならず舞台美術やプロダクトデザインなど様々な分野で大きな足跡を残した芸術家だ。
特定の作風や素材に留まらず次々と新しい作品を制作し、晩年期には石の彫刻作品や大地の彫刻とされたランドスケープデザインにまで、あらゆることに挑戦した人。勉強会を重ねるうちに私の中にはいかなる苦境にも屈せず前向きに生きるイサム・ノグチ像が浮かび上がっていた。
同時に、とびラーになって2年と数か月。私の中には「よくみるとはどういうことだろう?」「よい鑑賞とは?」「眼差しを共有するとは?」そんな疑問が常に頭の中で渦巻いていた。実際にイサム・ノグチ展が始まってから何度も展示室に足を踏み入れながらも、抽象立体彫刻をどう鑑賞してよいものやら難しさを感じていた。
■ だれのためのプログラムなのか? ■
本プログラムを開催した「とびラボ」は、2021年1月、イサム・ノグチの彫刻作品を愛する9期のとびラーが発起した。プログラム内容を検討するに段階においては、ラボメンバーからも様々なアイデアが出ていた。
造形ワークやVTSを通して感じ方に正解は無いことに気づき、自由なイマジネーションで彫刻やインテリアを楽しんでもらいたい。他の人との対話によって観察力を深めたい。参加者の年齢層のターゲットをシニア層、学生、一般と分けて、共感やコミュニケーションを活性化させたい。参加者自らの「発見」を促したい。
思いはどんどん膨らんでいったが、本当に参加者のためのプログラムなのだろうか?私たちの思いを実現するだけのプログラムになっていないか?
■不協和音■
3時間のプログラムに「造形ワークを取り入れることは、目的とテーマに沿っていないのでは?」とのアドバイスがスタッフからもあがった。だれのために?どんな体験を?今一度目的に立ち返る必要があった。しかしながら、何度もミーティングを重ねたがなかなか結論がでないまま硬直状態が続いた。
痺れを切らしたメンバーがひとり去り、ふたり去り・・なんと最後に残ったコアメンバーはたったの6人という有様だった。ラボの目指す所はどこなのか?参加者にどういった体験を持って帰っていただきたいのか・・なぜ纏まらない。先が見えないミーティングが続き、メンバー内にも不協和音が鳴り響く。開催日が迫っているにも関わらず実施内容がまとまらず焦りが生じていた。メンバーのほぼ全員がフルタイムで働いているため、ミーティングも仕事から帰宅後の深夜に及ぶことも度々だった。
■参加者の<よくみる>へ■
果たして、実施に至るのだろうか・・だれもがそんな危惧を抱いていたはずだ。だが、一人として諦めない。とにかくなんらかの共通点を見出して実施させるのだ、との思いだけは持ち続けた。
そんな硬直状態から抜け出せたのはトライアルで石を使ってみた日だった。もっとシンプルにいこう!石の彫刻作品をよくみてもらおう!そのためには、実際に石に触ってもらい、彫刻を様々な角度からみてもらう時間をもとう!実施日まで僅か1か月と少しを残して、各々が拘っていたやりたいことから、参加者に体験してもらいたいことへと急転換を果たしたのだった。
方向性が決まった後は、更に怒涛の日々が待っていた。タイムスケジュール、広報文、広報文に併せたビジュアル、準備物、ファシリテーションの練習、全体の司会、スライド、ワークシート、各グループの作品の絞り込み、展示室でのルートの確認・・とびラー全体への毎回のミーティングのお知らせと議事報告も欠かせない。朝に夕にメンバーが手を動かし、一つひとつクリアーしていった。
■ 共有の喜び ■
いささか赤裸々な内輪話に紙面を割いてしまったが、本番当日に戻ろう。作品を<よくみる>をテーマに据えた本番。プログラムの流れの中で、参加者が<みる>ことに集中し、他者の<みた>ことにもまなざしを注いでいく過程を、アート・コミュニケータは<みていた>。
一心に作品と向き合う参加者を。一つの作品を様々な角度や距離から眺め、クリップボードに挟んだワークシートに書き込む姿を。作品の前に佇み作品と対話し作品からの声を聴くかのようにじっと動かない後ろ姿を。ワークシートに詳細に書き込まれたスケッチを。誰かの発言にじっと耳を傾け頷く仕草を。そんな見方があったのだ!という驚きの表情を。熱のこもった発言の共有を。付箋に書かれたそれぞれの発見を。そして発見を共有しあえた喜びを!
■ 感じ方は自由 ■
語られた言葉と、語られなかった言葉。「みること」そして「みたもの」は、人それぞれ。なにをみるか、なにをみたか、なにを感じるか、なにを感じたかも十人十色だった。
「彫刻作品が苦手でしたが、面白いと思うことができた」
「参加された方々の発言から、違う見方ができた」
「自分一人だと気が付かないことも、みなさんと共有することで新たな気づきがあった」
「長い間埋もれていた土の下から掘り出された遺跡のようだった」
「石の彫刻は、坐禅みたいだなと思う」
「石なのにあたたかい」
「なんだか懐かしい気持ちになった」
「いろんな方法(道具)で石の表情の違いを出せるんだなぁ。石の世界、奥が深い」
「石の塊の中に、円空仏の様に魂の入ったものが宿っているように感じられた」
「宇宙を感じた」
こんな言葉が並ぶアンケートを読んで、実行メンバー一同、本当に実施できたんだ!楽しんでもらえた!そして、テーマとして掲げていたとおり作品をとてもよくみてもらえた!ほっとすると同時に、やり終えた充実感に胸が熱くなった。
■『発見の道:参加者』■
「《無題》は無限大!」と記してくださった参加者Uさん。後日お話を伺うと、「いままで《無題》に対して少し無責任で否定的に感じていましたが、あの日以来《無題》に対して慈愛を感じています。」
無題であるからこそ見る人の解釈を無限に広げ、見る人と見られる作品の間により豊かなやり取りが生まれるのかもしれない。
「《発見の道》という作品を観ることを通して、自分がぐるぐるとまわってながめる、その動線がまさしく“発見の道”だと感じた。作品との関わりに、自分が“参加”できた感覚があって嬉しかった。事前にみなさんと対話していたからこそ」と記してくださった参加者Sさん。
《Void》を鑑賞したKさんはこう綴る。「Void(虚)」などと言っている場合ではない。柔らかに出現したその扉は、まだ地中から全貌を現してはいないものの、充分に妖しく異世界へ誘う。横から見たときにしかわからない、縦方向のレムニスカート(永遠を示す∞)を秘めたその異世界への入り口をくぐれば、もう知らなかった昔には戻れないだろう。この《Void》の前では踵を浮かせることしかできない、一歩を踏み出す覚悟がまだないのだ。しかし、そこはエンデの示唆した虚ではなく、がらんどうでもないのだろう。くぐったら最後、深く深く沈んでいく予感がする、グレーの霧の中へ。あたたかな、そして何も弾かれることのない、グレーの世界へ。」
■『発見の道:とびラー』■
新型コロナウィルス感染症の発生以来、展示室内で作品を目の前にして対話をしながら鑑賞することができなくなった。展示をみた後、ご飯を食べながら、お茶を飲みながらのおしゃべりも出来なくなった。感じたこと、思ったことを共有できる場がどれだけ貴重な場であったかを強く感じていた。本プログラムでは、作品を目の前に対話することは叶わなかったが、別の場で、みたこと、感じたことを共有し、ともに発見をわかちあうことができたプログラムだったと自負している。
「人と人」「人と作品」「人と場所」をつなぐ活動をしているアート・コミュニケータとして、この日は様々なつながりをダイレクトに感じ、その醍醐味に触れることのできた貴重な一日となった。「眼差しを共有」し「ともに在る」ことが出来た時間だった。
そして、その場を実現するために、なにがあっても諦めなかったラボメンバー。リハーサルや当日のプログラムをサポートするために駆けつけてくれた仲間の面々。毎回のミーティングに参加し貴重な意見をくれたメンバー達。温かく見守り、応援してくれた多くのとびラーとスタッフ。
本番にいたるまでの紆余曲折、右往左往。「発見をわかちあおう ~イサム・ノグチの作品を辿る~」このとびラボの過程において、時に声を荒げ、時に沈黙し、時に反目し、時におおいに笑いあった仲間たち。性格も、好みも、得意なコト、苦手なコト、バラバラなメンバーが、お互いを認め合い、信頼のおける仲間としてそれぞれを見出していった “発見の道” でもあったのだ。
写真:黒岩由華(9期とびラー)、他
執筆:卯野右子(8期とびラー)
みているようでみていない、きいているようできいていない。
「みること」 そして 「きくこと」
みる、見る、観る、診る、視る、看る・・
きく、聞く、聴く、訊く・・
目や耳だけでなく、意識をむけるとみえてくる。
音や声がきこえ、気配や命を感じ、響いてくる。
世界は美しさにみちあふれている ー そんなことを教わったラボでした。
2021.08.11
【開催報告】『おいでよ・ぷらっと・びじゅつかん』
2021年コロナ禍の夏休み、8月11日にとびラーによるプログラム「おいでよ・ぷらっと・びじゅつかん」を開催しました。
お盆休みの昼下がり、東京都美術館アートスタディルームでとびラー10名が、学校がしんどいと感じているこどもとその保護者をお待ちしていました。
◼️どんなプログラム?
「おいでよ・ぷらっと・びじゅつかん」は、小学3年生から中学生までの年齢の、学校に行ってる子も、行きにくいと感じている子も、たまに行ったりしてる子も、行っていない子も、みんなが対象です。
「社会」の中には、学校だけじゃなくて、いろんな場所があるよ、「自分の居場所」のひとつに「美術館」があるよ、ということを伝えたいと考えました。とびラーとの活動を通して、美術館という場所を知ったり、心地のいい過ごし方に出会ったりすることで、こどもたちが好きな時に”ぷらっと”美術館へ来られるような回路を作りたい、そんな想いを同じにするメンバーでプログラムをつくりました。。
こどもととびラーがペアになって、美術館をおさんぽするように巡りながら、こども自身の関心に沿って美術館での過ごし方をみつけていく、オーダーメイドのプログラムです。
とびラーは、美術館への好奇心を育むアートカードなどのツールを用いながら、こどもの関心に耳を傾けて活動に寄り添います。
◼️ようこそ!とびラーとの出会い
一組、また一組と、それぞれのペースで、こどもと保護者の方がアートスタディルームにきてくれました。受付時間を13:30〜14:30と1時間とることで、それぞれのペースで無理なく来てもらえるように設定しています。
わたしたちとびラーは美術館まで足を運んでくれたことを、「ようこそ」とむかえました。消毒と受付を済ませた後に、本日一緒に活動をするとびラーと出会います。
当日を安心して迎えられるよう、こどもが好きなこと、苦手なことなど知っておいてほしいことを申し込みの時にお聞きしていました。そして、開催日の10日前には事前のお知らせとメッセージ付きのとびラーの写真を送っていました。
◼️お互いを知り心をほぐす時間
おさんぽにでかけるまえに、アートスタディルームで、お互いの心をほぐす時間をとりました。
本日の「お気に入りボード」に気に入ったアートカードなどをのせていきます。どのへんが気に入った?とお話をすることで、こどもの関心に耳を傾けながら、美術館さんぽへのワクワク感を高めていきました。
この日は、東京都美術館で開催中の「イサム・ノグチ 発見の道」展もおさんぽの行き先のひとつです。
心をほぐす時間の中に、石を介してお話をする、という活動も取り入れました。
色や形、手触りなどひとつとして同じもののない、複数の石の中から、自分の好みのものを選び、その石を紹介し合うことで、お互いのことを知り合いながら、「イサム・ノグチ展」での石や金属などの抽象彫刻と出会うための準備をします。
初めは緊張していたこどもも、お互いの好みを知り合ううちに、少しずつ心がほぐれてきたら、アートスタディルームを出発して、いよいよ美術館の中に出かけていきます。
◼️おさんぽ探検に出発!
これからの時間は美術館の中で「お気に入り」をみつけます。作品でも場所でもOKです。みつけたらiPadで撮影をします。
とびラーと相談をしながら行き先を決めていきます。
さあ、こどもと伴走とびラーのふたりで美術館をおさんぽ探検です!
東京都美術館内をおさんぽしていますね。このペアももう一組のペアも「イサム・ノグチ展」にも足を伸ばしました。
◼️来てくれたことに感謝
一方アートスタディルームでは、また一組、そしてもう一組とおむかえしていました。
中には、人混みや初対面の人が苦手というお子さんもいらして、おさんぽには行かないというケースもありました。
わたしたちのプログラムに興味をもって申し込んでいただけたこと、勇気を出してここまで来てくれたこと、少しの時間でも一緒にお話しできたことが、わたしたちとびラーにとっても、とても貴重な時間となりました。
用意しておいた「おいでよ・ぷらっと・びじゅつかん」特製パスポートと今回は「ミュージアム・スタート・あいうえの」の「ミュージアム・スタート・パック(こどもたちが上野公園にある9つのミュージアムを楽しく活用するために開発されたスターター・キットです。)」をその使い方の紹介とともにお渡ししました。特製パスポートは本物のパスポートそっくりで、裏表紙のねこの消しゴムスタンプや東京都美術館の記念スタンプをこどもに押してもらい「楽しかったな、また美術館に来たいな。」と思ってもらえるように願いをこめて作成したものです。
これからも、美術館や上野公園に遊びに来てほしいな、という私たちの想いを伝えました。この日は、おさんぽには出かけませんでしたが、美術館の正面入り口の側にある「記念スタンプ」を押してくれました。
初めての場所で、初めて出会うとびラーにドキドキしながらも、美術館へきてくれて本当にありがとうございました。
◼️保護者もおさんぽ
さて、こどもたちがでかけていた間、保護者はどうしていたかといいますと、保護者担当のとびラーが、美術館の過ごし方のひとつのお楽しみとして、館内のおさんぽにおさそいしました。わたしたちとびラーは、美術館の中にある、魅力的な場所や空間、過ごし方、楽しみ方をしっています。
こどもととびラー、保護者ととびラー、それぞれが同じ時間に東京都美術館をおさんぽします。このプログラムで大事にしたことのひとつとして、こどもはこども、大人は大人、それぞれの時間を過ごしてもらいたい、ということがありました。
こどもだけではなく、保護者も美術館での過ごし方や楽しみ方と出会い、お互いに今日の出来事を報告しあうことで美術館がより身近に感じられるようになったり、「また行こう」と思ったりするきっかけになって欲しいと考えていました。
とびラーは1年目の基礎講座で人の話を「きく」ことをできるよう学んでいます。
とびラーと一緒に過ごすことで、お話しながら、保護者も美術館の「お気に入り」がみつかるとうれしいです。
◼️おかえりなさいからのお楽しみ
おさんぽからアートスタディルームに戻ったら、まずは一息ついて、歩いてきた感想をお話しました。
おさんぽで見つけた「お気に入り」の写真をiPadで確認します。撮ってきた写真の中で1番のお気に入りをチェキプリンタ(iPadから出力できるインスタントプリンター)で印刷しました。
かわいい手のひらサイズの写真です。
出力を待つ間、今日の記念として、特製パスポートに「日付スタンプ」ととびラーお手製「おいでよスタンプ」も押しました。
とびラーも、先に用意していた自分の「お気に入り」写真を「お気に入りボード」にのせて、お互いの「お気に入り」についてお話しました。はじめのワークの石についてもふりかえってお話していました。
「どんな場所が気に入った?」 写真で今日のおさんぽをふりかえって話しているときに、別行動だった保護者には席に戻って、お子さんがどんな時間を過ごしたか感じていただきました。
さいごに、これからも上野公園のミュージアムを楽しんで欲しいという想いを込めて、あいうえのの「 ミュージアム・スタート・パック」をお渡ししました。ミュージアムへ行ったら、冒険ノートに気になるものを書いたり、貼ったりすることができます。これからも自分だけの「お気に入り」を探してほしいと思っています。
今日は、とびらプロジェクトのとびラーによる「おいでよ・ぷらっと・びじゅつかん」にお越しいただき、本当にありがとうございました。
わたしたち「おいでよ・ぷらっと・びじゅつかん」のメンバーは、学校がしんどい、自分がそうだった体験やお子さんに付き添ってきた体験談、はたまた先生や社会の中の大人として見守ってきた経験など、それぞれの立場からのお話をきき合い、とびラーとして美術館でどんな時間を過ごすのが好きなのか、思い出話も含め共有しました。その共有した時間が、このプログラムの軸となりました。美術館の楽しみ方を知っている親でも先生でもない大人であるとびラーが社会の中でこどもたちに関われる形を考えました。
とびラボとして「この指とまれ」したことは、あいうえのなどでこどもと一緒に活動したワークショップでの経験が大きく影響しています。また、いろいろなとびラボを通して共通体験してきたとびラー同士の信頼にも背中を押してもらいました。今までのとびラーがつくりあげてきたことがつながって、このとびラボに集ったメンバーだからこそのプログラムができました。
今回の実施にあたって、とびらプロジェクトやとびラーから広報したことにより、さまざまな方面から激励や共感の声をたくさんいただきました。次につなげていきたいです。
門田温子とびラー9期
プログラム開催中の写真/黒岩由華とびラー9期
2021.07.31
皆さんにとって、美術館って必要ですか?
そんな問いかけから、とびラボ『ともにつくる鑑賞の価値』は、はじまりました。新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちと美術館を取り巻く日常を、一変させてしまいましたね。いくつもの展覧会が中止・延期になり、開催できても事前予約制に……このコロナ禍で、様々な変化がありました。
以前のように「誰かを誘って、美術館にいく。鑑賞後に、お茶を飲みながら語り合う。」といった過ごし方も、なかなか思うようにできず、もどかしいことでしょう。
そんないまこそ、“アート・コミュニケータ”ができることが、何かあるはずだ……!
このように考えた私たちとびラーは、改めて原点に立ち帰り『美術館における、鑑賞の価値』について、みんなで考えることにしました。
『美術館における、鑑賞の価値』とは、どこから生まれるのか、“作家”や“学芸員”だけが作るものなのだろうかーーメンバー同士で対話を重ね、たどり着いたひとつの答えは、このようなものでした。
『美術館における、鑑賞の価値』は、
鑑賞者(来館者)がいて、はじめて実体化するものだ。
そして、それは「対話」によって、より豊かなものになるだろう。
一方、美術館には“本物の作品”があります。“本物の作品”との出会いは、そこでしか体感できない“生の感動”を生んでいきます。この普遍的な事実は、どんなに日常が変わっても、変わることはないでしょう。
そこで私たちは、「コロナ禍の東京都美術館で、来館した方々とともに、より豊かな“生の感動”を味わえる機会を作れないだろうか」と考えます。そうして生まれたのが、【鑑賞者が、鑑賞後に、作家・作品について語り合える場】です。
ー 一人ひとりが得た“生の感動”を、誰かと分かち合える
ー その“生の感動”を、誰かと語り合うことで、何倍にも味わえる
そんな場を作りたい!と思いをこめて、7月末に1日限りのワークショップを行いました。
ワークショップの名前は、
語りませんか、あなたがみつけた「イサム・ノグチ 発見の道」。
特別展「イサム・ノグチ 発見の道」を訪れた来館者と、気兼ねなく『あなたがみつけた「イサム・ノグチ 発見の道」について語り合うというものです。展覧会を鑑賞してきた参加者12名と、とびラー10名がグループに分かれ、展覧会を見て気づいたことや、作品・空間から感じたことについて語り合いました。
今回のワークショップ会場は、展示室ではなく、館内施設の「アートスタディルーム」。1つのテーブルに、参加者2名+とびラー2名が集まってお話をします。まずは自由にゆったりと、「自分のお気に入り」の作品を紹介しあいました。
ー なぜ、その作品が「好き」なの?
ー どんなところが、魅力的だと感じているの?
一人ひとりが「自分のお気に入り」の魅力を共有し、深堀りしていく……
すると、それまで自分自身の頭に留めていなかった作品に対しても、どんどん関心が深まっていきました。
「美術館でのワークショップなのに、展示室の外での活動なの?」
このような疑問を抱く方もいるかもしれません。本来であれば、実際に展示会場を巡りながら、グループで作品について語り合いたかったのですが……感染症防止対策のため、展示会場内での、複数人で語り合うコミュニケーションは避けることにしました。
しかし私たちは、「展示室に行かなくても、ともに鑑賞を味わうことはできるのでは?」と考え、【語りあいの場を作る】という方法を取りました。語りあうことで、お互いの鑑賞を追体験できれば、自分の体験以上の感動を味わえるのではないか?と考えたのです。
参加者は、ワークショップを通して、【自分の記憶の像を、頭の中で再構築し、わかりやすい言葉で伝える】という体験を重ねます。どうすれば、相手に「好き」が伝わるかを考えながら、もう一度作品と出会い直していきました。
「好き」を交換しあう時間は、とても豊かなものです。気がつけば、テーブルには笑顔がいっぱいになりました!「好き」と「好き」が重なり合うことで、みんなの心に「イサム・ノグチ」の作品の魅力が、じんわりと広がっていきました。
館内マップに、自分のお気に入りの作品のところにシーグラスを置いて、マッピング。一人ひとりの「好き」が重なり合っていき、鮮やかに色づいていく。
はじめまして同士でも、「好き」を語り合うだけで、自然と人は笑顔になる。
「好き」を語り合っていくなかで、段々と参加者の関心は「イサム・ノグチ」という作家自身に移っていきます。
ー イケメンだし、モテそうだよね。(作品からも)愛を感じる。
ー 奥さんを描いた作品は、他の作品に比べて具体的な作品だった。
ー 「イサム・ノグチ」が、オリンピックに携わったとしたら、どんなシンボルにしただろう。
「イサム・ノグチ」とはどのような人物で、その人柄は作品にどのように反映されているのか……対話を重ねていきます。すると、徐々に、「作品」だけでなく、「作家自身」に歩み寄っていくことができました。
作家」に歩み寄ることは、またさらに「作品」との距離も近づけていく。
なかには、中学生の参加者も!初めて訪れる東京都美術館を、展示と対話でたっぷり堪能。
また、あるテーブルでは、展示室ごとの世界観の違いに注目し、展覧会そのものを作品として味わっていました。
ー この展覧会は、全体を巡ることで、時の移ろいを感じる。
ー 展示室ごとに、周囲からの影響を受けているもの、より商業的なもの、「素材」そのものと向き合っているものがあるなと感じた。
ー 最後の展示室って、集大成的な場面なんじゃないかな。「作家」として成長し、より“素材”そのものの魅力に向き合っている感じがする。
それぞれの展示室で感じたことを語り合い、そこから「作家」と「作品」、「素材」との関係性がどう変化したのかを想像しました。
そこで語られた言葉は、情報としての「知識」ではありません……
体験から得た“生の感動”が紡ぐ、私たちの中の「イサム・ノグチ」の物語です。
しかし、その豊かな対話によって、時の流れを旅するように、改めて展覧会そのものを味わうことができました。
写真や図録を見返しながら、それぞれの展示室で何を感じたのかを語り合う。
他の参加者の「発見」も取り込みながら、頭の中で展覧会での物語が再構築されていく。
誰かの「発見」が、私の「発見」になり、新たな感動が豊かに広がっていく。
最後に、今日の体験を経て心に残った自分にとっての「発見」を、大小様々なサイズの、丸いカードに書き記しました。一人一人が頭の中で再構築したもの、誰かにシェアしてもらったもの、みんなの経験が混ざり合って生まれたもの……様々な形をした「発見」をアウトプットとして形に残します。
あれ?この形、この色合い、どこかで見たことがあるような……
書き上がったカードは、闇色に広がった布の上へ……
すると、あら不思議!まるで、展覧会冒頭に展示されていた「あかり」のように、発見という名の“あかり”が灯りました。参加者からも、「わぁっ!」という歓声が上がります。
誰かの“あかり”が、また別の誰かの“あかり”を照らすように……
他の参加者の言葉を追うことで、鑑賞を追体験し、新たな交流を生み出していく。
“生の感動”を、分かち合い、語り合うことで、もっと豊かに、何倍もの感動を味わえる!
ワークショップを通して、私たちは改めて『美術館における、鑑賞の価値』を実感します。それはつまり、【美術館は「作品を見る」だけでなく、「誰かとつながり、語り合う」という場所としての価値を持っている】ということーー
ちなみに、今回の参加者からは、体験後このような声がありました。
ー 他の人と意見を共有し、共感したり、違った意見を持てたので楽しかった。
ー 他者の意見を聞いて、発見がありました。
ー よくわからないって思った作品の素敵ポイントが見えたり、共感する時間が持てた。
皆さんも、作品や空間を通して、“生の感動”を味わってみませんか。
家族、友人、恋人……どなたとでも構いません。一緒に美術館に行った誰かと、いつもよりもじっくりと、気づいたことや、感じたことを、素直に語り合ってみてください。
そうすることで鑑賞はさらに深まるはず……きっと、皆さんの心の中に“あかり”が灯ることでしょう。
そんな風に豊かに広がっていく『鑑賞の価値』を、皆さんにも実際に実感してもらえたら嬉しいです。
執筆:大石麗奈 撮影:黒岩由華
外国の美術館の「何かするために訪れる」のではなく、「何となく立ち寄りたくなる」雰囲気が好きな、9期とびラーです。やわらかい未来を目指して、地域や人をあたたかく繋げられる存在になれたらいいな、と思っています。
2021.07.18
特別展「イサム・ノグチ 発見の道」を観て、気づいたこと、感じたことを語り合いませんか?
コロナ禍で誰かを誘って美術館にいくこと、話をすることをためらうご時世ですが、だからこそ、美術館で鑑賞した後に気兼ねなく話せる場をつくりたいと思いました。
小さなグループにわかれて、他の参加者と、展覧会や作品から発見したことを語り合い、共有するひととき。
それぞれが発見したことを重ね合うことで美術館での鑑賞をより深く、特別な記憶として持ち帰っていただけたらと思います。
日時|2021年7月31日(土)15:00〜(1時間程度)
受付時間|14:45〜
会場|東京都美術館
集合|東京都美術館 交流棟2階 アートスタディールーム
対象|どなたでも(ただし、小学生以下は保護者同伴でご参加ください。)
定員|先着15名
参加費|無料
参加方法|事前申込制[7月30日(金)〆切]
事前申込制。以下の専用フォームよりお申し込みください。
(7/30|申し込みを締め切りました)
※ワークショップ内での展示室の観覧はございません。
※ワークショップ開始前に、各自事前に特別展「イサム・ノグチ 発見の道」を観覧の上、ご参加ください。
※広報や記録用に撮影・録音を行います。ご了承ください。
※申し込みのキャンセルは、以下までお願いします。
メールアドレス:p-tobira@tobira-project.info
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<ご参加にあたってのお願い>
会場となる東京都美術館では、美術館を利用するすべての方の安全と安心のため、新型コロナウイルス感染症拡大防止に関する取り組みを行います。
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○来館者全員を対象に、非接触型温度計による体温測定を実施します。37.5℃以上の発熱が確認された方、及び風邪症状(咳、咽頭痛)がある方、明らかに体調不良と思われる方については、入館をお断りさせていただきます。
○過去2週間以内に感染が拡大している国・地域への訪問歴のある方は来館をお控えください。
○ご来館の際には、マスクの着用をお願いします。
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東京都美術館における新型コロナウイルス感染症予防対策についてはこちらをご覧ください。