2018.01.10
上野から電車に揺られること約45分。
師走を思わせるピリッと冷たい風を感じながら辿り着いた先は、茨城県取手市。
ここ取手には、東京藝術大学のもう一つのキャンパス、取手キャンパスがあります。
今回お話を聞くのは、工芸科彫金専攻修士二年生の齋藤百恵さん。齋藤さんは現在、取手で修了制作に励んでいる真っ最中です。
齋藤さんがいたのは金工工房の金属表面処理室。石造りの建物には、ひんやりした空気が漂っています。幾つかのストーブと加湿器が稼働する部屋の中で、齋藤さんは作業台に向かっていました。
さっそく学部時代のことから、お話をきいていきます。
◆「自分が感じたエネルギーを、見た人にも感じてもらいたい。」
学部の卒業制作では、七宝技法を使用し、四季を題材とした平面のガラスの絵を四枚作成しました。私は元々日本の四季に惹かれるものがあって、四季折々の中にある桜や紅葉、雪などといったものからすごくエネルギーを感じていたんですね。やっぱり美術って見る人が受け止めて、会話できて初めて成立するものだと思います。なので、そういった自分の感じたエネルギーを見た人にも感じてもらいたいという想いから、自分の中で前々から興味のあった四季をモチーフに、四季をお皿の上に活けるような感覚で制作をしました。
-絵を「活ける」という表現は面白いですね。
自分が興味のあるものをどんどんそこに置いていくというように制作をしていたので、まさに生け花のように花を活けるような感覚だなと思っていました。これは私の家の話になるのですが、昔からよく母が庭から一輪の花を摘んできて、小さなお皿に活けていました。そういった記憶が自分の心の中に強く残っていたので、「活ける」感覚で制作を行いました。
今回制作したものはジュエリーなのですが、この学部の卒業制作以降、見てもらう人や身に付けてもらえる方に、自分の作品を通して元気を与えられるものを作りたいと私の中で思い始めるようになりました。大学院に進んでからも、こうした想いをずっと持ち続けています。
私が七宝を本格的に始めたのは学部四年生の頃からだったので、自分の中で七宝のことももっと知りたいし、表現の幅を広げたいということから、修士一年の頃はそういった技法的な研究を主に行っていました。
机の上に並べられた、様々な色たち。
―今ここに色とりどりに並んでいるものは、七宝で使用するものでしょうか?
これらは七宝で使用する釉薬ですね。この中に入っている粉をホセという道具を使って金属の上にのせ、色を細かく敷き詰めていきます。それぞれの色を細かく挿した後、七宝で焼くことによって金属とガラスが定着して一つの作品になります。
今回はジュエリーなので、主に銀を素材に使っていますね。断面には銀を使用しています。普段は形を作りやすい銅を使用して平面などの作品を制作しているのですが、ジュエリーは断面にも気を遣わなければならないので、銀を使うことによって作品が綺麗にみえるようにしています。
芸大生の特権!?秘伝のレシピでつくられた「芸大釉」
―釉薬の種類がこんなに数多く用意されていることに驚きました。
そうですね。これらの釉薬は、企業から購入したものや、芸大でつくられたものなど様々なものを使用しています。特に芸大でつくった「芸大釉」という釉薬は、すごく透明感が高いものなので気に入っています。
―「芸大釉」という名称の釉薬があるのですね!
はい。先生方がいつも作って下さっているのですが、工房を設立した当時の先生による秘伝のレシピによって作られています。
―確かに、他の釉薬と比較しても色の透明感が全然違いますね。
釉薬によって熱の上がり具合によって溶けやすいもの、溶けにくいものや質・テイストなども全然違うので、そういったことを考えながら制作をしています。なので、芸大に入学したら芸大釉を使えるということは魅力の一つだと思いますね!(笑)
―この中で特に今気に入っている色などはありますか?
芸大釉をよく使っていたこともあって、G7、G8などの青系の微妙な色合いが好きですね。もちろん二つの色を混ぜ合わせて別の色を作ることもできるのですが、こうしたちょうど中間の色を作成することは難しいので重宝しています。この作業は分かりやすく言うと、水彩絵の具で描くような絵を絵の具の代わりにガラスの粉を使って描くといったイメージですね。
ガラスは一発勝負。
ガラスの粉って、水を含ませたものと焼きあがったものの色合いが全然違うのです。焼く前は白っぽかった色のものが焼いた後には鮮やかなピンク色になっている、なんてこともあります。ガラスは一回焼くともうやり直しは利かない、修復ができないものなので、慣れないうちはどんな色が出るのかっていうのは分からないので、一度混ぜたら試してみるという風に、何度も確認していましたね。
-この作業は、一発勝負のようなところがあるのですね。
はい、まさに一発勝負ですね。焼きあがった時にちょっと予想外な色味が出ていたりすることもあって、「あ、こんな色味になるんだ!」ということもあったりします。七宝は焼きあがりのこともよく想定をしないといけないので、そこは気をつけているところです。
これは作業工程を表したものなのですが、焼き込みを行って表面を何度も砥石で研ぐことで、左下のようなツルっとした質感のものになります。砥石を研ぐ時には180番から1000番まで研いで、1000番から3000番までという風に、もうずーっと研ぐ作業が続きます。
-研ぐ作業だけでも結構時間がかかりそうですね。
そうですね、一日半研いでいるなんてこともあります。銀の線を使用した有線七宝という技法があるのですが、何度も研ぐことによって現れる銀の線の金属の質感とガラスの透明感が綺麗に対比されるようになるのです。なので、研ぐ作業は本当に重要だなと考えています。私はこの有線七宝をすごく気に入っているので、修了制作にもこの技法を用いて作品をつくっています。
◆「七宝の表現が、ずっと心の中に残っていました。」
―元々どういったところから七宝に興味を持ったのでしょうか?
芸大に入学した時に、工房見学というものがありました。私が一年生の頃はこの取手で作業をするカリキュラム(※現在は上野キャンパス)だったのですが、前期に今私たちがいるこの共通工房で、様々な技法を学べる講座が開かれていました。その講座を受講して七宝を学んだことが最初のきっかけですね。そこで見た先生方の七宝作品にすごく惹かれるものがあって、「ガラスを使った色味でこんなに綺麗なものがつくれるんだ」という衝撃を受けました。
そこから七宝に興味を持ち、どの専攻に行ったとしても七宝をやりたいなと考えていました。たまたま私は金属でモノをつくることにも心の中に響いていたものがあって、金属で加工をしたいということと、またそういったものも七宝に活かせるということもあって、彫金を専攻することになりました。
-では、学部の最初の頃から七宝に関心があったということですね。
そうですね。やっぱり学部一年生の頃には様々な素材に触る機会があったのですが、それでも私は七宝のガラスの表現がずっと心の中に残っていたので、ずっと七宝を使用したいなと考えていた結果、今に至ります(笑)
カルティエ展で出会った衝撃。
-そもそも工芸科を目指そうと思ったきっかけは何ですか?
最初は元々絵を描くことが好きだったこともあり、絵本などを制作してみたいなとも考えていたことからもデザイン科を志望していました。きっかけは、予備校生だった頃にちょうど東京国立博物館でカルティエ展(東京国立博物館『Story of…カルティエ クリエイション』展、2009年)が開催されていて、それを勉強のために見に行った時のことです。そこで展示されていたカルティエのジュエリーを見た時に、大きな衝撃を受けました。
-最初のきっかけはカルティエ展だったのですね。
はい。私の知っているジュエリーは、石が並ぶ単調なものというイメージがありました。もちろん、今はそれらが石を活かすためのデザインであるということが分かるのですが、その当時の私はどこかつまらないものだなと思っていました。しかしカルティエ展では、宝石を有機的な花や蛇などの何かに見立てて、色々なモチーフで一つの作品のように仕上げていたことから、自分の中で非常に感慨深いものがありました。これ以降、ものづくりに興味が出るようになりました。私は、自分がデザインするものは最初から最後まで自分の手でつくりたいという考えがあったので、意を決して工芸科に進みました。
修了制作について
今回の修了制作はジュエリーなどの身に付けるものをつくりたいと思っていたので、ブローチを5点制作する予定です。
身に付けるものって、人がそれを付けたいと思うからこそ付けるわけじゃないですか。そのジュエリーを付ける前に、このようなブランドやデザインが好きだとか、これを付けたら気持ちも明るくなるんじゃないかな、というような感情があると思うんです。つまり、ジュエリーはその人の感情そのものなのかな、と考えるようになりました。「身に付けたいという想いこそが、その人の感情の発露である」、そう考えた時に、私は自分のエネルギーが周りの人に伝わる、可視化するものをつくりたいなと思うようになりました。
-ジュエリーを感情の発露の一種だと見立てたのですね。
やっぱり制作を行うのは私自身なので、私が好きなもので、かつ感情が発露するものは何だろうと考えた時に空模様が思い浮かびました。青空だったら気持ち良く晴れやかで、曇り空は不安な気持ちやどきどきする気持ち、あるいは白さに落ち着くような気持ちもあったりして。それから雷にはエネルギッシュなイメージもある。そんなことを考えつつ、空模様を心模様として、ジュエリーとして身に付けたいなと思って制作しました。
-ちなみに、修了制作の題名などは決まっているのでしょうか。
『心模様』という題名にしました。空模様と感情をリンクさせているのでこう名付けました。小難しい言葉は私には向かないので、題名はいつもわりとフィーリングで決めています。
-この作品も、心模様をあらわしたものでしょうか。
この作品は、花ではなく「花火」をモチーフにしたブローチですね。花火のようなにぎやかなイメージで制作しました。花火は一色や二色で構成されているものですが、私自身はもっとにぎやかさをあらわしたいという考えから、様々な色を使って表現しました。
これはまだ途中なので色合いが曇っているのですが、さらに焼いていくことによってこれからどんどん色鮮やかなものになっていきます。
他にはエネルギッシュさやひらめきをイメージした「雷」や、様々な感情がもやもやとしている気持ちをあらわした「雲」、そしてまだ色はのっていないのですが「太陽」、「雨」のイメージのものも今後制作していきます。
-この「花火」は、すごく細やかな作業が施されていますね。
この色を透かす技術も、彫金で学んだことですね。金属の板に糸鋸で穴をあけて、そこを透かしてこの形の穴をつくり、そこに七宝を入れてこのような色のついた作品になります。裏側もちゃんと透けています。
七宝の講義を受けていた際にも、銀線を立てることがピンセットを使わなければならない細かい作業なので、例えばそれが向いていなかったりすると、ちょっと無理だな…と七宝をそれっきりで辞めてしまう方も見てきました。私は卓上で、金属を使って細かな作業ができることがすごく良いなと思っていて、やっぱりこうした細やかさが好きだからこそできていることだと思います。
-昔からジュエリーが好きだったのですか?
そうですね、幼い頃におばあちゃんのジュエリーボックスの中にある色付きの石などを見ることが好きでした。彫金に入ってからは、オブジェや平面作品など色々な制作を体験した結果、またジュエリーに戻ったような感じですね。
-七宝を使ったジュエリーって珍しいような気がします。
七宝はガラスなので割れやすく、加工もしづらいといった点があるからかもしれません。透胎七宝のものも、少しのミスでヒビが入ることもあります。やっぱり金属にガラスをのっけるので、金属の収縮率とガラスの可逆性(溶けたものが元通りになろうとする力)が働くことによって、焼いた後に少し形が変形することもありますね。そういった化学や物理学のような頭の使うようなことも予測しつつ、素材研究を行っています。
-作品の裏側の色合いも本当に美しいですね。
ジュエリーなのでこういった気遣いを大切にしています。裏側は自分しか見ることの出来ない場所なので、身に付ける人の特権ですよね。作り手としてはやはりそういった細部のところまでこだわりたいなという想いがあります。
-色に関する感覚も、見ていてすごく独創的だなと感じます。
色は、好きです!もちろん彫金で出来る金属の色も好きだったのですが、やっぱり今この大学に入って6年目で改めて色と金属とでつくるものが響いています。なので今後とも七宝の平面やジュエリーなどで、今まで学んできたものを活かしていきたいなと思っています。
-それは素晴らしいですね!齋藤さんの作品が、これから様々な人たちに送り届けられるようになるのが楽しみですね。
七宝って結構きまぐれというか難しい素材でもあるのですね。ガラスと金属ということで様々な制約もあります。でも宝石の石などとはまた違った良さがあるので、それらをうまく活用して、新たなジュエリーを生み出せていければ良いなと考えています。
◆「つくることが本当に楽しいな、ってひしひしと感じています。」
-作業時間はどのくらいかかるのでしょうか?
一枚換算だと、一か月もかからないペースで作っていますね。
-かなりのハイスピードですね!
私はどうしてもデザインの方に時間がかかってしまうので、いつも駆け足で作業をしています(笑)実際に作業を行うことで変わってしまうこともあるのですが、なるべく自分が動きやすいように、着想から計画をしっかりと立てて行うことが好みですね。
-普段の作業はどのように行っているのでしょうか?
ここで焼けるものは焼くようにして、他の作業は持ち帰っています。取手にいる間は、キャンパスから歩いて5分の場所にある利根荘(利根川荘)という宿泊施設で、この釉薬ごとケースにちょっとはみ出るくらいに積んで持ち帰って、泊まり込みで制作をしています。夜も朝もずっと作品に触れていますね。
-作業することは楽しいですか?
たのしいです!
特に、素材に触れるときの喜びはひとしおだなと思っています。頭の中で描いていたことと異なることもあるのですが、実際にこれを叩いたらどんな感じになるのだろう?などと試行錯誤することもあります。けれどそうしたことを考えながら自分の手で作り上げることができるので、改めて本当につくるのって楽しいなってひしひしと感じています。
-修了制作はどちらで見ることができますか?
修了制作となるので、藝大美術館の方で展示させていただきます。
30cmほどの展示台を制作致しまして、スタンドを置いて、ブローチが少し立体的に見えるような展示を行う予定です。
-立体的に置くことによって、作品の裏側も見ることができますね!
はい。最初は額に飾ることも考えたのですが、やっぱりジュエリーなので単に眺めるというよりは見えやすさを重視したいなと思いました。
-制作以外で趣味や気分転換になっていることはありますか?
制作以外は美術館に行って絵を見たり、音楽を聴くことなどが好きですね。気分転換になる趣味は色々とあります。でも、最終的には全てつくるものに戻ってくるのかなと思います。
この先就職をしますが、同時に作り手として、ずっと何かを作っていくことが出来れば良いなと考えています。
齋藤さんの作品は、今まで彼女が体験してきた「心に響いた」出来事の数々が作品に投影されているような、美しいもので構成されていました。様々な釉薬を組み合わせて出来たきらびやかな色合いは、鑑賞者側である私たちの心にも響きました。
「ジュエリーを身に付けることは、その人自身の感情の発露である」という言葉。私たちも、齋藤さんの作品を通してその表現の一端に触れることが出来たのではないかと思いました。
卒展で完成作に出会えることを楽しみにすると同時に、今後の作り手としての齋藤さんの活躍に期待しています。
今回は大学生二人でインタビューを行いました。
キャンパス内の先日オープンしたばかりのお洒落な食堂のランチが美味しかったです。
皆さんも、ぜひ一度取手に足を運んでみませんか?
インタビュアー:番場あかり 枦山由佳(アート・コミュニケータ「とびラー」)
撮影:峰岸優香(とびらプロジェクト アシスタント)
執筆:番場あかり
第66回東京藝術大学 卒業・修了作品展
2018年1月28日(日)- 2月3日(土) ※会期中無休
9:30 – 17:30(入場は 17:00 まで)/ 最終日 9:30 – 12:30(入場は 12:00 まで)
会場:東京都美術館/東京藝術大学美術館/大学構内各所
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「第7期とびラー募集」