東京都美術館× 東京藝術大学 「とびらプロジェクト」

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「とびらプロジェクト」フォーラム・当日の記録映像を公開します

2018.02.03

平成30年2月3日に開催した「とびらプロジェクト」フォーラムは終了しました。ご来場頂いたみなさま、ありがとうございました。

フォーラム当日の記録映像が出来上がりましたので公開します。是非ご覧ください。

 

第7期とびラー 応募受付は、2月13日(火)消印有効です。

 


とびらプロジェクトフォーラム「アート・コミュニケータ奮闘記ーうまくいったり、いかなかったり」
詳細はこちら

 

1. とびらプロジェクトとは?…大谷郁

 

2. アート・コミュニケータが語る自分のはたらき

…(語り手)工藤阿貴・亀山麻里/山木薫・山﨑奈々/太田代輔・小田澤直人・近藤乃梨子/
小野寺伸二・小松一世
…(聞き手)西村佳哲・稲庭彩和子

 

3. パネルディスカッション「うまくいったり、いかなかったり」を支える人のつながりとは?

…日比野克彦・西村佳哲・森司・稲庭彩和子・伊藤達矢

 

4. オープン・スペースカフェ

 

 

 

 

写真撮影:中島佑輔

【開催報告】「なりきりアーティスト」東京藝術大学卒業・修了作品展

2018.02.03

2018年2月3日土曜日、東京藝術大学卒業・修了作品展において、「なりきりアーティスト」を開催しました。
「なりきりアーティスト」とは、藝大生が制作した作品をワークショップ参加者が作ったと想定して、参加者の皆さんに作者になりきってコンセプトや作品タイトルなどを語ってもらうワークショップです。例年につづき今回で3回目の開催となり、6名の様々な”なりきりアーティスト”さんに参加していただきました。

 

開催日である2月3日は節分の日、明日は立春という天気の良い春めく日でした。そして第66回目にあたる東京藝術大学卒業・修了作品展の最終日。東京都美術館や大学構内は学生の集大成である作品を観に来る人々で大賑わい、そしてエネルギー溢れる作品たちを感動した面持ちで鑑賞していました。
そんな中、応募してくださった皆さんを大学美術館前にて待つとびラー。

 

ポカポカ暖かくて、これから楽しいワークショップが始まるワクワク感が増します。さて、今年の「なりきりアーティスト」はちょっとした「仕掛け」をご用意しました。受付にてグループ分けされた参加者の方々に、なりきっていただくための小道具をお配りしています。ベレー帽やアーティスト風メガネなど、お好きなアイテムを選んで身に付けていただきました。みなさん、喜んで身につけるあたりにさすがのやる気を感じます。「なりきろう!」と応募されてきただけあって、楽しもうという姿勢が圧巻です。

みなさん集合されたところで、これからのワークショップの流れを説明。

今回は、1グループ3名の参加者に対して、3名のとびラーが付き添います。
2つのグループに分かれて、それぞれ1つの作品を鑑賞します。その後、鑑賞した作品の作者に一人一人がなりきって語り、お互いの発表を聞きあいます。

 

はじめに2グループに分かれて自己紹介とアイスブレイクです。
もうこのあたりから、参加者の皆さんのわくわくした面持ちが伺えます。
グループごとに大学美術館の地下へ降りていきます。

まずはグループごとに、自分が作者に「なりきる」作品を鑑賞します。鑑賞のポイントは以下の3点に絞って考えます。

1. どうしてこの作品を作ったの?

2. みんなに見て欲しいポイントは?

3. もしあなたがタイトルをつけるとしたら?

上の3点が書かれた「ヒントシート」にメモをしながら鑑賞していきます。

 

こちらは「おさるチーム」の様子。


立体の作品を前から後ろからじっくり観察しています。

 

こちらは「ぶどうチーム」。
大きな絵画の前でじっくりと作品を鑑賞しています。

 

ゆっくりと鑑賞し終えたら「なりきり」発表です。まずは絵画作品の「ぶどうチーム」から。発表をしてもらう方には「なりきりマイク」と「なりきりタスキ」をかけていただきました。

みなさん堂々と自分が描いたのかのように作品について語ってくれました。

お話ししてくださったのは、こんなこと。

・ぶどうがワインになる直前の輝きを表し、「これからの豊穣」と「果物のこれから」を考えて描いたと想像した。
・自分を病床から復活させてくれた「種無しぶどう」を描きたかったが、不作のため用意できず、「種ありのぶどう」を描いた。
・ワイナリーを経営しながら、素材のぶどうについて勉学しながら描いた作品である。

どれもこれも、とてもユニークな「なりきり」発想に、会場には笑いが絶えません。

 

他の参加者からの質疑応答はインタビュー形式で行います。活発に質問が飛び交い、その質問にも作者になりきって答えていただきました。

 

そこへ、その様子を見ていた本物の作者が登場!みなさんの想像の豊かさに驚き、頷き、真剣に見入っていらっしゃいました。そしてとても楽しかった様子です。
まずはみなさんのなりきりに関しての感想、そして”本当の”コンセプトや絵に対する想い、また、絵を描いている時に考えていることなどを語っていただき、その後みなさんからの質問にも丁寧に答えていただきました。

 

 

次に全員で「おさるチーム」の作品の場所へ移動します。こちらは立体の作品です。


複数体の猿をモチーフに作られたこちらの作品では、キャラクター同士の関係性を想像する人も多かった様子。みなさんがつけた作品のタイトルにも注目が集まりました。

・祖父との思い出が作品になった「あの日のリアル」
・思い出のある動物園が壊され、新しい建造物が立つことに異議を唱える作品「建設反対」

・人間関係のストレスから退職した人が、そのエネルギーをものづくりへと変換した作品「どこ見てんだよ」

どの方も堂々とアーティストに「なりきって」、独自の視点と発想で、見て感じたことを語っていました。

 

こちらの作品でも、最後に本物の作者が登場。発表中は横の方で、自分の作品がどう語られるのか、興味津々で見守っていらっしゃいました。
こちらもみなさんの「なりきり」の感想から始まり、作品が語るストーリーや、制作過程での秘話、技法についてなど詳しくお話ししていただきました。

本物の作者のお話に、みなさん真剣に聞き入り、質問をしたりと、自分自身が作者に「なりきる」からこそ深く考えたやりとりが続きます。

 

最後に会場の外にて、グループごとにワークショップの感想を共有し、本物の作者の方々へ応援のメッセージを書いていただきました。

これにて「なりきりアーティスト」は終了。終始和やかに楽しく、和気藹々とした雰囲気でした。

今回参加してくれた藝大生の作家のお二人からのメッセージの一部抜粋をご紹介します。

 

「参加なさっていたみなさんがおっしゃっていた言葉のどれもが、
私自身が作品について考えている一側面でもあったので、
ひとりひとりの発表内容から、大変多くのことを学ばせていただきました。」

 

「普段の展示では聞けないような違う視点からの感想を聞くこともできて、
新しい発見もありつつとても勉強になりました。
参加者の方々も楽しく感想を述べてくださっているようで良かったです。」

 

じっくり作品と向き合った参加者みなさんの視点によって、作者の方も、また私たちとびラーも、いろいろな解釈に驚き、納得し、楽しめたことは言うまでもありません。とても素晴らしい「なりきりアーティスト」さん達でした。また、そんな参加者の言葉を真摯に受け止めていただいた藝大生のお二人にも感謝いたします。

 

美術作品を観るときに、「もし自分だったら、なぜこの作品を作るのだろう?もし自分が作ったとしたら、どこを一番観て欲しいのか」などと考えながら観ることは、その作品を深く鑑賞することに繋がるのではないかと思っています。また作者にとっても、卒業・修了制作にあたる作品で鑑賞者にそのように観てもらい、どんな風に感じてもらえるのかを知ることは希少な体験で、これからの作品制作や美術とともに歩んでいく過程のなかでプラスになることもあるのではないかな、と考えています。

そんなことを思いつつ、その日、その時初めて出会った方々と、作品を通して感じる心の違いを尊び楽しめたらいいなと思っています。とびラーにとっても、みなさんの素晴らしい感性に触れて寄り添わせていただけることは貴重な体験で、新たな価値の創造に繋がっていると思えるのです。

 

あなたもぜひ「なりきりアーティスト」の体験をしてみませんか?

そして、またいつか「なりきりアーティスト」でお会いしましょう。

 

ごきげんよう。

 


執筆:アート・コミュニケータ(とびラー)上田紗智子

アートとコミュニケーションが大好きで、そこを繋げることに興味を抱きとびラーに。あっという間の2年が過ぎ、最後の3年目。人とコミュニケーションしながら鑑賞する、その深さを追求していきたい。そして世界に笑いを!

【あいうえの連携】平日開館コース:北区立稲田小学校6年生(2018.1.31)

2018.02.02


2018年1月31日(水)、北区立稲田小学校の6年生19名が、Museum Start あいうえのの学校プログラムに参加し、「東京藝術大学卒業修了作品展」を鑑賞しました。
プログラムの様子はこちら→
(「Museum Start あいうえの」ブログに移動します。)

【開催報告】藝大卒展さんぽ、今年も開催しました!

2018.02.02

藝大生の卒業・修了作品を展示する「東京藝術大学 卒業・修了作品展(通称:藝大卒展)」が2018年1/28(日)〜2/3(土)の期間で開催されました。それに合わせて、とびラーの「藝大さんぽ」というプログラムを会期中に4回開催しました。卒展をとびラーと一緒に「さんぽ」するこちらのプログラムは今年で5回目の開催です。藝大生の方々にもたくさんのご協力をいただき、今年は4日間で約42名の来場者の方にご参加いただきました。

 

ということで!これから今年の「さんぽ」の模様をお伝えしていきたいと思います!

今年の藝大卒展は、休日に会期が始まり、平日の開場期間が長いスケジュール。初日は日曜効果も加わって、会場は大いに混みあっていました。とびラーとしても、案内する作品のほとんどは卒展の初日が初対面。「さんぽ」の開催初日が一番の混雑を迎える日、というドキドキの展開から、少しずつツアーのアップデートを重ねていく四日間でした。

 

それではさんぽの様子を紹介しましょう!

まずは東京都美術館にて受付。参加者の方に藝大会場と都美会場のどちらをまわりたいか要望をうかがって、いくつかのコースに分かれて出発しました。

始めに自己紹介など、ちょっぴりおしゃべりをしながら、参加メンバーが揃うのを待ちます。

 

メンバーが揃ったらいざ会場へ。各コースは約一時間程度で、とびラーが選んだ3つの作品を中心にまわります。作品をまわりながら、とびラーと話したり、じっくり作品を見たり、藝大生と話したり、なかなか話せなかったり(笑)。

 

なにせ学生にとっては慌ただしい卒展の期間中!とびラーの計画通りに行かないこともしばしば。そんな時は、もともとのコースにはなかった作品を見たり、たまたまそばにいた藝大生に話を聞いたり、そんな行き当たりばったりの作品と人との出会いから「さんぽ」を楽しみました。

そして最後に、参加者の方から「さんぽ」のなかで話した藝大生に宛てて、メッセージを書いていただきました。いただいたメッセージは「さんぽ」の後、作品を制作したそれぞれの藝大生までお届けしました。喜んでいただけたそうですよ!

さて、ここで「さんぽ」はいったん終了ですが、とびラーはふり返りへ向かいます。各日ともそれぞれのコースの様子を共有して話し合いました。「あの場所は参加者の方が作品に触れそうになりやすくて危なかったよ!」というような情報共有から、「どうしたら今日のさんぽはもっとよくなったんだろう…」といった相談まで、毎回のふり返りでとびラーも徐々にパワーアップしていったように思います。

 

実はわたし、今回が「さんぽ」の初体験でした。とびラーは今回の「藝大卒展さんぽ」や、秋の「藝祭さんぽ」など、作品鑑賞と藝大生との交流を楽しむ「さんぽ」を1年のなかでいくつか開催しています。

わたしは3日間、サポート役として「さんぽ」を支えましたが、ナビゲートするとびラーによってさんぽの内容も雰囲気も様々でびっくり!お話しする学生との事前のアポ取りをはじめ、道順や時間配分まで入念なコースを計画するところもあれば、集まった参加者の方の様子を見て、その場で観る作品を決めるコースもあって。

「各々のとびラーの性格やポリシーが出るんだなあ。」というのが、色んなコースをみたわたしの実感です。「藝大生インタビュー」で制作段階を取材したとびラーの「作者の想いを伝えたい」という気持ちがほとばしる瞬間を目の当たりにしました。また、卒展を参加者の方にどう体験していただこうか、と考えるとびラーの熱い想いに胸をうたれました。

とはいえどんなに準備をしていても、参加者の方に合わせて「さんぽ」は変わっていきます。参加者にとってはどんなとびラーに出会うか、もちろん私たちとびラーもどんな参加者の方と出会えるか、それに作品と藝大生まで加わって、本当に一期一会。参加者の方の質問によって、私では引き出せなかったような話を藝大生から聞くことができたり、予想を裏切る楽しさがありました。

「さんぽ」を終えた後、ある参加者の方が会場に残って卒展をまわっているのを発見。そっと様子をうかがえば、なんと藝大生を新たに捕まえて質問攻めに!なんだか頼もしくすら思えました。その他にも「美術館の歩き方を教わりました!」という声や、「美術作品との関わり方を見つけられた」という感想も。

ひとつの作品をじっくり見て、考えて、作者と話す体験が、参加者の方にとってなにかの扉を開くきっかけになったようでとても嬉しかったです。言葉にすると簡単なようですが、意外となかなか無い体験ですもんね。これがわたし達アート・コミュニケータの醍醐味なのかしら、なんて。

さて卒展最終日、まだまだ観てない作品ありすぎ!と足早に観てまわっていたところ、同じく足早なとびラーに遭遇。卒展期間中、何日も上野にいるのに全作品をまわりきれない我々です(笑)。

私も今年こそはまわりきってやると意気込んでいたのに、作者の方と話すことが出来たひとつひとつの作品に愛着が湧いてしまって、観るペースをぜんぜん速められませんでした。だけれども、あぁこの作品はあの人が作ったんだよな、ここで参加者の方とこんな話をしたな、とこんなに愛着を感じた展覧会は初めてで、とても心が温まりました。

「藝大生と来場者を繋げるような何かが出来ないか」という想いから始まったこのプログラム。たくさんの繋がりを生んでくれたのではないかと思います。


 

執筆:宮本ひとみ(アート・コミュニケータ「とびラー」)

ひよっことびラー気分でいたら、もう二年目。本郷で美にまつわる哲学を考えたり、上野でアートとのわくわくする関わり方を探したり。

【あいうえの連携】平日開館コース:西東京市立ひばりケ丘中学校2年生(2018.2.1)

2018.02.01

2018年2月1日、西東京市立ひばりヶ丘中学校の2年生198名が、校外学習で上野公園を訪れました。

生徒たちはまず東京藝術大学の講義室に集合。あいうえののオリジナル教材「ミュージアム・スタート・パック」が全員にプレゼントされ、30分程度のオリエンテーションを通して、上野公園の9つの文化施設の紹介やミュージアム冒険のコツ、ミュージアム・スタート・パックを活用する方法などが伝えられました。
このあと、生徒たちは7-8名ずつの班別行動となり、国立科学博物館や、恩賜上野動物園、東京国立博物館、国際子ども図書館など、班ごとに決めた上野公園内のミュージアムに向かいます。各ミュージアムがおこなうスクールプログラムに参加するのです。

プログラムの様子はこちら→
(「Museum Start あいうえの」ブログに移動します。)

【あいうえの連携】平日開館コース:安田学園 中学・高校の美術部(2018.1.30)

2018.01.31

2018年1月30日(火)夕方、Museum Start あいうえのの学校向けプログラムが行われ、私立安田学園の18名の美術部の生徒たちが、東京都美術館の特別展「ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜」を鑑賞しました。
プログラムの様子はこちら→
(「Museum Start あいうえの」ブログに移動します。)

【開催報告】さくらアート幼稚園の子どもたちと卒展を見よう!

2018.01.30

1月30日(火曜日)、さくらアート幼稚園・年長園児の皆さん32名と一緒に、東京都美術館で卒展(第66回 東京藝術大学 卒業・修了作品展)をお散歩しました。

 

当日は、とびラーと開扉とびラー(とびラーとしての任期を満了したアート・コミュニケータ)、計21名が園児の皆さんに伴走しながら、作品をお散歩するように見て行きました。

 

最初に、とびらプロジェクト・プロジェクトマネージャの伊藤さんから、ご挨拶があります。「美術館に行ったことがある人?」と聞いてみると、行ったことがある子もいれば、今日がミュージアム・デビューとなる初めての子もいました。

美術館の展示室でのお約束も、「走らない」「(作品に)触らない」といったことを知っている子どもたちもいました。

 

グループごとに、子どもととびラーたちが簡単に自己紹介した後、展示室へ向かいます。

 

展示室では、主に、先端芸術表現科と彫刻科の展示を見ました。気になる作品を見つけて、自分から積極的に動いていく子もいます。中には、作家である芸大生から作品を触らせてもらったり、質問をしたりすることもできました。

 

 

「もっと見たかった」という子や、「ここの美術館の名前をもう一度教えてください」という嬉しい言葉をかけてくれる子もいました。美術館という場所が、子どもたちにとって、ワクワクしたり、何かを考えたり、安心したりできる場所であることが伝わっていたとすれば嬉しいです。

 

 

普段はアート教室で作品をつくることもある子どもたちへ、美術を担当する先生からは「今日は色々な作品を見たけれど、今度はみんなが作品を作るよ」と最後に声かけがありました。いつか大人になった時、今日の出来事(美術館体験)が心のどこかに残ってくれていることを心から願っています。

 

(東京藝術大学美術学部 特任研究員 菅井薫)

「カタチのポテンシャルを探求する」 藝大生インタビュー2017|建築 学部4年・栗脇剛さん

2018.01.29

お正月気分の抜けきらない1月中旬、集合場所に現れたのは、スラッとした長身と、はにかんだ笑顔が印象的な栗脇剛さん。栗脇さんに案内されて総合工房棟5階へ向かうと、目に飛び込んできたのは壁一面に貼られた図面と3つの精巧な模型だった。

 

 

人々の意識からブラックアウトしたかつての外濠

―卒業制作について教えてください。

「卒業制作は今までの課題と異なり、教授からテーマを与えられるのではなく、テーマも場所も全部自分で設定します。選んだ場所は四ツ谷駅。ここは江戸城の外濠だったところで、第二次世界大戦に残った灰を埋めるために使われた場所です。かつてはインフラストラクチャー(ここでは水路)として、人間の生活の中で大きな役割を担っていたものですが、今は形骸化しています。本来の水路という機能を失ってしまった場所で、断面などの形態に注目し、どういった建築が可能かを考えました。」

 

栗脇さんは四ツ谷駅周辺のかつては濠だった広大な場所に2つのエリアを設計した。まず、駅の南側のエリアについて説明してもらう。ここは、今は上智大学のグラウンドとなっており、近隣の人々が普段訪れる場所ではない。私自身、この場所の側を何度か通ったことはあるが、うっそうと茂った植生の下にグラウンドが広がっているなど想像もしたことがなかった。ここに栗脇さんは図書館と文化交流施設という2つの建物を配置し、それらと既存の道をつなげるような橋を設計した。

 

 

「図書館はあえて丘に切り込み、地形に倣うように段々にすることによって、通った人の視界が開けるようにしています。文化交流施設も高低差のある丘にあえて介入するような形で建物を作っています。高低差を活かして上と下に入口を作り、建物内で上下を出入りすることで、地形の上下を行き来する感覚を意識しました。」

 

 

「橋を通すことによって橋の上からの視界が開けます。また、迎賓館からの道や既存のランニングコースの延長線上に配置しています。そうすることで、地域の人々や迎賓館周辺を走るランナーにとってこの場所は特異なものではなく、地域と調和しつつ、じわじわと人々の意識を変えていくものになると思います。角を一つまがった先にこうした空間が広がっていて、そこはただのランニングコースではなく、かつて人々の生活を支えたインフラだった、ということがわかる場所になればと思っています。」

「橋はアーチ橋にしています。新たな導線であると同時に、通常の橋と異なり等間隔に柱が落とされていることで、アーチの橋脚が建物の柱としても同時に機能するんです。住居とまでは行かなくても橋であり生活空間にもなる、そうした変化の仕様があります。」

 

 

確かに、栗脇さんの考えた建築構造により、川の向こう側とこっち側を分断する存在だった空間が、両者をつなげ人々が集う空間へと様変わりしていた。地域を作る建築の力というのはこういうものかと早くも感じた。

 

次に、四ツ谷駅北側にあり、現在は外濠公園となっているエリアだ。こちらはまだ水が残っている場所があり、そこにギャラリーとカフェテリアを設計していた。

 

 

「ここは外濠公園と銘打っていても、けもの道のような通路がある程度で日常的に人が通る空間になっていません。こうした空間にどういうものが作れるかを考え、今度は新しいものを作るのではなく、地形をなぞる補助線のような建築を設計しました。例えば、なだらかな坂があった場所では建築の中の廊下も既存の地形に合わせることで、ギャラリーに飾られる展示物を見ながら身体で地形を感じることができます。」

「カフェテリアを配置した場所にはまだ水が残っているのですが、植生に囲われていて容易に入ることができない上に、視界が悪くせっかくの水辺を見ることができません。財政的な理由で手入れが行き届いていないというわけではなく、日常的に視界に入っていないという環境で過ごしていくうちに人々の意識からも消えてしまうようです。そうした問題を抱えた場所に対して、地面を少し削って川を露出させてあげることで視界が開け、そこにカフェテリアなど人が集う空間を作ることで、不特定多数の人間に魅力が伝わるようになると考えました。」

 

―この空間に名前を付けるとしたら?

「完全に満足するタイトルはまだないのですが、ここはかつての大きなスケールのインフラストラクチャーに対し、人間のスケールからできる建築という意味で「フィジカルストラクチャー」といった造語を考えました。大きなスケールに対し、人間という小さなスケールから見直すことで新しい形が出来上がるというイメージです。」

 

 

―四ツ谷を選んだ理由を教えてください。

「場所の選定の際に、都内にあるあまり認知されていない遺跡―神格化されたような場所ではなく、人々の意識からブラックアウトしてしまった場所にある「忘れられた構造体」―を探しました。選んだ四ツ谷駅周辺の外濠は水が流れていないことによって、本来の外濠(水路)でもない、かといって生活空間になったわけでもないという、機能を失ってしまった空間ということに惹かれました。機能を失っているということは、自分が介入できる余地が多いということでもあると考えています。そうした形骸化したものに新しい操作を加えることで全く別のものに様変わりさせることを目指しました。」

 

遺跡、ブラックアウトした場所、忘れられた構造体、機能を失った空間…選んだ四ツ谷の街について様々な表現をする。一見するとどれもネガティブな印象を受けるが、栗脇さんの語り口はそうではない。むしろ、この逆境を楽しんでいるようにも聞こえる。

 

―栗脇さんの感じている四ツ谷はどんな街ですか?

「四ツ谷駅は中高時代に乗換駅として通っていましたが、降りたことはなかったので電車からではどういった街かわかりませんでした。四ツ谷は降りて歩いてみて初めてわかることが多いです。例えば、上智大学の手前の丘のようになっている部分に登って初めて、実は丸ノ内線が露出していることがわかります。電車や水路、学習施設が多いなど様々なコンテクストを持つ街だと思います。秋葉原や渋谷のように「こういう街」と一言で表せるようなイメージはまだつかめていません。それもまた魅力だと思っています。制作にあたって歴史も調べましたが、元々は水戸藩藩士の住居が集中する場所だったようです。迎賓館も元々は赤坂離宮です。でも、こうした歴史が現実に根付いているという空気でもなく、いい意味でつかみどころがないという街だと思います。」

 

地形と遊び、人々の居場所を作る

―構造体を作る上のこだわりはありますか?

「設計する際はどういう形が面白いかを考えます。言葉よりもイメージとして思いついたものを描いてみることが好きです。まず、既存の敷地模型を作り、そこから自由に思いつくまま切ったりはめ込んだり、その地形に対してどういう建物や道の作り方が考えうるかを考えます。設計した上の最終目標としては、そこに居場所をつくること。建築があって初めて、地域の人々がそこに介入する機会を与えられる。人々の意識からブラックアウトしていた場所に、ふっと立ち寄る機会を与えることができるのが建築だと考えています。」

 

―現場の観察から設計にいたるまで、作業としてはどのような順番で進むのですか?

「同時並行ですね。最初に現地調査に行ったときに写真をたくさん撮り、地形模型を作り、考えていく過程で確認したいことがあったら、また現地に行って写真を撮ったりします。」

 

 

「いきなりパソコンで図面を描くことから始めたら、こうした思い切った形はできないと思います。やはり、形態的なstudyを行うことで新しいアイデアを見つけやすくなると思いますし、設計していて楽しいと感じられる瞬間でもあります。切ったり削ったり自由に考え、そこから現実的なスケールに当てはめていき図面化していきます。最初に自由に形を考えながら、少し現実的にもとらえられる、形態的なstudyを重視しています。」

 

精巧な地形の模型を作り、手を動かしながら地形にあったカタチを探すことをstudyと語る。その言葉とまなざしからは、少年のように純粋にその過程を楽しんでいることが伝わってきた。

 

 

―こうしたものを思いつくまでにはどのくらいの時間がかかるのですか?

「モノによります。例えば、この丘に介入した四角いハコはすぐ思いつきました。まず地形としての丘を作ってみて、そこから削ってみようか、道を通してみようか、介入させてみようか…など色々試し、さらに整理していって、こちらの文化交流施設の設計につなげました。そして、少し高い位置にも橋があったらいいなと考え、異なる高さの橋が交わるように配置しました。道の角度などは四ツ谷の迎賓館の道から着想を得ましたが、両岸で地面の高さがかなり異なるので、その高低差を体感するためにも迎賓館からつづく道を同じ高さで一直線に延ばして、対岸の丘に介入させるようになっています。こうした体験が高低差の意識につながるかなと思います。」

 

 

―今回の設計で悩んだことは?

「Studyが楽しくて、止まらなくなってしまって、長期間やりすぎてしまいました。そこから人間スケールに設計するとなった時に、デッドスペースが生まれてしまい形を変えなければならなくなったりしました。いくら1/1000スケールでカタチ遊びをしても、人間が暮らすのは実物大なので。」

 

「卒業制作は敷地の広さなども設定されていなくてすべてが本当に自由です。建築学科には15名ほど学生がいますが、扱う敷地の広さで言えば私が一番広いんです。だからこそ大きなスケールと小さなスケールを同時に見なければならないという、広い敷地ならではの難しさはありました。」

 

少し自嘲するように笑う語り口からは、あぁこの人は本当に設計を楽しんでいるのだなということが伝わってくる。そんな思い入れを持って設計に取り組んでくれる建築家が作った街に住みたいものだ。

 

 

―模型を作る時に意識していることはありますか?見せ方で気を付けていることなどはあれば教えてください。

「模型には荒めの発砲スチロールを使用しています。色合いで気を付けていることは、人々が歩いて普段日常的に使用する導線を白くして、それ以外は黒くするように色分けしています。なので、車道など人間が立ち入れない空間は黒くしています。Studyをする際に現実に照らし合わせて、この導線に延長する形で橋を作ろうとなります。黒の中に白い線が入っているとそこに自然と目がいくので、それを意識しました。」

 

 

ルーツとなったレゴ遊び

「元々幼少期からレゴブロックで遊ぶことが好きでしたが、その時は建築を意識していたわけではありませんでした。カタチ遊びをしたうえでモノを生み出すことに喜びを得るようになったのは、2年次の加工課題。これが4年間で一番楽しかった課題でした。例えばレンガは組み合わせを変えることで、人が入れるくらい大きな構造物を作れます。私は12面体からヒントを得て、多様に組み合わせることで人間が入れるようなスケールのものまで展開できるユニットを作りました。ただ、まだその時は、建築物やその周辺の地域など、より大きなスケールに結び付けるためのエンジンが見つかっていませんでした。」

 

 

「土地や地域について考えるきっかけとなったのは4年の前期に行った暗渠課題でした。これは、都内の暗渠の断面の形態から建築を作るうえでのポテンシャルを見出して、その場所にあった建築を作るという課題でした。こういう断面に対してどのようなアプローチができるかと考える際に模型を作成し、その場所のコンテクストに合わせて形態を変化させる。実際にある形に建てることを想定して考えるということが、自分の元々好きだったカタチ遊びとここでかみ合いました。」

 

小さいころから好きだったカタチ遊び。ブロックを組み合わせてオリジナルロボットを作ったり、建物を作ったりお手本通りではなく自由な創造を楽しんでいたそう。レゴの他にも折り紙も好きだったと語る。手を動かしながら考える今のスタイルは、既にこの時に確立されていたようだ。

 

 

―藝大で建築を学ぼうと思った動機を教えてください。

「小さいころからレゴなどカタチ遊びが好きなのと同時に、絵を描くことも好きでした。まず藝大で学びたいという気持ちが先行して、その中で自分やっていることが仕事として世界に少しでも還元できるものがいいなと考えた時に、自分の作ったものの中に不特定多数の人たちが介入できる建築がいいなと思いました。」

 

―もともと住宅設計などよりも、都市などの広い空間に興味があったのでしょうか?

「そういうわけではないです。どちらかというと住宅設計の方に興味がありました。今まで一軒家に住んだことがなかったので、子どものころは一軒家の友達の家に行くと羨ましくて…。トイレが2つあったり3階建てだったり、妄想でこんな家に住みたいという図面を描いたりしていました。多かれ少なかれ建築との接点はあったんだと思います。」

 

 

―図面!その図面を描いていたのはいくつくらいの時ですか?

「小学校3-4年生くらいの頃ですかね。父親の転勤で生まれてすぐアメリカに行き、一番長いところでは幼稚園の頃から小学校2年生まで3-4年間フランスにいました。その時もマンションだったのですが、友達の家に遊びに行ったときの衝撃がすごかったです。庭にトランポリンがあったり。」

 

―今でも海外に行くことはあるのですか?

「フランスにいた時の友人がデンマークにいるので、去年の夏に1週間ほど滞在して建築めぐりをしました。その時も街並みや建築に触発されました。日本と異なりレンガ造りの建物などが残っていて、外観はレンガ造りでも中は現代住宅風にリノベーションされていて、昔の景観と交差しているという、昔ながらの風貌は残っていながらも再開発も行われている。昔ながらの建物の隣に、ダイアモンドみたいな現代的な建物が建っていても特に不快感を覚えることなく、1つの街並みとして構成されている景観は日本ではまずないことだと思いました。日本はやはり地震大国なので、昔の物に住むということがなかなかできない環境だと思います。昔のモノに少し操作を加えて使えばまったく違うものになるということは、デンマークでの体験から影響されたことだと思います。」

 

大学での課題や滞在した国々から素直に感じたものを吸収していく栗脇さん。同級生に影響を受けることもあるそう。それにしても、小学生で既に図面を書いていたとは驚くばかり。

 

カタチのポテンシャルを探求する

 

―好きな空間や場所はありますか?土地と建物がうまくなじんでいて、栗脇さんの思い描いているようなものが体現されている場所などがあれば教えてください。

「設計のヒントを探すためにPinterestなどをよく見るのですが、そこで建築全体というよりは柱の立ち方や光の入り方といった景観の断片の中に、既存の物に少しの操作を加えることで新しい空間が生まれるという現象に成功していると思える写真を見かけたことはあります。ただ、実際の建築物はすぐには思いつきません。」

 

そういって自分の引き出しを探るかのように少し押し黙って考えこむ。特定の何か・誰かを手本にすることは容易くはないが、目指す目標がはっきりしている分迷いは少ない。しかし、栗脇さんはそれをしない。迷い影響を受けながら、様々なものの中から自分に合った要素を見出し吸収していく。

 

「1つあげるなら、ポルトガルのソウト・デ・モウラという建築家が設計したもので、平地に建っているのではなく岩地の中に岩を削って建てたスタジアムがあります。観戦者やプレイヤーの視界のなかに常に既存の岩の断片が見え隠れする、大掛かりだけど実際になし得ているものとして、単純かつダイナミックな操作が印象的でした。」

 

―目標や理想とすべき建築が既存にないからこそやりがいがあるのかもしれませんね。

「そうですね。こうした地形をばっくり削って段差上に納めた建築などはまだ見たことがありません。次の課題として、人々や町の将来のためにどういうプログラムが必要か、より上手くミックスしたものを設計してきたいと思います。」

 

自分のやっていることが中身のあることなのか、と考えるという栗脇さん。建築は居場所を作ることと語り、俯瞰よりも人の目線から見える景色を重んじる。彼にとっての建築とは、すなわち人を考えることなのかもしれない。そんな栗脇さんに今後について聞いてみた。

 

―修士課程ではどういった研究をされるのですか?

「地形に限らず形に秘められたポテンシャルを探っていけたらと思っています。大学院に進むと教授のプロジェクトの手伝いができるので、学部生の時よりさらに現実に近い環境で自分の好きなことをやれることは楽しみでもあります。ただ、自分でもアナログなタイプだと思っていますが、手を動かす方が好きなので、図面にするのが遅れてしまったりします。大学院に進んだら、手書きやStudyもしつつ両立していきたいですね。」

 

―修士修了後のプランは?

「正直まだわかりませんが、都市計画などよりは、インテリアや家具のデザインといった、自分のスケールに近いもので形態的に振れ幅の広い方向に進みたいなと思っています。」

 

 

少し困ったように眉を下げて、ひとつひとつ言葉を選びながら丁寧に語る栗脇さんの話に夢中になっていると、気付けばあっという間に1時間半が経っていた。模型や図面を前にお話ししてくださる栗脇さんの手には白い塗料のようなものが付いていた。これから卒展までの間に、今回見られなかったギャラリーが配置された駅北エリアの模型に加え、設計した空間にいる人々の目から見た景観を描く予定だそう。開催が差し迫った卒展では、カタチの探究者の栗脇さんの完全版の卒業制作が見られるのだろう。今からとても楽しみだ。

 


インタビュー:今井和江、五木田まきは、鈴木重保、藤田まり(アート・コミュニケータ「とびラー」)

撮影:峰岸優香 (とびらプロジェクト アシスタント)

執筆:五木田まきは

 

上野、金沢、中米ホンジュラスを行き来しながら、文化遺産と地域をつなぐミュージアムのあり方を模索する3年目とびラー。ひとりひとりの異なる解釈や向き合い方を許容するアートの懐の広さを日々実感している。

 

 


第66回東京藝術大学 卒業・修了作品展
2018年1月28日(日)- 2月3日(土) ※会期中無休
9:30 – 17:30(入場は 17:00 まで)/ 最終日 9:30 – 12:30(入場は 12:00 まで)
会場:東京都美術館/東京藝術大学美術館/大学構内各所


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「第7期とびラー募集」

「油画修復の道」 藝大生インタビュー2017|文化財保存学・保存修復油画 修士2年・石田千香子さん

2018.01.28

*はじめに

今回お話を伺う石田さんは、大学院で文化財保存学専攻をされ、油絵の修復が専門とのこと。はたして「修復」とは、いったいどのような場所で、どのような作業を行うものなのか??普段目にすることのない、作品の裏側に迫る、秘密の場所に踏み入るような気持ちで、インタビューに向かいました。

 

石田さんと美術との関わりは、幼い頃に始まりました。時々の関心事に沿って、時間をかけ、学び、経験を積まれてきました。今は、修了制作展での発表に向け、昼夜・土日を問わず作業している真っ只中。石田さんが語った言葉の中から、修復の魅力と、修復にかける熱意が、あふれるように伝わってきました。

12月のある土曜の午後、待ち合わせ場所である総合工房棟のエントランスに現れた石田さん。第一印象は、しっとりと落ち着いた大人の女性といったものでした。そこからエレベーターで地下1階にある研究室に案内していただきました。

 

 

まずは、研究室で石田さんのこれまでの学びや活動について伺います。

 

―石田さんとアート、修復との出会いはどんな形だったのでしょうか。

 

絵に興味を持った中学生時代、そこから絵画教室に通い始め、芸術系の高校に進学しました。高校時代に、授業で多くの絵に触れる中、特に中世後期のイタリア絵画に惹かれました。授業外では、展覧会の公開講座や市の事業への参加を通じて、「修復」について興味を持つようになりました。進路を考えた時、作家として生計を立てるのは難しい、何をするにも幅広く学ぶことは重要ということで、金沢美術工芸大学に進学し、芸術学を専攻しました。

 

幼い頃よりアートが身近にあり、成長の折々に、芸術と多様に接してきたのだとか。美術作品に強く惹かれながらも、自ら作家になることを目指すのではなく、何らかのアートに関わる形を模索してきた多感な時期。私たちからの問いかけに、一問一答のような明確な回答をするというよりも、思い出を辿りながら話してくれました。

―金沢美術工芸大学では、どんな学生生活を過ごしていましたか。

 

学生時代の印象的な授業は、1年次にあった「朝のお勤め」です。これは、毎日1作品について、10分ほど模写し、5分ほど教授がその絵の背景などを説明するもの。芸術学専攻にはキュレーターや教員を志望する学生が多く、展覧会を見て即座にその特徴を捉えられる能力を伸ばすよう考えられた授業内容でした。その他彫刻、日本画など様々な技法についても学ぶことができました。これは現在も修復を学ぶ基礎力になっていると思います。

卒論のテーマとして選んだのは、京都に伝わる舞楽について。京友禅の染色職人である母がきっかけで、6歳の頃から舞楽を習っていたため、学内の研究室に加え、舞楽の恩師にも師事を受けて執筆することにしました。舞楽の歴史の中で、女性による舞楽が禁じられた時代があり、それを復活させた女性(鷺ノ森神社が生家である原笙子氏)の生涯と舞楽の伝承についてまとめました。その後は同大学院に進学し、舞楽の研究をさらに深めていきました。

修士課程を修了した後、同大学の助手を務める中で、将来に迷う期間もあって・・・。自分のやりたかったことを探して、1年の準備期間を経て、ロータリー財団の奨学金を得て、イタリアに留学しました。

 

学生時代の実習の様子を楽しそうに、具体的なエピソードとともに振り返ってくれます。それは聞いている私たちに、「朝のお勤め」の体験してみたい!と思わせるほど。卒論のテーマも所属研究室では例のなかった無形文化財に取り組み、他大の研究室に協力を得たり、また、憧れのイタリアにて学ぶ道筋をつけたり。これは!と思ったものに対しては、夢中になり、全力で取り組める方なのかな、と話を聞くにつれ、石田さんの魅力に引き込まれていきます。

―憧れだったイタリアでの生活はどのようなものでしたか。

 

イタリアでは、フィレンツエ大学の外国人向けコースで1年間学びました。様々な分野の授業を受けることができ、また、授業以外の時間は、美術館や教会に通い詰め、大好きだったイタリア絵画を見る日々でした。高校時代から気になっていた「修復」については、イタリアは修復技術を確立した国とも言われていて、修復工房を見学し、修復学校に通う学生と交流などもしました。ですが、言語の壁もあり本格的に学ぶ機会を得るのは難しかったです。

 

イタリアが舞台で修復士が主役といえば、映画化もされた有名小説(「冷静と情熱の間」)が思い浮かびますが、「それに影響されて修復家を志したと思われないよう、一度も見ていません!」と笑って話す石田さん。好きな絵を好きなだけ見ることができた、とても恵まれた環境にいたことをまぶしく思い出しながらも、出発前に周囲の人からかけられた「イタリアに行けば何とかなると思ったら大間違い」という言葉はずっと心に残っていたと言います。

 

 

―帰国後はどんな活動をしましたか。

 

帰国後に職を得ようと、縁のあった会社に彩色職人として就職しました。その会社は、修復事業を強化していく段階にあり、私が働きながら学ぶことを受け入れてくれました。社長や同僚には感謝しています。手がけた仕事は、神社仏閣から木彫りの作品まで、発注者の希望を踏まえて彩色するというものでした。全国から依頼があり、出張も多くありました。ここで正職員として仕事を続けようと思っていましたが、以前より抱えていた「油絵の修復をしたい」という思いが消えず、今ここで挑戦しなくては後悔するとの思いから、藝大の大学院を受験しました。

 

 

就職していた頃に手がけた作品の写真をいくつか見せていただきました。日本の伝統や歴史を感じさせる色合いから、渋さ、鮮やかさ、なつかしさ、様々な感じを受けます。ここでの修復の仕事は、例えば、神社仏閣の天井画には脚立に乗って彩色する、緊張感も体力も必要な仕事。学ぶことも多く、大学院に通い始めて1年間は仕事を継続していたそうです。

 

 

これまでの経緯をふまえて、現在の研究について伺います。

修復のことをよく知らない私たちに、丁寧に、わかりやすく話してくれます。この時から、凛々しく、正確に物事を伝えようとする研究者の顔へと、石田さんの表情が少し変化したような気がします。

―大学院では、どのようなことをしていますか。

 

大学院では、1年次に修復実習が週2日あり、加えて、テンペラ模写、ゼミでの活動の他、文化財保存、光学調査などの授業があります。光学調査の授業では、藝大学美術館が所蔵する作品のうち、年間20~25ほどの作品の記録撮影と分析(紫外線蛍光写真、赤外線写真、測高線写真、正常光写真などの撮影や、作品の裏面など全てを記録する調査など)をしていきます。2年次に、個人修復作品・共同修復作品を各1点と、個人研究としてテンペラ模写を仕上げて発表することになっています。

 

早速、聞きなれないたくさん単語に触れて、頭の中では、懸命に聞き取った音を漢字に変換しようとします。・・・コウガクチョウサ??

―お話に出てくる光学調査とは、どのようなことを行うのですか。

 

例えば、紫外線写真では、蛍光している個所は、ワニスが表層にあることを示しています。測高線写真では、たわみ、傷、歪み、はく落、亀裂などがあることがわかります。赤外線写真では、白黒化して、炭素に反応している個所が黒く表示されるので、墨や鉛筆などの下書きがよく見えます。他にも蛍光X線では絵の具の種類を分析します。それから、マイクロスコープを使って細部の写真を撮ります。

そして、これらの写真・調査を基に調査書を作成します。調査書には、サイズはもちろん、ワニスの有無、絵の具層の剥落、地塗りは何の絵の具で何色か、固着はよいか、シミの有無などの状態と、それを踏まえた修復方針を記載します。1年次の実習を通じて、自分自身で、自分が担当する作品についての調査書を作成する能力を身に付けます。こんなふうに、実際に作品の画面上で 修復を行うまでに、かなりの時間を要します。

 

修復作業に入るまでにいくつもの工程があります。思っていたより、理系の研究室に近い感じがします。普段使っている机を見せてもらうと、鮮やかな金色と赤の作品がありました。テンペラ画の模写です。

―テンペラ画の模写では、どのような作業手順があるのですか。

 

まず、板を本物の作品と同じサイズに切り、膠で接着して麻布を張ります。次にイタリアの石こう地を塗り、乾く前に12層重ねていく。そして、表面をきれいにやすります。茶色い砥の粉を塗ると接着し、つやが出るので、水で表面を濡らすだけで金箔がつくようになるんです。さらにメノウ棒で磨き、盛り上げには石膏を用います。ここは少し彫刻的な作業です。

 

修復に用いる、使い込まれた道具を一つ一つ手に取って見せてくれます。先ほどの理系のような研究室の雰囲気から一変し、造形的なアトリエの雰囲気に変わっていきます。1つの空間の中で異なる雰囲気を感じることができる、不思議な場所のようにも感じます。

 

 

 

研究室での話を終え、ここからは大きな油画作品の修復作業を行う正木記念館に移動して、実際に修復中の作品を見せていただきます。

 

この建物の内部は、普段は開放されていません。前半のインタビューで雰囲気が温まったところから、一度外に出て冷たい外気に触れたこともあり、緊張した気持ちを再び取り戻して中に入ります。石田さんもここでは眼鏡をかけています。修復作業のモードに入る合図でしょうか。中には高い天井、手前の部屋には、作業台、修復道具をかけられる壁面、各種写真撮影を行うスペース、分析を行うパソコンが置いてあります。扉で仕切られた奥の部屋には、収蔵庫から修復のために持ち出された作品を置くための棚があり、温度・湿度などは機械で管理・記録されています。特別な場所に潜入したな、と聞き手の私たちの気持ちは高揚します。

 

―ここで、修了制作展に向けて作品を修復しているのですよね。

 

修了制作として、個人で修復を手がけている作品と、大学院の同期4名のチームで行う共同修復に取り組んでいます。修復する作品は、1年次の終わりに、藝大美術館の収蔵庫に入り、所蔵作品のうち修復が必要なものから、自分で作品を選ぶことができます。学生が担当するのは、主に明治後期から大正にかけて、日本人が制作したものです。修復技術は、国がもつ気候風土によって大きな違いがあります。日本の修復技術は、日本の風土において、作品をどう残していくかという観点で考えられています。

 

―個人修復の作品には選んだのは、どのような作品ですか。

 

個人修復は、橋本邦輔氏により明治43年に制作された油画作品です。ルーブル美術館に所蔵されている、フラ=アンジェリコの《聖母戴冠》の部分模写にあたります。この作品に決めた理由は、最初はひどく汚れていて、穴もあって、なんだかかわいそうに感じたからです。まず開いていた穴を埋めました。それ以外の症状、たとえば大きな絵の具の剥落などはないのですが、汚れやカビは、アンモニア水やクエン酸など、様々な方法を試しながら洗浄しても取れませんでした。今回の修復では補彩を施して、汚れの除去は後世の人や新たな技術に託そうと思います。

 

 

 

作品の前に座り、道具の説明などしながら、補彩を実践してくれる石田さん。髪を結いあげて拡大鏡を装着し、わずか1mmほどの細い筆を持って、真剣な面持ちで画面に向かいます。

 

見ている私たちも思わず息を飲みます。気が遠くなるような、地道で繊細な作業です。こんな僅かな作業の積み重ねによって、作品は生まれ変わっていくのですね。

 

 

複数人で修復に臨んでいる共同修復の作品についても、お話しを聞きます。

 

―共同修復では、大作に取り掛かられているとか。

チームで修復している作品は、大正2年に描かれた五味清吉氏の作品で、神話の大国主命と八神姫に出てくるワンシーンを描いたものです。大正時代から続くロマン主義の系統にある、文学的な物語性の強い作品で、藝大美術学部始まって以来の大作と呼ばれています。五味氏は岩手県出身で、2016年に生誕130周年を迎えました。ですが、この作品はこれまでに1度も修復されず、貸出依頼が合っても貸し出せない状態でした。作品の修復に加えて、五味氏の藝大での立ち位置や制作に影響を与えたもの、所蔵の経緯などを調べて、修士論文のテーマとして扱っています。

 

修復している途中の作品を見せていただけることになりました。石田さんと一緒に、作品を慎重に持ち上げ、反転させて・・・、手に汗握るような緊張の瞬間です。机に立てかけた作品を、皆で見ます。個人修復に比べて、一番の違いは作品の大きさ、私が両手を伸ばしたよりも大きく、高さも1mほどはあったでしょうか。よく見ると、絵の具が剥落している面積が広いことにも気が付きます。

 

 

―共同作業はどうやって進めていますか。

 

個人修復の作品と同様に、まず写真を撮って調査をし、それからチームで話し合って修復方針を決めました。作業としては、まずは表打ちといって、表面からこれ以上絵の具が剥落しないように和紙で全面を覆い、剥離しそうなところを定着させました。次に、絵を張り込んでいる木枠が変形していたため、画面を取り外してストレッチャーで伸ばしました。そして、釘を全部抜き、台紙には張り代を加えました。これらの作業に1か月半もかかりました。

夏休みの間はずっと洗浄をしていました。絵の裏面に煤がたまって真っ黒だったんです。この汚れは、昔上野を走っていたSLから出た煙が、美術館の収蔵庫まで届いたからだと伝え聞いています。洗浄は何度かの確認と再作業を経て、11月にやっと教授からOKが出ました。

個人で修復する作品もある中、バイトのシフトのように都合を併せて複数名で取り組んでいます。個人プレイで先走らないように、連帯責任をもって、お互いに注意し合い、相談ながら修復をすすめていきます。これから修了制作展に向けて、まだまだたくさんの工程が残っています。

 

担当の木島教授が退官前に修復したいと思い続けていたという、様々な人にとって思い入れのある作品。共同修復には、個人修復にはない難しさ、思いどおり・予定どおりにいかないこともあり、また一方で学ぶことも多いようです。

 

さて、まだまだ話を聞きたいところですが、気が付くとインタビュー開始から2時間半が経過。これから制作の追い込みをかける時期、これ以上拘束するわけにはいかず、そろそろお暇しなくてはなりません。

 

今まで聞いてきた石田さんの半生、現在の研究のお話しから、今の石田さんの思いについて、改めて伺います。

 

―修復についていろいろ教えていただきましたが、石田さんにとって、修復することの一番の魅力は何ですか。

 

目の前に本物があること、本物を見ながら作業ができることです。それにより緊張を感じますが、どの作業も楽しいものです。

 

―学部の卒論のテーマが伝統芸能の伝承、そしてまた、現在は修復に取り組んでおられますが、「大事なものを後世にしっかりと伝えていかなければ」という使命感のようなものはありますか。

 

今、この作品が目の前にあるのは、誰かが残してくれたから、という思いはあります。私が好きな作品を見続けられるのはそれを保存したり、修復してくれる人たちがいたからで、私もそういう人になりたいと。

 

―これまでのお話で、その時その時に面白いと思うことに対して、過去にとらわれずに飛び込んで行くという印象があります。今後もさらに、活動は展開していくのでしょうか。

 

修復の仕事は一生続けて行くと思います。今まで何をしようかと迷った時期もありましたが、心の中ではずっと油画の修復することを目指し、やっとたどり着いたという気持ちでいます。

*最後に

長時間にわたったインタビューの中で、子ども時代や学生時代を振り返る無邪気な顔、研究者としての顔、私たち聞き手が分かりやすいように、聞きやすいように、どんな質問にも優しくわかりやすく丁寧に応えてくれるやさしい顔、たくさんの表情を見せてくれました。そして、最後に語られたのは、とてもシンプルな言葉。様々な経験をしてきて、やっと今ここにいる自分、修復の長い道のりを歩き始めていることを、少し照れたように、しかし、迷いのない目で私たちに語ってくれました。

別れ際、「2年生になると日曜も作業ができるんです!」と嬉しそうにキラキラとした目で話してくれました。これから修了制作展でのお披露目まで、寝る間も惜しんで修復作業に取り組まれるのでしょう。

修了制作展では、石田さんが修復を手がけた作品に加えて、修復報告書に記載された修復前の写真や、紫外線・X線など調査結果も見られるとのことです。ぜひ会場となる藝大美術館の陳列館にて、文化財保存・修復の深い世界に触れてみてください!

 


取材:ア—ト・コミュニケータ「とびラー」

執筆:むとうあや

インタビュー:むとうあや、高山伸夫、齋藤二三江

撮影・編集校正:峰岸優香(とびらプロジェクト アシスタント)


第66回東京藝術大学 卒業・修了作品展
2018年1月28日(日)- 2月3日(土) ※会期中無休
9:30 – 17:30(入場は 17:00 まで)/ 最終日 9:30 – 12:30(入場は 12:00 まで)
会場:東京都美術館/東京藝術大学美術館/大学構内各所


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「作品は自分の人生の備忘録―日本で自分をより知るために」 藝大生インタビュー2017|グローバルアートプラクティス専攻 修士2年 ロザンナ・ヴィーベさん

2018.01.27

グローバルアートプラクティス専攻(以下GAP)は2016年4月に新設された修士課程で、今年の3月に新設されて初めての修了生を迎えます。GAPの学生の約半分は留学生で構成されていますが、今回取材に応じていただいたのはその中の1人、ロザンナ・ヴィーベさんです。(ロザンナ・ヴィーベさんウェブサイト

ロザンナさんが来日したきっかけや、GAPに入学し、日本文化に接する中での想いを伺いました。


ロザンナさんは論文で修了するため、今回のインタビューでは、大学美術館に展示中の参考作品(映像作品)を拝見しながらお話を伺いました。

ロザンナさんの映像作品(参考作品)。『自己と他者の境界であるということ』

この作品は、ロザンナさんの卒業論文のテーマ「アブジェクション/おぞましいもの」(※)から派生して制作され、ロザンナさんの身体についての在り方や他者との関わりについて表現しているそう。映像の中では、なんと、10ℓのシロップの中にロザンナさんが入り、シロップを口や鼻から取り込んだり放出したりしています。シロップは、ロザンナさんが好きな粘着質の素材の一つだそうです。

 

【幼少期の空想から作品制作へ】

ロザンナさんの作品制作は、幼少期の空想と深い関わりがあると言います。

「子どものころに水に溺れそうな自分を想像したことがあり、溺れることへの恐怖心と海への関心が芽生えました。私の空想は、人が水中でも呼吸できないだろうか、という仮説に導かれ、液体呼吸の研究があることを知りました。液体が身体の中に入り込むことに違和感を感じますが、一方でそれを魅力的だとも思うのです。

他者とつながる感覚は、輸血においても同じように想像できると思います。

人間は、空気中にある酸素を体内に取り込み、二酸化炭素を放出します。そして体内では、血液が常に循環をしている。私はそういった身体性と外とのつながりに美しさを感じるのと同時に、おぞましさも感じるのです。だからこういった感覚を、私が関心を持っていた素材であるシロップを使って表現しました。」

自分と、その自分の中に入ってこようとする他者。その他者は、自分にとっては異物であるが、同時に必要なものでもあるから、それを認めて受け入れたとき、初めてその他者は、自分と同化して新しいものが出来上がっていく。私は、この映像を見ながら、ロザンナさんはそういうことを伝えたいのではないかと思いました。

「美しいものへの誘惑と、嫌悪感が同時にある」というロザンナさんは、同じ感覚を、この映像を見た人たちと共有したいと言います。

「シロップに顔を入れたとき、浮力を感じ、シロップが自分の目や鼻に入ってくるのが苦痛であると感じた一方で、同時にそれに支えられている感覚もありました。まるで、胎児がお母さんから酸素を吸収して成長していく、というプロセスのようにも感じます」

 

【自分と他者という感覚】

ロザンナさんには双子の妹さんがいますが、10歳になるまで、自分と妹さんが他者であるという認識が無かったと言います。ところがある日、妹さんと自分は他者である、と認識する瞬間がありました。

「成長過程で自己が形成され、双子にもそれぞれの個性が出てきたということも、妹が他者であると感じたきっかけの一つですが、暮らしていた土地の環境も大きく影響しています。私が生まれたノルウェーは、非常に乾燥した土地だったのに対し、当時住んでいたキューバは、ノルウェーと比べて湿度がとても高く、ノルウェーにいたころよりも一層その湿度感を感じました。湿度がある、と気づいたときの空気の厚みや、冷房をつけたときに変化する空気の質の感覚を肌で敏感に感じるようになり、より空気の存在について意識するようになりました。『いかに人間が空気によって生かされているか』ということへの気づきは、妹が他者であると認識することに繋がり、また現在の作品制作の出発点にもなっています。私はずっとこういうことを考えていて、今はこのテーマについて更に深めているところです。」


ロザンナ・ヴィーベさん。ノルウェー出身。ノルウェーの他にキューバを始め、色々な国に住んでいた経験があり、各国の気候の違いや文化を肌で感じながら、自らのテーマについて研究を続けています。

 

妹さんと違う個体として存在しているということや、空気や湿度といった物質に対する突然の意識の芽生えは、寂しい、とか孤独感や、自分は今どこにいるのか、という感情を抱くことにはならなかったのでしょうか。

妹さんと違う個体として存在しているということや、空気や湿度といった物質に対する突然の意識の芽生えは、寂しい、とか孤独感や、自分は今どこにいるのか、という感情を抱くことにはならなかったのでしょうか。

 

「妹が他者であると認識したときから、自分の体が溶け出していくという感覚がありました。そういう感覚から空気の実体をつかもうとしていましたし、自己を認識するために、水の中に入って浮力や水圧によって自分自身を実感する、ということを試みていました。水の中に入ったときに、周りの液体と自分の体が同化し、自分と液体の境界線が曖昧になっていく。寂しいという気持ちは、私にとって、水などの液体から出たときに自分の弱さや孤独感が露出されるという感覚に似ています」

 

幼少期から肌で感じ培ってきた、異国の空気感や双子の妹さんとの関係性への感覚を、今日においても、自分と新しいものとの関係を築いていく過程で、ごく自然に活用しようと試みているロザンナさん。しかし、日本に来て体感した「距離感」に衝撃を受けます。

「私はラテン系の人間なので、相手の温もりを求めてハグをしたり触れ合ったりするのですが、日本ではお辞儀をして距離を作ります。日本に来てその違いを感じました」

 

 

【日本の文化に触れて―異国で自分を知る】

ロザンナさんはノルウェーでの大学時代、日本の美について勉強しており、空間や仏教の和の考え方、そして谷崎潤一郎『陰影礼賛」の本に感動し、建築における陰の使い方に興味を持ったそうです。

大学卒業後は2年間日本で勉強をしたいと希望し、まずは旅行で来日したことが、GAPを受験するきっかけとなりました。

「東京で知り合った人たちの中に画商さんや芸術系大学の先生がいて、その人たちを通じてGAPのことを知りました。元々、東京藝術大学は知っていましたが、私は油画や彫刻といった専門分野を学んでいないので、GAPだったら自分に合うかも知れないと思い受験しました。今思えば色々な偶然が重なったのだと思います」

GAPに入学後は、言葉や文化の違いを感じることが多かったとロザンナさんは言います。

「キューバに住んでいたころに受けた湿度感や、エアコンによって変わる空気の質感を認識した時の衝撃と同じくらい、日本の文化の違いに衝撃を受けました。日本は本音と建て前がありますが、私はいつも正直に感情表現をするので、自分はそういうつもりはないのに相手には失礼に見えてしまう状況があり、自分の言動がどう捉えられるかを常に意識せざるを得ませんでした。また、言葉に関しては、学生の中でも各々の言語レベルが異なっているので、日本語だけでコミュニケーションが取られた場合、私だけ理解ができなかったこともあります。その中で生じる誤解や誤読をクリエイティビティで補っていくということを、前向きに行う必要がありました」

そのようにロザンナさんが感じたギャップは、作品にどう展開されていったのでしょうか。

昨年、ロザンナさんは、日本に来て体験した誤解や誤読をテーマにした作品を、瀬戸内芸術祭で発表しています。

「瀬戸内芸術祭の栗林公園で展示した作品は、日本人とのペアワークでした。彼女が私宛てに日本語で手紙を書き、私が彼女にノルウェー語で手紙を書く。お互いその言語は読めないので、文字の形から作品にしていくというものです。私は手紙の中の漢字を彫刻的に変化させていきました。彼女もノルウェー語を彫刻的に変化させています。この作品では、文章の意味よりも文字の形を皆さんに観ていただいているので、栗林公園でこの展示を鑑賞した人は、誰も文字の意味は理解できなかったと思います」

作品の中で、文字の形に着目したのは、ロザンナさんのある体験によるものだったそうです。

「地下鉄の中吊り広告にある漢字が長い間読めなかったのに、毎日同じ広告を見ながら通学していたら、ある日突然、この広告は会社のことを表している、と理解できたのです」文字の形を読み取り、それを言葉の意味に変換できた瞬間だったと言います。

 

ロザンナさんが日本に来てから、言葉の違いや人やものに対する距離感を改めて強く意識するようになりました。

「言葉の壁に直面している私は、いつも自分が宙に浮いている感じがします。お風呂に例えるなら、湯船に浸かっているときは、お湯の温度と自分の体温が近い感じがして、ノルウェーにいるような気持ちになります。でも、湯船から出たとたんに、それが急に切り離されるような感覚がします。それは私の日本での経験に似ています。自分も社会に属しているのに、日本の文化から物理的な距離を感じることもあります。それは言葉の壁からも感じることであり、そういうアナロジーが作られるのではないかと考えています。」

 

また同時に、日本は二面性があるとロザンナさんは感じています。

「無というものや茶室での余白の使い方、挨拶をするときのお辞儀といった人との『間を取る』部分と、満員電車で人との距離が『近い』部分の相反するものが共存している日本の文化に興味をひかれました。また、相手によってTPOをわきまえるということからも、日本の文化や伝統が見えてきて面白いです」

 

文化の違いを感じながらも、ロザンナさんは決してそれを否定的には取らず、むしろその不思議さを前向きに捉え、楽しんでいるようにも感じられました。

「もちろん、日本の形式的な部分や文化に対しては、変だなとか難しいなと感じることはあります。それで苦労することがあったとしても、興味深いこととして、捉えていこうと心がけています。例えば何かに対して嫌悪感を覚えたとき、それがなぜなのかを敢えて自分に問い、考えるようにしています。私は子どものころ、ピンク色が嫌いでした。それはなぜかと考えていくプロセスの中で、敢えて嫌いなピンク色で文字を書いてみました。実際にこの色が文字になることで、言葉も変わるし、考え方も変わってくるからです。自分の感情的な反応にはいつも理由があるから、それはなぜだろうと追及するために、敢えてそこに飛び込んでいくことを自分に課しています。だから、日本は私にとって、文化や性格が自分と真逆な国だからこそ、私自身を知ることができるのです」

ここまでお話を伺ってみて、ロザンナさんは私たち日本人よりも距離感を大切にしている印象を受けました。

「対極にあるもの同士は、常に繋がっていると思っています。私自身が触れたもの、近い距離感を知るためには遠い距離感も考慮しないといけない。愛だけではなく、その裏返しにある嫌悪感というものも両方考えなければいけないと思います」

他に見せていただいた過去の作品(ロザンナさんのウェブサイトを参照)の多くは、ロザンナさん自身が作品に寄り添い、同化(作品を自分の中に受け入れるように、作品にも自分を受けいれてもらうために、身体的な対話をするということ)し、いかに作品と共存することができるかという点に着目して制作されたものです。それらの作品には、自分の立ち位置や居場所、視点というものが明確に表れていると言います。ロザンナさんの作品は、双子の妹との関係性やこれまでの経験、生活といったものが映し出された、今を生きるロザンナさんの人生の備忘録とも言えるかも知れません。

 

これからロザンナさんは色々な経験をしていく中で、どのような作品を生み出していくのでしょうか。

ロザンナさんの「今、生きている人生」の提示であると同時に、私たちへの新たな問いかけでもあるはず作品を、今後も楽しみにしています。

 

(※)思想家ジュリア・クリステヴァが著書『恐怖の権力』(1980)の中で唱えた概念。

 

 

 


執筆:阿部 忍(アート・コミュニケーター「とびラー」)

とびらプロジェクトに参加して2年目のとびラー。とびらプロジェクトを通して、なかなか美術館に行けないような人たちでも、もっと気軽に行けて、楽しめるような場としての美術館の出来事をみんなと一緒に作りたいと思ってい ます。

 

 


第66回東京藝術大学 卒業・修了作品展
2018年1月28日(日)- 2月3日(土) ※会期中無休
9:30 – 17:30(入場は 17:00 まで)/ 最終日 9:30 – 12:30(入場は 12:00 まで)
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