2014.10.22
2012年のとびらプロジェクト始動以来、藝大の様々な科を訪れてきたが、デザイン科は今
回が初めてとなる。
取材を受けてくれたのは、4年生の木下真彩さん。
木下さんに案内され制作室に足を踏み入れる。夏休み中ということもあって他に人の姿は
なく、ところどころに置かれた制作机、大きな絵画、衣服をまとったトルソー、オブジェ
のような物が部屋のいたる所に置かれている。
“デザイン”という言葉はとても幅広く感じられる。デザイン科に身を置く彼女達にして
も、それは同じようだ。高校3年生まではバスケ一筋だったという木下さん。
「漠然と美大に行きたいとは考えていたんです。ポスターやグラフィックが好きだったの
で、グラフィックならデザイン科かな?と。1・2年生の頃は共通の基礎課題を全員がやり
ます。これからどこに行こう?って私もみんなも迷っていましたね」
デザイン科は全体的に課題の数も少なく、内容も解釈の幅を持たせた大きなテーマが多い
という。もしかすると、制作物そのものというより“発想”そして“アウトプットに至る
道筋”に重きが置かれているのかもしれない。
デザインとアートの違いを尋ねると、
「デザインはコミュニケーション、アートは自己表現とよく言われますね。ただ、説明す
るならそう言えば簡単だけれど、実際すごく難しいなって思うようになってきました」
言葉を探しながらそう答えてくれた。
そんな木下さんが取り組んでいる卒業制作のテーマは“タイポグラフィー”だという。
「街中の看板の文字を採集して、その書体の持つ表情やキャラクター性を読み取ろうと思
っているんです」
都内を中心に、自分の足で街を歩き回り、お店などの看板の文字を写真に撮り、スケッチ
に起こしたものを集めていく。単語でも文章でもなく、ひとつひとつの文字そのものを。
「卒展に向けて、まだまだ量を増やしていきます。最終的な形はまだ決まっていないけど、
色の出し方や並べ方を工夫して、標本として。入口は研究ですが、アウトプットは制作に
なりますね」
タイポグラフィーに興味を持ったきっかけを尋ねると、PC の画面を開いてポスターのデー
タを見せてくれた。一見、普通のカタカナが並んでいるようだが、よく見ると、その文字
ひとつひとつが建物の形をしている。
「去年、古美術研究の授業で“伝統とデザイン”っていう課題が出て、その時に日本建築
を題材にとったんです。それで日本伝統の文化とか色々と調べていくうちに文字にも興味
が出てきて、洛中洛外図をモチーフに、文字を乗せてポスターを作りました。洛中洛外図
って、パースのない、無限に広がっていく俯瞰図ですよね。それが文字の特徴と似ている
なと思ってリンクさせてみました」
研究対象へのアプローチの仕方もユニークだ。
「文字を掘り下げていくうちに“水”っていうテーマが出てきて。大河の一滴、一滴の水
から広がって川の流れになっていく。文字も、ひとつひとつが集まって語になって文章に
なって意味を持っていく。それを実感するために、去年の秋、京都へ行って鴨川の上流か
ら下流まで30km を1 日かけて歩きました」
朝から日暮れまで数多くの写真に収められたのは、ほとんど真横から切り取られた、少し
ずつ表情を変えていく川と景色の姿。
「やっぱり時間の流れとか空気感とか、実際に行ってみなくちゃ分からないなって思いま
した。街並みとか、歩いて何かをするということが好きになったのは、それがきっかけだ
ったかもしれません」
木下さんの取り組みには、現代社会における様々な現象を調査し、その在りようをつ
まびらかにしていく「考現学」の面がうかがえる。それは、自分の生きる世界や時
代に、深い興味と愛着を持っているからこそできるのだろう。
今後について尋ねると
「大学院への進学を希望しています。もっと勉強して、自分はこれができるっていう芯を
しっかり養ってから社会に出たい。その後どうなるかはまだ分からないけれど、建築が好
きなので、グラフィックを通して建築方面の人と関わったり、本の装丁を作ったりできた
らいいなと思います。時期的には、ちょうど東京オリンピックの頃になるので、それにつ
いても考えますね。2回目の東京オリンピックであることや、その10年・20年先のことも
考えたデザインって何だろうと。実現できるかは分からないけど、考えていることは色々
あって、クラスの子たちともよく話をします」
東京オリンピックの頃には、現在の「いま」が「6年前の記録」になる。木下さんが集めて
いる「いま」の集積は、それ自体がひとつの完成形でありながら、同時に未来への種まき
でもある。6年後、あるいは10年後20年後、どんな花を咲かせてくれるのか楽しみだ。
(2014.9.19)
執筆:角田結香(アート・コミュニケータ とびラー)