2017.01.27
11月中旬 秋晴れで空がどこまでも高くつきぬける中、
僕は東京藝術大学 上野キャンパスにいました。
うっそうと生い茂った木々。
時々聞こえる何かを叩くような音。
そこは大学というより、初めて訪れる町のような感覚でした。
インタビューを依頼したのは、鈴木弦人さん。
東京藝術大学 大学院 彫刻科に在籍され
現在は卒業制作に打ち込んでいるとのことで
お話を伺いに来ました。
待ち合わせの場所に到着し、
鈴木さんらしき人を探します。
すると、10メートル先にある大きな工場のようなところから
背の高く、それでいてがっしりとした男性が出てきました。
もしかして!と思い 「鈴木さんですか?」と尋ねると
「はい。」との返事が。
黒いパーカーに、ところどころシミがついた黒いズボン。大きく丈夫そうで存在感のあるブーツ。首にかけた黒いタオル。目を凝らしてパーカーを見ると、左胸部分にミッキーマウスのデザイン。
それは、自分が想像していた、いわゆる「街中のアパレルで揃えたかのような学生の服装」というよりも
まるで職人が 自身の作業に打ち込む際に 無駄なく、作業に没頭できるように動くことのできるような佇まいでした。
鈴木さんが出てきた工場の入り口には広いスペースがあり、
そこに堂々と立っていた 見たこともない植物のような、金属製の2~3メートルあるオブジェこそが
鈴木さんが、大学院生活の最後の制作物として取り組んでいる作品でした。
とにかく、大きい。
まるでCG映画のワンシーンを一時停止したかのような光景。
全体は銀色で、枝のように伸びている部分に顔を近づけると、鏡のように反射して映るボディ。
「素材はアルミ金属を使って、制作物をつくっています。完成までもう少し大きくなるかな。一度に大きくはつくれないので、それぞれの部分を繋ぎ合わせて一つの大きな形にしていっていますね。
この独特な造形は“間欠泉”がイメージの元になっているとのこと。
土の下から湧き出てくる、熱くて激しいエネルギーが
上にむかって立ちのぼる様子を想像しながら制作しているそうです。
東京藝術大学 彫刻科に入学して、最初の2年間は木彫・石彫り・金属など様々な方面から彫刻を体験された鈴木さん。その中でも一番“金属が楽しい”と感じたそう。
「木材や石を使う彫刻制作は、一番最初に決めた通りに制作を進める必要があるんです。けれど金属は、進めていく途中で『あ、やっぱりここはこうしてみたいな』と思った部分に手を加えることができて、そこが面白いなって。」
素材に手を加える点では同じでも、木材や石を彫ることはいわばマイナスの作業。しかし金属は溶接を通してかたちを変えることもできるプラスの作業でもあるんですね。
「大きな材料がなくても、今ある小さな素材を繋ぎ合わせることができるんです。この作品も、近くに落ちているアルミの破片をくっつけて作っている点が何か所もあるんですよ。」
作品の傍に、鈴木さんの名前である“弦人”と大きく書かれた道具を発見。これは、なんですか?
「これですか、これはバッファーという道具ですね。」
23年間の人生で初めて出会う未知の道具。いったいどのような使い方をするのでしょう。
「素材のツヤを出す時に使います。布のようなものが付いた先端部分が回転して、触れた部分を高速で磨き上げる感じですね。ちょっと実際にやってみましょうか」
電源を入れると、さっきまで静かだったバッファーの先端部分が威勢よく動き出しました!
キューーンという音をあげて大回転!なかなかの迫力です。アルミの部分に当てると…??
お分かりいただけるでしょうか。写真中央のバッファーを当てた箇所が
まるで納車したての車の如くピカピカに輝いております。
ちなみに、そっとあてただけでかなりの効果でした。思わず自分も大興奮。
「最終的には、作品のすべての部分にバッファーを当てて、光沢を出せればなって考えてます。なので卒展に展示する頃には、今より見たときの印象もだいぶ変わるんじゃないですかね。」
バッファーの他にも、アルミ部分を叩いて表面の質感を変える(手作りの)金槌や、溶接作業の際に出る火花から守ってくれる革の手袋など
まさに「仕事道具」とも呼ぶにふさわしい 使い古されているのに何故か品性すらも感じさせる道具が多くありました。
「たまに、作品の傍で見に来てくれた方と話す機会があるんですけれど
作品について、自分の口から伝えたいことはあまり多くなくて。
でも、この金属を叩くのに使った金槌、こんなに重たいんですよって
道具の話は伝えたくなっちゃいますね。」
それにしても大きな造形物を製作されている鈴木さん。
“いったいいくら費用がかかるんだろう?”
素朴に思ったこの疑問にも、鈴木さんは優しく答えてくれました。
自身で材料を全て調達するので、素材の値段によって比例していくそう。
「ただ、作るだけじゃなくて、必要以上にお金をかけなくても制作はすることができるんだなって。他の仲間が作った作品よりも 費用を抑えて作ることができたら、個人的にはちょっと達成感を感じますね」
東京藝術大学に進学されたきっかけをお聞きすると
中学生の頃には既に”日本画”に興味を持っていたとのこと。
「当時好きだった漫画家さんが、美大の日本画科出身だったんです。それで興味を持って高校でも絵を描いたりしたんですけれど 絵を描いた後に絵の具が乾くのが待てなくって。『性格的にも向いてないのかも』とか思いつつ、デッサン等に取り組んでいました。」
浪人生活を経て、見事東京藝術大学に進学された後は、木彫や金属など様々な表現に触れ、
休みのときは取手キャンパスの草原を仲間とただひたすら走り回るなど
まさに柑橘色の学生生活を過ごした鈴木さんの原点は
尊敬するアーティストの方によるものでした。
1時間ほどお話を伺ってる最中も、常にどこかから色々な音や人の声が聞こえてきた東京藝術大学。夕焼け時間も相まって、思わず自分の大学祭前日の光景とシンクロしたかのような感覚になりました。
最後に、この作品は卒展で展示された後どうされるのかをお聞きしました。
「実は、今まで制作してきた作品はほぼ手元には残ってないんです。」
えっ!?なんとも意外な答え。制作し終わった作品はどうしてるんですか?
「もう大体壊しちゃってますね。飽き性なんですかね。目の前の作品を制作している最中でも、頭の中では次はもっと違うのつくろうかな~とか考えちゃってたりもして。ずっと形に残し続けることにこだわりはあまりないんです。」
成程。形に残すことよりも、作品と向き合っている瞬間が作り手として大切な時間なのかと、納得しました。
「でも、これはとっとこうかなと思います。これからはなるべく残していけたらな~って。最後だし、一応なんですけれど。」
自身が打ち込んできたことを、集大成として形にする体験を
人は生きているうちに何度行うことができるのでしょうか。
“卒業”という言葉を聞くと、少し感傷的に感じたりすることもありますが
鈴木さんの、少しクールに聞こえる言葉や、道具を手に取る姿を見ると
いつも通り、ただ、真っ直ぐ作品と向き合い
制作の日々を過ごされているように感じました。
秋晴れの透き通った空気の中
鈴木さんが丹精をこめてつくった彫刻は、
まるで天に向かって立ちのぼるかのように
その動きを携えて、今か今かと完成を待っています。
この滑らかなかたちが、余すことなく光りかがやくとき。
初春のころ、僕はまた新しい気持ちで
この作品と向き合うことになるのでしょうか。
執筆:三木星悟(アート・コミュニケータ「とびラー」)